隔離都市物語
25
これがいわゆる"終わりの始まり"
≪勇者シーザー≫
朝焼けの空の下、私達は王宮に向けて歩を進めていた。
私を先頭にその横にクレアさんと手を引かれて歩くアルカナ君。
少し後ろに戦士殿と盗賊殿、そしてライオネル殿が続く。
更にその後ろには、この日の為に決起した人類の生き残り達が思い思いの装備を手に歩いている。
「まさか、正面から進んで敵の迎撃が無いとは……」
「デカイ反乱でもあったみたいでやすね若旦那。ほら。その辺が燃えてるでさ?」
「こげ臭いお」
「死体が一杯転がってるよね……」
見張り台には申し訳程度にワーウルフが座っているが、
こちらを見ても特に動くでもなく、興味なさげにだらりと舌を出したままだ。
……もはや魔王軍は軍隊としての形を維持出来て居ないようである。
だが、油断は禁物。まだ魔王ラスボスに忠誠を誓う兵は必ず居る筈なのだ。
ここで油断して失敗しては元も子もない。
……と、そこで私は大通りの脇に座り込む大柄な姿を見つけた。
「勇者か。遅いじゃないか……出来ればわたし達が魔王軍らしかったうちに来て欲しかったがね」
「ミノタウロス……殿か」
いつぞや一騎打ちを行ったミノタウロスだ。
体のあちこちに噛み傷を付けた状態で道の隅に座り込んでいる。
……しかも、アバラが浮き出て血溜りがすっかり乾いてしまっているのを見ると、
随分長い間ここに座り込んでいたようだった。
「ははは。かつての部下に文字通り噛み付かれるとは思ってもみなかった」
「……何があった?」
「反乱の鎮圧に赴いたらそこで部下の裏切りに遭ってね……それは何とかしたが、この通りだ」
「お腹に酷い怪我だお」
「腐りかけてる!?それって何日前の話なの……?」
足元に転がる巨大な戦斧は血に塗れ、錆が浮き始めていた。
腹に受けた傷は大きく、満足な処置も行われなかった結果、腐り始め蝿が周囲を舞い始めている。
「まあ、ここで会えたのが不幸中の幸いか。悪いが……介錯願えるか?もう歩けないのでね」
「……分かった」
こんな王宮が見える位置で、重鎮の一族が倒れていても誰も助けようとしない現状。
それに疲れ、絶望し果てたのかミノタウロスのその目に生気は無かった。
そして、私の背後の人々から発せられる無言のプレッシャー。
私にはもう、無抵抗な彼を切り殺す以外の選択肢が無いと分かった。
「いずれ魔王もそちらに行く。出迎えの用意をして待っていろ!」
「ふ、はは……魔王様が?……まあ、そうかも知れないがね……」
何故か泣きたくなる気持ちを抑え、ミノタウロスの首を落とす。
出来るだけ、苦しめないように……一撃で。
「ああ……食料泥棒さえ、多発、しなければ……がはっ」
「……くっ」
「「「「「よっしゃああああああああああっ!」」」」」
「「「「「ざまあみろぉぉぉーーーーーーっ!」」」」」
「「「「「人間を舐めるな薄汚い魔物どもめ!」」」」」
「「「「「じつは、あたしらの、しわざ、です」」」」」
背中から聞こえる歓声が、何故かとても悲しかった。
私は振り向く事が出来ず、そのまま歩き始める。
何故そんな風に思うのか、自分でも理解できなかったが。
……。
私は無言で歩く。
士気上がる人々とは対照的に私の心は冷えていく。
「シーザーさん……あの、気持ちは判りますが、目が怖いですよ?」
「……姫さん。黙っててやりな。やりきれない事はあるもんだ。例えば金貸した奴が蒸発したりとか」
「貸してたのかお……」
「「「「「「オーオゥー、我等がアラヘン麗しの王都~♪」」」」」」
「「「「「「我等が勇者、非道の魔物を蹴散らして~~♪」」」」」」
即興の歌が響く中、私達は大通りを抜け王宮を取り巻く堀を渡った。
……跳ね橋は下りっ放しで引き上げる為の鎖は切れたまま放置され、最早その存在意義を失っている。
そして激戦を覚悟していたのだが……何も無い。
ここまで来ても、まだ何の出迎えも無いとはどう言う事か?
「だが、まだ兄さんが居る。死霊騎士デスナイトが居る」
「応。だが、今更だがやれるのか?もし辛いなら俺も手伝うが」
ライオネル殿からそんな申し出があったが断りを入れた。
これは勇者と魔王の戦いの一環ではあるが、
同時に私と兄の国の守り方の違いによる激突でもある。
我が侭かもしれないが……ここは他者を交えず一対一で片を付けたい。
そう考え、焼け焦げ穴の空きかけた王宮の門に手をかけた。
「ぐああああああああああああああああああっ!?」
その時だ……門の奥から断末魔の絶叫が響いたのは。
「なっ!?兄さん!?」
「応!?何事だよ!?」
「爆音が響いたお!」
「行ってみましょう!?」
私達は扉を蹴破りエントランスへなだれ込む。
そこで見たものは……。
「なんて、酷い。変わり果てた姿になってしまって……酷いよ、これは」
「空飛ぶ絨毯、おとーやんに頼んで作り直しだお」
「そっちかよ姫さん。まあ高そうだけどなその絨毯」
「お?シーザーか。遅いゾ!この辺までは露払いしておいたからナ!」
「うおっ!?まさかスーの所のチビ助かよ!?」
「旦那方の世界は人材の層が厚いでやすね……」
搭載した弾薬量を半分ほどに減らし、焼け焦げながら浮かぶ空飛ぶ絨毯と、
頬をすすで汚しながらもにやっと笑うフリージア殿。
そして。
「……」
「中々手強かったが今回は絨毯が荷物持ってくれたし、近寄らせなければどうって事は無いのだナ!」
ただの物言わぬ鎧と化した、いや戻った兄さんの成れの果て、
の、そのまた成れの果ての姿だった……。
「だお?何か鎧が自己修復しておるお……その内また襲ってくるんじゃないかお?」
「それは無いゾ。自我を封じ込めていたらしい宝石が兜にくっ付いてたからそれを砕いたのダ」
「……それは、鎧自体の効果だ。その鎧こそが兄さんに渡された"聖剣"なんだ。は、ははは……」
「そう言えば兜の飾りだけ修復されてないね。と言う事は倒したって考えて良いのかな?」
「自己修復能力を持った鎧かよ……凄い業物だな。幾らするんだ?」
私は力なく剣を取り落としていた。
……ぶつけたかった感情があった。問い質したい事があった。
そして、私は兄さんに勝ちたかった。
けれどもそれはもう、叶わない。
目の前にあるのはもう、ただの鎧だけ。
かつて兄さんが愛用した、その鎧だけだ。
そしてその中から、兄さんの意思はもう、感じ取れなかった……。
「えーと、雇い主……まあ、なんだ。人生色々あるさ、な?」
「……ああ、そうだな。有難う戦士殿……」
国を憂いるなら喜ぶべき事だ。
難敵がひとつ排除され、敵四天王の一角がまた崩れたのだから。
だが、先ほどのミノタウロスの事を含め、
なんと言うか、個人的にはやりきれないものがある。
「シーザー済まんな。必要だとは言えお前の兄を倒してしまった……あ、怨んでくれても良いゾ?」
「怨める訳が無い!共に戦ったフリージア殿を怨める訳が無いではないか!」
それに、彼女の戦いは正当なものだ。
仇討ちという側面もあるし、第一文句を言うのなら突入が遅れた自分自身にだろう。
……このやるせなさは、私が自分自身に向けるべきものなのだ。
「なんか、何処かの異世界で買ったゲームにあった、時限イベント失敗したみたいな感じだお」
「む。アルカナ……またこっそり遊んでたの?夜更かしはしないようにね?」
どんなに悲しくても悔しくても、
それを他人に向ける権利など私には、無い。
「お、応シーザー!とりあえず魔王との戦いはお前のもんだ!後の雑魚は俺達に任せな!?」
「そうですやね。自分等もここまで無傷でこれるとは思ってませんでしたし、いけるでやすよ!」
「……ああ」
必死に慰めてくれる仲間達の好意が、今の私には、痛い。
だが確かに言う通りでもある。
必死に気を取り直し、剣を拾い上げた。
「行こう……魔王はすぐそこだ!」
「はい!」「だお!」
「そうだナ!」「稼ぐぜ!?」
そう、ここは全員が無事に集結できた事を喜ぼう。
……何はさておき魔王を倒す。
今はそれだけを考えるのだ!
……。
エントランスから真っ直ぐに進む。
……かつては赤絨毯が敷かれ、その左右を微動だにしない精鋭の騎士達が固めていた謁見の間への道。
既に絨毯は取り払われ、大理石の床は所々ひび割れていた。
天井を彩るステンドグラスは割れて半ばが失われ、周囲には埃が舞っている。
「……変わり果てたものだな」
「なまじ過去の事を覚えてるだけ泣けやすよね。この絵画もかつては凄い値打ちもんだったのに……」
「こんなになったら売れもしないだろうな。勿体無い」
「応、お前ら気にしても仕方ねぇだろ?」
「伯父様の言うとおりです。大事なのはこれからですよねシーザーさん?」
「とりあえず勝つのが重要だお」
違いない。
今はまだ、秘匿されているだけで食べるものが本当に無い訳ではないからまだ良いが、
このままでは我が祖国に生きている者は居なくなるぞ?
「なあシーザー。お前の兄だがナ……実は私が来る前から疲れ果て、膝を付いてたのダ」
「え?」
その時、フリージア殿がポツリと呟いた。
「お前達が到着したときは爆風で吹き飛んでいたがナ、最初……周りは魔物の死体で一杯だったのダ」
「それは、魔王ラスボスに対する反乱軍か?」
「うむ。奴はここ一ヶ月ほど不眠不休で魔王の寝所に続くあの場所を死守していたそうなのだゾ」
「……そうか」
フリージア殿の顔に表情は無い。
務めて平坦を装っているようだった。
「馬鹿な話だゾ。死んだら何にもならんのだナ……本当にそっくりだゾ」
「……それでも私は、王家に対する忠誠を捨てないし、兄さんのそのあり方を否定もしない」
「だお?あ、シーザーにそっくりって事かお」
「シーザーさん。自分は大事にしてくださいね……貴方に何かあったら、私が……悲しいから」
「確かに雇い主は手前の命をないがしろにしがちだしな。俺としても護衛対象に死なれたくは無い」
生き延びろ、か。
気持ちはありがたいが敵は魔王ラスボス。
奴を倒せば私の戦いは終わる。
……皆には悪いが今こそ命の賭け時だと思う。
「……何でそんなにそっくりなんだろうナ、お前たち三人は」
「三人?ブルーかお?一応遠いとは言え親戚なんだから当たり前だお」
「でもレオは命を賭けるようなタイプじゃないけどね。元々賭ける必要が無いけど」
ブルー殿と似ている、か。
だからこそあの人も私を放っておけなかったのかも知れない。
……私も何時かあの人のようになりたいものだ。
「さて、そうこうしてる内に扉が見えてきやしたぜ?あの奥が謁見の間……今は魔王の居室でさ」
「妨害が無かったお!良い事なのら」
「私はそうは思えんがナ……何かあると思ったほうが良いゾ」
「そうね。扉の奥から来る重圧も相当な……あ、開いた!?」
そしてかつて陛下が世界中から集う人々と謁見をされていた巨大な広間の如き一室の前に辿り着く。
巨体の魔王が暮らせるほどに広く、天井の高かったその部屋は今では魔王の居室と化しているらしい。
……敵に逃げ場は無いし逃げる気も無いだろう。
そう考えていると、それを肯定するかのように突然扉が軋みをあげた。
「良くここまで辿り着いたのう、婆さん」
「老師……」
「話には聞いてたが……ソーン、お前なのか……応、久しぶりだな」
そこから歩み出てきたのは顔が潰れたままのアンデッド。
老師、即ち四天王第四席……顔無しゾンビだった。
ぞろぞろと現れるスケルトンの後ろには部屋の奥で腕組みをして座り込む魔王の姿も見える。
「お久しゅう。ハーレィもデイビッドももう居りません……今や私だけに御座います」
「ちびリオに良く仕えてくれたぜ……苦労かけたな。俺のせいだ、済まねぇ」
知り合いだったのだろうか。
ライオネル殿と老師は言葉少なく語り合い、お互いに頷きあった。
「さて、わしは立場ゆえに戦わねばな。帰るなら見逃すがのう?」
「老師。それが出来ればここまで来て居ない!」
私が叫ぶと老師はすっと道を開けた。
「婆さん、なら進むが良いわい……わしの役目は余計な者をここから先に通さない事じゃからのう」
「……老師?まさか貴方は……」
「応!シーザー、ここは俺達が引き受ける。先に行け!」
「「「「うおおおおおおおおおおっ!」」」」
後ろからドンと背中を押される。
スケルトン達は私達を無視し、後ろを固めていたライオネル殿たちに向かっていく。
……これは!?
「行けって事だと思うゾ」
「ラスボスも待ってるみたいです。行きましょう」
「決戦だお!」
「消耗戦にならなくて良かったぜ」
「自分もお供させてもらいやす!」
迷いは一瞬。
そして私は走り出した。
「私達が魔王を倒すまで頑張ってくれ!」
「「「「お願いしますぜ勇者様っ!」」」」
スケルトンは老師が居る限り幾らでも現れるだろう。
ならば、此方が消耗する危険性を避けるべきだ。
それに……彼らでは魔王に傷一つ付けられないだろうしな。
「応!ここは俺に任せな。無駄な死人は出させねぇぜ!?」
「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」
背中に響く剣戟の音を尻目に私達は謁見の間に走りこむ。
……背後で扉が閉まる音がした。
……。
扉が閉まるとそこには静寂の空間が広がっていた。
この一室だけは何も変わらない。
暗殺に備え窓が無く数箇所に炊かれたかがり火により照らし出された室内。
そして多少薄汚れはしているものの、いまだ豪華なままの装飾。
……違いと言えば、かつて玉座があり陛下が座っていた一段高い部分から玉座が取り除かれ、
代わりにその場所を椅子代わりにして魔王が座っているという事だろうか。
「良く来たな。勇者シーザー」
「魔王、ラスボス!」
腕を組み、目をつぶっている魔王は何故か苦痛に呻いているようにも見える。
そしてその目が開くと、以前より少し充血したように見える瞳が現れた。
「我は魔王。今まで幾つもの世界を破壊してきた」
「知っている。だがそれも今日までだ……お前は、この私が……討つ!」
決意と共に剣を抜く。
盾を構え仲間達の前に出ると、ラスボスは苦笑をしつつ立ち上がった。
「はっはっは。貴様などに殺される必要は無い。見るが良い、これを」
「……そ、それは!?」
ラスボスが脇腹をさすると僅かばかりだが血が滲み出る。
……ふと気が付いた。
あれは、かつて私が傷を付けた跡だ!
「あの日以来、この傷は完全に癒えると言う事が無かった……そして以前の戦いでまた傷が開いてな」
「アルカナが直撃したあの時だお♪」
「……少々力を使い過ぎたらしい。あれから全く血が止まらんのだ」
【私の崩壊の力、甘く見ましたね】
「最初に食らってから一年経ってるんだろ?……まるで呪いだな」
地響きを立て、魔王ラスボスは一歩踏み出した。
良く見ると、顔色が悪い。
「……我にだって分かる。これは致命傷だ」
「なに?」
「まあ、後三ヶ月はもつまい。それを知るや我に忠誠を誓っていた筈の兵達が一斉に牙を剥きおった」
「……そうか、それでか」
魔王の寿命が後三ヶ月しか無いとなれば、その恐怖も薄れるだろう。
後の事を考え暴走するものが現れてもおかしくは無い。
……いや待て、それ以前の問題があるぞ!?
「では何か?私がここでお前を倒さなくともお前は後三ヶ月あればそれだけで死ぬのか!?」
「……正確に言うと、長くとも三ヶ月だ」
しん、と周囲が静まり返り、かがり火の放つ音だけが周囲を覆った。
……私が倒す必要は無かったと?
今や魔王を放って置いても問題が無いと言うのか!?
「認めたく無いものだ。ハインフォーティンと戦わねばここまで致命的にはならなかったのだが」
「ハー姉やんに二度も逆らってまだ命があるだけ凄いと思うお」
「むしろ苦しめる為に生かされてるだけじゃ……あ、何でもないです」
「そんな事より母の仇は何処ダ?」
……フリージア殿?
「それはいい。悲劇に酔いたきゃ酔っておけばいいのダ。で?あのトカゲは何処ダ?」
「……ドラグニールか。奴は」
「私はここにいるぞ。人間ども……魔王様が貴様等如きにやられると思うな!」
突然顔色を変えたフリージア殿に驚きつつも、私は新たなる声のほうを見た。
部屋の奥に人間用サイズの扉があり、そこからドラグニールが現れたのだ。
……これで、役者は揃った……と言う事か?
「ククク……それはナイ。魔王様が貴様等のような人間どもにやられる事などアリエナイ!」
「……ドラグニールよ。どうした?様子がおかしいが」
魔王すら不審に思うなら私達はなおの事だ。
四天王主席……竜人ドラグニールの様子は明らかにおかしかった。
目は血走り、呂律も回りきっていない。
「もう我が一族も終わりだ……クハハハハ、終わりなのだ。ならば魔王様だけでも、魔王様だけでも!」
「……ドラグニール……お前は……!」
そこに、10年もの間殆ど一人でこの巨大組織を回してきた男の姿は無かった。
狂気に駆られた一匹の魔物が居るだけだ。
……ただ、私はその姿に同情すら覚えつつあった。
手塩にかけた組織とそれに誇りを持っていた一族をほぼ同時に失ったのだ。
精神に異常をきたしてもなんら不思議ではない。
「ククク、見よ、私の一族に代々伝わる決戦用の秘薬だ……これがあればマケンぞ?マケンゾ!?」
「ろくな物では無さそうだナ」
「明らかに命削ってるよね」
「だおだお」
それは間違いない。
薬を飲み干すたびにドラグニールの筋肉は肥大化していくが、それで無事で済むとはとても思えない。
……そして気付いた。
魔王だけではない。魔王軍自体が既に壊死を起こしかけているのだと。
そうでなくば、ここまで自棄になる筈も無い。
「ろくな薬じゃナイ?アタリマエダ!?だがな、勇者よ。この地の古文書を読んで知ッタガお前の」
【黙りなさい!見苦しい!】
私の腰に下げられた剣の守護者が一喝した。
刀身が輝き鞘から光が漏れ、その光に当たった皮膚に痛みが走る。
……凄まじい力だ。流石は伝説の聖剣。
「ハハハハハハハ!怯えルナニナイテゴロシ!さあ舞え、チカラヲツカエ!」
【……!】
「魔王サマが再びその光にヤカレル前ニ、オマエヲミツズレニ逝ッテヤルゾ!」
「来る!?」
【勇者よ!こんな相手に私を抜いている場合ではありませんよ!?】
剣の守護者の言うとおりだと同意しかけたその時、
既にドラグニールは私の懐に入り込んでいた。
「速い!?」
「オマエガオソイ!」
曲刀が私の鎧に叩き込まれ、私は扉に叩きつけられる。
……曲刀自体もその衝撃に耐えられず刀身が弾け飛ぶが、彼の竜人は気に気にした様子も無い!
「マオウサマハヤラセンZO、ONORENOBUKINIKOROSARERO!??????」
「ぐっ!?」
「だが断るゾ!お前の相手はこの私なのだナ!」
再び迫る一撃に盾を必死に構えるものの、その内側に入り込まれては意味が無い、
と思った瞬間、横から飛んで来た鉛玉にドラグニールは吹き飛ばされる。
……そしてフリージア殿が私を庇うように銃弾の雨を降らせた。
「コイツは私に殺させてくれ。頼むのだナ」
「……フリージア殿の仇はドラグニールだったのか……分かった」
「任せるのだナ……この位の大きさなら銃撃で吹き飛ばせる。やられはしないゾ!」
「承知した。そちらは任せる!」
そして私自身は魔王ラスボスに向き直った。
……魔王はどこか遠い目で言う。
「我と戦うか?お前がやらんでも事態は収束する。それでも勝ち目の無い戦いを始めるのか?」
「ああ。……何故なら、私は勇者だからだ!」
魔王はこの戦いを無駄と言い切った。
確かにそうなのかも知れない。
だが私は平和になるまでの、その三ヶ月の差が惜しいと思う。
そして……それ以前に勇者としてこのまま逃げ帰るという選択肢を選ぶ事は出来ない!
「そうか。では始めるか」
「……ラスボス!」
ところが、対する魔王はと言うと諦めのような雰囲気が漂い始めていた。
かつて感じたような分かりやすい覇気は感じられない。
……そして、私はその事実に何故か憤慨していた。
「魔王よ。何を黄昏ている!?お前は8つの世界を破壊した魔王なのではなかったのか!?」
「ふん……お前に理解できるか?10年の準備がまるで無駄だった我の胸の内が……!」
その言葉と共に、風を切る音と共に突き出された手より紅蓮の炎が巻き起こる。
文字通り無造作に放たれただけなのに、それは部屋中を炎に包んだ!
「故に、これは八つ当たり……最後に魔王が勝つ物語があっても良かろう!?」
「ふぇ?意外と多いと思うお」
「アルカナ。それは言っちゃ駄目じゃないかな?」
魔王の目に光が戻る。
もしかしたらそれはろうそくの消える前の一瞬の輝きなのかも知れない。
だが、
「魔王ラスボス……これが正真正銘の最終決戦だ!」
「来い!あの騎士の予言など粉微塵に打ち砕いてみせるわ!」
そんな細かい事はどうでも良かった。
そこに魔王が居て勇者がいる。
ならば戦うしかないと私の心が告げていた!
「クレアさん!援護を頼む!」
「はい!」
「アルカナ君、クレアさんを頼んだぞ!」
「頼まれなくても分かってるお!」
「戦士マルク殿!最善と思われる行動をお願いする!」
「簡単に言ってくれる……まあいい!勝って莫大な褒美でも貰うとするか!」
仲間達に簡潔な指示を出し、私は正面から走り出す。
部屋は燃えている。
長期戦は不可能だ!
ならば、成すべき事は一刻も早く魔王を討ち果たす事のみ!
「ちょ!?勇者の若旦那!自分は何をしやすか!?」
「この炎の中で爆弾は使えないだろう?」
走り出した私の背中に慌てたような声がかかる。
盗賊殿か。
満足に走れず武器は爆発物。そんな彼に何を任せれば……。
「そうだ……盗賊殿は奥に向かって陛下を一足先に救い出してくれ!」
「っと、これは大仕事でさ!?了解。任せてください若旦那!」
先ほどドラグニールが出てきた奥への扉を盗賊殿が一足先に駆けていく。
例え魔王を倒せても陛下が亡くなられるような事があれば本末転倒。
動けるものがいれば先に動いておくべきだろう。
「……あのような者にお前もデスナイトも何故拘るのか……」
「分かるまい……魔王であるお前には!」
鞘に剣を戻し、聖剣を抜き放つ。
……まだその秘めた力を発揮していないのか輝く事も無く、聖剣はかつてのように私の手に納まった。
【勇者よ。以前の事を覚えていますか?】
「ああ。酷い負け戦だったな」
【……貴方が私の"崩壊"の力を使えるのは精々後三回が限界でしょう……急所を狙うのです!】
「致命打を与え得るのは後三回のみ、か」
成る程。魔王に致命傷を与えうるほどの剣が私の番まで残っている訳だ。
剣なのに使用回数付きとは恐れ入る。恐らく魔力量などの限界があるのだろう。
だが、今の私には問題にならない!
「聖剣よ!剣の守護者よ!……今こそ私も切り札を切る時だ!」
【……?】
そして、そっとマナバッテリーを覗きこむ。
充填率はまだ100%……よし、いける!
『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』
【こ、これは!?】
全身に湧きあがる力を押さえる事もせず、私は魔王に突進する。
……今なら、何にだって負ける気がしない!
「まずは、一撃入れさせてもらう!」
「以前は当てさせてやっただけ!そう易々と当てられると思うな!」
「おねーやん!」
『来たれ……街に散らばる瓦礫達よ!』
振りかぶる聖剣に合わせ、天井に空いた穴からアラヘン中に散らばる瓦礫が降り注ぐ。
ダメージは無いに等しいが、細かい建材の欠片や木屑が魔王の視界を塞いだ!
「むっ!?目が、っ!?」
「はあっ!」
「弁慶に派手に当たったお!」
「目を開けていれば埃が入る。閉じれば見えない……地味に効きますよこれは!」
私の一閃は魔王の脛に吸い込まれ、脛の皮と肉を切り裂く。
だが、その一撃は骨に阻まれ止った。
【今です!足の骨を崩壊させ、機動力を奪えば】
「まだだ!剣の守護者よ!まだだっ!」
「うぐっ……してやられたが……この程度!」
そして、悪いとは思いつつ聖剣を足場として飛び上がり、
落ちながら膝の皿に盾の角を叩きつける!
「!?……あ、が、ぁっ!?」
「体勢が、崩れたっ!」
【これを待っていたのですか!?】
魔王ラスボスはたまらず膝を付いた。
……私はそれを見るや膝に手をかけ飛び乗るようによじ登り、
敵の太股を足場としてその顔面に聖剣を突き刺す!
「ぐお……グオオオオオオオオオッ!?」
「悪いが目を頂くっ!……聖剣よ!」
【我が崩壊の力を受けよ!魔王!】
聖剣が光り輝く。
魔王の眼球に突き入れられた刀身から輝きが溢れ出し、
魔王の顔面に大きくヒビが走った。
だが、魔王の残った片目は私を見据え動揺すらしない。
そして……突然、横から凄まじい衝撃が私を襲う!
「これでどうにかなるとでも思ったか!?」
「グハッ!」
「シーザーさん!?」
敵の膝の上では避けようも無い。
私は横殴りに弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
そのまま地面に落ちたが呼吸すらままならない。
……なんて威力だ。頭の奥でガンガンと音がするぞ!?
「ふん……厄介なのは……貴様のほうか!」
「きゃあっ!?」
「ぐっ!?クレアさん!?」
そして私を壁に叩きつけたことを確認すると、魔王はクレアさんに狙いを定める。
足元に転がる瓦礫をごっそりと掴み取ると、クレアさん目掛けて投げつけた!
「おねーやんはアルカナが守るお!」
「アルカナ!お願い!」
「……ほお!大した気概だ!」
そしてある程度予想できた通り、アルカナ君がクレアさんの前に立ちはだかり、
時折飛び跳ねながらクレアさんに向かう瓦礫をその身を持って受け止めていく。
「痛いお!痛いお!痛いお!?」
「ちょこまかと、小五月蝿いガキめ!」
「アルカナは不死身!そんな事でくじけるような弱い子じゃないもの!」
全ての瓦礫を受け止められると流石に魔王も驚いた顔をした。
血塗れになりながら「だお!」と立ちはだかるアルカナ君は魔王にとって不快だったらしい。
「ならば、直接くびき殺してやるわ!」
「だおっ!?向かってくるお!」
「くっ!急がねば!」
何とか体勢を立て直した時には、既に魔王は立ち上がり、
クレアさん達に向かって突進を開始していた。
だが、私はその視界の先にあるものを見つける。
「出費は最低、効果は最大に、ってな!」
「……ぬわっ!?」
「ラスボスがこけたのら!?」
「あ、ガラス玉なんて何処で!?」
「なんにせよ千載一遇の機会だ!」
戦士殿だ。戦士殿が何処から拾ってきたのか大量のガラス玉を魔王の足元に転がしたのだ。
幸い大半は魔王の重量に潰される事も無く、瓦礫に混じった丸いガラス玉は魔王の足元を脅かす。
その大質量と足の負傷故体勢が崩れやすくなっていた魔王ラスボスは見事に脚を取られ、
そのまま派手に仰向けに倒れこんだ。
「やったのら!」
「うおおおおおおおおっ!」
【飛び乗るのは危険です!どこか届く場所で最も効果的な場所を!】
その言葉に従い、私は……卑怯者呼ばわりを覚悟で魔王の古傷を思い切り抉り出す。
そう、かつて私が一撃を入れた。いや入れさせて貰った場所だ。
ハイム様との戦争で開いていた古傷は聖剣の輝きに焼かれ、更にその傷口を広げていく……!
「ウガアアアアアアアアアッ!?」
「いける、いけるぞ……うっ!?」
【いけない!勇者よ、一度下がるのです!】
剣の守護者が叫ぶ。だが、今は千載一遇の機会だ。
確かに手が何故か震えるし敵の反撃が来そうな状況下ではあるが、
敵のヒビは既にその胴体の半分を覆うほどに大きくなっている。
……ここで叩き潰されようが構うまい。
魔王と相打つならば、勇者として、本望だっ!
【下がるのです!もうこれ以上は貴方が保たない!】
「シーザーさん!?駄目ッ!ラスボスが拳を振り上げてるっ!」
「駄目だお!……忘れたのかお!?ラスボスはまだ本気出してないんだお!?」
……脳天に直撃を受けたような衝撃を受けたように感じた。
そうだ、まだラスボスには合成魔獣としての本性が残っている!
次の瞬間、私は聖剣をぐっと握り締め、後ろに飛んだ。
一回、二回、三回。
そして四回目のバックジャンプを敢行しようとした時、
今さっきまで私の居た場所を中心に、魔王の腕が周囲を薙ぎ倒す。
……危ない所だった!
「アルカナ君、済まない……危うく敵の奥の手の存在も忘れる所だった」
「判れば良いんだお!」
【それより勇者よ。体は大事無いですか?】
言われて確認するが、特にどうと言う事は無い。
強力な打撃だったがとりあえず当たってはいないようだった。
「ぬぐっ……腕を上げたか?いや、この腕力は人間の到達できる域ではないぞ!?」
「語るべき事は無い!」
「と言うか、反応して手の内晒したらアホだお」
魔王が体を起こした。怒涛の攻撃でかなりの体力を削り落とした筈だ。
だが顔と腹を中心にした胴体にヒビが入っている割りに、まだ余裕があるように感じられる。
そしてラスボスは体を起こしたまま片手を地面に付いて体を支えつつ、瓦礫を一掴み掴み上げ……、
そのまま口元に持って行った。
「……では、これはどうだ?」
「えっ!?瓦礫を口に含んでる!?」
「汚いお!」
「……いや、これは……避けろっ!」
私の声に反応して仲間達はいっせいに散開する。
刹那、その周囲を覆いつくす飛弾の雨。
魔王は口に含んだ瓦礫を細かく噛み潰すと、霧のように吹き付けてきたのだ!
「唾吐いて来たお!きちゃないお!」
「それどころじゃないよ。これ……一発一発がハンドガンくらいの威力があるかも……」
「それが霧吹きのようにか!?笑えもしな、うおっと!?」
続いて地面に付いたままだった手の指先だけを動かし、爪で弾くように手近な瓦礫を飛ばしてきた。
大きさは人の頭部ほど。
狙われた戦士殿は驚きつつも後ろに飛んで、
「ぐあっ!?しまったっ!?」
「炎の中に飛び込んだお!」
背後に迫っていた炎に巻かれた!
熱にやられ、地面を転がる戦士殿。
私にはそれが火を消す為に無意識にやった行動である事だと容易に想像が付いた。
……だが、今ここでそれをやってはいけない!
「逃げろっ!?戦士殿!炎は後回しだっ!」
「熱ぃぃぃぃっ!?……ぐああああああああっ!」
「逃すかああああああっ!」
警告を出すも時既に遅し。
ズン……と音がして、
飛び出したと思った瞬間、既に魔王は壁に突っ込んでいった。
それはあっという間の出来事。
ゆらり、と炎と砕けた壁から身を起こした魔王は凄惨な笑みと共に呟く。
「……まず、一匹だ」
「戦士殿……!」
その場の全員が理解する他無かった。
壁の奥に潰れた戦士殿の遺体……間違いなく即死だったろう。
胴体を丸ごと潰されて、生きていられる人間は居ない。
私は……思わず奥歯を砕かんばかりにかみ締めた。
【勇者よ】
「……分かってる。仲間の死だって初めてじゃない」
だが、それに流される訳にも行かない。
何度も揺れ、悩み迷ったとしても。
せめてこの場では、戦場ではそれに流されてはいけない。
……今まで守れていない事も多かった。
これからだってそうかも知れない。いや、これからがあるのかも判らない。
だが、今は……世界の命運を賭けたこの場では、
絶対に判断を誤らないようにしなくてはならない!
「たかが三ヶ月。されど三ヶ月……私の勝利が世界を救うと信じねば、勇者などやっていられない!」
【よろしい。では、ここで貴方が成すべき事は?】
そんな事は決まっている。
……私は覚悟を決めて走り出した。
「魔王を打倒する。まずはそれだけだ!」
「我を打倒?やれるものならやって見よ!」
正面からの突撃。
魔王は当然のように拳を振り上げる。
……それを確認し、私は盾を構えて立ち止まった。
ただし軽く腰を落としつつ、だが。
「正面から受け止めるつもりか!?笑止!」
「シーザーさん!?」
「何してるお!?」
当然の如く振り下ろされる腕。
……ここで警戒されたなら勝利は遠のいていただろう。
だが、相手は人間だと侮ったのが……ラスボス、お前の敗因だ!
「!?腕を、駆け上って!……この軌道は!まさか!?」
「その首、貰い受ける!……アッパースゥィングっ!」
魔王の一撃を飛び上がって避け、その拳から腕を一気に駆け上った。
そしてすれ違いざまに頚動脈を斬り上げ、切断して背後に飛び降りる!
「この攻撃法……ガハッ、奴と、同じ手を……!」
「やったお!」
「うん!でもまだ。まだ次がある!」
首から大量に血を流し、ドサリと倒れこむ魔王。
だが私は、私達は知っている。
魔王ラスボスがこんなもので終わる存在では無い事を。
「ふん……知っていようが、本来の我は合成魔獣……傷の受け過ぎだ。思わず元の姿に戻ってしまった」
「だおー。色々生えてきたお!」
「まさに合成魔獣(キマイラ)ね……でも、今までのダメージが抜ける訳じゃない。シーザーさん!」
「ああ、分かっている!」
魔王の姿が変わる。
下半身が肉食獣のような四本足になり、蛇の頭を持つ尻尾が生えてきた。
肩口からは山羊とライオン……ではないな、虎か。ともかく頭が二つ。
胸板も突き出てきたかと思うと二つに開き、竜の頭がせり出してくる。
背中にも変化がおきた。
何かが競り上がって来るのを見て、てっきり羽かと思いきや、
何と生えてきたのは巨大な鳥の足。爪が異様に発達していて動くたびに万力が閉まるような音がする。
……おかしい、以前マケィベントで見た姿と僅かに違うような。
「不気味か?」
「え?」
不意に、魔王が話しかけてきた。
その体の変態はまだ止まっていない。
その中で、魔王は私に「不気味か」と聞いて来たのだ。
「いや。ただ単に以前と姿が違うなと思っただけだ」
「……我はウロボロスの怪物。命の設計図を弄くられた存在。真の姿は変わる度に違うものになる」
それは、どう言う事だろうか。
「かつて、我は故郷で不可視の船に乗る人間どもに出会った……奴等は我の親だと言った」
「魔王の、親!?」
「イデンシを自己改造する最強生命体を作り出す実験だったらしい。後で知った事だが」
「それが、その姿とどう関係する?」
「我は失敗作なのだ。少なくとも奴等は我を殺す理由をそう言っていた。余りに不安定だとな」
「そんな……」
魔王の額から触角が生える。
「故郷は奴等の実験場(遊び場)に過ぎなかったのだ!我や、魔物たちは奴等の玩具よ!」
「その憤りが魔王の力の源だというのか!?」
「あ、そうか……合成魔獣は自然発生するような生き物じゃないよね……」
「今まで気付かなかったお!」
全身の毛が針のように鋭く尖り、毒々しい光沢を帯びる。
「我は人間を許さん……とは言わぬ。そんな事、我の知った事ではないからだ。だが」
「だが?」
「じゃああのドラグニールが人間を異様に嫌うのはその人達への恨み……!?」
「でもそれって、アレじゃないかお?」
爪が発達し、金属質に変化する。
「我は生き延び、逆に奴等の技術を……異界を渡る術を盗み出した。そして誓ったのだ!」
「……何を?」
「我は我を脅かすものをこの世から消し去ると。その為に最強の存在になると!」
「だから、世を滅ぼし続けていたのか!?」
なんと言う過去だろうか。
魔王が人を、人の文明を滅ぼすのはかつて魔王が人に滅ぼされかけた為!?
だとしたら、悪いのは一体誰なのだ!?
「仕方あるまい。人は我を脅かす。我は我を滅ぼしうる者を消し去るまで止まる訳には行かなかった」
「そんな事をしていても破綻するだけだろうが!?」
「……現に破綻したではないか」
「……そうだな」
魔王は寂しげに言った。
……結局、魔王は怯えていたのだ。
己を滅ぼそうとする創造主、その恐怖から逃れる為には創造主自身とそれを連想させるもの。
そして己を危険に追い込みうる全てを抹殺せねば安心出来なかったに違いない。
「占領した世界をすべて灰にしていったのは何故だ?」
「支配していても逆らうからに決まっておる」
これもそうだ。後ろから刺されるのが恐ろしかった。
そうでなくとも認められなかったのだ。
一体どれだけの想いをもって世界を渡っていたのか。
それを知る術は私には無い。
だが、一つだけ分かる事はあった。
「だからと言って、そのやり方を認める訳にはいかない!」
「だろうな……我も認めて欲しいなどとは思わん!」
異形の姿と化した魔王と私達は対峙する。
そう、魔王にどんな事情があったところで、私達の世界を侵略して良いはずが無い。
降りかかる火の粉は払わねばならないのだ。
さもなくばそのまま焼け死ぬだけなのだから!
「見るが良い。こんな生き物が居て良い筈が無い……」
「私はそうは思わない。だが、アラヘンを害するものは全て討つ!」
私は一時瞑目した。
そしてかっと目を見開いて、叫んだ!
「何故なら私は、勇者シーザーだからだ!」
それは私を定義する言葉。私が私である理由。
「では決着を付けよう。我は魔王ラスボス。最後の敵対者……ラスボスなり!」
「行くぞ!魔王ラスボス!」
私はマナバッテリーを握り締めた。
その残量は、いつの間にか残り三割。
果たして足りるのかと言う不安はあるが、それでもやらねばならない。
「そう言えば、聖剣はまだ使えるのかお?」
「問題ない。使用回数は後一回残っている!」
【ええ。まだ後一回は大丈夫でしょう……使いどころは考えなさい。生きて帰りたくば】
「!?……それって……使用回数の制限じゃないの?……あ……じゃあ、まさか!?」
聖剣もまだ一度は使える。
勝機は十分に残っている筈だ。
「終わりにしよう。ラスボス!」
「最早、我の寿命は尽きた……せめて最後の戦いは勝たせてもらう。道連れだ、勇者シーザー!」
【道連れですか。言い得て妙ですね】
「…………シーザーさんは、死なない。私が、死なせない!」
「えーと?じゃあアルカナはお歌を歌うお!」
「あーちゃん。くうき、よむです……」
「それが出来たらあーちゃんでは無いでありますよ?」
少なくとも、世界は救われた。
……例えこのまま私が倒れようとも魔王の命はもうすぐ尽きる。
ならば、後は私とラスボスの意地比べ以外の何物でもない。
「行くぞおおおおおおっ!魔王、ラスボスーーーっ!」
「……来い!勇者シーザーぁっ!」
さあ、決着を付けよう。
勇者と魔王、どちらが勝利を掴むのかを……!
続く