アンリエッタが達也の騎士任命の旨の書簡を使者にラ・ヴァリエール家に送らせたその頃。ラ・ヴァリエール家敷地内で何時までも逃げ回っている訳にはいかない俺であったが、ルイズの父親が用意したという竜に騎乗したが、カリーヌに見つかり、掴まり、軟禁状態にされるかと思ったら、何故か連れてこられたのはルイズの姉の一人、カトレアの部屋でした。「では、ごゆっくり」「何がごゆっくりですか!?気まずいわ!?」俺の非難も何処吹く風のカリーヌは、魔法で部屋に鍵をかけたようだった。女性の部屋で男一人と女一人。何だか素晴らしい響きではあるが、俺とカトレアはほぼ初対面である。ルイズを全体的に大きくしたような印象のカトレアは大きく包み込むような空気と儚いような空気を纏わせていた。というか空気が気まずいんですよね・・・。「ごめんなさいね。家の母が。でもあの人、とても貴方を気に入っているみたい」「まさか貴族にさせるつもりとは思いませんでしたよ」「貴族になるのはお嫌?」「何でそう思うんですか?」「何となく・・・貴方はハルケギニアの人間じゃなさそうだから。というか根っこから違う人間のような気がしたわ」俺が異世界の人間とか言った覚えはないんだが。ルイズが言ったのか?いや、そんなはずは・・・「うふふ、当たっちゃった?御免なさいね。私、妙に鋭いみたいで分かっちゃうのよ」この女性はあれか?一人だけ宇宙世紀に生きているのか?「でもそんなことはどうでもいいの。いつもルイズを助けてくださって有難う御座います。陛下に認められたのもあの子一人の力だけではないでしょうから」だからといって俺が協力したからどうとかではないんじゃないかとは思うのだが。フーケとの戦いははギーシュがいて、ワルドとの戦いはウェールズがいて成功したからな。要するにルイズの信頼は俺だけではなく、皆の力で得たものである。「ルイズも大変ね・・・婚約者が裏切り者と分かったらすぐにまた次の縁談が来るのよ?まだ幼いのに」「縁談ですか・・・」「・・・貴族の条件をご存知?」「はっきりとは聞いた事はないですね。魔法が使えると思ったら使えない貴族もいますし」「貴族の条件は一つだけ。お姫様を命がけで守る、ただそれだけよ」「え、それだけでいいんですか?」じゃあ、嫁を命がけで守る夫は皆貴族じゃん。嫁は男にとっての姫だろ。・・・やっぱり違うか?アンリエッタのために命がけになれと?ふとウェールズの二回の死に際が蘇る。・・・そうだな、ウェールズ。君もまだ不安だよな。私怨で戦争をするという恋人の身は君はもう空から見守るしか出来ない。親友の君が惚れた女性だ。この戦争が終わるまで守ってやるさ。勿論俺だけじゃない。彼女を守る人々は沢山いるから勿論当てにするが。・・・って、感傷に浸っているけど、何俺はこの戦争が終わるまではこの世界にいること決定しちゃってるの?何時まで続くか分からんのに・・・「そう、それだけよ」「そうですか・・・」貴族になってもパン屋は開ける。むしろ話題になるんじゃないか?何だ、全く問題ないじゃん。貴族になれば行動範囲も広がりそうだし。なった瞬間、カリーヌの手から逃げればいいんだ!完璧だ!「カトレアさん・・・俺、貴族の話、受けようと思います。まあ、女王陛下が決定してくれたらの話ですけど」「あら、それはまさか私たちの誰かと婚約するということかしら?」「へ!?あ、いや、その申し出は非常にあり難いのですが、俺じゃこっちの家に釣り合わないんじゃ?」「母様は貴方に関してはそういうのはどうでも良さそうだけど」「なんという気に入られ方だ・・・」「私は別にいいと思っているのだけれど」「はぁ!?」「大抵の貴族の婚姻なんて最初は愛なんてないわ。生活を重ねて愛を育んでいくのよ。恋愛結婚のほうが稀よ」カトレアは俺を見ながら言った。「ルイズや母様があそこまで評価している貴方ですもの。私も貴方を信用したいと思っているわ。このような病人でも良いと思うのなら・・・」俺はカトレアのその言葉を遮った。「そういう半ば諦めたような表情で言わないでください、カトレアさん。恋愛なんて俺は極めたわけじゃないし、まだ分からない事ばっかりだらけで、貴族になったとしても、俺に本当に勤まるのかもわかりません。ただ・・・俺は自分が選んだ女性は命を賭けて守ります。病気だとか健康だとか体型がどうとか関係ないですよ。惚れた女を幸せにするのは男の最終目標ですから」本当はこの言葉を言いたい女性は違う世界にいるんだが・・・。カトレアは俺の言葉ににっこりと微笑んだ。「ふむ、なかなかいい雰囲気のようですね」「何をやってるんだお前は」カトレアの部屋の扉に耳を当てている妻の姿を見て、ラ・ヴァリエール公爵は溜息をついた。公爵としても、カトレアの婿については本当に心配だった。病弱で介護を嫌がる貴族や、領地目的で近づくがカトレアに拒絶される貴族・・・。色々縁談は設けたが、一度として成功はしなかった。婚約すらしていないのだ。長女と三女はしたのに、この次女は婚約すらせず、ラ・ヴァリエール領での静養に努めている。生涯独身を貫くのかと思えば、『いずれ運命の人が現れる』とか言ってるのも聞いた事あるし・・・結婚もしてないのに母性に溢れた性格してるし・・・養子とってシングルマザーになる未来を想像してしまった。・・・それは色々不味いんじゃないか?まあ、確かにカトレアの体力を考慮したら出産とか自殺行為ではないのか?悶々とする公爵を見て、カリーヌは「この人こそ何をやっているのか」と思った。翌日。達也です。突然ですが、私、現在、ラ・ヴァリエール三姉妹長女、エレオノールさんの自室に拉致されてしまいました。「全く!お母様は何を考えているの!ルイズの使い魔を私たちの夫にしようだなんて、怖気が走るわ!」「心配しなくても妻になんぞしませんから」「はあ?平民の分際で生意気な口を利いて・・・死にたいようねぇ?」ギスギスした空気です。最悪です。下手に美人ですねとか言っても当然でしょうとか言ってまた怒られます。どうやら身分の低い男と結婚するのは嫌なようです。勿論俺も御免である。だがそれを言うと彼女のプライドが傷つけられるのか、激しく怒る。これでは婚約を破棄されるのも当然であろう。「退出させようにも扉はお母様が封鎖しているし・・・、何考えてるのかしら・・・!!」「何も考えてないんじゃねえの?」「黙れ無機物。事態をややこしくするような発言はよせ」俺は床に座っている状態で、エレオノールは椅子に座って不機嫌な様子である。「貴方、貴族になってどうする気よ?カトレアから聞いたわよ?貴族になろうと思うって」「貴族になろうが平民のままだろうが、俺の目的はパン屋を開業する事なので全く問題ありません」「はあ?パン屋?」俺は自分がパン屋を開業したい理由を簡単に伝えた。鼻で笑われた。ひでぇ。「そんなパン屋かぶれの貴方とこの私が結婚するのはやはりありえないわね」「分かるまい!大貴族の貴女にはパン屋の貴族の利点が!万一食料事情が厳しくなればパンを自分で作れる!」「材料がなければ意味がないでしょうそれ」「だから材料を他の地から買ってパンを作り貧しい方々にお手軽価格で売りつける!」「ただじゃないの!?」「こちとら慈善事業でパンを焼くわけじゃないんだ!報酬は貰わんと経営が出来んでしょう!」「何アンタ、最終的に何がしたいわけ?貴族ってのは功績を更に積み重ねたら領地をもらえるけど・・・貴方は其処まで目指すの?」「領地とか政治的なのは面倒だな思うし、其処までなりたくありません」「政治は他の人に任せなさいよ」「そんなんでいいんですか?」「何も初めから全部やれる人なんているわけないでしょう?ホント貴方は何処の田舎者なのよ。そんなことも知らないなんて・・・」エレオノールは大丈夫かこいつという目で俺を見ている。まあ、アンリエッタも政治面はマザリーニ枢機卿に任せているところがあるらしいしな。よく考えたら専門の事は専門家がやればいいのだ。まあ、其処まで出世するとは思えないんですけどね。「・・・もし、無謀にも私を娶る気があるのならば、その辺はしっかり教育しますから」「いや、絶対ないから」「絶対とか言うな!?平民にまでスルーされる婚期逃した女の悲哀が貴様に分かるのか!?」「その理由はあんたの性格だろう!?」「やかましい!性格なんて可愛げがあるとか言って包み込むのが紳士の嗜みでしょうが!」「物事には限度があるでしょうが!!」「私だって・・・私だって皆に言われなくても必死なのよ・・・」あれ?急に暗くなりだした。ルイズと同じく感情の起伏の激しい人だ。「性格なんてそんな簡単に変わらないわよ。でも結婚したら自分が変わると信じてやって来た・・・でも変えれなかった。私と婚約までしてくれた男達は私を変えて見せるみたいな事を言って、私もそれを何回も信じた。でも駄目。人はそんな簡単に変わらない。変われない。性格を直せば結婚が出来る?お笑いね、自分を偽って結婚して何がいいのよ?これまでの男は私を変えようとしてその器量が足りなかったから、私を変えれなかった。しかし、世の中には私を変えるような王子様みたいな方がいるはずよ!」「・・・変わる必要なんてあるんですか?」「へ?」「変わらなくて良いじゃないですか。エレオノールさん。大事なのはその人を好きになることだと思うんですが」大体付き合う人に合わせてキャラを変えるとか疲れるだろう。俺が好きな女は、暴力的なところもあるが、俺はそれもひっくるめて愛してるんだから。「自分を変えてくれる王子様より、自分を受け入れてくれる人を見極めることが、貴女の婚活に必要な事じゃないんですか?」年収1000万以上とか夢見る女性は俺の世界でも居るが、その人たちは理想ばかり追い求めて、結局結婚できない事が多い。そもそも年収1000万以上の奴がそんな夢みたいな事を言う女性に靡くか?まあ、それは俺たち男にも言えることなのだが。まあ、2次元の女性を嫁と言い張るお方たちはもはや次元が違う恋愛をしてるので俺はなんとも言えんのだが。立ち止まれ、現実を見たうえで周りを見渡せ。あなたの伴侶はきっといる。エレオノールは素材は文句なしだし、家柄も最高ランクだが、性格がキツイ。それだけの問題なら受け入れてくれる人はいくらでもいるだろうよ。「俺が貴女と結婚するとしたら、ただ、仲良くやっていこうとしか言いませんけどね」「・・・・・・平民の癖に生意気ね」まあ、求婚なんてしないのだが。俺を見るエレオノールの目が細められた気がした。エレオノールの部屋の窓の外で、カリーヌは二人の様子を見守っていた。隣には彼女の夫もいる。「どう考えても脈がないように思えるのだが・・・?」「いやですね、あなた。何を見ていたのです?今まであの子に『変わらなくていい』といった殿方はいませんでしたよ?」カリーヌは顔をにやつかせて、部屋の様子をまた見はじめた。公爵は溜息をつき、結婚に嫌われた長女の心配をした。まあ、ルイズが無事なら・・・と思って楽観視していたが・・・。カトレアもそして意外なことにエレオノールもあの少年に対して悪い印象を抱いていないようだ。それがかなり悔しいのだが。「だいたい年上の女性なんて嫌じゃないの?」「は?年上?先に死ぬかもしれないというのはきついかもしれませんが・・・逆に考えると死んだ女性の悲しむ顔は見なくて良いじゃないですか」いつの間にやらこんな話をしているのが気に食わないし、あの男は家の娘を貰う気が全くないのも気に食わない。何が不満だ!?その二日後。王宮からの使者が、アンリエッタの書簡を届けに来た。使者は、今回の戦争では侵攻戦には不参加であり、傷もいえたばかりのアニエスだった。アニエスはアンリエッタに呼ばれてラ・ヴァリエール公爵家の城に、書簡を届けるように言われたのだ。何故自分が伝令のような真似をしなければいけないのか分からなかったが、アンリエッタが言った事が気になる。「私やこの国、そして貴女の騎士をお迎えに行ってくださいまし」・・・どういうことだ?書簡の内容は知らないが、誰か連れてくればいいのか?それに姫や国の騎士というのは分かるのだ・・・ラ・ヴァリエール家はトリステインでも有名な大貴族。彼らが戦争に参加すれば心強いにも程があるからだ。・・・しかし、自分の騎士とは一体どういうことなのだろうか?自分は復讐者として生きている。そんな自分の騎士とは同じ復讐に生きるものか?・・・まさか、あの事件の生き残りが居たとでも言うのか!?・・・いや、何故そんな存在がこれから向かう所にいると思うのだ、馬鹿馬鹿しい。アニエスはラ・ヴァリエール家の屋敷の大きさにその実力の高さを感じた。屋敷の中に通されると、応接室に待たされた。やがて現れたのは、ラ・ヴァリエール公爵と、その妻であるカリーヌであった。書簡を公爵に渡すアニエス。書簡に目を通した公爵は、目を丸くした。「カリーヌ、お前・・・」「ふふふ・・・その通りです。勝手に推薦状を送っておきました。・・・餌もつけて」「やっぱりお前かよ!?」「では、『彼』とあの子を連れてきますわ」「全く・・・面倒な事になった」アニエスは何のことか分からなかった。しかし、これからカリーヌが連れて来るのが自分が王宮に連れて行かねばならない人物だと思った。しばらくしてカリーヌがその人物たちを連れてやってきた。アニエスは目を見開いた。「あれ?貴女は・・・」あれは女王陛下の女官のルイズでは・・・そうか、此処の三女だった。彼女がここに居るという事は・・・・・・「そんなノリで貴族になっていいんですか?」「陛下が良いと言うのですからいいのです」自分を救出したあのタツヤという少年だった。やはりいたか・・・・・・!!アニエスは何故か自分の胸が躍るのを感じた。達也はアニエスに気づくと、少し驚いたようだが、すぐに気の抜けるような雰囲気で言った。「ど~も。怪我はもういいんですか?」「ああ、お陰さまでな」「そりゃ良かったですね」アニエスが達也がシュヴァリエの称号を授与することを知ったのはそれからすぐの事である。そして任命のために王宮にルイズと達也、何故かカリーヌがアニエスとともに向かう事が決定したのはその直後であった。(続く)