雨が降り続いている。俺は自分に用意された部屋から、先程月が雲に隠れた外を見ていた。この世界は天気予報をする人は居るだろうが、全国放送する施設がないから困る。先程まではお月見には最高の空だったのに、いきなり雨が降ってきた。そして月まで隠れ、外は一切の光がなく真っ暗である。俺の部屋も明かりを消しているせいか、暗い。暗闇にいると心が落ちつく者、陰鬱になる者・・・様々な人間が居る。俺は暗闇は嫌いじゃない。だが、好きでもない。落ち着きはしないが、陰鬱にもあまりならない。人並みに夜になったら悲観的な考えをするときもあったが。暗いといっても光はある。俺の隣で何やら唸っている幼女の尻が先程からぴかぴか光っているのが気になるし、俺の左手のルーンも武器も持っていないのに輝いている。青白く光る俺のルーン。ルーン文字の為、俺には何と書いてあるのか分からない。せめて各ルーンの意味ぐらいは分かりたいのだが・・・そうだ、こんな時のためにデルフリンガーが居るんじゃないか。「おーい、デルフ先生ー。教えてちょうだいなー」「なんだね相棒?」「俺のルーン、形が変わっちまって、はっきりとした文字のようになったんだけど、何て書いてるのか分からんのだ。何が書いてるのかは教えんでいいから、一つ一つのルーンの意味を教えてくれよ」「ふむ、ルーンってのは相棒の左手で光ってる奴だね。いいぜ、教えてやる」「じゃあ、左から順番に頼むよ」「あいよ」俺は左手のルーンをデルフリンガーに見せるように翳した。「何してるの杏里ちゃん!傘もささないで!?」「え・・・瑞希ちゃん・・・?何でこんな時間に・・・」「それはこっちのセリフだよ!どうして杏里ちゃんが・・・それにあの男の人誰!?」杏里の表情がこわばった。その表情の変化を、瑞希は見逃さなかった。一昨日から一週間、杏里の両親は出張中だったはずだ。瑞希は杏里を引っ張るように自宅へ連れて行った。杏里は抵抗しなかった。ただ、彼女の目からは涙が溢れていた。その様子からただ事ではないと、瑞希は思った。「こんな時に居なくてどうするのよ・・・お兄ちゃん・・・!!」「まず一つ目だ。これは『フェオ』っていうルーンだ。これは財産・所有・繁栄・発展・満足・目標達成など、豊かさと繁栄の象徴するルーンだな。お前さんが持っている物の金銭的な価値が認められたり、あるいは目標の達成で財産を獲得して、物質的な豊かさが訪れる事を暗示してるルーンさ。土地持ちのお前さんからすれば合ってると言えるな」「物質かぁ・・・愛とか友情とかじゃないのか」「まあ、所詮最終的に必要になるのは金だわな。それより俺の金銭的価値を見直すべきだと思うぜ」「どうしたの瑞希ちゃん!?急に外に飛び出して・・・ってあら?」「・・・・・・・」「杏里ちゃん、如何したの・・・?」「おば様・・・私・・・」「お母さん、とりあえず杏里ちゃんをお風呂に入れて」「・・・分かったわ。さ、杏里ちゃん、こっちよ。まあ、分かってると思うけど」「はい・・・」「二つ目は『イス』。氷を象徴してるルーンだ。これは休息と停止を意味してる。ぶっちゃけ今が冬の時代って意味だ。なはは!相棒、訳の分からん世界にやって来たお前にぴったりじゃねえか!」「寒い時代だ・・・」「まあ、冬があれば春があるさね。五つ目も同じルーンだ」「瑞希ちゃん・・・一体杏里ちゃんどうしちゃったの?」「分かんないけど・・・今日知らない男の人と歩いてた。歳はお兄ちゃんぐらい」「・・・そう」「あーん?如何したよ?」欠伸をしながら現れたのは、因幡一博だった。「三つ目は『シゲル』。太陽と生命力の象徴だ。エネルギーに満ち溢れ、成功・勝利・健康を手に入れることを意味してる。チームやグループの先頭に立ってリードし、成果をあげる暗示だが・・・お前騎士団の隊長で良かったんじゃねーの?」「隊長は面倒です」「まあ、それはそれでいいんだけどよ」「で、杏里ちゃん・・・何があったの?」「あの男の人は誰なの!?」「おいおい、瑞希。あんまり急かすなよ」「・・・あの人は・・・クラスメイト・・・です」杏里はポツリポツリと語り始めた。「四つ目は『ハガル』。試練と沈黙の象徴だ。トラブルの発生を暗示している」「今この時点ですでにトラブルな訳だが」「それは言わない約束じゃねえ?」「・・・で、クラスメイトのその男の人にお兄ちゃんの事で慰められて、お兄ちゃんを思い出して泣いてしまったと」頷く杏里。「そうやって泣いていたら、場所を変えようと言われて・・・」「その男の子の家にいたという訳ね?」深刻な表情になる達也の両親。「六つ目は『ニード』。必要性と苦難の象徴だ。貧困や不満の中での自己抑制の必要性を意味する。手に入れるのが難しいものを時間をかけて得る時に効果があるルーンだな」「帰る方法に通じるよな」「だなぁ。帰れるといいなぁ」「「「・・・は?」」」「・・・私は・・・達也を裏切ってしまいました・・・もう彼に顔向けできません・・・」「いや、あの、杏里ちゃん?貴女の気持ちは分からないではないけど」「私は弱っていたとはいえ、どうでもいい男に身体を許してしまったのです!」「あ、あのー、うん、許せないね、その男の人」「うっ・・・ううっ・・・」「ああ、ホラね?杏里ちゃん、涙拭いて顔上げて」「そして最後の七つ目は『ギューフ』。愛と贈り物の象徴だ。ぶっちゃけ『愛』のルーンだな。お前さんに『贈り物』が送られる事を暗示している。それは神様からの才能や、恋人からの愛情とかな」「愛情・・・」「で、これを組み合わせて出来る文字の意味だが・・・『フェオ』『イス』『シゲル』『ハガル』『イス』『ニード』『ギューフ』・・・なんだこりゃ?」「どうした?」「ははは!相棒!面白いルーンを持ったな!『フィッシング』だとよ!」「フィッシング・・・?釣り?」『そうですよ。やっと私の名前を呼んでくれましたね』ベッドの上で立っている幼女の身体は青白く発光していた。その身体はどんどん透けていっている。『名前を呼んでほしいから、こんな擬人化までしてアピールして、釣り釣り言ってたんですよね・・・。ルーンの形を露骨に変えたのが良かった』幼女の身体はついに見えなくなり、青い光の球になった。光の球は俺の左手に吸い込まれていく。その直後、ルーン文字が激しく点滅する。「おわっ!?」突然、俺の身体から分身が二体飛び出してきた。分身たちも何が何やら分かっていない様子だ。「何だよ、一体・・・?」「お、おい!相棒!お前身体が!!」デルフリンガーが焦ったように言う。俺は自分の体を見る。・・・体が透けている!?左手のルーン文字は輝いているままだ。・・・いや、特に『ギューフ』が輝きをどんどん増している。『世界からの贈り物です。少しの間だけですので、後悔のないように・・・』分身たちの目の前で、本体である達也は青い光と共に消えた。俯く杏里に対して、げんなりしたような表情の因幡家の面々。杏里の頬には瑞希がつけた平手のあとがついている。「・・・これは・・・本当はお兄ちゃんがやらなきゃいけないのかもしれない。でも、杏里さんを追い詰めたのはお兄ちゃん・・・あー!何で本当にお兄ちゃんはいないの!」「瑞希・・・そうだなー、こういう時こそいて欲しいのにな」「・・・あわす顔がありません」「だからね、杏里ちゃん、それを決めるのは達也であって・・・」その時だった。窓の外が一瞬明るくなる。一瞬だったので車でも通ったのかと思ったが、しばらくするとこんな深夜に、玄関のチャイムが鳴った。誰だよという表情で一博は玄関に向かう。「オイ誰だよ、こんな時間に!こっちは立て込んでんだ!」一博は怒鳴る。「はあ?4人目でも仕込んでたのかあんた等?そりゃ悪かったな!」「何・・・?」その声は杏里たちの耳にも入った。杏里は逃げ出そうとしたが、達也の母が彼女の腕を持っていた。「うゆ~?」下が騒がしいせいか、真琴も階段から降りてきた。一博は玄関の扉をおそるおそる開いた。その人物は左手が青白く光っている。マントを羽織っている。だが、紛れも無く・・・・・・一博の息子の達也だった。「ただいま」「お前は今まで何処にいやがった!?」「聞いてないのか?魔法の世界だよ。で、靴を見るにここに杏里がいるだろう。杏里の家には誰もいないようだったからな」親父は俺に何か言いたげな表情をしていた。後ろに立っている真琴は少し大きくなったようだ。親父は俺に「入れ」と言って、家に入れた。だが、その時親父がポツリと言った一言が気になった。「達也・・・俺はどうやらエロゲやら昼ドラの見すぎのようだ・・・」「はあ?というかエロゲって」「そしてお前の女は少々潔癖のようだ」「何の話だよ?」「つまりは杏里ちゃんはお前にゾッコンだという事だ」「意味が分かりません。その仮定は死ぬほど嬉しいけど」親父の意味不明な説明は分からん。とりあえず俺は寝ぼけ眼の真琴の頭を撫でて、居間に向かった。居間には母と、瑞希と、俯く杏里がいた。杏里の様子から何かあったようだ。杏里は俺を見るなりびくりと体を竦ませた。瑞希は泣きそうな顔になっていた。母はただ一言、「おかえり」と言ってくれた。俺は俯く杏里に出来るだけ笑顔で言った。「さて、楽しい楽しい尋問タイムだ。何があった、杏里」「・・・ついに杏里ちゃんを下の名前で呼んでる・・・それだけで感動よお母さん」「いきなり茶化さないでくれる?」杏里は俯いたまま、話し始める。魔法の世界なんて意味が分からないということ。魔法の世界=死後の世界と思い始めたこと。友人も最期に会いに来たんじゃないのとか言ってたこと。俺のキャラからして「大好き」とか簡単に言わないと思ったこと。・・・本当に死んでるのではないかと思い始めたこと。そんな時に自分を慰める者の中に、特に親身になって話を聞いた男がいたこと。ある日、そんな男を達也と重ね合わせてしまったこと。そうしたら、感情が溢れ出て止まらなかった事。酷く寂しく、悲しさに身を引き裂かれそうだった事。場所を変えようと向かった場所が男の家だった事。男の部屋で落ち着いたその時、いきなり男が自分に抱きついてきたこと。男は自分をベッドに押し倒し、口付けをしようとした事。で、自分はその男の股間を蹴り上げ、顔をグーで何発も殴り、イスで殴り、コブラツイストで締め落とした事。そしてしばらく罪悪感で泣いていた事。そのまま男の家を出て、自宅に戻っていたら、瑞希に発見されて今に至ると。・・・・・・・・・???「・・・私は身体目当ての男に抱かれてしまった・・・む、胸まで掴まれて・・・」「許せないねー」「そうだねーお兄ちゃん。許せないよねー」「結局身体を許したって、不意打ちで抱きしめられてベッドにテイクダウンされたことだけかよ」「だけって何よ!?男の家にホイホイついてくまでに弱っていた自分に対して私は情けなさでいっぱいだわ!」「胸を掴んだその男はぶち殺すとして、お前は、そのなんだ。綺麗な身体なんだろ?」「あんな男に抱きしめられた身体なんて汚れたも同然よ!!」「杏里。誤解を招く表現はやめてくんない?」「抱かれたのは事実な訳で」「貫かれてはいないのだろう」「貫くって?」「お前は本当に高校3年の女子か?」そんな純粋な目で聞いてどうする。「でも、私のした行為はアンタを裏切るような行為も同然で・・・」「まあ、俺たちはまだ恋人でもなんでもないしさぁ・・・裏切るってのも変な話だろうよ・・・」俺は水を飲んで言った。まあ、そういう事になっていたのは悔しいが。「まあ、お前がやたら落ち込んでいる理由は分かった。俺としては悔しいが嬉しくもあるね。で、杏里」また会おうと言ってまた会えた。別れの時に俺が杏里に言った言葉を思い出す。「あの時の答えを此処で言え。それが罰だ」俺の家族が見ている前である。「私は・・・私は・・・達也の想いを受け取る資格なんて・・・」「資格なんぞどうでもいいから、お前が思ってる事を言えよ。お前の話を聞いた後でもさ、俺はお前が大好きだよ。で、お前は?」二度と言葉にしないと思っていたがありゃウソにしてやる。左手のルーンが点滅し始める。・・・そろそろ時間切れなのか?少しの間だけって言ってたからな。「・・・・・・好きだよ」「はぁ?」「好き・・・」「もう一回」「・・・・・・す、好き」「何ィ?聞こえんなぁ~?」「ええーい!!好きだって言ってるでしょう!だけど私はそんなアンタを信用しきれずにこんな事になったのよ!最低じゃないのよ!アンタのような奴の好意を受け取れるような女じゃないのよ・・・っ」俺は杏里を自分の方に引き寄せた。「杏里」杏里は涙目だった。俺の家族は食い入るように見つめている。「黙れ」そう言って俺は杏里の唇を自分の唇で塞いだのです。お前の言い訳など俺は知らん。ただ、好きと分かれば良いのさ。『ギューフ』のルーン文字が赤く光っていた。さて、本心としてはこれから俺の部屋でムフフな時間を過ごしたい所だが、そんな時間はないらしい。先程から左手のルーンの点滅が激しくなる一方だし、身体が引っ張られるような感覚もしている。左手のルーン『フィッシング』。どうやらルーンの文字一つ一つに意味があるらしいが名前が悪すぎる気がする。青白く光るルーンだが、一つだけ、『ギューフ』の文字だけ赤く光っている。「達也・・・その左手は・・・」「ああ、また・・・俺は魔法の世界に戻らなきゃいけないようだよ」「達也・・・魔法の世界って、魔法の世界って・・・」杏里が必死に縋り付くように俺に言う。「安心しろよ。死後の世界とかじゃないから。俺は、生きている。死んでなんかない。生き別れってのはお互い辛いけどさ、俺はお前のもとに絶対帰ってくる」「本当ね?約束よ?」「ああ、指きりだ」俺は光る左手を出した。「ゆーびきりげんまん、うそついたら、ハバネロたっぶりのーます」微妙に恐怖の約束だが、それぐらい重要な約束をする。俺は家族の方を見る。「父さん、母さん。杏里を頼む。何たってあんた等の娘になるんだからな」「・・・言ったな、息子よ」「分かったわ。行ってらっしゃい」「瑞希、真琴。まあ、兄ちゃんは元気でやってるので泣かずにいなさい。そして杏里をお姉ちゃんと呼んで散々弄ってください」「分かった。そうする」「お兄ちゃんどこいくの?」俺の左隣に座る真琴が尋ねる。「魔法の世界さ。で、母さん。伝言です。父さんはエロゲを隠している」「何!?おい、達也貴様!」「貴方?少しお話が」「げえっ!?」「杏里、皆。んじゃ、行ってくるよ」家族達の見ている前で消えていく達也。その時、泣き叫ぶ者は誰もいなかった。誰もいなかったんだ。光が収まった。俺の目の前には分身が二人待っていた。今回は特に分身が犠牲になる必要はないのか?「お帰り。本体の俺・・・って、おい?」俺の分身たちが呆気にとられた表情をしていた。何だ?何があったんだ?「ほえ?何でおにいちゃんが三人いるの?」「え?」「ふえ?お兄ちゃん、ここどこ?」「ま、真琴さーん!?どうしているんだー!?」俺の妹、因幡真琴が俺の左手を握った状態で俺を見上げていた。(続く)