目の前が真っ暗になって、気が付くと俺はベルベットルームから追い出されていた。突然、目の前が明るくなって、思わずよろけてしまう。窓の外から差し込んだ光が、もう朝である事を教えてくれた。
「そうだ、扉!」
俺は慌てて振り返った。そこには、青白い光を放つ扉が壁に、まるで額縁に飾られた絵画の様に浮かんでいた。
俺は扉に手を伸ばそうとしたけど、邪魔が入った。
「あら、また会ったわね、ルイズの使い魔」
声に振り返ると、そこには褐色の肌と紅蓮の髪が印象的な胸の大きな女が居た。確か、名前はキュルケ。キュルケは胡散臭そうに俺を見ていた。
「貴方、壁に向かって何をしてるの?」
キュルケの言葉に俺はベルベットルームの扉を見た。だけど、やはり扉は浮かんだままだ。
「この扉、見えないのか?」
「扉……? 何の話?」
キュルケには見えてないのか。俺は何でもない、と誤魔化した。
キュルケは呆れた様に肩を竦めた。
「ねえ、前に聞いた話だけど……」
「前に聞いた話……っていうと、食堂で話した時の事か?」
「そう……。ねえ、あれって本当だったの?」
「どうして……」
あの時、キュルケは少しも信じようとしなかった。なのに、どういう心変わりだろう。
キュルケは頭を掻きながら、どこか苦い表情を浮かべて言った。
「昨日、黒い怪物と戦ってたのは貴方達?」
「え? ああ、見てたのか? なら、助けに来てくれよな……」
「そう、黒い怪物って言って、理解出来るって事はやっぱりそうなんだ」
「何の話だ?」
キュルケは何を考えてるんだろう。俺は首を傾げた。
「その様子だと、知らないみたいね。昨日の夕方、私は友達の子と食堂に向かってたわ。だけど、どういう訳か、意識を失ってた。その友達の子っていうのが、私を起してくれたんだけど、彼女も少しの間動けなかったって……」
「どういう事なんだ?」
「スリープ・クラウドって知ってるかしら?」
キュルケの言葉に俺は首を振った。響きから、もしかしたら呪文の事かもしれないとは思ったけど、どういう呪文なのかまったく分からない。
「眠りを誘う、水系統の呪文よ。その効果は使用したメイジの力量を上回る水のメイジで無ければ逆らえない。さっき話した、私の友達の子は水のトライアングルなんだけど、その子ですら、解呪するのに時間が掛かったわ」
どういう事なんだ、誰かがキュルケを眠らせたって事なのか?
「私達以外にも、使用人達や先生方、他の生徒達も眠らされていた。ただでさえ、トライアングルを眠らせる程のスリープ・クラウドをそんな大人数に同時に掛けるなんて、並のメイジに出来る事じゃないわ」
キュルケが何を言いたいのか、俺にも薄々だけど分かってきた気がする。
「私はその友達……タバサって言うんだけど、タバサと一緒に外を見たわ。そしたら、そこにあの怪物が居た。誰かと戦ってるみたいだって事は分かったけど、それが誰だか分からなかった。確かめ様にも、下手に動けなかったし……」
「そのスリープ・クラウドって魔法を使った犯人がどこかに居るかもしれないって思ったからか?」
「ええ、案外、賢いじゃない。そう、私もタバサも並の雑魚には負けない自信がある。だけど、相手が並の雑魚じゃなくて、スクウェアクラスのメイジなら話は別。自分から殺されにノコニコ歩き回る趣味は無いわ」
「で? なんで、俺だと思ったんだ?」
「そんなの当然の帰結よ。怪物と戦っているナニカは私達の知らない“力”を使っていた。なら、その力を持つ者は誰かしら? そう考えた時、一番に頭に浮かんだのは貴方だった。何故って? この学院で貴方は異質だからよ。ルイズに召喚された、貴族を敬うっていう、平民にとっての当たり前が当たり前じゃない平民。それに、前に貴方に聞いた話を統合すれば、話はより明確になったわ。だから、カマを掛けてみたわけ。違うなら、怪物って単語に首を傾げるでしょ? 怪物が居た時間、使用人達は眠ったままだったんだから――」
キュルケの洞察力に俺は舌を巻いていた。まるで、小説やドラマの中の探偵の様だ。
「この前は悪かったわ」
「え?」
キュルケが突然頭を下げた。
「貴方の言ってた事は真実だった。なのに、私は信じないで、貴方を侮辱したわ。これでも、礼儀は弁えてるつもり。許してくれるかしら?」
俺は驚いていた。キュルケは会っていきなり人の名前を馬鹿にしたり、人の言葉を信じないで敵意を向けてきたりしたから、実の所、苦手だった。
だけど、今のキュルケは何となく親しみが湧いた。口元が綻んだ。
「ああ、別にいいよ。えっと、キュルケ?」
キュルケはクスクスと笑った。
「合ってるわよ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。でも、“微熱”のキュルケとだけ、覚えておいてくれればいいわ。改めて、よろしくね」
キュルケが右手を差し出してきた。俺は自然とその手に同じく右手を差し出した。
「サイト・ヒラガだ。こっちこそ、よろしく」
キュルケの体温が握った掌に伝わって来る。温かい、これが微熱のキュルケの温度なんだな。
キュルケの微熱を感じながら、キュルケとの間に、ほのかな絆の芽生えを感じる。
…………!? ……頭の中に、不思議な声が囁く――。
『我は汝……、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり……。絆は即ち、真実に至る一歩也。汝、“悪魔”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん……』
俺はキュルケとの絆に呼応する様に、”心”の力が高まるのを感じた。
今度、友達の事を紹介するわ、そう言って、キュルケは去って行った。去り際に階段を降りながらキュルケは言った。
「貴方、思ったよりもいい男みたいね。ちょっと、微熱が疼いちゃったわ」
「な、なに言って!」
高らかに笑いながらキュルケは階段を降りて行った。何だか、最後に一気にくたびれてしまった気がする。
そろそろルイズを起した方がいいな。今日は“フリッグの舞踏会”がある筈だ。舞踏会なんて、俺は行った事が無いけど、準備に相当な時間が掛かる様な気がする。特に女の子は。
着替えたいけど、着替えがどこにあるか分からないし、先に顔を洗う為の水を汲んで来よう。
俺はキュルケが去って行った跡を追う様に、階段を降りた――。
外に出ると、昨日の戦闘の爪痕は一切無かった。
「オールド・オスマンが直したのかな?」
「どうしたんですか、サイトさん?」
「ほあっ!?」
突然、背後から声を掛けられて、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。振り返ると、シエスタが呆気に取られた表情で俺を見ていた。
「あ、シエスタ! あ、その、ちょっと吃驚してさ」
「変なサイトさん」
シエスタはクスクス笑った。なんだかむしょうに恥しい。
「それにしても、目を覚まされたんですね。また、お倒れになったって聞いて、吃驚しちゃいましたよ」
「えっと、心配してくれた?」
俺が言うと、シエスタは腰に手を当てて立腹した様子で言った。
「当たり前です。何があったか、私は一介の使用人ですから気軽に聞いたりは出来ませんけど、ミス・ヴァリエールがとても心配なさってました。あまり、無理をなさらないで下さいね?」
最後は本当に心配そうに言ってくれた。俺は嬉しくなって、笑みがこぼれた。
「うん。ありがと、シエスタ」
「……さあ、お仕事に戻りましょう」
シエスタも穏かな笑みを返してくれた。そうだ、今の内に言っておきたい事があったんだ。
「ちょっと待って」
「なんですか?」
俺はシエスタを呼び止めた。改めて言おうとすると、なんだか気恥ずかしい感じがする。
だけど、ちゃんと言わないといけない。
「ここに来てから、シエスタには本当に世話になったからさ……。本当にありがとう」
頭を下げた。仕事を教えてもらったり、倒れている間、介護をしてもらったり、本当に恩がたくさんある。
「あ、頭を上げてください! 全然、大した事はしてないんですから!」
シエスタがあわあわ言いながら懇願してきた。
俺はその様子をもっと見て居たかったけど、困らせても仕方ない。顔を上げて、もう一回、お礼を言った。
「シエスタ、何か困った事があったら言って欲しい。俺に何が出来るか分からないけど、何が何でもシエスタを助けるからさ」
俺はシエスタの目を真っ直ぐに見ながら言った。
「……ありがとうございます。ふふ……、困った時に助けに来るだなんて、まるで“イーヴァルディ”の勇者の様ですね」
「“イーヴァルディ”?」
「知らないんですか!?」
俺が首を傾げると、シエスタは酷く驚いた顔をした。
俺はイーヴァルディについて尋ねてみた。
シエスタは丁寧に教えてくれた。
「ハルケギニアで一番有名な英雄譚なんです。勇者イーヴァルディは始祖ブリミルの加護を受けて、“左手”に剣を、“右手”に槍を持ち、竜や悪魔、亜人に怪物、様々な敵を打ち倒すんです。伝承に口伝、詩吟、芝居、人形劇と、バリエーションも豊富なんですよ」
「なんだか面白そうだな。もっと、教えてよ!」
俺が言うと、シエスタは困った様な顔をした。
「実は、私が知っているのは、幼い頃に両親に読んでもらった童話の中のイーヴァルディなんです。イーヴァルディには本当にたくさんの物語があって、私が知っているのは、イーヴァルディの有名な物語の竜退治だけなんです」
シエスタは少し恥しそうに言った。
「その物語はどんな話なの?」
俺は聞いた。なんだか、とても気になった。
俺の心のどこかが叫んでいた。聞くべきだ、と。
「えっとですね。イーヴァルディはとある村に立ち寄るんです。そこで、とてもお腹を空かせたイーヴァルディはルーという少女にパイを貰うんです。そして、村で体を休めていました。すると、その村に竜が現れるんです。竜はルーを攫いました。イーヴァルディはパイをくれただけの少女を救おうと、皆の反対を振り切って、恐怖に苛まされながら、竜を退治しようと、竜の住処に向かうんです。村の長がイーヴァルディに一本の剣をくれました。イーヴァルディはその剣を持って、竜の住処に乗り込み、竜と対峙しました。何度も傷つき、倒れるイーヴァルディは最後、竜の炎に焼かれそうになるんです」
俺は不思議な感じだった。自分の事じゃないのに、どこかこそばゆく、そして、どこか嬉しい気持ちになっていた。
「だけど、村長にもらった剣が光を放ち、そして、光に包まれた剣は竜の炎を跳ね返すのです。見事にルーを救い出したイーヴァルディは再び旅に出ます。ルーと共に――」
まさしく勇者の物語って感じだ、俺は思った。女の子を助ける為に竜と戦う勇者か、俺の星にもそういうゲームがあったな。
「イーヴァルディか……」
「図書館に行けば、多分、本があるとおもいますよ。ミス・ヴァリエールに頼んでみたらいかがですか?」
この星の字は読めないんだけど……、この際、勉強してみるか。
「そうだな。ありがと、シエスタ」
「そろそろ、お仕事に戻りませんと」
「ああ、ごめんな。でも、シエスタ、さっきの、本気だから」
「……その時は、期待しちゃいますね」
シエスタは穏かに微笑みながら言った。どうやら、俺の言葉を信じてくれたらしい。
シエスタの信頼を感じた。シエスタとの間に、ほのかな絆の芽生えを感じる。
…………!? ……頭の中に、不思議な声が囁く――。
『我は汝……、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり……。絆は即ち、真実に至る一歩也。汝、“恋愛”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん……』
俺はシエスタとの絆に呼応する様に、”心”の力が高まるのを感じた。
シエスタと一緒に水場に向かった。水を汲んで、シエスタと別れた俺はその場を後にした。
「あら、サイトじゃない! もう、起きてたの!?」
女子寮の階段を上がっていると、モンモンが目を丸くしながら俺を階段の上から見下ろしていた。
「あ、モンモン」
「だ・れ・が、モンモンよ! ちゃんと、ミス・モンモランシーって呼びなさい!」
「へいへい」
「……はぁ。もういいわ。それより、ギーシュは起きた?」
諦めた様に溜息を吐き、モンモランシーは不安げに尋ねてきた。
「俺が起きた時はまだ寝てたよ。今はどうかな……」
モンモランシーはそう、と元気無く呟くと、階段を降りて行った。
「夜までには目が覚めるといいな」
俺が言うと、モンモランシーは苦笑しながら行ってしまった。
俺もルイズの部屋に急ぐか――――……。
ゼロのペルソナ使い 第十三話『ボーイ・ミーツ・ボーイ』
部屋に入ると、俺のご主人様は未だ寝ていた。キュルケやモンモランシーはとっくに起きてるのに寝坊助め。
俺の荷物の所に、昨日買った服が袋に入ったまま置いてあった。中から適当なのを選んで着る。
白のインナーに青いジャケット、それにカーキ色のパンツだ。結構イケてると思う。
病人服は畳んでソファーの上に置く。水を張った桶をルイズのベッドの近くの小机に置いて、俺はルイズに声を掛けた。
「うにゅ……。ワルド様……」
ワルド様って誰だろう……。肩を揺らすが、全然起きる気配が無い。よっぽど熟睡してるらしい。けど、今日は舞踏会なんだから、早く起きて準備をしないとまずいんじゃないか?
俺は心を鬼にして、掛け布団を一気に取り払った。
「キャアアアアアアアアアアアアア!!」
耳が痛くなるほどの絶叫をして、ルイズは目を覚ました。
「にゃ、にゃにするのよ!」
俺から掛け布団を慌てて引っ手繰ると、フルフル震えながら涙目で俺を睨みながらルイズは言った。
凄く可愛いけど、いつまでも見てる場合じゃない。
「ルイズが起きないからだよ。とっとと、顔を洗おうぜ?」
「あ、あんたねぇぇ! って、あら? どうして、あんた起きてるの?」
ルイズは小首を傾げながらしばらく唸っていると、突然、顔を青褪めさせた。
「って、私ってば、何日寝ちゃったの!? もしかして、一週間!? 舞踏会は? 授業は? いやあああああああ!」
何か、勘違いしてるらしい。このまま見てても凄く楽しいけど、俺はルイズを宥めた。
「落ち着け、俺が早く目を覚ましただけだ。今日がフリッグの舞踏会だよ」
「あ、あら、そうなの?」
ルイズは顔を赤らめながらコホンと咳払いをした。
「い、今のは忘れなさいね」
「凄く面白かったけど?」
「わ・す・れ・な・さ・い!」
どこからか鞭なんて持ち出しながら言うルイズ。俺は慌てて頷いた。
「りょ、了解です」
それから、ルイズの顔を水に浸したタオルで拭い、また、下着を脱がせて、服を着せた。
相変わらず、健全な男子高校生に刺激的な朝を送らせてくれるご主人様だ……。
「そう言えば、アンタ、お風呂の場所は分かってる?」
「いいや、知らないけど?」
「使用人の寮の一階にあるわ。行ってらっしゃい」
「……つまり、臭うと?」
「……ちょっとね」
俺は項垂れながら了解した。ここは女子寮で、ルイズの部屋に来るまでに女の子と何人も擦れ違った。その間、何人かの少女が鼻を抓んだのは、つまりそういう事か?
シエスタやモンモランシー、キュルケはそんな素振り見せなかったのに……。
俺は風呂場に向かう事にした。女子寮を出て、使用人の寮を探し歩いていると、声を掛けられた。
「やあ、サイト」
そこには、なんと、ギーシュが居た。
「ギーシュ!? もう、目を覚ましたのか!?」
「ついさっきね。一体、あれからどのくらい経ったんだい?」
「今日はフリッグの舞踏会がある日だ」
「つまり、一日しか寝てないのか……。意外だな、君の時は一週間も寝ていたのに」
「俺の時はベルベットルームに招かれたりしてたから、そのせいかもしれないな」
「ベルベットルームか。僕は招かれなかったようだね。まあいい、それより、モンモランシーの無事を確かめないと……」
心配そうな表情のギーシュに、さっきモンモランシーと話した事を話した。
「そうか、怪我は無かったんだね? 外出中なら、外を探したほうがいいか……」
「ところでさ、ちょっと頼みがあるんだけど」
俺が言うと、ギーシュはなんだい? と俺の方を向いた。
「使用人の寮ってどこにあるか分かるか?」
「使用人の寮? 君は、ルイズの部屋で寝泊りするんじゃなかったのかい?」
「そうだけど、風呂がさ……」
「ああ、なるほどね」
ギーシュは納得した様に頷いた。
「分かった。案内するよ。だけど、僕も一つ、君にお願いがあるんだ」
「なんだ?」
ギーシュからの頼み事なんて意外だった。だけど、ギーシュの言った頼み事の内容はもっと意外だった。
「サイト、一発、僕を殴ってくれないかい?」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなり、なんでだよ!?」
ペルソナの覚醒で頭のネジが一本飛び出てしまったのだろうか、ギーシュは訳の分からない事を言い出した。
ギーシュは俺の目を見ながら頼む、と言ってきた。俺はギーシュの真剣な表情に息を呑んだ。
「サイト、聞いて欲しい事があるんだ……」
「なんだよ?」
ギーシュは大きく息を吐くと、苦い表情を浮かべた。
「僕は君を友達だと思ってる」
俺は思わず顔が火照った。面と向かって、友達と言われると、なんだか少し、照れ臭い。
だけど、ギーシュは首を振った。
「違ったんだ。僕は……、白状するとね、僕は君を見下していたんだ。ルイズの事も……」
ギーシュの独白に俺は自分でも驚く程動じていなかった。
俺は知っていたんだ。ギーシュはやっぱり貴族で俺の事をどこか見下してた。だけど、それでもギーシュは俺に親しげに話しかけてくれた。だから、そんな事は別に気にしてなかった。
ギーシュは違ったらしい。拳を強く握りしめながら言った。
「あの時、僕は怖かったんだ。怖くて、なのに、あの怪物にサイトとルイズは立ち向かった。その姿がかっこいいって思ったんだ。それと同時に、平民の癖に、ゼロの癖にって僻んだ。どうしようも無いほど情け無い事を考えたんだ……」
「ギーシュ……」
「僕は君とちゃんと友達になりたい。対等になりたいんだ。だから、君の拳で僕の情け無い所を吹飛ばして欲しいんだ」
ギーシュは真摯な眼差しで言った。俺は思わず笑ってしまった。
どこが情け無いんだよ、こんなカッコいい奴、俺は他に知らない。
俺は拳を握り締めた。ギーシュは両手をだらんと下げた。だけど、それじゃ駄目だ。
「何してんだよ。お前も拳を握れよ」
「何を言ってるんだ? 僕には君を殴る理由が……」
「対等になるんだろ?」
「……ああ、君はやはり変な奴だ」
「お前に言われたくねーよ」
俺とギーシュは互いに笑い合った。そして、ギーシュも拳を握った。
静かな広場には他にも暇を潰している生徒達が居た。フリッグ舞踏会があるからか、授業は休みらしい。
外野は居るけど、今の俺には目の前の馬鹿の事しか目に入ってなかった。手の中にカードが現れるのを感じた。
俺は当然の様に、そのカードを握り潰した。ギーシュも手の中のカードを握り潰したらしい。
俺とギーシュの左手から光が溢れて、俺達の頭上でローランとオリヴィエが睨み合った。
外野の声はもう何も届かない。握った拳を思いっきり振上げて、俺とギーシュは同時に走った。
頬にとんでもない衝撃が走った。だけど、俺もギーシュも吹飛ばされずに踏み止まった。
互いに拳を相手の頬に叩き込みながら、互いに笑い合って、そのまま地面に大の字で倒れこんだ。
頭上を見上げると、ローランとオリヴィエが消え去った。
「これから、よろしく頼むよ。サイト」
「ああ、よろしくな、ギーシュ」
俺達は互いの拳をコツンとぶつけあった。
ギーシュは爽やかな笑みを浮かべている……。ギーシュと、本当の意味で対等になれた気がした。
“ギーシュ・ド・グラモン”コミュのランクが“2”に上がった!
“魔術師”のペルソナを生み出す力が増幅された!