ルイズはどうやら姫様の結婚式に詠む詔を俺に制作してもらおうと考えていたらしい。「うん、それ無理」「使えねえ・・・」お前が依頼されたんだからお前が考えろよ。俺は一応異世界からの来訪者だぞ?まだこの世界の文化を全てわかったわけじゃないんだ。そりゃあ結婚式のスピーチや司会ぐらいならできるかもしれんが、俺の常識がこっちの世界の王族の結婚式で通用するかわからん。「幾ら姫様といえど、恋人と死別したばかりの私の精神状態では、呪詛の言葉しか思い浮かばないわ。くっ!どうして姫様は私に頼んだのかしら?きっとまた面白がってるに決まってるわ!」「そりゃねえだろ。一応あの人も恋人亡くしてるじゃん。同じ思いを共有する友人だからこそ選んだのかもよ?まあ、こうなるとわかった前に決めたのかもしれんが」「ああ・・・めんどくさいわ・・・こんな時は気晴らしでもすればよいアイデアが浮かぶかもね。と、いう訳でタツヤ。面白い話をしなさい」いきなりの無茶ぶりに俺も困るのだが、まあ、面白いかどうか知らんが、話ぐらいはしてやろう。「そういえば今日アンタの姿全然見てなかったけど、何やってたの?」「風呂を作ってた」「お風呂?」「お前らが使ってる風呂を簡略したものだがね。二人ぐらいは余裕で入れる広さだ。ちなみに露天風呂。ちなみにまだ完全にはできていない。今は外にむき出しの状態だ。せめて壁ぐらいは作らないと、昼や夕方に入れない」「完成したら見せてね」「ああ。そのつもりだよ」というかもうギーシュとコルベール先生や、その他数名の野次馬、さらにシエスタなど複数人が見ている。でも、俺としては勿論ルイズにも見せたい。「で、俺はさっきまで、その作った風呂に入ってたわけだが・・・なぜかシエスタも一緒に入ってた」ルイズが噴出した。「ちょ!嫁入り前の婦女子と入浴を共にするなんて、お母さん許しませんよ!」「信じられないかもしれないが、向こうが殆ど無理やり入ってきたんだ。そして信じられないかもしれないが彼女はほぼ全てを俺にさらけ出したぞ。裸的な意味で」「ちょ、ちょっと!?目を逸らすぐらいしなさいよ!?」「馬鹿め。目を逸らしたら、目を逸らすほど変な身体をしていると思われて、かえって傷つくだろう。彼女の身体に何らやましい所がないならむしろ見るべきだろう」「・・・それって、アンタの裸も見られても恥ずかしくないって意味じゃない?」「甘いなルイズ。俺は婦女子が見るには凶悪な武器を隠し持っている。女性がこの武器を見た瞬間、貫かれて昇天する」「下ネタ!?下ネタだー!?」「それが下ネタと分かるお前もどうかと思うぞ」「そうとしか思えない表現をしたのはアンタでしょ!?」・・・何だかいつもの馬鹿な話の流れになっている。まぁ、ルイズの気晴らしにはなっているようだしいいのか。だが気晴らしをしたところで新たなアイデアが出るなんて嘘だね。「どう考えてもアイデアが浮かばないわ。今日は寝る。明日から本気出す」と、息巻いて寝たルイズだが、翌日も同じようなセリフを吐いていた。お前は何時本気を見せるんだ?「やかましい!私だってね、一生懸命考えてるのよ。でもね、気づいたの。そもそも祝う気のない結婚式にどうして私がこんな労力を割かなければいけないのかってね・・・そう考えた私はもはや考える事をやめたわ」現実逃避するなよ。しかし本当に行き詰っているようだ。目が死んでいるのは何回も見たが、雰囲気に生気が感じられない。こいつは隠しているようだが、何気に気に病んでいるようで、吐き気を催しているのも知っている。だがとりあえず食わなければいいアイデアも浮かばんだろう。おそらくこんな大事を、ルイズ一人に任せるほど王室も馬鹿じゃないだろうし。あまり気に病むこともないと思うのだが。俺たちは食堂に向かった。厨房ではないのは、ルイズがあまり入り浸ってもいけないと言ったからである。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは最近不満がたまっていた。理由は彼女の想い人、ギーシュ・ド・グラモンである。ルイズとの関係の疑いは晴れたのだが、最近はそのルイズの使い魔とつるんでばっかりでいる。彼女はそれによって、最近ギーシュが付き合いが悪い事に不満を持っていたのだ。そりゃあ、ギーシュが友人を大切にしてるのに口を挟む気はないが、少しは自分の誘いに乗ってもいいのではないか。昨日まで何か「風呂を作っていた」とか訳の分からないことを言ってたし、そのときもあの使い魔も一緒にいたらしいではないか。下級生のあのケティとかいう娘に先を越される前に、何とかギーシュを振り向かせたかった。モンモランシーはそのためにどうすれば良いのか必死で考えた。手段は選んでられない・・・その結果、彼女は薬によって一時的にギーシュを自分の虜にして、既成事実を作ってしまおうという結論に達した。その薬を食堂の彼が何時も座る席に置いてあるワインへと混入し、後は彼がそれを飲んだところで彼に声を掛ければいいのだ。我ながら完璧な作戦である。モンモランシーは顔のにやけが止まらなかった。いや、まだ笑うな・・・ギーシュはまだ来ていないのだ。勝利のその瞬間まで平静を装うのだ。やがて待ちわびた存在のギーシュがやって来た。何故かルイズとあの使い魔も一緒である。途中で会ったのかもしれないが、少し気に入らない。だが、そんな事はもはやどうでもいい。直に自分の目的は達せられるのだ。今ぐらい我慢しようではないか。ギーシュが自分の存在に気づき、挨拶をしてくれた。そして近づいてくる。「やあ、モンモランシー。今夜はやけに食堂に来るのが早いね」「お腹がすいちゃってね・・・少し急いで来てしまったわ」「ははは、そうかそうか」彼が笑う。ああ、やっぱり私はこの男、ギーシュ・ド・グラモンが好きなんだなとモンモランシーは思った。少々うっとりしてギーシュを見つめるモンモランシー。だが、ギーシュにばっかり注目していた彼女は、同行者の行動に目を配っていなかった。「ギーシュ、ワイン貰うわよ。飲まないとやってられないのよね」「お前は何処の飲んだくれだ!」「ちょ、ルイズ!?自分の席のワインを飲みたまえ!」「え、あ、ちょっと!?待ちなさいそれは・・・!!」周囲の静止も聞かず、ルイズは一気にワインを飲み干した。モンモランシーは自分の顔色が今、一気に青ざめている事が分かった。ワインを飲み干したルイズは何故か動きが止まっていた。「おい、ルイズ、大丈夫か?全く、幾らワインとはいえ、アルコール飲料の一気飲みは危険だぞ」ルイズは使い魔の少年の方へとゆっくり振り向いた。そして、今まで自分が聞いたことの無いような声で彼女は言った。「はい、ゴメンなさい・・・お兄様」その瞬間、その場の時が凍った。モンモランシーは悟った。薬の調合を間違えた、と。俺は急変したルイズの様子と言動を見て思った。ああ、あまりにも追い詰められた挙句、酒に逃げようとして一気飲みしたら、一気に酔いが回って、何が現実か分からなくなって、精神が崩壊してしまったのだと。俺を何故か兄と呼ぶのも、彼女が現実から逃避して、虚構のメルヘンな世界の登場人物にでもなりきってしまったのだろう。たぶん、今の彼女の中では俺は素晴らしく格好いい紳士的な兄なのだろう。よせやい、照れるぜ。・・・はい、現実逃避してるのは俺も一緒ですね、分かります。「こ、これは一体どういうことだ・・・?」ギーシュが食堂にいる全員の気持ちを代弁してくれた。「ギーシュの席にあるワインを飲んだら、ルイズが俺をお兄様と呼んできたぞ」「お兄様はお兄様じゃないの。違うの?」「はーい、ルイズさん、少し黙ってましょうねぇ~?ややこしくなるから大人しくご飯食べてなさい」「むぅ~!お兄様!私を仲間外れにしないで~!」何か調子が狂うんですけど。何この子誰?君は一応この騒ぎの当事者なんだから、仲間外れはありえないから。ただ、現在の貴女の様子から、貴女が冷静に話を出来る状況だとはだれも思えないから!「今日のワインにはそういう成分があるのか?」「・・・どうなの?」俺が食堂で食事をしている生徒達に聞くように見回すと、生徒達は首を振った。どうやら、他の生徒達のワインには異常はないらしい。「では、ギーシュの席のワインにのみそういう成分が入ってたと仮定して、そんなワインを用意したのは誰だ?」「厨房の方々・・・はそれをする理由なんて無いよなあ・・・」と、此処で俺たちはモンモランシーの様子が明らかにおかしい事に気づいた。冷や汗が滝のように流れており、顔も青い。表情はかなり微妙な笑みを浮かべている。俺とギーシュは顔を見合わせ、モンモンことモンモランシーに尋ねた。「なあ、ミス・モンモン。ギーシュの席のワインに心当たりがあるようだねぇ?」あからさまに目を逸らすモンモン。かなり怪しい。ギーシュも何故か冷や汗が止まらない様子である。「な、何よ?何か証拠でもあるの?わ、私がそのワインに何かを盛ったという証拠が!?」「俺は心当たりがあるかどうか聞いただけだが・・・そうか、何か盛ったんだなぁ?」「し、しまった・・・!!」「何を僕に飲ませようとしていたんだ、君は・・・」「兄弟プレイでもしたかったんじゃねえの?」「どういう性癖だい、それ・・・」「弟が欲しかったんだろ、多分」「親御さんに頼んでくれよ・・・」まあ、とりあえず、主犯はあっさり見つかった。薬を調合できたなら、解除できる薬もつくれるはずだ。人は死んでないし、今ならルイズがベッドで奇声をあげて悶え苦しむだけの被害で済む。そのルイズは大人しく自分の席で食事中である。ちらちらとこっちの様子が気になってるようだが。「とりあえず、あれを治す方法はあるんだよな?」「・・・放っておけば治るはずよ」「そんな治癒時期の不安定な治療法は却下だ」「解除薬はないのかい?モンモランシー」「材料は殆どあるんだけど・・・」「あるけどどうした?」「どうしても必要な高価な秘薬があるんだけど、ルイズが飲んだ分で全部使っちゃった。買うにしても持ち合わせがないし、さてどうする?」「どうするじゃないだろうよ」「自慢じゃないが、僕も今非常に厳しい状況だ」「貧乏貴族かよお前ら!」「お金を持ってるのは実家の両親だし・・・」「親の七光りか。自分の功績も無いのにプライドだけは高いのね、君たち」「そう言われると全く言い返せないねぇ!あっはっはっはっは!」ギーシュが胸を張って大笑いする。頭が痛くなってきた。貴族といってもお金がない貴族もいるのだ。この目の前のギーシュとモンモランシーの家がそうであり、ルイズやキュルケの家はお金がある家なのだ。「・・・ん?そういえばキュルケは?あいつの家、多分金あるだろ」「いや、いても彼女は金は出さないだろう・・・」「キュルケなら、今朝からタバサって子と一緒に、その子の実家に行ってるわよ」「タバサの故郷?成る程、キュルケめ、そっちの気があったか」「彼女の故郷って何処か謎だからねぇ。それとタツヤ、たぶんキュルケはその気はないと思うよ」「ち、つまらんな。祝ってやろうと思ったのに」「モンモランシー、その秘薬とは一体なんだい?」ギーシュはモンモランシーに向き直って尋ねた。「その秘薬は、ガリアとの国境にあるラグドリアン湖に住んでる、水の精霊の涙なんだけど・・・」「金が無くて買えないなら、その精霊から直接貰えばいいじゃん」「何言ってんの。水の精霊はめったに人の前に姿は現さないし、物凄く強いのよ?怒らせでもしたら大変よ。それに学校はどうするのよ!」「全然問題ないな!何せここ最近は課外授業ばっかりだ!なあタツヤ君!」「そうだねギーシュ君。これも課外授業の一環だよね。机に座ってばっかりじゃ分からない事は沢山あるよね」「体よく言っただけのサボりよね、それ」「それにルイズをあのままにしてたら流石に疑問を抱く教師陣がいるだろう。そんなことになったらモンモン、お前は色々困るんじゃないの?大丈夫だって、道中はギーシュのゴーレム達がお前を守ってくれるって」「僕の信頼度はないのかい!?」「俺は自分の身を守るので精一杯なんだ」「く、くそ~!見てろよ!僕だって自分の身と女性を守ることぐらいできる男だっていうことを見せてやる!」ギーシュは半泣きだが、モンモランシーはギーシュの啖呵に感激している様子である。まあ、彼女候補をしっかり守れよ。色男。色々話し合った結果、明日の早朝にラグドリアン湖に行く事になった。と、そこに食事を終えたルイズが近づいてきた。「お兄様、何処かへお出かけになるの?」「ん?ああ、明日ラグドリアン湖って所に行くんだ」「私も行きたいです!」さて、この状態のルイズを一人にしておいてもそれはそれで面白いのだが、現在のルイズは俺を兄として認識して、懐いている。気持ち悪い事この上ないが、留守番頼んでもこの分だと勝手についていきそうである。俺にも妹が二人いるのだが、二人とも俺が遊びに行こうとすると自分も連れてけとせがんでいたな。連れて行かないと言えば泣くし、いつの間にか付いてきていたこともあった。・・・郷愁に浸っている場合じゃないな。「いいよ、ついてきな。明日は早いから早めに寝るんだぞ?あと、わがままは余り言っちゃダメだぞ?困るから」「はい!お兄様!」そう言って満面の笑顔を俺に見せるルイズのような何か。ギーシュはそれを見て苦笑いを浮かべていた。モンモランシーは、「なにこの生物、可愛いんですけど」とか言ってたが多分幻聴だろう。まあ、この症状が治るまでぐらいは兄妹ごっこにも付き合ってやるさ。(続く)