ルイズ達は、一週間ほどかけて、アルビオンに到着した。港町ロサイスは戦後だけあって、大変な混雑だった。宿も一つも空いてはおらず、ルイズ達は野宿をしつつ、達也が戦ったはずの丘に到着した。その丘には、戦場だった面影はないが、こんな情勢に観光している者がちらほら見受けられた。こんな何もない場所に何の観光をしているのか?シエスタが観光者に尋ねてみると、「この丘は『悪魔』が降臨して、アルビオン軍を殲滅した場所らしいですよ」『サウスゴータの悪魔』。ルイズたちは知る由もないが、戦後アルビオンに滞在している者でこの名前を聞かない者はいなかった。この悪魔はたった一人でアルビオン軍七万を壊滅状態に追いやったという。その悪魔が降り立ったのがこの丘であると言うのだ。「正直、悪魔なのはアルビオンの共和制支持者だけですけどね。まあ、一人で七万を壊滅させるなんて伝説級の活躍ですよ。それがつい最近の出来事だって言うんですから、我々は歴史の目撃者になってるんですよ!」観光者は興奮したように息巻いて言う。悪魔の容姿は諸説ある。だが、共通していたのは3つ。1・剣を持っていた。2・マントを羽織っていた。3・黒い髪だった。ルイズ達はその悪魔は間違いない、アイツだと思った。「・・・何、ちゃっかり大層な二つ名を頂いてるのよ!?羨ましい!」ルイズは心底悔しそうだ。悪魔!悪魔ですって!?何か強そうじゃないの!その悪魔の主の私は悪魔を使役できるほどのメイジと言うことね!悪魔を使い魔とする伝説の魔法を使うことのできる私。「ぐふふふふ・・・正に伝説の女ね」「伝説になってるのはアンタの使い魔のタツヤだけじゃない」「その伝説の使い魔を使役する私はまさしく伝説のメイジと呼ばれても可笑しくないわ!」「ということはその伝説の男の友人の僕は伝説の友人と呼ばれても可笑しくないね」「ということはその伝説の方になったタツヤさんの食事を提供したこともある私は伝説のメイドなんですね!」「伝説のばら撒きね。何そのテンション?」キュルケは呆れつつも周りを見回す。見たところ村のようなものは見えない。しかし、丘の近くには森がある。森の一角には小道があった。小道は馬車が通れるほどは広くはないが、人の行き来はあるらしく、割としっかりと踏み固められているように見える。「この先には人が住んでるのかしら?」「そのようですね、人の生活の香りがします」キュルケの疑問にシエスタが答える。平民のシエスタにとって、村特有の生活の臭いや雰囲気を嗅ぎ取るのは得意なのだ。近くに村があるということで、ルイズたちは休憩するために森の中に入っていった。此処に来てもうどのくらい経っただろう。2週間以上はもうここにいるんじゃないのか?ここにいると、自分が少し前まで血で血を洗うような世界にいたとは思えない。穏やかな時間と平和な時間が流れていく。たまに野生の幻獣が迷い込んできたり、盗賊が現れたりするが、丁重にお帰りいただいている。彼が言ったとおり、この村は完全に安全だと言うわけではないようだ。孤児たちの村を脅かす者たちは許す気はない。自分が何かを護っているという実感、感謝されているという実感がする。子供たちの感謝の言葉を聞くと、何か満たされていくような感覚を覚える。子供たちの笑顔を見ると、充実感が広がる。自分が彼らの未来を護っているという自信が出てくる。自分がこの村を護っているという自負も生まれた。「あちち・・・」こうしてお手製のシチューを皆に振舞うのも、彼らの未来を作る礎になっているはずだ。自分の料理を食べてくれる人がいるというのがこんなに喜ばしいこととはつい最近までは夢にまで思っていなかった。そう思うと自分はどれだけ孤独に過ごしていたんだと笑ってしまう。それはそうと今の味見で舌を少し火傷してしまったかもしれない。子供たちの為に少し冷ましてやらないといけないな。鍋の中のシチューをかき混ぜながら、彼女は子供たちの事を想う。「ティファニアー、食器を用意してくれないかー?」「はーい」返事をして食器を用意し始めるエルフと人間のハーフの少女、ティファニア。彼女がこの村の責任者と思ったが、彼女も孤児らしく、この村は彼女の昔の知り合いの送ってくるお金で生活を送っているらしい。その親切な人が誰なのかは知らないが、立派な方もいる。アルビオンが連合軍のトリステインとゲルマニア、そしてガリアの三国で土地を分け合うだろうから、この村をトリステインが貰って、国が支援してもらえないだろうか?そうなればもっと楽になるのでは・・・と思うが余計なお世話だろうか?「・・・うん、上出来だな」シチューを一掬いし、味見をしたら、幸せな味が体中に染み渡る。具材の大きさは少し無骨だが、食べる分には全く問題ない。味もいい。これなら彼も、子供たちも満足するはずだ。そう思うと自然に表情が優しくなる気がした。シチューをティファニアが用意した皿に注ぎわける。その際、彼の皿は少し多めに注いでやる。彼は何時もよく食べる。それこそ見ていて気持ちがよくなるほどだった。彼女はシチューを作ることは本来出来なかったが、そのシチューの作り方を教えてくれたのが彼だった。彼は自分達が知らない料理を披露し、食べさせる。そのどれもが美味しい。『まあ、本来はパンと一緒に食べるもんじゃないから、味付けは少し変えてるけどさ』彼の焼くパンは温かい。ふんわりもっちりとした感触が素晴らしい。彼が焼いたパンは子供たちには大人気だ。だと言うのに、彼はまだ店を構える腕ではないと言う。『店を構える為にはもっと腕を磨かなきゃな。あと看板娘も欲しいですし』看板娘はともかく、パン屋を構えるにはもっと腕を磨かなければいけないのか・・・目標に向かって精進する人間は強い。彼は強くなるために鍛錬した後、店を構える為の勉強もしている。『ここは環境的にいいなぁ』彼もこの村でのびのび暮らしている。そろそろ彼らがお腹をすかせている頃だろう。頭に布を巻き、白いエプロンに身を包んだ姿のアニエスは、夕食の用意が出来た旨を大声で伝えた。子供たちの元気な声が近づいてくるのを感じ、彼女は顔を綻ばせるのだった。「・・・いや、うん、もはや何も言うまい・・・」居間の壁に立てかけられた喋る剣、デルフリンガーは、そんなアニエスの幸せそうな様子を見て、突っ込もうにも突っ込めずに困っていた。「お兄ちゃん」食事中に子供たちのうちの一人である少女のエマが俺に話しかけてきた。「なんだ?エマ。お前の方から話しかけてくるなんて珍しいね、どうしたんだい?」「あのね、今日、わたしね、森にきのこを採りに行っていたんだけど、そこで『この辺りで、黒い髪の男の子を見なかった?』って聞かれたの」「・・・誰からだい?」「えっとね、桃色の髪の女の人と、黒い髪の女の人と、金髪の男の人と、赤い髪の綺麗な女の人ー。桃色の髪の人は、黒い髪の人を『しえすた』って呼んでたの」「・・・それで、エマ。その人たちは?」「わかんない。ちょっとこわくなって逃げちゃったから・・・」「そうか、ありがとうな」俺はエマの頭を撫でて礼を言う。そしてアニエスのシチューを全て食べて、食器を片付けた。その後、デルフリンガーを持って、顔を洗ってくると言って、外に出た。村と言うか集落に近いウエストウッドの村の入り口付近に四人組の姿があった。ルイズたちは、ようやくウエストウッド村に到着した。先程声を掛けた少女を見失いしばらく森を歩いていたのだが、家の灯りが見えたので、それを頼りに此処まで来た。「開拓村ですかね・・・造られてそれ程時間は経ってないように見えませんが・・・」「村と言うより集落ね。家が数えるほどしか見えないわ」「もう、陽も落ちた。人がいればいいんだが・・・」「誰かいないかしら・・・?」四人が周囲を見回すが、人影はない。村の中の家も一軒だけ灯りが付いているだけだ。静かで穏やかな集落だ、とルイズは思った。「とにかく、灯りが付いている家を訪ねない?」キュルケの提案に頷く一行。その時、なんとも都合よく、その家のドアが開き、中から人影が現れた。丁度いい、あの人に宿の許可を・・・ルイズたちが人影に近づこうとした時だった。「・・・ん?」ギーシュが何かに気付いた。「え?」「あ・・・」直後、キュルケとシエスタも何かに気付き、固まった。ルイズは目を細めて人影を見た。ルイズはすぐに目を見開いた。人影はルイズたちに近づいてくる。薄暗くてもハッキリ見えるようになった。「た、タツヤ・・・?」「おう、ようこそ、ウエストウッド村へ。歓迎するぜ、皆」「な、ななな、ななな・・・」「おい、どうしたルイズ。戦争のショックで『な』しか言葉が出ないのか?」「そんな訳ないでしょう!?何でアンタがここにいるのよ!?」「タツヤ!生きていたか、こいつめ!」「タツヤしゃん、よかったですぅ~・・・えぐっ、ひくっ」「信じてアルビオンまで来た甲斐があったわね・・・生きてて良かった・・・」「ほ、本当、生きてて、それも、ひっく、大きな怪我も、何もなくて、えうっ、無事で、うぐっ、ふえ~~ん!」ルイズの緊張の糸が今、ぶつんと切れた。ルイズだけでなく、シエスタもつられて泣き出し、キュルケも目元を頻繁に拭っている。ギーシュだけは満面の笑顔である。「おお・・・、そういう反応をされると俺はどうして良いのか分からんな・・・よし、ギーシュ、面白い事を言ってこの場を爆笑の渦にしろ」「何その無茶振り!?」「タツヤ・・・知り合い・・・?」俺の背後から、ティファニアがおずおずと出てきて、俺の後ろに隠れた。・・・隠れるなら無理しなくていいのに・・・このエルフの娘も、随分と俺に心を開いてくれた。俺がアルビオンを去るときは、彼女は俺の記憶を消すつもりだったらしいが、彼女は俺には此処の日々を覚えておいてもらいたいとして、記憶を消すつもりはないらしい。多分アニエスにも同じような事を言っていると思う。『タツヤ・・・お友だちになってくれる?わたしのはじめてのお友だちに・・・』『何言ってんだよ。もう友達だろ?』『・・・うん・・・そうだね。ありがとう、タツヤ』種族なんて友情には関係はない。何でお前はエルフと仲良くしてるんだと言われれば、友達だからといえばOKなのだ。ルイズ達は、達也のこの村での知り合いらしい少女のある一部分を見て、様々な反応を見せた。まず唯一の男性、ギーシュは彼女の凶悪な最終兵器を暫く見ると、急に前屈みになって、「失礼」といって物陰に消えていった。続いてキュルケは、「負けた・・・!測るまでもなく負けた・・・!!」と、ガクッと膝をついた。更にシエスタは、「胸の大きさが戦力の決定的差ではありません。肝心なのは家事が出来るかです!ですよね、達也さん」「ああ、テファは家事はかなり出来るし、料理も上手いぞ」「馬鹿な・・・・!!」と、よろめいた。そして真打の登場である。「その胸部に付いてるそれは一体なんですか?」「見れば分かるだろう。というか何故敬語になってんだお前」「分からない。全然分かりません。私の胸部にはそのような武装は装備されていません。私の知らない武器でも内蔵されているのでしょうか?」ルイズの目は単色だが、恐怖は感じない。むしろ、何かに怯えているようだ。「言え!達也!それは本物なの!?それは取り外し可能なただの武装だって言え!」「お前の願望は尊重したいが、世の中には信じられない事実もある。取り外しは・・・出来ないと思います」ルイズの表情が絶望一色になった。本当にコロコロ表情を変える娘である。ルイズは大ダメージを受けながら、その最終兵器から目を離し、テファの腰周りを見た。テファの腰周りはキュッとしまっており、お尻に至っては完全な安産型。擬音で言えばボンキュボンではなく、ドーン!キュボン!という感じだ。「うう、うう・・・うわああああああああああああああああ!!!!」ルイズは地面に倒れ、拳で地面を叩き付けた。奇声を上げながらじたばた暴れている。無様でならなかった。見ていられません。「ふぅ・・・タツヤ・・・上には上がいるものなんだね・・・キュルケ以上の戦闘力を持つ者がいたなんて・・・」何だか妙にスッキリした表情でギーシュが言う。近寄るな馬鹿者。友人を汚すな。モンモンに言いつけるぞ。我が友の最低の行為に対する罰は彼女に任せよう。・・・それより今は、テファの奇乳に対して女性としての自信を勝手に破壊されたこの三人をどうにかしたい。「だ、だが・・・男性経験は・・・私の方が上のはず・・・、あ、でも男は何だかんだで経験がないほうが好きだと言うし・・・」お前は何故落ち込むんだ?「そんな・・・!こんな私の田舎より田舎の場所で、私の上位互換のような存在がいただなんて・・・!私はいらない子なんですかタツヤさん!?メイド服をその人が着たらいよいよ私の存在価値ないじゃないですか!?」シエスタ、君にはまだそばかすという砦があるじゃないか。「あー・・・なんだろう・・・?光がぱぁーーって広がってる・・・『爆発』かしら・・・いや、『爆発』はもっと一瞬だものね・・・」「お前はさっさと戻って来い!?」こいつらを正気に戻したのはそれから一時間後だった。恐るべきはテファの奇乳だが、その一時間の間ずっとそのね、凶器がね、俺の背中に当たってたわけよ。正直怖がり過ぎだろう。こいつらはいい奴なんだぜ。多分。「テファ」俺は怯えるテファに声を掛けた。「大丈夫さ、こいつらは俺の友達だ。お前の友達にも・・・なれるよ」「うん」「そういう訳だから、さっさと現実に回帰しろお前ら!?ギーシュはさっきから何回物陰に行ってやがる!」「逝ったのは3回だ!」「回数を聞いてるんじゃねえ!?モンモンに殺されろてめえ!?」ギーシュは一仕事やり終えたような表情である。健康な男ぶりで大変気持ち悪い。場所を弁えろよ!?「タツヤ、今までの私の愛は真実の愛じゃなかったということで許して!」「キュルケ、お前は一体何を言ってるんだ?」「こ、こうなったら、メイド服という固定概念を打ち払い、メイド服の下は全裸というぐらいしないと生き残れない・・・!!」「シエスタ、安易なイメージ変更は、身を滅ぼすぞ」「このルイズ・フランソワーズが、不自然な巨乳を粛清してやるわ!タツヤ!」「ルイズ!そりゃエゴだよ!食ってかかろうとするな!」「よこせ!その大きい奴の一欠けらでもいい!ワタシニヨコセー!!」「何かに憑かれてんじゃねえー!?」夜だと言うのに騒がしすぎる奴らだ。だが、この空気が凄く懐かしい。俺は四人を落ち着かせると、彼らを休ませるために、テファの許可を得て、彼女の家に案内した。その頃のアニエスは、子供たちを寝かしつけていたのだった。(続く