朝食を終えたルイズと俺は、魔法の授業が行われる教室へと繋がる廊下を歩いていた。道中、いきなりルイズは俺に対して熱弁を振るい始めた。「私ね、思うのよ。使い魔召喚の儀式はそのシステム自体を見直すべきだって」「いきなりこの世界の常識を覆す発言だな、おい」「今回の使い魔召喚でアンタという存在を召喚してね、気づいたのよ。召喚されてしまったのが人間だった場合の救済措置・・・つまり元の世界に戻してあげる方法もちゃんと用意しとくべきなのよ!人間の使い魔なんて普通に考えたらただ働きの給士じゃない。いれば確かにそりゃ経済的に楽かもしれないわ。でもね、そんなの連れて適当に扱き使ってたら悪評が立つに決まってるじゃない。私だけならまだしも、実家にまでね。『ヴァリエール家は人を人として扱わない鬼畜外道の一族だー』とかね。そんなの嫌だもの。私としても使い魔は人間よりフクロウやらのほうがいいし」貴族はやっぱり自分や自分の家名に傷が付くことを嫌がるのは本当みたいだな。まあ、俺の世界でも『風評被害で甚大なダメージを受けた』ってのも珍しい話じゃないしな。「それに万が一、とんでもない魔物が出てきたら契約どころか死人がでるわよ!戻そうにもその方法が無ければ被害は拡大するでしょうね」『もしも』の話でこれ程まで雄弁になるのも恥ずかしい限りであるが、ルイズは多分本気である。「いや、ルイズ。その場合さ、その魔物が元々いた世界の危機を救ったとも考えられんか?」俺がそう言うとルイズはハッとした様子で、「その発想はなかったわ。だとしたら、もし私がそういう存在を召喚したら、私はその世界の英雄と呼ばれても過言ではないわね!」と、目をキラキラさせて、自分が世界の英雄にでもなった妄想でもしているのだろうか、口元をひくつかせ、「グフフ・・・」とか言って喜んでいた。正直気持ち悪いですご主人様。「その世界の奴らはお前を知らんうえ、当のその世界の英雄であるお前は、自分の世界では世界を滅ぼした戦犯になりかねんがな」「持ち上げて落とすなんて止めてくれない?」涙目で俺の発言を非難するルイズ。俺が悪いのか?「で・・・ルイズ。お前が使い魔召喚の儀式のシステムを変えたい理由はそれだけか?」「いえ、まだあるわよ。というか、これが最大の理由ね」「へえ、そりゃなんだい?」嫌な予感はするが、とりあえず俺は尋ねた。「契約の方法がキスなのが気に入らない。こんなの撤廃よ!私のような被害者をこれ以上増やすべきじゃないわ!」「訳解らんうちに、訳解らん所に連れて行かれて、キスされて、契約されて、奴隷のような生活を強要される使い魔が最大の被害者ではないでしょうか?」「正直、キスはご褒美だと思うんだ、私」「自らの否を認めようとしない・・・そんな人を、俺は淑女とは認めない!」「謝ったら負けかな、と思ってるわ」「悪魔め・・・」朝食を分け与えてくれた際の俺のルイズに対する敬意はこの瞬間霧散したことは言うまでもない。魔法学院の教室は大学見学で見た大学の講義室のようだった。違う点といえば教室が全体的に石で出来ているところと空調設備がないところか。講義を行う先生が一番下の段に位置し、そこから階段のように席が続いている。「何処の世界でも学校の教室は似たようなもんなのね」と、俺の感想を聞いて、ルイズはそうつまらなそうに言った。お前は俺の世界の教室に何を期待してるんだ。俺とルイズが教室の中に入っていくと、先に来ていた連中が一斉にこっちを振り向いた。席につくと、くすくす笑い声が聞こえた。どうやら自分達を笑っているようだ。ルイズが周りの反応を見て俺に、「ま、あんまり気にしない事ね。じきに慣れるから」と、言って周りの嘲笑など気にも留めない様子で教室の席の一つに座った。ルイズは席に座ると俺を見て自分の隣の席をチョイチョイと指差してここに座れと言わんばかりのジェスチャーをしていた。「何か仕掛けてないか?画鋲とか」「ガビョウ?何の事か知らないけど罠なんか張ってないから、さっさと座んなさい」それを聞いて安心したが、俺がルイズの隣の席に座った直後、ルイズは、「そうか罠か・・・私もまだまだね。使い魔に指摘されるまで気づかなかったなんて・・・」「お前は一体何を物騒なことを俺に聞こえるように言っているんだ」「私思うんだけど、退屈な日常ってね、常に遊び心をもって日々を過ごせば、ちょっとは刺激的で有意義なものになると思うのよ」「その遊び心に巻き込まれるのはどう考えても俺じゃねぇか」「あら、アンタだって、遊び心を持ってるじゃない。早朝、寝ていると思われる私の鼻を塞ごうと目論んでいたのは何処のどちらでしたかしら、紳士さん?」「狸寝入りの上、豪快なアッパーカットを喰らい、その目論見は潰えたわけですが」「私を襲おうなんて百万年早いのよ、童貞」「ど、童貞なめんな!俺の世界じゃなぁ、童貞を三十歳まで貫いた漢は魔法使いにジョブチェンジできるんだぞ!」「え・・・それ、本当?」「そんな訳ないだろ常識的に考えて」「一瞬信じてしまった自分の馬鹿な頭が憎い!死にたい!」あーうー!と悶えるルイズ。その間に俺は教室内を見回してみた。相変わらずのこちらに向かっての嘲笑はげんなりするものがあるが、それを気にせずに観察をしよう。まず目に付いたのは先程ルイズと、俺の肝が冷えるような女の争いを見せてくれたキュルケであった。キュルケの周りは男子生徒が取り囲んでいた。まあ、あんだけの色気を振りまいてるんだ。人気はあるんだろうな、バストが凶悪だし。その取り巻きの男子からかかる甘ったるい言葉を彼女は上辺では喜んでいるような態度を見せていたが、その視線は明らかに俺やルイズに向けられていた。口元は笑っているが目が全然笑っていない。どうやらルイズのせいで俺は過剰に警戒されているようだ。キュルケから視線を逸らし、次に俺の興味を引いたのは様々な使い魔達だった。よくもまあ、こんなにいるものだ。キュルケのサラマンダーは先程見たが、他にもフクロウや猫に、ヘビにカラスにネズミといった俺の世界でも普通にいる生物から、ゲームにでてくるような六本の足をもつトカゲのバシリスクや蛸のような人魚のスキュアなどがそこら辺をちょこちょこ動き回っている。バシリスクはともかく、スキュアがうねうね蠢く姿は流石に気持ちよくはないものがある。まあ、俺からすればファンタジーな生物でも、もはやこの世界ではいて当たり前のようなものだから、バシリスクがその辺を闊歩していた所で、この教室で驚くのは俺ぐらいだろう。しばらく使い魔たちを眺めていると一つの視線を感じた。視線を感じた方を見ると、「・・・・・・・」巨大な目の玉がぷかぷか浮いて、俺を見ていた。何か害を成そうという訳でもなく、ただひたすら、じーっと俺を見ていたので俺もそれに倣い、目の玉を見つめ返した。「・・・・・・(じー)」「・・・・・・・・・・・(じー)」「・・・・・・・・・・・・・・・・・(じぃ~)」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(じぃ~)」「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ぽっ)」オイコラ待て目の玉お化け。何だその擬音は。「アンタ、バグベアーと睨み合って何やってんの?にらめっこ?楽しいの?」ルイズがいつの間にか立ち直っていた。あわよくば混ぜてもらいたそうに言うな。んな訳あるかと俺が言うと、ルイズはなーんだとつまらなそうだった。「本来ね、いまアンタが座ってるのはメイジの席で、使い魔は原則座っちゃ駄目なんだけどね」ルイズはチラリとキュルケがいる方を見て言った。キュルケの視線はまだこちらに向いている。「あの女、まーだアンタを只者じゃないと思ってるみたいだから、ここはそれに乗ってあげるわ。使い魔であるはずのアンタが悠然とメイジの席に座っていたら『コイツは只者じゃない!』と、今のあの女なら勘違いするでしょうね。元々頭は男のことで沸いているようなもんだし」それにね、とルイズは視線を俺に戻して続ける。「アンタが魔法の無い世界から来たというのならば、魔法がある世界の授業がどういうものであるかというのも体験しとくのもいいんじゃないの?ま、私としては、アンタの持ってるケータイデンワやらを作るような技術がある世界の授業こそ受けてみたいけど」本当にルイズの中での俺の世界というものはどういうものになっているんだろうか。やがて教室の扉が開き、中年の女性が入ってきた。紫色のローブに身を包み、帽子をかぶっている。ふくよかな顔が優しそうな様子だ。おそらく先生だろうあのおばさんも魔法使いなんだろう。というか、魔法学院の先生が魔法使いじゃないのも妙な話だろう。そうでなければ生徒に舐められる、そういう世界なんだろうしな。中年の女性先生は辺りを見回し、満足そうに微笑む。「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですね。このシュヴルーズはこうやって春の新学期に、皆様の使い魔を見ることを楽しみにしてます」「今年は人間を召喚した生徒もいますしねー」ルイズが小声で自虐ネタを言う。「おやおや、変わった使い魔を召喚したようですね。ミス・ヴァリエール」シュヴルーズが俺を見てとぼけた声でいうと、教室内はどっと笑いに包まれた。ルイズは表情を変えずに俺を見て、小声で、「今は我慢しなさい」と、言った。・・・ん?「今は」?教室内の嘲笑ムードに便乗したのか、一際大きな声が響いた。「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いていた平民つれてくるなって!」ルイズはやれやれといった感じで首を横に振り、立ち上がった。そして、先程の声の方に向かって、「歩いているだけの平民を拉致するほど私は腐ってないし、暇じゃないの」使い魔召喚の儀式で呼び出された俺の立場は?いや、ルイズならば『リア充の発生を止めた私は賞賛されるべき』とか言いそうだ。この娘が『リア充』なんて単語知ってるかどうかは知らないけど。「嘘をつくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかっただけだろう」「愚かな推測でものを語るなど堕ちたものね、ミスタ・マリコルヌ。その発言、私の『サモン・サーヴァント』の儀式に立ち会った全てのメイジを侮辱する発言と知っての事?・・・あら?そういえば貴方もその場にいた筈じゃなかったかしら?アハハ!これは傑作ね!つまり貴方は自分で自分を侮辱しているのよ。『僕は記憶力の無いメイジ、かぜっぴきのマリコルヌです』ってねぇ、馬鹿みたい!」ルイズの嘲笑に、マリコルヌは怒りに身を震わせて机をその拳で叩いた。「ミ、ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! ゼロのルイズが僕を侮辱しました!」侮辱も何も先に仕掛けてきたのはマリコルヌと呼ばれた男子生徒のほうであろう。キュルケ相手にあのような口論を仕出かしたルイズにこの少年は口で勝てると思ったのだろうか。そして反論されたら教師に助けを求めるとは何とも情けない話ではなかろうか。「訂正しろ『ゼロのルイズ』!俺は風上のマリコルヌ!風邪なんて引いてなどいない!」「これは失礼、ミスタ・マリコルヌ。貴方の声を聞いていたら年中風邪を引いているように聞こえてしまいますので、私なりに心配していたのですわ。そうですか、それが地声なのですね。クスクス・・・失礼いたしました」「この・・・!!」マリコルヌは顔を真っ赤にして立ち上がり、ルイズを睨みつける。対するルイズは何処にそんな自信があるのか余裕たっぷりである。この醜く争う姿の何処に貴族の気品があるのか。紳士の俺としては見逃せない。『やめて!私のために争わないで!』そもそも俺を召喚したことでルイズ嬢はこのような辱めを受けているのだから、もし俺がこのように言っても間違いは無い。我ながらナイスアイデア!と一瞬思ったが、しかしそれを言ったところで何の解決になるんだろうか。あまりの馬鹿馬鹿しさに恥ずかしくなった。ひそかに俺が羞恥心に身悶えしていると、それまでルイズとマリコルヌの口論を静観していたシュヴルーズ先生がその手に持った小ぶりな杖を振り、「そこまでです。ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ」シュヴルーズ先生は先程までの温和な雰囲気をすでに消していた。マリコルヌはその様子に身を竦めたが、ルイズはやれやれと肩を竦めるアクションだけだった。「ミス・ヴァリエール、ミスタ・マリコルヌ。お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません」「そもそも貴女の発言が原因なんですけどね」ルイズは俺にしか聴こえないほどの声で毒づいた。「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」口の減らない男である。本当に俺と同年代なのか。こんなのが貴族で本当に大丈夫か?と、思ったら、シュヴルーズが杖を振った。マリコルヌと今までくすくす笑っていた生徒たちの口に、ぴたっと赤土の粘土が押し付けられた。「あなた達はその格好で授業を受けなさい。他人を嘲笑するような口は無い方がマシですからねぇ。それからミス・ヴァリエール。私は貴女に謝らなければなりませんね。私の軽率な発言で、貴女には嫌な思いをさせてしまいました。ごめんなさい。」よもや謝るとはルイズも思わなかったのか、凄い微妙な表情で、「い、いえ・・・」と答えた。照れているらしい。『謝ったら負け』とかルイズは言っていたが、まさか教師に素直に謝られるとは想像してなかったのか。まあ、俺の世界でもすぐ謝る先生と全然謝らない先生なんてザラにいるしな。「では、授業を始めますよ」何事も無かったかのように授業を始めるシュヴルーズ先生。この人は怒らせてはいけない・・・そう本能が告げている!!シュヴルーズが杖を振ると、机の上に石ころがいくつか現れた。本当、魔法って便利だな。「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミス・ツェルスプトー?」「はい。ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つですわ」「そうですね。今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです。その五つの系統の中で『土』はもっとも重要なポジションを占めていると私は考えます。それは私が『土』系統だから、というわけではありません。私の単なる身内びいきではありませんよ?本当ですよ?」そこまで強調しなくてもいいだろう。「『土』系統の魔法は、万物の組成を司る重要な魔法です。この魔法がなければ、重要な金属を作り出すことも出来ないし、加工することもできません。大きな石を切り出して建物を建てることもできなければ、農作物の収穫の手間もかかります。このように、『土』系統の魔法は皆様の生活に密接に関係している訳ですね」どうやらメイジが威張り散らしてる理由はここら辺にあるらしい。でも魔法は確かに便利だが、人間はすごい順応性が高いから魔法無くても生きていけるんじゃないの?俺の世界ではそのために科学は発達したわけだ。・・・まあ、この世界からすれば、俺の世界の科学は驚異的なのかもしれないが。「そう考えると、魔法無くても科学っていう平民でも使える技術があって豊かな生活送ってるらしいアンタの世界って凄い便利よねー」ルイズが小声でそんな事を言う。何だか心底うらやましそうなのは俺の気のせいだろうか。「今から皆さんには『土』系統の魔法の基本である『錬金』の魔法をかけてもらいます。一年生のときに出来るようになった人もいるでしょうが、基本は大事です。もう一度、おさらいすることに致します」 教卓の上の石に向かってシュヴルーズ先生が杖を振り上げ、何やら唱えると、その石が光りだす。 その光がおさまると、小さな石のはずだった物は、光る金属へと変貌していた。おい、錬金って等価交換が原則じゃなかったのか?魔法ってやっぱ便利だね。「ゴゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」キュルケ嬢が身を乗り出した。「欲深い女・・・」とルイズが毒づく。「違います。ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジです。残念ですが私はただの、『トライアングル』ですから・・・ええ・・・『トライアングル』ですから・・・」あ、あれ?なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?「ええ、『スクウェア』だったらどんなに良かったか。スクウェアなら『私はただの石ころを黄金に変えることができるのよ!どう?凄いでしょう?私を称えなさい、オーッホッホッホ!』とか言えるのに、現実は『トライアングル?中途半端wwwww』とか言われたり、オイシイ所は『スクウェア』クラスのメイジに奪われたり、たまに『トライアングル』クラスの生徒から上から目線でモノを言われたり・・・舐めとんのかーーー!!中年女性の人生経験舐めんなーー!!何で私が『スクウェア』じゃないというだけで同じクラスぐらいの実力の若いメイジに鼻で笑われんといかんのじゃーーー!!!」何だかここにも現実の厳しさに憤慨している方がいた。地雷を踏んだと思われるキュルケや他の生徒達や俺はドン引きしている。ルイズなんかはシュヴルーズに何か感じるのでもあったか、涙を拭いながら「うんうん、わかるわかる」と頷いていたが、一体何が解ったと言うのか。ところでまた新しい単語を耳にした。『スクウェア』と『トライアングル』である。一瞬某大作RPGを輩出する企業が頭に浮かんだ。成る程、奴らは金を練成出来るのか。んな訳あるか。「ルイズ、先生に同調してる所悪いけど、スクウェアとかトライアングルとは?」「・・・魔法の系統を足せる数の事よ。それによってメイジのレベルが決まるの。例えば、『土』系統の魔法はそれ単体でも使えるけど、『火』系統を足せば、もっと強力な呪文が出来るの。例としてあげれば『火』『土』と二つ足せるのが『ライン』メイジ。シュヴルーズ先生みたいに、『土』『土』『火』、三つ足せるのが『トライアングル』メイジというふうにね」「む、土を二つあわせる意味は?」「その系統がより強力になるわ。風にもっと風を送り込めばそれは強風になるでしょ」「解るような解らんような・・・」「適当に理解してればいいのよ。アンタのような奴はね。魔法使えないし」適当にって・・・そういうものなのだろうか?「ミス・ヴァリエール」いつの間にか正気に戻ったのか、シュヴルーズ先生がルイズを咎めるかのように声を掛けた。「え?あ、はい」ルイズも不意をつかれたのか余裕がない様子である。その表情は「しまった」という感情が見て取れる。「授業中の私語は慎みなさい」「すいません」そうは言うが、ルイズは俺の質問に答えただけである。見逃してはくれまいか。ううむ、ルイズには悪いことをしたようだ。これは紳士を志す俺にとっては手痛いミスである。「おしゃべりする余裕があるなら、あなたにやってもらいましょう」「げ」「げ、じゃありません。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 ざわ・・・ ざわ・・・俺はその瞬間、教室の空気が一変したことがわかった。そんな中、キュルケが口を開いた。「ミ、ミセス・シュヴルーズ!危険です。やめといた方がいいと思います!」 「どうしてですか?」「危険です」 キュルケ嬢は真剣であった。同時に何だか必死そうであった。「……ミセス・シュヴルーズは、ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いていますよ。さあ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、何も出来ませんよ?」 そう、人類は数々の失敗から進歩し続けていったのだ。例え失敗しようとそれを次の糧とすればいいだけである。ルイズは諦めたように頷くと、立ち上がって教卓の前へと歩いていった。その際俺に小声で、「ゼロのルイズって呼ばれてる理由が解るわよ。見てなさい」と、疲れたように言った。心なしか死地に赴く兵士のような悲壮感が彼女の背中に漂っていたように思える。まあ、死地に赴く兵士なんて見たことないんですけども。「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」 「わかりました」頷く我が主。一体何が起こるというんだ?「ルイズ、やめて」「しょうがないじゃない、先生のご指名ですもの」キュルケの懇願も何処吹く風。何故か責任を先生に押し付けていた。何故か他の生徒は机の下に隠れていた。何してんだこいつら。ルイズ嬢は目を瞑り、短くルーンを唱え、杖を振り下ろした。その瞬間、机ごと石ころは爆発した。その後の教室はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。爆発に驚いた使い魔たちが暴れだし、悲鳴と怒号、嘆きと悲しみの声が響き渡る。炎が舞い、窓ガラスは割れ、誰かの使い魔のカラスが誰かの使い魔の蛇に丸呑みにされていた。なお、俺は比較的爆心地から離れていたので実質的な被害は無かったが、先程にらみあっていたベアードが、爆発におびえたふうに身体を震わせながら俺に擦り寄っていた。いや、主はどうしたお前。「だから言ったのよ!あいつにやらせるなって!」「もう!アイツ退学にしろよ!命が幾つあっても足りないよ!」「ラッキーが、俺のラッキーが蛇に食われたあああああ!!」爆心地にいたルイズとシュヴルーズ先生は倒れたままである。先生なんか時折痙攣している。南無・・・近くで倒れていたルイズはむくりと立ち上がり、顔に付いた煤を優雅にハンカチを使って拭いていた。大騒ぎの教室や、ブラウスが破れ、スカートが裂け、パンツ丸見えの無残な格好も意に介さず、淡々と言った。「ちょっと、失敗みたいね」「「「「「「「「「「「「どこがだーーーー!!?」」」」」」」」」」」」教室中の生徒の気持ちが一つになった瞬間だった。「ちょっと失敗ってレベルじゃないだろ!ゼロのルイズ!」ゼロと言うよりテロだろこれは。「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないか!」成る程ーだから『ゼロのルイズ』ね・・・はははルイズは浴びせられる罵倒を気にした様子はまるでなく、俺の方を見て、『これで解った?』とばかりに、ニヤリと笑うのであった。 ---------------------続く【あとがきのような反省】あれー?なんでシュヴルーズ先生も可笑しくなったんだろう・・・先生ファンの皆様、誠に申し訳ありません。