王宮に到着した俺たちを待ち侘びていたのは、随分と悩んだ様子のアンリエッタであった。女王陛下は俺たちを見つめて言った。「ようこそいらしてくださいました。早速ですが、あなたがたにお頼みしたい事があるのです」「どのようなご用命でしょうか?」膝をついているギーシュに、アンリエッタは頼みごとを打ち明けた。「アルビオンの虚無の担い手を、ここに連れてきていただきたいのです」「ティファニアを?」ルイズが驚いたような声で言うと、アンリエッタは深く頷いた。「やはり、虚無の担い手を一人住まわせておくには参りません。それに彼女はアルビオン王家の忘れ形見です。つまりはわたくしの従妹。やはり放っておく訳にはいきません。何時ガリアの手が伸びるやもしれませんから」「そうは簡単に言いますが、彼女は一人じゃありません。孤児たちと一緒に暮らしているんですよ?」ギーシュの意見に、アンリエッタは頷いた。「ならば、その孤児たちも連れてきてください。生活は保障しましょう」本来テファと孤児達は、俺の土地で預かる予定なのだが。その為に孤児院の建設計画も進めていた。・・・果たして王家で保護するのと巨大ミミズ蔓延る我が土地で保護するの・・・どっちが安全なのかは一目瞭然である。「それほどご心配ならば、連れて来るには構いませんが・・・」ギーシュは俺を見る。ルイズも、キュルケも、女王の警護をしているアニエスもだ。「構わないでしょう。外の世界を見せるのが少し早くなるだけですから」「ありがとう。お願いします」アンリエッタは深い溜息と共に、椅子に肘をついた。「何か気になる事もあるんですか?」「・・・いずれ必ず話します。今は急いでください」「さて、フネで行ったら時間がかかるぞ?」俺がそう言うと、俺のマントがくいくいと引っ張られた。そちらを見ると、タバサが俺を見上げていた。「シルフィード」「そうだな、シルフィードならば、フネより早い」「帰りはどうするんだよ」「帰りにはロサイスまでのフネを用意させます。とにかく今は、早くアルビオンに向かってくださいまし」アンリエッタはそう言った後、タバサの手を取った。「ガリアの姫君ですね?ご協力を感謝いたします。いずれ改めて貴女の境遇及び今後の身の振り方をご相談させてくださいまし」タバサが小さく頷く。こうして俺たちはウエストウッドの村に向かう事になった。さて、ウエストウッド村には半日で到着した。月の関係からアルビオンがトリステインに最接近する日だったのが幸いした。今回の任務はティファニアを連れて帰ることである。「またあの村に行くのね・・・今度はのんびりしないようにしないと・・・」ルイズが自分の頬を叩いて気合を入れている。だが、説得するのは主に俺なのである。あんな穏やかな村を出る事には子供たちは抵抗を覚えないだろうかと思うと気が重い。「とはいえ、懐かしさを感じる村だね、ここは」「戦なんて無縁に見える場所ね・・・」俺はウエストウッドの村を見回した。森の中に建てられた、こぢんまりとした佇まいの素朴な家を見つめた。ティファニアの家は入り口からすぐの所にあった。藁葺きの屋根から、煙が立ち上っている。「いるようだな」「さて、いるのはいいけど、ここから骨が折れることになりそうだ」ギーシュはそう言ってティファニアの家の前まで行き、扉を叩いた。「ご家中の方に申し上げる!水精霊騎士隊隊長、ギーシュ・ド・グラモン、王命により参上仕った!」「そんな堅苦しい挨拶抜きに普通に入りなさいよ」「物事には順序があるってご存知ですか君たち」「お邪魔するわよー」ルイズとキュルケがギーシュを無視して扉を開く。三人の身体が一瞬にして固まった。開いた扉の方から、なんともいい匂いがして来る。「シチューの匂い」タバサが呟く。腹を鳴らすな。俺はタバサと共に扉の中に顔を突っ込んだ。扉の向こうには、呆然としているティファニアの姿。そして彼女の隣にいるもう一人の姿・・・。「フーケ」タバサが小さく呟いた。ティファニアの家にいた客は『土くれ』のフーケであった。ウェールズを殺したワルドの協力者。ルイズ達はすでに杖を構えていた。そりゃそうだ。ワルドに協力していたってことはこいつはつい最近まで『レコン・キスタ』として俺達の敵だったのだから。「こんな所で会うとは奇遇にも程があるわね、おばさん」「小娘・・・二十四の女性捕まえておばさんとか本気で死にたいようだね」キュルケとフーケの間には火花でも散ってるのではないのかと思うほど、二人は睨みあっている。「でも二十四って完全に結婚適齢期過ぎちゃってるわよね」「女が輝くのに年齢は関係ないのよ」「二十四なんてまだまだだと思うぞ、うん」「馬鹿ねェ、四捨五入したら二十歳だけど、最期の歳よ?後はあれよあれよと無駄に年を取っていくだけよ」「分かったような事を言うな!?腹の立つ小娘だね!!」「後一つ」「は?」タバサの呟きに反応するフーケ。タバサはそれを呟くと再び黙ってしまった。「ちょっとー!?あと一つって何よ!?気になるじゃないの!?何!?あと一つって年齢!?四捨五入したら三十代で哀れだね現実見れば?とでも言うの!?ふざけんじゃないわよ!女は何時だって夢見ていたいのよ!」「夢見た結果、貴女は誰と今いるのかしら?」ルイズが悪魔のような笑みを浮かべて言う。はい、おそらく彼女の元・婚約者であろう。フーケはルイズの言葉を受けて沈んだ。「仕方ないじゃないのよ・・・アイツ、私がいないと駄目になりそうで放っておけないのよ・・・」「駄目亭主と別れられない妻のような言い草ね。・・・ワルドといるのね」ルイズの初恋の人・・・ワルド。ルイズは何か思うことがあるのか考え込んでいた。だが、振り切るように息を吐き出し、杖を構えた。「フーケ、今の貴女たちには穏やかなる日々は永遠に訪れない。少なくともこの私の目の黒いうちは。貴女達が穏やかに過ごすには、貴女達が犯した罪は大きすぎる。何故ここにいるかは問わないわ。フーケ、今度こそ引導を渡してあげるわ。ここでね」ルイズの瞳には冷たい光が宿っている。「大口を叩いてくれるじゃないか。私もそれなりに抵抗させてもらうよ」フーケが構えると、ギーシュやキュルケも杖を構えた。うん、何だか緊迫した様子だな。俺とタバサは今のテーブルでシチューを食べながら、その様子を観戦していた。「テファ、シチューおかわり」「私も」「え、え?あ、えっと、うん」「アンタらはそこで何をのんびりしてるんだーー!!??」「ええー、だって腹が減っては戦が出来んし、そもそも戦うつもりはないしー」「戦うつもりがないなら食うなよ!?」テファからシチューを受け取った俺は、テファに礼を言った。テファは俺に礼を言われると、はにかんだような笑顔を浮かべ、その後、フーケに言った。「マチルダ姉さん、この方々に手を出しては駄目。皆もやめて!杖をしまって!」ティファニアは泣きそうな声で言った。フーケは参ったとばかりに首を振った。ルイズたちも顔を見合わせている。タバサは黙々とシチューを食べている。そんな彼女に俺は聞いてみた。「美味いか?」「素晴らしい」そんな俺たちを呆れたように見ながら、フーケは疲れた声で言った。「アンタたちとも久しぶりだね。まずは旧交を温めようじゃないか」フーケはそう言うが、ルイズ達はしばらくフーケとにらみ合っていた。その間にも俺たちはシチューを食べていた。「おかわり」タバサが皿を突き出すが・・・「ご、ごめん・・・もうないの」タバサはこの世に絶望したような表情になった。「どんだけ食べてんのあんた等!?」ルイズが悔しそうに椅子に腰掛ける。それに続いてフーケたちも椅子に腰掛ける。「ス、スープを作ってくるね」「テファ、手伝おう」「ありがとう」俺はテファと一緒にキッチンに向かった。其処に保管されていた材料を使って、グラタンとチキンスープとパンを作った。・・・タバサが目をキラキラさせてスープを見ている・・・。お前まだ食うのか。料理を並べ終えた後、フーケがまず切り出した。「ティファニア。何でこいつらと知り合いなのか、話してごらん」テファは俺にいいか?と言うように見つめた。別にかまわないので頷いた。テファはフーケに説明した。アルビオン軍を食い止め、森で怪我をしていた俺を助けた事。迎えに来たルイズとも知り合いだった事・・・。要約すればそれまでだが、俺と知り合ってからの説明がやたら長かった。フーケはニヤニヤしながら、俺を見ていた。「ああ、ならあれはアンタだったんだね。七万のアルビオン軍を壊滅状態にしたってのは。やるじゃないのさ。お姉さんは嬉しいよ」「やたらお姉さんを強調してるわね」キュルケの呟きに対して、フーケは睨んで返した。「なら、次は此方の番ね。フーケとティファニアが何故知り合いなのか」ルイズが尋ねる。ティファニアがフーケの代わりに答えた。「私の父・・・財務監督官だった大公に仕えていた、この辺りの太守の人の娘さんなんだ、マチルダ姉さんは。私の命の恩人の娘さんで、昔から良くしてもらっていたの。ここの孤児のみんなの生活費の援助もマチルダ姉さんがやっていてくれたのよ」「へえーいいひとなんだねマチルダさんはー」俺の棒読みの言葉にフーケはフンと鼻を鳴らす。「タツヤ、もしかしてマチルダ姉さんが何をしていたか知ってるの?教えて!絶対話してくれないの!」「言ったら殺す」単色の目で言うな二十四歳の乙女。馬鹿正直に言えば、テファは哀しみを背負うことになるだろう。仕方がないので俺はぼかしていう事にした。「彼女は・・・トレジャーハンターだったんだ」「トレジャーハンター!?かっこいい!」キュルケが口を押さえて笑いを押さえようとしていた。「トレジャーハンターだった彼女だが、いくら宝を取っても自分の心に穴が空いている事に気付いたんだ。何故だ?どうしてだ?自分は好きなことをしているはずだ?だが何故心が砂漠のように渇いているのか?何時も自問自答していたらしい」「そうなの?姉さん?」フーケは苦笑を浮かべて、「ま、まあ、そうだね・・・」「そんな中、彼女は一人の男性と出会う。その瞬間、渇いた彼女の心に潤いがやって来た!情念の津波が押し寄せ、彼女と男は熱烈に恋をした!彼女は思った。ああ、この思いこそ、私が求めていた宝だったんだわ・・・と」「素敵・・・!」ティファニアは感動しているようだったが、ギーシュは口元を手で隠していた。身体が小刻みに震えている。「だがしかし!何という事であろう!その男には婚約者がいた!それがこちらのルイズです」「何て事なの!?」ルイズとフーケがスープを噴出しそうになっていた。「男は迷った。迷った挙句、男は・・・ルイズではなく、彼女を選んだ。彼女はこうしてお宝を手に入れた。愛というお宝を・・・だが、彼女に待ち受けていたのは幾多の試練だった!婚約者の突然の裏切りに怒ったルイズとその家族は報復を開始した・・・男は彼女を連れて新天地を求め、故郷を飛び出した。しかし、今だ彼らに休息の時はないのであった・・・以上がルイズ達がフーケと敵対している理由です」「うう・・・二人とも可哀想・・・」「・・・色々言いたいことはあるけど、そうだね、こいつらとはその、いろいろあったのさ」「だから仲が悪いのね。でも駄目よ、喧嘩は。この場でだけ仲直りの乾杯しましょう?」「・・・色々と抗議したい気持ちでいっぱいだけど、そうね」ルイズ達はしかめっ面のまま、乾杯をした。案の定、その後の会話は全く続かない。少なくともフーケと話そうと言う者はこの場にはいないだろう。「・・・で、あんた等はここに何をしに来たんだい?」フーケが俺に尋ねてきた。どうやら他の面々は明らかな敵意を持っている為、仕方がないので俺に尋ねてきたみたいだ。俺はフーケとテファを交互に見て言った。「ティファニア達に外の世界を見せに来た」「外の世界?」「ティファニア。子供たちと一緒に俺たちとトリステインに行こう。生活はトリステイン及び俺が保障する。住む所は向こうに着いて決める事になるだろうけどさ」ティファニアの顔が僅かに輝く。フーケは黙ってそれを聞いていた。彼女は曲がりなりにもテファ達の保護者である。「すまない、突然の事で。彼女達の親代わりのアンタがいるなら話が早いからな」フーケは目を瞑り、コクリと頷いた。「良いと思うよ。ティファニア。コイツと行っといで。お前たちもそろそろ外の世界を見るべきなんだ。そもそも今日私が来たのは仕送りができないことを言いに来たんだからね・・・丁度良かった」「マチルダ姉さん・・・何でそんなに苦労してるのを言ってくれないの?」「そういう面で娘に心配させるのは親にとって情けないことなのさ」ティファニアの顔がくしゃりと歪んだ。フーケはそんな彼女に近づき、その身体を優しく抱きしめた。「それにいつかはこんな時が来るものなのさ・・・巣立つ日というのがね」「ありがとう・・・姉さん・・・ありがとう・・・お母さん」「お母さんか・・・ありがとうよ、ティファニア。アンタは私の自慢の娘さ」それからフーケは俺の方を向いて言った。「この子をよろしく頼むよ。敵のアンタに頼むのはどうかと思うけどさ。この子は世間知らずなんだ。変な虫がつかないようによく見張りな」「ああ」「もし、この子を悲しませるような事でもしてごらん・・・その時は私がアンタを殺す」「その時は全力で謝る」「いや、そこは絶対悲しませないっていいなよ・・・調子狂うね・・・」テファが泣き疲れて眠った後、フーケは帰り支度を始めていた。彼女は多忙らしい。その理由を聞くと、「男に振り回されて困ってるんだよ」「捨てれば?」「いや、だって・・・」つくづく情の深い女らしい。「・・・じゃあね。精々元気でやるんだね」「今度は何処で悪巧みするつもり?」「しても言う訳ないだろう?あんた等があの子を連れて行く理由を私が聞かないように、あんた等も聞くな」そう言って、フーケは自分の口に人差し指を添えた。「秘密が多いほうがいい女っぽいだろう?」「自分で言ってて恥ずかしいよねそれ」「そう言うことを言わないでくれるかい?」「一瞬だけカッコいいと思ってしまった自分が憎い!死にたい!殺せー!」ルイズが何か喚いてるが無視しよう。「あの子の事に関しては・・・アンタを信用する。それにどんな道だろうが私と行くよりは遥かにマシさ」フーケはローブを被る。そして俺に彼女は言った。「アンタもたまには、故郷に帰るんだね。親に顔を見せてやりな。私みたいに帰る場所がなくなってしまう前にね」「いらん心配だな」「ふん、全くだね」そうして、フーケは行ってしまった。フーケを見送った後、俺たちは床につく事にした。俺はソファに座って、月を見上げた。この世界に俺の家族は真琴しかいない。だが・・・仲間はいる。家族みたいな奴らは確かにいる。そこが俺の第二の故郷。寂しくなんかない。だが・・・最終的には我が故郷である、彼女の元に帰れると信じてる。ソファに座って月を見上げる達也の姿を、ルイズはベッドからじっと見つめていた。(続く)・インフルエンザって5月でもなるモンなんですね