学院が閉鎖になったとはいえ未だ学院にいる人物は存在する。学院長のオスマン氏がその一人であるが、他にも学院にて降臨祭を静かに祝っている者たちがいた。コルベールとギトーとシュヴルーズである。シュヴルーズは故郷に帰るつもりだったが、ギトーの謀略によって今回のコルベールの研究室での宴会にまた参加する羽目になった。「折角久々に故郷に帰れると思いましたのに・・・」「流石に男だけで宴会というものも寂しかったのでその辺を通ったご婦人を誘うと決めていたのですが何時も都合よく通りかかる貴女が悪いのですよ?」なんという理由であろうか。呼ばれたシュヴルーズとしてはただ酒を飲めるのは嬉しいのだが・・・「ところでずっと気になっていたのですが・・・」コルベールが行なっていた作業を中断し、シュヴルーズに質問した。「ミセス・シュヴルーズはフーケ相手にどうやって戦ってたんです?」「あ、それは私も気になりますねぇ。フーケはボロボロでしたし、ゴーレムが出た気配もない。一体どうやったんです?」「ああ・・・それですか・・・」シュヴルーズはあの日の襲撃事件のときのフーケとの戦いを語りだした。フーケと対峙したシュヴルーズは無言で杖を構えていた。幾ら自分がフーケと同じ土のメイジだとしても、相手は貴族を震撼させるほどのメイジ。あっさり負けてやるつもりは毛頭ないが、勝てる確率も低い。「ミセス・シュヴルーズ、生徒達にいい所を見せたかったのかもしれませんが、貴女の判断は愚かである事を思い知りなさい!」「生徒達がいるから私は強くあらねばなりません。生徒達がいるから私は正しい判断をしなければなりません。生徒達が見ているから、私は負けるわけには行きません。愚かかどうか、試してみてはどうですか、土くれ?この「赤土」のシュヴルーズ、貴女ほどの有名人ではないにせよ、それで貴女に負けているとは思いません!」シュヴルーズがそう言うと、フーケとシュヴルーズは同時に杖を振る。フーケは土の触手を魔法によって生み出し、シュヴルーズに向けて触手を放つが、シュヴルーズは粘土の厚い壁によってこれを阻む。「いきなり防戦ですか、ミセス!」ワルドほどではないが、フーケにも体術には相当の自信があった。フーケは触手や土の塊を粘土の壁にぶつけて行く。衝撃に耐えられなくなったか、粘土の壁は崩壊する。新たな呪文を唱えようとするシュヴルーズに対し、フーケはその懐に飛び込んでその美脚ともいえる脚でシュヴルーズの腹に蹴りをいれた。更に嫌がらせとして顔に一発平手打ちもぶちかました。「ぐぅ・・・!!」苦悶の表情になるシュヴルーズ。フーケは止めを刺そうと呪文を詠唱しようと口を開いた。だが、詠唱できなかった。何故なら、彼女の口は粘土で塞がっていたからである。フーケが塞がる口を何とかしようと手を伸ばそうとしたその時だった。無数の粘土の塊が至近距離でフーケに次々と襲い掛かってきた。痛い、地味に凄く痛い。だが、その衝撃で口の粘土は取れた。口で思わず息をするフーケだったが、直後またその口は粘土で塞がれた。そしてまた粘土の塊の雨が彼女に襲い掛かる。更には赤土の触手が現れ、フーケの顔や身体を叩くようにして攻撃してくる。「体術に自信があるようですが・・・迂闊に近づき更にビンタする・・・フーケ、確かに貴女は有名で恐ろしいメイジなのかもしれません」シュヴルーズの冷え切った声が聞こえる。フーケは襲い掛かる粘土を払らおうとするが、避けきれない分も存在し、顔を歪めている。「しかし、貴女は私を随分と舐めているようですね。知名度は圧倒的に貴女が上ですが・・・メイジとしてのクラスは私と貴女は同じトライアングルでしたよね?貴女の実力は確かに驚嘆します。私には体術の心得はありませんから。ですがその分魔法の努力はしているのですよ。それこそ貴女なぞに負けない程に」シュヴルーズは大きく杖を振った。現れたのは土で出来た大きな拳だった。フーケは嫌な予感がしたが、土の触手で両足を縛られてしまった。「頭脳労働派の中年女性をを舐めるなよ、小娘ーーー!!!」土の拳はフーケを殴り飛ばし、フーケは食堂の壁に叩きつけられた。フーケは意識が飛びそうになったが、何とか意識を繋ぎとめた。彼女の格好はまさにボロボロといったものである。中年女性の嫉妬に巻き込まれたような気がするが、自分はああはなりたくない。口に残った粘土を吐き出し、フーケは反撃しようと杖を構えると・・・「フーケ・・・!」ワルドの苦しそうな声がした。何事かと思いフーケはすぐさまワルドの声のほうに向かった。「待ちなさい!」悔しいがこの中年女との決着は次の機会だ。今はワルドの安否の確認が最優先だ。フーケはシュヴルーズに土の塊を幾つか飛ばしながら、ワルドのもとに急行した。「・・・とまあ、このような感じですわ。数日間お腹が痛くて大変でしたよ」「女性の戦いとは嫌らしいですねえ」「何その感想!?こっちは凄い真剣だったのに嫌らしいとか言わないでください!?」「そういえば、フーケは散々騒がれていたのですっかり忘れていましたがトライアングルのメイジでしたな」「人生経験の勝利ですわ」「抱きたいのはフーケですけどね、圧倒的に」「同感です」「男って奴は!女を抱擁の道具としてしか見ていないのですね!?」自棄酒を飲み始めるシュヴルーズ。その姿を見てコルベールたちは少し引くのであった。ルイズの元に伝令がやってきたのは夕刻ごろのことだった。伝令の兵士は随分と焦っている。ルイズは嫌な予感がした。「ミス・ヴァリエール、ウィンプフェン司令官がお呼びです」「・・・やはりド・ポワチエ総司令は」「はい、戦死なされました」総司令官が戦死したのならば相当な混乱もあっただろう。だが、此処まで敏速に撤退できたのはおそらくド・ポワチエが命令したお陰だろう。ルイズは彼の偉業を心の中で称えつつ、司令部に向かった。俺は司令部に入ることはできなかったのでルイズがどのような命令を受けたのかは知らないが、司令部から出て来たルイズの蒼白な表情を見て、猛烈に嫌な予感がした。命令内容を尋ねても答えたくないようだ。黙ってロサイスの街外れまで歩き出したので、俺もついていく。街外れの寺院で馬を受け取ったルイズは街の外に向けて馬を走らせようとした・・・って待てい。「何処へ行きなさるルイズさんや。そっちは天幕じゃなかばい?」「そうね」生気のない声でルイズは言う。「何を命令されたんだ。義兄に言って見なさい」ルイズは答えようとしない。黙って俯くばかりである。ルイズの手から命令書を取り上げ、喋る剣に翻訳を頼んだ。「ほう、ここから50リーグ離れた丘の上で待ち構え、虚無を持って敵の足止めを行なえと。空路だと敵に見つかる恐れがあるから陸路でいけと。せめて1日は時間稼ぎしろと。その間は撤退降伏は駄目だと。それ以降は逃げても全然構わんと。おいおい、虚無はそんな連発できねえんだぞ?」「事実上ルイズに死ぬまで足止めしろってか?」「綺麗に言えば殿を受け持てだがよ、たった一人・・・あ、小僧がいるから二人でいいのか?それで何ができるっていうんだよ?あ、虚無による足止めか」「落とし穴でも掘るか?爆発の呪文で」「戦う前に死ぬだろ、娘っ子」「何という名誉な命令かしら。生還しても死んでも成功すれば私は英雄ね。そうなればラ・ヴァリエール家の家名も上がるってものだわ」「生還するっていう選択肢があるのが恐ろしいね。娘っ子」「・・・分かってるわよ。この任務、万に一つも生還する可能性がないことぐらい・・・此処は敵地で逃げれる場所は皆無。もし逃げたとして、味方はまだ陣形を整えきれてないわそんな所に敵が来れば、大惨事になることは明白よ。勿論、シエスタや魅惑の妖精亭の皆や、ギーシュやルネもどうなるか分からない」ルイズは目を閉じて俺にではなく自分に言い聞かせるようにして言った。「私は犬死になんかしない。死ぬときはド派手に死んでやるわ。私は友達や大切な人たちを守る為なら戦って死ぬことができる。それが本当の名誉よ。・・・タツヤ、アンタが私に付き合う必要はないわ。貴方には生きて会わなければいけない人がいるんでしょう?異世界で死んだら駄目よ」ルイズは微笑むが、何で泣いてるんだよお前。結局強がってはいるがコイツは死ぬのが凄く怖いのだ。それを無理やり鼓舞しようとしている。「ルイズ」「何よ」「俺はお前の使い魔だよな、一応」「そうね。結構不満だけど」「主と使い魔は一心同体らしいな」「一般的にはそうね」「なら、俺には正直な事を言え。お前の強がりはどうでもいい」「強がってはないわよ・・・」「嘘だな義妹よ。お前は嘘をつくとき足が震えている」「え!?嘘!?」「何でこんな嘘に引っかかるのお前」「だああああああ!?やられたあああああ!??」ルイズが頭を抱えて悶える。程なくしてルイズは冷静になったのか、ぽつりと呟いた。「・・・死ぬなんて嫌よ・・・」「誰だって死ぬのは嫌さ」「死んだらどうなるのかなんて誰も知らない。死ぬと何処に行くのか誰も知らない。本当に始祖ブリミルのもとに行けるかなんて誰も試した事はない。ただ、皆に会えなくなるのはわかるわ。美味しいものが食べれなくなるのもわかるわ。笑ったり怒ったり泣いたり出来なくなるのもわかるわ。アンタと馬鹿な話で盛り上がる事も出来なくなるのもわかるわ。・・・死んだほうが楽になるかなと思った時期があったけどね、アンタを召喚してから私は夢のような時を過ごしてきたわ。時には死にそうになったり恥ずかしい思いもしたけど、毎日が充実してたんだから。今となっては私はまだ、この世界で生きていたい。死にたくない。死にたくなんかない。こんな戦争なんかで死にたくない。老衰で死にたいわよ。子供や孫に囲まれてさ・・・。けど何でこんな状況でこんな命令をされなきゃならないの?死ななきゃいけないじゃない。何で私なの?人も魔法もそんなに万能じゃないわよ。本当は凄い嫌よ。だけど私がやらなきゃもっと多くの人たちが危険に晒されちゃうじゃない。それはもっと嫌よ!友達が私の我侭で傷つくぐらいなら・・・死んだほうがマシよ」ルイズは泣きながら感情を吐露する。俺は全てを黙って聞いていた。「そうか。お前の覚悟は義兄の俺としても誇れるものだ。・・・もう止めないよ、其処まで考えてるならな。死地に向かうお前に俺から餞別がある」「何よ」「俺の世界の文化では、こういうときは乾杯して別れるんだ。まあ、別れの杯ってやつだな」俺は寺院のそばにある空き地に置いてあったワインの箱を見つけ、一本取り出した。「乾杯かぁ・・・」ルイズは隣にある寺院を見つめていた。「ねえ、タツヤ。最後のお願いがあるの。聞いてくれる?」「俺に出来る事ならな」「私、結婚式がしたい。結婚もしないで死ぬんだから、結婚式ぐらいはちゃんとしておきたいのよ。女性の夢でしょう?」「安心しろ。元の世界に俺が戻ったらお前の分まで盛大に結婚式を挙げるから。俺が」「アンタが挙げるんかい!?やっぱりアンタも私と一緒に死んでしまえ!?」「おお、怖い怖い。わかったよ、やればいいんだろう?」その寺院は誰もおらず、静かだった。誰もいないのに、内部は綺麗に片付けられている。ステンドグラス越しの夕日が実に美しい。荘厳な空気の中、ルイズは祭壇の前に立った。「全く、懲りもせずにアルビオンで結婚式とはな」「あの時は誓いの言葉を口にしなかったからね。子供だったから・・・」「そうかい」ルイズは始祖の像を見上げて黙祷した。彼女は祈りながら思う。結婚式。何故挙げようと思ったのか?タツヤと自分の関係にはそんな風なことは一切ないのに・・・結婚式に憧れているのは自分だって女の子だから心の底にはあった。そういえば、まかり間違っていたら私はタツヤと婚約の危機だったのよね。もしタツヤに大切な人がいなかったら、と思う。それでも今の関係は変わっていないとルイズは確信していた。親愛なる使い魔にしてふざけた性格の義兄でたまに優しい男性、タツヤ。結婚式の相手には疑問符がつくが、まあ、それでも構わないか、とルイズは思った。ああ、そうか。私と彼はそういう仲だったんだ。親愛は時に恋愛よりも強い絆で結ばれる。ルイズと達也は何だかんだで互いにそれなりに強い絆があるのだ。私は、コイツに生きていて欲しい。だから、ついて来なくていいと言ったんだ。ルイズが目を開けると、達也がワインのグラスを持っていた。祭壇に飾っていたものを拝借したらしい。ルイズはそれを受け取る。「義妹との結婚式とか吐き気がするが、まあ、独身女性の悲しい頼みを断るのもどうかだと思う。罰ゲームと思ってやるか」「ふふ、有難う、お義兄ちゃん」そう言ってルイズは杯を達也と合わせた。「帰る方法、探せずにゴメン」「気にすんなよ。協力してくれる人もいるし、自分で探す事だって出来る」二人はワインの杯を飲み干した。「とはいえ、結婚式の司会及び神官がいないな」「司会必要なの!?」「進行役は必要だろう」「いいから、とりあえず誓いの言葉を言ってよ。適当でいいわよ」ルイズは何となく自分の瞼が重くなってきていることを感じた。この雰囲気に酔ってしまったのだろうか?酒が回るには早すぎないか?「そうか、適当か」達也が少し考える素振りを見せる。ルイズは言葉を待つが、尋常じゃない眠気が彼女を襲う。どんどん目の前が真っ黒になっていく。どんどん意識が遠のいていく。「タ、タツヤ・・・アンタ一服盛ったわね!?」そう言ってルイズは意識を手放した。倒れるルイズを俺は支えた。シエスタから渡された魔法の睡眠薬はアルコールも手伝って強力だった。俺はルイズに息があるのかを確認し、彼女を抱えて外に出た。もう、夕日は落ちてしまっている。「やっぱり寒いな」俺がそう呟くと、「そうだねえ。こんな時は暖かい場所で眠りたいものだ」寺院の扉の隣に、壁を背にしてジュリオが腕を組んで立っていた。そういえば俺がコイツとまともに話すのは初めてか。「一足遅かったな神官さん。結婚式は花嫁が爆睡したから中止だ」「まったく、そんな面白い事になる結婚式なら、きちんと呼んでくれよ」「この失礼な花嫁を何処か安全な場所で寝かせとけ。それこそ暖かい場所でね」俺はルイズをジュリオに託した。「任せておけ。彼女の安眠場所は僕が責任を持って探す」「感謝するよ、神官さん」馬に乗ろうとする俺にジュリオが声を掛けた。「で、君は何処に行くんだ?そっちはアルビオン軍が来ている方だが」「逃げる方向なんてどっちでもいいだろうよ」「・・・はっきり言うけど、君はこのままじゃ確実に死ぬんじゃないか?ミス・ヴァリエールは君が戦場に立つ事を嫌がる臆病な人物と言っていた。怖いならそれこそ逃げればいいじゃないか?使い魔だからって無理する事はないよ」「ジュリオ、お前家族や兄弟は存命か?」「何をいきなり・・・まあ、いないよ。僕は元々孤児だからね。それがどうかしたかい?」「そうかい・・・なら理解できんだろうな」俺はジュリオに言った。「妹を守るのは兄貴の務めなんだよ!」そう言って俺は手綱を握り、馬の腹を蹴飛ばした。「兄・・・ねえ?」寝息を立てているルイズを見てジュリオは呟く。「全然似てはいないが、兄というのは難儀なものだという事はわかったよ」遠ざかっていく達也を見送りながら、ジュリオは微笑んで呟くのであった。(続く)