最近は冷えた夜が続く。達也が生きている事を知ってからもう二週間が経った。ルイズとしては生きているのは嬉しかったが、今度はその消息が気がかりだった。学院の生徒としての生活は勿論こなさなければならない。王宮からは、達也の捜索願がアンリエッタ直々に出ているらしかった。生きているのならば、いつか会える。そう信じる。そう思ってルイズは、自分の部屋で眠りに付く。夢の中の達也は何時も突然現れる。まどろみの中、ルイズは起き上がると、既に其処には達也が仁王立ちして、ルイズを見下ろしていた。主を見下ろすとかどういう使い魔なんだろう。ルイズは文句を言おうと達也に何か言おうとするが・・・『お早うルイズ、機嫌が悪そうだな』誰のせいだと思っているのか。達也はあっけらかんと言うと、懐からある楽器を取り出した。マラカスである。一体何をするんだ・・・?『ルイズ、朝というものは爽やかに迎えなくてはならない。と、いう訳で俺が爽やかな朝を演出してやる』そう言うとタツヤはマラカスをふりはじめた。『おはよう、おはよう、ポンジュース、おはよう、おはよう、ポンジュース、ルーイズさん、ルーイズさん、おはようルーイズさん、イヨっ!早く起きろよポンジュース、今日も元気にポンジュース、くるくるくるくるくるくる回転、ポンジュースポンジュースポンジュースポンジュース、おはようルーイズちゃん、イエーイ!』達也はマラカスを懐にしまって、ルイズのほうを向いた。『爽やかな朝だな、ルイズ』「どこがだーーーーーー!!!!」怒鳴りながら起き上がるルイズ。まだ夜明け前だということに気付きはっとする。ルイズは頭を押さえて、呟いた。「なんちゅう夢なの・・・」最近はこういう馬鹿な夢ばかり見てしまう。達也と出会って交友関係が広がったのはいいのだが、肝心の達也の事が未だに読めない。最近よくモンモランシーと話すことが多い同級生がいるのだが、彼女にも達也が一枚噛んでいるらしい。自分の知らない所で交友の輪が広がるのはそりゃあいい事である。「うう、目が覚めちゃったな・・・風に当たってこよう・・・」ルイズは頭を押さえて、外に出た。深夜の外は少し肌寒かったが、頭はすっきりするようだった。まあ、風に当たったからって眠くなるわけではないのだが・・・ルイズは夜空を見上げた。月が二つ淡く輝いている。その手前に火の塔が聳え立っている。・・・ん?「火の塔の上に誰かいる・・・?」襲撃者か?ルイズはそう思ったが、人影は火の塔の頂上から動かない。様子がおかしいと思ったルイズは、急いで火の塔に向かった。二週間経っても友人、達也の足取りは掴めないらしい。ギーシュは自分なりに彼の足取りを調査していたのだが、上手く行かず手詰まりになっていた。達也がこのまま帰ってこなかったら?・・・達也なら普通に生きていけそうだが、寂しくなる事は確実だ。彼がこの学院に残してきたものはそれなりにある。飛行機械『紫電改』、煉瓦造りの風呂という形あるものや、マルトー達との縁や、自分の恋人モンモランシーの新しい友人などがそれに当たる。「いい湯だなーっと・・・」ギーシュは今、深夜にも拘らず、その煉瓦造りの風呂に入浴していた。「深夜に入るのもまた格別だねぇ・・・」ギーシュたちは湯浴みを毎日する習慣はないのだが、別に風呂が嫌いという訳じゃない。深夜の冷える空に映る火の塔。そのバックには二つの月。何ともワインが欲しくなる景色じゃないか!飲酒の欲望を抑えきれないな、とギーシュが思っていると・・・「ん?」火の塔の頂上に、誰かいるのが見えた。こんな時間に誰だ?まさか襲撃者?ギーシュは急いで着替えて、身なりを整え、火の塔に向かった。気付いたら、いつも屋上に来ていた。高い所に行けば、彼に会える気がした。高い所に行けば、彼の帰りがよく見えると思った。深夜の塔の屋上は肌寒いが、それでも自分は毎日この塔の屋上で彼の帰りを待っている。死んだ可能性が高い。自分もほぼ絶望的だと思うが、それでも彼なら、と心のどこかで思っている。彼なら戻ってくると信じている。だから自分は火の塔の、外が一番見える塔の上で祈りながら彼の帰還を待っている。しかし、彼女の元にやって来たのは彼ではなく、別の人物達だった。「シエスタ!?」「駄目だ、早まるな!?」「ミス・ヴァリエール、ミスタ・グラモン!?何の話ですか!?」「「え?」」「え?」「「「・・・・・・・・え?」」」どうやら自分は勘違いさせてしまったらしい。火の塔の上で彼の帰還を祈り続けていたメイドの少女、シエスタはルイズたちの勘違いを聞き、平謝りしていた。「そもそも、私にはまだ幼い弟や妹達がいるのに、自殺なんてできません!」「ややこしいのよ!?」「寿命が縮んだよ・・・」「第一、タツヤさんが生きてるなら早く知らせてください!」「言うのを忘れてたわ」「ぬけぬけと言いすぎだろ君・・・」「シエスタ、正に国を挙げて今、達也を探しているわ」シエスタは頷く。ギーシュも静かに頷く。「けど、だからといって待つだけは私たちの性に合わないわ。私どうかしてた。自分の使い魔の捜索を人に任せちゃいけないわ」ルイズは立ち上がる。その表情は晴れやかである。「私達もタツヤを探しにいくわよ!多分アルビオンで帰り方が分からなくなってるんだわ!」「ありうるね。迎えに行ってあげよう」「そうですね、無事だとは思いますけど、そろそろ厨房のシチューも恋しくなってる頃だと思いますし」ルイズに続いて、ギーシュ、シエスタも立ち上がる。「・・・なーに三人で盛り上がってるのよ」火の塔の頂上にはもう一人客人がいた。「キュルケ!?いつの間に・・・!」「そうね、あんた達が自殺するなーって言ってたところぐらいから?」「ほぼ全部じゃないか」「私もいくわよ。アルビオンとの決戦には参加できなかったけど、私たちの戦争はまだ終わってない。そうでしょう?」「どういう風の吹き回しよ」「タツヤには借りが沢山あるのよ」「ふーん・・・」こうして達也捜索隊が結成されたのだった。ギーシュはモンモランシーに説明をしに行き、また怒られた。他の三人は明日の出発の為に自分の部屋に戻った。朝、起きてすぐ彼女が行なうのは朝食の支度である。はじめは戸惑う事もあったが、生来努力だけはしてきたのですぐに仕事は覚えた。てきぱきと準備をすすめる。まだ、子供達は起きてはいない。彼は自分より早く起きて既に庭で薪割りをしている。彼や同居人、そして多くの子ども達に美味しい朝食を提供する事が今の自分の使命である。鍋の中のスープを掬い、一口味見する。うん、いい味だ。彼が焼き上げたパンと共に、スープを注ぎ分ける。何せ大所帯だ。注ぎ分けるにもかなりの労力を要する。しかし彼女にはこの作業が心地よいものに感じるのだ。子供の笑顔は見ていて癒されるし、彼の食べっぷりは作った方も嬉しくなる。食器をテーブルの上にのせて、彼女は一息つく。戦場で鍛えられた身体はエプロン越しでも洗練され無駄のない肉付きであるがわかる。あのエルフの少女程の自己主張ぶりはないにせよ、程よい形、大きさの母性の象徴が彼女にもある。今日の食事当番のアニエスは、良い汗を早朝からかき、後は子供たちを起こすだけだ、と笑顔で思うのだった。「・・・って、何馴染んでるんだ私はーーーー!!??」危なかった・・・!!危うく本来の目的を忘れ、普通に田舎の大家族の若奥さま状態になる所だったー!?しばらく休暇を取るとかいってもう一週間半過ぎている。休暇といっても殆ど黙っての無断欠勤だ。いや、確かにさ。『アニエスさん、エプロン似合うなぁ』と言われたときはかなり有頂天になったけども!任務を忘れ何のどかに過ごしてるんだ私は!?「おはようございまーす、アニエスさん」子供たちを連れて来た達也とティファニアが居間に入ってくる。「おなかすいたー」「ねーむーいー」子供たちが次々と居間に入ってきた。嗚呼、また文句を言うタイミングを逃してしまう。嗚呼、この幸せ空間は魔物だ。甘美な誘惑だ。心地よい罠だ。復讐に身を焦がしていた自分には酷すぎる仕打ちだ。そういえば彼はアルビオン軍の連中から『サウスゴータの悪魔』と呼ばれていたな・・・正に悪魔の罠に嵌ったと言うのか私は!!「さっきから何一人で盛り上がってるんですか?」「はっ!?」アニエスは正気に戻った。「では、皆の衆、今日の朝食を作ってくれたアニエスさんや食材に感謝を込めて、いただきます」「いたただきまーす」美味しそうに自分の作った朝食を食べる子ども達を見て、思わず顔が綻ぶアニエス。復讐しか知らずに生きてきた彼女は、自分と似たような境遇の孤児たちと出会い、短い期間だが共に過ごすことによって・・・僅かながら、母性に目覚めた。それでいいのか?母性に目覚めようが何だろうが、アニエスは騎士だ。騎士であるからには休暇だろうと、鍛錬は欠かさない。丁度同じ剣士で騎士である達也がいるのだ。肉体言語でコミュニケーションを取ろうと考えた。アニエスは庭から少し離れた森の中で達也を見つけた。・・・なんか物凄いぶっとい丸太を両肩に担いでスクワットしてるんですけど。「おい、無機物!マジ腰がやばいって!」「そう言ってもう150回も続けてるよなお前。あと100回追加な」「ざけんなーー!!?死ぬわーーー!!」・・・・・・・・・・・。やはり騎士には休息も必要だな、うん。アニエスはこっそりとその場から離脱しようとも思ったが・・・目の前で行なわれている物凄い光景をもう少し見ていたくなった。というか、何であんな事が出来るんだ?「オラオラオラ!あと50回だろうが!へばってんじゃねえ!」「へばってたまるかクソ無機物ーー!!」肌寒い日だというのに、達也は汗まみれである。見た目は頼りなさそうな男なのに、やってることは何とも頼もしいではないか。泣きそうな声になっても足が震えようが歯を食いしばって自己を高めようと・・・嫌、違うな。あの男は死にたくないから鍛えているんだ。大切なものを守るのは自分が強くなってからすることだ。強くなる為には鍛えねばならない。自分も復讐をするためにがむしゃらに強くなろうとした。がむしゃらに自分の腕を磨いてきた。それは執念があったからだ。あの男には自分のような怨念にも似た執念があるとは思えない。ただ、死にたくないから。ただ、生き延びたいから。そんな生物の本能のために己を鍛えているのか?・・・それも違うと思った。彼には何か目的があるようだった。ただ、死にたくないというだけの鍛え方ではない。死にたくないのなら、逃げ回ればいいだけだ。アニエスは思い出した。彼が貴族の称号を得た時、彼は王宮の執務室で宣言した。『騎士になろうがなるまいが、俺にはこの世界で守りたいと思う女性が二人います。一人は主のルイズ。もう一人は姫、貴女です。平民のままだったら、二人と、将来の嫁さんを守ればそれでいいと思ってたんですが・・・騎士になった以上、俺はこの部屋にいる全員守れるぐらいの人物になりたいと思いました』そもそも彼は使い魔だ。主のルイズを守る為、それなりに強くならなければならない。そして姫を守りたいと宣言した。姫はあらゆる危険が付きまとう。それを守る為に自分達がいるのだが・・・元々自分が死なないために鍛え、そのついでにこの二人を守ろうと思っていたのだろう。騎士となった彼は、この二人どころではない人数を守った。・・・やり方はどうあれ守ったのは事実だ。その礎が目の前で行なわれている。「よーし、次はそれを括りつけたまま腕立て300な」「死ぬわ!?」「相棒はやれば出来る子だと俺は思う」「親かてめえは!?」流石にそれは死なないか?しかし達也はヘロヘロになりながらも300回を終わらせ、吐血して倒れるのだった。「そろそろ2週間が経つわね・・・」トリスタニアの王宮で、アンリエッタはアニエスの報告を待ち侘びていた。しかし、報告は全て捜索中。何の手がかりもなしなのか?「・・・まさかとは思いますけど・・・もう見つかっている?」そうだとしたら厄介な事に巻き込まれているのだろうか?本当は自分が直接捜しに行きたいのだが、生憎今の地位ではおいそれと好き勝手な行動はとれない。アンリエッタは捜索人を増やそうかと考えていた。だが、そんな彼女の元に、達也の情報を定期的に聞いてくる者・・・カリーヌが訪ねてきた。アンリエッタは彼女には頼みたくないなぁ・・・と思ったが、背に腹は変えられない。アンリエッタはカリーヌに、達也の捜索を頼んでみた。「ええ、いいですよ。何時頼まれるのか待っていたのですから」カリーヌは二つ返事で了承した。こうしてアルビオンの小さな森にある孤児院で暢気に暮らす達也を探すために、彼の主と友人たち、そして彼と彼の主が苦手とする彼の主の母親が同時期に同じ場所に向かうという結果になってしまった。(続く)【68話ルイズの夢について】達也がマラカス振って歌ってる歌の元ネタを知っている方はかなりいるでしょうね・・・。