隔離都市物語
13
戦友
≪勇者シーザー≫
来るべき時が来た。魔王ラスボスの軍勢が遂に地上に現れたのだ。
私が特訓に入ってからの一ヶ月、奴等は大きな動きを見せなかったが、
それは手をこまねいていた訳ではなく、守りの弱い所を探していたのだろう。
「奴等からこの世界と故郷を救うために私に出来る事はただ一つ。それは魔王ラスボスを倒す事だ!」
大分体に馴染んできた鎧を着け、中途リアル迷宮を下っていく。
何時ぞや殺されかけた罠の数々も、今や特に気負う事無く回避できるまでになっていた。
あの地獄のような特訓で私も成長しているのだと実感する。
「ブルー殿、守護隊の皆さん。不肖シーザー、ただ今より魔王ラスボスとの戦いに赴きます!」
「ああ。副長は別命で居ないが……今度は奴等に一矢報いる事が出来るだろう……頑張れよ、だとさ」
「「「気合入れていけよ、へっぽこ勇者!」」」
地下四階に駐屯する騎士団の方々に挨拶をし、魔王軍の闊歩するエリアに侵入していく。
……彼らは見事にこの地を守り抜いている。私もそろそろ結果を出さねばなるまい。
鋭い目つきでこの地を見張り、敵を見つけるや否や殲滅していく。
そんな彼らに敬意を表して敬礼をすると、向こうからも見事な返礼が返って来た。
お互いにふっと笑い合って彼らと別れ、私は奥に向かって進んでいく。
時折転がるワーウルフやワータイガーなどの屍を踏み越え、
更に奥へと進み続ける。
そして……幸い、敵に出会う事もなく次の区画まで辿り着く事が出来たのだ。
そこは一言で言えば砕けた城門だった。
そうとしか言いようのない地形が私の目に前に広がっている。
その先は雰囲気が違う。見た目も違う。
……そして、中から僅かに聞こえる喧騒が、これから先の道程を物語っていた。
「さて、ここからだな。しかし迷宮を構成する材質が変わっているが……別な区画なのか?」
「そうだゾ。ここからは"無銘迷宮"と呼ばれる区画なのだナ」
独り言に対して反応がかえってきたので後ろを振り向く。
するとそこには。
「元気そうだナ、シーザー。私も一緒に行かせて貰うゾ!」
「フリージア殿!」
「えーと。来ちゃいました」
「クレアさんも?」
「アルカナも居るんだお!」
「クレアさんが居る以上、当然アルカナ君も居るか……」
フリージア殿にクレアさん、そしてアルカナ君の三人が居た。
更に、その後ろから複数の人影が。
「竹雲斎殿に備殿達も!?」
「……わしもお供させてもらうぞい。奴等を野放しにしてはいずれわしの故郷も危険になるからの」
「「「「「某どもはまあ、黒子のような物だと思って頂ければ」」」」いいぜ」
……彼らはこの地に来てから出会い、そして助けられて来た人々だ。
幸運な出会いも不幸なものもある。
だが、これまでの私を支えてくれた大事な人たちだ。
「ほっほっほ。クレアを庇って戦っていた時、お主が来てくれなんだらわしも死んでおったしな」
「「「「某たちもです!」」」だぜ!」
「救われた恩を返す時が来ました……いいよねアルカナ?」
「オッケーだお!おねーやんはアルカナが守るお!」
「私も危ない所を助けられたのだナ。それに行き先は同じなのダ、一緒に行っても構わないよナ?」
彼らがそれぞれの武器をこちらに差し出し、重ね合わせた。(装備品扱いの備殿達を除く)
……私はそれに応え剣を抜くとその上に重ねる。
「わしはの、あんな魔王は好かんのじゃよ」
「今度は勝つゾ!弾薬も一杯持ってきたから安心なのだナ!」
「行きましょう。私の召喚魔法がお役に立てれば良いんだけど……」
「アルカナも頑張るお!負けないお!えいえいお!」
「ああ。行こう!魔王ラスボスを倒す為に!」
キン!と音を立て、(一部例外あり)
剣が、仕込み杖が、銃が、緑色の手斧が、そして何故か丸まった絨毯が組み合わされる。
そしてそれが一気に天を向き、一つの誓いとなったのである。
そう……ここに魔王討伐の一団が誕生したのだ!
「何だか本格的だお!勇者様ご一行が誕生したのら!」
「そうだナ。勇者に銃士に召喚士、そしてサムライに……アシガル?」
「「「「いえ、某達は竹雲斎様の装備品のような物ですから」」」な!」
「だお?じゃあアルカナは何だお?」
「え?えーと……斧持ってるから戦士かな?でも似合わないよね……」
「ふむ。誰かに聞いてみれば良いのではないかの?」
「ならばちょっと念話でお聞きするのダ……はい、なるほど……わかったゾ!」
突然耳に手を当てて見えない誰かと会話しだしたフリージア殿の素っ頓狂な声に皆が振り向く。
そして、彼女はアルカナ君の職業を高らかに言い放った。
「曰く、アルカナは"みそっかす"だそうだゾ!」
「だお!アルカナはみそっかす?アルカナはみそっかすだお!……みそっかすって、なんだお?」
「えっと、何て言うかね。うん。……アルカナ、抱っこしてあげようか?……あは、は……」
「ほっほっほ。まあそれも良かろう」
……みそっかす、か。
みそっかすとはどんな戦法で戦う者達に与えられる称号なのだろうか。
いや、あの国王陛下の娘なのだ。きっと凄まじい力を秘めているはず。
どんな戦いを見せてくれるかは判らないが、その時を楽しみにするとしようか。
「では先に進もう……私が先頭を行く。その後ろをクレアさんとフリージア殿を囲むようにしてくれ」
「承知したわい。ではわしはしんがりを勤めるかの」
「「「「周囲の警戒を行います!」」」」ぜ!」
「じゃあアルカナはお歌を歌うお!」
「判りました。では中央に空飛ぶ絨毯を広げますので荷物はそこに載せてくださいね」
「何時でも私のアサルトライフルが火を吹くゾ!大船に乗ったつもりで居るのだナ!」
こうして私達は私を先頭、竹雲斎殿を殿にして、
中央に円陣を組む形で進んでいく事となったのである。
5人+αと言う豪華な一団は今の私に考えられる最善に近い布陣だ。
時折現れるワーウルフくらいなら、近寄らせる事すらなく撃退できる事だろう。
……これだけの物を与えられたからには必ず魔王軍に一矢報いる。
私はそう内心で誓うのであった……。
……。
≪同時刻 アラヘン旧王都にて≫
勇者が迷宮に潜っている間も時は万人に対し平等に流れている。
そして世界で紡がれる物語は一つだけではない。
ましてやそれが異世界なら尚の事。
勇者シーザーの一行が結成されていたまさにその頃、
かつてアラヘンと呼ばれていた王都を臨む丘の上に、数名の人間らしき影が現れていた。
「これがアラヘンで間違いありませんね、アオ?」
「はっ。殿下……間違いありません。これがアラヘンです……」
「ラスボスが治めるようになって治安も悪化して衛生状態も悪くなったっぽいでありますね」
「アリス。おさめてない、です。ただただ、うばってる、だけです」
「話になりませんね。僕には政治のせの字も理解出来て居ないように見えます」
「そもそも、りかいするき、ないです」
「基本的に脳筋魔王でありますからね……」
先頭に立つのは一人の貴公子。
名はグスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ。
前作主人公カルマの息子にして文字通り"最強の一角"グスタフ王子である。
指先で星すら余裕で割りうる彼は最大の防御力を誇るシェルタースラッグの殻を加工した兜を被り、
色々な意味で究極の魔剣"炎の剣ふれいむタソ"を腰に下げている。
「殿下……焦土戦術と言う物がありますが、魔王ラスボスはそれをそのまま戦略にしているのです」
その後ろに続くはリオンズフレアの御曹司にして守護隊副長。
ブルー・TASことアオ・リオンズフレア。(因みに正式名はもう少し長い)
当代では最強を誇る無駄に謎多き騎士である。
今回は道案内などを務める為にグスタフに同行していた。
「いや、アオ。あれには、せんじゅつとか、ないです」
「目に付いた物を奪い尽くしてるだけでありますよ」
「最低ではないですか姉上。それを有効に利用できるなら話は別ですが」
「……いえ。民から根こそぎ奪う時点で最低なのですが、王子殿下……」
「そうでありますね。でもまあ、どっちでも同じでありますよ」
「どうせ、あたしらが、なかから、ぼろぼろにする、ですから」
そして、毎度おなじみ最強種族クイーンアントよりロード・アリシアとアリスが多分一匹づつ。
要するに働き蟻と兵隊蟻の親玉である。
人類に有益でなければ間違いなく消されていたであろう凶悪クリーチャーではあるが、
それを理解した上で人に味方しているから始末に終えない。
何せ居なくなったら首を吊る羽目に陥る人間が百万単位で居る上に現在も増加し続けているのだ。
可愛い顔して相変わらず腹黒い蟻ん娘達である。
ともかく彼ら二人と二匹?がこの地に……いや、まだ居る。
彼らの背後に何か巨大なものが。
『……で、どうするのだ兄よ。我が身は何時、何をすればいいのだ?』
「ファイツー。僕達はこれから抵抗勢力に接触するのでその際に陽動をお願いします」
かつての結界山脈の火竜と同じ大きさにまで育った、生まれ変わりし火竜ファイツーである。
カルマの腹の中で卵からかえったと言う経緯があるため家族同然に育てられ、
その後理性が芽生えた後も居心地が良かったのか常に彼らと共にあった。
先代とは姿が違い、大空を飛ぶに相応しい大きな翼と先代以上に強靭な筋肉質の体を有している。
もしかしたら、ファイブレス自身が理想としていた姿に生まれ変わったのかも知れない。
かつてのような愛らしい小さな姿は失ったが、それ以上のものを彼は得たのである。
以前のような小動物アイドル的な立場は、
「ぎゃう?」「みゅー」「はぐはぐはぐ」「ぎゃ!」
「むしゃむしゃむしゃ」「……げぷ」「ふぁー」
『お前らそろそろ食い終われ……何時まで食ってるつもりだ?』
その更に後ろで巨大なラム肉を貪る子竜達に任せる事になる。
カルマは失った心臓の代用として竜の心臓を必要とするが、
それは竜の心臓=核=卵を活性化させる事となり、定期的に子竜が生まれてくる事となった。
そのお陰で結構な数のチビ竜が城の中をうろつく事となったのである。
「今回はこの子達のお散歩も兼ねています。僕は接触先の代表と話があるので……アオ?」
「はっ、お任せを。私が引率させていただきます。ご安心を、奴等の虜囚になどさせはしません」
『ふっ。実戦を遊び場に使うとはあの父め。あいも変わらずイカれているな……母よりはマシだが』
と言う訳で今回は悪戯盛りな数頭を連れて来た訳だ。
今はお腹いっぱいなためか、上機嫌でころころと転がっている程度だが、
むずがるとブレスは吐くわ鉄板を裂くわ石壁に穴を空けるわで大変なのだ。
そんな訳で思い切り遊ばせそのまま寝かしつけようと言う作戦の為、ここに連れて来ているのである。
「敵さんには可哀想ですがこの子達の玩具になってもらいます。では前進!」
「はい、せいれつ、です」
「街までは並んで歩くでありますよ?」
「みゅ?」「ぎゃ!」「……zzz」「ふぎゃー」
「くぎゅー」「がう」「くぁぁ……」
敵を徹底的に舐めているような気もしないでもないが、
正直舐めても仕方ない面子なのだ。何せ殺されるどころか怪我すらしそうも無い面子だし。
……余談だが、強化魔法を使わないアオでだいたいラスボスと同等である。
そしてファイツーはアオが全ての力を出し尽くしてもまず勝てないし、
そのファイツーが束になってもグスタフには勝てない。
勝率ゼロに何をかけても確率はゼロのままなのだ。
「まあ、いざとなったらラスボスなんてさっくりと殺せますから気楽に行きましょう」
「いえ、あの……お願いですからシーザーに倒させて下さい、殿下」
『明らかに格下の相手に殺させるのが復讐か……何か腑に落ちないが、まあいいだろう』
と言う訳で、争点は誰がどのように倒すか。
そして、いかにしてスーの仇を討つか、その2点なのである。
『しかし、奴が犠牲になるとはな……未だに母の嘆く姿が忘れられぬわ』
『……だけど、それで……へいたいさんたち、おごり、きえた、です』
『きっと、必要な犠牲でありました。あたし等が容認できるなかでは最大の犠牲でありましたしね』
……ただし、その死は避け得たものである。
それでも必要だったので見過ごしたのが蟻ん娘達なので、本来彼女達には敵討ちの権利など無い。
『でも、それはそれ、これはこれ。です』
『ねえちゃを泣かせた罪は重いでありますよ?はーちゃんも顔真っ青だったでありますしね』
『意外と人望があったでありますよね。切り捨て得るリストに入れないほうが良かったでありますか?』
『ねえちゃにとって、にいちゃをねらう、わるものだった、はずですが』
『……それでも。それに血の繋がりがなくても、やっぱり姉妹だったって事でありますかね』
『最後はにいちゃを諦めてくれたでありますからね……そうでなくても泣いた気もするでありますが』
『にんげんの、こころ。むずかしい、です』
『あたし等に判るのはねえちゃもにいちゃも悲しんだって事だけであります』
『だから、せめて、かたきうつです……それが、あたしらにできる、ゆいいつのつぐない、です』
『もちろん、にいちゃたちにたいしての、つぐない、ですが』
『……すごく身勝手だとは思うでありますがね』
でもそんなの関係ねえ。とでも言った所か。
人間達には聞かせられない内容のため古代語でヒソヒソ話をしながら蟻ん娘達は皆の後ろを付いて行く。
因みに同時に死んだイムセティはミーラ化の下準備のお陰で普通に今でも会話が成り立つので、
父親と姉弟以外は誰もその死を悼んでいなかったり。
「さて、では皆の者……作戦開始です!陽動班は正面より突撃!残りは僕に続いてください!」
「はっ!」
「いく、です」
「ファイツー?後は任せるであります!」
「「「じゃ、あたしら、さがるです」」」
「「「後はよろしくであります!」」」
グスタフの号令とともにその場に居た全員が動き出す。
余分な蟻ん娘が地に潜り、街に潜入する者達が走り出す。
『承知した!我が身に全て任せよ。同胞達よ!続けッ!』
「みゅ?」「はぐはぐ……ぐぁ?」「ぎゃ!」「zzz……ぎゅっ!?」
「ぎゃおーーーーん」「きゅう♪きゅう♪きゅー♪」「しぎゃー」
子竜は取っ組み合ったり残り物を口に放り込んだりしている。
『いいから続け……飯は終わりだ……いいから続いてくれ!?頼むから!』
「「「「「「「ぎゃ、ぎゃおおおおん!」」」」」」」
更にその動きを覆い隠すかのように、巨体の赤き竜が立ち上がり雄叫びを上げた!
走り出す赤い津波。
それにバスケットボールサイズから手乗りサイズまでの色とりどりな子竜達も続く。
「な、何だあれ?」
「ガルルルルルル!(何をして居やがる人間ども!)」
それは疾風だった。
それは悪夢だった。
そしてそれは……災厄そのものだった。
それは……当初、米粒ほどの何かにしか見えなかった。
「……なんか来たぁぁぁぁああああああっ!?」
「きゃいいいいいいいいん!?」
だがそれは見る間に巨大化する。
……それが何なのか門番達が理解したその時は既に遅く、
凄まじい衝撃とともに、アラヘンの城門は、爆ぜたのだった……。
……。
≪勇者シーザー 無銘迷宮第一階層≫
無銘迷宮。それは名を付けられる暇すら無かった新設された階層だという。
それまでは壁などに人工的なものが見受けられたがこの区画に限っては完全に自然洞窟。
唯一道らしきところが整備されているのみだ。
「だおだおだー♪アルカナだー♪デデンデデンデンデン、だおっ♪」
カンテラの明かりで周囲を照らしながら先に進む。
先頭を行く私がしっかりせねば、後方の彼女達に危険が及ぶ。
それだけは避けねばならなかった。
「暗いですね……こんな整備されていない迷宮は初めて」
「それはそうだろうナ。ここはあえて整備されなかった区画らしいからナ」
「なんでかのう?あの童達がそんな所を放置しておくとは思えんがの?」
「てゅらてゅらチャチャチャー♪今日ーも、行・く・おー♪」
あの時は嬉しくて思わず受け入れてしまったがここは戦場。
クレアさん達はこの地の王族だし万一怪我でもされたら大変だ。
竹雲斎殿が時折クナイと言う刃物で迷宮の壁に目印を付けてくれているが、
最悪の場合それが私達の墓代わりになりかねないのだ。
だが……今更追い返すのも勝手すぎる。
全ては己のまいた種。受け入れて先に進む他ないだろう。
「む……シーザー。この奥の暗がりに何か居るゾ?多分ワーウルフだナ」
「そうか。とうとう、か」
「だおらおらー♪アルカナらー♪デデンデデンデンデン♪だふぉっ!?」
「しっ。静かに」
「「「「どうするのですか?」」」んだよ?」
そうこうしているうちに、遂に魔王軍の縄張りに入ってしまったようだった。
僅かに下に向かって傾斜する自然洞窟。
それを塞ぐかのように積み上げられたバリケードを見つけたのだ。
周囲は広く、洞窟内とは思えないほど天井も高いが、それを丸ごと封鎖している。
更に……小高い丘のようになったそれの上には見張りらしいワーウルフが一匹立っていた。
登れない事も無い傾斜の防壁だが、上ろうとした時点で見張りに見つかるのは間違いない。
ともかく、気付かれない程度で出来るだけ近づいてみる事にした。
私達は気付かれないように洞窟の左右の壁に沿うようにゆっくりと降りていく……。
「……わふぅ」
幸運な事に見張りはだらけきっている様だった。
まともにこちらを見ても居ないし、非常に注意力も散漫だ。
まあ、ここまで敵が来る事など無いと踏んでいたのだろう、それも当然か。
「小石や洞窟を砕いた岩で防壁を築いてたのだナ……まあ、登れない事も無いゾ」
「馬鹿を言うでないわ。わしの背丈の三倍はある。登っているうちに上から串刺しじゃ」
「はいはい、だお!おとーやんならこのまま洞窟崩して全部一網打尽にすると思うお!」
「それが出来るのはお父さんか姉さん兄さん位じゃない……あ、ルン母さんならもしかしたら……」
「……少なくとも今の私達には不可能だな。ならばどうする?」
周囲を見渡してみる……とフリージア殿の武器が目に入った。
そうだ。銃は弓より遠距離から一方的に攻撃できるではないか!
「フリージア殿。この位置から敵を討てるか?」
「出来るゾ!よし、ここは私のスナイパーライフルの出番なのだナ!」
「駄目だよフリージア。その銃、音が大きすぎる」
「そうだの。音でばれてしまっては敵の第二陣を呼ぶだけじゃ」
「……ならばどうすれば……」
残念ながら弓は持って来ていない。
投げナイフなら幾つかあるが、その飛距離では一撃で倒せるか不安が残る。
さて、どうしたものか?
「なあ、皆。私は考えたのだがナ……別に隠れなくてもいいではないカ?」
「え?」
「こうして、と……ぶっ放すのだナ!」
「あっ!?」
「フリージア、待って……!」
どうするか考えていると、業を煮やしたのかフリージア殿が通路の真ん中に歩み出る。
見つかるからやめるんだ、と言う暇もあればこそ。
彼女は一際大きい銃を構えると……爆音を轟かせながら撃ち始めた!
「ミニガンなのだナーーーーーっ!」
「派手だお!それに重そうだお!」
「そう言う問題じゃないでしょアルカナ!?見つかっちゃうよ!」
「もう、おそい、のう……」
「次々に後続がやってくるぞ!?……こ、これは!?」
確かに敵はやって来る。
これだけの音と敵が倒れる時の悲鳴。気づかない方がどうかしている。
だが……それだけだ。
確かに敵は来るが、姿を見せた瞬間に蜂の巣のようになって死んで行く。
「全部倒せば無問題なのだナ!ぶっ放すんだナーーーーっ!」
「はい。おかわりの弾だお」
「……そ、そっか……それも一つの選択肢、なのかな……?」
「何か、敵が防壁の後ろで怯えているような」
「そりゃそうじゃ。顔を出したらその場で死ぬからの。しかしこれではこちらも先に進めんぞ?」
そうだ。敵に警戒されては結局先に進めない。
だがもう見つかってしまった。
ここまで派手にやってしまった以上隠密で事を運ぶのは諦めた方が良いだろう。
もう、こうなれば正面から行く他無いのか!?
「はっ。甘いのだナ……アルカナ、私の荷物からロケラン持ってくるのだゾ」
「既にここにあるお!派手に行くお!アルカナも手榴弾投げるんだお!」
「ろけ、らん?」
「!?し、シーザーさん、巻き込まれちゃ大変だから物陰に逃げましょう!」
慌てたクレアさんに手を引かれるまま壁際の少し引っ込んだ場所に身を隠す。
……次の瞬間アルカナ君の投げた何かとフリージア殿の武器が火を吐き、爆発した。
実際は物陰に居たせいで爆音と自分達の横を転がる残骸を見ただけだが、
素人の私から見ても恐ろしい何かが起こったのは間違いない。
「終わったゾ?」
「防壁ごと吹き飛んだお!」
「……す、凄まじい威力だ……」
「あれだけの火力をこの狭い中に詰め込んだのじゃ。そりゃあこうもなるわい」
顔を出すと、防壁は消えていた。
ただ残骸が壁や床に張り付いて残るのみだ。
……敵の体すら残骸と化している現状を見ると、
その武器の恐ろしさが良く判る。
「私の出番は無さそうだな……」
「そうでも無いゾ。私の防御は人並みだからナ」
「いざと言う時はアルカナも守るけど、アルカナはハー姉やん以外じゃ盾にしかならないんだお!」
敵側にも僅かばかりの生き残りが居るが、ガタガタと震えて通路の隅で縮こまっていた。
私の故郷を蹂躙した凶悪な魔物たちが何故かその時、かつて惨殺したコボルト達と重なる。
……こうなってしまうと、哀れさすら感じてしまい討てたものではない。
「流石に、私とてこうなってしまった者達までは討てない……」
「じゃあ、せめて縛り上げておくのダ。後方の安全確保は急務だゾ?」
「そうじゃの。無益な殺生はしないに越した事は無い……皆の者、頼むぞい」
「「「「委細承知」」」だぜ!」
「……あれ?コタツの声がするお?」
幸い備殿達が怯えるワーウルフたちを縛り上げ一箇所に纏めてくれた。
そして、連絡役の数名を後方に戻し、
私たち自身は捕まえた獣人達の見張りと、前線の拠点の確保を行う。
防壁の残骸を利用して備殿達が簡易的な柵を作り上げる。
その間に私は少しだけ先を偵察すると言ったところだ。
「おーい、シーザーよ。軍の連中と連絡が取れたぞい」
「でかいワンコたちの引き取り手が来たんだお!」
暫く周囲を警戒していると後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
どうやら軍の部隊が到着してくれたらしい。
今も捕虜にした魔物達を後方に連れて行く手続きをしているようだ。
……どうもこの辺りの魔物達は、あの騒ぎに巻き込まれてやられるか逃げるかしたらしく、
迷宮の先はしんと静まりかえっている。
彼らを引き渡したらまた先に進む事になるのだ。
その際敵に出会わない事に越した事は無いのだが、
私は同時にその静けさが何か恐ろしい事の前触れのような気がしていた……。
……。
担当の部隊の方々に挨拶と礼をすると、私達は再び奥に向かって前進を続けた。
……静かだ。
時折原生生物らしき生き物からの襲撃はあるが、
魔王ラスボスの手先と思われる者達からの攻撃はぴたりと止んでいる。
「だおだおだおだお♪静かだお~♪」
「……本当に静かだのう」
「さっきの攻撃で敵が全滅したとでも言うのカ?」
「まさか。そもそも指揮官が出て来ていないのだし……」
そうこうしている内に下り坂は終わり一気に視界が開けた。
大空洞だ。
中途リアル迷宮を含めこの洞窟では珍しくも無い地形だが、
私はそこに妙な予感を感じている。
「……罠、かも知れないな」
「そうじゃの」
「だお。どう見ても罠だお」
「なんでダ?」
「ねえフリージア。この地形、不意打ちや待ち伏せにぴったりだと思わない?」
広まった地形だけなら兎も角、その床は上下にうねり天然の遮蔽物と化している。
いや、もしかしたら人の手が加えられた地形なのかもしれない。
そして、隠し切れない気配がその広間の中から漂っていた。
……出入り口は一つ。迂回路は無し。
これは敵が潜んでいない訳が無い。
「良く来たのう婆さん」
「誰が婆さんだお?」
いや、敵は姿を隠す気すら無い様だ。
鉄兜を被った魔道師風の老人が、数体のワータイガーを周囲に従え広間の奥に立っている。
更にその周りをワーウルフが固める。
典型的な魔王軍の戦法だ。
これでは広間の凹凸にも大量の敵が潜んでいるに違いない。
だが、ワーウルフが相手なら数が居ても勝機はある……私はそう考えて居たのだ。
勿論、そんな皮算用は甘い以外に言いようの無い愚かな計算に過ぎなかったが。
「行くのだ婆さん!」
「う、臭い……ゾンビ!?そんな、防腐処理もされていないなんて!」
「しかも子供や老人の死体ばかりだゾ。文字通り腐った連中なのだナ」
老人のおかしな号令と共に広間の死角から現れた幾つもの影。
それは文字通り腐るがまま放置されていたであろう腐乱死体……ゾンビだった。
彼らが近づいてくるにつれて、その腐敗臭が鼻をつく。
動きは鈍い。だがその見た目、匂い。
その全てがこちらの戦意を挫いて行くかのようだ。
「……だが、私の心を折るにはまるで足りぬ!」
「おお!容赦なく切り裂いたのだゾ!私も負けていられんナ。火炎放射器で焼き払うのダ!」
私は躊躇無く先陣を切る。
そしてゾンビの頭部を切り飛ばすと首から下がその動きを止めた。
幸か不幸かあまり出来の良いゾンビではなかったらしい。
転がった頭だけがまだ動こうともがいているが、それも踏み潰しておく。
すると動きが止まった。どうやら脳を失うと活動停止するタイプのようだ。
だったらやりようは幾らでもある。
最早、救いようの無い人々だ。
アラヘンの無辜の民か、それとも別世界の方々か。
どちらにせよもうこうなっては終わらせてあげる他に救う術は無い。
「私に出来るのは……せめて彼らの魂の冥福を祈る事だけだ!」
「おねーやんの所には行かせないお!あ、かじっちゃ駄目だお!痛いお!」
『来たれ……来たれ……白き魔獣よ来たれ!召喚・始祖コケトリス!』
「コケー!」「コッコッコ!」
「おお、ハイラルにコホリンなのだナ!伝説の始祖コケトリスなのだゾ!」
私が敵の突進を防いでいると後方から巨馬の如き白い怪鳥が飛び出し、
ゾンビの頭部を次々とその爪で引き裂いていく。
クレアさんの召喚魔法だ!
コケトリスの成体が二羽呼び出され、クレアさんの願いの通りに敵を殲滅していく。
そして、暫く暴れるとふっと消え去っていった。
「……これは!?」
「帰ったお」
「あの子達も仕事があるから、時間が来れば勝手に送還されるように設定されてるんです」
「正式な契約に基づく召喚魔法だからの。アフターケアとやらも完璧と言う事じゃ」
「武器なんかだと呼びっぱなしでも良いんだゾ……だが相手が生き物だからナ」
成る程。私のような例はかなり特殊な事情にあたるようだ。
無論それで救われたのだから文句など言いようも無いが。
ともかく心強い。
久々に本当の意味で安心して背中を任せられる戦友の存在を感じ思わず涙ぐみたくなる。
『来たれ、炎よ!』
「燃えたゾ。と言うか、相変わらず召喚ばかり使うのだナ……回りくどいゾ?」
「いい匂いだお。焼けたパンの匂いだお。お腹空いたお……」
「わざわざパンの窯から炎を召喚かよ……」
「「「「こらコテツよ。お前も備大将としてここに居るのだからもう少し我は押さえるように」」」」
続いてクレアさん何処か香ばしい匂いの炎を召喚してきた。
突如天井から降り注いできたその炎は狙い違わずゾンビ達を焼いていく。
こうしてただの炎すらわざわざ召喚する所を見ると、
クレアさんはどうやら召喚魔法に並々ならぬこだわりがあるらしい。
だが、私はとってそれは何の問題にもならない。
今一度言うが背中を預けられる存在のなんと心強い事か!
「死してなお体を弄ばれる者達よ……今ここに解放の鐘の音を打ち鳴らさん!」
「おっと、ハリケーンストームソードなのだナ!」
「何時の間にレオの技を盗んだんだお?」
一気に敵陣に踏み込み、回転斬りで周囲の敵を一掃する。
更に回転を逆周りにしてもう一撃。
特訓中に幾度か見たブルー殿の回転斬りは我が家に伝わるものに似ていたが完成度が桁違いだった。
その技としての差を埋めるべく私も頭を捻り、自らの技を返す刃でのニ連撃に改良したのだ。
死を恐れないゾンビの強さも、
頭さえ何とかできれば倒せると言う安易さもあり、それ程の脅威ではなくなっていた。
これならいける、そんな思惑が頭を支配し始める。
……だからこそ、私は既に敵の策に落ちて居たのだろう。
この地での油断は即ち敗北の序曲でしかない。それは痛いほど理解していた筈だと言うのに。
「今じゃ!行け婆さん!」
「ガハハ。黙れよ爺さん!俺は婆さんじゃないぜ!?」
「うおっ!?後ろに回りこまれておったか!」
故に敵の策は成り、私達は気付かぬ内に回避不可能な状況下に陥っていた。
敵の別働隊により退路を絶たれた上、挟み撃ちの憂き目にあっている事に気付いたのは、
私自身の剣がもう少しで老人に届くと思った時の事であったのだ……。
……。
「ガハハハハハ!ワーベア登場だぜ?悪いが仲間の為だ。消えてもらうぜ!」
「抜かせっ!仕込み杖の錆にしてやるわっ!」
「え!?う、後ろを取られたの!?ど、どうしよう……」
「「「「「ガルルルルルルルウッ!」」」」」
「「「「なんと言う事だ、某には荷が重い相手……」」」だろうな。俺は別だが」
ワーベア率いる部隊を竹雲斎殿と備殿達が必死に抑える。
だが、回り込んできた敵の数だけでもこちらの数倍。
更に囲まれていると言う不安感からだろうか、クレアさんからの援護まで散発的になる始末。
そもそも、備殿達ではワーウルフですら勝つ事が出来ず時間稼ぎしか出来ないでいる。
このままでは後方から陣形が崩れてしまうだろう。
敵将まであとわずかだがここで戦いは終わりではないし、この場所は広すぎた。
後方の皆はまだ通路に居る。
閉所に篭れば前後だけ考えれば済むと判断し、一度後方に下がり皆と合流した。
「婆さんを探さんとならんのだ。悪いが打ち倒させてもらうぞい婆さん!」
「アルカナはおばーやんじゃないお!?」
「いや、相手はまともな精神状態ではないのだろう。気にするなアルカナ君」
しかし、一塊になった所で敵は圧倒的多数。このままではいずれ押し切られる。
この窮地を乗り越えるには……。
「うおおおおおおおおっ!」
「おおっ、シーザーが吼えたゾ!?」
私自身が突破口と希望を示さねばなるまい!
何故なら私は……勇者なのだから!
「フリージア殿!暫しこちらは私が抑える。後ろの敵をまずは何とかしてくれ!」
「わ、判ったゾ。だが、大丈夫なのカ?」
心配そうなフリージア殿に力強く頷くと、私は剣を鞘に戻し盾を両腕で構えた。
「ここから先は持久戦だ!私の鉄壁の構え……そう容易くは破らせんぞ!」
「婆さん!婆さんではないか!なあ婆さん、婆さんは何処におるか知らんかのう!?」
これは既に敵を討つための戦い方ではない。
ブルー殿達に鍛えられていた時、
重い猛攻にひたすら耐え、何時か来るであろう反撃の時を待つために覚えた構えだ。
両手で盾を構え、自らは敵の矢面に立つ。
「……ここは、通さん!」
群がるゾンビ達を盾で押し出し、突き倒す。
どちらにせよ相手は多数。
どんなに倒そうとも剣では殲滅には届かない。
ならば今はただひたすら耐えよう。
……大丈夫だ。
今の私は、一人では無い!
「シーザーが一人で頑張っているゾ!私達も頑張るのだナ!」
『来たれ……我が兄弟達!』
「ぎゃおー」「みゃみゃみゃおー」「きゅ?」「がうっ!」
「おうちに居たドラのにーやんねーやん、一杯来たお!」
「……相変わらずお前らの家族はどうなって……」
「「「いいから刀を振れコテツ!某たちは死にそうだ!後自己主張禁止!」」」
「と言うかコテツよ……お前、一体どういう心境の変化なんじゃ?……むっ。無刀取りじゃっ!」
後ろを固める仲間達が居るのだ!
「くそっ!敵の戦力が一気に底上げされたか!おい爺さん!そっちは一人だろ!何とかしてくれ!」
「この婆さんは強いぞい!流石は婆さんじゃ!」
「それしか言う事が無いのか貴様はっ!」
フリージア殿が加わった事で一気に後方の戦況は良くなったようだ。
敵の悲鳴と味方の雄叫び、その比率が逆転し、
フリージア殿の武器が唸りを上げるたび敵の声が消えていく。
「はは、ガハハハハ!おい、まさか挟み撃ちしておいて正面から打ち破られるのかよ!?」
「婆さん!もう少し持たせてくれい……婆さんとて一人では限界があるはずじゃ!」
「……私は、一人では、無いっ!」
盾にかかる敵の体重が増していく。
味方に当たる事も押しつぶす事も構わずに、ゾンビたちは文字通り死兵となって押し寄せる。
私はそれを二本の腕だけで押さえ込まねばならなかった。
だが、恐れはしない。
恐れる必要など無いのだ!
「くそっ!兵士どもが限界だっ!コイツ等を無駄死にはさせねえ!悪いが下がるぜっ!?」
「ば、婆さん何処へ行くんじゃ!?」
「後ろの五月蝿い奴らは黙らせたのだナ!」
「全身歯形だらけで痛いお……」
「シーザーさん、今行きます!」
「わ、わしも歳じゃのう……ふぅふぅ、わしらはここで後ろを押さえとるからな!」
「「「「ここはお任せを」」」……それしか出来ねえし」
そう、均衡は破れた。
後方に走り去る足音が響く。敵の別働隊を撤退に追い込んだのだ!
後ろからかかる声と共に、轟音と鉛の飛礫が私を追い越して敵陣に降りかかる。
召喚されたらしい人間大の幼竜がその牙を剥く!
ゾンビたちが吹き飛んでいき、指揮官までの道が開けた。
私はそれを勝機と捉え、盾から片手を離すとそのまま走り出す。
目指す敵はもう目の前だ。
長剣を抜く余裕も無く、盾の裏から予備兵装の短剣を抜き、斬りかかる!
魔道師の突き出した、何処か見覚えのある杖と私が抜き放った短剣が交差する!
「ぐおっ!?やるもんじゃの!流石は婆さん。わしと共に魔王様と戦っただけはある!」
「わしと"共に"!?」
はっとして敵指揮官の姿をよく見る。
そうだ、杖だけではない。
薄汚れてしまってはいるが、そのローブも、その口元も見覚えのあるものだ。
ただ唯一、無骨な鉄兜だけが彼の印象を失わせてしまっていた。
……もしや……。
「まさか老師!?老師なのか!?生きていたのか!?」
「おう、そうじゃよ?婆さんはどこかのう?」
一度可能性を考えてしまえば最早見間違える筈はない。
かつて私と共に魔王に挑み、道半ばで倒された宮廷魔術師の老師だ!
……無事だったのか!
「しかし、何故魔王の手下に!?」
「わしが?魔王の手下?婆さん飯はまだかのう?」
駄目だ。正気ではない!
しかしどうやったら老師の人格をここまで破壊できるのか。
かつての老師は魔王軍の侵攻で死んだ奥様を大事にしていたが、
その死を認められないような弱い人ではなかったが……。
「それにしても、強くなったのう、婆さん」
「私は奥様ではないのだが……まさか、洗脳!?」
あり得る。
相手は魔王ラスボス、どんな手を使ってくるか知れたものではない。
しかし……まさかかつての仲間を差し向けてくるとは!
「しかし、どうやって元の老師に戻したらいいのだ……」
「どうかしたのカ、シーザー?」
「あの魔法使いなのに重そうな兜を被ったお爺さんと知り合いなのですか、シーザーさん?」
……いや、別に老師は変わり者と言う訳ではないんだクレアさん。
私と旅をした時の老師は別に兜など……そうか!
「フリージア殿!クレアさん!援護をお願いします!私は……あの兜を破壊します!」
「ん?まあいいがナ」
「そっか。あれが問題の元凶なんですね?わかりました、手伝います!」
「アルカナは応援するお!」
彼女達に一言告げると私は剣を振り回しながら敵陣奥深くへ切り込んでいく。
私はせかされるように短剣を盾の裏に戻し、腰から長剣を引き抜きながら走った。
随分と数を減らしたゾンビたちはそれでも執拗に私を押さえ込もうとするが、
フリージア殿達の援護のお陰もあり、その数をみるみるうちに減らしていく。
……そして。私は辿り着いたのだ。かつての戦友の元へ。
「受けよ……この一撃をぉっ!」
「ぐはっ!」
出来る限り怪我をさせないように浅く振りぬいたその一閃。
……狙い違わず兜のみを断ち切った私の剣は、それが故に私に容赦の無い絶望を運んできた。
そう。判りきっていた筈だ。
あの傷で助かる筈も無い事は。
判っていたではないか。
この結末は。
……だが、
「顔が、無い、ゾ?」
「嫌ぁ……何なのこれ……酷いよ……」
「婆さん、そう言えばわしの顔も何処に行ったか知らんかのう?」
これは、無いだろう。
幾らなんでもこれは無い。
予想外だ。
……鼻から上が無いなんて!
「ガハハ!……顔無しゾンビの爺さん!生きてるか!?ってもう死んでるんだけどな!」
「おお婆さん。大回りして戻ってきたのか」
呆然とした私の隙を捉え、茶色い巨体が私と老師の間に割り込んできた。
……ワーベアだ。
どうやら回り込んでこちらに合流したらしい。
「いいから下がれ!四天王の爺さんが居なくちゃ、ここの俺達は回らねえんだ!」
「仕方ないのう。もう少しで婆さんが見つかりそうな気がしたんじゃが」
「ま、待て!待ってくれ老師!」
一瞬、と呼ぶには少々長すぎる硬直を突かれ、私の腕が届く場所から老師が下がっていく。
顔の無い老師が歩いて行く。
……覚悟はしていたはずだ。かつての仲間達が生きていない事など。
だが、ここまで酷い再会を想定できる人間など居るのだろうか!?
これは無い。あってはいけない……。
魔王ラスボス……奴の魂は何処まで腐っているのだ!?
しかし激昂と共に思わず駆け出した私の前に茶色い巨体が立ち塞がる。
「ガハハハハハ!おっと、ここから先はこのワーベアが通さないぜ」
「落ち着いてシーザーさん!シーザーさんが追いかけたって、あのお爺さんは帰ってこないんですよ?」
「そうだゾ!どうするにしてもまずはコイツから片付けるべきなのだナ!」
「……ゾンビになっちゃったら、蘇生してもゾンビとしてだお……あのおじーやんはもう駄目だお」
そうだ、私は何を混乱している?
老師を追っても最早助ける術すらないではないか。
それなのに今の仲間を置いてかつての仲間を追いかけたところで……仲間を……!
くっ……何故だ?私は何処で間違ったのだ!?
「くっ!……し、勝負だ!」
「ガハハ……なあ。酷い顔だぜ勇者様よぉ……?」
半ば狼狽しながら叫ぶ私にワーベアがその巨体をもって応じる。
正直ありがたい。
敵との戦いならばどんな痛みも耐えてみせよう。
体の痛みなら歯を食いしばって我慢もしよう。
だが、かつての味方を救う術も無い……この無力な現状は辛すぎる!
しかし戦っている間ならば悩みを忘れる事が出来る。
例えそれが、一時の現実逃避であろうとも、だ。
「じゃあ一騎討ちなんてどうだ?……さあ、始めようぜ」
「……望む所だ」
私達の進路を塞ぐように立ちはだかるは、まさに茶色い防壁。
だがその時、私はワーベアの視線が後方を向いたのを悟った。
その視線の先では生き残ったワーウルフが老師だったものに肩を貸して逃げている。
……そう言う事か。
私はそれを見てこの男の狙いを察し、そして好感を覚えた。
彼は仲間を逃がそうとしているのだ。
こちらの人数は多いし、フリージア殿の攻撃力も知っているだろう。
その目は明らかに自分に勝ち目は無いと踏んでいた。
だが、それでも譲れない一線はあったのだ。例え魔物だとしても。
その姿に、私は何故か故郷で散った木こりの事を思い出す。
戦術的にはここで敵を逃がすのは色々と良く無い事は承知している。
「では、正々堂々一騎打ちと行こうか」
「ガハハ!そう言ってくれると嬉しいぜ!」
しかし、だ。
私の心は命を賭して立ち塞がるこの武人を放り出し、
戦意無き者を斬りに行く事を否としていた。
「なあアルカナ、敵が逃げてくゾ?」
「だお。シーザーが見事に騙されてるお」
「いいんじゃないかな二人とも。シーザーさんが納得してるならそれで」
そうかも知れない。
だが、それも良いのではないだろうか?
……第一、私自身とて老師をどうしたら良いのかまだ結論が出ていないのだ。
丁度良いといえば丁度良い。
立て続けの衝撃に私の心は乱れていた。
……頭の冷静が部分が叫んでいる。
冷静になれと。冷静にならねば更に多くを失う、と。
だが。少なくとも今の私にそこまで考える余裕などなかったのである。
剣と斧が交差し甲高い音を鳴らす。
しかし、そういえば……その斧も、どこかで見た事があるような気が……。
続く