ティファニアが魔法学院に来て2週間が過ぎた。いじめ事件を経て彼女にも友達が出来たのは俺にとっても喜ばしい事である。テファに友達ができたのだから真琴にも友人が必要である。と、いう訳で孤児院の子ども達にも真琴を会わせてみた。真琴はすぐに打ち解けてくれた。まあ、互いに親がこの世界にいないから気が合うのかな。ド・オルエニールの孤児院『シロウサギ』の院長候補のマチルダはいじめとかするような腐った根性の持ち主は此処にはいないと言った。しばらく真琴をこの孤児院で遊ばせておいて、俺は畑の方に向かった。「巨大ミミズに次いで巨大モグラか・・・怪獣ランドかここは!?」「そのうち巨大蛇とかも出そうですな、はっはっは!」「笑い事ではない!?撃退するのは俺たちだ!?」ワルドが笑うゴンドランに抗議する。彼らの働きで畑自体は順調に広がっているのだが・・・作物を植えようと思ったときにミミズが現れるようだ。「土の質は物凄く良いんですがね」「巨大ミミズが生息するほどの土質ってなんだよ」「仮にミミズどもを我々が撃退したとしても、今度は山の方から作物を食い荒らす生物が下りてきそうだな」「ワルド、何を他人事のように。それを撃退するのもお前の仕事だ」「さも当然のように仕事が決まった!?」別に山を開発したという話を聞いたことはないのだが、野生動物が此処を嗅ぎつけて畑の作物を食い荒らす可能性は十分ある。「魔獣の類が生息しているとは聞きませんが、領内に大型の狼の姿を目撃したという報告もあります」「心底田舎だな」「この辺りにはそこまで大きな狼はいないとの事ですが・・・別の場所から移住してきたのでしょうか」「狼はミミズやモグラを食ってくれるだろうか・・・」「ミミズより先に俺たちが食われないように気をつけようぜ!」「・・・何故俺を見る」「ワルド、君の仕事だ」がっくりと膝をつくワルド。彼に休息の日は来るのだろうか。まあ、旦那旦那言われてるからそれなりに信頼されてはいるのだろう。まあ、マチルダに比べたら雲泥の差の信頼度だが。畑を離れて、俺は自分の屋敷に戻ってきた。俺やシエスタがいない間、善意で掃除してくれる方がいるらしく、埃はない。今回俺が戻ってきたのは、妹から渡された古びた鍵が何処の鍵なのか調べることだった。屋敷中の扉を調べるつもりだった俺だが、わりとその扉はあっさりと見つかった。階段の真下にある扉・・・俺は物置とでも思ったため、修繕はしなくていいと依頼した場所だ。其処の鍵穴に鍵を差し込み回すと、ガチャリと鍵が開く音がした。扉を開くと、階下に通じる長い階段があった。秘密の地下室!おお!なんだかドキドキしてきたぞ!階段の下は、深い闇に包まれている。俺は屋敷に備え付けられているカンテラの灯を頼りに階段を降りて行った。階段の先には二つの扉があった。一つは木の扉。もう一つは鉄の扉である。鉄の扉は鍵がかかっていたので開けることが出来なかったが、木の扉は簡単に開いた。木の扉の向こうは樽やら板やら、年代もののワインが陳列してあった。この領地の特産品はたしか葡萄だったな。その葡萄で作ったワインか・・・。カンテラの灯を頼りに奥へ進んでいくとまた扉があった。鍵は開いていたので扉を開けてみた。「書庫・・・?」扉の先には小さな図書館レベルの量の本が並べられていた。前の領主が本好きだったのだろうか?随分と年代ものの本も存在している。まあ、しかしながら俺はこの世界の文字は喋る剣などがいないと読めないからな。書庫の片隅には小さな木の机と椅子があった。机の上には古ぼけた薄い本が置いてある。「なあ、相棒。これなんて書いてあるんだよ?」俺は喋る剣に薄い本の表紙を見せた。「俺は翻訳家じゃねえっての、全く・・・どれどれ?『日誌』だとよ」「日誌ねえ・・・」周囲を照らすと成る程、この日誌と同じような薄い本が並べられている棚があった。俺は日誌をパラパラとめくってみた。・・・読めません。仕方ないのでデルフ先生に代読してもらった。『領内を散歩中、行き倒れている者を発見。女かと思えば男だった。つまらん。それに暑苦しい格好をしている。何処から来たのかと問えばその『ナオミ』と名乗った男は私の知らない国から来たらしい。これは面白い事になって来た』日誌と言うか完全に日記である。俺は次のページをめくった。『此処の屋敷の地下はどうなっているのか。嫌がらせとしか思えない仕掛けで溢れている。幸い怪我するほどではないが。ちゃんと鍵は同じ場所に置いておくべきだとおもうが、元あった場所に戻すのが私の正義だった』いや、同じ場所に置こうよ。『剥製の目に宝石を入れなきゃ扉が開かないとか誰が仕掛けたんだ!部屋の中の蝋燭全てに火をつけたら梯子が現れるとか凝り過ぎだろう!嫌がらせにも程がある!あと時計を操作しなきゃ鍵を手に入れられないとか馬鹿か!』凄い殴り書きで書かれているが、よほど腹が立ったのだろう。『ついに鍵穴がない扉も出てきた。いや本当疲れるんだが。誰だよこんな仕掛け屋敷設計したの!』その仕掛けをどんどん攻略していくアンタも相当だ。『嫌がらせのような仕掛けを突破した私を待っていたのは祭壇がある部屋だった。祭壇上には宝箱があり、宝箱に刻まれていた文字に従って私は左手をかざしたのだが、何も起きない。・・・どういうことだ?此処まで来て骨折り損だと言うのか!!くっそおおおおおおおおお!!』つまりその仕掛けですら釣りでした?ひでええ!『この書庫にも秘密があった。本当にこの屋敷の地下はとんでもない場所である。私はもう長くはないが、もしこの領地を引き継ぐ者が現れ、この日誌を読んでいるならば、教えとこう。寝室は地下の方が素晴らしい。が、悪趣味なので私は使わんかったがな!』・・・日誌は此処で途切れている。随分と前の領主さんはアクティブな方だったようだ。「相棒、何か面白い所みたいだね、この場所は」俺は白紙の日誌をパラパラとめくりながらデルフ先生の言葉に頷いた。日誌の最後のページには鉄の鍵が挟まっていた。俺はそれを取ると、まずこの部屋にあるという秘密とやらを探す事にした。書庫を一通り回ってみたが本棚ばかりである。特に変わったところはない。所々で本が落ちていたので適当に本棚に直しておいた。突き当たりの本棚は地震とかのせいなのか、本が飛び出ている。俺は飛び出ている本を押し込んで直した。すると目の前の本棚が低い唸りをあげてずれていく。どうやらこういう仕掛けのようだ。何でもありだな魔法世界!本棚がずれた先には石で補強された、人一人がちょっとしゃがんでくぐれるほどの通路があった。俺はその通路を進んでいく。やがて突き当たりに扉があった。俺はその扉を注意深く開いた。そこは寝室だった。十畳ほどの広さの部屋の中には天蓋つきのベッドが置かれて、その隣には箪笥などの調度があった。ベッドのカバーにはレースが飾られ、小物には宝石が散りばめられている。「ふむ・・・どうやら固定化の魔法で保全していたようだね。この部屋は」「まるで逢引用の部屋だな。生活感がまるでない」「この地下室全体に固定化がかかってるようだね。地上とはえらい違いだ」部屋の壁には大きな姿見が設けられている。俺の身長よりやや小さめか。だがそれでも十分大きい。俺がカンテラを鏡に近づけると、鏡が輝き始めた。「うおっ、なんだこれ!?」「どうやら、この鏡は何処かに繋がっているようだね」繋がっているって・・・くぐってみたらどこに繋がるのだろうか?「くぐってみりゃあいいじゃねえか。ここに普通にあるって事はこっちに戻ってこれるはずだから、試してみる価値はあると思うぜ、相棒」言われて見れば確かにそうだ。俺は光る鏡をじっと見つめ続けた。アンリエッタは現在多忙を極めている。数日後にはまたロマリアに向かわねばならない。ロマリア教皇のヴィットーリオは底の知れない男だ。ガリア王と同じく警戒する必要がある。虚無を集め、エルフと戦争も辞さないあの優男は一体何を考えているのか。ガリアの問題だけでも大変なのに、この上エルフとか正気とは思えない。アルビオンもガリアもトリステインが被害を被っているから戦うのに、エルフは今のところ全く関係ない。聖地奪還なら自分でやれよと思う。彼は知っているのだろうか?虚無魔法はそんなに乱発できない事を。もし切り札の虚無使いが魔法の使いすぎで使えなくなったらその時点でエルフが反転攻勢に出てそのまま押し切られる。彼らとて、一箇所に全員が集まってるわけではない筈だ。まあ、アンリエッタはアンリエッタで祖国の未来や戦争の事などで思い悩む日々だったのだ。城に帰れば帰ったで、母から孫の顔が見たいなーと暢気にプレッシャーをかけられる。彼女はそれから逃げるように寝室に篭っているのだ。ああ、そういえば自分の従妹にも会わなきゃならない・・・やる事はまだある・・・たまには全て放り出してみたい。無理だとはわかってるけど。プライベートなんて寝る時ぐらいだ。しかも一人の時間だし。結婚しろと言われて結婚寸前まで行った去年の自分。今はしろと言われてもしたくない。恋人はいないが、気になる人はいる。「あー・・・都合よく訪問してくれないかしら・・・いっそ、呼び出してみようかしら?」ベッドの上で大の字になってアンリエッタは呟く。まあ、だが、彼にも都合というものがあるだろう。何せ領主と騎士団副隊長と使い魔を掛け持ちしてるのだ。最近忙しくて顔を見てないが、身体を壊してはいないだろうか。アンリエッタが人の親のような思考になっていたその時だった。ゴゴゴゴ・・・と何やら重い物が動く音がした。その音に思わず振り返ると、アンリエッタは我が目を疑った。何と、壁の一部が動いているではないか!?「な!?」アンリエッタが見つめるその壁は回転ドアの如くぐるりと反転した。その奥から何者かが姿を見せた。アンリエッタは、杖を黙って構えて警戒した。鏡をくぐった俺が目にしたのはnのフィー・・・じゃなくて石壁だった。背後には、入った鏡と同じ鏡がある。どうやら石壁に囲まれた場所である。「何か仕掛けがあるんじゃないかね」「うん、調べてみよう」俺が壁に手を伸ばして何か仕掛けがないか探ってみると、目の前の壁が動いた。更に力を入れてみると、扉がぐるりと回転した。直後、俺が見たものは、杖を構えた女性の姿だった。「・・・あ、すみません、間違えました」俺はそう言って回転する扉から石壁に囲まれた部屋に戻った。ふう、危ない危ない。紳士たるもの、間違えて女性の部屋に入った場合はクールに対応すべきである。何かちょっと間違えたので確認の為、俺は再度壁を押してみた。今度はゆっくり押してそーっと確認してみた。「え?」「お?」俺の目の前には俺の彼女とそっくりのトリステイン女王、アンリエッタがいた。・・・やれやれ、どうやら俺は疲れているらしい。俺はそっと扉を閉じようとしたが、閉める寸前で扉がガシッと何かにつかまれた。続いてにゅるりと細い腕が侵入してきた。ひいい!?俺は怖くなったので鏡の中に逃げ込み、あの天蓋つきベッドのある寝室に戻った。そして通路を進んで書庫に戻った。俺が書庫に戻ると、本棚がずずず・・・と戻っていく。ふう、これで安心。だが、現実はそんなに甘くなかった。俺の背後で本棚が移動する音がした。そして其処から這い出てくるような音がしたので俺は早足でその場を去った。物置部屋を抜けようとしたその時、俺の肩が掴まれた。「何故、逃げるのでしょうか?意地悪なお方ですね」「本能が逃げろ逃げろと」俺の肩を掴むアンリエッタは恐ろしい笑顔でそこにいた。「タツヤさん、此処は一体どこでしょうか?」「ド・オルエニールの俺の屋敷の地下です」「何故そのような場所にわたくしはいるのでしょうか?」「あの鏡のようなのが姫さんの城と俺んとこの屋敷と繋がっていたんじゃないんですかねぇ」「そうですか。つまりわたくしは息抜きの場所を見つけちゃったということですか」「いいえ、姫様、帰ってください」「聞こえませんね。わたくしは今、浮かれているのですから」「冷静になって城に帰れ!」「やだやだやだ!城に帰った所で面白くないですもの!」「駄々っ子かアンタ!?」アンリエッタもストレスが溜まっているのは分かるが・・・うん、女王だからねえ・・・。「会談の内容は物騒極まりないし、この年で胃痛に悩むとか信じられません!それに城に戻れば孫の顔が見たいとかそれどころじゃないんですよ!」いつの間にかアンリエッタの手にはワインの壜があった。・・・ここのワインだな、きっと。何だか妙に子どもっぽいのも酒のせいだろう。ほろ酔い気分の姫は愚痴ばっかり言っている。「姫様、お酒は程々にしましょう。きっとつかれてるんですよ。さっき天蓋つきのベッドがあったでしょう?そこでお休み下さい」「お断りします。そう言って期待させて放置するんでしょう?わたくしには全てお見通しです!」心底面倒臭い酔っ払いである。「姫様、向こうからアニエスさんが来てますよ」「え?」アンリエッタが振り向くと同時に俺は木の扉を開き、目の前にあった鉄の扉を鉄の鍵で開く!扉を開くと階段があった。まだ下があるのか!よし、後は扉を閉めるだけ・・・と、その時、またもや扉が何かに掴まれた。扉の隙間からアンリエッタの単色の瞳が覗いていた。「うふふ・・・わたくしを騙そうだなんて・・・意地悪なお人。ついつい振り向いてしまったではないですか」にゅるりと侵入してくるアンリエッタの腕と足。正直ホラー以外の何者でもない。アンリエッタは完全に侵入を完了した後、扉を閉めてにっこりと微笑んだ。「これで逃げ道はありませんね」俺は無言で階段を降りる。アンリエッタはうふふと笑いながら俺の後をついて来るのだった。この下には何が待ち受けているのか・・・そういえば嫌がらせとしか思えない仕掛けがあると書いてあったが・・・?(続く)