達也たちがシエスタの故郷ですき焼きを食べてた頃。魔法学院の学院長室にルイズは呼び出されていた。ルイズはどうせ詔のことだろうと思った。「式まであと三週間あるが・・・詔の調子はどうかね?」言えない。ここまで現実逃避したり、酒に逃げたり、使い魔の妹として外出していて、今まで全然詔を考えてないなんて。「まあ、その表情からするに思わしくないようじゃな」「申し訳ありません・・・」「いや、謝らんでいいよ。こういうのはじっくりゆっくり考えるものじゃからな。そなたの大事なともだちの式なんじゃから、言葉を選び、祝福してあげなさい」「はい」ルイズが頷くと、オスマン氏は何かに気づいたように尋ねる。「そういえば、あの使い魔の少年はどうした?」「平民のメイドに誘われて、彼女の故郷に行っています」「ほほう。ついに彼も現地妻を貰う決意を固めたか」「いえ、あの、同行者付きです」「はぁ!?デートに同行者!?何考えとるんじゃ!?」「いえ、デートとかではなく、確か、地方の郷土料理を調べる事でその土地の風土と人々の生活体系について調べる課外授業です」「なにその地方グルメツアー。凄く楽しそうなんだけど」実際タバサとかギーシュとか楽しんでいるから始末におえない。ルイズは達也たちは絶対碌な目にあってないわねと思いながらも、とりあえずお土産を持って帰ってくれることを期待するのだった。その日、俺たちはシエスタの生家に泊まる事になった。貴族たちを泊めることになったので、村長まで挨拶に来るというほどの大騒ぎになった。俺たちはシエスタの家族に紹介された。シエスタは8人兄弟の長女だった。シエスタが奉公先でお世話になっている人たちよと紹介すると、シエスタの家族たちは、何時までも滞在してくれるようにと言った。家族か・・・下手したら紫電改を遺したシエスタの曾御祖父さんみたいに俺はもう一生会えないのかもしれない。「タツヤ、あの『シデンカイ』とやらを学院に持って帰ってどうするんだい?」ギーシュが俺に話しかけてくる。俺は紫電改を引き取る事にした。ガス欠で動く事はない。しかし、試しに触ってみたら、ルーンは反応した。『【紫電改:まず燃料がないとどうにもならない。でも燃料さえ・・・燃料さえ入れば・・・!とりあえず内部機器のシステムを知るべき。どうせ動かないし安心。現在、固定化の呪文がかけられているため劣化しません。もう一度言う。動かすつもりなら内部機器のシステムを知るべき。何たって貴方は飛行機を運転した事ないのだから』と、電波が流れたので、とりあえず動かない紫電改のコクピットに乗り込み、何となく紫電改の内容が分かるという喋る剣のレクチャーを受け、一通り、何処に何があるのかは何となく分かった。まあ、燃料がないので今はどうしようもない。しかし、シエスタにこのように頼まれてしまった。『もし、『竜の羽衣』・・・『シデンカイ』でしたっけ?それが飛ぶ事が出来たら私を乗せてくださいね』そもそもこの『紫電改』はシエスタの一族のものなので、俺に断る理由はない。だが、正規のパイロットでもなく、ただ内部機器の簡単なレクチャーを受けただけの俺に、果たしてそんなことが出来るのか。まあ、その心配もまず燃料を調達できなければ意味がない。「考えてみろよ、ギーシュ。あのようなモノを見て目を輝かせる大人が学院には一人いるだろう?」「・・・ミスタ・コルベールか?」「正解だ。俺はあの『紫電改』を、あの頭髪が寂しい先生の力で蘇らせる」「それは君が言っていた、ミスタ・コルベールの『もっと評価されるべき発明品』に関係してるのかい?」「そんな所だな。まあ、可能性が一番高い人であるだけだけど」「そうか、可能性は模索すべきだものな・・・うん、君の考えは分かった。やはりあの『シデンカイ』は飛ぶものなんだな。ならば僕もできるだけ協力しよう。金はないけど」「移送代はコルベール先生が立て替えてくれるんじゃねぇの?」「あり得るね」俺はギーシュと共に『紫電改』を見て興奮するコルベールの姿を想像して笑う。日も暮れる前、俺は外の空気を吸うために、シエスタの生家を出て、村の側に広がる草原に来た。夕日が草原の向こうの山の間に沈んでいく。草原には所々花が咲いている。何とも綺麗な場所ではないか。昼寝には最高な場所だろう。シエスタはこのような場所で幼少時代を過ごしたんだな。「こちらにいらしたんですか、タツヤさん、お食事の用意ができましたよ」沈む夕日を見ていた俺に、俺を探しに来たシエスタが声を掛ける。その姿は夕日に照らされて、少し幻想的で、少し物悲しく見えた。シエスタは草原を見て言った。「この草原、綺麗でしょう?夕暮れのときも綺麗だけど、朝早くの光景も綺麗なんですよ」シエスタは俺の隣へと立った。「父が言っていました。曾御祖父ちゃんと同郷の人とであったのも、何かの運命だって。タツヤさんが良ければ、この村に住んでくれて構わないって。そしたら私も・・・えっと、その・・・ご奉公をやめて、一緒に帰ってくればいいって・・・えへへ、な、何だか早とちりしてしまっているようですね」厨房の人々といい、シエスタの両親といい、何だか周りを固められているような気がする。この世界の結婚適齢期は知らないが、シエスタの両親や厨房の皆さんの反応から推測するに、シエスタ辺りの年齢の女性は結婚しても可笑しくはないのだろう。だが、俺はまだ十六歳なんだよね。そろそろ十七歳だけど。結婚したら犯罪だし。「タツヤさんは優しい風のような人です。掴み所がないけど、悪い気はしない方ですもの。でも風だから、何処かへとまた飛んでいきそうだわ・・・」「優しい風ね・・・そういう風に俺を表現してくれた人は君が初めてだな」「そ、そうなんですか?えへへ、何だか嬉しいなあ」シエスタが照れたように笑う。「シエスタ・・・俺と君の曾御祖父さんは・・・この世界・・・ハルケギニアの人間じゃないよ」「え?」「前に言ったね。俺の故郷は月が一つしか見えなくて、メイジなんていなくて、魔法とは違う技術が発展しているって」「は、はい」「君はその時、そんな世界何処にあるのかと言った。君の言うとおりだ。この世界に俺のいた故郷はない。俺の故郷は、別の世界・・・ずっと、ずっと遠くの世界にあるんだよ、多分」「そんな・・・嫌ですよタツヤさん。私をからかっているんですか?」「ふはははは!実はそうなのだよ!と、言いたいんだけど本当だから困る」「・・・そこに待たせている人でもいるんですか?」「ああ。まず家族だな。俺にも妹が二人いてね。多分心配してるだろうな。親も然りだ。それに俺にはもう一人、帰って会わなきゃならない奴が居る。そいつに会うために俺は、何時までも、ずっとこの世界に居座る事は出来ない」シエスタの表情に影が差す。突然の衝撃的な告白に思考が追いついていないのか?この世界にも友達は出来た。ギーシュがその筆頭だし、死んだウェールズ、ルイズ、キュルケ、タバサ、多分モンモン、そしてシエスタも友人の中に勿論入ってる。あっさり別れるには既に辛いものがあるが、だからといって俺は元の世界の縁を切るほどに此処の世界に愛着をまだ持っているわけではない。黙っていたシエスタだが、やがて口を開いた。「もし・・・もしですよ?タツヤさんがとても頑張っても、それでも帰る方法が見つからなかったら・・・」「決まっているじゃねえか。その時は使い魔を続行するか、辞めて嫁さん探すか、そうでなければパン屋を開業するかだ」最悪の事態を常に想定する事は、生きる事において必須事項である。そしてその時の対処を考えるのも必要なのである。俺の回答に、シエスタは笑っていた。どうやら悲しませずに済んで良かった。シエスタは休暇が終わるまで、実家にいるらしい。だが、ギーシュたちは課外授業のしすぎで教師陣の怒りを買ったらしく、先程早急に帰ってくるようにという伝書が届いたので、明日帰ることになったらしい。俺は『紫電改』の搬送があるため、ギーシュたちと一緒に帰ることになった。ちなみに『紫電改』の運送代は俺たちの予想通り、ミスタ・コルベールが立て替えてくれた。全ては計画通りである。払わないと言ったらどうしようと思ったが。そのコルベールだが、『紫電改』が魔法学院の広場に降り立つなり、すぐにやって来た。その様子を見て俺とギーシュは思わず『釣れた!』と、思った。「何じゃこりゃああああ!!?」『紫電改』を前にして先程からこのように叫んでいるコルベール。その目は新しい玩具を見つけた子どものようである。コルベールは俺を見つけ、駆け寄ってきた。「きみ!これは一体なんだね!?よければ私に説明してくれないか?」「これは『飛行機』といって、俺たちの世界じゃ普通に空を飛んでいるものです。旧式ですけど」「これが飛ぶのか!?すげえ!」すげえ!ってアンタ興奮しすぎだろ。それからコルベールはこの翼は羽ばたくのかと質問したり、この物体はプロペラを回すと空を飛ぶと聞いたらまた驚嘆していた。だが、此処からが本題である。このプロペラを動かすための燃料が必要である。そう、ガソリンである。ガソリンか・・・どうやって作るんだっけか?どうせなら、紫電改に搭載されたエンジン、『誉』に見合ったガソリンがいいよね。紫電改はこのエンジンに見合った燃料とオイルが日本になかったから期待された戦果を挙げれなかった悲劇の戦闘機である。航空機エンジンに、自動車用エンジンオイルを入れて稼動させればそりゃ性能もダウンするわ!戦後、米軍がハイオクガソリンを入れてテストしたときは当時の米軍戦闘機を圧倒したという話もある。つまりコイツはハイオクガソリンでこそその性能を全開で発揮できるんだと思うのだが、ガソリンもないであろうこの世界でハイオクガソリンを作れというのか!?いや、この世界には魔法という大変便利な技術があるのだ。その魔法の助けを得ずして何になるというのか?魔法の補助で限りなくハイオクガソリンに近い何かなら作れるんじゃねえの?コルベールはこの世界で自力でエンジンを作り出した猛者である。彼ならば、ガソリンを作り出すことも出来るのではないのか?その事をコルベールに言うと、ガソリンという物質は知らないが、油の仲間であるという事は理解してくれた。早速作業に取り掛かる前に、移送代を立て替えてもらった。「こんなはした金、幾らでも払ってやるよ!嫁がいないから金が貯まって仕方なかったからね!あははははは!」コルベールのテンションはMAXである。ギーシュたちはとっくに授業を受けに行った。俺はコルベールに、彼の部屋に来るように指示された。コルベールの部屋は、まさに研究室といった有様で、そこら辺に試験管や薬品のビン等が置かれていた。壁一面は本棚であり、本がびっしりと詰め込まれていた。部屋は何だか異臭がする。換気しろよ。「匂いはすぐ慣れる。しかしご婦人方はお気に召さないようだ。まったく、過剰につけてる香水の方が鼻が曲がると思うのにな」コルベールは紫電改の燃料タンクの底にこびりついていたガソリンを入れたつぼの臭いをかいだ。「ふむ・・・この臭い・・・常温でこれとは随分気化しやすいのだな。これは爆発した時にはかなりの力になるだろう」すげえ。全く未知の物質の臭いをかいだだけで其処まで分かるのか。「これと同じ油を作れば、一応は飛ぶのだね?」「はい、壊れてなければ」「面白いな。調合は大変だが、第一段階として、まずこれと同じものを作ってみよう」コルベールは器具を用意しながら、俺に尋ねた。「タツヤ君と言ったね?君の故郷では、アレが普通に飛んでいるという話じゃないか。エルフの治める東方の地・・・なるほど全ての技術がハルケギニアのそれを上まわっているようだね」「先生、それはエルフの技術ではありません」「何だって?」「その飛行機の技術は『破壊の玉』と同じ世界の技術で作られたものです。この世界と異なる世界の技術・・・その異なる世界の住人が俺です」この人には嘘は言わない。この人はルイズと同じく、過剰な好奇心の塊である。「マジで!?いや、そうだな、そう考えれば、君の立ち振る舞いはハルケギニアの常識からすれば妙なところがあると思ったが・・・そうか!別の世界の住人か!はっはっは!面白い!異世界か!ハルケギニアの理のみがすべての理ではないのだな!なんとも面白い話ではないか!」コルベールは笑いながら続ける。「そうか・・・ならば君の世界・・・あの飛行機が飛んでいる世界とやら、私も興味を感じた。この『ガソリン』とやらの研究でも新たな発見があり、それが私の研究の新たな扉を開いてくれるだろう!有難う、タツヤ君。君には感謝する。これから困った事があれば言いなさい。この『炎蛇』のコルベールはいつでも君の来訪を歓迎しよう」コルベールは自らの胸を叩いてそう言った。この時俺にはこの頭髪は心もとない先生が妙に頼もしく見えた。俺は紫電改がある広場に戻り、喋る剣の指導の下、操縦席の各部の点検、確認を行っていた。喋る剣曰く、かなり良い状態で固定化をかけられたため、特に劣化している所はないらしい。シエスタの曾御祖父さんはかなり入念に愛機を整備していたのだろう。「しかし、これが飛ぶとは見るまで信じらんねえな。小僧の世界はこんなのが空を飛び交ってるのかい?」「紫電改はすでに骨董品扱いだよ。今はこれよりずっと性能のいい飛行機が飛んでる」「恐ろしい世界だね、お前の世界は」「そりゃお互い様さね」周りでは生徒の何人かが紫電改を見学している。多くはすぐ興味を失い去っていくが、この学校にはコルベールと同じく、異世界の道具を知っている生徒がいる。「何じゃこりゃああああああああ!!?」おい、義妹。女の子がそんな驚きの声をあげるな。「よお、ルイズ!これがお土産だ」「タツヤ、タツヤ!これ何?」「飛行機といってな、今はわけあって動かないが、元気になったら空を飛ぶんだぜ」「マジで!?何で動かないの!?」「お腹がすいて動けないんだよ。コイツは特殊な燃料を食べて動くんだけどさ、ここにはその燃料がないもんだから、いまコルベール先生がその燃料を作ってるんだよ」「これって何の魔法体系で動くの?また科学ってやつ?」「まあ、そうだな。もしかしたら『火』の補助も入るかもしれないけど、とりあえずこれも科学だ」ルイズもコルベールと同じく玩具を見つけた子どものような眼をしている。その後、俺が乗っている操縦席が見たいと言うから乗せてやった。計器の説明を真剣に聞いてるが、ルイズの結論は、「よく分かんないけど、凄いのは分かった」という結論だった。なんだそれ。「しかし、お前らマジで仲いいな。本当に兄妹みてえだぜ?」喋る剣のぼやきに、ルイズは正気に戻り、「妹じゃない!」と、真っ赤になって否定するのだった。コルベールがガソリンを調合し終えたのはそれから三日後のことであった。(続く)【後書きのような反省】ルイズさんで始まり、ルイズさんで終わった回だ・・・