アンリエッタとの謁見を終えて、俺たちは魔法学院に帰ってきた。何だか色々ありすぎたせいか、何年も帰ってなかった気がする。「幾度も死にそうになったけど・・・帰ってきたんだね、僕たち」「そうだな・・・」ギーシュと俺が感動に浸る。ルイズたちはいない。何でもタバサの使い魔が疲労で、そんなに多くの人間を乗せれないという理由で、途中で俺とギーシュを置いて自分たちは風竜に乗って行ってしまった。・・・馬も無い状態で、俺たちは徒歩で魔法学院に向かうしかなかった。途中で野生の動物ならまだしも、野生の幻獣のハーピーに襲われたときは死ぬかと思った。そういえばギーシュが戦っている最中、『そういえば、ハーピーって普通に顔は美少女だね・・・』とかのたまっていたが、あれは一体どういう意味だったんだろうか?ともあれ、俺たちは夜が明けてからも歩き続け、やっとの思いで魔法学院に到着した。時刻はおそらく昼前である。とにかく腹が減ったので、俺たちは厨房に向かった。絶対人がいるこの場所なら食事にありつけるからだ。「こんにちわ」「ど、どうも・・・」俺とギーシュは厨房に入るなり、そう言って倒れこんだ。厨房がざわつく。マルトーさんが厨房の奥から慌てて出てきた。「うお!?坊主にギーシュの坊ちゃん!?何日も来てないと思ったらそんなボロボロの格好でどうしたんだぁ!?」「ふ、ふふふ・・・紳士道を貫くのは・・・様々な困難が待ち受けているんだよ・・・マルトーさん・・・」「レディーファーストを心掛けていたら死に掛けましたよ・・・」「女絡みかよ!?坊ちゃんはともかく、坊主、誰か女でも泣かしたか?」「俺は泣かしていないはずだが・・・?」「ん?昨日来たお嬢様はいっぱい泣いたからスッキリしたとか言ってたが・・・お前さんが原因じゃねえのか?」「俺が女に流させる涙は感動と喜びの涙と決まっているんですよ・・・」「言うじゃねえか。おい、シエスタ!この二人に何か温かいものを用意してやれ!」「は~い!」銀のトレイを持って、シエスタがやってくる。おお、久々に彼女の顔を見た気がする。トレイの上にはパンと、鶏肉のローストと、温かそうなスープが二人分乗せてあった。俺とギーシュは上手そうな匂いも手伝って、思わず唾を飲み込む。そして歓喜の咆哮をあげる。アルビオン脱出以降、俺たちは調理された食事を取っていない。何故王宮に行ったとき、俺たちは飯の催促をしなかったのか、それが悔やまれる。加えて俺たちは途中で徒歩で帰ってきた。ギーシュに期待したが、『残念ながら、僕は土のメイジ。断続的な火は出せない』思わず殴った。だが俺たちは知能ある人間だ。知恵を絞り、考えた結果、俺たちはあることに気づいた。俺の背中の喋る剣である。『何で急に日光浴なんかさせるんだよ』『俺たちが生き延びるためにはお前の力が必要だ』『ほう、頼られるのは嬉しいねぇ。で、俺はどうするんだ?』『そのまま日光浴してろ』『はぁ?』『タツヤ、食料を確保した』ギーシュが帰ってきた。彼は今まで狩りにいっていたのだ。ウサギらしき動物が三匹、すでに事切れた状態でギーシュの『ワルキューレ』の腕に抱かれている。『でかした。おい、マダオ。ウサギの捌き方知ってる?』『ああ、知ってるよ』喋る剣の指示通りに俺たちは淡々とウサギのような生き物の解体ショーを行う。やがて、ウサギらしい生き物の肉は一口サイズに綺麗に捌かれた。まあ・・・少し不格好な肉もあるが、これで準備は完了。犠牲になったウサギのような生き物に黙祷を捧げたあと、本番に入る。俺は日光の偉大なる力によっていい感じに熱を持った喋る剣に、その肉をのせた。ジュワっという音がして、肉が焼け始める。『おいコラ小僧。これはなんのつもりだ?』『見れば分かるだろう?焼肉作ってんだよ。そんな事もわからないのか?だからお前はマダオなんだよ』『俺に乗せないでその青銅造りのお嬢さんに乗せりゃいいじゃねえか』『女体盛とか俺たちにはまだ早過ぎる世界だとは思わんか?』ギーシュは焼けた肉を杖で器用にとって食べていた。『少し錆びの味がするのが気になるが、美味しいな』俺は焼けた肉はギーシュが練成した青銅の棒を使って食べた。錆びっぽいのは鉄分補給と思うことにした。・・・と、このような食事の内容の有様である。仮にも貴族のギーシュがこんなサバイバルでワイルドなことをしているのが不思議すぎるが、生きるためには誇りなんて糞くらえが俺たちのそのときの心情だった。そんなまともな食事をしていなかった俺たちにとって、目の前の食事は輝いて見えた。「ヒャッハーッ!!まともな飯だーー!!」俺がこのような叫びを上げた理由は以上である。ギーシュは黙々と食事にありついている。「一体何処に行ってたんですか?タツヤさん」困ったように俺に聞いてくるシエスタ。僕たちね、ずっとね、死にそうになってたんだよ。「坊主、お前がなかなか厨房に来ないから、シエスタが心配してたんだぜ?ちゃんと食べているのかとか、その辺のものを拾い食いして腹を壊していないかとか」彼女の中で俺はそこら辺のものを拾い食いしてるイメージなのか!?心配してくれるのは悪い気はしないが、心配するベクトル違うだろ。「ルイズお嬢様が昨夜来た時なんか、お前はどこだ?死んだのかとか言ってたんだぜ」勝手に死んだ事にするな。生きとるわ!「ルイズはなんて言ったんだ?」黙々と食べていたギーシュが口を開いた。「・・・やば、忘れてた・・・とか言ってたが?」「「あんにゃろう」」俺とギーシュは同じ人物に同じ感想を抱いた。とりあえず、俺たちが学院に到着したのはちょうど昼の授業が始まる前だったらしい。ギーシュが、休んどけばいいのに、授業に出ると言い出した。ボロボロじゃん。せめて着替えてから行こうぜ?しかしそんな暇はないと、ギーシュと俺はいい感じに汚れたワイルドな格好のまま授業に参加する事になった。今日の授業の担当はミスタ・コルベールだった。相変わらず頭髪が心もとない事になっている。ああ、帰ってきたんだなと思った。コルベールは机の上に妙なものを置いてニコニコしていた。長い円筒状の金属の筒に、金属のパイプが延び、そのパイプは鞴のようなものにつながり、円筒の頂上には、クランクがついている。そのクランクは円筒の脇にたてられた車輪に繋がり、車輪は扉のついた箱に、ギアを介してくっついていた。何処かで見たことあるような形状だった。コルベールはウキウキした様子で、その物体の説明を始める。生徒達は何が凄いのか分かってない奴が多い。コルベールと同じ『火』のメイジであるキュルケも興味がなさそうで、むしろボロボロの姿で教室に現れた俺たち二人を確認すると手を振ってきた。・・・・・・白々しいよ。コルベールは興奮しながら説明を続ける。ルイズも少し興味を持っているのか、コルベールの説明に耳を傾けている。もはや俺やルイズ、ギーシュ以外の生徒は完全に説明を無視している。俺はコルベールの説明と彼の実践を見て、確信した。あの物体はエンジンのつくりと似ている。中学の頃、自動車工場に社会科見学行ったから覚えてる。あの原理はエンジンのそれとそっくりだ。この世界では魔法があるから、何が凄いのか分かってない奴らばかりだが、そうだねぇ、あの発明を評価してくれる人がいて、支援してくれる貴族がいて、功績をある程度残せば、コルベール先生はこの世界の歴史に名を残す発明家として間違いなく後世に伝わると思う。ギーシュはそれを聞くと、「ふーん」と言って、「結構凄い発明なんだね」「そうだな。凄いよ」その会話が聞こえたのか、コルベールは感激した面持ちで俺たちを見る。「なんと!やはり気づく人は気づいている!おお、君はミス・ヴァリエールの使い魔の少年だったな!」「魔法無しで動くなら色々楽そうじゃないですか」「そう思うか、君も!」うんうんと頷くコルベール。調子があがってきたようだ。まさにエンジンがかかった状態だろう。まあ、あのエンジンはまだ試作品らしいし、魔法の力にまだ頼っている部分がある。しかし、あの先生なら魔法を使わない完全なエンジンにたどりつくだろうなと思った。「さて、では皆さん。誰かこの装置を動かしてみないかね?簡単ですよ。円筒に開いたこの穴に、杖を差し込んで『発火』の呪文を断続的に唱え続けるだけですから。ちょっとタイミングが必要ですがね。そこは私が助けます」そうはいうが、生徒達はほとんど興味を失っており、誰も手を上げようとしなかった。コルベールは苦笑いしていた。が、その時、ギーシュと最近仲直りしたと言うモンモンことモンモランシーがルイズを指差していった。「ルイズ、貴女やって御覧なさいよ」「オチが読めたな」「モンモランシー・・・何の冗談だ・・・」ギーシュが頭を抱える。ルイズは困ったように肩を竦めた。モンモランシーの性格は嫉妬深いことで有名だ。大方、最近派手な手柄を立て、舞踏会の主役になったり、ちやほやされているのが気に入らないのだろう。あの子は目立ちたがり屋だからね、とルイズは分析した。ルイズの分析は半分合っていた。モンモランシーは確かに嫉妬でルイズに恥をかかせるために名指しをした。だがその理由はギーシュの最近の行動にあった。どうもギーシュは最近ルイズと一緒にいる事が多い。モンモランシーは誤解していた。実際のギーシュはルイズではなく、その使い魔の達也と行動してる方が多い。ルイズとギーシュの間には恋愛感情なんてこれっぽっちもない。しかし、モンモランシーにそんな理屈は通用していなかった。「やってごらんなさい?ほら、ルイズ、ゼロのルイズ」「いいでしょう。やりましょう」いや、断れよ。ルイズは挑発に乗った感じもないが、ニヤニヤとしてモンモランシーを見ていた。生徒達はモンモランシーに余計な事を言うな!と言う視線を送ったが、当の彼女はルイズに恥をかかせることで頭がいっぱいだった。「冷静さを失いやすいのが彼女の難点だな」ギーシュがしみじみと言っている。近づいてくるルイズを見てコルベールは青い顔をしていた。「ミ、ミス・ヴァリエール?また今度にしないかね?」「いいえ、ミスタ・コルベール。日頃の私を見て心配なさるお気持ちは分かりますが、私もたまには成功するときもあるかもしれません」「既に限りなく成功確率が低い事を示唆する発言ではないかね!?」ルイズの笑顔が邪悪に満ちているように見えた。「まあ、もし失敗しても、私を推薦したモンモランシーが一切の責任を負いますので、どうかお気になさらず」「すでに失敗前提で話してるうえに、モンモンに責任押し付けやがったぞあいつ・・・」「・・・今日は彼女にとっては厄日だね」ルイズは足で鞴を踏み、目を瞑って、おもむろに円筒に杖を差し込んだ。祈るように成り行きを見守る教室の生徒達。ルイズは透き通るような声で、呪文を詠唱した。教室内の空気が張り詰める。そして期待通りにエンジン試作版はルイズの手によって装置ごと爆発した。当然油を使っているので、爆発が油に引火する。それを見たギーシュが叫んだ。「モンモランシー!水の魔法だ!」モンモランシーはハッとした表情になり、水系統の呪文である、『ウォーター・シールド』を詠唱した。現れた水の壁が、炎を消し止めた。気まずい沈黙が教室を包む。爆発によって倒れていたルイズが起き上がる。回復早いなおい。誰が一体悪いのか。まあ、候補は二人いる。ルイズとモンモランシーである。・・・まあ、必死で止めなかった俺たちも悪いのかもしれないが。「ふぅ、ちょっと危なかったわね。不良品かしらこれ?」「「「「「「ちょっと危ないってレベルじゃねえええええええ!!!!」」」」」」またもや教室内の人々の気持ちが一つになった。こうやって教室内の心を簡単に一つにしたり、俺たちの期待通りの結果を叩きだしてくれるルイズはまさにエンターテイナーと評価するべきである。それが楽しめるか楽しめないかは別として。ちなみに片付けはルイズとモンモランシーが行う事になった。何故かギーシュが手伝いにかりだされており、そこでギーシュはモンモランシーの誤解を解いていた。モンモランシーの怒りの視線が俺に向いていたので、俺も釈明した。「案ずるなモンモン。俺とギーシュは微妙な友情関係にはあるが、モンモンが心配するような関係には絶対ならないから」「そんな関係、僕もゴメンだ!!」この会話を見ていたモンモンはぷっと吹き出していた。とりあえず、モンモンはこれで納得してくれた。奇跡である。ルイズは俺たちに風竜から下ろしたまま放置してしまった事を謝罪した。・・・俺たちは怒るべきか迷っていたが、俺たちより怒っていた乙女がいた。「どういうことかな?ルイズ・・・ギーシュ・・・?」「「げ」」俺は全く関係ない。モンモンに問い詰められるルイズとギーシュを片目に、俺は燃えた教室の机を取り替える作業に戻ったのだった。(続く)【後書きのような反省】厨房の皆さんが出て来ると途端に書きやすくなる。