戦争が近々始まるという噂はすでにトリステインの街内外でかなり広まっていた。隣国アルビオンが貴族派集団『レコン・キスタ』によって陥落、次はトリステインに侵攻してくるという噂である。街で広まっている噂の信憑性は、上空を飛び回る幻獣、船が全く飛行しなくなったことからも異常事態であることが民衆たちにも分かった。更に王宮の門をくぐる際の身体検査も厳重になったことから、トリステインに住む市民たちは不安な日々を送ることになった。そんなときなので、王宮の上に一匹の風竜が現れたとき、警備をしている魔法衛士隊の隊員たちは色めきだったのは至極当然である。本日の警備はマンティコア隊だった。マンティコアに騎乗したメイジたちは、王宮の上空に現れた風竜めがけて飛び上がる。風竜の上には五人の人影と、一匹のモグラの姿があった。皆、何故か疲れ果てた表情をしている。「ここは現在飛行禁止だー!触れは知らんのかー!?」隊員たちが大声で告げる。すると桃色がかったブロンド髪の少女がが顔を出し、大声で答えた。「ラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズとその一行です!姫殿下にお取次ぎ願いたいのですがー!?」「ラ・ヴァリエール公爵様の三女が何用かー!?ならば用件を言えーー!!」「申し訳ありませんが、密命なので詳しくは申し上げれませんが、姫殿下にルイズ・フランソワーズが任務を終え戻ってまいりましたとお伝えいただければ幸いですーー!!」「了解したー!では支持に従って所定の場所に着陸して欲しいー!それから一応杖のような武器の類はないか調べるがよろしいなー!?」「わかりましたー!」この一連の会話を大声で行ったルイズとマンティコア隊の隊長。風竜はマンティコア隊の先導のもと、王宮から少し離れた場所に着陸した。着陸後、杖や剣などといった武器を回収されたのち、入念な身体検査をされた。検査中は俺も含め、皆文句の一つも言わなかったのだが、こんな一幕もあった。キュルケの身体検査中のことだった。「あんっ」と、悩ましい声を上げるキュルケ。身体検査だから身体に触れられるのは仕方ないのだが、これでは身体検査を行っている衛士が可哀想である。うらやましくもあるが。「おい、何処を触ってるんだ貴様は・・・」「隊長~!このご婦人、触れるたびにこのような声を出すんですが」「我慢しろ」「それって検査される私の方よね、我慢するのって」一方、俺の身体検査。「ふむ・・・細身に見えたが、案外鍛えられているようだな。メイジならばこの場で勧誘してもいいかもしれんが・・・お前は平民だったな」「貴族様、その評価は有難いのです。その評価のお礼に教えます。俺はまだ武器を隠し持っています」「何・・・?先程全ての武器を出せといっただろう」「何せ取り外しができないものですから。さらに武器といっても基本的に対女性用武器であり、夜になると攻撃力が上がります」「わっはっはっは!それは確かに取り外しが出来ない!だが余り自分の武器を過信するなよ?過信した結果返り討ちにあえば、その瞬間男の尊厳は激しく傷つくからなぁ!ちなみにウチの隊長の所持する武器はまさに隊長に相応しいモノとなっている」「流石一部隊の隊長ですね!」「ああ、我々とはモノが違う」「貴様ら身体検査中に何馬鹿な話題で盛り上がってるんだ!?あと、何を人の秘密をばらして何勝手に尊敬してんの!?」そんなこんなで身体検査が終わって、俺たちは衛士たちに周りを固められて宮殿内に入った。宮殿内の中庭辺りに差し掛かったとき、進行方向から駆け寄ってくる人影が見えた。「ルイズ!」駆け寄ってくる人影はアンリエッタだった。その姿を見てルイズは泣きそうな顔になる。「姫様!」二人は俺たちが見守る中、ひっしと抱き合った。その姿は互いの姿を再び見れて喜んでいる感じだったが、何故か俺の胸中には空しい風が吹いていた。「また無事な姿を見れて私は嬉しいわ、ルイズ・フランソワーズ・・・」「姫様、件の手紙は、この通り、無事でございます」ルイズはシャツの胸ポケットから、そっと手紙を見せた。アンリエッタは頷き、ルイズの目を見て、彼女の手を固く握り締めていた。「やはり、貴女に頼んで正解でした。さすがはわたくしの一番のおともだちです。わたくしの判断は間違ってはいませんでした」「私には勿体無いお言葉です。姫様」アンリエッタはそう言って頭を下げるルイズを見て微笑む。その後、俺たちの存在に気づいたようだ。誰かを探しているかのように、アンリエッタは視線を彷徨わせていた。しかし、目的の人物の姿が見えないことで何かを悟ったような表情になり、表情を曇らせていた。「ウェールズ様は・・・やはり父王に殉じたのですね・・・」ルイズはアンリエッタの言葉に軽く頷きつつも、答えた。「勇敢な最期でした」アンリエッタの表情は暗いままである。「・・・ルイズ、ワルド子爵の姿が見えませんが・・・?まさか・・・あの子爵が・・・そんな・・・」「ワルド様・・・ワルドは・・・ワルドは・・・裏切り者でした。姫殿下」ルイズの様子から、何かを察したアンリエッタは興味深げに事の成り行きを見守っていた魔法衛士隊隊長に向かって言った。「彼らはわたくしの客人ですわ。隊長殿」「左様でございますか。とのことだ。皆、持ち場に戻れ!」姫の言葉に納得したのか、隊長はあっさり持っていた杖を収めて、隊員たちに号令をかけ、持ち場に戻っていった。この辺の迅速ぶりはさすがであると言わざるを得ない。衛士達がいなくなると、アンリエッタはルイズに向き直った。「・・・とにかく道中で何があったのか、わたくしのお部屋でお話ください。他の方々は別室を用意いたしますので、そこでお休みください」「ふぅ・・・という事はやっと俺たちは一息つけるのか」「いや、アンタは私と一緒に姫様についていくのよ?」「言ってみただけだ」「分かってるなら言うなよ」ギーシュの正論が俺に突き刺さる。ギーシュ、キュルケ、タバサの三人は謁見待合室にて身体を休めるらしい。ギーシュは居辛くないのだろうか?アンリエッタは俺とルイズを自分の居室に入れた。女性の部屋に入るのは何だかドキドキするものだ。ルイズの部屋に入るときも結構もめたが、ルイズは、『そんな細かい事を気にしてどうするのよ!』とヤケクソ気味に俺に言っていた。まぁ、俺を召喚して間もない頃だったからな。アンリエッタは精巧なレリーフが模られた椅子に座り、アンリエッタは机に肘をついた。ルイズと俺はアンリエッタに事の次第を説明した。ルイズがワルドと愛を語り合っている間、俺とギーシュが死に掛け、キュルケ達が合流したこと。宿屋で休んでいたらフーケ率いる傭兵軍団が襲撃してきた事。アルビオンへ向かう舟に乗ったらハイジャックにあったこと。そのハイジャック犯の頭がウェールズ皇太子だった事。ウェールズ皇太子に亡命を求めたが、断られた事。ワルドとルイズが結婚式を挙げる為に、俺はその結婚式を盛り上げるために、脱出船には乗らなかったこと。その最中の悪ドの乱入と起こった悲劇と戦闘の事。そして・・・ウェールズの最期の事・・・手紙は取り戻し、『レコン・キスタ』の野望は一応躓いたのだが、何せ・・・失ったものも大きかった。ルイズとアンリエッタは愛する人と死に別れた。更にルイズはその愛する人と同じというか本物のワルドが、愛する人の仇となってしまったのだ。何を言ってるのかは分からないと思うが事実だから仕方がない。ひとまずゲルマニアとの同盟は守られた。しかし、どう考えても今の二人には手放しには喜べない状況である。アンリエッタは、かつて自分がしたためた手紙を見つめていた。その中には、ウェールズが死に際に俺たちに託した血まみれの手紙も入っていた。アンリエッタはその血まみれの手紙を読み、しばらくしてボロボロと涙が溢れ出していた。嗚咽が自然に湧き出ていた。ルイズの支えが無ければ、アンリエッタはそのまま崩れ落ちていた。何が書かれていたなんて俺は詮索しない。愛に生きた友とその恋人との永遠の別れを告げるメッセージでも書かれている事ぐらいは俺にもわかる。「やはり・・・やはりこんな事ならはっきり亡命して欲しいと書くべきだった!」「姫様。おそらく王子様は貴女が直接言っても亡命はしなかったと思います」「それはどうして?ウェールズ様はわたくしを愛してなかったとでもいうの?」「それは断じて違います。あの王子様は心底貴女に惚れてました。できれば死にたくないとも言ってました。ですが、亡命すれば貴女や貴女の愛するトリステインが滅んでしまう。だからといって貴女がもしアルビオンに乗り込んだとしても、あの方ならば貴女を即刻帰らせると思います。死ぬときは一緒なんて美談のように語られますが、あの人はそれを選ばず、愛する貴女が、あの人が好きだった貴女の笑顔のもと、このトリステインを治めてくれると信じているし、何より愛する貴女に自分の分まで長生きして欲しいんですよ。泣いた顔じゃなくて新たな幸せを得て、幸せに大往生して欲しいんですよ。王子は亡くなったかもしれませんが、彼は俺にあなたに伝えるように言われた言葉を遺してくれました」俺はアンリエッタを見据えて言った。「『私を忘れないでくれたらそれが最高の手向けだ。この身朽ちても我が魂は永遠に君を見守る事を誓う』・・・以上が皇太子殿下が姫殿下、貴女に遺した遺言です。こんな言葉残す男が、貴女を愛していないわけ無いでしょう。彼は貴女が治めるトリステインごと貴女を愛して、それに殉じたんです」勿論王家の名誉のためでもあったのかもしれない。だが、あの王子様は、心底この姫様の、姫様だけの王子様だったのだ。その姿は、ルイズを守るために消し飛んだワルドの影にも同じ事が言える。「王子様の最期は勇敢でした。彼がいなければ、俺たちは皆、殺されていました」残されたほうにとっては、何を勝手な事をと思うかもしれないが、残す方は残してしまう愛する人の幸せを願うしかないのだ。死んだら何にもならないのは真理だが、死なないといけない時もあるのだ。それを聞いてアンリエッタは微笑んだ。涙を流しながら。それが俺にとっては何とも心苦しいものであり、悲しくなった。ルイズも涙を流していた。彼女たちはほぼ同時期に愛する人を失ったのだ。無理もなかった。「勇敢に戦い、勇敢に死ぬ・・・聞こえはいいですが・・・分かってはいるのですが・・・何故涙が止まらないんでしょうか・・・」「姫様・・・私がもっとウェールズ皇太子を説得してれば・・・」無理だろうな、と俺は思った。その程度で折れる心を俺を友人と言ってくれたあの誇り高き皇太子は持っていなかった。「いいのよ、ルイズ。あなたはお役目どおり、手紙を奪還したのです。それ以上のことは求めていませんでしたから・・・。とりあえず、わたくしの婚姻を妨げようとする暗躍は未然に防がれたのです。わが国とゲルマニアはこれで無事に同盟を結ぶ事が出来るでしょう。そうすればアルビオンも簡単に攻めてくるわけには参りません。そうでしょう?そうよね?ルイズ」「・・・はい」ルイズはそう言って頷く。そして思い出したかのように、ポケットから水のルビーを取り出す。「姫様、これをお返しします」「いいの、ルイズ。それは私からのお礼として貴女が持っていてください」「・・・ではせめて、こちらをお受け取りください」ルイズがアンリエッタに差し出したのは、ウェールズの指から形見として抜き取った風のルビーだった。「ウェールズ皇太子から、形見にと預かったものです」「・・・・・・皇太子からですか」「ええ、姫様。王子様は最期に血まみれの手紙とこのルビーを俺たちに託してくれました」まあ、本当は死んだ後のウェールズの指から抜き取ったものだが、此処で真実を言ってややこしいことにはなりたくない。アンリエッタは風のルビーを自らの指に嵌めた。その雰囲気はどこか危うい。「ありがとうございます。ルイズ、そして使い魔さん」そう言って微笑むアンリエッタ。その言葉には感謝の念が込められていた。ルイズと俺は頭を下げる。「あの人は勇敢に死んで行ったと・・・言われましたね」俺は頷いた。「はい」「・・・ならば、わたくしは・・・勇敢に生きてみたいと思います・・・」「姫様、今は無理だろうけど、いずれは民衆が笑って、貴女も笑える日々が来るといいですね。それが王子様の願いですし」アンリエッタが俺を見つめる。俺は泣きそうな彼女に笑いかけて言った。「男ってのは女性の涙は苦手なんです。女性は笑顔が一番です。男って奴はその笑顔に弱いんです。そして、好きなんですから」「・・・ウェールズ皇太子みたいな事を言うのね、貴方」「そうですね。俺と皇太子殿下は気の合う友人でしたから」「友人・・・?でも貴方はウェールズ皇太子とは・・・」「ええ、あの任務であったのが初めてです。でもね姫様。本来友情って奴は付き合った時間も地位も一切関係ないんですよ」地位が関係ない友情はルイズとアンリエッタの関係ではないのか?というようにアンリエッタに問うように言う俺。ルイズは黙って事の成り行きを観察している。「・・・そうですね。ウェールズ皇太子は貴方のような友人を持ててうらやましいですわ・・・」ぽつりと呟くアンリエッタの目にまた、一筋の涙が流れて落ちた。気高き誇りも、気高き友情も、それらを一切知らないものならば、簡単に踏みにじることが出来る。正しき力となるかもしれない力も、使いようによっては狂気の力になる。正義の名の下に人を傷つけ、大義の名の下に人を殺め、始祖の名のもとに人々の血と涙を増やしていく・・・そして・・・・・・「おはよう、皇太子。ご機嫌はいかがかな?」「おはよう。久しぶりだね、大司教」「ふふ・・・今はもう皇帝だよ。親愛なる皇太子」これも彼らの正義と大義のもとに行われた行為なのだ。貴族連合レコン・キスタの総司令官にして、後の神聖アルビオン共和国の初代皇帝であるオリヴァー・クロムウェルの前に跪くのは、死んだはずの亡き王国の皇太子、ウェールズ・テューダーだった。(続く)【後書きのような反省】人の死を伝えるシリアスな場面にギャグはいらないはず・・・多分。