カリーヌの突然の発言は俺たちを凍らせるには充分すぎる威力を持っていた。・・・俺がこの世界の貴族に?「そんな・・・平民が貴族になるなんて・・・」「今の女王、アンリエッタ女王陛下は優秀であれば平民に『騎士』の称号を与えるなんて普通にやれる方です」エレオノールの呟きに対して、カリーヌはそんな事は全く問題のないことのように答える。しかし、俺にとっては問題大有りである。そんな面倒くさそうな肩書き貰ったら、元の世界に帰るとき障害にならないのか?「俺はそんな優秀な人間では・・・」「功績は立派じゃないですか。『土くれ』の捕縛時の一人であり、内乱中のアルビオンへの潜入任務も成功。ワルドを退け、何者かに誘拐されそうになっていた陛下を救出、見たこともない飛行機械を操る事が可能で、この前は、裏切り者のリッシュモンを捕縛し、重傷を負っていた銃士隊隊長を救出。更に陛下の護衛も見事果たしています。そんな人物が優秀ではないと誰が言うのですか?本来なら勲章を幾つ貰ってもいいぐらいですよ。実際ルイズは女王陛下の女官の地位にまで上り詰めているのですから、貴方が『騎士』の称号を貰っても不思議ではありません」実はこの功績の他にも、侵攻軍の旗艦、レキシントン号を撃沈しているのだが、目撃者もいないし、ルイズや達也でさえ、あれが敵軍旗艦だという事を知らない。・・・まあ、それでも敵の戦艦一隻撃沈したのは凄いのだが。「いかん!何を言っておるんだカリーヌ!?この男を貴族にだと!?馬鹿を言うな。確かに功績だけ見れば感心するが、何処の馬の骨だか分からん男を陛下が貴族にするわけないだろう!?」「何処の誰だかわからない男を陛下が護衛に指名するとでも?」「タツヤが貴族になれば相対的に私の地位も上がるわね。私は貴族を使い魔にしている・・・う~ん、平民よりはいい響きね」「お前、貴族を召喚したら気を使いまくるって言ってなかったか?」「そりゃあ、最初から貴族を召喚したらの話よ。使い魔の出世は、主である私の出世でもあるのよ。ちなみに私は反対でも賛成でもないわ」「あら?てっきりルイズは賛同するかと思っていましたが?」「母さま、彼にも故郷があるのです。ここで貴族となってしまうと、余計なしがらみにとらわれるやも知れません。ですが彼がこのトリステインに永住する覚悟があるならば、私は、彼が貴族になるのは賛成です」ルイズは俺が異世界からやって来て、更に好きな女の子がそこにいるという事は知っているはずだ。まあ、しかし実は一旦その元の世界に俺が帰れた事はまだ知らない。言ってないから。俺は三国に己の気持ちを言えたが、俺はそれで満足だったのか?俺はまだ、三国を抱きしめちゃいない。抱きしめれるかなと思ったら往復グーパン喰らったし。また泣かせる事をした俺にそんな資格はもうないのかもしれない。そう割り切ればこっちの世界でパン屋する気だったんだが・・・・・・貴族になってもパン屋って出来るか?・・・まあ、貴族でも内職やってる奴もいるだろう。そこら辺は問題ないのか?実家が内職してる奴いないかな。ギーシュやモンモン辺りに聞いてみるか?「ところでラ・ヴァリエール公爵、貴族になったとして、俺に何の得があるんでしょう?」「私に聞くのか!?平民が貴族・・・おそらくこの場合は『シュヴァリエ』だろうが・・・『騎士』なんて称号だから、国内で何か起こった場合・・・まあ、仮に戦争としよう。現に起こっているからな。トリステインでそのようなことが起こった場合、参加せねばならないな。ほぼ確実に何らかの形で。何も戦場に立つだけが戦争ではないし、貴様はメイジではない、ただの剣士風情だろう?先程はルイズを守れたようだが、それが精一杯であろう。そんなのが戦場出ても邪魔になる。まあ、軍役免除税を払う財力が貴様にあれば戦争などに参加せずともよいが、平民上がりの新人貴族にそんな財力がある訳でもナシ・・・。戦争に行きたくないのなら貴族にならずにいれば志願しない限り行かなくていいからな」戦争かぁ・・・。戦争は嫌だけど、戦場には巻き込まれたからな。其処にいるそっくりな親子の暴走のせいで。俺は穏やかに過ごしたいのだが、女王専属の女官であるルイズの使い魔である以上、何らかの形で戦争に巻き込まれることになるのだろう。どちらにしても俺はほぼ間違いなく戦争の片棒を担ぐ事になるのだ。「・・・まぁ、若い男である貴様に貴族の利点を説いても正直分かりそうにないが・・・まあ、分かりやすいのを言ってやろう」テーブルの上に転がったままの公爵が威厳たっぷりに言った。「結婚相手の質が変わる」いきなり何を言い出すのだこの人は!?「何言ってんのこの親父という顔はやめろ!一般論として言っているだけだ!ああ、娘たちよ、汚物を見るような目で父を見るのはやめてくれ!?」公爵はモゾモゾしながら、涙声で訴えた。正直気持ちが悪いです。「平民が貴族と結婚しようとしても、大抵、家の名がどうたらこうたらと言って相手にはされん。実際貴様がもしルイズに手を出していたら本気で殺していたしな」「俺を殺す前にお宅が燃えそうになりましたよね」「先程のアレは軽いお茶目だ」「お茶目で自宅を燃やさないでください、父様」「ですが、貴族同士ならば、問題になるのは家柄だけです。だから家は苦労しているんですが・・・」「だって見合う貴族がやっと現れたと思ったらすぐに破談になるし・・・」エレオノールが溜息をついている。普通にすげえ美人なのに性格が悪いのか?というかルイズ含め、この三姉妹は美人三姉妹と形容してもいいじゃん。それでも嫁の貰い手がないのか?「エレオノール、それは貴女に問題があるからと何度言えばわかるのですか?」「それは相手が私を受け止めるだけの包容力がない短気な男だからでしょう?私に何の問題があるのです?」「そう言う考えだから婚期を逃すのですよ、エレオノール姉様」「ふん、そう言う貴女だって、病気を理由にして。縁談の話はあったはずよ?」「私のこの体質は迷惑をかけるだけですから」「実際、カトレアの体調問題で身を引く方もいらっしゃるけど、それでもいいと言う方もいらっしゃったのに断るのは貴女でしょう。いかにもな理由をつけたって母にはもう通用しませんよ」「え、ちい姉さまって、病気で男の方が寄り付かなかったんじゃないんですか?」「ルイズ、この姉たちのようにはなってはいけませんよ?」「「余計なお世話です、母様」」三姉妹とその母親のコントはどうでもいいのだが。父親である公爵はそのやり取りを羨ましそうに見つめていた。「まあ、何の後ろ盾もない状態で貴族になっても見向きもされないからな。これからまた何か貴様が功績を立て、一領地を与えられるような貴族になれば話は別だが。平民としては其処までの扱いになると、嫁より先にやっかむ者どもが現れる。そうなると貴様は命を狙われるな、間違いなく。まあ、貴族になるのであれば、の話だがな。私は貴様が貴族になるのは反対だ。貴様に其処までの覚悟も力もあるとは思えないからな」「俺は大人しくパン屋開業するか実家帰るかしたいんですが」「そうしておけ。戦争など好き好んでやるのは軍人か名声を得たい貴族だけで充分。元々違う国出身の平民の貴様には余計なものなのだからな」このおっさん、ただの変態親ばか親父じゃない。格好は情けないが尊敬に値する『大人』である。「まあ、なるとしても到底あの枢機卿やらが賛成するとは思えんが・・・」まあ、女王陛下一人で決めるものじゃないと思うしな。そういうのは審議を重ねてやるべきだ。ギーシュも言っていたが、平民が貴族になるには並大抵の功績じゃなれないんだろうし。ルイズの母親はあそこまで言ってくれてるけど、俺はまだ其処までの功績は残しちゃいないだろう。「まあ、ならないと言っても、勝手に推薦するんですけどね」「おい待てカリーヌ。今何と?」「勝手に推薦すると言ったのですよ」「いえ、俺、貴族になるつもりはないんですが・・・」「ああ、そうなんですか。だから?」「だから?ってお前、先程この小童になるかならないか尋ねたじゃん」「ええ、聞きました。それで?」「俺が断ったらそれで終了じゃ・・・」「何言ってるんですか?意味が分からないんですが」「「意味が分からんのはアンタだ!?」」「母様!?タツヤを初めから貴族に推薦するつもりだったんですか!?」「何考えてるんですか貴女は!?思いつきで平民を貴族にしようとしないでください!」俺や公爵、ルイズ、エレオノールの突っ込みにも平然としているカリーヌ。かけている眼鏡をくいっとあげて言った。「我がラ・ヴァリエール家はもはや存亡の危機です」「いきなり何を言い出すの母様?」カトレアの疑問も最もである。「エレオノール、カトレア、そしてルイズ。はっきり言いましょう。貴女方には男運がない。いえ、自ら投げ捨てています」「母様!姉さま達はともかく、私も一緒くたにしないでください!」「ちびルイズ、幾ら男を連れ帰ったとはいえ、使い魔では自慢にならないわよ!あーっはーっはっはっは!」「男に連れて行かれても帰ってくるたび一人の姉様には言われたくありません!」「上等じゃないのルイズ。使い魔召喚したり陛下の女官になったからって調子に乗ってるんじゃないわよ?」「まあ、ルイズのワルドの件は残念でしたが、それでも学院で恋人の一人や二人ぐらいいるかと思えば手紙にはそんなこと一切書いてない。勉学に励むも結構ですが、姉がこの様で、貴女にはもっと危機感を持ってもらいたかった」「何でそこまで言われなくてはならないのですか!?」「いや、万一恋人が出来たとか言ったら、全力で潰すからそいつ」「あなたは黙っていてください」「は、はい・・・」カリーヌの権力は絶大なものがあるようだ。公爵は先程まで親の敵を見るような目で見ていた俺に対して呟いた。「私は彼女の夫をもう30年ほどしているが・・・悪い事は言わん。隙を見て逃げろ、小童。どうせカリーヌは碌な事を考えていない」「とはいうものの・・・隙なんてあるんですか?」「ないなら作れ」「こそこそ逃亡の算段お疲れ様です。ですが、逃がすつもりなど全くありませんよ?」「やかましい!カリーヌ!お前の考える事などわしにはお見通しだ!どうせこの小童を貴族にしたら家に婿入りさせる気だろう!許すかそんなの!?」「流石ですね。私の目的をあっさり看破するとは。ではどうします?跡継ぎの問題は?もう一人作ります?それは私でも少し無理がありますよ?それとも愛人でもいるのでしょうか?」「いない!いないから杖をしまって!?だが、婿入りしたらこの馬鹿がわしの息子だぞ!?」「いいじゃないですか。このぐらいの歳の息子がいても」「俺は嫌ですけどね」「お前が言うのか!?婿入りするにしても、誰の婿にするのだ!?許さんがな!」「三人のうちの誰か」カリーヌは当然のように答えた。その場にいた全員が驚愕する。おい!さっき娘の幸せを願うとか言ってただろう!?こんなどこの誰だかわからん輩と結婚するのは不幸じゃないのかよ!?ふざけるな!こんな茶番に付き合えるか!?俺は逃げる!身を翻そうとしたら、動けない。俺もいつの間にかカリーヌの風の魔法によって拘束されたのだ。おいこら、喋る剣!この魔法を吸い込め!しかし喋る剣は現在、鞘に入った状態なので無理っぽい。ならば鞘から抜いてくれる奴がいればいいのだ!カリーヌは逃げようとした達也を拘束した時は、正直拘束される前に何とかして欲しかったと思って、少し落胆していた。だが、その達也の姿が若干ぶれたかと思ったその時だった。何と達也がもう一人、縛られている彼の隣に出現した。『偏在』かと思ったが、魔法のそれは感じられない。もう一人の達也は、縛られている達也の背中の剣を抜き、その剣を縛られた達也にかざした。すると、自分がかけた魔法がその剣に吸収されていくではないか。何だアレは!?少し驚いている間に、二人の達也はダイニングルームを飛び出す。しまった!?逃がすか!カリーヌがダイニングルームを出たとき、達也たちは窓から外へ飛び降りようとしていた。魔法を使えないのに危険じゃないのか?高さは結構あるのだが・・・しかし二人は全く躊躇せずに窓から飛び降りた。レビテーションが使えでもするのか?いや、魔法は使えないはずだろう・・・!?「タツヤ!?」ルイズも達也が飛び降り自殺したかと思ったのか、窓に駆け寄っていた。しかしカリーヌとルイズが見たものは、はっきり言って異質であった。達也たちは空中を全力疾走していた。およそ10歩ぐらい。だが、そのぐらいになって急に地上に落下しはじめた。だが地上すれすれになって、一人の達也がもう一方の達也を踏み台にするかのようにして落ちている最中ジャンプすると、また低空ながらも空中を走り、また10歩ぐらいで地上に落ちたが、全く持ってダメージは受けたように見えず、そのまま走り去った。踏み台にされた方の達也は地上に激突後、そのまま消え去った。やっぱり死んだのだ。「く、空中を走ってる・・・タツヤ・・・アンタは一体何処まで私を楽しませれば気が済むの!」ルイズは爆笑していた。カリーヌは達也の逃亡の方法に苦笑いしつつも、達也の評価をさらに上方修正するのだった。ところで逃げるはいいんだが、一体俺は何処に逃げればいいんだろうか?城の外には出れたが、城壁の外には出れていないんだが。俺がルイズの母親に差し向けられた追っ手に一晩中追われる羽目になったのはそれからすぐのことである。(続く)