貴族との決闘が終わった。俺の分身というどうでもいい犠牲を払い、キュルケとタバサは救われたのだ。今、あの二人は此処の二階にある宿の部屋で休んでいる。俺はギーシュとモンモランシーと一緒に飲んだり食べたりしている。なお、途中からルイズも俺たちの三人しかいない宴会に参加している。すでにばれてるから開き直って接客しているのだ。あの貴族たちの上司が、騒ぎを聞きつけ、店に詫びを入れてきたのがキュルケ達が休んで三十分後。連れの俺たちにも謝罪してきた。まあ、貴族とはいえ店に迷惑かけたうえ、決闘までやってるからな。トリステインでは決闘は原則禁止だし。通報されたら首が危ないし。平謝りを続けるあの貴族の軍人達の上司に俺たちは、『お仕事頑張ってください』というしかないではないか。彼らの任務はトリステインに居を構える人々を守ることだ。いくらキュルケやタバサがトリステイン人じゃないからといって、トリステインの学校の生徒である以上、守る対象には入っているんじゃないか。「ところでお前らはどうしてトリスタニアにいるんだ?」「ちょっとポーションを作る必要があってね。材料の買出しに来たのよ」「成る程、ポーションを作るはずなのに、うっかり違う効果の薬の材料を買ったと」「そしてその薬を今度こそギーシュに飲ませて既成事実を作るのね。ひゅーひゅー」「本当にポーションの材料だってば!?もうあんな事しないから!・・・だって」モンモランシーはもじもじしながらギーシュを見る。ギーシュの目が死んでいる。「ギーシュ、強く生きてくれ。お前が遥かなる星達の一つになっても、俺はいつまでもお前の友人だ。助けはせんが」「友人なら助けろよ!」「へえ~、あんた達、付き合うことになったの?死ねばいいのに」「普通に言ったわよこの娘」「ていうか祝福してもいいだろう・・・」「死んだ魚のような目をしている新郎に対して祝福しろというのか」「いつの間にか祝言あげてるように言うな!?」「結婚式には呼んでね。演出は任せて」「任せるか!?だから気が早いわよあんた等!」ギーシュもモンモランシーも今日は此処の宿で泊まるらしい。避妊はちゃんとしろよ?だって部屋がアレだし。「ところでよ、小僧」「なんだ?」「あの分身、虚弱すぎるだろう。いくら俺がある程度魔法を吸い込んでも、使うのがあんなじゃ意味ねえじゃん」「いいのさ、あれ囮だから」謎電波の説明では(第24話参照)、この喋る剣はある程度しか魔法を吸い込めないらしいからな。魔法を全部吸い込めるわけではないので、幾分か魔法の欠片が分身に当たるのは仕方がないのだ。死んだけど。痛かろうがそうでなかろうが、かすり傷で死ぬような分身である。そら死ぬわ。この店では、チップレースなるものが開催されている。俺は皿洗いなので関係ないのだが、店の女の子は燃えている。ルイズを除いて。ルイズやジェシカの話で、大体の順位は聞かされている。一番人気はジェシカで、ルイズはチップの数では三位だが、指名率はジェシカに迫る勢いである。お前本来貴族なんだから、あまり派手にやると親が来るぞ。ルイズは相変わらず自由にやっている。俺が厨房からたまに様子を見るが、情報もそれなりに聞き出しているようだ。何処の世界でも政治批判はある。アンリエッタに政治ができるのか、まだ若すぎるのではないか、戦争は嫌だ・・・などなど。まあ、批評家気取るのは我々の特権であるが、好き放題言っている。平民はなかなかこの世界じゃ政治に関われないからな。文句もあるんだろう。まあ、なにもアンリエッタ一人だけで政治するわけじゃないし、若いから駄目とかという批判は論外だ。戦争なんて俺も嫌だが、平和を叫んでいるだけで平和にはならないのが悲しい現実である。平和のために戦うとか矛盾してないか?とは俺も思うのだが。・・・もしかして俺たちが思っている『ぼくのかんがえた国の繁栄論』なんぞ、政治家たちにとっては、とっくに考えられている案だったが、現実的じゃないので却下されてるだけじゃないのか?俺たち平民の考えつく案件なんて、政治家の頭の良い方々はとっくに考えていることじゃないんですかねェ?酒場では酔った勢いでアンリエッタ女王を歓迎する声、批判する声をよく聞く。まあ、批判するのも賞賛するのも勝手である。皿洗いをしながら、親友の愛した女性の心配をする必要はないか。俺は次々と運び込まれる汚れた皿を洗う作業に戻った。トリステイン王宮の執務室ではアンリエッタと高等法院のリッシュモンが会談を行なっていた。高等法院は、王国の司法を司る機関である。その執務室に、一人の女騎士、アニエスが入室してきた。アニエスは王宮では珍しい『剣士』の格好をしている。元は平民であるが、アンリエッタによって、シュヴァリエの称号を与えられ、貴族となった。この時ワルドのグリフォン隊隊長就任以来の議論となったが、アンリエッタの鶴の一声で、彼女は貴族として認められたのだ。アニエスの姿を見たアンリエッタは微笑む。そしてリッシュモンに会談の打ち切りを伝える。しかしリッシュモンは食い下がる。「これ以上税収を上げれば、内乱の可能性があります。アルビオンの王党派の末路を考えますと、今は外国と戦なぞしている場合ではないでしょう?」「ほう?では貴方はこのまま黙ってアルビオン・・・いえ、レコン・キスタの侵攻を黙って見逃し、結果的に税収を増やすよりも遥か多くの民を犠牲にしろと?おめでたい考えですわね。まあ、そちらの方が何もしなくてよいから楽でしょう。ですが、わたくしはこのトリステインの女王。我が国の大地を汚した不届き者にはそれなりの報いを受けてもらいます。その結果トリステインの人々は一時的に困る事になってしまいますが・・・私たちは今、戦争をしているのですから・・・申し訳ありませんが」「しかしですな・・・」「くどい。貴方はこういいたいのでしょう?かつてのハルケギニアの王たちは、幾度となくアルビオンを攻めましたが、その度に敗北したと。それはわたくしも耳が痛いほど聞かされております。ですがそれは昔の誇り高きアルビオン王党時代の話。欲に染まりきり、有能な人材のいない今のアルビオンは名ばかりの者たちです。財務卿も資金は余り問題はないという判断をしています。元々、いつかは起こることでしたのです。国民も、わたくしたちも、それは予感していました。だからタルブでの戦いで勝利できたのですよ?」アンリエッタは余裕の笑みを浮かべて言った。「それにわたくしたちは現在率先して倹約に努めています。上に立つものがまず倹約する姿を見せねば、民はついて来ません。それを幼い頃のわたくしに申し上げてくれたのは貴方でしょう?」「・・・これは一本とられましたな。いえ、陛下、申し訳ない。実は高等法院でもアルビオン遠征については意見が紛糾しているのです。私が陛下の下に参ったのは、陛下のお考えを伺うため。幼い頃から陛下の事を知っている身分としては、陛下のご成長に驚嘆しております。・・・心配する必要はなかったようですな」リッシュモンは晴れやかな表情になっている。何かに満足したようだ。「貴方が真の愛国者である事は存じています。だからこその忠告、感謝いたします」「泣き虫で悪戯好きであらせられた陛下が、このように立派になられた・・・それだけで私にはもう、思い残すことはありませぬ」「そのようなことを。これからも祖国のためにお力をお貸しください、リッシュモンド殿」リッシュモンは頷きも肯定もせず、ただ深々と頭を下げて退室した。彼は、アニエスをちらりと見たが、すぐに視線を外して、退出していった。リッシュモン退出後、アニエスはアンリエッタの御前にまかり出ると、膝をついて一礼する。「挨拶はいいわ。アニエス。顔をあげなさい」アニエスは顔を上げる。「調査報告をお願いいたします」「はい」アニエスから受け取った書簡を読むアンリエッタの目がすぅっと細められる。アンリエッタはあのウェールズが誰の手引きで王宮に入ったのか・・・その手引きした人物の名前を見て目を閉じて首を振った。「・・・正に獅子身中の虫か・・・馬鹿な人。アニエス、貴女はよくやってくれたわ。お礼を申し上げます」「私は、陛下にこの一身を捧げております。陛下は卑しき身分の私に、姓と地位をお与えになりました」「有能な人材にメイジもそうでない方も関係ありません。わたくしはそう思っています。貴女は有能だった。だからわたくしは貴女を推挙したのです」王族の彼と、平民の彼との絆を思い出すアンリエッタ。あの二人の間には貴族だ平民だという壁はなかったとアンリエッタは思っている。「それにあなたはタルブにて、見事村の住民を誰一人死なせることなく避難させたではありませんか。誰でも出来る事ではありませんよ」「勿体無いお言葉です」アニエスは深々と礼をする。そして彼女は呟くように言う。「例の男・・・お裁きになるのですか?」「立件するにはまだ証拠が足りませんよ」「では、我が銃士隊にお任せください」「いえ、貴女は今までどおり、あの男の動向を追ってください。わたくしの予想が正しければ、明日、必ずや尻尾を出します」「・・・泳がすおつもりで?」「いいえ、息の根をとめるんですよ。わたくしは、彼の尊厳を傷つけ、我が祖国の大地を荒らしたことに関係するもの全てを許しません。国、人、全てです」アンリエッタはそう言って微笑む。アニエスも口の端に微笑を浮かべて一礼すると、退室した。彼女たちの根底にあるのは復讐。復讐に染まった者にハッピーエンドはないという事を、この時アンリエッタとアニエスは分かっていなかった。達也は延々と続く皿洗いにうんざりしていた。洗っても洗っても、休憩が出来ないほどに積み上げられていく皿、皿、皿。いっそフリスビーのようにして投げてやろうか。ルイズがたまに来て手伝ってくれるのだが、いまだ五回に一回は皿を割る。ジェシカは最初は手伝ってくれるのだが、すぐお喋りモードに入ってしまい、店長に怒られている。邪魔しに来たのかお前らは!?しばらく皿洗いをしていると、なにやら外が騒がしくなった。どうやら外で何かが起こっているらしい。しかし俺は皿洗い中・・・見に行きたくても・・・あ、そうだ。「分かった。俺は黙々と食器を洗ってればいいんだな?任せておけと言わせてもらいたいが、君はどうする?街を練り歩くのか?」「いや・・・外で何が起こってるのか気になるので裏口から覗いてみるだけだ」「いいよ、俺が皿洗いをしておくから。君は街で息抜きでもしておいてくれ」・・・自分と同じ顔の分身が、無駄に爽やかな事を言っている。なんだか気持ちが悪いが、ここは分身のご好意に甘えるか。俺は喋る剣を持って、裏口の扉を開け路地にでた。その瞬間、フードを被った女が俺にぶつかり、女は思い切り倒れたが、俺は何ともなかった。いや~日頃のしごきが実を結んでるぜ。いや、そうじゃなくて。俺は倒れた女を引き起こし、謝った。「すまない、大丈夫か?怪我はないか?」「い、いえ・・・あの、この辺りに『魅惑の妖精』亭というお店はありますか・・・?」「それならここだけど・・・何?此処で働きたいのか?」「いえ、そうではないのですが・・・」・・・何だか要領を得ない。それに何処かで聞いたような声だ。女の顔が俺に向けられる。「・・・あ」一瞬三国と思ったが、違うよな。というか、何故この人がこんな所にいるんだよ。「お忍びでございますか?姫様」ウェールズの言ったとおり、新しい愛を見つけたのだろう。だが、立場上堂々と会うわけにもいかない。そこでお忍びで、こんな格好までして、魅惑の妖精亭まで来たんだろう。ウェールズ、良かったな。姫様は新しい愛を見つけたみたいだぞ。君もどうぞあの世で地団太踏んで悔しがってくれ。「タ、タツヤさん!?よかった!わたくしを匿って下さい!実はわたくし、悪漢に追われているんです」「・・・そのパターンって、実は親衛隊の人が探しているというオチじゃないでしょうね」「!?何故分かったんですか!?」「当たってんのかよ!?何やってんだよあんたは!?戦争中じゃなかったか今!?」「そ、そうなんですけど・・・わわ・・・」アンリエッタは俺の後ろに身を潜めた。路地から見える大通りには、兵士たちの姿が見える。「・・・身を隠せる場所はないのですか?」「俺たちがいる部屋がありますが・・・」「そこでいいです。案内してください」という訳で姫様を俺とルイズの塒である、屋根裏部屋につれて来た。あ、姫様、其処のベッドに座ったらベッドの足が折れます・・・遅かったか。「・・・とりあえず、ここなら大丈夫ですわね」「ルイズ呼んできましょうか?」「いえ、いいのです。わたくしの目的はあなたですから」「ウェールズ!ウェールズ!この姫、君を失って自暴自棄になってるぞー!?」「ち、違います!?そういう意味ではありません!私は、あなたのお力を借りに参ったのです。明日までで構いません。わたくしを護衛してくださいまし」「あなた女王なんですから、こんな得体の知れない奴より、護衛ならメイジやら兵隊がたくさんいるでしょ?」「いえ、今日明日、わたくしは平民に交じらねばなりません。このことは宮廷の誰にも知られてはなりません。貴族であるルイズでは駄目なのです。何処に誰の耳があるか分からないこの御時世ですから、王宮の者では不都合があります」「ワルドのような裏切り者がいる可能性があるからですか?」「はい。そう考えると、頼れるのはあなたぐらいしか・・・」王宮暮らしも板につくと、頼れる友人がいないのだろう。俺は別にこの姫様の友人になった覚えはないが。「危険な事は無いんですか?」まあ、あったとしても出来るだけ守るけどね。ウェールズに悪いし。「大丈夫です」アンリエッタは頷くが、女性の大丈夫は大丈夫じゃないって何かの本で見たぞ。まあ、不安はあるが、美女、それも女王の頼みだ。変に断るのも可笑しいだろう。「なら、わかりました。護衛の任務、承ります」「ありがとう、タツヤさん。では早速出発致しましょう。何時までも此処に留まる訳にはいきません。着替えはありますか?」「ルイズの服がありますが」「それを貸して下さい」「体型的にきついんじゃありませんか?」俺はルイズに買ってやった地味な服のうちの一つを差し出した。アンリエッタはその服を受け取ると、俺の目を気にせず、がばっと来ていた服を脱ぎだした。俺は黙って後ろを向いたが、一瞬見えたのはシエスタより大きな果実であった。おいおい、胸のサイズもアイツと同じか?知らんがな!悲しい事にルイズの服の器では、アンリエッタは納まりきれない人物だったらしく、胸辺りがぱっつんぱっつんだった。いくらなんでも苦しかったのか、アンリエッタは、服の上のボタンを二つほど外す。視覚的に素晴らしいことになった。「う~ん・・・せめて髪型は変えたいものですね・・・」アンリエッタがそう呟いて、俺を期待するような目で見つめる。要は街娘みたいにすればいいんだろう?俺はアンリエッタの髪を三つ編みにまとめた。これで眼鏡があれば最高なのだが。ポニーテールという案もあったが、それではあまりに三国に生き写しなのでやめた。そしてルイズの化粧品を拝借して、おかしくない程度に軽くアンリエッタに化粧を施した。何だか変な気分である。まあ、おかしくはないはずだ。今のアンリエッタは素朴な街娘といった感じになった。何度も言うが眼鏡があれば完璧だった。アンリエッタのメイクが終わった後、俺とアンリエッタは裏口から外に出るのだった。ルイズは厨房の達也を手伝おうと、厨房の洗い場にやってきた。達也は真剣に皿洗いを行なっているが、自分に気づいて、「やあ、ルイズ。手伝いに来てくれたのか」と言って微笑んだ。まあ、そのつもりなのだが、何だか機嫌が良いのが気になる。ルイズは疑問に思いながらも、皿洗いを開始した。七つ目の皿を洗おうとしたとき、手を滑らせて、ルイズは皿を落とした。落とした先は、達也の足だった。割れる皿。そして、倒れる達也。「タ、タツ、いや、お兄ちゃん!?」この店では一応兄である達也が突然倒れたのでルイズは驚いた。倒れた達也を助け起こしたルイズだが、達也は息をしていなかった。「し、死んでる・・・」血の気が引く思いをしたが、達也のと思われる身体は、ルイズの腕の中で消えた。・・・・・・・分身である。「あ、あの野郎・・・サボるのを覚えたわね・・・!!」・・・だが待て、もしかしてあの男は街で情報収集するために出て行ったのではないか?「そのための分身だとしたら・・・迂闊だけど考えたわね」「あれ?タツヤいないの?」厨房に入ってきたジェシカがルイズに聞くが、床に散らばった皿の破片を見て溜息をつく。「貴女ね、皿洗いはお兄さんを見習いなさいよ」「失礼ね。すでに皿は八回に一回の割合で割れるようになったわ!」「そもそも割っちゃ駄目でしょ」「ご尤もですね」達也が不在なら皿洗いは誰がするのだろうか?簡単だ。現在厨房にいる人がやるのだ。仲は良くないはず二人が並んで皿洗いをしている姿を見て、店長のスカロンは満足そうに頷くのだった。(続く)