当然のことながら俺とルイズは義兄弟の契りを交わしたり、杯を酌み交わしたこともない。ただ、ふざけて呼んでいただけのものだった。それにたまたま情が乗っかっただけだ。ぶっちゃけて言えば赤の他人であるが、他人と言い切るにはおかしい関係になっていた。家族として大事な女性が二人の妹で、愛する人で大事なのが杏里だとすれば、この世界で守らなければならない人間がルイズだ。別に守る義理は特にないのだが、守らない理由もない。そんな彼女が死にたくないと本音を言った。ならば彼女の本音を俺は尊重する。ただ、それだけの事だ。死んだほうがマシだった世界が変わったというならば、もう少し生きてもいいだろう。ルイズは女の子なのだ。新しい命を産み育んでいく資格を持っている。女性が未来を作る存在だと誰かが言っていた気がするが、それは俺も同感だ。俺としても、死にたくないと泣く女を死なせるわけにはいかないしな。だからと言って俺が死んだら意味がないので、現在俺は喋る剣と俺の分身と共に、作戦会議中である。「・・・俺を呼び出す意味があったのかい?」分身が俺に尋ねる。装甲が紙過ぎる彼は、自分が参戦した所で何の意味もないと考えているのだ。「俺と喋る剣だけじゃ、議論が停滞すると思った。三人集まれば文殊の知恵だろう」「いや、俺はお前の分身だから、お前が驚くような作戦はたてれんぞ?」「俺には未知なる発想力があると信じたい」「それを分身の俺に期待して如何する!?」「それにさ、分身君。お前に戦えとは言うつもりはないぜ」「何だって?どういうことだい?」「俺がアルビオンに来たとき、分身の元へ飛んで来たんだよね」「うん。それは呼び出された時点の記憶から知ってる」「・・・後はわかるな?」「・・・俺は君の退却時の場所の確保に動けと言うのかい」「お前の犠牲は無駄にしない」「出て来る度に死に要員にするのはやめてくんない?それに君が退却したらルイズたちが危険だろう」「だから足止めの方法を考えてるじゃないかよ。まともに向かっていけるわけねえだろう」「七万だったな・・・敵の数」「幾ら数が多かろうと、戦の基本として、指揮官がやられれば軍は混乱するぜ、小僧ども。連合軍も一時大混乱だったろう。今も恐らく全速力で陣を組んでいるんだろうが・・・指揮系統が一旦変わると色々時間がかかるモンなんだ」「でも大体指揮官てのは後方にいるだろうよ?」「七万の軍勢に潜っちまえば混乱に乗じてやれるかもな」「潜るまでが大変だろうよ」「潜っちまえばこっちのモンよ」喋る剣も七万という途方もない数相手には自棄にならざるを得ないようだ。しかし俺はまだ人生を諦めちゃいない。人生を諦めるには俺はまだ未練が多すぎる。貴族は名誉の為になら死ねるらしいが、何処にだって例外はいますよね。生きる為の努力は生物として最大限やるべきだ。そのための分身の犠牲なのである。「俺が死んでも変わりはいるものか・・・お前には命の尊さを小一時間説教したい」「死ぬのは俺の分身だから他人には何の被害もない。死体も残さないから環境にも優しい」「分身の命に対して優しくなれよ」「自分に厳しく、人には優しく」「分身にだけ厳しいだろうお前!?」「分身の俺の痛みは本体の俺の痛みだが、だからと言って別に何の被害もないエコロジーな存在だ。凄いな」「分身の俺に被害はあるだろう!?恐らく今まで碌な死に方してないじゃねえか!?」「お前の死はその分俺の助けになった。感謝はしている」「白々しいんだが」「どうせ短い命なんだから精一杯遠くへ逃げろ」「すぐ逃げる気かよ!?」「おい、分身小僧。早く行け。お前が安全そうな場所にいかねえと、小僧が七万相手に戦えなくなる」「・・・わかったよ・・・全く、安全な場所に行くはずなのに死亡は確定かよ・・・」俺の分身はブツブツ文句を言って馬に騎乗する。分身は俺を見て言った。「死ぬなよ。君が死んでも俺は死ぬ。どうせ死ぬなら君との激突死が望ましい」「死ぬつもりは全くねえよ」「幸運を祈る!」そう言って分身は馬の腹を蹴って何処かへと去っていた。あの分身は昨夜呼び出した分身だ。日付が変わった今日はもう一体分身が出せる。丘の上からは緩やかに下る綺麗な草原が見えた。その先からは緩い地響きを伴って大軍が見えた。「いよいよだぜ、小僧。覚悟はいいか?」「死ぬ覚悟なんざしてないね。俺は初めから生き延びる覚悟しかしてない」「上出来だ。死んだら終わりだもんなぁ、俺も小僧にまだ教えることはあるんだぜ?」「俺はパン屋を開業するまで、死ぬわけには行かない。帰りを待つ人がいるから死んでなんかやれない!」「心が震えてきやがったな、いいぜ小僧!この期に及んで死ぬかもとか言ってたら怒鳴ってたぜ。さっきも言ったとおり、狙うは指揮官、どんな手を使ってもいいからまずは指揮官を目指せ!小僧、お前はまだ未熟。それは間違いねえ。だが、今日この時だけお前はおまえ自身に言い聞かせろ。『俺は強い』『俺は負けない』『俺は死なない』この三つをな!単純だろうが、単純だからこそ強くなる想いってのもあるんだ」恐怖なんかもう通り越している。足の震えもすでに止まり、頭の中はすっきりしている。「魔法からは俺が守ってやる。敵の武器からはお前の剣が守ってくれる。お前が恐怖する事は何もねえ。お前はお前自身を信じろ」「そう思って、発表会とかで人前にたって話した事があるんだけど、緊張で噛みまくった。自分は信用できないね」「おーい、折角俺が鼓舞してやってるのにそれはねえだろ小僧」「だが・・・お前は信じるよ」「小僧・・・嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!あいわかった、このデルフリンガー、お前の剣として最後まで共にあろう。行くぜ相棒!」「最後じゃねえ!間違えんな無機物!」喋る剣改めデルフリンガーと無銘の剣を持って俺は七万の軍勢に走っていく。さて、これからどうしようかな?夢中になって走る俺はそういえばまともな作戦を考えていなかったことを思い出した。朝もやの中で走ってくる達也に最初に気付いたのは、前衛の捜索騎兵隊ではなく、後続の銃兵指揮官のフクロウであった。フクロウからの視界を得て、彼は指揮下の銃兵に弾込めを命じた。だが、視界に映る敵の数に彼は仰天した。「一人だと・・・!?」緩やかな下り坂を全速力で駆け下りてくるのはたった一人。両手に剣を握った人間である。前衛の騎兵隊もその異様な光景に驚いたのか思わず馬を止めてしまった。「馬鹿者!うろたえるな!冷静に対処しろ!」騎兵隊の指揮官の怒鳴り声で、騎兵隊は体勢を整え突っ込んでくる一人に向かい突撃した。下り坂を走る人間は更に速度を上げていた。さて、基本的に人間が下り坂を走るとき、無意識に走る速度を抑えているのではないか?股関節が柔らかい人間でも、全力で下り坂を走れば足がもつれる。転倒を避けるために下り坂を走るときは若干ペースを落とすのが普通である。この話は舗装された道路での話である。では、現在達也が走る草原は舗装されているか?答えは否である。加えて自慢できるほど股関節の柔らかさを持たない達也が下り坂を全力で走ると・・・足がもつれて転ぶ事になる。加えて下り坂なので二次災害として転がり落ちる。「こ、転んだーー!?」達也と対峙する騎兵隊全員の心の叫びである。止まろうにも馬はそんな急には止まれない。転がり落ちてくる達也と騎兵隊の先頭が接触しようとしたその時だった。達也と一番最初に接触するはずだった騎兵隊兵士は、いきなり馬の上から放り出されたような浮遊感がしたと思った。次に見たのは地面だった。落馬の衝撃を覚悟したが、痛みはそうでもなかった。だが、奇妙な事に先程から空と大地が次々と視界に入ってくる。砂が口に入って嫌な気分はするが痛みは全くしない。彼が3回目の空を見たとき、彼の上に彼と同じ格好をした同僚が乗ってきた。一体何が起こっているのか?彼には全く理解できなかった。身動きは取れないが、痛みは何もない。さっきから空と大地が繰り返し視界に映り、たまに人が乗ってくるだけ・・・って、おいおい、何か次は馬が来たぞー!?「どわああああああ!?」彼の悲鳴は戦場の混乱の声にかき消されるのだった。敵の存在を知ったメイジの騎士達は前方の凄まじい光景を見て混乱した。一言で言えば、巨大な物が回転している。問題なのは球体状になって回っているのはアルビオンの騎兵隊とその馬たちであることだ。球体は彼らを吸い込むようにどんどん肥大化してくる。間抜けな悲鳴がその球体からあがっている。メイジの騎士達は攻撃しようにも、味方に攻撃できずに大混乱に陥っていた。中には臆せずに魔法を放つ騎士もいたが、「何しやがる!味方だぞ!」と、球体の一部と化している兵士に怒鳴られてしまった。その声から健康体である事はわかったが、貴様らは何を遊んでいるんだ。「う、うわわあああああああああ!!」ついにその人を飲み込む回転体はメイジの騎士たちも飲み込み始めた。次々と回転する球体のパーツとなっていく騎士たち。球体はどんどん大きくなっていく。人の間抜けな悲鳴がするのが何ともシュールである。回転は止まる様子もない。一体何が起きてるんだ!?メイジの騎士隊長は何とも言えない恐怖に震えながら、その球体に吸い込まれていった。「どうも、隊長」自分が指揮していた部隊の隊員が話しかけてきた。この時騎士隊長は身動きが取れない事を知った。「何なんだこれは!?」「それはこっちが知りたいです。何かずっと転がってるし」こうして話している間にも次々と兵士達が吸い込まれてきている。そしてその度に『何だこれは!?どうなってるんだ!?』という声が聞こえてくる。それはこの球体のパーツとなった兵士達の心の叫びでもあった。回転している間に戦場の様子を見た騎士隊長は混乱する前衛部隊を見て呟いた。「前衛部隊が全員取り込まれたらどれくらい大きくなるか賭けるか?」「それって、前衛部隊が全滅するってことですよね」「全滅などさせたくないが、この通り、身動きが取れん」謎の球体はメイジ隊を蹂躙後、幻獣部隊や槍隊、弓兵隊まで容赦なく飲み込んでいく。逃げ惑う兵士達を嘲笑うかのごとく、戦場をゆっくり回転しながら大きくなって進む謎の球体。正に阿鼻叫喚の地獄絵図。攻撃しようにも回転してるのは自軍の兵士たちである。アルビオン兵士達は絶望とともに球体に吸い込まれていくのだった。こんな物凄く目立つ物体を後方に控えるホーキンスが報告されていないはずはなかった。曰く、敵の秘密兵器。曰く、敵の罠。曰く、世界の終わり。曰く、エルフの差し金等・・・予想などどうでもいいが、今、目の前に迫る脅威への対処はどうするか。前衛2万をほぼ全滅させたこの巨大すぎる球体・・・いや、どう見ても人や生物の集合体だろうこれは。兵士達は未知の脅威を目の前に怯え竦んでしまっている。当たり前だ。こんな不気味な巨大球体、自分も怖いわ!こんなのが敵軍にあるなんて聞いた事はない。当たり前だ。二万を一蹴とかどれだけの兵器だ!?ホーキンスからはまだ遠いが、徐々に忌まわしい回転球体は更に大きくなっている。更に言えば自軍の混乱も更に大きくなっている。無造作に回転しているように見えるその人と生物の集合体は逃げ惑う兵士達を無慈悲に取り込んでいく。「もう良い!魔法を放て!」ホーキンスはこれ以上の被害の拡大を防ぐ為、球体への攻撃命令を出す。それと同時に彼も呪文を唱える。無数のマジックミサイルと、風の刃が飛ぶ。それが球体に命中すると、兵士達の悲鳴が木霊する。その悲鳴を聞いて騎士達がびくりと躊躇する。その隙に球体は騎士たちを飲み込んでいく。魔法は効いている。ただし、肉壁となっているアルビオン兵士に。ホーキンスは目の前に迫る球体に歯噛みして、後退命令を出そうとした。その瞬間、球体内から、人間が飛び出てきた。勿論この球体を作り出した元凶は達也である。下り坂を全力で駆け下りていた彼は途中で足がもつれて転げ落ちた。そこまでは単なる不幸だったのだが、彼の習得している『前転』LvMAXがそこで発動してしまった。彼のルーンは説明に困っていた。そして言った。回ってみれば分かると。そして回転している途中、ひたすら前転後転を繰り返していた達也の下に、例の謎電波が届いた。正直俺としても、一体何が起こっているのか分からない。転がったらいきなり兵士がどんどん吸い寄せられてきた。現在俺は少し光が漏れるだけの真っ黒な空間をひたすら回っている。前転ばっかりできついんだが・・・『どうも。ついに回ってしまいましたね』御馴染みの謎電波である。おい、一体どうなってるんだこれ!?『前転LvMAXの効果は相手を無差別に巻き込んで一緒に回転します。範囲は回転に参加している人から半径20メートル。範囲内の人は回転に巻き込まれます。味方がいたら全然役立ちませんが、こういう一人対複数の場合は活躍できます。ただ、回転を止めると、回転に参加した人数分の半分ぐらいが上から降ってきます。だから無闇に回転してはいけませんよ。・・・まあ、この状況じゃ遅いでしょうけど』遅いってお前、今どのくらい回転に巻き込んでるんだよ。『今はもう二万人以上が回転に参加してますね』圧死確定じゃん!?『其処は貴方の創意工夫で何とかしなさい』見捨てんなーーー!?それ以降謎電波は聞こえなくなった。「おい、相棒。回ってるのはいいけどよ、此処から出るにゃあ、如何すりゃいいんだ?」「分からん」デルフリンガーの最もな疑問に俺はそう答えるしかない。とはいえ、二万か・・・今回転を止めればこれって凄い足止めにならないか?そう思っていると外の方から悲鳴が聞こえてきた。「何だ!?」「どうやら敵が味方に構わず魔法をぶっ放したようだね。相棒、どうする?肉の壁は限界があるぜ?」外の方は悲鳴がまだ聞こえる。俺は削られていく肉の壁を感じながら、分身を生み出した。出て来た瞬間回転に巻き込まれないかと思ったが、案の定、分身も前転を始めた。「おい、分身。此処から外に出れるか?」「うん?回転しながらは難しいけど、全然痛くないから何とか表面には出て見る」そう言うと分身は肉壁を掻き分け、外へと進んでいった。圧死しねえのかな?分身は慎重に人や生物の間を移動し、外まで出て来た。そして肉の球の上へよじ登り、回転によって落ちないようバランスを取った。そして内部に向かって叫んだ。「お~い!外に出たぞ!」分身の声がかすかに聞こえたのを受けて、俺はその分身の元に移動することを念じた。突然、尻が猛烈な勢いで殴られた感じがして、俺は真上に吹っ飛ばされた。人の群れやその他生物の群れの肉の壁を突き破り、分身の身を犠牲にして、俺はやっと外に飛び出した。巨大な肉の球体は俺が飛び出ると一斉に崩壊し、兵達が山のように積み重なった。・・・大丈夫か?兵達の山の麓に、パンツ一丁、スキンヘッドでマッチョで素敵な笑顔の謎の男がでかいテニスラケットを持って、上空の俺に向かってサムズアップすると、そのまま消えた。・・・何なのアイツ。突如飛び出た俺に対し、混乱するアルビオン軍。夥しい数の兵士達が山積みになり、残った兵士達も恐慌状態である。一騎のグリフォンが俺に襲い掛かろうとする。落下する俺は消える直前の分身を踏み台にして、空を走り、グリフォンに乗った兵士を蹴落とした。人間が、空を走るという光景に唖然としていた兵士はなすすべなく、兵達の山の一部になった。グリフォンは俺を振り落とそうと、高速で飛び回るが、高速で飛ぼうが、Gに耐性がある俺には、手綱に掴まっておけば全然問題ない。降りかかる魔法はデルフリンガーが吸収してくれる。このグリフォンが滅茶苦茶に飛び回るから相手も狙いが定めにくいらしい。グリフォンは飛び疲れたのか、地上へと降り立つ。俺は即座に飛び降り、気絶している兵士の山からアルビオン軍兵士の服を拝借する。木を隠すには森の中。二万以上もの人の中から俺一人を探すのも大変なのに、同じ格好をしてたら尚見つかりにくいはず。正々堂々と戦えるわけがない。相手は万単位。生き残る為にまだ、時間を稼いでやろう。俺は倒れ伏す兵士の横で、横になって着替えた。目の前に積み上げられる倒れた兵の山。前衛と中衛の半分以上、おおよそ3万3500があの球体に蹂躙された。これはアルビオンにとって悪夢以外の何者でもない。あの球体から飛び出てきた影は、グリフォン隊の一騎に襲い掛かり、撃破した。その後兵の山の中に隠れてしまった。戦場は未だ混乱の渦である。ホーキンスはここで敵がたった一人であることを確信した。単機で大軍を止めるどころかあろう事か蹂躙してしまった。ホーキンスは『英雄』に憧れていたが、この状況を引き起こしたたった一人のあの影は『英雄』ではなく『悪魔』だ、とホーキンスは思った。かすかに見えた姿は、剣を二つ持っていた。剣士かなにかと思ったが、空を走る剣士など見たことない。それに闇雲に突っ込まず、この兵士達の山に身を潜める狡猾さもある。ホーキンスは思わず震えた。あの悪魔は、次はどのような事をやってのけるのか・・・!?兵達ももはや恐慌状態。何かが起これば取り返しのつかない混乱が起こる・・・!朝もやで視界が悪いのが不運だ。どうすればいい、どうすれば・・・!!ホーキンスが必死で考えていると、彼から少し離れた右の部隊から悲鳴が聞こえた。アルビオン兵士の服に着替えて、俺は朝もやの中を進んでいく。うっすらと兵士が見える。俺は草原に転がる石を手にとり、うっすら見える兵士に向かって思いっきり投げた。「グワッ!?」「ジョニー!?」兵士の悲鳴と、その兵士を気遣う声がするのを聞いて、俺はこそこそと退却した。忍び足によって俺の足音は聞こえないし、目標さえ見えれば、『ホーミング投石』で投げたものは命中する。俺はまた石を拾って、次々ともやの中から石を投げ続けていった。「くそー!?何処だ!何処にいるんだ!?でて来い!」「お前か、今の投石は!そっちから飛んできたぞ!?」「ち、違う!俺は知らない!」どうやらアルビオン軍は疑心暗鬼に陥ったようである。得体の知れない者を見て、視界は悪いし、味方は倒れまくってるし・・・一端の軍人でもやっぱり怖いんだな。名誉だ何だ言っても結局は皆死ぬのはゴメンなわけだ。俺も死ぬのは嫌である。まあ、殺すのも嫌だが、向こうが殺す気で来ている以上、不殺の信念を貫くのは難しいだろう。そんなのが貫けるにはちょいと俺は腕前が足りない。まだ、未熟なのが悔しい。まあ、出来るだけ殺さないようには『心がけるけど』。同士討ちまでは面倒見切れない。俺はスーパーヒーローじゃないんでね。ホーキンスは先程始まった同士討ちの報告を聞いてやられたと思った。士気が下がっている時に何をやったのかは知らないが、兵士達の心を突いてきた。これでは再編に多大な時間を要する。進撃の速度はどうなる・・・!?ホーキンスが唇を噛み締めていると、彼の目前に石が飛んできた。とっさに避けたホーキンスは石が飛んできた方向に向けて風の魔法を飛ばした。同様にマジックミサイルも護衛たちが叩き込む。しかし、命中したのは同士討ちによって倒れた兵士たち。兵士の遺体に魔法を叩き込むという他の兵士達に不審感を与える行為をしてしまった。これも悪魔の策略か・・・!!だが、その時、ホーキンスは見た。魔法攻撃によってあがった土煙の向こう側に、黒髪の見慣れぬ顔の形をした少年剣士が、折れた鉄の剣を捨てこっちを見ているのを。少年の額からは血が流れているが、ホーキンスにはそれが少年にとっては些細な事であると思った。まさか魔法が飛んでくるとは思わなかった。衝撃で無銘の剣は折れて、身体のそこらに火傷を負い、風の魔法による切り傷も負った。殆どは光るデルフリンガーによって吸収されたが、吸収しきれなかったダメージ俺に来たわけだ。そりゃあ無傷で帰れるとは思わなかったけどさ。今、石を投げた奴が恐らくこの軍では偉い奴なんだろう。俺を見て驚いたような表情をしている。現在俺の目から見ても戦場は大混乱だ。立て直すには時間がかかるだろう。俺は何処かへ避難したはずの分身の元へ行く為に念じた。念じると、目の前に何故か力士が出現した。力士は俺に向かって手を振り上げ・・・「どっせーーーーい!!」と、思い切り張り手をブチかました。「ぎゃあああああああああああ!!!???」俺は張り手によって遥か上空に吹き飛ばされてしまった。突如現れた巨漢の変態によって、悪魔は上空に猛烈な勢いで森のほうに吹き飛ばされてしまった。悪魔のような少年はすぐに見えなくなってしまったが、それと同時に巨漢もいなくなってしまった。嵐のような一連の流れに、ただホーキンスは、「何だったんだ今のは・・・」と、呟くしかなかった。そして呆気に取られていた彼の視界の向こうからは、連合軍と思われる幻獣隊が猛然とこちらに向かっていた。この幻獣隊を率いるのはラ・ヴァリエール家。隊長はラ・ヴァリエール侯爵夫人、『烈風のカリン』ことカリーヌであった。ホーキンスは自分の運命を天に祈った。カリーヌ率いるラ・ヴァリエール幻獣大隊は、ロサイスの待機組にいたため、サウスゴータの反乱では何の被害もなかった。正直敵も来ないので暇で暇で仕方なかったが、降臨祭後、いきなり騒がしくなった。ル・ポワチエ総司令が戦死したとの報はカリーヌの耳にも届いていた。事情を説明して欲しかったため、カリーヌは新たな総司令ことウィンプフェンのもとに乗り込んだ。自分の顔を見てばつが悪そうな表情をしたため、少し締め上げたら、自分の娘のルイズを七万の足止めのために派遣する命令を下したと吐いた。とりあえずウィンプフェンには風の魔法で踊ってもらい、カリーヌは即座に戦の仕度を始めた。だが、その途中、竜に乗った騎士が、ルイズを抱えてロサイスに降り立ってきた。ジュリオと名乗る少年は、ルイズを安全な場所で寝かせるよう頼まれたと言い、ルイズを自分に託した。一体誰に頼まれたのか?自分がジュリオに尋ねると、彼はこう言った。『彼女の義兄を名乗る使い魔君からです』カリーヌの顔面はその時蒼白になった。ルイズを急いでレドウタブール号に寝かせた後、急いで隊を編成し、夜明け前に出発した。そして朝もやが晴れつつあった時刻・・・カリーヌの部隊はようやくアルビオン軍を発見した。だが、様子がおかしい。七万いるという軍隊は既に半壊しており、残った兵士達も何やら同士討ちを始めている。三万以上と思われる兵達がうめき声をあげながら、草原にずらりと倒れているのは異様な光景だ。同士討ちを始め、他の兵士達も恐慌状態に陥っているその様は正に地獄絵図である。だが、そんな地獄であろうと、敵は敵だ。カリーヌは混乱に陥っているアルビオン軍に向けて、攻撃開始の命令を出した。彼女が探し人は既にその戦場にいなかった。安全な場所と言われて達也の分身が向かった所は人の気配がない森の中に身を潜めることだった。自分の本体は大丈夫だろうか?自分は分身だから分かるが、まともに戦えば因幡達也はあっさり戦死するだろう。自分がまだ消えていないからまだ生きているのだろうが・・・逃げたか?達也の分身が本体を疑いはじめたその時だった。「ああああああああああああああ!!!?」「え?のわあああああああ!??」それが達也の分身の辞世の句であった。分身もろとも大木にぶつかった達也。分身は勿論即死だったが、達也も木に思いっきりぶつかったせいで、頭を強く打ち、気絶してしまった。目を回す達也に対して、デルフリンガーは、「やれやれ、さっきまで大軍を混乱させていた奴とは思えないね」と、呆れたように言うのであった。ルイズが目を覚ましたのは本国へと戻る部隊とサウスゴータの住民及び、慰問隊が乗り出航するレドウタブール号の甲板だった。サウスゴータの反乱で打撃を受けた部隊や、慰問隊を護衛する部隊などは本国まで撤退するらしい。「ルイズ!」自分の顔を覗き込むのはギーシュとマリコルヌだった。ギーシュはともかく何故マリコルヌがここに・・・いや、それより何故自分はここにいるのだろう?「僕達が此処に来たときは既に君が此処で寝かされていた」「ルイズ、ここはレドウタブール号の甲板だけど、わかる?」「船の上・・・何で?私は確か・・・!?そうだ、敵軍を・・・敵軍を止めないと・・・」「敵軍を?君一人でか?」「そうよ、軍の編成が済むまで足止めを・・・」マリコルヌは困惑した表情でルイズを見た。「軍の編成なら間に合ったよ。君の家のラ・ヴァリエール家率いる幻獣隊が夜明け前に真っ先に飛び出すのを見たからね」「え、家の部隊が・・・?」そんな早く展開できるならば、足止めなんかしなくて良かったのではないのか?「まあ、本隊が行くのはまだ後になりそうだけど、編成が済んだ部隊やロサイスにいた部隊はもう出発してるよ」「アルビオン軍は・・・?」「此処に着く前に決戦に持ち込めるようだ」「まあ、だからこうやって安全に帰れるんだけどね」「帰ってからも事後処理が残ってるけどね」ギーシュの言葉にそうだったと肩を落とすマリコルヌ。「ところでルイズ」ギーシュが真剣な表情で聞いてきた。「タツヤは何処だ?」ギーシュがそう言うと、ルイズの元にシエスタたちが駆け寄ってくるのが見えた。「ミス・ヴァリエール!お気づきになられたんですね!」心底ホッとしたような表情のシエスタ。スカロンもジェシカも安堵の表情を浮かべている。その側にはルイズが探す姿はない。「タツヤは何処!?」全員の顔が蒼白になった。特にギーシュとシエスタは驚愕に目を見開いている。「どういう事だルイズ!?タツヤが君を此処に連れてきたんじゃないのか!?」「ミス・ヴァリエール、タツヤさんは何処にいるんです?知ってるんでしょう?ねえ、教えてください・・・」その時、ルイズたちの後ろにいた兵士達の会話が聞こえてきた。「本隊で出撃するナヴァール連隊の友達がな、アルビオン軍が迫ってくる方向に一人で向かっていく黒髪の男を見たんだと」「マジか?」「ああ、友達がそっちはアルビオン軍が迫ってるぞと教えたらしいけど、馬に乗ってたせいか、気にも留めずに真っ直ぐ街道を北東に向かったんだと。もしもそうなら、ラ・ヴァリエール幻獣隊より、早くアルビオンと遭遇するよな」「偵察なんてしなくてもいいのにな・・・一人で何するつもりなんだろうな、そいつ」「案外足止めしてるかもよ。落とし穴掘ったりして」「一人で作れる落とし穴なんてたかが知れてるだろうよ」それを聞いてルイズたちは兵士達に詰め寄った。「それ、本当!?」兵士達はいきなり話しかけられ仰け反った。しかしすぐ落ち着いて話し始めた。「は、はい、真偽はともかく話を聞いたのは本当です。はい」ルイズは全身から血の気が引いていくのを感じた。その様子を見て、シエスタはへなへなと崩れ落ち、ギーシュは歯軋りをした。間違いない。その黒髪の男は達也だ。アイツは何を思ったのか、アルビオン軍を止めに行ったのだ。そう思ったら、いてもたってもいられなくなったルイズは柵に駆け寄り絶叫した。「タツヤ、タツヤーーー!!」「やめろルイズ!早まるな!」「飛び降り自殺などせんわーー!!引き返しなさい!アルビオンではタツヤがまだ戦ってるの!タツヤがまだあそこにいるのよ!」「無茶言うなよ!?」「七万よ!?一人で如何しろと言うのよ!?何で行こうと思ったのよあのバカ!戦争は嫌いなんじゃなかったの!?」暴れるルイズをギーシュやマリコルヌが抑える。ギーシュはルイズの名前を呼びながら彼女を抑えている。シエスタはその場に崩れ落ちたまま、顔を抑えていた。「この大バカーーーーーー!!!」ルイズの涙交じりの絶叫が、遠ざかるアルビオンに向けて響くのだった。アルビオン軍はもう、敗北が決定していた。頼みの綱のガリアも来ず、クロムウェルはサウスゴータの司令室で爪を噛んでいた。ミス・シェフィールドの姿も見えず、クロムウェルは不安で死にそうだった。後は座して己の運命を待つしかないのか・・・?そう思ったとき、窓の外から歓声が響いてきた。外を見ると、空を圧する大艦隊が見えた。翻る旗は交差した二本の杖、ガリア艦隊である。しかし今更来てどうなるのだろうか?此処から大逆転できるとでもいうのか・・・「ガリア艦隊、到着!」「見れば分かる!」「ガリア艦隊よりクロムウェル閣下に伝言であります!ご挨拶をしたい故、位置を知らせて欲しいとの事!」「挨拶?何とも律儀なお方だな!よし、ここの玄関前に議会旗を立ててくれ」「了解」そう言うと、連絡士官は退出し、窓の外にあるポールに神聖アルビオン共和国議会旗が上っていく。クロムウェルは一体どんな挨拶か子供のように待っていた。だが、眼下の玄関から、慌てふためいた人々が飛び出している。なにをしているんだとクロムウェルは窓を開ける。その瞬間、ガリア艦隊の百隻近い戦列艦の舷門が、一斉に光った。何十発の砲弾が、クロムウェルのいる司令室を襲った。一瞬で司令室は瓦礫の山と化した。中立を貫いていたガリア国が連合軍側に協力する旨を発表したのはそれから程なくしてのことである。ここに、連合軍と神聖アルビオン共和国の戦争は終わり、一人の男の夢も潰えたのであった。――――神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。――――神の右手がヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。――――神の頭脳はミョズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。――――そして最後にもう一人・・・・・・。記すことさえはばかれる・・・・・・。――――四人の僕を従えて、我はこの地にやってきた・・・・・・。外から聞こえる子供の歌声は、自分が教えた歌だった。もう聞き飽きたともいえるその歌声と差し込む鮮やかな日の光で、少女は目を覚ました。身体をゆっくり持ち上げる。眩き波打つ黄金の見事なブロンドが、さらさらと身体の上を泳いでいる。髪は驚くべきほど細い。その細い髪が動くと、しゃらん・・・と空気をかき乱す音が聞こえる。髪と同じく、身体の基本は細い。くびれたウエストの上、身体の細さに比べると歪というよりもはや奇乳といえるレベルの大きな胸が薄絹の寝巻きを持ち上げている。肌ツヤからすれば15,6程度の年頃だが・・・詳しい年齢は不詳である。彼女が窓を開けると、女の子達が走ってやってきた。「ティファニアお姉ちゃん!」「テファお姉ちゃん!」女の子達は、ティファニアと呼ばれた少女に駆け寄ってきて話しかける。「あらら、如何したの?エマ、サマンサ。あなたたちの歌声で起きちゃったわ。またあの歌を歌っていたのね。他の歌を知らないの?」「いま、ジャックたちが教えてもらってるー!」「え?誰になの?エマ」「あのね、森に皆でイチゴを摘みに行ったら、倒れてる人がいたの。傷だらけだったんだけど・・・」「私達の歌で目を覚まして、ずっと歌を聴いていたの」「それで、歌をずっと聴いていて、その人が、歌はそれだけかい?って聞いてきたの」「私たちはうんって言ったんだけど、その人が、じゃあ新しい歌を教えるって言ったの!」「あら、それは良かったわねぇ。なんという歌なの?」「テファお姉ちゃんを呼びに言ったわたしたちはまだそのお歌をしらないんだけど、その人は確か、『キ●タの●冒険』とか言ってたわ」「まあ、冒険のお歌なのね。でもその人怪我してるって言ってたわね。何処にいるの?」「こっちー」ティファニアは薄絹の上着を一枚羽織ると、窓から飛び出て、自分が遊びなれた森を、少女は跳ねるように進んだ。太い、木の幹にもたれかかったその少年の周りには子供達が座っていた。「いいか、少年達。この歌はレディの前で迂闊に歌っては駄目だぞ?あくまで男同士で歌え」「はーい!」「というか、何だよその面白い歌ー!」「俺の故郷の沢山ある歌の一つだ」少年と子供達は打ち解けたように楽しく話している。「おう、今、腹がなった奴は誰だ?」「ジムだよ」「バカ、言うなよ!」「安心しろジム」でかい腹の音が鳴る。子供達は目を丸くして少年を見る。「俺も腹が減っているからな。仲間だ」大笑いする少年と子供達に近づくティファニア。少年はそんな彼女を怪訝な表情で見つめている。少年は見慣れない服装の上にマントを羽織っている。黒い髪のトリステイン人にもゲルマニア人にも見えないその少年は、異人の血でも引いているのか?彼女の耳にかかった髪が風で揺れて、つんと尖った、人とは多少デザインの違った耳が覗く。「何だお前ら、保護者がいたのかよ」少年が子供達に言う。「すみませんね、こんなボロボロの怪しい奴で。身体が回復するまで此処で休憩させてもらってます」「お怪我は大丈夫ですか・・・?」「いやね、身体を強く打ちつけちゃって・・・いてて」「それは・・・大変です。みんな、この方を村に運んで」はーいと子供達が言うと、子供達は少年の身体を持ち上げた。「おー、力持ちだなお前ら」ケラケラと笑う少年に子供達はえっへんと胸を張った。少年はティファニアのほうを向き、名を名乗った。「俺は因幡達也。此処の流儀で言えばタツヤ・シュヴァリエ・イナバだな、確か」頭から血を垂れ流しながら、達也はにやっと笑った。「おい、其処は触るな!痛いって!?」その後泣きそうな悲鳴をあげていたが。(第四章:『英雄になれない男』 完)(続く)