さて、状況は良くない。主に俺の状況が。キュルケ、タバサ、シルフィードにタバサの母は別にいいのだ。問題は俺はトリステインでは犯罪者で追われる身であるということである。俺はアーハンブラ城にあった荷馬車の御者台で手綱を握り、ひとまずゲルマニアに向かう街道を進んでいた。俺以外の奴らは馬車の荷台ですやすや寝息を立てている。「ガリアはエルフを味方につけてたな」「ああ、どういう密約を結んだかしらねえが・・・ガリアに肩入れしてるのは事実だろうよ」俺とデルフリンガーはエルフがガリア国に肩入れしている事実を受け入れていた。人間と長年対立していたエルフを懐柔とかどんだけやり手なのだろうか。それだけやり手なのに、ガリア王政府は、直轄の軍以外からは良く思われておらず、地方の軍の兵士の士気はすこぶる低い。検問が緩すぎる。最も流石にゲルマニアとの国境には東薔薇騎士団と名乗る精鋭の騎士隊が詰めていたが、不思議な事に彼らが変装したタバサを見つけると、若き騎士団長のカステルモールは呟いた。「この少女は・・・」涙を浮かべるカステルモール。涙を拭った彼は馬車から出るなり大声で、「問題なし!通ってよし!」と、あっさり越境を許可してくれた。・・・タバサの知り合いなのだろう。タバサは知らなかったのかもしれないが、ガリアにも彼女の味方はいたのだ。カステルモールは俺に小声で言った。「シャルロット様を頼む」俺が振り向くと、彼は見事な騎士の礼を送っていた。そんなこんなで俺たちは無事にゲルマニアに到着したのである。ゲルマニアのフォン・ツェルプストー城。キュルケの故郷である。ルイズの故郷のラ・ヴァリエール家とは些細な事で小競り合いを繰り返していた歴史がある。位置的にトリステインに近い事もあり、城の内部にはトリステイン調の造りの廊下がある。何だか外国の珍しいもの、いい所を積極的に取り入れてごった煮にしたような城だ。「欲しいものは欲しい時に手に入れるのがゲルマニア人よ」「それで飽きるのも早いと」「好奇心旺盛と言って欲しいわね。でも最近飽きそうにないのを見つけたのよ」「そーですか」キュルケの両親とも引きあわされたが、俺がルイズの使い魔だったことを知るなり、何故かキュルケが誉められていた。人質に取られたと聞いて心配していたらしいが、タバサを救うための狂言と伝えたら、キュルケの両親は笑っていたが、そのような危険を冒すのはもうやめろとも言っていた。この辺は人の親である。「親が学院やトリステインに手紙を出したらしいわ。私やタバサたちは無事だって」「俺のことは?」「・・・書いてはないそうだけど、大方、一緒にいると思われるでしょうね。タツヤ、だからと言ってトリステインに帰る必要はないのよ?あたしの家にずっといても構わないのよ?」「そいつは魅惑的な誘いだけどな、何時までもいたらキュルケの家に迷惑がかかると思う」俺の不安通り、キュルケの両親が手紙を送った翌日から連日のようにトリステインからやたら手紙が届いてきた。トリステイン王国から、魔法学院から、そしてその中にはラ・ヴァリエール家の家紋の入った手紙もあった。魔法学院はキュルケとタバサの無事を喜ぶ旨が書かれてあった。・・・問題は王国からの手紙と、ラ・ヴァリエール家からの手紙の内容である。俺は先に王国からの手紙を開いた。・・・読めません。キュルケが手紙の翻訳をしてくれた。「えーと、何々・・・?『ラ・ヴァリエールで待つ。ニガサナイ。アンリエッタ』・・・逃がさないと来たか」「ラ・ヴァリエールは隣だったな・・・もしかしてもういるのか?」「・・・いるんじゃなくて、来るんじゃないの?」「・・・スルーしようか」「いい根性してるわねぇ。で、ルイズの家からも来てるわね」俺はラ・ヴァリエール家からの手紙を開いた。キュルケが翻訳を開始した。「えーと、『お土産話を聞かせてください。ラ・ヴァリエール家一同』・・・軽っ」「話を聞いた後、如何するか書いてないのが怖いんですが?」「ルイズ達はトリステイン女王含めてラ・ヴァリエール家に集結するみたいね」スルーしても状況が悪化するだけだ。ここは虎穴に入ることにしよう。「それじゃあ、言われた通り、ラ・ヴァリエール家に行きますか」「え、今すぐ?」「善は急げというやつだな」キュルケが見た達也の目は死んでいた。トリスタニアの王宮の執務室で、女王は一人考えていた。ゲルマニアのフォン・ツェルプストー家から、キュルケ及びタバサとタバサの母を保護したとの手紙を貰ったのだ。・・・おそらく達也も其処にいるはずだ。『俺は、貴方の騎士にはなれないとね』そもそも彼は自分に忠誠は誓っていない。だから、あの発言は何ら可笑しい事はない。彼は、彼が正しいと思った心のままに動き、見事それを果たした。ガリアからの公式の抗議は全くなかった。考えてみれば、最近動向が不穏なガリアの、元王族を手元に置いておくのは政治的には悪くはない。むしろ、勲功といってもいいだろう。では、達也の罪はなんだろう?脱獄?いや、まだ達也は牢屋に入っていない。脱走だろうな。・・・無断越境?アレ?でもこれって狂言?あれー?そもそも逃亡中、彼は『パン屋を作る』としか言っていない。・・・反乱の素振りもなし・・・?アレ?むしろガリアで銃をぶっ放した銃士隊のほうがやばいんじゃないのか?・・・おそらくあの少年が其処を見逃す筈もない。裁判などでそれを言ってしまうかもしれない。第一、勲功を上げた彼に対し、処罰を与えれば、彼は完全にトリステインを見限ってしまうのではないか?悩むアンリエッタ。・・・普通に1週間ぐらい牢獄に入れときゃいいじゃん。「そして牢獄に監禁されたタツヤさんは陛下に執拗に責められ・・・」「馬車内で変な妄想をしないでくれる?」ルイズは実家に向かう馬車にシエスタと共に乗っていた。シエスタがいるのは帰るに辺り、お世話が一人ほどいるという変な決まりがあるからだ。シエスタは先程からタツヤの処遇に対する不安で猥談でもしないと狂いそうだった。・・・それに付き合うルイズもルイズだが。最近まで自分の存在意義に悩んでいた筈のメイドだが、どうやら自分のキャラを固定したようだ。「くぅ!!何て、何て歪んでいるんですか!そんな歪んだ愛情で、タツヤさんの心が動くはずありません!」「歪みきってるのはアンタだ!?」頭を押さえるルイズ。その視界には自分の実家である城が見えていた。ラ・ヴァリエール城では、ルイズも含めて、一家勢ぞろいで、客の到着を待ち侘びていた。ダイニングルームの大きなテーブルの上には豪華な昼餐の料理が並んでいるが、その料理に手をつけているのはルイズのみだった。・・・おい。「ルイズ、貴女の使い魔が勝手にガリアに潜入したようね。主として、弁解を聞きましょうか?」エレオノールが厳しい視線をルイズに向ける。「さあ?」「さあ?じゃない!戦争になったらどうするのよ!」「・・・ガリアからは公式な抗議は来てないと記憶してますが?」「すごいじゃないの。ガリアからおともだちを救い出すなんて。ルイズは本当に凄い使い魔さんを召喚したのね」「陛下直々にお裁きを下しにこちらにいらっしゃったり、当の本人はフォン・ツェルプストーにいるですって?」「ガリアから安全に帰るためには仕方なかったんじゃないんですか?」ルイズやカトレアの言葉に不満げに黙るエレオノール。ラ・ヴァリエール公爵は達也の処遇はそんなに重いものになるとは全く考えていない。結果的にトリステインに貢献する成果をあげているのだ。ガリアの情勢が不安定だからこそ問題にならなかったのは正に幸いである。ルイズの使い魔の少年は前に会った時は平民だったが、カリーヌの謀略で騎士になり、そして七万を相手取ったために土地持ちの貴族になった。男は三日会わなければ変わると言うが、変わり過ぎではないだろうか?「まあ、これで更に箔がついた訳ですね。女王陛下を出し抜き、銃士隊さえも出し抜いて、更にはガリア兵達の手から元王族を救ったのですから。旧オルレアン派からすれば婿殿は物凄い英雄扱いでしょうね」カリーヌ達は知らないが、達也は更にエルフにまで勝っている。「まあ、ですが、国法を幾分か破ったのは事実。婿殿にはそれなりの罰が必要ですね」カリーヌがそう言った瞬間、ダイニングルームの空気が凍った。「・・・誰が罰を与えるのだね?」「そんなの私に決まってるじゃないですか」「使い魔の罰は、主の私がするべきでは?」「どうやら婿殿はルイズ一人では押さえ切れそうにありませんから、私がやります」「いや、タツヤには私からよく言っておきますから・・・」そうは言うがルイズもこの度のタバサ救出には一枚噛んでいるのだが。「安心しなさい。殺しはしません」「当たり前です!?」「まあ、まずは話を聞かないと意味がありません。素直に帰還を待ちましょう」「そ、そうですわね!」エレオノールが母、カリーヌの意見に賛同したその時だった。大きなフクロウがダイニングルームに飛び込んできた。トゥルーカスである。「奥さま、婿殿が参りました」「あら、早いですね」カリーヌ以外の全員が「何故来た!?」という表情である。正に飛んで火に入る夏の虫である。「失礼します」ルイズはその瞬間思った。今からでもいい、逃げろと。ラ・ヴァリエール家にはキュルケとタバサが同行してくれたが、流石にダイニングルームまで一緒というわけにはいかないらしい。彼女達は客室に案内され、俺はメイドに引きずられるようにダイニングルームに向かった。「失礼します」騎士になって初めて・・・いや、止めたから平民なのか?俺って?とりあえずダイニングルームに騎士になってから初めて入るため少し緊張する。扉の向こうには青い顔をしたルイズたちと、にこやかな表情のカリーヌがいた。カリーヌは笑顔のまま、杖を引き抜き、さっと振った。風の槌が俺に襲い掛かる。ああ、これはたぶん罰なのね。俺は吹き飛ばされる自分の分身を見ながらそう思った。「って、俺が罰受けてどうするんだ!?」「ほう、避けましたか。避けなければ楽だったものを・・・」カリーヌの笑顔が非常に恐ろしい。エルフより怖いです本当にありがとうございます。ゆらり・・・と立ち上がるカリーヌ。その目は鋭い。「後は任せた、分身」「ざけんなーー!?」分身は風の刃によって切り刻まれた。・・・合掌。「婿殿、貴方は国法を破りました」「そうですね」「それがどういう事か分かりますか?」「色んな人に迷惑をかけたとは思います」「そうです。貴方の友人、知り合い、貴方に期待する人々の信頼を無にするような行為です。それは犯罪の内容の大小問わず許さざる行為だといえます」「・・・・・・」カリーヌは静かに俺に宣告する。「婿殿。次は外しません。歯を食いしばりなさい」その瞬間、俺は風の一撃によって吹き飛んだ。「これは陛下の分です」続いて風の刃によって俺は切り刻まれる。「これは貴方の友人と、貴方の土地の住民の分」物凄い音に、メイドたちが遠巻きに見ているのが見えた。尚も制裁は続く。ルイズも止めれずおろおろしていた。風の一撃が腹を貫く。俺はその衝撃で中庭まで吹き飛ばされる。「これは私たちの分。そして・・・」カリーヌは特大の風の槌を作り出したようだ。「これはルイズの分です。しっかり受け取りなさい」そう言って、風の槌は振り下ろされる。とてつもない衝撃が体中を襲い、俺の意識は途切れそうになる。・・・エルフと戦ったより、大怪我してるじゃねえかよ・・・。見なくても分かる。今の俺の姿は血まみれだ。身体も、身体の中もボロボロだ。骨も幾つか折れてるのは確実だ。「そして最後は私の分です!」・・・っておい!?それはさっき私たちの分の中に入ってたんじゃないのか!?問答無用でカリーヌの風の魔法が俺に襲い掛かる。妙な浮遊感と共に、俺の意識は暗転するのだった。ルイズ達はカリーヌが起こした竜巻によって上空に吹き飛ばされる達也を呆然と見ていた。ぼろきれのようにズタズタになった達也は、ぐしゃ!という音と共に地面に叩きつけられた。・・・何故かカリーヌがしまったという表情をしていたのをルイズは見逃さなかった。「た、タツヤ!?生きてる!??」呼びかけるが、達也は返事をしない。・・・というか、動いてないんですけど?そ、そうだ、分身よね?そうよね?だが、分身ならすぐ消えるはずだ。・・・消えませんね。「し、しまった!!?思わず自分に酔ってしまったー!?婿殿、大丈夫ですか!?」「ちょっとーー!??」カリーヌの焦った声にルイズ達は突っ込む。ルイズは達也の安否を確認しようと呼吸の有無を確かめた。・・・呼吸していない。あれ?・・・心臓の音は?・・・弱くなってる?あれ・・・?あれれ・・・?「・・・・・・嘘?」ルイズの呟きに反応する者は、いなかった。「おい、水魔法を使える者を早く!」「やりすぎちゃった・・・」カリーヌが心底申し訳なさそうにしていた。誰も気付かない。達也の左手に刻まれたルーンが、静かに変形していた事を。(続く)【ボヤキのようなもの】『そして私は進化する・・・』「やめてーー!?」