トリステイン魔法学院の学院長室は本塔の最上階にある。トリステイン魔法学院長のオスマン氏は重厚なセコイアのテーブルに肘をつき、欠伸などをして暇そうにしていた。いや、実際暇なのである。「世は今日も事もなし・・・暇じゃ・・・」退屈は人を殺すと言うが、このままでは本当に退屈で死にそうである。オスマン氏としても、死因が『退屈』は御免だ。だいぶ前から自分の理想の死因は腹上死と決めてある。人より長い月日を生きたオスマン氏であるが、『退屈』という不倶戴天の敵の対処にはここの所手を焼いていた。暇つぶしに鼻毛を抜き続けてみたが、余りに抜きすぎて先程大量の鼻血を出し、危うく死ぬかと思った。『鼻毛抜き禁止令』を秘書のミス・ロングビルによって通達され、オスマン氏はそれに変わる暇つぶしを探さなければ気が狂いそうだった。「あー、平和じゃ平和。あまりに平和すぎて暇すぎじゃ。乱れろ平和。あ、でもそれだとまた馬鹿な貴族どもがうるさいのぉ・・・何か面白い事でも起きんかのぉ・・・そう思わんかね?ミス・ロングビル?」オスマン氏は椅子から立ち上がった理知的な顔立ちが凛々しい、ミス・ロングビルに現状の退屈への不満を漏らした。ミス・ロングビルは微笑を貼り付けたような表情で答えた。「平和な事は良いことですわ。オールド・オスマン」「優等生的発言じゃのぉ・・・つまらん」鼻をほじりながらオスマン氏は溜息をついた。「平和な日々かこう続くとな、暇潰しの方法が何よりの重要な課題になるのだよ」オスマン氏の顔に刻まれた皺が彼の過ごした長い歴史を物語っている。百歳とも二百歳とも言われている。本当の年は誰も知らない。いや、本人すらも知らないかもしれない。別にボケた訳ではない。断じて違う。ただ数えるのが面倒になっただけである。「だからといって、毎日のようにわたくしのお尻を撫でるのはやめてください」「ワシは女性のお尻が大好きなんじゃよ」「そう言いながら先週は私の胸まで触りましたよね」「たまには赤子に戻りたいときもあるんじゃ」「年齢を考えてください」「ばぶー、ぼくはおすまんでちゅ。ままー、ままー」「やめてください、オールド・オスマン。本気で気持ち悪いです」どこまでも冷静な声でオスマン氏を咎めるロングビルだったが、流石に最後の老人の赤ちゃん言葉は生理的に受け付けなかったようである。オスマン氏が「冗談じゃないか・・・母性の欠片も無いのぉ・・・」と、不満を漏らしていたが、母性とかそういう問題ではない。深い、苦悩が含まれた溜息をオスマン氏は吐いた。これも今日だけで何回目だろう。「これ程長く生きても、世界の真実はいまだ解らぬ。真実とはなんなんじゃろう? 考えたことはあるかねミス……」「少なくとも……私のスカートの中にはありませんわ。オールド・オスマン。机の下にネズミを忍ばせるのやめてください」「・・・真実はなくとも、そこに男の夢はあると思うんじゃよ、ワシは」「永久に夢を見たままの状態をご所望ですか?」オスマン氏は「クソ!なんて時代だ!」などと吐き捨て、世界に絶望したような表情になりつつも呟いた。「モートソグニル」ロングビルの机の下から、ひょいとハツカネズミが現れオスマン氏の肩に止まった。ロングビルが非難するように、オスマン氏を睨んだ。オスマン氏は飄々とした様子でポケットからナッツを取り出しハツカネズミに渡す。ちゅうちゅうとネズミが喜んでいる。「わしが気を許せるのは、お前だけじゃ。モートソグニル。……で、どうじゃった?」ちゅうちゅうとモートソグニルは鳴く。「そうか、そうか。白か。純白か。しかし、ミス・ロングビルは黒と思ったんじゃがのぉ・・・案外乙女チックな所もあったというわけじゃな。ワシもまだ修行が足りんというわけじゃな。ほっほっほ」「オールド・オスマン」「なんじゃ?」「即刻、王室に報告します」「君は未知への探究心を咎めると言うのかね!?それは人類の発展と未来に対する敵対行為じゃぞ!!」オスマン氏はよぼよぼの年寄りとは思えない迫力で咆哮した。「かーっ!!最近の婦女子は心が狭くて困る!下着を覗かれたぐらいでカッカしなさんな、そんな風だから、婚期を逃すんじゃ!じじいのお茶目な楽しみぐらい豪快に笑ってスルーせんか!」あまりにも理不尽で失礼な老人の主張にミス・ロングビルは立ち上がり、無言で上司であるオスマン氏を蹴りまわした。(コンボが発生しました)1HIT!「はうあ!?」2HIT!3HIT!4HIT!5HIT!「はぶぅ!?ちょ、ちょっと、痛い、やめっ」6HIT!7HIT!8HIT!9HIT!「あうっ!ぬおっ!?ちょ、マジ痛いって、あだっ!」10HIT!11HIT!12HIT!13HIT!14HIT!15HIT!!「ちょ、ミス、年寄りは、そんな風に、こら、んぎゃ!」16HIT!「おふぅっ!・・・び、美女にいたぶられるのも良いかもしれんのぉ・・・」オスマン氏が新たな境地に達そうとしたその時だった。ドアが勢いよくあげられ、慌てた様子のミスタ・コルベールが入ってきたのである。その一瞬の時間で、ロングビルは自分の席に戻り、オスマンは威厳たっぷりに立って考えている振りをしているあたり只者ではない。「た、大変です!オールド・オスマン!」「大変なのは今のワシの身体の状態じゃよ・・・どうしたねミスタ・コルベール?そんなに息を切らして?なにか面白いことでもあったのかね?君が足繁く通う図書館にいかがわしい本があったとかかね?すまん、たぶんそれはわしが個人的に寄贈してみたものじゃ。ああ、ちなみに君の頭髪の話なら先々週やったばかりじゃ。でも君の頭髪がまた抜け落ちようがが別段変わった事ではないからいちいち報告せんでも良いぞ?」「オールド・オスマン・・・あなたは生徒達も利用する図書館に一体何を寄贈しているんですか?」ミス・ロングビルは怒るのも疲れたといった感じで呆れたようにオスマン氏を咎める。これをオスマン氏はわざとらしく笑ってごまかした。ミスタ・コルベールは「私の頭髪の問題は次の機会で」と前置きをし、「これを見てください」と、言って自分が持って来た書物をオスマン氏に見せた。「ん~、これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。このような古臭い文献、ワシは若い頃に目が腐るほど読んで飽きたわ。やはりこのような古臭いものより、若くて瑞々しい女体の方がワシは好きじゃ。全然飽きんし。クソ真面目に日常を過ごして何になるのじゃ。その結果、君は毛根がどんどん死に絶えて、ミス・ロングビルは婚期を逃してしまうんじゃ。のう、ミス・ロングビル。もっと肩の力を抜き、周りを見回してみれば、素敵な男性はすぐ見つかるぞ?せっかくの美貌、クソ真面目に生きた末に無駄にしてしまうのはどうかと思うなぁ、ワシは」「余計なお世話です」「ほほっ、それもそうじゃ。あ、ミスタ・コルベールの毛根はすでに手遅れじゃ。強く生きなさい」「私はまだ諦めてはいません!!そうではなくてこれも見て下さい!」コルベールは半泣きで達也の手に現れたルーンのスケッチを手渡した。スケッチを見たオスマン氏は、すっと目を細め、ロングビルに向かって言った。「ミス・ロングビル。席を外しなさい」ミス・ロングビルは立ち上がり、部屋を出て行った。彼女の退室を見届け、オスマン氏は口を開いた。「久々に面白い話のようだね。ミスタ・コルベール?」久しぶりに面白そうな話題を見つけたかのように、今のオスマン氏は胸躍る気持ちでニヤリと哂うのだった。ルイズの先程の爆破魔法によって地獄と化した教室の片づけが終わったのは、昼休みの前だった。教室を惨劇の舞台にしてしまった罰として、魔法を使い修理するすることが禁じられ、時間がかかってしまったのだ。救いなのは爆風に吹き飛ばされた三十分後ぐらいに息を吹き返し、授業に復帰したミセス・シュヴルーズが俺達に罰の内容を宣告した後、ルイズに対して、「次は成功するように努力しましょうね」とにこやかに言ってくれたことである。なんともタフな女性である。やはり魔法学院の教師は心身ともに頑強でないとやってられないんだろう。まあ、他の生徒達は「なにをいっているんだあんたは」と言いたげな表情だったことは言うまでもないが。ルイズの所為で、先程はなかなかの重労働であった。「メイジは基本的に力仕事はしないんだ」などと言って、重たい机や新しい窓ガラスを運ぶなどの力仕事を俺に押し付け、ルイズはは煤だらけになった教室や、机を雑巾で磨いていた。掃除を開始する際、ルイズが、「どうせ掃除するなら徹底的にやりたいと思わない?」などと言って本当に入念に俺たちは掃除をする羽目になった。その結果、教室は使用前より遥かにキレイになり、磨いた箇所も自分たちの顔が映りこむほどピカピカになった。だがその代償は大きく、俺たちのライフは限りなくゼロに近くなっていた。俺たちは体力回復のため床に座り込んで休憩をしていた。ルイズは精根尽き果てたという表情で、「徹底的・・・すぎたわ・・・教室は・・・キレイになった・・・けど・・・私たちの・・・体力が・・・徹底的に・・・消費されてしまった・・・わ・・・」「新品同然にしましょうって・・・言ったのが・・・運の尽きだな・・・」「そ、そうね・・・ああ・・・また勢いで私は馬鹿なことを・・・ふぐぉぉ・・・」自らの失言を恥じているようだが、すでに悶える体力もないらしい。「やっぱりメイジだからって・・・基礎体力をおろそかにするのは・・・駄目だと思ったわ」「俺、明日から朝ランニングするわ・・・ルイズはどうする?」ランニングしてすぐ体力が付くとは到底思えないが、やらないよりは遥かにマシである。「ふっふっふ、アホねぇアンタ・・・朝のランニングってことは・・・いつもより早く起きなきゃいけないんでしょう・・・?やるわけないじゃない・・・睡眠時間を削ってまで体力が欲しいとは思わないわよ私」「アホなのはお前だ!?」「正直今の私は体力より、成功率の高い魔法の力が欲しいわよ・・・いつまでもゼロのルイズとかいわれるのも癪だしね・・・」「成功の可能性ゼロだから、ゼロのルイズかあ・・・」「あら、失礼ね。一応私は、アンタを召喚したから、魔法の成功率が完全にゼロってわけじゃないの。『限りなくゼロに近い』というだけではゼロじゃないのよ?」「どこまでも前向きに考えられるのは美徳だが、実際さ、周りはポンポン成功してるんだろ?」「ええ、腹ただしいことにね。いくら自分たちが成功してるからって、『こんな簡単な術も出来ないとかありえなーい』とか『次は成功するって言ってるけどその次って何年後ですかルイズさーん?』とか言う必要があるの?私だってね、自分で言うのもなんだけど結構頑張ってるのよ。でも見たわよねアンタも。大体がああやって爆発してしまって失敗するのよ私ったら。呪文は正しく唱えているはずなのにどうして?何で?って思うわよ普通。もう一回、もう一回と思っても、結果は大体同じ。流石に死にたくなるわよ」「でもさ、さっきの先生はお前が努力してるって認めていたじゃないか」「馬鹿ね。確かに評価してくれるのは悪い気はしないけどね、大半の人間ってのは結果にしか興味ないのよ。散々努力しても、結果をともわなければよい評価を得る事なんてできないわ。アンタの世界でもそれは同じなんじゃない?」確かにルイズのいうことも正しい。俺の世界でも、例えば世界大会などで金メダルを取った選手はテレビなどの取材に引っ張りだこになるケースが多いが、メダルもとれず、入賞もできなかった選手が取り上げられる事はめったにないと言ってもいい。メダル云々に関わらず、世界大会に出る事自体素晴らしい偉業であるのにもかかわらずだ。見知らぬ他人を評価するとき、その人の功績を見て、聞いて人物を判断してしまうことは俺にだってある。「だからね」ルイズは俺を見つめ、言う。「私の数少ない結果であるアンタは、私の宝とも言えるの。アンタのお陰でまだ、私は希望を見れるからね。『私はゼロなんかじゃ、ない』ってね」まさかそんな言葉がルイズからでるとは思わず、俺は思わず息を呑んでしまった。「まあ、宝の内容は未だに納得はできないけどね。しかも帰らせろとも言ってるしー、私も家名にかけて帰る方法を見つけるって約束もしちゃったしー、更に童貞でアホだしー、いずれ自分の手を離れる厄介な宝だけどー」「後半の一節がなければ俺は貴女に心から忠誠を誓ってたかもしれません」「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!しまったぁぁぁぁぁ!!また私は余計な事をーーー!?」ルイズは自分が発言する前に、一度その内容を推敲すべきだと思う。まあ、できないんだろうが。休憩によって体力が戻った俺たちは食堂へ向かう廊下を歩いていた。「今日の錬金の授業についてなんだけどな」「何?気になる事でもあったの?」「お前は一体何を練成しようとしてたんだ?」結局爆発して失敗に終わったが、俺はルイズが練成しようと考えていた金属が何なのか興味があったため、本人に直接聞いてみた。ルイズはフッと鼻を鳴らし、「何を聞いてるんだい、タツヤ君?」とばかりの尊大な態度でこう答えた。「そんなの決まってるじゃない。ゴールドよ」「馬鹿かお前は」「何よ、こっちは理論は解ってるのよ。他のメイジの生徒より勉強はしてる自信はあるし、その分知識もあるの。それにシュヴルーズ先生の果たせなかった夢は生徒の私が受け継ぐべきなのよ」「先人の遺志を継がんとするその志は立派だが、お前は『スクウェア』レベルじゃないんだろう?ゴールドを練成するには『スクウェア』レベルじゃないと駄目なんじゃないのか?」「万が一、まかり間違って練成できたら儲けモノだと思いました。小さな可能性に賭けてみたいのよ。夢見る乙女としては」「夢見る乙女でも、もう少し確実性のある可能性に賭けるわ!」せめて、爆弾を錬金したと言い張れば面白かったんだけどな。そんな俺の呟くのが聞こえたのか、ルイズがハッとした顔になり、「その発想はなかったわ。今度からそれでいきましょう」「それでいくのはお前の勝手だが、その瞬間からお前はゼロのルイズから、テロのルイズと言われて確実に牢獄行きだな」「クソ!!なんて時代なの!?」どういう時代だろうと爆弾を練成して即爆破させる奴を野放しにはしないと思います。食堂に到着した。人は朝に比べて大分少ないと感じた。・・・結構長く休憩してたせいなのだろう。とりあえず、使い魔の仕事であるらしいので、朝、ルイズが座っていた場所の椅子を引いてやった。ルイズはニヤニヤしながら、「あら、何も言わなくても椅子を引いてくれるなんて紳士的ね。ありがとう」「一応仕事ですからねぇ・・・ってオイ待てルイズ」「ええ、分かってるわ。料理が食べられているわねぇ」「ここって、朝、お前が座ってた席だよね」「ええ、基本的に食堂は余計な混雑を避けるために、生徒はあらかじめ指定された席で食事を摂るのがこの学院の暗黙のルールなのよ」そのために椅子やテーブルが生徒の人数分用意されてるからね、とルイズが付け足す。ルイズが座るはずの席にある料理はキレイさっぱり無くなっているというわけではないのだが、どれを見ても正に食い散らかされているといった惨状だった。スープは明らかに半分以上飲まれ、肉があったと思われる皿には骨しか残っていなかった。それ以前に食べ物のカスが散らばっていて汚い。更には床に置いてあるはずの俺の食事まで食われている。徹底的である。「アンタの取り分まで食べてしまえる浅ましいほどの食欲の塊のようなやつなんて私は一人しか思い当たらないけど、仮定でモノを断言する事はさっき授業で私が否定した事だったわね・・・だからといってこのままで終わらせるわけにはいかないけどぉ」ルイズは口元を歪ませながら愉しそうに言うが、目が全然笑っていない。「・・・ま、こんな事は一度や二度のことじゃないし、私もちゃんとこういう時のために保険はかけているのよ。付いて来なさい」ルイズは踵を返すと俺を引きつれ、そのまま脇目も振らず食堂の裏にある厨房へと足を踏み入れた。厨房は大きな鍋や、オーブンがいくつも並んでいた。コックやメイドたちがそこで料理を作っている。そんな場所で使い魔の俺を引きつれて貴族であるルイズは入るなり開口一番こんな事を大声で言った。「マルトーおじさまー!ルイズ、お腹すいてしまいましたー!」・・・なんだその猫なで声は。厨房のコックやメイドたちもクスクス笑っている。その中には「アハハ、また来たよ」とか「男連れだぞ!」という声もする。何故か概ね好意的な様子であった。やがて厨房の奥から、太って恰幅の良い中年の男が姿を現した。「お嬢様!また来たんですかい!」「ええ、マルトーおじ様のシチューの味が忘れられなくて・・・」「ちゃっかり料理の指定までしてるし・・・いつもの事ですが賄い食ですが良いのですかい?」「美味しい料理に賄いなど関係ありませんわ」「ありがとうございます、お嬢様。・・・所でずっと気になっていたんですが・・・そちらの方は?」マルトーが俺を見てルイズに尋ねる。なんで殺気を感じるんだ?「この子は私の使い魔。私ったらうっかり平民を召喚しちゃったんです。名前は・・・タツヤとでもおよび下さいな」うっかりとか言うな。お前はいつでもうっかりが多いだろうが。それとさっきからのその猫なで声は何?気持ちが悪いぞ。などと思っていたら、マルトーが、「ところでお嬢様、先程からいつもより大人びた言葉使いですな」と、ニヤニヤしながら言っていた。ルイズは突如げんなりした様子になり、「えー、せっかく良い感じで貴族っぽく振舞っていたのにー」などと言ってマルト-に「空気読んでよー」とか文句を言っていた。しかし厨房に来て飯をたかりに来る貴族がいるのか。あ、ここにいた。「はっはっは!どう見ても無理しているのが丸わかりでしたぜ!」「私もまだまだという訳ね」「で、今日はどうして厨房に足を運ぶことに?」「どっかの豚が、私の食事を食い散らかしたのよ。まったく、浅ましいにも程があると思わない?しかも使い魔の取り分まで平らげてるのよ?バカとしか言いようのない行為だわ。まぁ、マルトーさんの美味しい賄い食が食べれる口実ができたと思えば、むしろその豚に感謝すべきなのかしら」「お嬢様、一応毎日貴族の皆さんにお出しする食事が俺たちの本気なんですがねぇ・・・」「勿論、毎日の食事はとても美味しいわ。当然じゃない。でも私としては、厨房でしか食べられない賄い食の方が好みにあってるのよ」「左様ですか」「まぁ、私のような嗜好の貴族がいたって別にいいじゃないの。それより私たちさっきまで大仕事してたから、凄くお腹が空いてるの」ルイズがお腹を押さえて空腹をアピールする。「おっと、こりゃうっかりしてました。お嬢様とのお話しはいつも楽しいですからなぁ。おーい、シエスタ!お嬢様とそのお連れの使い魔君に特製シチューを用意してくれや!」「はーい」と奥から女性の声がする。それから程なくして、メイドの格好をした素朴な雰囲気の少女が、大きな銀のトレイをもって現れた。ルイズはシエスタと呼ばれた少女を見た瞬間、自分の胸部を見ながら、「まだ成長期まだ成長期・・・大丈夫まだ大丈夫・・・」などとブツブツ念仏のように唱えていた。強く生きろ。シエスタが持ってきた銀のトレイの上には皿が二つ。その皿の中には温かそうに湯気を立て、食欲をそそる良い匂い漂うシチューが入っていた。その匂いに思わず俺の腹は鳴る。ルイズに至ってはその口から涎が見えた。正気に戻れとばかりに俺がルイズを小突くと、ルイズはハッとした様子で涎を急いで拭った。そして今の自分の失態を隠すかのように、「そ、そういえば、アンタの世界でも、食事を摂る前に言う言葉があるの?」不自然なほどの話題の逸らし方ではないのか。しかし俺としても早くこのシチューを食べたいため、そこにはあえて突っ込まない。ルイズは「どうなの?」といった視線を俺に送る。「あるよ」「へー、あるんだ。どんなもの?」俺は両方の掌を静かに合わせる。ルイズも俺の意図を察したのか、俺に倣うように掌を合わせた。「この儀式の意味には色々説があるんだけど、俺は食べ物には皆、生命があると考えている。その生命を喰らって俺たちは生きていくんだ。だからその食べられる生命に、勿論この料理を作ってくれた人たちにも感謝の意を込めて、一言、こういうのさ。『いただきます』ってな」勿論俺の言う意味は本来の意味とは異なるかもしれないけど、ルイズはそれでも納得したように頷いた。この考えがルイズの考えにどう影響するとかは俺の知るところではないが、当のルイズは掌を合わせたまま、じっと考えてこんでいるようだった。「さ、異文化の事が分かったところで、冷めないうちに食べようぜ!」「そうね。せっかくの料理が冷めてしまわないうちに・・・」「「いただきます」」ぱくっ「「うまーーーーーーーーいっ!!」」俺は予想以上の味に、ルイズは期待通りの味に対して、歓声をあげたのだった。その一連の様子をずっとマルトーとシエスタはにこにこと微笑ましそうに見つめていた。―――――――つづく