ルイズ曰く。安い宿はベッドが固くて腰が痛くなる。俺曰く。高い宿に泊まる平民がいるのか。ではどうすればいいのか?簡単である。普通の宿に泊まればいいのである。「・・・で、部屋をとった訳なんだけど・・・何考えてんのかしら、あの宿の店主」部屋には大きなベッドが一つ。枕が二つ。何故かハートマークが刺繍してある。内装が何故か桃色中心である。「つまりはあれだ。昨夜はお楽しみでしたねと言いたいんだあの店主」「下世話すぎよ!?」「とはいえ、お値段が良心的で、平民も使えて、ベッドもいい宿なんて此処位だぞ」「逢引用の宿じゃないの」「花売りですから・・・」「花売りの意味分かってんのかしら姫様・・・」花売りをするのを考え始めたルイズ。花売りの娘って、女が男に体を売る、その隠語でもなかったか?ルイズが貞操の危機である。「花売りはやめましょう、やっぱり。別の方法で情報を集めれないかしら?」「酒場とかで働くとかは?ほれ、今日の居酒屋とか人多かったじゃん」「あの店は客のガラが悪すぎるわ」「じゃあ、他の酒場を探すか?」「そうね。じゃあ、善は急げよ。まだ日も落ちていないし探しに行きましょう」張り切るルイズだが、素性の知れない未成年の兄弟を雇ってくれる場所はなかなかない。何処の世界でも就職戦線は地獄のようである。しかし、これが最後と思ってやって来たのは、何と最初に来た宿の一階にある酒場、『魅惑の妖精』亭だった。宿の店主が俺たちの顔を見て「お帰りなさいませ」と言う。・・・来たときも思ったが、この店主、明らかにそっちの気がある。「すみません、少しご相談があるのですが・・・」「はいはい、なんでしょうか?」ルイズが考えた働く理由を店主に伝える。異母兄弟である俺たちは行方不明になった父を探してトリスタニアまで来たが、路銀が心もとなくなった。職を探そうにも、自分たちを雇おうとする店は見つからない。そしたら灯台下暗しとはよく言ったものだ。此処の一階は酒場じゃないか。ということでよければ此処でしばらく働かせてもらいたいという、何その理由といったものだった。だが、言ってみるものである。「いいわよ。働くのと引き換えに宿を提供するわ」おい、採用されちまったよ。いいのかそれで。別に良かったらしい。魅惑の妖精亭の店主スカロンは、明日、店の皆に紹介するわとか言って、気持ち悪い動きで俺たちに、「今日はさっきの部屋で休みなさい。後日改めて部屋を用意するから」と言って、ウインクした。吐きそうになった。部屋の戻った後、ルイズが悪い顔で言った。「ククク・・・こっちは夏休み中ずっと此処に泊まってもお釣りが来るほどお金を持ってることも知らないで・・・チョロいわね」「酒場で働くってことは多分お前は接客だと思うが、大丈夫か?」「猫を被るのは大得意よ」「いや、身体とか触られたらどうするのさ」「試しに触ってみて」そう言われたので、俺はルイズに近づき、無難に肩を触ってみた。・・・何の反応も無い。「いや、肩位じゃ何とも思わないから」と言うので今度は腰に手を回してみた。「隙あり!」「甘い・・・ほぶぅ!?」顎を防御する俺だが、ルイズの拳は俺の腹に突き刺さっていた。ニヤリと笑うルイズはどこか得意げだ。「ふふん、甘いわよ、タツヤ。同じ攻撃を繰り返すわけがないじゃない」ルイズは肩を竦めて、やれやれといったジェスチャーをしている。だが、ルイズは人の腹を殴れば大体どうなるかというものを考慮していなかった。「うぷっ・・・オエエエエエエエ!!」「にゅあああああああ!???」これはルイズの自業自得である。俺はスッキリしたが。「よ、汚されちゃった・・・どうしよう、ちい姉さま・・・私、汚されちゃったよ・・・」「誤解を招くような発言はやめてください」「誤解も何も今私は汚物にまみれてるわよ!?」まあ、こんな格好で寝るわけにもいかないので、風呂に入らせたのだが。翌日。「いいこと!妖精さんたち!」スカロンは、腰をカクカク振りながら、店内を見回した。朝から目に猛毒である。「はい!スカロン店長!」色とりどりの衣装に身を包んだ女の子たちが一斉に唱和する。それを聞いてスカロンは身をのけぞらせる。「ノンノンノンノォーーーーーン!違うでしょーーう!?店内では『ミ・マドモワゼル』と呼びなさいと常々言っているでしょーー!?」「はい!ミ・マドモワゼル!」「トレビアン」何だろうね、この寸劇。俺の隣のルイズも呆れたような表情をしている。最近この『魅惑の妖精』亭は『お茶』をだす『カッフェ』に客をとられているらしい。それが、スカロンにとってはたまらなく悔しいらしい。一通り寸劇を終わらせると、スカロンは微笑んだ。「さて、お知らせです。今日は何と新しいお仲間ができます。じゃ、紹介するわね!ルイズちゃん!いらっしゃ~い」拍手に包まれて、ルイズが現れた。元々レベルが高い美少女なので分かってはいたが・・・。髪を結って、白のキャミソールに身を包み、体に密着するような上着を着ている。見た目は妖精だね、これは。見た目は。「ルイズちゃんは、生き別れのお父さんを探して当てもなく彷徨っていたの。でも偶然腹違いのお兄ちゃんに再会して、一緒に仲良く暮らしていたんだけど、その父親の借金取りが二人を追ってきたの。それから間一髪ここまで逃げてきたの。とてもかわいいけど、とても薄幸の女の子なのよ」ルイズの誇張にまみれた嘘に俺の美談仕立ての嘘をブレンドした結果がこれである。兄弟設定は、無理のないものにした。同情の溜息が女の子の間から漏れる。「ルイズちゃん、じゃ、お仲間になる妖精さんたちにご挨拶して」「はい、ミ・マドモワゼル。皆さん、はじめまして。ルイズと申します。未熟なところもありますが、どうぞよろしくお願いいたします」ルイズは物腰穏やかな淑女を装い、挨拶した。多分、姫様を参考にしたんだな。「はい拍手!」スカロンが促すと、一段と大きな拍手が店内に響く。スカロンは時計を見た。開店の時間である。「さあ!開店よ!」羽扉が開き、待ちかねた客たちがどっと店内に押し寄せてきた。俺の仕事は皿洗いである。両親は共働きだし、妹の世話もやってた身分だった俺は、家事は万能という訳ではないが、大体は出来ないといけない生活を送っていたため、皿洗いぐらいはできる。しかし繁盛しているのか、皿の量がやたら多い。洗っても洗っても一向に皿は積まれていく。水に長時間手を晒していたので、手がふやけてきた。というか、こんな大量の皿、一人じゃ手が回らんわ!慣れてる慣れて無いの問題じゃねえ!皿を布で両面で挟むようにして磨くという、家事をこなす奴なら誰でも知ってる技術を使っているので、洗う速さはこれでいい。文句も出てないし。だが、物事には限度というものがある。いくら、俺が喋る剣プレゼンツのトレーニングを毎日やっているからといっても、気力が持ちません。誰か手伝ってー!そう思っていた俺の願いが通じたのか、流し場に一人の黒髪の女の子がやってきた。女の子は俺の横に並んで皿を洗いはじめる。年は多分俺と変わらない。胸元の開いた緑のワンピースを着ている。「手慣れているわね」突然女の子は俺に話しかけてきた。「実際慣れてるからね」職場の先輩にタメ口は不味かったと俺は思った。が、女の子はそんな事を気にした様子はなかった。「あたし、ジェシカ。あんた、あの新入りのルイズって子のお兄さんでしょう?名前は?」「達也。タツヤ=イナバ」「珍しい名前ね」「普通の名前じゃなくてゴメンなさい」この名前は俺の世界じゃ普通なもんでね。本当に文化の違いは悲しい。「何だか凄い境遇みたいだったけど、あれ、嘘でしょ」「うん、嘘」「ありゃ、あっさり認めた。ねえねえ、本当は何が目的?」「安心してくれ。あんた達に迷惑をかけることはなにもない」「ええ~!でもさ、あたしにだけ教えてよ!ね?」ジェシカは俺の目を覗き込んだ。うん、確かに可愛いが、そんなことで俺は惑わせん。その動作で俺を殺せる女は全時空で一人しかいません。現状では。「は~い、自分の持ち場に戻ってくださ~い」「いいのよ、あたしは。何たってスカロンの娘だもん」あの店長、両刀使いとは。「実の娘だからって、仕事をサボっていいとは限らないわよ、ジェシカ」「げぇっ!?パパ!?」いつの間にかスカロン店長が洗い場にいた。腰を動かすな。「ルイズちゃんのお兄さん、ウチの娘がゴメンなさいね~?この子、好奇心旺盛だから」「いいんですよ。好奇心を失くした人間なんて、死んだも同然ですって、俺の死んだじいさんが言ってました」そう言って銭湯の女湯に入ろうとした爺さんの勇姿を俺は忘れていない。「そう、いい御祖父さんだったのね」いえ、ただの助平ジジイです。俺は持ち場に戻る親子を見送り、また皿の山との格闘を再開した。一方のルイズは、営業スマイルを浮かべて、仕事をこなしていた。「ご注文の品、お待ち致しました」ワインの壜と、陶器のグラスをテーブルに置く。いつも家のメイドや、学院のメイドがしているようにしなきゃと、ルイズは思っていた。グラスにワインを注ぐ。完璧である。これも任務のためなのだ。まあ、貴族が平民に酌をするのは妙な感じだが、この店は平民も貴族も等しく夢をみる場所なのだ。その辺はルイズは割り切っている。ワインを注ぎ終わると、平民の男がじろじろと自分を見ているのに気づいた。「何か?」「お前、胸はねえけど別嬪だな」ルイズのこめかみにビシッと、青筋が浮いた。「気に入った!じゃあ、このワイン、口移しで飲ませてもらおうかな!わっはっはっは!」ルイズは営業スマイルを顔に貼り付けたまま、ワインの壜を持ち上げると口に含んだ。更にその平民の顔を掴み、口を開いた状態で上向きで固定する。ルイズはその開けた口に向かって、自分が含んでいたワインを少しずつ吐き出していった。「お、おお?」男は何だか予想外の出来事に嬉しそうだった。だが、ルイズは含んでいたワインを吐きおえると、ワインの壜をもち、そのまま平民の開いた口にワインを流し込んだ。「がぼ!?がぼぼぼぼ!?」「お客様~?当店はそのようなサービスは行なっていませんが、ワインを壜ごと一気飲みサービスはございますのよ~?」あくまで営業スマイルを表情に張り付けたまま、水攻めならぬ、ワイン攻めプレイを行なう妖精ルイズ。ワインの壜が空になり、壜を男の口から離すルイズ。その笑顔が、怖い。男はぐったりしているが息はある。何の問題も無い。そういう店と勘違いしたこの男が悪いのだ。厨房から出てきたスカロンを見て、ルイズは笑顔で言う。「ミ・マドモワゼル。ワイン追加ですわ」店内は大きな拍手に包まれた。だがルイズのこの日の給料はゼロであり、達也は一応真面目に皿洗いをしてたので、給金をもらった。「一体なにしたのお前」「給料はないけど、満足したわ」ルイズはスカロンが用意してくれた屋根裏部屋の掃除をしながら、笑顔で言った。俺には何が何やら分からなかった。(続く)