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No.17053の一覧
[0] 機動戦士ガンダムUC0138  F91 VS F97[暇犬](2010/03/06 01:29)
[1] Chapter-Ⅰ-01 ~海賊狩り~[暇犬](2010/07/30 01:14)
[2] Chapter-Ⅰ-02[暇犬](2010/03/20 03:08)
[3] Chapter-Ⅱ-01 ~策謀混戦~[暇犬](2010/07/30 01:16)
[4] Chapter-Ⅱ-02[暇犬](2010/05/02 01:08)
[5] Chapter-Ⅱ-03[暇犬](2010/05/16 03:42)
[6] Chapter-Ⅱ-04[暇犬](2010/05/16 03:53)
[7] Chapter-Ⅲ-01 ~教主暗殺~[暇犬](2010/07/30 01:16)
[8] Chapter-Ⅲ-02[暇犬](2010/07/18 01:53)
[9] Chapter-Ⅲ-03[暇犬](2010/07/18 01:54)
[10] Chapter-Ⅲ-04[暇犬](2010/07/30 01:18)
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[17053] 機動戦士ガンダムUC0138  F91 VS F97
Name: 暇犬◆16c647cd ID:4c2735be 次を表示する
Date: 2010/03/06 01:29


~プロローグ~


――アナハイムエレクトロニクス・アンマン工場――

リニア式エレベーターの低い稼働音が単調なハーモニーを響かせる。さほど不快ではないその音に身をまかせながらも、男――ゴルド・ガーラントは落ち着かなかった。直に40に届くであろう彼の髪には白髪が交じり始め、戦場で様々な感情を飲み込んできた顔には、年齢相応のしわが刻まれている。その体躯は鋼のごとく鍛え上げられ、十分な厚みとしなやかさを兼ね備えていた。その半生を多くの戦場で過ごしてきた彼だったが、普段と勝手が違う状況に少々戸惑っていた――もちろんそのような心情を隣にいる人物に微塵も感じさせることなどなかったが……。

エレベーターは決して乗り心地が悪いわけではない。ただ難を言えば……あまりにも大きすぎた。その使用目的が主として貨物搬入用であるそれは、二人の人間を運ぶにはあまりに無駄がありすぎる。『大は小を兼ねる』という言葉の悪例であるといえよう。
がらんとした空間が自分の背中に広がるというのはあまり気持ちの良いものではない。本来なら壁際にでも背を向けて時をやり過ごしたいところであったが、残念ながら、もうひとつの要素が彼のその行動を阻んでいた。

もうひとつの要素――それはゴルドの隣りに控える美貌の女性のことだった。
整った美貌に、絹のような金髪と白磁のように滑らかな肌、優美な肢体が描く美しいラインは男の視線を自然と引き寄せる。
上質なスーツを優雅に着こなし、大きく開いた襟元から、ふくよかな谷間をのぞかせる。例え、視線をそらしても、彼女が身にまとった甘い香りが男の意識を彼女に向けさせる。
ネーナ・サリンジャー――最新鋭の天候システムを導入したリゾートコロニーでの休暇の日々に若干の退屈を感じ始めていたゴルドの前に突然現れ、そう名乗った彼女は旧知からの紹介状を指し示した。
蠱惑的な微笑みを絶やさぬその表情にはどこか作為的なものを感じさせる。自身の魅力を正確に把握し、武器としてそのすべてを存分に使い、ためらいなく目的を果たす――その艶やかな姿の内側に秘める本質は狩人である――戦場で鍛え上げられたゴルドの勘はそう警戒させた。

『お仕事を依頼したいのですが――』彼女が自身のバックにアナハイム・エレクトロニクスが存在する事を告白し、アナハイムへのシャトル便のチケットを提示したのは3度目の交渉の席上だった。





地下に向かっていくエレベーターが僅かずつ減速を始める。減速と共にじわじわとかかってくる荷重を敏感に感じ取りながら、彼はやがて開くであろう目の前の巨大な扉の先にある未来に思いを馳せていた。

警告音が静寂を叩き割り、次いで、けばけばしい色彩の警告灯が点滅し、聞きなれた機械音声による警告アナウンスが始まると同時に、鈍い作動音を辺りに響かせながら、眼前の巨大な扉がゆっくりと左右に開いていく。二人が十分に通れるだけのスペースが開くと、警告灯の支持を無視して、彼女はスタスタと歩き始める。その美しい足の運びとリズミカルに弾む臀部を視界に収めながら、ゴルドは数歩遅れて彼女のあとをついて行く。

エレベーターを降りたその先にはさらに広大な空間が広がっている。空調は整えられているもののやはりひんやりと肌寒い。広大な空間――おそらく戦艦ドッグと思われる――その場所の中央には一隻の巨大な艦が鎮座していた。
外観は使い込まれた様子であり、所々に損傷もあるかのように見受けられる。しかし、それに近づくにつれ、それらが巧妙な偽装であることが分かった。
何よりも問題なのはその艦の形状であった。――アレキサンドリア級重巡洋艦――かつて地球圏を混乱に陥れた軍隊が専有したこの艦は、その経歴ゆえに今や造艦されることはない。かろうじて当時使われていたものが改修されるか、あるいはその発展型が輸送艦として運用されるぐらいであろう。

「見せたかったというのはこれか?」

ゴルドの問いにネーナは小さく微笑みを浮かべるとついてくるように彼を促す。どうやらこれはまだ前座らしい。本命は別にあるようだ。二人は無言で艦内へと踏み入っていく。

UC0130年代以降、MSの小型高性能化の立役者となったMCA構造の技術は艦船にも応用されはじめた。電装機器が構造材に埋め込まれた結果、艦内部の空間の容積を広げ、『狭い、暗い、汚い』と言われ、多くの女性兵士に不評だった艦船の問題点が一気に解決した。省略された電装機器の代わりに、装甲が強化され、一部ではビームシールドが装備されるなどの近代化改修が行われた航宙艦の防御力は格段に上がった。もちろん、実戦時における速やかな兵員の移動にもつながり、艦船の戦闘力はより強化されたといってよい。UC0130年代以降に配備された艦の人気が高い最大の理由である。

実戦に耐えうるだけの十分な武装が施され、高性能かつ多様化した索敵システムと通信システムを搭載し、最小限度の人員での運用を可能とするために極限までオートメーション化された艦内システム――そのような技術を用いられて改修されたこの艦がただのレストア品ではないことに気付いたゴルドは眉をしかめる。外観こそ旧式艦そのものだが、その潜在能力は、いかなる連邦軍の配備艦艇もかなわないであろう程のものを有している。進宙後、その製造コストに見合うだけの役割を求められるとしたら、一体どのような任務を与えられるのだろうか?
思わず考え込んでしまいそうになったゴルドの様子を気にすることもなく、通路を先導していたネーナはやがて、一つの大型ハッチへとゴルドを案内した。



大人数名が一度に通り抜けられる大きさのハッチの向こう側には、広大なMSデッキが広がっていた。デッキ内の一部に照明が灯され、そこに浮かび上がった3機の機体を見たゴルドは驚きを隠せなかった。特徴的なX字に広がる大型可動式スラスター――ちょっとしたMSマニアならだれもが知る幻の名機の姿がそこにあった。

「馬鹿な……。なぜこんなものがここに……」

ゴルドの驚く様子を満足げに眺めながらネーナは告げた。

「もうご存知でしょうけれど……、≪F97≫――地球圏で最高の性能を誇るMSよ」
「どういうことだ?」

ゴルドは彼女に問いかける。≪F97≫――その機体が幻の名機と呼ばれるに至る事情は複雑である。海軍戦略研究所――通称サナリィによって開発されたこのシリーズは、木星戦役とよばれる戦線に投入され、大いに活躍することとなった。しかし、戦線が地球圏に拡大し、サナリィの海賊行為加担の疑惑がメディアに取りざたされ、事実の隠蔽を図った当時の上層部により闇へと葬られてしまった。その後も非合法行為に加担したり、連邦政府の不正を暴いたりと様々な噂が飛び交っていたが、公的には事実上存在しないはずのものとなっていた。
云われはともかく、サナリィの技術の粋を結集して建造されたこの機体がほぼ完全な形でアナハイムの地下に眠る――その事実にゴルドは戸惑いを覚えた。



近時のアナハイムの評判はあまり良いものではない。莫大な規模の生産施設とそのノウハウをもつMSメーカーとしてのアナハイム・エレクトロニクスは、依然として連邦軍に機体を納入する企業としては他者と一線を画している。UC0100年代以降、小規模な地域紛争しか起こらない地球圏において、日進月歩の勢いで革新する新技術をふんだんに盛り込むMS開発にかけるコストは馬鹿にならないものがある。地球圏最大規模の経済力をもつアナハイム・グループとしては、そのようなものにコストをかけるよりも他の様々な産業にその資力を投じる方が有益であると考え、MS開発には消極的であった。
そのような企業の態様に不満を抱えた才能ある技術者たちは、アナハイムに見切りをつけ小規模ながらも開発に精力的なメーカーに籍を移し、MS開発に携わる。しかし、いかんせん生産能力に劣る新鋭企業の軍用MS開発は必ずと言っていいほどコストの壁にぶち当たる。それを見計らってアナハイム・グループがそのノウハウを買い叩く訳である。

このような業態がまかり通る地球圏でのMS産業はかつてのように恐竜的進化を促されることはなく、産業としては停滞気味だった。アナハイムのやり方に不満を持つ者たちによる連邦政府への陳情は、残念ながらグループの財力と政治力の前に軽く握りつぶされてしまう。地球圏の経済の発展の一翼を担う一方で、巨大な資力を背景に他の産業をも蹂躙していくアナハイム・グループは様々な悪影響を及ぼしていた。
時折≪独占禁止法≫を持ち出したメディアによる反アナハイム運動など所詮、アナハイム・グループによって操作されたただのガス抜きでしかない。ゆりかごから墓場まで、地球圏で暮らす者が決して関わらないではいられない地球圏最大規模の王国の実態だった。

そのような時代背景の中でサナリィという企業は巧みに現在(いま)を生き残っているものの一つであった。フォーミュラ・シリーズと呼ばれる優秀な性能の機体群により、彼らは同業他社にその抜きんでた存在感を示していた。



そんなサナリィの極秘事項とも呼べるこの≪F97≫が目の前に存在する――その事実に至るまでの様々なプロセスがゴルドには想像できなかった。
ゴルドの戸惑う姿を楽しむように眺めていたネーナはやがて事情を語り始めた。

「この機体の曰くはご存知でしょう? その世界では有名だものね。確かクロス……、おっと、これはあなたには禁句だったわね」
「ああ」

彼女の言葉に条件反射で反応したゴルドの強い視線にネーナは微笑みで返した。さすがにゴルドの経歴は調査済みらしい。

「このシリーズを連邦に売り込めなかったサナリィはかなりの痛手を被ったそうよ。それでも、まだそれは挽回可能な範囲だった」

巨額の開発費の回収に失敗してもまだ挽回可能――MS産業の規模の巨大さに改めて脅威を感じる。

「名誉挽回とばかりにサナリィの技術陣は後継機の開発に躍起になったそうよ。噂では新技術を用いた次世代機だったと言われているわ」

アナハイムに比べればはるかに小規模であるがサナリィ技術陣の優秀性を知らぬものはいない。一体どんな機体だったのか? ゴルドは様々な想像を巡らした。

「でも、彼らはその開発に失敗した。噂では試作機がすでにロールアウトして、性能評価段階に入っていたと言われているわ。けれどトラブルでデータごとすべてを失ってしまったらしい」

思わずゴルドは疑惑の目をネーナに向ける。地球圏の裏側で生きてきた者にとってアナハイムの狡猾な遣り口を知らぬ者などいない。ゴルド自身その片棒を担いできた自覚はあった。SFP――シルエット・フォーミュラ・プランと呼ばれる政治力を行使したアナハイムの不正など序の口でしかない。この業界ではむしろまっとうな手段と言えるかもしれない。決して世の表に出ることはないであろう巨大王国の様々な陰を知るゴルドは、サナリィのデータ喪失の原因としてアナハイムの関与を疑った。
そんなゴルドの様子に気付いたネーナは苦笑しながら続ける。

「アナハイム(うち)はまったく関与していないわ。未確認だけど、この件には木星がからんでいたと言われてるわ」

木星――数年前に地球圏を大混乱させた木星帝国と呼ばれる組織の事である。同じ地球から生まれたはずの彼らのメンタリティはすでに地球圏に住む人々とのそれとは異なり、当時は宇宙人との戦争などとネットや三流タブロイド紙を湧かせたものだった。尤も彼らの使節団を疑いもせずに好意的に迎えた一流メディアへの揶揄をこめた物であったが……。そんな彼らの存在は、時折思い出したかのように取り上げられている。確か一年前にも、帝国の残党がソーラーシステムによって地球を狙っているなどという荒唐無稽なデマがネットを飛び交っていたことをゴルドは思い出した。

「そういう訳で二度の巨額の開発費の回収に失敗したサナリィの経営は破綻寸前の危機的状態に陥ったわ。そんな彼らにアナハイム(うち)が救いの手を差し伸べた」

ネーナが悪戯っぽく微笑む。事実がそんな美談と程遠い事は想像に難くない。

「ともあれ、アナハイムは巨額の資金と引き換えに開発、運用データその他もろもろの一切をサナリィから譲り受けた。お陰でサナリィは破綻の危機からは免れたそうよ。優秀な技術スタッフの離反と引き換えに……」

開発の過程で生まれる様々な新技術――それは多くの技術スタッフの努力の結晶である。時には家族や人生を失いながら、彼らは目標に向かい邁進する。そんなものを容易く売り渡されてしまえば彼らの怒りを招くのはある意味当然であろう。尤も経営陣の苦労も並大抵の事ではない。一機の機体を開発するために必要な数百以上の特許権――新技術も加えたそれらが生み出す莫大な金額は無視できないものがある。堅気の世界を泳ぐのも大変なものだなとゴルドは溜息をついた。

「サナリィの最新技術を手に入れたアナハイム(うち)のスタッフは狂喜したわ。脅迫まがいの交渉で上層部に予算を捻出させて機体の製造にとりかかり、その結果が今目の前にあるという訳よ」

佇立する3機の機体を見上げながらネーナは説明を終えた。ライトに映える美しい横顔の陰影が強調され、どこか冷たい印象をゴルドに与える。彼女の視線を追い、ゴルドは機体に目を移した。黒を基調としたロービジ塗装にダークイエローのポイント、特徴的な背部スラスター、野心的かつ挑発的な意匠。中でも3機のうちの中央に佇立する機体は両側の2機とは一線を画していた。強化された可変スラスター、そして胸部に克明に描かれる白色の髑髏の意匠――単独ではいささか稚拙な印象を与えるものの、機体自体には実によく映えている。おそらく何らかのカムフラージュを意図したのだろう。

「あれは?」

ゴルドの質問にネーナは僅かに微笑んで再び語り始める。

「うちのスタッフが手に入れた≪F97≫のデータには木星圏仕様と地球圏仕様の2種類が存在したそうよ。上層部は地球圏仕様の開発を命令したのだけど、技術スタッフはそのうちの一機をプロトタイプと呼ばれる木星圏仕様に変更した。技術者魂って奴かしら」

地球圏にくらべて過酷な木星圏において使用される機体ははるかに高コストになるはずである。ただでさえ、表に出すことのできない機体の開発を行っているのに、さらなる高みを目指す技術者たちの暴走……おそらく様々な軋轢が存在したに違いない。そんな事柄を思い浮かべているのだろう。再び苦笑しながら彼女は語り続けた。

「機体スペックはとんでもないモンスターマシンになってしまった。お陰で性能を生かしきる乗り手を見つけるのに苦労してね……。兵器としては正直とんでもない欠陥品だわ」
「道具など使い方次第だろう……」

ゴルドは一歩踏み出すと中央の機体を見上げ、詳細を観察し始めた。機体を観察する彼の眼はすでにパイロットのそれであった。端然と佇立する機体の隙間から垣間見える無機質なメカニックが感じさせる不気味なまでの潜在能力――ゴルドは敏感にその匂いを嗅ぎ取っていた。おそらくこの乗り手を選ぶモンスターマシンのパイロットとして自分は選ばれたのだろう。ネーナの意図を察した彼は自身の愛機になるかもしれない機体をさらに観察する。

「たしか、コア・ブロックシステムがあったはずだが?」

試作機には欠かせないパイロットとデータの回収に有益なシステムがこれらの3機から排除されていることにゴルドは気付いた。

「御覧の通り、排除してるわ。実戦時における機体効率としては正直あまり優れたものではないというのがうちのスタッフの意見よ。システムの排除によって機体強度およびエネルギー変換効率は数パーセントのアップ……。通常の脱出システムと全天周モニターを組み込んだコックピットシステムを採用してあるわ」

ネーナの言葉にゴルドの動作が一瞬止まった。機体の観察をやめ、彼女を振り返る。口元に僅かに微笑をたたえながら彼女は彼をまっすぐ見つめている。

「お前ら、一体何を企んでるんだ?」
「どういうことかしら?」

言葉とは裏腹に彼女の微笑は崩れない。まるでゴルドの価値を測るかのように彼の次の言葉を待っている。

「お前らが必要なのはこいつの性能評価試験データじゃないのか? 優先されるべきは実戦時の機体効率よりもデータの回収のはずだ」

試作機の事故など当然に想定されるべきものである。高額の開発費と引き換えに得られるはずのデータを失ってしまえば、プロジェクトは致命的であるはずだ。だが彼女にそんな言葉をかけながらも、ゴルドはすでにある可能性に気付き始めていた。小規模な紛争とはいえ、幾多の実戦経験をもつ彼がここに呼ばれ、この機体を任される――その結果起きる可能性。彼女が彼に求める事柄にゴルドは心当たりがあった。
ゴルドの様子を微笑みを浮かべて観察していたネーナはやがて静かに口を開いた。

「お察しのとおりよ。機体そのものの開発データはすでに私達は手に入れている。ただ実際にそれを運用するノウハウを私達はもっていない」

データは所詮データでしかない。そして、実戦の運用ノウハウは実戦でしか得られない。そして実戦という環境から発見される思いがけぬ長所や欠点が次の開発へと繋がっていく。この機体を使って実戦を行えと彼女が言っていることをゴルドは理解した。

「あんた達が満足するような都合のいい戦場が、そんなに容易く見つかると思えないがな?」

木星戦役の反動のせいか、ここ数年地球圏は表面的であれ安定している。新型MSを実戦運用するに十分といえる環境は正直期待できない。しかし、ネーナはいともたやすくそれを否定したのだった。

「見つからなければ、自分たちで作ればいいのではなくて?」

とんでもない言葉をさらりと述べる。この世界ではある意味当然と言えば当然だが、彼女の言葉はその若さにはあまりに不釣り合いだった。己の言葉の意味の重さに彼女は気付いているだろうか? そんな思いがゴルドの頭をよぎった。しかし、湧き上がる自身の疑問をすぐに押しのけ彼は本題から外れなかった。

「いったい何をする気だ?」
「正確には状況を利用させてもらうことになるのかしら……」

ゴルドの疑問にもったいぶることもなく、ネーナはすんなりと事情を説明し始めた。

「今連邦軍ではある一つのプロジェクトが進行しているわ。そして、サナリィがそのプロジェクトに使用される機体を提供することとなった。プロジェクトが成功すれば、莫大な金額が連邦政府からサナリィに流れ、次なるプロジェクトへと移行する。正直それはアナハイムとしては喜ばしい事ではないということは分かるでしょう?」
「瀕死の奴らに資金を提供したのはお前たちじゃなかったのか?」
「ええ、でもそれを元手に彼らが得ることになるものは無視できるものではない。金額そのものはアナハイムにとって大したことではないわ。それ以上に彼らが得る様々な実績や信用が問題なのよ。彼らの優秀性を疑う者はいない。だからこそ彼らには生かさず殺さずの状態であってもらわなければならない」
「なるほど、そういうことか……。つまりお前達はこの艦と機体を使ってその計画を叩き潰すことを目論んでいるわけだ。ついでに≪F97≫の運用ノウハウの回収も行おうという寸法か」
「ええ、お察しのとおりよ」

ゴルドが十分な解答を引き出したことで、ネーナは満足げな微笑みを浮かべている。
出る杭を打つのではなく、出る前におまけつきで叩き潰すつもりらしい。毎度のこととはいえ、堅気の世界のえげつなさにゴルドはあきれ果てていた。

「さて、ゴルド・ガーラント様、いかがでしょう? 私どもの依頼受けては頂けないでしょうか?」

ゴルドに正対した彼女の身にまとう空気が変わった。相変わらずふわりとした微笑みは絶やさぬものの、その視線はまっすぐにゴルドを射抜いている。その顔は女性のものではなく、ビジネスの世界に生きるもののそれだった。
機体を見上げていたゴルドは即座に返答せず、彼女を置いて、甲板に向かって歩き出した。



二組のMS射出システムが設置されたアレキサンドリア級重巡洋艦の甲板は、暗闇に覆われていた。艦内から漏れ出る明かりがゴルドの影を大きく引き伸ばす。それなりの広さを誇るMSハンガーが太刀打ちできないほどの巨大な戦艦ドックの中に、ゴルドの靴音が孤独に響き、果てしなく暗い空間の中へと吸い込まれていく。時折僅かに人の気配を感じさせるものの、ドック内にはおおむね静寂が漂っている。ゴルドをここに連れてくるために意図的に人払いがなされているのだろう。彼女からの依頼は、様々な繊細な事柄に触れているという事を容易く予想させた。

広大な甲板の上を遠慮なく靴音を響かせて歩き回りながら、ゴルドは考えていた。それは実に面白い依頼内容だった。これまで受けた中でもあらゆる面で最大規模の仕事となるであろう。何よりもゴルド好みのキナ臭さがそこかしこから臭ってくる。そして、おそらく彼女はまだすべてを話し終えてはいないだろう。彼に披露した事柄はほんの一部に過ぎないであろうことは簡単に予測しえた。しかもそれすらも組織の様々な機密に触れるほどに繊細な内容である。事と次第によってはすぐに消されてしまいかねない。そのスリリングな状況に背筋がぞくぞくとする。
しかし、一方でこの依頼を手放しで受け入れることのできない不安要素がゴルドにはあった。その事に思い当たったゴルドの心に迷いが生じる。彼にとって死はそれほど恐ろしいものではない。引き受けた依頼に対して十分な働きが出来ない可能性の方が問題だった。尤も流れ弾一つで運命の左右される死と隣り合わせの戦場ではそのような問題は些細なことであるが……。
迷うゴルドの心を急かすかのように軽やかなヒールの音がゴルドの背後から近づいてくる。

「ところで俺に断る権利はあるのか?」

交渉の先手を取られることを嫌ったゴルドは、背後で優雅に微笑みながら解答を待つネーナに尋ねる。

「ええ……、少なくともわが社の敷地から無事に出るくらいは……」

微笑みを絶やさずネーナはゴルドに答えた。期待通りの物騒な返答にゴルドは思わず苦笑する。そんなゴルドにネーナは言葉を続ける。

「仕事に見合うだけの十分な報酬はご用意しております。他にも酒、女、その他もしもお望みのものがあればアナハイム(私ども)が総力をあげて提供いたします」
「あんたを希望してもか?」
「勿論です」

顔色も変えずにネーナは切り返す。

「冗談がうまいな。人一人が欲しがるものなどあんた達にかかればどうということはないだろうに……。持ち上げられた俺が『NO』という返事をしないとでも思っているのか」

巨大企業体であるアナハイム・グループの前では一介の傭兵の力など蟷螂の斧以下である。いや無いに等しいと言ってもいいだろう。それでも彼の持つ反骨精神が思わずむくむくと頭をもたげる。何よりも自分よりも年下のこの美貌の女の余裕が鼻についた。巨大企業の力を笠に着ている……自身の心に湧いた世界の陰で生きてきたものの何気ない妬みにゴルドは思わず嫌悪した。己の本心を悟られまいと一切の表情を消したゴルドの問いにネーナは返答する。

「ええ、私はあなたがこの依頼を受けるであろう事を確信しております」
「ほう、ずいぶんと自信たっぷりじゃないか。何か根拠はあるのか?」
「はい」
「聞かせてもらおうか……」

ゴルドの挑発的な言葉にネーナは静かに微笑を浮かべなると、まっすぐにゴルドの目を見ながら告げる。

「あなたが最もお望みのものを提供することが出来るのは、私共しかありえないからです」
「俺の望み……何だ?」

挑むようなゴルドの問いをネーナは静かな微笑みで受け止めるとその言葉を告げた。

「強敵の存在する戦場と困難なミッション、そして全力を尽くした末に訪れる死に場所です」

その言葉にゴルドの呼吸が一瞬止まった。一拍をおいてゴルドはゆっくりと彼女に返答する。

「なるほど、すべて調査済みという訳か」
「はい」
「かまわないのか?」
「すべて承知の上で依頼しているのです」

完敗だった。『ゆりかごから墓場まで』――地球圏で暮らすものにとって一生涯関わらずに済む事はない言われるアナハイム・グループの情報力というものは伊達ではないらしい。ゴルドの事情、そして、ゴルドの性格もすべて把握済みだったという訳だ。

「では詳細については場所を変えることにいたしましょう」

来た道をたどって一組の男女の姿がハッチの向こうへと消えていく。その姿をひっそりと見送るのは3機の巨大なMSだけだった。



UC0138、月の片隅でのこの一事は、地球圏でひっそりと進行する陰謀の小さな幕開けに過ぎなかった。





(2010/03/06 初稿)






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