ルイズの母親、カリーヌとの和やかな自己紹介を終えたクールな俺。そんな和やかな雰囲気を演出したにも拘らず、ルイズはげっそり顔だった。和め。「ルイズ、戦場に何をしに来たのですか?」カリーヌは一言、ルイズに問うた。言外に此処は貴女の来る場所ではないとでも言いたげだ。「い、いえ、戦場には全然興味は無かったんですけどもー、ただ私はタルブの村が故郷の知り合いの安否を、この目で確かめたく、出来るだけ戦争には介入しない方向でー」「あら?そうだったのね・・・でも貴女が私から逃げた先にはたしか・・・敵旗艦がいた筈ですよ?よく無事でしたね」無事も何もルイズは先ほどからグロッキー状態である。何せさっきまで嘔吐していたのだから。親子のひと時を邪魔するわけにはいかない。俺はそーっとその場を離れようとした。「あら、何処へ行こうとなさるのかしら?」「母と娘の再会に水を差すような真似はしたくないので」「いいんですよ。私は貴方にも『お話』があるのですから」言外に『逃がさん』と言っているようだ。「ルイズ、彼は一体貴女とどういった関係なのですか?」「か、かか、彼は私が召喚した『使い魔』です」「そう・・・では何故そう連絡しなかったのですか?私、いらぬ誤解をして貴女を何ヶ月か動けない身体にしてしまう所でした」「愛する娘に対してそれでも貴女は母親ですか、母さまー!?」「お黙りなさい。ワルドとの一件以来、交際する殿方選考も慎重になっているだろうと思っていたら、当の貴女は何処の馬の骨ともしれない男と空のデート・・・私は貴女をそんな尻軽女に育てたつもりはありませんから、激昂しても仕方ないのです。私は悪くありません」「自己の過ちを正当化しないでください!?」「ですが、貴女の不始末は、教育を施した私の責任。これを契機に本格的に教育しようと考えました」ルイズの表情が青さを通りこして黒くなる。「確かそろそろ、魔法学院は夏季の長期休暇でしたねぇ・・・ちょうど良かった。ルイズ、貴女に命じます。夏休みになったら帰郷する事。来なかった場合は・・・まぁ、恐ろしいことになりますね」笑顔でサラッと言うことじゃない。震えるルイズから目を離し、ルイズママは俺に視線を向けた。何だかルイズはとても怖がっているが、俺も怖い。「貴方の目から見て、ルイズはどうでしょうか?まぁ・・・見る限り落ち着きはなさそうですが」「余り心配ないと思いますけどね。普段は落ち着いてますし。まぁ、たまに暴走しますが」「ご迷惑をおかけしているようですね、ルイズの方は、わたくしがきっちり指導いたしますので」「とりあえずまず詩的才能の強化に取り組んだ方がいいと思います。この期に及んでまだ詔の言葉を決めてないんで」「タツヤ!アンタ、私を本格的に亡き者にしようというの!?」「ルイズ・・・どういう事です?私は貴女の晴れ姿を楽しみにしていたのですよ?それが、何ですって?詔を考えていない?」「ルイズ、自分の母親にあの詔を詠むことが・・・できるかい?」「タツヤ・・・!母さまの興味をさらりと自分から私に移すなんて・・・恐ろしい男・・・!」「そもそも興味をもたれたところで俺には何にも落ち度はない。従って怒られる理由も無い。品行方正なのね、俺って」「アンタのどの辺が品行方正だ!?」「紳士を目指す俺は存在自体が品が良いとは思わんかね?」「思うか!!」ルイズは涙目で怒鳴る。カリーヌはそんな娘を見て、「まぁ、ルイズ、そのような言葉遣いをして、はしたないとは思わないのー?」「私のこの言葉遣いはおそらく貴女の遺伝だと思われるんですが、母さま」ああ、何だか扱いやすいと思ったら、やっぱりルイズと似てるのねこのご婦人。まあそうだろう。親子だし。親か・・・心配してるだろうな・・・母親に弄繰り回されるルイズを見ながら、俺は故郷に思いを馳せる。「タツヤさん・・・ミス・ヴァリエールを助けなくていいんですか?」おお、シエスタ、無事で何より。いつの間に隣にいたんだ?「仲の良い親子の一時を邪魔するわけにはいかない。したらとばっちりを食らうじゃないか」「あはは、そうですね」「おいコラ、使い魔とメイド!私を助けて!」「ルイズ、平民の方々に助けを求めるのは良いですが、時と場合を考えましょう。・・・助けは来ないんです」「いーーーやーーーーー!!」タルブの草原に少女の悲鳴が響く。焼けた草原に、風と、陽の光が降り注ぐ。その風と光はまさしく、美しい草原が再生するための息吹のようだった。トリステインが一国にてアルビオンの侵攻軍を打ち破ったため、隣国のゲルマニアは苦笑いするしかなかった。本来行なわれるはずだった結婚式も、皇帝とアンリエッタの婚約解消ということで中止になった。皇帝は未練たらたらであったが、臣下に「諦めなさい、若い妻なんて夢は」と言われて諦めたらしい。ひでえ。だが、同盟は解消せずに、これからはトリステインとゲルマニアの共同戦線でアルビオンに対抗していく方針になった。婚約解消のニュースは多くのトリステイン人にとっては、喜ばしい出来事だった。誰がどう見ても政略結婚だったのと、単純にゲルマニアに美しい姫が獲られるのが嫌だったのだ。あの戦争に参加した貴族や兵士たちの中にも、今回の結婚に不満を持っている人物は多かった。アンリエッタは己の手のみではなく、トリステイン中の人々の力で、自分の自由を手に入れたのだった。侵略者を破ったトリステインの王女、アンリエッタは『勝利の女神』やら『聖女』などと民衆からの指示を受ける羽目になった。戦勝パレードの盛り上がり振りを馬車内から見たアンリエッタは隣に座るマザリーニに話しかけた。彼女はこのパレード後、戴冠式を行うことになっている。そん瞬間、彼女は王女殿下から女王陛下と呼ばれることになるのだ。「聖女か・・・わたくしはほとんど何もやってはいないではありませんか」「兵士たちはトリステインの大地のために、民のために、家族のために、そして貴女のために戦いました。貴女は兵士たちの力となっているのです。何もしていないことはありませんぞ、殿下」「・・・何故、母さまは女王になろうとしないのでしょうか?」「いえ、我々も『陛下』とお呼びしているのですが、呼んだら拗ねるんですよあの方。私は王の妻であって、権力にはそんな執着は無いと。その割にはカリン殿を戦場に行かせたりしていましたが」「面倒ごとの押し付けではありませんか!?」「まあ、いまや殿下の戴冠は、トリステイン中が歓迎していますから。アルビオンを破った強い国に、王がいないのはおかしい、そうだ!うちには美しい姫君がいるじゃん!というノリでしょうな、民辺りは特に」「そんなノリで戴冠するなんて嫌なんですが」「心中お察しいたしますが、私も殿下の戴冠に賛成でしてな。戴冠以降も全力で仕えさせていただきます。では、戴冠の儀式の確認をいたしますぞ」王冠を被るだけの儀式に何度も確認が要るのか。何度も聞いた儀式の手順にアンリエッタは正直ウンザリしていた。ウェールズを弄んだアルビオンには報いを受けてもらう。トリステインは今まで侵略戦争をしなかった。これまで通り防衛戦争でアルビオンを何とかできればいいが、それは叶わない。何せもう戦争は始まってしまったのだから。自分の心の支えだったウェールズの死は悲しいが、自分は彼と誓ったのだ。彼との日々を胸にしまった上で・・・新しい愛に生きると。この国は好きだ。この国の人々も自分は好きだ。だが、アンリエッタは、ウェールズがそんな事を言っていたんじゃないと分かっていた。でも自分は立場上、人に会うことは多いが、同じ年齢ぐらいの男性と話す機会なんて無い。同姓だってそんなに機会がないのだ。そう思うと、ルイズのような存在は自分にとってかなり貴重な存在だった。そういえば自分を助けてくれたお礼をまだしていなかった。あの子の事だから、「食事で充分」とか言いそうだが、立場上そういう訳にもいかない。そういえば彼女が放ったあの光は一体なんだったんだろうか。そのことも彼女に聞きたい。近いうちに彼女を呼び出して話をしよう。断るのは許さない。女王命令なのだから。「殿下・・・聞いていますか?」「すみません聞いていませんでした」溜息をつくマザリーニを見て、アンリエッタはすまなそうにするのだった。そして彼女は戴冠を終えると、隙を見て友人を呼び出す手はずを整えたのである。「戴冠式が終わって忙しいから会う事もないとタカを括っていたらそんな事は全然ありませんでしたわ。姫様、いえ、陛下」ルイズがジト目でアンリエッタを睨む。「他人行儀だなんて連れないわね、ルイズ」「他人ですから」「・・・?どうなさったの?いつもの元気がないじゃない」「何か実家に帰ることになったそうですよ、姫様」「貴方は変わらないのですね、タツヤさん。しかし、それは良い事なのでは?」「冷静になってください、陛下。我が母は大后様の親友です」「・・・そうだったわね。頑張ってください、ルイズ」「匙を投げないでください!?」アンリエッタの母親もいい性格してるんだな、と俺は思った。「今日は貴女に用があって、呼んだのです。まず、貴女の魔法のことです」ルイズの表情が強張った。アンリエッタの目は「話せ」と言っているようだった。ルイズはその目に負けたのか、語り始めた。・・・若干誇張が入っていたが、虚無のこと、始祖の祈祷書のことを話した。「そうですか・・・始祖の力を受け継ぐものは、王家にあらわれると言い伝えがありましたが、考えてみたら、ラ・ヴァリエール公爵家の祖は、王の庶子ですから資格は普通にありますね。でも・・・」アンリエッタは俺の手をとって俺のルーンを見た。そして首をかしげた。「この印は『ガンダールヴ』と思いましたが・・・何かが違うようです。似てはいますが・・・何かが違います。まるで色々継ぎ足していった結果、ガンダールヴに似たルーンになった感じがするのです・・・このような使い魔の印は見たことありませんね・・・」「ルイズ、喜べ。もしかするとお前は新たな歴史の一頁を開いたのかもしれん。流石伝説の義妹だな」「なんつう二つ名を私につけてんのよ、アンタは!?」「ですが、虚無の魔法を使えたという事は、ルイズは『使い手』ということになるのでしょうね。・・・となると困ったわね。私は先日のことで恩賞をあげようと思ったのに・・・あげたらルイズの力が白日の下に晒されてしまうわ」こいつの珍行動はすでに白日の下に晒されているのではないのか。「この力を敵が知れば、彼らは貴女を狙ってくるでしょう」「美少女過ぎるのも考え物ですね」「だとしてもお前と姫様、どっちを攫うと聞かれたら俺は間違いなく姫様を攫ってパン屋を構える」「まるで敵が女を見る目の無いような奴らのように言うな!?」「人は分かり合うことが出来なければ争うか無視をするしかないのだ」「相変わらず仲が宜しいですわね。そういうことなのでルイズ、誰にもその力は話してはなりません。いいですね?」「はい、この力、姫様に捧げます」「うっかりばれそうな気もするが、爆発は日常茶飯事だしいいか」「人を危険人物扱いした上、更にそれが日常的光景かのように表現するな!・・・姫様、私のこの力は、神様が姫様をお助けするために授けたものです」「過ぎた力は人を狂わせます・・・虚無の協力を手にしたわたくしがそうならないとも限らないのですよ?」「安心してください姫様。ルイズがトチ狂うのはいつもの事です」「姫様の話をしてるんでしょうが!?・・・コホン、姫様、私は自分の信じるもののためにこの力を使いとう存じます。その信じるものとは、姫様、貴女と、このトリステインの民です。それでも陛下がいらぬとおっしゃるのであれば、私は杖を陛下にお返しし、家に引きこもって悠々自適に楽してズルしながら惰眠を貪る生活をしたいと思います」「そんな羨ましい生活は神様が許しても、わたくしが許しません。よいでしょう。ならば『始祖の祈祷書』と『水のルビー』は貴女に授けます。それがせめてもの恩賞ですわ。それと約束してください。その力、口外はしてはなりません。そして、みだりに使用してもいけません」「使ったら疲れますしそんなに使いたくないですが、かしこまりました」「ウフフ、貴女らしいわ。それと、これから貴女はわたくし専属の女官ということになりますので」「え?」アンリエッタは羊皮紙をルイズに手渡す。花押がついている。「これはわたくしが発行する正式な許可証です。王宮を含む国内外へのあらゆる場所への通行と、警察権を含む公的機関の使用を認めた許可証です。自由が無ければ仕事もしにくいですからね。そう、仕事ですよルイズ。貴女にしかできない事件があれば、必ず相談しますので。ああ、これまで通り魔法学院の生徒としてふるまうのよ?表向きは。まあ、貴女なら出来るとわたくしは信じてはいますが」ルイズは礼をすると、その許可証を受け取った。こいつに妙な権力を付けるのは不安だが、案外しっかりしているので大丈夫と思いたい。そう思っていると、アンリエッタが俺を見ているのに気づいた。女王になろうが何だろうがやっぱり三国に似てる顔に見つめられるのは妙な気分だ。照れる。アンリエッタは俺にも何かお礼があるのか?だが俺はただの運転手だったろう。礼を言われるのはルイズじゃないのか?アンリエッタを見つけたのも偶然だったし。アンリエッタは俺の手を握ると、言った。「ルイズをこれからもよろしくお願いいたします。タツヤさん」「勇敢なるウェールズの愛した姫様、貴女の願い、彼の親友として承りました」「ありがとう・・・」アンリエッタが俺の手を握る力を強めた。身体は震えている。本当に側にいて欲しい人はいなくなり、自分はこれから一国の女王なのだ。まだ若いのに、その重圧は凄いだろう。「姫様、安心してください。貴女は一人じゃない。ルイズがいる。マザリーニさんがいる。この国を支えてくれる人々が貴女を助けてくれます。貴女の周りにはトリステインの人々がいてくれるんです。ウェールズが貴女とともに愛したトリステインの人々が。だから、あまり背負いすぎないでください。美女が心を病んでいく様子は心苦しいですからね!女性は笑顔が一番!俺で力になれることなら何時でも頼んでくださいな。このタツヤ、何時でも美女の頼みは紳士として聞くので。ただし聞くだけ。受けるかどうかは知りませんが」「其処は受けますって言おうよアンタ」「妙なものがあったら死ぬじゃん」「命と姫様の頼みどっちが大切なのよ」「命と美女。でもやっぱり命がないと美女の頼みを聞けないので命」「結局命か!」「当たり前だ!」言い争いをはじめる達也とルイズを見て、アンリエッタは、「仲のいい兄妹みたいね」と呟き、笑うのだった。この瞬間だけは、重圧など忘れ、自分が穏やかな笑顔を見せていることに、当のアンリエッタは気づいていなかった。今日は家に帰ってきているんじゃないかと思って、毎日兄の部屋を覗くのが日課となってしまった。因幡家長女の小学3年生、因幡瑞希は、小学1年生の妹、真琴とともに兄の部屋を覗きに来ていた。「まだいないね、おにいちゃん・・・どこいったのかな・・・」「そうだね・・・もうすぐ誕生日なのにね・・・」泣きそうな妹の頭を撫でながら瑞希はそう言う。泣きたいのは自分も一緒なのだ。突然の兄の失踪。兄が女の子とデートというのも家がひっくり返るような騒動になったのに、デート当日に失踪とか考えられない。母は日ごとに疲れていってるようだ。2日後、兄は17回目の誕生日を迎える。なのに帰ってくる気配がない。怒られるような事はしていない。むしろ兄のほうが怒られるタイプである。自分達の面倒が嫌になったのか?そんな風には見えなかった。デートの相手の杏里ちゃんも兄を探していると行って、何回も家を訪ねてきた。警察にも連絡したが、音沙汰が全くないようだ。兄の友人たちも色々連絡を取ろうとしているが、携帯が繋がらないと、杏里ちゃんに聞いた。まかり間違って外国に行ってしまったのだろうか?どう間違ったら公園行くのに海を渡ると言うのだ。両親は兄が何らかの事件に巻き込まれた可能性があると自分たちに言った。その結果、妹の真琴は大泣きしてしまった。泣くタイミングを妹に奪われた自分が思ったのは、これからこの妹は自分が守らなければいけないという事だった。兄は行方不明になるまでずっと自分たちを守ってきたのだ。自分もそれに甘えまくっていたが、これからは・・・「真琴、真琴は私がまもるからね」「おねえちゃん・・・ふええ、おにいちゃんがしんだようにいわないでぇー!」あ、ヤバイ、泣かしてしまった・・・。この泣き虫を一瞬で泣き止ませる事の出来る兄は改めて凄い人なんだ、とその時自分は思った。やはり、この家に、兄がいないのは寂しいのだ。そう思うと、瑞希の頬にも、涙が流れるのだった。達也がいなくなって、おおよそ3ヵ月が過ぎようとしていた頃の話である。(第三章:『紫電、異世界を翔る』 完)(続く)【後書きのような反省】いつの間にかPVが10万・・・だと・・・皆様にはただ、ただ感謝いたします。次は・・・X話か家に帰るか妖精亭の話になるか・・・・