「しまった・・・」「どうしたね小僧」俺は今になって痛恨のミスに気がついた。「部屋を掃除するのはいいが最初に雑巾がけではなく箒で掃いた後に雑巾がけだった」「全部水ぶきする前に気づけよ」既に水ぶきしてしまった納戸を呆然と見て俺はがっくりと肩を落とすのだった。ルイズの衝撃的(カリーヌ以外には)発言に、ラ・ヴァリエール家のダイニングルームは凍りついた。「人間の・・・男を召喚した・・・だと・・・!?」ラ・ヴァリエール公爵は限界まで目を見開き、今しがた信じられない発言をした愛娘を見つめながら絶望の海に飲み込まれようとしていた。何処の馬の骨だか分からない男を、「親愛なる」「私の」「自慢の使い魔」と呼ぶだと・・・?自分が顔を見たこともない男を想って誇らしげにその可愛らしい胸を張って言っただと・・・?そして恐らく自分も見た事のないようなルイズの一面をその男は見ているのか?・・・許せん。断じて許せん。我が愛娘を惑わすその使い魔とやらは断じて許せん。明日紹介すると言うが、その必要はない。何故なら明日の日は、その男に拝ませる必要がないからだ!かつてのルイズをその邪悪な男から取り戻す。そして邪悪な男の呪縛から解きはなれたルイズはこの父に、昔のように無邪気な笑顔で言うに違いない。『ルイズ、お父様と、けっこんする~』フフ、フハハ、フハハハハハハ!!完璧だ!これは完璧だ!こうしてルイズは悪夢から解き放たれるのだ!ルイズ、待ってなさい、今、私がその愚かな使い魔を消滅させてやろう。ラ・ヴァリエール公爵は娘の過去の発言を捏造してまでその娘の使い魔を消そうと決定し、席を立とうとするが・・・すぐにカリーヌの風によって拘束されてしまった。「な!?離せカリーヌ!?私はこれから食後の狩りに・・・!!」「まだ食事ははじまったばかりですよあなた・・・?私にはあなたの考えている事は手にとるように分かります。あなたがしようとしている事をやってみなさい。死んだほうが数倍マシといった拷問をそれ以降毎日やりますから」カリーヌの目は本気だった。というか拷問って普通に言ったよこの嫁!?ま、まさか・・・!おのれ使い魔め!我が妻まで懐柔しているとは!卑劣な男めぇ・・・!!だが・・・まあいい、どうせ明日になればその男の運命は潰える筈!ここは公爵として、父として器の大きな所を見せなければ!「人間の男を召喚したですって・・・!?」エレオノールはは限界まで目を見開き、今しがた信じられない発言をした妹を見つめながら絶望の海に飲み込まれようとしていた。自分は何故か次々と婚約を破棄されているのにも拘らず、この妹は向こうから男が来た上しかもうまくやっているようだと・・・!?認めん・・・認められないわ・・・!何故私は男運が自分を飛び越えていくぐらいにないのに、何故この妹は男と仲睦まじそうに過ごしているのだ。くっ!外見の魅力は大人の魅力の差で自分の方が上だと思っていたのに!いや、それは好みの問題だから関係ないか。では何故私には男運がないのだろうか?思い当たるフシが見つからないわ。ルイズが自慢するその使い魔とは何者なのだろうか。見た感じまだ恋愛感情には至っていないようだが・・・しかし、私を脅かす芽は早いうちに摘むべきである。『御免なさい、姉さま。姉さまより先に男を作ろうだなんて、私は愚かでした』そうよ、ルイズ。姉より優れた妹はいないの。確かにカトレアの胸部は凄まじいものがあるけど、病弱で使う機会がなければ邪魔なだけなのよ。そう、カトレアのアレは無駄なものなのよ!断じて羨ましいとか思っていないもんね!「エレオノール姉さま」私の上の妹、カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌが私の方を向いていた。その微笑みは余裕さすらある。「私の胸部を凝視しても姉さまの胸部は中途半端のままですよ?」こ、心を読まれた!?というか中途半端ってなによ!?失礼すぎでしょこの妹!?ええい!勝ち誇った目で見るな!ルイズはダイニングルームで行なわれている空しい攻防を見ながら食事に手をつけ始めた。明日のタツヤのお披露目は阿鼻叫喚の惨劇になるだろう。タツヤめ、私を一人でこの場に来させた報いを受けるといいよ!HAHAHAHAHA!やはり家族全員揃うと賑やかだ。ラ・ヴァリエール家の執事、ジェロームは微笑みながらそう思った。翌日。今日は我が愛娘ルイズを惑わした我が敵との対面である。本当ならば今すぐ首を刎ね飛ばしたいのだが、カリーヌが睨みをきかせているのでそれも難しい。だが、その顔、我が人生最大の怨敵として記憶してやろうではないか!!今日は私の下の妹、ルイズの使い魔のお披露目である。正直、人間と聞いたときは馬鹿にしてやろうと思ったが、妙に自信満々なのも気になる。今はルイズが呼びに行くと言ってこのダイニングルームを出て行った。召使に任せればいいのに・・・。「部屋が何だか綺麗になっていたけど・・・掃除してたの?」「おあつらえ向きに雑巾と箒があったからな」声が聞こえてくる。ルイズと・・・確かに男の声だ。母のカリーヌはその声を聞くとくすっと笑っていた。父は噛んだ唇から血が出ている。「お待たせいたしました。使い魔を連れて参りましたわ」「お初にお目にかかります。お嬢様の使い魔をやらせて頂いています、因幡達也、この土地風で言えば、タツヤ=イナバと申します」一礼する使い魔の少年。格好から貴族のそれではない。ルイズはこの少年の何処が気に入ったのだろうか?「ちょっと、お嬢様とか今まで呼んだ事もない呼び方なんてちょっと気持ち悪いわね。もっと呼んで!」「はい、お漏らしお嬢様」「前はいらない!前は外して言え!?」「かしこまりました、お嬢様お漏らし」「うがー!後ろにつければいいというものじゃないのよー!!この!この~!ええい!頭を抑えるなぁ~!!」「はしたないですよお嬢様?ご家族の面前じゃないですか」「うにゃああああ!!殴らせろ蹴らせろおおお!!!」「嫌ですなあ、殴られても蹴られても痛いじゃないですか」「その上から目線の敬語が腹立つわ!!むきー!!」何この可愛い寸劇。ルイズが小動物みたいに愛らしいんですが。あんなルイズの姿、確かに見たことがない。カトレアは目を丸くして、母は笑いを堪えなさそうにしている。・・・で、ルイズを溺愛している父はといえば、血の涙と鼻血を出して、「か、可愛い・・・可愛いぞおおおおお!!」と言って絶叫して悶えていた。この人は無視しよう。だが、この程度では、何故自分の母までがこの男を気に入っているのかがわからない。だが、あの二人の姿はじゃれあっている兄と妹の姿に見えないこともない。「まあ、冗談はここまでにして、俺にご家族を紹介してくれ。世話になってる人の家族の顔と名前は覚えておきたいし」ルイズはローキックを少年に食らわせてから、私たちの紹介を少年にしていた。使い魔の少年はルイズの説明に静かに耳を傾けている。私の説明を「婚期を逃しまくる姉」、カトレアの説明を「病弱で男が寄り付けない姉」、父の説明を「変態公爵」と説明するな!?覚えてなさいよ、ちびルイズ!成る程、ルイズのお姉さんたちは確かに美人だ。このような美人3姉妹が娘ならば、ラ・ヴァリエール公爵も、父親として溺愛するし、俺の存在も疎ましい事だろう。でも、考えすぎだろうよ。俺がこの世界の貴族ならともかく、そんな肩書き邪魔なだけな異世界の人物を警戒しなくても。そういうつもりはないからさ。ルイズは綺麗なままですよ?「・・・はっ!?あまりの娘の愛くるしさに昇天しかけてしまった!」どうやら先程まで悶えていたルイズの父が正気に戻ったらしく、険しい表情で俺を睨んだ。別に娘さんをくださいとか言わないから。何時もお世話になっていますぐらいしか言わないから。ゆっくりと立ち上がるルイズの父親は目にも止まらぬ速さで杖を抜き放ち、「死ねい!!」と言って杖を振ろうとしたら、カリーヌの『風』の魔法で吹き飛ばされた。だが、吹き飛ばされても尚、俺に向けて、杖を向けていた。いや、それはいいがそのまま放つとルイズにも当たるだろう。小さな火の玉が幾つか俺の方へ飛んでくる。屋内で火を放つな!?「小僧!俺を使え!」俺は喋る剣を抜いて、ルイズの前に立ち、飛んでくる魔法を吸収させた。ち、火の粉で少し手を火傷しちまったがルイズは守れたな。カリーヌに折檻されている公爵を見ながら俺は喋る剣を鞘に納めた。だが。「ちょ、床が燃えてるー!?消火して消火ー!?」「屋内で火の魔法を使わないでください父さま!」「あなた、どうやら本気で死にたいようですわね?」「す、すまん・・・つい・・・許して・・・」「ちょっと待てルイズ!ワインで火を消そうとするな!?水をかけろ水を!?」「ワインで消えるかもしれないじゃない!燃え広がっても火を放ったのは父様だから問題ないわ」「問題なくねえ!城が炎上するわ!?」結局執事の人が消火するまで俺たちは大騒ぎをしていた。小火ですんで良かった・・・・・・。と、いう訳で現在、ルイズの父はテーブルに正座させられて、娘3人と妻に説教されて涙目状態である。この時、カリーヌが、ルイズが俺のことを『兄』として慕っていた時期があると爆弾発言して、また問題になった。「認めん!私はこの小童が息子など断じて認めん!」「認めるも何も元々赤の他人ですしね。貴族でもないから。良かったじゃないですか、美人の娘さんを獲られる心配のない人種で」「おのれぬけぬけと!?男なら地位の違いなどすっ飛ばして娘さんをくださいと言ってみろ!殺してやるから!」「俺にどうしろと!?つまりは死ねと言ってるようなものじゃないですか!?」「死ね!バーカ!」「ストレートに言ったよこの人」「我が父ながら引くわー」「ルイズ!お前はこの馬鹿に騙されているんだ!早く、あの時の『おとうさまとけっこんする~』とか言っていた時代のルイズに戻っておくれ!」「そんな事を言った覚えは微塵もありませんわ」「またまた照れちゃって。父には全て分かっておる」「・・・キモッ」小声で毒づきながら引くルイズ。カリーヌは調教用の鞭で夫の身体を一発叩く。「あいたぁ!?何するんだカリーヌ!?父と娘の愛のスキンシップだろう!?」「家を炎上させかけた今のあなたに発言権はありません」「ご尤もです・・・・・・」冷徹な視線で夫を睨むカリーヌ。「私の方からも謝ります、父がすみません。ルイズの事になると見境がなくなって・・・」ルイズの姉、カトレアも俺に父の暴挙を謝ってきた。いや、まあ、どうもないし別にいいんだけどね。その様子を見ていたカリーヌが何だか変な事を思いついたような顔になった。「ルイズをこれからもよろしくお願いしますね・・・」と、カトレアが言ったときだった。「貴方、貴族になるつもりはないかしら?」唐突に、カリーヌが俺に尋ねてきた。・・・・・・・え?なるの難しいんじゃないの?(続く)