「――――ペルソナ!!」
弾けた閃光の中から、まるで雪だるまのようなファンシーな生き物が躍り出た。
新たなペルソナに驚く暇も、興奮する暇も無い。水の流星群は既に眼前まで迫って来ている。回避は間に合わない。俺はガードの態勢を取った。
立て続けに鳴り響く爆音。水弾が大地を抉る音だ。俺も既に直撃を受けている筈。なのに、フィードバックによる痛みがいつまで経っても来ない。
顔を上げると、雪だるまは水弾の直撃を受けていながら、痛がるどころか、むしろ嬉しそうに踊っている。
『ヒーホー!! オイラ、ジャック・フロストだホー!! 今後とも夜露死苦だホー!!』
ジャック・フロスト。俺が得た、新たなる力は凶悪な水の砲弾を完全に無効化している。
クリスは言った。
“シャドウの中にはスキルを無効化するタイプが存在する”
どうやら、ペルソナの中にもスキルを無効化するタイプが存在するらしい。
「よっしゃー!! いけぇぇええええ、ジャック・フロスト!!」
ジャック・フロストが龍に向かって飛び出していく。
瞬間、自分の中の何かが弾けた――ッ!
刹那、俺の脳裏に映像が映る。ジャック・フロストが凍て付く冷気を生み出す光景。俺は迷わず両手を掲げた。
「ジャック・フロスト!!」
俺の思いがペルソナに伝わる。ジャック・フロストは真っ白な雪の手を龍に向け、冷気の塊を生み出す。
雷霆も疾風も効かなかった龍が初めて苦悶の声を上げる。龍の体は瞬く間に凍り付き、地面に落下した。
『こいつはおでれーた! すげーな、相棒!』
龍の眼に突き刺さったままのデルフリンガーが興奮した声を上げる。
『どうやら|奴《やっこ》さん、体の殆どが水だったみてーだな』
動きが鈍くなった龍からジャック・フロストにデルフリンガーを抜かせて俺の下に運ばせると、デルフリンガーが言った。
「水……?」
『おーよ。体内の水分が凍っちまったせいで、身動きが取れなくなってやがる』
デルフリンガーの言う通り、龍はガタガタと体を震わせるばかりで、水弾を吐き出すことはおろか、身動き一つ取れずにいる。
『チャンス到来だ、相棒!』
「おう!」
動きが止まっている今なら、確実に攻撃を当てる事が出来る筈。
ジャック・フロトスではダメだ。このペルソナは近接攻撃を不得手としている。
なら――――、
「ローラン!!」
少しずつ、分かってきた。
ペルソナとは、俺の中に宿るモノ。己の心に呼び掛ける事で、ペルソナは応えてくれる。
ペルソナに対する理解が深まった瞬間、自分の中の何かが弾けた――ッ!
「イケェェェエエエエエ!!」
ローランの握る聖剣が光り輝き、刀身に奇妙な文字が浮かぶ。
「ペテロトゥース!!」
ローランが龍の眼前に踏み込む。煌めく刃を龍の口の中へと差し入れた。
轟く絶叫。眼球や鱗の隙間から光が溢れ出し、龍の肉体は四散してしまった。
散らばった肉片は地面に落ちる前に光の粒となって消えていく。その中に――――、
「モンモランシー!」
モンモランシーの姿を見つけた。咄嗟にローランにキャッチさせようとしたら、横からクリスのペルソナが飛んで来た。
「――――サイト!」
「クリス!?」
ブリュンヒルデがモンモランシーを抱き止めると同時に、クリスが空から降って来た。さっきまでボロボロだったのに、今はピンピンしている。
「だ、大丈夫なのか!?」
「ああ。彼が治療してくれた」
そう言って、クリスが指し示した先には天を舞うハンサム。
「ワルドさん!」
華麗に着地を決め、ワルドさんは俺の下まで歩み寄って来た。
「駆けつけるのが遅くなってすまない。アンリエッタ王女を安全な場所に移す為に時間が掛かってしまった。どうやら、学院全体に強力な眠りの魔法が掛かっているみたいなんだ。今、オールド・オスマンが事態の究明に動いて下さっている」
矢継ぎ早にそう言いながら、ワルドさんは懐から小瓶を取り出した。
「飲みなさい。水の秘薬だ。生粋の水のメイジなら、この程度の傷に秘薬は必要無いのだが、生憎、私は風のメイジなのでね」
ワルドさんに促されて、俺は水の秘薬を口に含んだ。すると、ワルドさんは腰に差したレイピアを俺の胸元に押し当てた。
「イル・ウォータル・デル」
途端に傷の痛みが引いた。触ってみると、細かい傷までスッカリ癒えている。
「すげぇ……」
ゲームでは定番の回復魔法。実際にその恩恵に授かると、感動せずにはいられない。
「どこか痛む所はあるかね?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます、ワルドさん」
お礼を言うと、ワルドさんは微笑んだ。その笑顔に震えが走る。意識が彼の瞳の中に吸い込まれていく錯覚を覚えた。
頭の中がぼんやりとしている。戦いの後で疲れているのかもしれない。顔を横に向けると、クリスも熱に浮かされたような表情を浮かべている。
「サイト君」
ワルドさんの声に鳥肌が立った。嫌悪感からでは無い。彼の低い声があまりにも耳に心地良すぎて震えが走った。
おかしい。胸が高鳴っている。相手はルイズの元婚約者で、顔は整っているけど男で、なのに……、
「さあ、色々と質問したい事があるんだ。いいかな?」
「はい……、ワルドさん」
それが自分の声だと初め思わなかった。甘ったるい声。普段だったら絶対に出さない声。
だけど、今は欠片ほども気にならない。今、何よりも大切な事は彼の言葉を耳に入れる事。彼の疑問に答える事。
他の事など全てがどうでもいい。ルイズとギーシュの事さえ、どうでもいい。家に帰れなくなっても、ここで今直ぐ死ぬ事になっても、この人の傍で、この人を見つめながら終わるなら、それは何よりも幸せな事だと確信している。
「――――では、最初の質問だ。そうだね……、君が何者なのか、から答えてもらおうか」
“ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド”コミュのランクが“2”に上がった!
“剛毅”のペルソナを生み出す力が増幅された!
“ジャン・ジャ■ク・■ラン■ス・ド・ワルド”コミュのランクが“5”に上がった!
“剛毅”のペルソナを生み出す力が増幅された!
“ジャン・■ャッ■・フラ■シス・ド・■■ド”コミュ……のラ■クが“7”に上@った!
“剛毅”のペル%ナを生み出す力がぞう幅された!
“ジャ■・ジ■ッ■・フラ■■ス・ド・ワ■■”コミ@のラfクが“8”に上がっt!
“剛■”のペ■ソナを生み出す力が増幅された!
“ジ■ン・■■ッ■・フ■■シス・■・ワ■■”ココミュの■ン■が“&”にににににににににに上がアガあがag!
“■■”の■■■■を生み出す力が―――――、失われた。
ゼロのペルソナ使い 第二十話「暗雲」
「いってらっしゃいませ、ミス・ヴァリエール。ミスタ・グラモン」
「行ってきます。帰省中に迷惑を掛けたわね、シエスタ」
頭を深々と下げるシエスタに手を振る。私達がラ・ロシェールに向かう道すがら、偶然立ち寄った“タルブ”という村はシエスタの故郷だったらしい。
たまたま、帰省中だったみたいで、色々とこの地域の世情を聞くことが出来た。どうやら、王国軍と反乱軍の戦いは激化の一途を辿っていて、その余波がこの近くにまで及んでいるらしい。
脱走兵や便乗する野盗などの犯罪率の上昇。戦争を利用して儲けようとする闇商人や傭兵の流入。この辺の治安は数年前と比べ物にならない程悪化している。
アルビオンへ向かう定期船の運航停止がそれに拍車を掛けている。肝心のアルビオンへ入国出来ずに荒くれ者達が溢れかえっているのだ。
「――――さて、色々ときな臭くなっているみたいだね」
タルブを出てから少しして、ギーシュが言った。
「急ぎましょう。陽が出ている内にラ・ロシェールまで辿り着かないと!」
「慌てなくても、昼頃には到着するさ。それよりも、そろそろアルビオンに到着した後の事を考えた方が良いと思う」
「後の事……?」
ギーシュは頷いた。
「急な話だった上、サイトを欺くために慌てて出発したから、アルビオンまでの道中の計画しか練れていないじゃないか」
そうだった。私達の任務は姫様がアルビオンのウェールズ王子に送った恋文を処分する事。アルビオンに辿り着く事は前提条件でしかない。その後にウェールズ王子に接触し、恋文を処分する所まで考えて、計画を練らなければならない。
一応、姫様から使者の証として、水のルビーと呼ばれる王家の秘宝を預かっている。だけど、極秘任務の性質上、みだりに振り翳すわけにもいかない。見せるとしたら、それは本人を相手にした時だ。
「……なんとか、ウェールズ王子本人に謁見出来るといいんだけど」
「難しいだろうね。水のルビーの威光も戦時の混乱の中でどれほど効果を発揮してくれるか分からないし……」
ラ・ロシェールへ続く道を馬で駆けながら、ギーシュとアレコレ意見を交わしたけれど、あまり意味を為さなかった。
そもそも、アルビオンへ渡る船が手に入るかどうかも微妙だし、前途多難過ぎて泣けてくる。
互いに考える時間が長くなり、口数が減って来ている。
「……仮に」
これだけはハッキリさせておく必要がある。
「私達が失敗した場合だけど、水のルビーはどうする?」
姫様は失う事になっても構わないと仰っていたけれど、王家の秘宝を軽々しく扱うわけにはいかない。
最悪の場合でも、ルビーが反乱軍の手に渡る事だけは阻止しなければならない。仮に私達が死んだとしても……。
「ラ・ロシェールに着いたら、学院に向けて手紙を出そう」
「手紙……?」
「帰還が不可能になった場合、ルビーをアルビオン国内に隠すんだ。その時の隠し場所に条件をつけて、その条件を手紙に記しておくんだよ」
思わず感心してしまった。ギーシュにしては冴えた考えだわ。
「名案よ、ギーシュ! それでいきましょう」
手をパチンと叩いて歓声を上げる私にギーシュは深々とため息を零した。
「出来れば、僕達自身の手で姫様にお返ししたいけどね……」
「……そうね」
そこから先の道中はずっと無言だった。
元々、私とギーシュはあまり親しくない。サイトが間に入って、初めて会話が成立する程度の浅い関係。
むしろ、女癖の悪い彼を私は軽蔑してすらいた。まあ、彼も私を魔法が使えない無能だと軽蔑していた筈だからお互い様だろう。
ギスギスした空気にならないだけマシだ。
「――――サイト」
「え?」
上の空になっていたみたい。ギーシュが話し掛けて来ている事に気付かなかった。
「いや、サイトはどうしているのかなって思ってね。恐らく、ヴェルダンデは手紙を無事にモンモランシーに届けてくれた筈だ。きっと、サイトにも手紙の内容は伝わる。今頃、怒っているかもね」
「……かもしれないわね。私の事を守るって、息巻いていたもの」
頬をリスみたいに膨らませて怒るサイトを思い浮かべて、頬が緩んだ。
本当なら、私の手で故郷の星に送り返してあげたかった。戦いの中で何度も傷つきながら私を守ってくれたサイトへの、それがせめてもの恩返しになると思って……。
もしも、私がこの任務の中で力尽きたら、彼はどうなるだろう? ミスタ・コルベールやオールド・オスマンはサイトの為にちゃんと便宜を図ってくれるかしら?
「……サイト」
寂しさと心細さで涙が零れそうになる。
まだ、出会って一月も経っていないのに、私の中で彼の存在が驚くほど大きくなっている事に気がついた。
「ルイズ……。君の――――ッ、危ない!!」
突然、ギーシュが声を張り上げた。顔を上げると、目の前に無数の矢が迫って来ていた。
避けられない。気付くのが遅過ぎた。
「ぁ……、サイト」
死ぬ。これで終わり。
アルビオンに辿り着く事も無く、こんな場所で……、
「――――ペルソナ!!」
光が弾ける。私の眼前に煌めく刃が現れ、迫り来る矢を弾き返した。
「で、出た……」
コレはギーシュのペルソナだ。名前は確か、オリヴィエ。
召喚者であるギーシュはペルソナを召喚出来た事に戸惑いと安堵の入り混じった表情を浮かべている。
「よし。どうやら、野盗の襲撃らしい。ルイズはさがっているんだ!」
ギーシュは馬から飛び降りると、バラの造花を掲げた。
「陽の出ている内から堂々と法を犯すとは大胆不敵! だが、相手が悪かったね! いけ、オリヴィエ!!」
緑の髪の美しき騎士がギーシュの号令と共に山の斜面を登っていく。
「――――これはッ!」
ギーシュは大きく目を見開き、造花を振る。
「マグナ!」
直後、ギーシュのペルソナが刃を地面に突き立てた。
地面が水面のように波打ち、弾けた。重なり合う悲鳴。全身血塗れになりながら空中に放り出される野盗達。
あまりにも惨たらしい光景に血の気が引いた。
「ぁ……ぁぁ……」
血の雨が降り注ぐ中にオリヴィエの姿があった。
「……凄い」
「え?」
ギーシュが熱に浮かされたようにオリヴィエを見つめている。
「見たかい?」
ギーシュが満面の笑みで問う。
「たった一撃だ。一撃で……、あれだけの人数を無効化した。こんな事、ラインやトライアングルのメイジにだって出来ないよ」
口元が歪んでいる。あの凄惨な光景を前にギーシュは笑っている。
「ペルソナ……。なんて、凄い力なんだ」
オリヴィエが光の粒子になって消えていく。だけど、ギーシュの顔から笑みは消えない。
感動に打ち震えている。
「行こう、ルイズ。もう、恐れる必要は無いよ」
ギーシュは言った。
「王国軍も反乱軍も怖くない。この“力”を使えば、誰が相手だろうと負けない。負ける筈が無い」
「……ギーシュ」
ギーシュは馬を再び走らせた。慌てて追いかけながら、私は胸騒ぎを覚えた――――……。