モンモランシーの水の魔法で怪我の治療を終えたキュルケとタバサが目を覚ましたのは、俺たちが野営の準備を終えた深夜ぐらいだった。ルイズとギーシュは焚き火の前で肉を焼き、俺は沈んだ村の農夫の老人から皿を借りて、更に学院出発時に厨房のマルトーさんに頼んで貰ったエメンタールチーズを火で炙り、フォンデュを作っていた。素晴らしく良いにおいがする。モンモランシーがフォンデュの味を確かめて、彼女が持参したパンにつけて食べていた。匂いに釣られたのか、キュルケとタバサが起き上がり、俺たちがいる焚き火のところへやって来た。「おお、二人とも、起きたのか。道端で倒れていたから心配したよ」ギーシュが惚けた感じで言う。俺たちはキュルケ達が倒れている間、厳正な協議の結果、誤魔化すことに決定していた。「いや、どう考えてもその原因作ったのあんた等でしょ」ばれていた。しかしながらこのような場合の対処も考えてある。「何を言っているんだ?俺たちがお前らを襲うわけないじゃないか。夢でも見てたんじゃないのか?」タバサは首をフルフルと横に振って俺を指差した。「最後に見たのはあなた」タバサはあくまで事実を淡々と言ったまでだった。俺は焼いた干し肉を齧りながら、タバサの表情を見つめていた。彼女の表情からは何も読み取れない。キュルケは責めるような視線を俺に向けている。まあ、悪い事をしたなとは思うが、こっちも事情があるんだよね。「お兄様、新しいお肉が焼けましたよ。あ、チーズください」「お!?お兄様ぁ!?ちょっとルイズ!?」「なによキュルケ。幾らお兄様に負けたからって、八つ当たりは止めてよね。お肉食べる?」「あ、ど、どうも有難う・・・じゃなくてぇ!?一体なんでルイズが貴方を兄と呼んでるのよ!?」「一人の狂うほどの愛が、一人の少女を巻き込んだ結果がこれだよ!」「狂う!?愛!?一体何があったの!?」俺たちは一人の少女の強すぎる愛が招いた悲劇を面白おかしく伝えた。タバサは無表情だったが、キュルケの表情はコロコロ変わり、最終的にはドン引きしていた。タバサは現在俺が作ったフォンデュを食べていた。そんな彼女に聞いてみた。「美味いか?」「わりと」「しかし、何で君たちは水の精霊を襲おうとしてたんだい?」「そ、そのタバサのご実家に頼まれたのよ!ほら、水の精霊のせいで、水かさが上がったじゃない?そのお陰でタバサの実家の領地にまで被害があってるらしいのよ。それでわたしたちが退治を頼まれたんだけど・・・」「水の精霊の前に俺たちにやられたと」タバサがコクリと肉を食べながら頷く。チーズつけて食べてるよ・・・俺はタバサに聞いてみた。「美味いか?」「とても」「ふむ・・・それでは君たちも手ぶらで帰る訳にはいかんな・・・」「ねえ、お兄様、水の精霊は襲撃者を退治すれば良いって言ってましたよね?ならば、キュルケ達に水の精霊を襲うのを止めさせることを決意させたら、それは水の精霊との約束を守ったことになりませんか?」「成る程。約束を果たしたのなら向こうもこっちを少し信用してくれるかもな」「希望的観測でしかないけど水の精霊に、どうして水かさを増やすのか聞いてみましょうか」「どうせ頼まれていた事だからね。水かさを増やすなってことは」「水の精霊が聞く耳なんてもってるのかしら」「俺たちは昼間ちゃんと交渉したから、聞く耳は持っているはずだ。襲撃者を撃退するのと引き換えに水の精霊の体の一部を貰うってな」キュルケは少し考える素振りを見せていた。「結局は交渉はしなきゃいけない。明日だ。明日になったら水かさのことを交渉しよう」俺がそう言うとキュルケとタバサは頷いた。翌朝、モンモランシーは昨日と同じ作業で水の精霊を呼び出す事に成功した。モンモランシーは水の精霊に襲撃者がいなくなった事を告げた。それを聞いて水の精霊はぶるっと震えて、体の一部をギーシュの持っていた壜に入れた。これが『水の精霊の涙』である。じっくり見るのは後にして、俺は水の精霊を呼びとめ言った。「待ってくれ。聞きたいことがある。何故水かさを増やすんだ?こちらとしては止めていただきたいんだが。何か事情があるなら、聞かせてくれ。俺たちに出来る事ならやってみせる」「・・・お前たちは確かに我の約束を守った。ならば信用して話す。月が三十ほど交差する前の晩のことだ。我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ」「月が三十ほど交差するのというと・・・約二年前ね」「その秘宝を奪った人間に対しての復讐のために村々を沈めたの?」ルイズの質問に、水の精霊は「違う」と答えた。「我に復讐といった概念は存在しない。我はただ、秘宝を取り返したいだけなのだ。水がゆっくりと浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう」「時間の概念が私たちと違う精霊らしい考えね」「その前に貴方が探している秘宝とは何なんでしょうか?」ギーシュの問いに、水の精霊は答える。「『アンドバリ』の指輪。我が共に時を過ごした指輪」そのアイテムの名に、ルイズとモンモランシーが反応した。「水系統の伝説級のマジックアイテムの名前がこんな所で聞けるなんてね」「確か、効果は偽りの生命を死者に与えるとか聞いたことがあるけど・・・正直眉唾物だったわ」「その通りだ。『アンドバリ』の指輪がもたらすのは偽りの命。そして、それによって命を得た者は指輪を使った者に従う事になる。個々の意思があるのは不便でならんな」「死者を動かして操るなんてグロテスクもいいところね」キュルケが肩を竦めて言う。「そんなR指定必至の光景を作り出すようなものを、一体誰が盗んだのか分かるか?」「・・・風の力を行使して、我が住処にやってきたのは数固体。我には手を触れず、秘法のみを持ち去った。たしか個体のうち一人はこう呼ばれていた」少し間を置いて、水の精霊は盗人の名を告げた。「『クロムウェル』」俺たちは顔を見合わせた。キュルケが舌打ちして呟いた。ギーシュも溜息をついていた。「アルビオンの新皇帝の名前ね。胸糞が悪くなってきたわ」「ウェールズ皇太子が死ぬ羽目になった原因を作った反乱軍のトップか・・・大物だね」「分かりました、水の精霊。その指輪は何としても私たちが取り返してきます。ですから水かさを増やすのを止めていただけないでしょうか?」またもやルイズが話を勝手に進めていた。まあいいけどね。「わかった。お前たちを信用しよう。指輪が戻るのなら水かさを増やす必要も無いからな」「期限は?」「お前たちの寿命が尽きるまでで構わぬ」「ギーシュ、長生きしろよ」「押し付ける気かい!?」「そんなに長くていいの?」「構わん。我にとっては明日も未来も余り変わらぬ」「明日も未来じゃん」「我にとっては明日も十年後も百年後も余り変わらぬ」「言い直した!?」水の精霊は少しお茶目なところもあるようだ。「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」タバサが珍しく自分から進んで他人(?)に話しかけている。俺は目頭が熱くなった。立派になっちゃって・・・「なんだ?」「貴方は私たちの間で『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」「それは我の方が聞きたい。まあ、しかし、お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間、我はずっとこの湖と共に変わらずにいたからな。それゆえお前たちが変わらぬ何かを我に祈りたくなるのだろう」タバサは頷き、目をつぶって手を合わせている。キュルケがその肩に手を優しく置いた。そのような様子を見たモンモランシーがギーシュをつついた。「なんだね?」「あんたも何か誓約してみなさいよ」「うーむ・・・そうだな。えーと、モンモランシーが薬など使わずにいられますように・・・」「『そしてモンモランシーが真の意味で僕に心と股を開いてくれますように』」「何その心の代弁!?貴族が祈る願いどころじゃないだろう!?獣でもマシな事願うよ!?」「人が愛を育む時は時に獣のようになるのも必要なのさ」「フォローになってないから!?」「もう薬は盛らないと思うから安心してよ・・・」「いや、モンモランシー!?思うじゃなくて君こそここで誓うべきだろ!?」ギーシュとモンモンの夫婦漫才から目を逸らすと、ルイズも何事か祈っているようだった。「ルイズ、何を祈ってるんだ?」「これからも皆と仲良く平和に笑って暮らせますように・・・『アンドバリ』の指輪を取り戻せますように・・・そしてお兄様と何時までも一緒にいられますようにと願いました」「ルイズ、欲張ってはいかんぞ。願いは一つに絞れ。という訳で減点4だ」「何点満点ですか?」「だから5点だと言ったろう。お前の持ち点はあと1点。ちなみに0点より低くなりますと、その点数×10分間お前を無視するから」「ええ~!?嫌ですよそんなの~!!」半泣きになるルイズと無慈悲に罰ゲームを宣告する俺、夫婦漫才をしているギーシュとモンモランシーを見ていたキュルケはポツリと呟いた。「緊張感という言葉はないみたいね・・・」それも悪くないとキュルケも思って、ふふ、と微笑むのだった。ちなみに俺は水の精霊に元の世界に戻れるように願かけをしたが、それを見ていた精霊にポツリと言われた。「・・・・・・我に祈られても如何する事も出来んのだがな」・・・それを聞いて祈るのをやめた。(続く)【後書きのような反省】そりゃないよ水の精霊。次回は再び学院に戻ります。・・・タイトルが駄目なのだろうか・・・?