ルイズの実家、ラ・ヴァリエールの屋敷までは馬車で二日かかるらしい。つまりルイズは馬車で二日間母親と一緒ということである。ルイズは冷や汗のかきすぎで脱水症状になりそうである。何故魅惑の妖精亭で働いていたのかは俺がルイズの母、カリーヌに説明した。情報収集をするにあたり、酒場で働くのは都合が良かったのと、そもそも最初は花売りしろとか言われてたというと、カリーヌは、「娘に花売りの意味を教えてないの・・・?あの人は?」と、何故か頭を抱えていた。酒場でのルイズはよく働いていたし、皿洗いも覚えたので評価して欲しいと頼んでみたら、意外にあっさりルイズの労を労っていた。だが、あまりにも目立つのはいけないとも言われていた。そりゃそうだ。ルイズが魅惑の妖精亭で働いている事はすでに彼女の家族にばれているらしい。しかしそれは任務の一環だから仕方ないではないか。「ところで俺がついて来る意味ってあるんですか?」「ルイズの使い魔の披露も兼ねていたのですよ、今回の帰省は。貴方がいないと意味がありません」「あの・・・母さま・・・姉さまはいらっしゃるのですか?」「エレオノールですか?最近婚約を解消されたばかりですから当然いますよ?」「またですか・・・」「ええ、またです。いい人が中々見つからないようで、彼女も涙目です。そういう訳で彼女は機嫌が悪いのでその話は厳禁ですよ?私はどんどん弄りますけど」「やめて下さい母さま、しわ寄せは私に来るんです」「強く育ちなさいルイズ。母は、それを望みます」「八つ当たりは嫌だ!?」それからカリーヌは魔法学院でのルイズはどうだったかを俺にいくつか質問してきたので、答えられる範囲で答えた。土くれ退治は知っており、ワルドが裏切ったのも知っていたので、知らないのは何だと思って、思い浮かんだのがあの『妹』事件である。カリーヌは俺が話す『妹』事件の内容を聞くと爆笑していた。ルイズは頭を抱えていた。「いや~、そりゃあもう聞いた事のない声で言ってましたよ『お兄様』『お兄様』って。本物の妹がいなければ即死だったんじゃないんですか?」「ルイズ、彼に「お兄様」と言って御覧なさい。遠慮はいりません、ぷっくくく・・・」「なんで意気投合してるんですかあんたらはー!?」そりゃお前似てるしね、この人と。やっとラ・ヴァリエールの領地に到着した。まだ屋敷は見えません・・・・・・。・・・・やはりルイズの家は馬鹿でかい。庭でこのレベルか。ルイズの家の土地は日本の大きめな「市」ぐらいの大きさがあるらしい。それぐらいの金持ちの所のお嬢さんなのに、小便漏らしたりゲロ吐いたり厨房にドレスで乱入したり・・・。・・・いやあ、本当に親御さんに申し訳ないな。というか俺、貴族のこの人々と一緒の馬車に乗ってよかったのか?「俺って貴族じゃないんですけど、一緒の馬車に乗ってよかったんですか?」「あー・・・お父様や姉さまは気にすると思うけど・・・」「いいのですよ。気にしなくて。ルイズの義兄ということはつまり私の義理の息子も同然。いやもう、家は息子がいないので」「ノリが軽すぎではありませんか、母様・・・?」「ルイズ、いくら使い魔とはいえ、彼は意思ある人間。漏らして吐瀉しても幻滅せずに付いて来てくれる方などいませんよ?」「絶対コイツは面白がっているだけですから!?私を踊らせて楽しんでいるだけですから!?」「彼が貴族でないのが残念でありません。貴族だったら家の娘を紹介しますのに。面白そうですし」「面白そうだからという理由で娘を嫁に出さないでください!?」いや~平民でよかった。貴族なんかめったになれないってギーシュも言ってたし、平和主義の俺には縁はない・・・よね?貴族とかなったら土地を治めなければいけないのだろう?何か大変そうじゃないか?異世界出身の俺にとって、此処の世界の貴族の肩書きは余計なものでしかない。というかルイズは自分の母親が苦手のようだが、お前と変わらんぞ本当。「こうまでして面倒見ないと駄目でしょう、貴女達は。エレオノールは長続きしないし、カトレアは病弱が仇となっていますし、最後の希望の貴女は、あのような事になってしまいました。このままではラ・ヴァリエール家は滅亡ですよ?心配にもなります」「わ、私はまだ・・・!!」「そう言い続けてエレオノールは婚期を無為に投げ捨て続けているのですよ?カトレアも病弱を理由にして半ば諦めてますし。こっちはさっさと落ち着いて欲しいんですよ」「だからといって、適当に選んではまたワルドのようなことになるかもと」「そうです。其処なのですよ私達が頭を悩ませているのは。こちらも親ですから自分の娘には幸せになって欲しいのです」「母さま・・・私、結婚なんかしたくありません!」「まあ、今はあのような事があったのでその言葉は聞き流します」「聞き流さないでください!?」ルイズの抗議にも涼しい顔のカリーヌ。逆に一睨みするとルイズは情けない悲鳴をあげて震え始める。そんなに怖いのかよ。母は強しということか。領地に入って半日後にやっと丘の向こうにお城が見えてきた。普通に西洋のお城、所謂キャッスル的な何かだ。高い城壁の周りには深い堀、城壁の向こうには高い尖塔が幾つも見える。城が見えたその時、大きなフクロウが馬車の窓から飛び込んできて、俺の頭に止まった。「お帰りなさいませ、奥さま、ルイズさま」・・・まあ、魔法なんてものがある世界だし、フクロウが喋ってお辞儀したぐらいじゃもう驚かんよ。だが頭から早く離れろ。地味に痛いんだから。「トゥルーカス、父様は?」「旦那様、エレオノール様、カトレア様は晩餐の席でお待ちで御座います」「ハハッ、終わったわ」ルイズは半泣きで肩を竦めた。流石に哀れになってきた。「俺は晩餐に出席するべきですか?」「ええ、貴方はルイズの使い魔ですから。でも同伴するならば晩餐中はルイズの椅子の後に立っていてください。それが嫌なら、一応部屋を用意していますので、そこでお食事をおとりになってくださいな。流石にあの人がいきなり貴方を見たら誤解するでしょうから」「・・・同伴しなくていいです」「それが懸命だと思います」「ちょ、タツヤ、ついて来てくれないの!?そんなひどい!」「すまん義妹よ、俺はお前の犠牲を糧に生きていく」「一緒に死んでちょうだいお義兄様!」「嫌じゃー!?」「ルイズが此処まで気を許している相手がいるなんて・・・母は感激です。いい使い魔に巡り合えましたね、ルイズ」「わざとらしい!?わざとらしく出てもない涙を拭いてるよこの母親!?」賑やかな馬車はやがて城の跳ね橋を渡って城壁の内部へと進んだ。ルイズの実家はとんでもなく豪華だった。玄関からもそれが分かった。俺は晩餐会には参加しないので、紹介は明日ということになった。召使に案内され、用意された納戸のような部屋に入った。壁には箒が立てかけられ、ベッドには雑巾がかけられていた。成る程、これで部屋の掃除をしろと。俺はまず少し汚れた部屋の掃除を始めた。納戸とはいえ俺の世界の自分の部屋より広いんですが。とてつもない金持ちだなおい。ダイニングルームへとカリーヌに連行されたルイズは、自分の席へと腰掛けた。カリーヌも自分の席に腰掛ける。上座に座った男性、ルイズの父親、白くなったブロンドの髪と口髭が印象的なラ・ヴァリエール公爵は口を開いた。「よくぞ戻った、ルイズ」「と、父さま・・・た、只今戻ってまいりました・・・」「戻りましたですって、ちびルイズ?もう夏期休暇は1ヶ月を過ぎようとしているのに、今まで酒場で何を遊んでいたのかしら?」そう言ったのは、ルイズに顔立ちは似ているが髪の色がブロンドの美女だった。ルイズの姉にして、ヴァリエール公爵家長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールである。ルイズはこの姉が苦手であった。だが、ルイズも何時までも負けて入られない。いつまでも怯えていては、アンリエッタや友人や使い魔のタツヤにあわせる顔がない。「軽い花嫁修業ですわお姉さま。私は結婚するならば幸せになりたいですし」「は、はなはな!?花嫁修業だとおおおお!?」「ええ、父さま。このルイズ、すでに皿洗いは完璧にこなせますわ」「す、素晴らしい!!!」一体何が素晴らしいのか分からないが、ラ・ヴァリエール公爵は涙を流して娘の成長を喜んでいる。娘を基本的に溺愛するこの夫も、カリーヌにとっては頭痛の種である。そのせいでエレオノールは性格は夫の影響を受けまくり、次女のカトレアは行った事もない土地の領主になった。ルイズは魔法が苦手だったので、とにかく座学だけは勉強させて、魔法学院に送り込んだ。その時この夫はかなり反対したが、魔法で黙らせた。自分の影響を受けたとは思うが、よくもまあ自由に育ったものだ、ルイズは。家にいるより明るい表情になったと思う。あの使い魔の少年の影響もあるのだろうか?馬車の中でからかって彼を兄と呼んでみろと言って、照れつつもこの子は言ったのだ。『お兄様、助けてください』『義妹よ、たまには自分の力で苦難を打開するのはどうだ?』『まさにお前が言うなよね、それ』『否定できない自分が悲しい』その時の笑いあう二人の姿は、カリーヌには眩しく見えた。恋愛ではなく、親愛。その言葉がピッタリだった。まあ、夫にはそれでも気に食わないだろうが。ルイズは今、学院での出来事を自分の父親や姉たちに話している。大体のことは知っているが、それは所詮報告でしか知らされていない。カリーヌは馬車で達也も交えて聞いてるので、今更質問する事もないが。だが流石に『妹』事件の事は言っていない。面白いのだが、それを言うと夫であるラ・ヴァリエール公爵は怒り狂うだろう。そうなるとまた面倒な事になる。ワルドとの一件や、開戦の際、攫われたというアンリエッタを救出したと聞いたときは危ない事をするなと思ったが・・・そのことで現女王の女官にまで上り詰めた『落ちこぼれ』と呼ばれていつも怒られて泣いていた可愛い3番目の娘・・・。まだ危うい所は勿論ある。だが、此処までになるとは自分も思っていなかった。彼女がここまでになったのは彼女の努力もあるが、あの使い魔のお陰でもあるのだろう。「そして一計を案じた私は、『妹』を演じることになりました。その結果、店の売り上げはあがりましたが、噂になっていたんですね・・・」「糞!何て時代だ!花売りよりマシとはいえ・・・!!ええい!うらやましいぞおおおおお!!!」ルイズが酒場で働いているかもしれないと聞いて一番暴れたのはこの男である。「見たい!」とか、「お兄ちゃんと娘に呼ばれたらその・・・恥ずかしながら・・・フヒヒ」とか言ったので吹き飛ばして縛り上げたが。酒場でのあの素朴な格好を見たら多分この親馬鹿は卒倒していたろう。鼻血を出して。「ところでルイズ、あなた召喚した使い魔は?」「今は休んでると思いますよ」「動向を聞いてるんじゃなくて、何を召喚したのよ」「母様に聞いても教えてくださらないのよ」やはりエレオノールもカトレアも其処が気になるのだ。カリーヌは自分の夫が挙動不審なのを見て笑う。夫にはルイズは人間を召喚したと言ってある。ただし、性別は言っていない。「人間です。貴族じゃないけど、私の自慢の使い魔です」実に晴れ晴れとした表情で言うルイズを見て、カリーヌはそっと微笑むのだった。「性別は・・・?」搾り出すような声でルイズの父は言う。「男ですわ、父さま」「「なん・・・だと・・・!?」」固まったのはルイズの父とエレオノール。カトレアは目を丸くしていた。「もう一度言います。彼は、私の親愛なる・・・そして自慢の使い魔です」高らかに、半ば自棄になってルイズは宣言した。(続く)