夏期休暇。学生たちには一般的に夏休みと言われる長期休暇である。本来ならばこの休みを思い切り遊んで終了間際に宿題をするのを忘れて地獄を見る者、ちゃんと計画を立てて宿題を終わらせる者、最初の数日間を宿題に費やして終わったら全力で遊ぶ者・・・受験生はこの期間をどう過ごすかで今後の進路が決まると言っても過言ではない。俺の世界の夏休みは大体一ヵ月半だが、トリステイン魔法学院の夏期休暇は二カ月半もあるのだ。正直羨ましい限りである。大学の夏期休暇が二ヵ月ぐらいある所も俺の世界にもあるが、それより長い。貴族の皆さんは色々やる事が多いから休みも多いのだろうか?その夏期休暇だが、明日からである。ルイズはタルブの草原で夏期休暇中帰郷するように母親に言われていたが・・・「確かに夏期休暇中に帰って来いと言われたわ・・・だけど、初日からとは誰も言っていないわ。つまり最終日に行くことも許されるのよ・・・!」「つまりは行きたくないんだな」「虚無の事は話せないから、どうせまた私は馬鹿にされるのよ・・・長女に。誰が馬鹿にされに戻るモンですか」「せっかくちゃんと魔法が使えるのが分かったのに、厄介な魔法に目覚めたモンだな・・・」「そうねぇ・・・伝説って響きはいいけど、連発は出来ないし、疲れるし・・・効果は確かに伝説~って感じはするけど。燃費は最悪よ」「吐きまくってたもんな、あの後」「母さまがいたからって事もあるけどね・・・」寮の部屋の窓からは、帰郷で浮かれる生徒達が見える。なんだかんだ言っても、故郷に帰れるのは嬉しい事なのだ。俺は何時になったら故郷に帰れるのだろうか・・・?『破壊の玉』や『竜の羽衣』や、シエスタの曾御祖父さんがこの世界に来たと言う前例がある。向こうから来たという現象があるならば、向こうへと行く技術もあるはずなのだが・・・手がかりはない。シエスタの故郷は現在復興作業中である。戦地に晒され焼けてしまった村だが、今では村人も生活を取り戻しているらしい。復興が一段落着いたらまた遊びにきてほしいと、シエスタに言われた。夏期休暇ということで俺にも休みがあるのかなと思ったが、ほかのメイジの生徒が帰郷に自分の使い魔を連れているのを見ると、夏期休暇中も使い魔は主人と一緒にいないといけないらしい。「とはいえ、理由もなく帰らなかったら、もっと酷い事になりそうね」「一応命令されたからなぁ」ルイズの母親、カリーヌは俺の目から見たら、基本ルイズに似たような人だが、子の教育には厳しい人のように思えた。ルイズやマザリーニの話ではカリーヌは昔は凄い軍人で、今もかなり凄い実力のメイジだそうだある。一応帰郷しなければならないという意識はルイズにはあるようだ。まあ、最終的には彼女が決めることだが、会えるときには会っておいた方が良いと、俺は思う。シエスタの曾御祖父さんなんかは元々の家族にはもう会えずに亡くなった。もしかしたら、俺もそういう運命を辿るかも知れない。嫌だなぁ・・・妹の結婚式に出て号泣するかもという予想を元の世界でやった事があるが、このままでは妹の花嫁姿も見れずに異世界で朽ち果てるかもしれない。ルイズの花嫁姿はアルビオンの礼拝堂で見たし、アンリエッタのウエディングドレス姿を見たら、三国の花嫁姿もこうなのかなと思った。俺の世界の家族達がどうなっているかは俺にはわからない。ただ、俺がいなくなって、瑞希は大変じゃないだろうか?泣き虫の下の妹、真琴の事が心配だ。学校の友達はどうなってるんだろうか?まあ、何時も通りに授業を進めているんだろう。俺は自分が全人類に愛されるような人間だとは思っていない。「痛い」やら「ウザイ」やら、「テンションがおかしい」とか言われもした。人に嫌われていると知るのは結構応える事もある。応えたからと言って無理に自分を変えるのは何か違う。一方でウザイやら痛いやら言われている俺でも友人はいる。誰でも、認める人、認めない人はいるのだ。認めない人の価値観を変えることなど、俺はしない。俺にだって、嫌いな奴はいるのだ。こんな異文化圏、それも異世界にいきなり放り込まれて、テンションが低いままだと気が触れる。最初から気が触れたように高いテンションでやらなければ恐ろしい異世界での生活なんてやッとられんわ!今は大分慣れてきたせいか、このように鬱屈な思考を落ち着いて出来るようになったが。言葉が何故か通じると言うのもでかい。言葉は交流の基本だからな。そして初めに出会ったのがルイズで本当によかった。感謝はしてるが、それを口にすると照れるし、ルイズも調子に乗って変な空気になるので言わんが。これでルイズがトンでもない高飛車やら平民を人と思わないような一昔前の漫画に出てくるような貴族だったら、俺は逃げ出すか、心が壊れていただろう。俺の世界で、そういうお嬢様を落とすのが良いんじゃないかとか、ツンデレだろそれ等と言って、そういうキャラを攻略するのが楽しいという友人もいた。・・・そもそもお嬢様と平民が出会うだけでも珍しいのにその上攻略だと・・・いや本人がやる気ならいいんだけどね。でもツンデレは実際いたら厄介だよな。好きなのに詰るとか、殴るとか普通嫌われるだけじゃん。それも恋の駆け引きといえば其処までだが、疲れないのかね。キツイぞ?自分の気持ちに嘘をつくのは。俺が無駄に長い鬱思考に耽っていると、ルイズが窓を開けた。開けた窓からは一羽のフクロウが現れた。何か咥えている。書簡のようだった。ルイズは其処に押された花押に気づき、真顔になった。そして、何か嬉しい事でもあったかニヤリと笑う。ルイズは中を改めて、一枚目の紙に目を通した。そして満面の笑みを浮かべた。こういうときのコイツは碌な事を考えない。三カ月一緒にいれば大体分かる。「流石姫様は私の味方ね。夏期休暇前日を狙って仕事を用意してくれるなんて」「どんな仕事なんだ?」「ずばり、身分を隠しての情報収集任務よ!内部に不穏分子がいないか、平民の人々の噂とかを聞いたりして調査するのよ!」びしっ!っと指を立てて説明するルイズ。帰郷できない理由が出来てテンションが高いのだろう。でもスパイのような仕事は危険じゃないのか?「トリスタニアで宿を見つけて下宿し、身分を隠して花売りなどをしながら、人々の間に流れるあらゆる情報を集めろだって。・・・宿で下宿している花売りっているのかしら?」「要は人が集まりやすい場所で情報を集めろか・・・」「任務に必要な手形は入ってるわね。これを換金しろってことね」「親切な事だなぁ」「どうでもいいけど身分を隠すって事は馬車使えないじゃない。ってことは歩きじゃない・・・」「トリスタニアに着く前に命の心配をしようぜ。すぐに出発するのか?」「早い方がいいわよ、こういうのは。さ、行くわよ」荷物を簡単にまとめて、俺たちは徒歩でトリスタニアへと向かう街道を歩く事になった。ルイズは荷物を全て俺に持たせたが、荷物の量がそんなに多くないので問題はない。・・・しかし問題はこの暑さである。「あついー!きついー!だるいー!タツヤー!おんぶー!」「お前は俺に死ねと言うのか!?」夏日の太陽は無慈悲に俺たちの体力を奪っていく。街に付いた俺たちは、何よりまず水を買って生き返った。次に財務庁を訪ねて、手形を金貨に変えた。新金貨で六百枚。四百エキューである。「じゃあ、平民に擬装するために服を買いましょう。これじゃあ、貴族だといってるもんだしね」そんなわけで俺は仕立て屋に入り、『妹のための服』と言って、ルイズの服を買った。ルイズがここで服を買ったら不審に思われるのではないかというルイズの提案である。「流石ね私。何を着ても美少女ぶりが隠せないわ」地味な服だったが、何故かルイズは機嫌を損ねることがなかった。しかし直後のルイズの発言で俺の機嫌が大いに損なわれることになった。「・・・じゃあお金を増やすわよ」「は?」「気づいたのよね・・・此処まで歩いてきて・・・やっぱり馬は必要よ。そうなると、馬を買って、宿に泊まるためのお金が足りないわ」「馬はいらん。歩け。宿は安くていい」「何とか増やす方法はないかしらね」俺の意見はスルーかよ。「とりあえずまた喉が渇いたわね。あそこの居酒屋に入りましょう」俺たちは近くにあった居酒屋に入った。ルイズは店の一角で賭博場を見つけた。酔った男や扇情的なのを通りこして破廉恥な格好の女たちが、チップを取ったり取られたりの戦いを繰り広げていた。ルイズはその様子をじーっと見つめている。おい、まさか、やめろ。ルイズは俺の方を見てにんまりと笑う。「アンタに金貨を半分預けるわ。これを倍以上に増やすわよ」「そんな無茶な」「増えればいろんな問題が解決するわよ。何、勝てばいいのよ勝てば」そんな簡単に勝てるならば、賭博場は商売上がったりだ。ルイズは嬉々として金貨をチップに換えてルーレット盤へと向かった。・・・ルールわかってんのか?まあ、仕方ない。金貨は二百枚ある。念のため百枚は残そう。無一文という事態は避けたいから。何か俺でも出来そうなものはルーレット以外にあるかな・・・?一回り見てみると、なんと驚いた事に、トランプゲームをしている机がある。覗いてみるとやっているのはポーカーのようだ。形式はオープン・ポーカー。これなら俺でも知っている。とはいえ、トランプの文字はこの世界のものだが、スペードとかのマークは同じだったで、理解するのは結構速かった。どうやら、このポーカーはワイルドカードありのワイルドポーカーらしい。うむ、何となく分かった。ポーカー自体はゲームでやった事あるからルールはわかる。俺はディーラーにこてんぱんにやられた男の後に椅子に座った。数十分後・・・「これは酷い」ルイズは乾いた笑いを出しながら、回収されていく自分のチップを眺めていた。次は勝つ、次は勝つと思って、どんどん金貨をチップに換えた結果がこれである。賭博場の経営側からすれば、ルイズほど素晴らしい鴨はいないだろう。素晴らしいほどに負けていた。起死回生に数字を当てようとしたが、当たるわけも無く撃沈した。やはり世の中はそんなに甘くない。ルイズは軽率な自分を絞め殺したい気分になった。そういえばタツヤは何処だろう?ルイズは居酒屋を見回して、達也の姿を探した。人が集まっている机に、彼の姿はあった。ポーカーの机を担当するディーラーは数十分前に現れたこの少年に戦慄していた。最初は典型的なカモだと思った。左手が光っているのが気になったが、念のため調べても良くある事らしい、と少年は言った。この少年、先ほどから表情が・・・読めない!素人ではない!先ほどから少年の甘言に釣られてしまっている。相手に何の役もないのに自分から下りてしまった事もいくつかある。そして勝負しても相手はもっと強かったり、勝負する前に下りたりしていた。結果、現在ディーラーである自分はこの少年に惨敗状態である。この少年は相手に餌を与えるのが上手い・・・!一体何者なんだ・・・!?「カード、オープン」ディーラー:9のスリーカード達也:ダイヤのフラッシュ「よっしゃ、また勝った」少年が嬉しそうに言うと、机の周りを囲んでいたギャラリーが沸いた。少年はまだ席を立たない。少年の連れだろうか、地味な服を着た少女が少年に話しかけていた。「ちょっと、どうなってるの?」「運良く勝ってる。お前はどうだったんだ?」「・・・・・・ふふ、短い人生だったわ」「頑張らなければいけないというのは分かった」どうやら連れは散々な結果だったらしい。ディーラーは黙ってカードを配る。少年にもカードを配る。ほう、これは良い手札だ。ディーラーの手札はハートの5,6,7,8,9。所謂ストレートフラッシュである。これではよほどのことがない限り負けはしない。「じゃあ、このぐらい賭ける」少年は先ほどまで自分が勝利して奪ったチップを全部賭けた。馬鹿が!「じゃ、2枚替える」少年が手札を替える。勿論ディーラーはノーチェンジである。「もうチップは賭けないのかい?」ディーラーは余裕綽々で聞いた。少年は連れの少女の落ち込んだ様子を見ると、「じゃあ、この位」と、黒いチップを置いた。100エキュー相当だが、これで先ほどまでの勝ち分の300エキュー分のチップと合わせて4枚の黒チップが賭けられた。「カード、オープン」ディーラー:ハートの5,6,7,8,9(ストレートフラッシュ)達也:10のファイブカード(ワイルドカードあり)「なん・・・だと・・・!?」ギャラリーが歓声を上げる。ディーラーはこの日を境に賭博場を辞める決心をした。この時、特に達也はイカサマはしていない。というか、達也は『釣り』スキルの能力の『餌をつける』の発動により、ディーラーが過剰に達也の言葉に反応し、自滅しただけである。美味しそうな餌に食いついたらディーラーは負け、警戒して降りたら達也は安い役で、強気に勝負したら弱気になった達也が勝負を降りる。単純だがこの繰り返しで、達也は特に大怪我をせずに着々とチップを積み重ねていった。『餌をつける』という能力がイカサマと言うのならそれまでだが。そんな事は誰も気づいていない。なお、最後のファイブカードは完全に運である。最初はスリーカードだったため、結構強気だったのだが、後の2枚は要らなかったので、フルハウスだったらいいなと思ってドローカードした結果がこれである。「・・・倍以上になったな」「こういう事ってあるのね」「お前が俺の運を吸い取っているという事は分かった」やはりギャンブルはするものではない。ルイズを見ていたらそう思う。このお金は俺が管理しよう。そういう訳で俺たちは宿を探すために街を歩いていくのだった。(続く)