基本的にルイズは仕事中には愛想がよく、客とのコミュニケーションも問題ないのだが、自分の体型をなじられるとその客には制裁が待っていた。何で我慢できないんだ。事実なのにと聞けば、ルイズはばつが悪そうな表情をして言う。「体が勝手に・・・」どうやら彼女に体型の話は基本的にNGらしい。そりゃあ、引っ込み思案とか成長期とか言って落ち込んでいたもんな。まあ、とはいえ、この女、そんな問題はあるが、客受けが凄くいい。彼女が自分で言うように猫かぶりが上手いとか、作法が貴族に仕えるメイド基準だとかのせいという事もあるが・・・。この女、俺の世界の文化に興味を持っていたので、ある夜、俺たちの世界にもこういう店があるのか聞いてきたので、俺は適当に言った。『メイドが店員のメイドカフェや店員が全員妹の妹カフェというのがある。つまり客はすべて『ご主人様』であり、『お兄ちゃん』であるという画期的なカフェだ』『ふーん・・・』この店の女の子の格好はメイドのそれではないためか、ルイズはもう一方を選択した。客が酒場に入ってくると・・・。『お帰りなさい!お兄ちゃん!』と言うのである。何処のプロだお前は。これを言うことで、体型の難は解消された。この女出来る。しかもルイズは美少女なので、「こんな妹が欲しかった!」と悲しい現実に苦しむ男達にまあ受けがいい。貴族のプライドなど、任務の前には投げ捨てるものだと言わんばかりのルイズのプロ根性だが、何も其処までやらなくていいじゃん。とはいうものの、特殊な性癖をお持ちになる不埒な客には制裁をぶちかましているので、こいつの給金は其処まで高くない。人気はあるが実績に乏しい結果である。それが彼女がさらに愛される要因になった。俺はそんなルイズを見て、思ったことを彼女に言った。「天職じゃね?」「じゃね?じゃないわよ。こっちは仕事でやってるだけよ」どうやら任務を終えたらさっさと退散する気だ。俺もそれには賛成である。俺とルイズは皿洗いをしている。何気に皿洗いをしたことのないルイズは俺にやり方を教えろと言った後、不器用ながら皿を洗っている。カチャカチャ。カチャカチャ、バリン。カチャカチャ。カチャカチャ、バリン。「っておい!二回に一回皿を割ってんじゃねえよ!」「皿が勝手に私の手から離れていく・・・まるで私に触れられるのを照れるように・・・」「言ってて恥ずかしくないのお前」「詩的表現の向上を誉めなさいよ」「皿を割らなかったら偉い偉いしてましたな」「幼児扱い!?」ルイズは存外この任務を楽しんでやっているようである。寝るときに俺に対して、今日の客は最悪だったーとか、チップを貰ったーとか報告している。ただ、ここのシチューには不満をもっているらしい。平民の働く姿を、自分が参加することで実感するのは、彼女にとってもいい経験だろう。魅惑の妖精亭の女の子は皆レベルが高い。厨房から眺めている分にはすごい目の保養になる。まあ、あまりに見ているのも変なので、俺はたまにしか見ない。が、たまに見ていても、よく客に呼ばれる女の子の顔は覚えた。その中でも目立っていたのがジェシカである。いや、ルイズも目立ってはいるのだ。しかし、安定してチップを貰っているのは彼女である。ジェシカはこの店の、No.1という事だな。・・・まあ、ルイズはこの店のトップを目指すつもりは全くないからかなり自由にやっているのだが。今でもルイズは客に酌をしている。客が死んだ妹を思い出すといって泣いている。ルイズも感受性は高い方なので、頷きながら客の話を聞いているようだ。「馴染みまくってるな・・・」「そうねぇ、よくやっていると思うわよ、あの子」いつの間にかジェシカが俺の隣にいた。この娘はよく俺に話しかけてくる。好奇心が高いのはいいが、話しかけるなら皿洗いを手伝ってください。「ねえねえ、あたし、わかっちゃったかも」「ああ、最近ルイズの客層が妙な事になっている事か?」「それはかも、じゃなくて、明らかにそうでしょう?ここ最近のあの子目当ての客は、『ルイズー!俺だー!蔑んでくれー!』とか、『ルイズー!俺だー!妹になってくれー!』と絶叫するような客ばっかりじゃない。そういう店じゃないけど、客が増えることは歓迎するわよ。でも、あたしが言いたいのはそういう事じゃないのよ。あの子、貴族なんでしょう?」「元貴族出身なだけだ。色々あったのさ」「あら、あっさり。でも嘘ね。あの子は現役の貴族。物腰が平民のソレじゃないもの。プライドもそこそこ高いようだしね」「まあ、世の中には色々あるんだよ。前も言ったろう?あんたらに迷惑をかけることはしないよ。皿は割ったが」「え~!何ソレ?なにか面白い事に首を突っ込んでるの?」ジェシカは身を乗り出して俺に顔を近づける。「あんたに迷惑はかけたくないんだ。だから言えないよ」紳士として、無関係な者を妙な事に巻き込みたくない。が、そんな俺の気遣いなど、彼女には通用していない。目をキラキラさせて、ますます身を乗り出す。近いよ。ルイズは接客をしながら、ジェシカと達也が和気藹々と話しているのを見ていた。「成る程・・・店長の娘を篭絡する気ね、タツヤ。やるわね」「ルイズちゃ~ん!こっちに来て酌してくれ~!」「は~い、お兄ちゃ~ん、今、いきま~す」ルイズは営業スマイルを浮かべて、客のもとに向かった。なんだかんだ言って、彼女は達也をそれなりに信頼してる。信頼してるからと言って、ソレが恋愛感情なのかといえば、Noである。ルイズと達也がお互いに対して抱いているのは親愛である。ジェシカはルイズの兄というタツヤに初めはルイズの正体を聞くために近づいていた。実際貴族であるらしいが、花嫁修業やらその他もろもろの事情で、此処で働いているとしか、この男は言わない。目的は何だと聞いても、自分たちに迷惑はかけないことなので、言う必要がないと言うのだ。好奇心旺盛のジェシカとしては、何としても聞きたい。そう思って、少し積極的に胸を強調して誘惑してみたが、『あんたに迷惑はかけたくないんだ。だから言えないよ』と言うのだ。あたしに迷惑をかけたくない?はっは~ん。この子、私に惚れたな!いや~罪な女だね、わたしって女は!そういうことなら、後一押しだ。「ねえ」「まだ何かあるのかよ・・・」「あんた、女の子と付き合ったことないでしょう?」あ、固まった。そして、泣き出した。ええーー!?「正に付き合う直前までだったんだよ・・・向こうも乗り気だったんだよ・・・」落ち込みだした。わ、話題を変えなきゃ・・・!「よく分かったな、お前。誉めてやろう」話題を変える前に立ち直ってた。しかも上から目線だし・・・「わかるわよ、こちとら鋭いタニアッ子よ!田舎者の頭の中なんてすぐにわかっちゃうんだから!」「はいはい」何だか子どもを適当にあしらう親のような感じで反応された。何だか反応が薄いどころか、軽くあしらわれている気がする。というか、この子に話しかけるといつもこのようにいつの間にか自分のペースが乱れるのだ。この店の一番人気の女の子として、目の前の男の反応は気に入らない。「で、あんたは貴族の娘と一緒に何を企んでるのよ?あんたは貴族じゃないでしょう?」「いかにも俺は貴族ではない。だが、従者でもない。義妹を弄って守る紳士的な義兄だ」また誤魔化された気がする。そしてそんな紳士がいてたまるか。こうなれば強硬手段だ!パパは怒るかもしれないけど・・・「ねえ、女の子のこと・・・教えてあげようか?」流し目で言うのがコツである。これで落ちない男はないって、パパも言ってたわ!しかし目の前の皿洗いをしている男はジェシカを見ると・・・鼻で笑った。そして呆れたような視線で言った。「自分で言ってて恥ずかしくないか?」「はぐぅっ!?」「ジェシカ!サボってないでお客様の接客をして!」「パパ!?いつの間に!?」「あんたが『ねえ、女の子のこと・・・教えてあげようか?』と言って彼に迫っていた所からよ!ごめんね、タツヤ君。この子、自分の仕事にプライド持ってるし、いつもチヤホヤされているから調子にのっちゃってるのよ~」「パパ!?実の娘に其処まで言う!?」「だまらっしゃい!な~に仕事中に皿洗いを口説いてるのよ!まあ、その様子だと撃沈したようだけど」達也はもう既に皿洗いに没頭している。もう、ジェシカには興味を示していないようだ。ジェシカは敗北感に肩を落として接客に向かった。あー、危なかった。俺はジェシカが出て行くのを確認すると、溜息をついた。正直辛抱たまらん状態だったが、今襲い掛かると皿洗いの仕事が増える。まあ、仲良くなって情報を聞きだすのもいいのだが、それにしてはあの、『ねえ、女の子のこと・・・教えてあげようか?』と言うセリフにYes!と答えていたらどうなっていたんだろうか?もしかして俺は男として凄く残念な事をしたのかもしれない。まあ、仕事中にしっぽりするのも問題なので、俺の判断は間違ってはいないだろう。まあ、正直ムラムラしますよ。実際。勃ってるし。エプロンしといてよかった。そう思っていたら、何だか騒がしい奴らが来た。ギーシュとモンモン、キュルケとタバサである。ルイズが嫌そうな顔を盆で隠している。そして自然を装って、厨房に入ってくる。「何であいつらがいるのよ!?」「知らん・・・」まあ、大方ギーシュ辺りが此処の評判を嗅ぎ付けたのだろう。ルイズは店長に呼ばれて戻っていったが、なるべくキュルケたちの視界に入らないように立ち回っていた。そう、ルイズはよかった。だが、俺が皿洗いしている場所は、店内からは基本丸見えである。後姿だが。・・・何だか視線が集中している気がする。ちらりと後を振り返ってみる。・・・ギーシュとキュルケの二人が厨房の前にいた。「こんな所で君は何をやっているのかね」「お客様、厨房の紳士には話しかけないで下さい」「なんでタツヤがここにいるのよ」「課外授業」「君は学院生徒じゃないだろう。授業に普通に参加してるが」「貴方がここにいるという事は・・・ルイズも近くにいるのね?」俺は黙ってある方向を指差した。ルイズが平民の客たちに、チップを貰っていた。「・・・・・・なにしてんのあの娘」「社会勉強」「極端すぎる社会勉強ね。まあ、いいわ。タツヤ、私たちを接客してくれない?」「は?俺はただの皿洗いだが・・・」「いいじゃないのよ~。女性より男性にお酌してもらった方がいいし」「ギーシュにしてもらえば?」「僕は女の子に酌してもらいたいんだが」「モンモンがいるじゃない。贅沢言わんで酌してやれよ」「モンモランシーの目の前で、他の女に酌をしろと言うのかい君は」「・・・すまん」「あら、タツヤ君をご指名かしら~?」店長がキュルケたちに話しかける。ギーシュが嫌な表情をしていたが、キュルケはすました顔で頷いた。「タツヤ君、ご指名よ。皿洗いは別の子にやらせるからね」という訳で俺はキュルケたちの接客をすることになった。(続く)