順調だ。まるで天啓を得ているかのように総ての物事が順調に進んでいる。
ルイズがレコン・キスタの膝元に自ら向かっている。その事を偶然見掛けたジャイアントモールが咥えていた手紙を読んで知る事が出来た。ルイズを捜しに、女子寮を訪ねようとした矢先の事だった。
手紙の届け先がサイト君ではなく、ド・モンモランシ家の息女である事に疑問を抱き、“遠見”の魔法を使用した事も功を奏した。なんと、彼女は禁制の薬品である“惚れ薬”を作っていたのだ。“操り”の魔法でジャイアントモールに届けさせた手紙を読んだ彼女は慌てた様子で廊下に飛び出し、階段を駆け下りて、男子寮へ向かった。その隙にジャイアントモールに薬を盗み出させる事にも成功した。
その後に起こった驚くべき展開の答えも惚れ薬をサイト君とクリスティナ姫に首尾良く飲ませる事が出来た事で得られた。
「……ペルソナ能力。シャドウ」
サイト君とクリスティナ姫の口から語られた驚くべき事実の数々。それらを一本の線で繋いでいく。
穴の開いている部分には私自身の知識を埋め込む。
「なんという事だ……」
繋がった。求めていた真実の一端に辿り着いた。
「つまり、魔法とは……」
大地に視線を下ろす。この世の理に触れた私の胸に舞い降りたものは明るい希望ではなく、深い絶望だった。
まだ、確証を得られたわけではない。それに、これが事実だったとしても、解決する手段はある。
少なくとも、四百年前、この世界は危機を回避している。
だが、当時と同じ方法ではダメだ。クリスティナ姫の話を聞く限り、当時実行された解決策は単なる延命処置に過ぎなかった。
「サイト君が召喚された事。封印が解かれた事。ペルソナとシャドウの出現。全ては一つの“真実”に繋がっている」
やはり、レコン・キスタと接触する必要がある。全ての鍵は“聖地”にある――――……。
ゼロのペルソナ使い 第二十一話「伏魔」
――――山間の街、ラ・ロシェール。なんとか日暮れ前に到着する事が出来た。馬を預けて、直ぐに宿を取り、船着場に向かう。船と言っても、海や川を渡るものではない。風石を積み、空を渡る飛空船だ。
今、ルイズが船を出して貰えないか持ち主と交渉している。ヴァリエール公爵家の名前を出せば早いのだろうけど、極秘任務である以上、無闇に素性は明かせない。
「……アルビオンか」
アルビオン王国は別名『白の国』と呼ばれ、その比類無き美しさに観光目的で訪れる者も多いと聞く。
かくいう僕もいつか愛しのモンモランシーを連れて、かの国の絶景を眺めながら互いの愛を確かめ合いたいと思っていた。
まさか、あのルイズと二人っきりで命懸けの任務の為に赴く事になろうとは、想像だにしなかった。
「大丈夫。全てが終わった後に情勢が落ち着いた頃を見計らって、また来ればいいんだ」
僕にはペルソナがある。大地を揺るがし、スクエア・クラスの破壊を巻き起こす力。
この力を使えば、二人揃って学院に帰る事が出来る筈だ。
「――――ギーシュ」
考え事をしている内にルイズが戻って来ていた。彼女の曇り顔を見れば結果を聞くまでもない。
「……やっぱり、アルビオン行きの船は出せないそうよ」
「危険だから……、かい?」
「違うみたい」
ルイズはため息を零した。
はて、危険以外に船を出せない理由とは一体……?
「客が居ないのよ」
「居ない……? だって、闇商人や傭兵が……」
「シエスタから聞いた情報はちょっと古かったみたい」
「どういう事?」
「……とりあえず、一度宿に戻ってから話すわ」
ルイズは頻りに人目を気にしている。僕と恋人同士に見られるのがイヤ……、という可愛らしい理由では無いようだ。
宿りに戻ると、ルイズは言った。
「この街に傭兵や闇商人が集まって来た事は事実みたい。戦争って言う街灯に群がる羽虫みたいにうようよ居たそうよ」
ルイズの言葉の端には嫌悪感が滲んでいる。まあ、気持ちは分かる。ああいう手合が求める者は名誉や誇りでは無い。金銭や戦時の混乱に乗じた略奪行為。
平民とはいえ、戦時中に敵兵に暴行を振るわれた女性の話を聞くと虫唾が走る。花は優しく愛でるもの。乱暴に引き千切るような真似は無粋を通り越して醜悪だ。
「……過去形という事は」
「今は居ないみたいね。闇商人は来て早々に独自のルートを構築し、早々と商売を終えたそうよ。王国軍と叛乱軍。両軍共に短期決戦を見越しているみたいで、闇商人の懐の中身の奪い合い状態だったみたい」
「なるほどね……。傭兵の方は?」
「数日前、ぜ~んぶ、叛乱軍に取り込まれたらしいわ」
ルイズは厭味ったらしく言った。
「王国軍は闇商人との取引で散財して、貯蓄が底を突きかけているみたい。しかも、傍から見て、明らかに劣勢。もはや、敗北は時間の問題だそうよ。傭兵達も沈む船には乗りたくないみたいね。反対に叛乱軍は粛清したアルビオンの王党派貴族から略奪した金銭をばら撒いているそうよ。王家の旗艦で乗り付けてきて、金に群がる傭兵達を連れて行ったみたい」
穢らわしい。その言葉が彼女の顔にありありと浮かんでいた。
「傭兵や闇商人が居た頃はまだ危険を承知で船を出す人も居たみたいだけど、客足がパッタリ途絶えちゃって、私達二人を乗せて行くにはリスクとメリットの吊り合いが取れないって……」
まあ、仕方のない事かもしれない。彼らも商売だから、儲けが出るなら危険を犯す事もあるだろう。だけど、貴族とはいえ、子供二人だけを乗せて激戦区に乗り込む度胸がある者など早々居ないだろう。
「……って言うか、そもそも子供二人で戦場に乗り込むなんて正気の沙汰じゃないって叱られたわ」
「ご……、ごもっとも」
そもそもの話、度胸が有る無いに関わらず、良識のある人間なら子供二人を激戦区に連れて行く事などしないだろう。
「ちなみに僕達の全財産を支払ったら……」
「……全然足りないって言われた」
ガックリと肩を落とすルイズ。
「……船一隻を買い取るどころか、私達の全財産じゃ……、客にもなれないってわけよ」
黄昏れるルイズ。結局、色々と話し合ってはみたものの、自分達がドツボに嵌まった状態だと判明しただけだった。
翌日、僕達は再び船乗り達の溜まり場に赴いた。
「――――もう一度だけ、交渉してみる。それで駄目なら、ヴァリエール家の名前を出すわ」
ルイズは思いつめた表情を浮かべて言った。
「いいのかい?」
「……このままじゃ、任務を遂行するドコロじゃないもの。一番大切な事は姫様の手紙を入手し、破棄する事。要は任務の内容が漏れなきゃいいのよ」
確かに、このままアルビオンに辿り着く事も出来ず、任務に失敗したら姫様に顔向け出来ない。いや、それ以前に姫様とゲルマニア皇帝の婚姻が破棄され、同盟を結べなくなる。
今のトリステインがガリアやゲルマニアと渡り合えているのはアルビオンとの同盟があればこその状況だ。だけど、今、アルビオンで起きている内乱は王国軍側の敗北がほぼ決定的であり、叛乱軍の勝利後は同盟を破棄される恐れがある。
アルビオンとの同盟が破棄され、ゲルマニアとの同盟も結べなかった場合、トリステインを待ち受けているのは暗黒の時代だ。
仮に宣戦布告された場合、トリステインは他の三国と渡り合うだけの力を持たない。故に政治面でも低姿勢を取らねばならず、常に他国の御機嫌を伺いながら、搾取され続ける事になってしまう。
形振りに構っている場合ではないのだ。
「分かった。なら――――」
そう、失敗するわけにはいかない。勝手に家の名前を使った事で、勘当を言い渡される事になっても、僕達にはやらなければならない事がある。
グラモン家の名前も出そう。公爵家と比べたら、幾らか格は落ちるけど、男爵家の名前もそれなりに有効な筈だ。
「――――いや、その案には賛成しかねる」
僕が口を開きかけた時、急に横から待ったを掛けられた。
驚いて振り向くと、そこには見覚えのある紳士が立っていた。
「ワ、ワルド様!?」
ルイズも目を丸くしている。
「ど、どうして、ここに……? それに賛成しかねるって……」
彼はトリステイン王国に三つある魔法衛士隊の1つ“グリフォン隊”の隊長だ。王族の方々が城から御出掛けになる際は護衛の任務に着手する。
姫様は今日まで学院に留まられている筈だから、彼も当然、今は学院に居なければならない。
なのに、どうしてここに居るんだ?
「まず、"どうしてここに私がいるのか”という質問に答えよう」
ワルド子爵は言った。
「君達が秘密の任務に着いた事を偶然識ってしまってね。姫様に掛け合い、同行の許可を頂いてきた。いや、姫様も無茶を言うね。学生二人に戦地へ赴けとは……」
頭を抱えるワルド子爵に僕達はどこかホッとしていた。
彼は宰相マザリーニ枢機卿からの信頼も厚く、ルイズの知人でもある。なにより、魔法衛士隊の隊長だ。彼が同行してくれるなら、この任務の成功率は格段に跳ね上がるだろう。
「……というわけで、君達は帰りなさい」
「え?」
浮足立つ僕達にワルド子爵はしれっと言った。
「か、帰りなさいって……」
「もう一つの質問に答えよう。君達はヴァリエール家の御息女とグラモン家の御子息だ。公爵家と男爵家の子が戦地に赴く。それも、学生二人だけで……。人の口に戸口は立てられない。噂が広がれば、邪推する者も現れるだろう」
「邪推……?」
ルイズが首を傾げ、やがて、顔を真っ赤に染め上げた。
「ま、まさか、私がこの色ボケと!?」
「色ボケって……」
ルイズの中での僕って一体……。
落ち込んでいると、ワルド子爵がゴホンと咳払いをした。
「いや、そういう邪推をする者も出るかもしれないけど、それよりも深刻な問題がある」
「深刻……?」
「例えば、君達がレコン・キスタに参加しようとしたのかもしれない。そう、考える者も現れる」
「私達が叛乱軍に!?」
素っ頓狂な声を上げるルイズ。
だけど、確かにその可能性は否定出来ない。
「レコン・キスタは他国のメイジを多数取り込んでいる。そう邪推する者が出て来る事は間違いない。だから、ヴァリエール家やグラモン家の名前を出す事には賛成しかねると言ったんだ」
「で、でも、このままでは船に乗れません。任務を遂行するどころか、アルビオンに辿り着く事も……」
「確かに、君達を連れてアルビオンに乗り込む為には船が必要だ。だけど、私一人なら船を使わずに乗り込む事が出来る」
子爵は空を見上げた。つられて視線を向けた先には天を舞うグリフォンの姿があった。
「アレが私の愛馬だ。彼ならアルビオンまでの長距離を難なく走破してくれるだろう」
誇らしげに言う子爵。彼は僕達に視線を戻して言った。
「だが、それは私一人を乗せた場合だ。君達を乗せては行けない。そもそも、戦を知らぬ子供を戦地に連れて行くわけにはいかんのだ。分かるね?」
「で、でも……」
ルイズの瞳が揺れている。任務に対する責任感だけではなく、目の前の紳士が単独で危地に赴こうとしている事に心を揺らしている。
「私のメイジとしての実力は知っているだろう? 大丈夫だよ、可愛いルイズ。私は必ずや任務を達成してみせる。信じてくれ」
「だ、だけど……」
「嘗ての許嫁の言葉は信頼に値しないかな?」
ルイズは言葉に詰まった。まさに殺し文句だ。こんな事を言われてしまったら、もう、何も言えない。
「いずれにしても、移動手段を確保出来ない以上、君達の旅路はここまでだ」
子爵はルイズの頭を優しく撫でた。
「学院に戻りなさい。サイト君が待っているよ」
「サイトが……」
子爵は視線を落とすルイズに微笑みかけると、口笛を拭いてグリフォンを呼んだ。
「ミスタ・グラモン。我が許嫁を無事に学院まで送り届けてくれたまえ。頼んだよ」
茶目っ気たっぷりにそう言うと、子爵は飛び去って行った。
「ま、待って……」
ルイズは声を震わせながら小さくなっていく子爵の背中に手を伸ばした。
彼ほどの実力者なら、生還出来る可能性は高い。だけど、確実に帰ってこれる保証も無い。
これが今生の別れとなってしまうかもしれない。その事をルイズも感じているのだろう。
「……駄目よ」
ルイズは言った。
「ひ、一人でなんて行かせられない……」
「……でも、子爵が言う通り、船に乗れない以上、彼について行く事は……」
「分かってるわよ!!」
ルイズは叫んだ。
「でも……」
「――――何か、お困りですかな?」
どうやら、少し騒ぎ過ぎたみたいだ。いつの間にか、周りに妙な連中が集まって来ていた。
全身をローブのようなもので包隠している。
「だ、誰よ、アンタ達!!」
ルイズが警戒心を露わにして怒鳴る。
「……私達は流浪の民。何やら、お困りのようだったので声を掛けました」
流浪の民。聞いたことがある。一定の場所に定住する事なく、街から街へと渡り歩く胡散臭い連中だ。
だけど、流浪の民はその生活様式の関係で非常に多くの情報を持っていると聞く。
「悪いけど、私達は忙しいの。物乞い目的なら他を――――」
「待ちたまえ、ルイズ」
彼らを追い払おうとするルイズを止め、僕は話し掛けて来た男に顔を向けた。
「僕達はアルビオンへ向かいたいと思っている。何か、方法は無いかな?」
金貨を差し出しながら問いかけると、男はクスリと微笑んだ。
「アルビオンは今や戦場ですよ?」
「それでも、行かなければならない理由がある」
「……でしたら、一つだけ」
男は言った。
「ここから西に約二十リーグ程行った先に闇商人達が利用していた古い廃港があります。嘗て、アルビオンとの往来が激しかった頃に利用されていたものです。そこに何隻か船が残っておりました。どうやら、闇商人達は思いの外大儲け出来たようで、風石を幾らかそこに残したまま去っております。それらを積み込めば……」
「アルビオンに行ける!!」
ルイズが歓声を上げた。聞いてみて正解だったらしい。
「ただし、飛空船の操縦は素人には困難です。それに、風石が途中で足りなくなる可能性もある。御二人共、風の魔法は使えますかな?」
僕達は顔を見合わせた。僕は土のメイジだし、ルイズは言わずもがなだ。
困り切った表情を浮かべる僕達に男は言った。
「よろしければ、人手を貸しましょうか?」
「人手を……?」
男は人差し指を後ろに居る三人に向けた。一人は背が高く、ガタイもいい。その両隣には子供が二人。三人共顔を隠していて、性別や年齢は分からない。
「真ん中の男は極めて優秀な風のメイジです。そして、その両隣にいる二人は戦いの申し子とも言える戦闘の達人です。戦地へ赴くなら、戦力も必要でしょう。彼らをお貸し致します」
「……ずいぶんと気前がいいね」
さすがに話がうますぎる。飛空船の情報だけならまだしも、風のメイジやボディーガードまでつけてくるなんて、怪し過ぎる。
「無論、報酬を頂きます」
「報酬……?」
「然様。御二人が何故アルビオンに向かわれるのかは分かりませんが、危険を伴う以上、それ相応の大切な目的があるのでしょう。それらを果たし、帰還するまで、彼らを貴方達の護衛につけます。そして、無事帰還出来た暁には報酬を頂きたい。金銭で構いません。そうですねぇ、千エキューほど頂ければ――――」
「せ、千ですって!? ちょっと、待ちなさい!! いくらなんでも、そんな額……」
仰天するルイズ。僕も提示された額に言葉を失った。
だけど、すぐに考えなおす。確かに、千エキューは高額だ。だけど、絶望的だったアルビオンへの渡航手段とボディーガードに対する代金としては妥当……いや、安いくらいかもしれない。
最悪、姫様に掛け合って経費として彼らへの報奨金を出してもらえばいい。
ルイズも同じ結論に至ったのか、口を噤みながらコチラを見つめている。
頷き合い、彼らの提示した条件を呑むことにした。
「……結構。では、廃港まで三人に案内させます。その後も御好きに御使い下さい」
「ああ……」
怪しすぎるくらい怪しい。だけど、いざとなったら僕にはペルソナがある。
この力を使えば、例え、彼らが牙を向いたとしても対処出来る筈だ。
裏切れば、相応の報いを受けさせるだけ。だから、それまでは――――、
「よろしく頼むよ」
無言で頷く三人に微笑みかけた――――……。