ワルドのみならず、アルビオン竜騎士隊の崩壊に多大な貢献をしたラ・ヴァリエール公爵夫人、カリーヌ・デジレは、大変満足したような様子で、後の指揮を自分の後任であり、信頼できる現マンティコア隊隊長のド・ゼッサールに任せ、主戦場から少し離れた場所まで移動していた。もはや誰の目から見てもアルビオンの劣勢は目に見えている。ド・ゼッサールならば、間違った判断は下さないだろう。後は艦隊率いる男の仕事である。「この歳になっても殿方を立てるこの心遣いこそ、ルイズに見習って欲しい態度なのですが・・・少しは成長しているでしょうか?」自分が騎乗している大きなマンティコアに聞くように呟く。マンティコアは「知らんわ」といいたげに、彼女の呟きを無視している。このままタルブの南の森に避難している村民たちを城下街辺りに運んで、自分に戦場に行くように仕向けたマリアンヌに嫌がらせしようかとも思ったが、今の王女は娘のアンリエッタだった。母の責任は母に取らせるべきだ、うん。友人でもあるマリアンヌをどう弄ってやろうかと画策していたカリーヌだが、自分の騎乗しているマンティコアの様子がおかしい。何やら遠くを見つめているようだ。カリーヌはその方向を目を細めて見た。何かが近づいてきている。しかもかなり速い。敵か?カリーヌは杖を取り出すと、マンティコアにもう少し飛ぶ高度を上げるように命令した。マンティコアはそれに従って飛ぶ。だんだんその点が近づいてくる。あの速さ・・・並みの風竜じゃない。王宮の方から来たという事は味方か?自分のいない間に、トリステインの竜騎兵の錬度も上がっていたのか?どうも気になる。これは所謂女の勘である。何だか嫌な予感がする。そして何だか面白そうな臭いがプンプンするのだ。味方ならばよし、敵ならば散々蹂躙した上で撃墜すればいいか。この歳になっても好奇心とお茶目は忘れないのが若さの秘訣。というのが、カリーヌの若さの秘訣らしいし、それはルイズにも受け継がれていた。「そろそろタルブの村が見えてくるぜ、小僧」喋る剣が俺に呟く。結局俺たちは、戦闘には参加せず、シエスタたちの安否を確認するために出撃した。マザリーニの話では、村人たちはタルブ南方の森に避難しているらしい。そこにシエスタがいればいいんだが・・・もしかしたらアルビオン軍の砲撃を受けているのかもしれない。その時は覚悟を決めて、攻撃する。シエスタの無事を確認したらそのまま帰る。俺は機内でルイズとそう約束した。「夜なのに夕方みたい・・・」「村が焼けてるんだろうな。それか竜の炎かね」「何てことしやがる・・・」村に近づいているのは前方に見えるトリステインの艦隊の数で分かる。ここから直進は危険だから、針路を変えたほうがいいとルイズが進言したときだった。喋る剣が俺に対して言う。「小僧、お前から見て右下方向から一騎、竜じゃない。マンティコアだ。近づいてくる。気をつけろ」「マンティコア?」ルイズが外を覗き見る。しばらくして真っ青な表情の彼女が、紫電改を操縦中の俺に縋るように、震えながら言った。「逃げて」「は?」「おいおい、娘っ子。向こうさん攻撃の様子は・・・しかもアレは味方じゃねえのか?逃げたらややこしいことに」「いいから・・・!!」「だから、タルブの住人が無事かどうかの確認をしにいくって言えばいいじゃん。マザリーニさんもそう艦隊に伝えるって・・・」「どうでも良いから逃げなさい・・・・・っ!?」村付近の様子を見るため減速していたせいなのか、いつの間にかマンティコアが紫電改に併走するようにぴったり横につけていた。マンティコアに乗っているのは女性のようだ。ああ、やっぱり女性兵士もいるんだな。その女性は操縦席の俺たちを覗き込むようにして見ている。彼女の視線がルイズに移ったとき、その目がすぅ・・・っと細められた。ルイズが叫ぶ。「あれは私の母よ!こんな所で、男連れでいたら、アンタも私もただじゃすまない!もう見つかったけど、逃げて!」「イエス、マム!」俺は紫電改を加速させ、その場を離脱した。ああ、タルブの森が遠ざかっていく。「って、いやあああああああああ!?やっぱり追ってきてるーー!!」「こ、小僧!魔法が来るぞ!避けれ!右か左に!」「お、おう!?」急いで右に旋回する。直後、紫電改の近くにあった大岩が真っ二つに割れた。・・・俺とルイズの血の気が引いた。「ちょ、何考えてるのよあの母親ー!?死ぬわよ!?」「何か勘違いされているようだな・・・お前、ちゃんと使い魔の俺のこと家族の皆さんに言ったの?」「いやあの・・・使い魔召喚は成功したとだけ・・・」「何を召喚したかは伝えなかったのかよ」「・・・てへ☆」「凄く殺意のわく惚け方だな」「娘っ子の自業自得に巻き込まれたね、小僧。義兄として、義妹の危機は救わないとな」「ルイズ、お前とは現在限りで義兄弟の縁を切る。よって助けない。せめて母の手にかかって安らかに逝くがよい」「嫌だー!私が死ぬときはお兄様が死ぬ時!お兄様が死ぬ時は私は逃げる!」「逃げんのかよ!?」「愛する義妹のため、命を賭けて!お兄様!」「投げ捨てたい!凄い投げ捨てたい!」「小僧!コイツを上昇させろ!マンティコアは其処まで高く飛べねえ!こいつは竜より高く飛べるんだろ?なら振り切れる!」喋る剣の提案に俺は乗った。そして紫電改は急上昇を始めた。途中襲い掛かってくる魔法を何とかかわしながら、俺たちは大空を目指した。やがて、ルイズの母親が追ってこないのを確認すると、ようやく俺たちは一息つけた。「・・・タツヤ・・・ちょっとここ開けてくれる・・・?」操縦席の風防をコンコンと叩くルイズの顔は青いままだ。「危ないぞ?」「いいから・・・」俺はルイズの言うとおり、風防を浮かせてやった。ルイズは風防を開けた。猛烈な風が吹いたので、少し減速した。ルイズは操縦席から顔を少し出すとそのまま「うぷっ」・・・おい待て待てーー!?「うおげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・・」吐いた。この女吐きおった。まあ、急上昇して気持ち悪くなったのかもしれないな。ルイズは風防を閉めて、口元をハンカチで拭うと、何故か『始祖の祈祷書』を読み始めた。「おい、娘っ子、何で今頃、『始祖の祈祷書』なんか読んでるんだね?」喋る剣がルイズに尋ねた。「決まってるじゃない・・・可愛い娘がいるのにも拘らず容赦無しに殺そうとした母様に、私の抵抗を見せるのよ・・・」「それと始祖の祈祷書と何が関係あるんだよ」「ふふふふふ・・・確か『虚無』の初歩の初歩の初歩は『爆発』だったわよねぇ・・・」「親子喧嘩に虚無使うなよ」「いえ!これはもう母と娘の仁義なき戦い!今こそ私は、母さまを超えるのよ!」こいつ、吐いたときにその脳みそまで吐いちまったのだろうか。それとも死の恐怖に我を忘れているのか。「小僧、下から砲撃だ。でも当たらんからそのままでいいぜ」「何ィ!?」喋る剣の言うとおり、雲を突き破るようにして弾が飛んできたが、俺たちが飛んでいるところとは全く関係ない場所を飛んでいった。その直後、ハリネズミのように周りを砲門で固めた巨大戦艦が俺たちの視界に現れた。ルイズはそれを見て、何事かブツブツと呟いていた。「竜騎士隊が・・・全滅だと・・・!?」艦砲射撃実地の為、タルブ草原上空3千メイルに配置されていた『レキシントン』号で、トリステイン侵攻軍総司令官サー・ジョンストンは伝令からの報告を聞いて愕然とした。流石の彼でも、次から次へと舞い込んでくる自軍艦の撃沈報告に続き、切り札の一つである竜騎士隊の全滅を聞かされては顔面が蒼白になる。「敵は・・・何騎だ?百か!二百か!?」「サー。竜騎士、グリフォン隊、ヒポグリフにマンティコア、全て合わせて約五百であります。更に戦艦は計四十を超えております」ジョンストンは敵は初めから総力戦で待ち構えていたことにやっと気づいた。そりゃあ、二十では五百には勝てん。「ワルドは・・・ワルドはどうしたというのだ!?」「損害には子爵殿の風竜も含まれております・・・しかし、肝心の姿はどこにも・・・」「馬鹿な・・・!!」戦場ではしゃぎすぎたな、とボーウッドは思った。戦を仕掛けるタイミング、宣戦布告をするタイミング、その他のタイミング全てが最悪だとボーウッドには感じられた。このジョンストンもそうだが、行方不明のワルドも、この作戦を考えたクロムウェルも、正直トリステインを甘く見すぎである。本気でこの国を奪う気ならば、総力戦で攻めるしかない。何のためにゲルマニアとの同盟を止めようとしてるのかは知らないが、もしトリステインがゲルマニアと同盟し、アルビオンに牙を向ければ・・・まずアルビオンは滅ぶ。何せ王党軍の優秀な人材はすでに亡くなっているし、この戦いで、残った優秀な者たちも命を落としている。後は私利私欲に魂を売った俗物的な腐った貴族しかいないのだ。すでにこの戦の勝敗は決した。しかしジョンストンは、退却命令を出すかと思えば、ボーウッドの予想の斜め上の命令を出した。「レキシントン号、上昇せよ!奴らが手の届かぬ天より、砲弾の雨を味あわせてやるわ!」ただの時間稼ぎにしかならない、とボーウッドは思うが、この無能な男はこちらの言い分を聞きはしないのだ。ただの軍人であるボーウッドは優秀すぎる軍人だったがために、上官に逆らうと言う選択肢がなかったのである。もしこの時竜騎士が存在していれば、上空に存在する影に気づいたかもしれない。もし、ジョンストンがまだ慧眼ならば、この時点で降伏していただろう。『レキシントン』号は天に向かって上昇する。その姿は天上の神々へと憧れて上昇していくように見えた。視界を遮る雲に一発砲弾をぶち込み、見えたものは、二つの月。それに向かって、雲の壁を突き破った彼らを待ち受けていたのは・・・光だった。ルイズの様子が明らかにおかしい。多分先ほどまで母親との恐怖の追いかけっこの末、恐怖への開放からか、雲の上で吐いてしまい、何かに目覚めたのだろう。・・・本当に脳みその一部が吐かれてないよな?「母さま・・・私は何も悪い事はしていないわ・・・ただ、友達の無事を確認したかっただけよ」「そうだな、シエスタが無事かどうか見に来たんだもんな」「母さま・・・コイツは使い魔であって、私とはいい友人なの。母さまが心配するような関係じゃないのよ・・・」消えたワルドの事を思い出したのか、涙声のルイズ。「そう、私は何にも悪くない・・・悪くないのに、そんな物騒な戦艦を手に入れてまで、私を消したいかーーー!!」風防を勢いよく開けるルイズ。何気に飛ばされないように俺に掴まっている。というか、あんな戦艦がお前の家にあるのか。無いだろう普通。「小僧、ありゃ、アルビオンの船だね。あんなゴツイ造船技術、トリステインにはないはずだ」「そうなのか?・・・じゃあ、敵じゃねえか!逃げなきゃ」「まあ、待て。おい、娘っ子!お前、もう『爆発』の呪文を詠唱し終わったよな!さっき呟いてたのはそれだろ?」「それが・・・何よ・・・」「あの目の前のでかいのにドカーンとやっちまえ。小僧、お前もだ!あれに向かって攻撃しろ!」「ええい!知らんぞ!?」俺が紫電改の機銃を発射すると、ルイズも杖を振り下ろした。その瞬間、目の前の巨艦が眩い光の玉に包み込まれた。光の玉はどんどん膨らんでいく。「全速力で逃げろ!娘っ子!それを閉めろ!吹き飛ばされるぞ!」喋る剣の言葉にルイズは正気に戻ったようにハッとすると、いそいそと風防を閉めた。ルイズはそのままよろよろと崩れ落ちた。俺は喋る剣の指示に従い、全速力で離れた。背後で爆発音が聞こえた。それに驚いて後を見ると、あの巨艦が炎上しゆっくりと墜落していた。あれだけ空を覆っていた雲が、其処だけ消えていた。ド・ゼッサールは突然上空に上がり、雲の奥に消えたはずの巨大戦艦『レキシントン』号が突然ぽっかりと空いた雲の穴から、炎を上げて墜落してくるのを眺めていた。何が起きたのかは雲の壁のせいでよく分からない。もしかしたら前隊長が気まぐれで何とかしたのでは?とも思えたが、マンティコアはあんな高く飛べない・・・疑問は尽きないが、旗艦が落ちたのは最大の好機である。「全部隊、続け!このまま一気に押し込むぞ!!」昇る朝日が戦場を照らした時、トリステイン軍の勝ち鬨の歓声が高らかに響いた。トリステインは侵略者の手からまたもや守られたのだ。そして朝日が昇った頃・・・。シエスタたちはアニエスたち銃士隊の護衛のもと、森から出た。トリステイン軍がアルビオン軍に勝利したとの一報が伝えられたのだ。潰走したアルビオンの兵たちは多くが投降したらしい。燃えた村は既にメイジの有志達が募って、「土」の魔法で出来た簡易住居を製作していたり、村の人々に水を配ったりしていた。既に復興は始まっているのだ。その中には、タルブ領主アストン伯が、復興の為の支持を出している。「だから!水だけでは駄目だと言っているだろう!炊き出しだ炊き出し!っておいこら!扉の無い簡易住居に誰が住むんだ!?ここは平民ばかりの村なんだぞ!メイジの常識で考えるな・・・って窓から私たちも家には入らんな・・・お前の家はどうなってるんだ!?」なんて事を喚きながら忙しそうに怪我だらけの姿で走り回っている。草原のほうの消火作業も順調である。戦は終わったのだ。ふと、空から爆音が聞こえてくる。村の人々があんぐりと口を開けて空を見上げている。シエスタも空を見上げる。自分が見慣れたものが空を舞っている。『竜の羽衣』だった。シエスタの顔が輝いた。タルブの草原に紫電改を着陸させた俺は、風防を開いた。参ったな、今日はずっと色んなところを飛び回って、ガソリンがかなり減った。まあ、学院までは普通に帰れるだろう。「で、お前は大丈夫か?」「大丈夫じゃない・・・おうえぇ・・・」草原で大切な何かを嘔吐する我が義妹。操縦席でやたら動くからこうなる。俺はルイズの背中をさすってあげた。虚無の魔法を使ったせいで、ルイズは極度に体力を消耗したらしい。しかも、一日に二回も虚無を使ったので、ルイズは完全なグロッキー状態である。喋る剣は『使わせといて何だが、よく使えたもんだ』と感心していた。「おーい、小僧。俺もひこうきから下ろしてくれやー」「はいはーい」外に出ることを所望する無機物マダオの望みを叶えてやるほどの器の広すぎる俺は実に紳士的だ。そう思いつつ、俺は喋る剣をもつ。あ、やっぱりルーンが光った。で、やっぱり来るのね謎電波。『毎度おなじみになってしまいました。戦場を駆け抜けるスリルはいかがでしたでしょうか。紫電さんは言っています。『さっさとハイオクガソリンをよこせ』と。無視しても構いません。さて、巨大戦艦を撃破したのでボーナスがつきます。今回のボーナスは剣術強化で御座います。その他、レベルが上がっているようで御座います。そうですね、具体的に申し上げれば『剣術』『騎乗』『釣り』『歩行』そして『格闘』のレベルが上昇致しました。戦場って恐ろしいところですね。なお、『剣術』『騎乗』『釣り』のレベルは一定値に達しましたので、それに応じた技能を覚えました。まず、剣術対応技能の紹介で御座います。『前転Lv2』がLv3となりました。あと少しで前転のLvはMAXになりますね。お楽しみに。ではLv3を説明いたします。後転が可能になりました。効果は前転と同じで御座います。人生はたまに戻って原点を見つめなおす時も必要で御座います。三回前転して二回後転しても結局前進はしています。たまには戻ってもいいでしょう』・・・自分で言うのもなんだが凄い事になりそうである。『続いて騎乗対応技能を紹介致します。・・・まぁ・・・これは・・・うふふ。失礼致しました。騎乗対応技能は『床上手』で御座います。子宝に恵まれる技術で御座います。うふふ』何がウフフだ!何が子宝だ!微妙すぎるわ!『最後に釣り対応技能を紹介致します。ずばり、分身の術です』おお!?何か凄そうなの来た!!『ただし一日一回、一人ずつしか出せません。更に分身は攻撃を受けると死ぬ。特に弱点は足腰。坂道でジャンプすると死ぬ。自分と同じぐらいの高さから飛び降りるとやっぱり死ぬ』それ何処の冒険者だよ!?役にたたねえよ!『ただし、性格は貴方よりかなり良いです。良心があるなら、分身してそんな良い人の彼を殺さないでください。といってもすぐ死にますが』やっぱり死ぬのかよ!?意味ねえ!無駄に良心が傷つくだけだろ!?『更に低確率で貴方の主の分身が現れる事があります。しかしこっちもすぐ死にます』そんな特典いらんわ!!それを最後に電波は聞こえなくなった。毎回毎回何か疲れる電波だ。俺が顔を上げると、村のほうから誰かが駆けて来る。シエスタだった。俺とルイズは笑顔で駆けて来る彼女に対して、同じく笑顔を返した。だが、その笑顔も一瞬で凍りつくような存在が、俺たちの背後に現れた。「見つけましたよ、ルイズ」その声にルイズは犬●加●子の書く悲鳴顔のような表情になった。「か・・かかかか・・・母さま・・・!?」「あ、どうもはじめまして、ワタクシ、因幡達也、こっちではタツヤ=イナバという者です。ルイズさんとは日頃から仲良くさせてもらっています」「あ、これはどうもご丁寧に。ワタクシ、ルイズの母のカリーヌと申します。娘と仲良くしてもらい有難う御座います」「普通に自己紹介しあってるー!?」馬鹿者、コミュニケーションの基本は挨拶と自己紹介だぞ。(続く)【後書きのような反省】達也達がレキシントン号を撃沈した瞬間は誰も見ていません。目撃者はゼロです。