アルビオンからティファニアを連れてきて1週間が過ぎようとしていた。俺の領地の孤児院も数日で完成する。そんな日の朝である。俺は騎士になろうが土地持ちになろうが学院での食事は厨房で摂ることにしていた。他の水精霊騎士団は皆、食堂で朝食を食べている。ちなみに真琴は俺と一緒に厨房でオムライスを食べている。非常に和んだ。和んでばかりもいられない。真琴は小学2年生だ。早急に帰れたとしても授業に乗り遅れる。なので俺は真琴に国語(主に漢字)と算数ぐらいは教えている。小2レベルなら簡単に教える事は可能だ。真琴の勉強についてはある程度問題ない。孤児院が出来れば友人も出来るだろう。社交性の高い妹であるので期待が持てるが・・・。妹は問題ない。一時母親に会いたいと泣いた夜があったが、必ず会えると約束したら、泣き止んだ。・・・それから一緒に寝ることになったが。ううむ、妹のお陰で早く寝なきゃいかんぞ。真琴のことはいいが、問題はティファニアである。社交性はそんなに高くない彼女だが、その可憐な容姿及びアンバランスな兵器のおかげで男子生徒の人気は計り知れない。彼女の人気は学年問わず高く、彼女の周りには何時も十人以上の給士がいる。全て男性生徒である。こいつらの視点はテファの白い肌、美少女顔、そしてあのボーリングの球みたいなありえん(笑)奇乳に注がれている。彼女に危害を加えようとする馬鹿は今の所いないとギーシュから聞いたが、その馬鹿は今日、現れた。俺が食事を終えて、食堂の空いてる席・・・レイナールの右隣に座ったその時、その馬鹿は演説していた。「僕は彼女を一目見た瞬間から考えていたんだ。あの胸部の物体についてだ。あれは兵器である!と結論付けるのに時間はかからなかった。考えても見たまえ、アレは僕たち男性達に対する挑戦である!勇敢なる水精霊騎士隊の諸君。我々はあの脅威に立ち向かわねばならない!だが、一度に立ち向かえば全滅する恐れがある・・・ここは涙を呑み、不肖このマリコルヌがまず挑もう。僕が倒れたら、君たちは僕の屍を越えてほしい!さらばだ!」マリコルヌはこれから死地に行くかのような表情で立ち上がり、ゆっくりとテファがいる一年生のテーブルへと向かう。レイナールが俺とギーシュに尋ねる。「奴は何をする気だ?」「さらばだマリコルヌ。君の事は忘れない」「涙を拭けギーシュ。というか止めろよ」「無駄だよ。あの男は酔っている。見たまえ、彼が座っていたテーブルを。ワインの壜が二つほど転がっているだろう?」「酔っ払いは何をしてもいいと?そんな訳ないよなぁ?」「・・・副隊長。マリコルヌを止めるべきだ。彼の行動如何で我々の評判に悪影響がでるやもしれん」「やばくなったら止めるよ」俺はそう言って立ち上がった。他の水精霊騎士団はマリコルヌを心配そうに見つめている。酔ったマリコルヌはテファに群がる1年生を押しのけ、テファの前に立った。何をする気だ?マリコルヌはテファに一礼して無言でその手をテファの胸に伸ばした。テファの顔が怯えに歪む。食堂の空気が凍りつく。「始祖のご加護をおおおお!!」「始祖の下に帰れーーー!!」俺はマリコルヌに強烈な居合の拳を叩き込んだ。マリコルヌは吹き飛ぶが、呻きながら立ち上がり、俺を睨む。俺はテファを背中に庇う姿勢でマリコルヌを睨み返す。「貴様ああああああ!!僕の、いや、全男性の探究心を邪魔する気か!」マリコルヌは腹の底から搾り出すような低い声で言う。ゆらりと立ち上がった探求者は俺を指差して言った。「貴様は全男性の敵だ・・・!僕は今そう決めた!冒険心を忘れた愚か者め!お前のような奴はこの僕が粛清してやる!」「その辺にして置きたまえ、マリコルヌ。これ以上は隊長として見過ごすわけにはいかない」「そうだマリコルヌ。君の醜態によって我々にも迷惑がかかるんだ。これから君は酒は禁止だ」「ぬうううう!!何故だい!何故君たちはタツヤの味方を・・・」「明らかに君が悪いからに決まってる」一刀両断だった。俺は事態が収束したと判断すると、自分が座っていた席に戻ろうとした。「タ、タツヤ・・・!ありがとう・・・」「おうよ。気にすんな」俺はテファの周りに群がっていた親衛隊気取りの生徒達に言った。「まあ、この子に近づく不届き者を守る気概のある奴はまだいないという事か。ま、ああいう奴が今後現れたらちゃんと守れや」特に責めるわけではないが、彼女を取り巻いている以上、変態の駆逐ぐらいはやっても良いんじゃないか?そうしてくれた方が余計な心配をしなくて済むんだけどね。マリコルヌも酒や女が絡まなければそれなりにいい奴なんだがね・・・テファはこの一件でマリコルヌに対して怯えが入るだろうな。食堂での一件を遠巻きに見ていたルイズ達は呆れたように溜息をついた。「それにしても大人気ね彼女。ねぇあんた達が連れてきたんでしょう?一体何者なの?」「気になるのモンモランシー?」「そりゃあね。建物の中で帽子を外さないし、自分の事は一切喋らないじゃない。あとはあの信じられない胸ね」「アレについては生命の神秘としか言えないわ」「現実なんて不平等の極みよ・・・」ルイズは自分の胸を見ながら呟いた。「そういえばモンモランシー、最近ギーシュとはどうなの?」「訓練に夢中よ。たまに二人の時間を設けるけど、訓練と騎士団連中と馬鹿騒ぎばっかりよ」「つまりもっと構えというわけね。熱いわね~」モンモランシーは顔を真っ赤にしてフンと言う。「水精霊騎士団は女子にも人気があるみたいだし、奥さまとしては気が気でないみたいねえ」ルイズがニヤニヤしながらモンモランシーに言う。水精霊騎士団は隊長のギーシュを筆頭に女子生徒に人気がある。あのマリコルヌにさえ、女性が言い寄ってくる程の人気振りである。女王陛下直属騎士だけあって、玉の輿を狙っているのだろうとルイズは判断している。ギーシュの人気は特に高く、いつも彼が囲まれているのも目にする。まあ、彼はモンモランシーがいるため丁重ながらかわしているのだが、その態度も女子に人気が出てしまうという悪循環である。騎士団員一人一人にそれぞれファンがいる状態である。その騎士団員も大半が満更でもない表情をしている。だが、その玉の輿を狙う女子生徒達ですら近づけない者が二人いた。副隊長の達也と、騎士団の内政担当のレイナールだった。レイナールは何時も騎士団の為に忙しそうにしている為、近づく隙がないので分かるのだが、何故隙だらけに見える達也は取り巻きがいないのだろう?元平民だからだろうか、とルイズは思った。そしてそもそも使い魔の達也と交際しようと考える貴族の娘など相当な物好きである。極めつけは彼の通り名が『サウスゴータの悪魔』などというものであるから、本性は悪魔のような男であるという噂が立っているのだろう。まあ、そのせいでギーシュが『悪魔を手懐けている』として更に評価を上げているのだが。おそらく今のティファニアを助けたのだって、騎士団の評判を下げないための行為と見られるんだろう。達也はティファニアが本気で困っているときにしか助けない。冷たいようだが、彼には妹や領地のこともあるのだ。彼女ばかりに構う余裕はない。ただ、彼女が助けを求めれば、助けはする。そういう立ち位置を取るようだ。ティファニアはどちらかと言えば静かに学園生活を送りたかった。確かに外の世界は全てが目新しく、毎日がこれまでの一年分と同じ密度はあった。年頃の貴族達が何百人もいるだけでも目が回りそうなのに、今まであまり意識しなかった自分の容姿のせいで心労が積み重なっていた。男子生徒には毎日のように付きまとわれ、女子生徒にはいらぬ嫉妬を起こさせるような容姿を彼女は持っていた。そんな彼女に嫉妬の炎を燃やす女生徒の一人が、今日も男子の誘いから逃げるティファニアを見て舌打ちをしていた。長い金髪を左右に垂らした少女で、背は低めだったが、どう見ても高飛車な雰囲気が、辺りを圧迫している。その青い、気の強そうな瞳は怒りで爛々と輝いている。彼女の周りには少女達が一塊になっている。彼女・・・ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフは吐き捨てるように言った。「さすが田舎育ちの女ね。殿方の扱いがなっていないわ」「そうですわ!その上、未だにベアトリス殿下にご挨拶がないなんて!これだから田舎者は・・・!」ベアトリスはティファニアが来るまでは生まれと容姿のおかげで一年生のクラスの人気を独り占めしていた。だが、ティファニアの登場で彼女の天下は終わった。つい最近まで彼女は女神扱いされていたのにこの落差はなんだろうか。それは彼女の自尊心を傷つけるのには十分なものであった。「田舎者だなんて言ったら失礼よ。慎みなさい」「申し訳ありません!」「ただ・・・私の生まれたクルデンホルフ大公家は、現トリステイン女王陛下であらせられるアンリエッタさまと縁の深い家ですのよ」「そうですわ!なにせクルデンホルフ大公家は、先々代のフィリップ三世陛下の伯母上の嫁ぎ先の当主様のご兄弟の直系であらせられるんですもの!」達也が此処に居れば言うだろう。それは他人であると。ティファニアはアンリエッタから見れば従妹である。「その上、クルデンホルフ大公国は小国とはいえど、れっきとした独立国ですわ!」名目上はそうだが、実際は軍事及び外交は王政府に依存している。軍事を勝手に作り(ミミズ対策部隊)、外交(新聞攻勢)を国の援助無く行なっている達也の領地の立場って一体・・・。しかも治水も農耕も自分達で勝手にやっている。国の援助は孤児院の費用と達也に対する給金ぐらいである。何なのこの土地。「つまり、わたしをないがしろにする事は、トリステイン王家をないがしろにするのと同義!彼女はアルビオン育ちのようだから、大陸の事情に疎いのは無理からぬことだけど、礼儀はちゃんとわきまえないとね」「殿下のおっしゃるとおりです!」「さて、あの島国人に礼儀というものを、教えてあげなくちゃね」ベアトリスは、底意地の悪い笑みを浮かべた。彼女を取り巻く男たちから逃げるように、ティファニアは、帽子を両手で握り締め、小走りで廊下を駆け抜け、中庭に飛び出し、あまり人の来ないヴェストリの広場までやって来た。ここは日頃から人がいないから一息つける。ティファニアは溜息をついて、火の塔の側の噴水の縁に腰掛けた。自分が思っていた以上に外の世界は騒がしく、ガサツで鬱陶しいものだった。ウエストウッド村と同じなのは青い空だけだった。退屈ながら幸せだった日々が懐かしく感じた。子供たちは元気でやっているだろうか?ティファニアは心配でたまらなかった。自分みたいに不安と心労で押しつぶされていないだろうか?その孤児たちだが、本日ド・オルエニールの孤児院『シロウサギ』に移ってきた。達也はまだ学院に居る為、院長候補のマチルダが孤児たちに挨拶していた。ウエストウッド村出身の子どもたちはマチルダが院長と聞いて大変喜んだ。また、広い孤児院に対しても大変満足そうだった。孤児たちの喜ぶ様子をマチルダや手伝いの職員達は微笑んで眺めていた。一方、ミミズ対策部隊隊長に無理やり任命されたワルドは、すでに脅威と対峙していた。「・・・成る程・・・ミミズか・・・」ワルドは茫然自失として目の前の光景を見ていた。彼の目の前には全長60メイルあるかと思われる巨大ミミズがのたうちまわっていた。だが、不幸な事に彼の前にはもう一匹厄介な訪問者が姿を現してきた。「む!?地震か!?」「違います旦那!これはまさか・・・!!」その物体は地中から飛び出してきた。その物体は畑に大穴をあけて姿を現した。「成る程・・・これ程のでかさのミミズを食す存在もそれなりに巨大というわけか・・・」彼らの前に姿を現したのは全長30メイルはある巨大なモグラだった。「ワルドよ」ワルドの隣にはいつの間にかゴンドランが立っていた。「追い払え」「簡単に言ってくれますな。あれ程の大きさになれば唱える魔法もそれなりに・・・」「追い払え」「・・・分かりましたよ・・・」ワルドは杖を構えて呪文を詠唱する。ライトニング・クラウド。それがワルドが狙う魔法だった。呪文が完成し、一気に発動する。モグラとミミズの悲鳴が木霊する。ワルドも手間をかけさせると文句を言いたい気分だったが、どうも様子がおかしい。どうもミミズとモグラが此方の方を向いている気がする。あれー?死んでない?『ビッやあああああああああああ!!!』形容しがたい咆哮をあげる巨大生物たち。ミミズやモグラが苦手な日光は今日は雲で見えない!対策部隊に嫌な汗が流れる。ワルドは思った。『火』の魔法の方が良かったか、と。その読みはまさしくその通りだったが、時既に遅く怒り狂った巨大生物たちは猛然と対策部隊に突進してきた。「どわあああああああ!???」「ええい!馬鹿者め!」ゴンドランが杖を振る。杖からは炎の竜が伸びていき、巨大生物たちに襲い掛かる。巨大モグラは慌てた様子で自分があけた巨大な穴から退避したが、ミミズはなす術なく焼かれていった。焼かれていくミミズを見てワルドは思った。「・・・何この領地こわい」彼の呟きは炎が燃える音でかき消された。その後、彼らはモグラが空けた大穴を埋める作業に取り掛かるのだった。ド・オルエニールが通常運行をしているなど露知らず、ティファニアは俯き一人泣いていた。彼女は知らなかったが、この広場には達也達が作った風呂場があるのだ。なので達也は頻繁にここを訪れており、今日も風呂の掃除をしていたところ、ティファニアが一人で泣いているのをたまたま目撃した。そういう訳なので達也は掃除を一時中断した。「辛いのか?」俺が声を掛けると、テファは地獄に仏と言った表情を見せてくれた。ううむ、やはり無理を言っても孤児院のほうに向かわせるべきだったか。あそこなら孤児たちやフーケとかいるからなぁ・・・巨大生物はいるが。「タツヤ・・・私は変なのかな・・・?」「新入生の扱いなんてこんなものさ」特にテファは美人さんだ。男からの人気は絶大である。ここの貴族は変に洒落ているから、口説くのも早い。だが、そんな文化など彼女には戸惑う事ばかりなのだ。ギーシュ曰く、駆け引きも何もないらしいのでそりゃあ引くらしい。「やっぱりこの帽子が目を引くのかな・・・教室でも被ってるし・・・」まあ、この世界に限らず帽子被ったまま授業受けたりするのは失礼だからな。テファは特別に例外とされているため、教師陣は何も言わない。彼らは学院長から事情を説明されているからだ。特にコルベール、ギトー、シュヴルーズなどは彼女の素性の確認に俺を尋ねてきたぐらいだ。この三人は信用できる為に掻い摘んで説明した。『安心なさいタツヤ君。此処に学びに来た生徒に種族も何もありません。彼女は我が魔法学院の生徒。つまり庇護すべき存在です』『ふむ。そう言う事情があったのだね。胸のつっかえが取れた。ありがとう。・・・仲間と思ったのに・・・』『この魔法学院には学ぼうという姿勢を持つ生徒をどうこうしようとする教師はいませんよ。皆等しく私たちの生徒です』ギトー、コルベール、シュヴルーズはそれぞれこのような反応を返した。俺はこの三人の教育に対する姿勢には幾度も感動している。こういう人が俺の世界の教育現場に多くいてくれればなぁ・・・。あと、コルベール先生、仲間って何?教師陣は問題はない。だが、問題は生徒のほうだな。男子陣が纏わりつくのはかなり鬱陶しいことだろう。目立つからな。俺が心配なのは男子ではない。女子だ。こうも目立つと、妙な嫉妬をするものが出てくる。ほぼ必ずだ。しかも実績やら功績ならば納得せざるを得ないのもあるため其処まで大事にならないが、彼女の場合容姿で目立っている。同姓の女子達は面白くないだろう。女子の苛めは陰湿らしいから、それで潰れてしまわないか心配だ。まあ、潰れてしまったら、潰した奴の命はないんですけどね。社会的な意味で。俺がそんな心配をしていたら早速、5人組の女生徒がやって来て、俺たちを取り囲んだ。ティファニアの同じクラスの女生徒のようで、テファは慌てて立ち上がった。「こ、こんにちは」クラスメイトに挨拶するのは基本なのか、噛みながらも挨拶するティファニア。敵意むき出しの5人組の中の褐色の髪の子が、金髪ツインテールの少女に向けて紹介するように手を伸ばし、俺たちに尋ねた。「ミス・ウエストウッド、そして其処の貴方。此方の方をご存知?」要するに『この方の名前を言ってみろ』とでも言いたいのかこの娘は。ジードだかジャッカルだか知らんが、知らんモンは知らん。「ご、ごめんなさい。お名前をまだ伺っていないわ」律儀に謝るテファに対して、褐色の髪の子の目がつり上がった。「あなた、此方のお方をどなたと心得るの?未だお名前すらご存じないなんて!無礼にも程がありませんこと?」「本当にごめんなさい。わたし、まだこっちに慣れてなくて・・・」生活に慣れるのに精一杯なのにその上名前を覚えろと言うのか。確かに俺もそんな余裕はある程度時間が経ってからだったな。「此方の方はベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフさまにあらせられるわ」褐色の髪の娘は凄いでしょう!という態度でふんぞり返るが、俺達としてはだから何?という感じである。今の彼女の態度は正に虎の威を借る狐である。クルデンホルフってどこだっけ?俺が知ってるのはルイズのところとキュルケのところと自分のところだけだな。「まあ、それはそれは。よろしく、クルデンホルフさん」「長いので熊でいいな」ベアトリスのこめかみがひくつくのが見えた。熊は熊でも小熊である。「ミス・ウエストウッド!それはないでしょう!貴女の目の前におられるお方は、クルデンホルフ大公国姫、ベアトリス殿下なんですのよ!それに其処の貴方は色々論外ですわ!熊扱いとか何考えてるのですか!?」「リスの方が良かったか?」「そういう問題じゃありません!?」「大体クルデンホルフなんぞ聞いたことないな。地理に詳しくないので」「何処の田舎者ですか貴方は!」「本当にごめんなさい。私、アルビオンの森の中で育ったものだから・・・大陸の事情に疎いの。失礼があったようなので、お詫びするわ。えと、殿下」「それが殿下にお詫びを捧げる態度なの?全く、まともな社交も知らずに育ってきたんでしょうね」「ほう、まともな社交性をもつ淑女とは非を認めた相手を尚も攻め立てるのか~凄いな~」「貴方は黙っていなさい!」「何で俺が君の言うことを聞かねばならないのでしょうか?」ぐぬぬ・・・と言う褐色の髪の子を制して、ベアトリスが俺を上から下までじろじろと眺め回した。それから、ふふんとせせら笑うように、言った。「あまりこの辺りでは見ない顔だけど、貴方はハルケギニア人?・・・ああ、そういえば水精霊騎士隊に貴方に似た者がいましたね」一年生の女子達は、目を丸くした。二年以上の女子ならば、彼に喧嘩を売ろうとは思わない。なぜなら、アルビオンの襲撃事件を解決した存在の一人だからだ。その現場にいなかった一年生は達也のことは『7万を止めたらしい』程度にしか知られていない。あえて言おう。二年生以上の生徒で、達也を『悪魔』と思っているものなどいない。だが、事情を知らない一年生からは『悪魔』の異名を持つ達也は恐怖の対象であった。7万を壊滅状態に追い込み、土地持ちの騎士・・・。その結果だけが一人歩きし、恐怖のみを煽っている。二年生以上は彼がルイズの使い魔であることは周知の事実であり、仲良くしているのも知っている。誰もラ・ヴァリエールの息がかかっていると思われる達也に喧嘩を売ろうとは思わない。まあ、男子勢はたまに酔った勢いで喧嘩するぐらいはあるが・・・。「ああ、たぶんそりゃ、俺の事だな。ま、どうでもいいやそんな事。聞く限り相当なお偉いさんみたいだけど、それだったら真摯に謝った相手を許すぐらいの器量は見せなよ。あと、彼女に文句があるなら学院長に直接言うんだな。彼は彼女の後見人だからね」全く、いじめの仲裁なんて面倒でたまらん。ストレスばかりがたまって何の身にもならん。「ですが帽子を被ったまま謝罪など聞いたことありませんわ!」「そうよ!リゼットさんの言うとおりですわ!」「良かったなぁ、君ら。今見たじゃん。世界が広がったな」「そういう問題じゃありません!謝罪するだけの一瞬でいいから帽子を脱げと!」「アルビオンの一部地域では帽子を脱いで頭を下げるのは決闘の意味であり・・・」「嘘だ!?」「ここはトリステインです。ならばトリステインの流儀に則って謝罪するべきでしょう!」「トリステインではよってたかって謝罪を迫るのか?そうかそうか、そんな文化があるのかぁ~」「むきいいいいい!!!!」リゼットが猿のような金切り声を出す。ベアトリスはそんなリゼットを見苦しいと一喝する。「ミス・ウエストウッド。次からはせめて私がいる場所では、そのみっともない帽子をお脱ぎなさい。この私の前で帯帽することは、クルデンホルフ大公家に対する侮辱も甚だしくってよ」「は、はいっ!」「それから・・・貴方の数々の無礼・・・忘れませんからね・・・覚えておきなさい」「あ、そうそう、帯帽で思い出した。コルベール先生いるだろう。あの先生たまに帽子被って授業するけど、そこは指摘してやるなよ。大泣きするから」「覚えておきなさい!!」そう言ってベアトリスWithバックダンサーズたちは立ち去っていく。ああいうタイプは無視と適当にあしらうに限る。人類皆友人とは幻想だ。悪意を持った相手と仲良くする気は俺にはない。「・・・ありがとう、タツヤ」ティファニアはにこりと微笑みかけた。彼女は何か決意したような表情をしている。「やっぱり、教室で帽子を被ってるのは可笑しいよね。・・・自分を偽るのはよくないわ」テファは頷いて言った。「心配かけて御免ね。後は私が何とかしようと思う。・・・何時までも逃げてられないから・・・」「そうか・・・テファ」「何・・・?」「俺たちは何時だって君の味方だ」「ありがとう」そう言ってテファは駆けて行く。その後姿を見ながら、俺は風呂掃除に戻るのだった。(続く)