高さ二十メイル以上あろうかという巨大な剣士人形が、朝の光の中、禍々しい雰囲気を辺りに撒き散らしながら、眼下を睥睨する。ギーシュがその巨人を見て叫ぶ。「気をつけろ!こいつはただのゴーレムではないようだ!」剣士人形は滑らかな動きで手に握り締めた巨大な剣を振り上げ、地面に叩きつける。それにより、巨大な粉塵が舞い、ルイズ達は思わず咳き込んだ。「ゴホゴホ・・・!一体何なのよ!?」「お久しぶりねェ、虚無の担い手」その声にルイズは聞き覚えがあった。ウエストウッド村近くの森で自分を襲った、謎の女・・・。「ミョズニトニルン!?」「覚えてくれて大変光栄だわ」その声は剣士人形の頭の部分から聞こえてくる。だが、その姿は見えない。おそらく声を発しているだけで本体は別の場所にいるのだろう。「何しに来たの?まさか私を覚えてますか?と言いに来たわけじゃないでしょう?」「何、御礼をしに来たのよ。この前は、我々の姫君をよくも攫ってくれたわね」「よく言うわね、幽閉した挙句、心を奪おうとした癖に」キュルケが忌々しげに言う。「心を奪う?それは貴方達も同じ事でしょう?」嘲笑するような声が響く。「使い魔のあの男の心を奪い、あまつさえ捨て置くなんて、随分とエグイ真似をするじゃない。アルヴィーに見張らせておいた甲斐があるってものだわ。忘却の呪文を使うその娘もついでに始末できたらあの方は私をもっと重用してくださるしね」ティファニアの身体が震える。ルイズは舌打ちして、巨人を睨む。「ルイズ、君は虚無の呪文を!ここは僕たちが足止めする!」ギーシュが焦ったように言う。彼が薔薇を振ると、一挙に十二体のワルキューレが出現した。「そんなチャチなゴーレムで、このヨルムンガルドに傷をつけようというの?」「確かにそのヨルムンガルドとやらからすれば、僕のワルキューレはアリのような大きさだろうね。だが、アリを舐めるな!」ワルキューレが一斉に突撃する。キュルケもそれと同時に炎の魔法を唱えた。ヨルムンガルドは炎の魔法を分厚い鎧で受け止め、ギーシュのワルキューレ達を左足一本を軽く動かして吹き飛ばした。ヨルムンガルドの左足が一瞬浮いたのを見計らい、ギーシュは杖を振った。ヨルムンガルドの軸足となっていた右足の下の大地が突如盛り上がり、巨大な壁が突き出てきた。バランスを崩したヨルムンガルドは、そのまま転んだ。転んだ時の衝撃はまさに地震であり、大きな粉塵があがった。「この世界に大地がある限り其処は僕の領域だ。タツヤがいない分、男一人の僕が守るしかあるまい!」転んで地に伏すヨルムンガルドに土の触手が無数に絡みつく。触手はどんどん増えていき、ついにはヨルムンガルドの姿を完全に隠すまでになった。だが、これでは体の自由を奪っただけである。「ルイズ。そろそろ、呪文は完成しそうかい?」「もうすぐよ」「わかった。キュルケ、合図するからとっておきの炎の魔法を準備してくれ」「そうね、生半可な魔法じゃあのでかぶつに通用しそうにないからね」「ああ、だから・・・」ギーシュは薔薇の造花を掲げた。「僕もとっておきの戦乙女を用意するよ」ギーシュが薔薇を振ると、地響きとともに十五メイル以上はある煉瓦のゴーレムが出現した。「ヨルムンガルドには炎の抱擁と、感激の爆発をお見舞いしてやるよ!行け!ワルキューレ!」地に伏したワルキューレにキュルケの炎が纏わりつき、ワルキューレはそのまま触手まみれのヨルムンガルドに抱きついた。「木っ端微塵にしてやるわよ!美女と一緒にね!」ルイズが杖を振ると、大きな爆発が起きた。朝食を終えた俺とタバサは、ルイズ達を探しに空を飛んでいた。「ったく、起きるまで待ってろっての。本気で殴りたいんだが」「徒歩の御一行を空から見つけられるかね。ロサイスまでの街道は結構人通りが多いみたいだからね」喋る剣の言うとおり、ロサイスまでの道は何故か観光地のように人通りが多かった。特に俺と7万が対峙したあの丘には人が朝なのにも関わらず結構いた。朝っぱらから何もない丘で何してるんだろうな。しばらく空を飛んでいると、何やら地響きのような音が聞こえてきた。下を歩く人々も何事かという様子で怯えている。「相棒、地響きの原因は多分アレだ」「あん?」俺とタバサの眼前には粉塵の中から立ち上がる巨人の姿だった。おいおい、天空に浮かぶ大陸だけでもアレなのに、今度は巨人兵かよ!「そんな・・・!?効いていないの・・・!?」ゆっくりと立ち上がる巨人は鎧こそ破壊されているものの、その動きに支障は全く感じられない様子だった。「この頑丈な鎧を破壊するなんて恐ろしいけどね、土の触手が仇になったね」「僕のワルキューレを爆破させたのに・・・!」「土の触手が爆発の衝撃を抑えてしまったというの・・・!?」「とはいえ、あの規模の爆発に耐えるとは何て頑丈なゴーレムだ!?」「このヨルムンガルドをゴーレム如きと同じにしない事だねェ」ギーシュは既に魔法を乱発する気力は残っていない。それはルイズやキュルケも同様だった。「・・・ティファニア!子ども達と一緒に逃げなさい!キュルケ、お願い!」キュルケは頷き、ティファニアと子ども達を促して駆け出そうとした。「逃がすわけないだろう?」ヨルムンガルドは飛び上がり、キュルケ達の前に立ちふさがる。その巨体に似合わぬ身軽さに一同は戦慄した。キュルケは思わず呟いた。「化け物・・・」「次に逃げようとしたらその時点で踏み潰してあげるよ。何、アリを踏むのと一緒さ。簡単に終わるよ」「こんな化け物を作り上げて、お前たちは如何するつもりだ!」「さあ?あんた達もメイジなら分かる筈さ。それは使い魔の私が判断する事じゃない。使い魔は主人の命令で動く道具のような存在。それだけだよ」「違う!絶対に違う!」ルイズは絶叫して言った。「使い魔だって生物よ!主人の命令に盲信する存在じゃない!メイジにとっての使い魔は相棒、仲間!そして宝なのよ!」「その宝の記憶をあっさり消したお前のいう事ではないよねェ?挙句の果てには捨て置いてるじゃないか。奇麗事を言う前に自分の行動を思い返してみるんだね!」「それはアイツの事を思って・・・!!」「そうやって保身に走ろうとするんじゃないよ!結局アンタは自分の責任から逃げただけだろう?あの使い魔のことを思うのだったら今、ここにアンタはいない筈だろう?違うかい?或いはここにあの使い魔がいるはずだろう?違うかい?違うかい?お前らも友人の為とか、信じるとか言ってたみたいだけど、どこか信用できなかったからここにいるんじゃないのかい?言葉だけでならいくらでも人間てのは綺麗に飾れるからねェ!行動が伴ってなければ説得力もクソもないんだよ!」ヨルムンガルドは剣を振り下ろす。ルイズ達は必死の思いでそれをかわすが、剣の一撃による砂煙で視界が遮られた。「視界を遮って・・・卑怯よ!そんな人形を使ってあんたは自分で戦おうとしないで!」「戦いに卑怯もあるかね。だから甘いんだよ」砂煙の中、声が響く。「そして、戦場では無力な存在から死んでいくのさ」ヨルムンガルドの足を振り上げた先にはティファニアと子ども達の姿があった。「さて、アリのガキはどんな悲鳴をあげるのかね」「やめて・・・やめてーーー!!」「そう言われて止めたくなくなるのが人情さ!」「させるかーーー!!!」ギーシュは咆哮し、杖を振った。ヨルムンガルドが立っていた大地が少し盛り上がり、巨人は少しバランスを崩しそうになった。「今の隙に!」そう言ってギーシュは力を使い果たして座り込んでしまった。ティファニア達はキュルケに促され、ヨルムンガルドから少し離れる。子ども達は全員すでに恐怖で涙と鼻水でぐちゃぐちゃな子、失禁している子、震えて恐慌状態の子ばかりだった。「ギーシュ!早くアンタも逃げて!!」「はは・・・無茶・・・言うなよ・・・」ギーシュの眼前に、ヨルムンガルドが立つ。「少しはアリの中にも出来る奴がいたようだけど、まあ、所詮はアリだったというわけだね」ギーシュは動けない。しかしその瞳は真っ直ぐ巨人を見据えていた。「違うな・・・僕はアリではない。僕は水精霊騎士隊隊長・・・ギーシュ・ド・グラモンだ・・・!!」「気に入らない目だね。まだ何か隠し玉でもあるのかい?」「そうだね・・・例えば・・・今まさに君に降りかかってくる存在とかね」「何?」その瞬間、ヨルムンガルドの右腕付近に何かが通り過ぎた。その速さはまさに風のようだった。そして、巨人の剣を持った腕は肘辺りから綺麗に切り落とされた。ずぅん・・・という轟音とともに地に落ちるヨルムンガルドの腕。その後、剣が鞘に納められる様な音がかすかに響いた。太陽を背に一頭の天馬が舞っていた。その姿はルイズ達だけではなく、騒ぎを遠巻きに見ていた旅人達にも目撃されていた。天馬が高らかに鳴く。その背後から、風竜が飛び出してきて、巨人に対してブレスを吐き出した。巨人は大きくよろめく。鎧を失ってからというもの、攻撃に対して弱めになったのか?とルイズは思った。巨人がよろめく隙にキュルケたちは遠くに逃げていたが、力尽きている状態のギーシュと、呆然としているルイズはそのままだった。風竜はそんな二人目掛けて急降下し、それぞれ咥え上げて背中に乗せた。「タバサ!?」ルイズは風竜に乗っていた少女の名を呼んだ。彼女がここにいるという事は・・・?ルイズは巨人の周りを飛ぶ天馬を見た。ギーシュはそちらをぼんやり見ながら呟いた。「流石だね、副隊長。隊長の危機にはすぐ駆けつけてくれる・・・」そう言って、ギーシュは意識を失った。「よっしゃ!このデカブツもちゃんと斬れるようだぜ!」「相棒!このデカブツ、動きが信じられんほど速い!さっきは不意をつけたから上手く行ったが、次はどうするよ!」「次もクソもねェな。ここで逃げたらテファやキュルケ達が危ない。なら・・・もう少し嫌がらせして逃げる」「結局逃げるのかよ!!」「うわはははは!逃げるが勝ちだ!」「タツヤ!?何やってるのアンタは!」シルフィードの背中から、ルイズは叫んだ。達也は天馬をシルフィードに近づけて呆れた様に言った。「薄情者の馬鹿主を追って来たら妙な事になっていたので見殺しにしようと傍観していたのだが、あのデカブツを操っていそうな声に聞き覚えがあったので嫌がらせに来ました」「見殺しってアンタ悪魔か!?」「人の記憶を自分の勝手な妄想で消そうとした貴女に言われたくない」「うを!?貴女って言われた!?凄い他人行儀になってる!?」「ていうか、娘っ子、あのぐらいのデカブツ、お前さんの虚無でどうにかならないのか?」「そ、それが・・・爆発はもう使っちゃって、精神力がスッカラカンなの。エヘ♪」「可愛らしいねェ、死ねば?」「そこまで言わなくてもいいじゃないの!?私たちだって凄く頑張ったのよ!でも頑張りすぎて逆に自分達を追い詰める結果になっちゃったんだから仕方ないよね」「精神力なんざ感情の震えやらによって溜まるモンなんだがな。まあ、その場合死ぬかも知れねえが」「一瞬希望を持たせるの止めてくれる?それにそうそう感情が震えるなんてないわよ」「感情を刺激すれば、魔力は溜まる」タバサはぽつりと言うが、肝心のルイズが戦意喪失状態である。何とかこの阿呆を元気にしなければ、俺が楽をできない。「感情を刺激すればいいんだよな?」「ああ、そうだね。相棒、娘っ子に何するつもりだい?」「ルイズ」「何よ」「真琴を正式なお前の妹にしてもいい」「ほ、本当!?」「などと俺が言う事はありえない」「き、貴様~!!助けに来たと思えば私をおちょくりに来たのか~!!」「恥ずかしい奴だなお前は。あんな冷たい仕打ちを俺にしといて助けに来たとかどんだけお花畑なの?頭の中」「うおおおお!!弄ばれた!使い魔に弄ばれた!自業自得とはいえ弄ばれた!乙女の無垢なる心が弄ばれた」「全無垢なる心を持った女に謝れ」「謝るか!!」「俺を捨てた貴様には相応の嫌がらせがこれから続きます。お前の目の前で真琴を全力で撫で回すとか」「なん・・・だと・・・!!?止めろ!そんな精神攻撃は・・・!せっかく姉気分になっていた私の心を・・・!」「ルイズ。お前は、真琴の姉では、ない」非常なる宣告に哀れなルイズはよろめく。しかし、ルイズは突然高笑いを始める。何だお前、とうとう気が触れたか。「甘いわよタツヤ・・・私があの子の姉になる方法はまだある・・・!そう!それこそ」「ちなみに俺との結婚とか言うのはNGだ」「心を読むな!!」「うわ~、流石にそんな事思っていたなんて引くわ。でも安心しろ、ルイズ。例え俺が浮気性な男だったとしてもお前に手を出す事はありえん」「何を安心しろと言うのか!?」「何処まで行ってもお前は俺の義妹止まりだ。だから助けに来たぞ、ルイズ」「ふえ?」ルイズは呆気にとられたような表情を見せた。「娘っ子!小規模でもいい!爆発の呪文を俺に吸い込ませろ!」デルフリンガーの怒声によってルイズは現実に引き戻された。慌てて呪文を唱える。本当に短時間しか詠唱しなかったのでそれなりの規模の魔法でしかない。「それじゃ、行ってくる。援護を頼むよ、タバサ」タバサはコクリと頷く。俺はそれを見て再び天馬をあの巨人に向かわせた。「娘っ子の爆発魔法は小規模だ!このまま吐き出してもあの図体じゃまともにやれば一部分を吹き飛ばすくらいだろうな」「じゃあ、まともにやらなきゃいいんだな」「記憶を消した主の下にまた来るなんて殊勝な心がけだね、ガンダールヴ!」いまだ勘違いしたままのようだが、まあいいだろう。「ここに来た事を後悔しな!」猫のような俊敏さで動き回る巨人。だが、テンマちゃんもその速さについて行ってる。俺は分身を一体出す。俺の後ろに現れる分身。「おい、分身。あのデカブツの身体に取り付け。なに、あんな形でも声と心は間違いなく女だ」「そのフォローはいるのか?」「早く行け!」俺は天馬をヨルムンガルドとかいうデカイ人形に分身を張り付かせるために接近させ、分身が張り付いたと同時に離れた。巨人は分身を振り払おうとするが、分身はゴキブリのような素早さでかわしていく。・・・防衛本能は日頃死んでるだけあって徐々に高くなっているようだ。その間にタバサの風の魔法やシルフィードのブレスが人形を襲う。えらく頑丈な人形なのか、ヒビすら入ってない。「反射の魔法を大量に使ってるみてえだ。だが少々薄いな。だからお前さんの分身があの人形の身体を動き回れるんだが」飛んでくるシルフィードのブレスやタバサの風魔法の反射されたものは拡散して色んな場所に飛んでいく。勿論俺達のいる方向にも飛んできたが、デルフリンガーによって吸い込んだ。「ちょこまかと鬱陶しいね!」苦々しげな声が響く。俺の分身は泣きそうになりながらも逃げ回っている。待ってろ、俺の分身。すぐ、楽にしてやる。俺は天馬から飛び降りた。重力にしたがって落ちていく俺。しかし、墜落地点の大地には異変が起きていた。大地が割れ、割れた先には巨大なスプリングトランポリンが出現した。トランポリンの反動で俺は分身の元に飛んでいった。「う、うわあああああああああ!!」分身が恐怖の悲鳴をあげたその刹那、俺は鞘から剣を一気に抜いて、分身の身体ごと剣を巨人に突き刺した。剣はあっさりと分身と巨人の身体を貫いた。刀身が光る喋る剣をしばらく突き刺していたら、巨人の左手が俺に襲い掛かろうとしていた。俺は急いで喋る剣を引き抜き、空中を走って、天馬の背に復帰した。天馬は地上に降り立った。俺は地面に降り、巨人を見上げた。「このヨルムンガルドに攻撃を通したのは驚きだけど、そんな小さな剣を突きたてたくらいじゃあ、どうにもならないよ!」俺の持つ剣は今だ光ったままである。俺は巨人に背を向けて、キュルケ達が逃げたと思われる方向に向かった。当然この行動は戦闘中ならば隙だらけである。それを見逃す巨人ではなかったのか、左腕を振り上げた。「戦い中に背を向けるとか随分余裕だね、ガンダールヴ!!」「いや、戦いは終わったよ」そう言って俺は剣を鞘に納めた。次の瞬間、巨人は膨れ上がり、内部から爆発し、大破四散した。爆発による煙が舞う。ルイズ達を苦しめた巨人は、こうして粉々に砕け散った。ルイズの虚無とタバサとシルフィードの魔法やブレスを吸い込んだデルフリンガーはもういっぱいいっぱいの状態だった。俺はそのデルフリンガーをあの巨人に突き刺す為に、『居合』と『分身移動』を利用した。分身があの巨人の身体にいれば其処に移動できるし、居合を使って剣を分身もろとも巨人に突き刺したということだ。斬れるという事は刺せるのではないか?分身は生命体というより、ただの影なので居合の対象にも入っているのだ。そして突き刺した後、吸い込んだ分の魔法を吐き出した。・・・正直吐き出したその時に爆発するんじゃないかと思ったが、時間差で爆発した。おそらく『過剰演出』のせいだろう。何かの役に立つのかと思ってすみませんでした。だが、その演出のせいで、俺は爆風で吹き飛ばされ、キュルケ達が隠れていた場所に墜落した事を知らせておこう。その際、「兄ちゃん、かっこ悪いよ・・・」という子どもの声に気絶しそうな俺が少しショックを受けたのは言うまでもない。目を回して気絶している達也を見て、キュルケとティファニアは顔を見合わせて笑った。それに遅れて、ルイズ達を乗せたシルフィードと達也の愛天馬『テンマちゃん』が彼女達の元に降りてきた。ルイズは目を回す達也を見て、「馬鹿ね」と微笑んで言うのだった。(続く)