俺たちを乗せた軍艦『イーグル』号は、敵艦に見つからないように細心の注意を払いつつ、ニューカッスルに向かっていた。敵艦が近づかないと言う大陸の下は真っ暗で、イーグル号はそこで一時停止し、上昇をはじめる。上昇した先には鍾乳洞があり、そこには大勢の人々が待ち構えていた。ここが王党派の拠点という訳だ。ひとまずここで一休みする事になった。ここにいる人たちは皆王党派である。何だか聞いてたら、『栄光ある敗北を!』とか、『誇り高く散ろう!』などという言葉が当たり前のように船内に飛び交っている。問題なのはそれを笑顔で言っているのだ。空元気で死の恐怖を克服しようとしてるのか?「死んじゃったら何にもならないじゃないの・・・」ルイズがそう呟いていたが、正にその通りだと思う。これから祝宴が行われるらしいが、どう考えてもそんな気分になれない。俺たちはウェールズに案内され、彼の居室に向かった。部屋にあるのは木製の簡単なベッドに、椅子とテーブルが一組だけだった。皇太子の部屋とは思えない質素な部屋だった。ウェールズは椅子に腰掛け、机の引き出しを開けて、宝石がちりばめられた小箱を取り出した。「これは宝箱でね」小箱をあけ、中からボロボロの手紙を取り出す。手紙を愛しそうに見つめるウェールズ。その手紙を封筒に入れるとルイズに手渡した。「これが姫からいただいた手紙だ。この通り、確かに返却した」「ありがとう・・・ございます」ルイズが深々と頭を下げて、その手紙を受け取る。「明日の朝、非戦闘員を乗せたイーグル号がここを出発する。君たちはそれに乗ってトリステインに帰りなさい」「王子様、本当にもう王党軍に勝ち目はないので?」「流石に三百対五万では無理というものだよ。我々に出来る事は、勇敢に死に様を奴らに見せてその心に刻み付けることだけさ」「殿下の、討ち死にも、その中に含まれているのですか?」「ああ。私は真っ先に死ぬつもりだ」「殿下、恐れながら申し上げたい事があります。先程お預かりした手紙の内容・・・これは・・・」「・・・君が何を言いたいのかは分かる。そう、この手紙は恋文さ。ただ、この恋文がゲルマニアの皇室に渡っては大変不味い。何せ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を私に誓っているんだ。・・・昔の話だが、これをゲルマニアの皇帝が見ればおそらく姫との婚約は破棄され、同盟もなかった事になるだろう。そうなればトリステインは孤立する」「殿下・・・お願いです、トリステインにいらしてください!これは私の願いではなく、姫様の願いでもあります!あの姫様が自分の愛した人を見捨てるような真似はするはずがありません!」「それは出来ない。アンリエッタもいまや女王。自分の都合と国の大事を天秤にかけるような真似をすれば、私は彼女に幻滅する」「殿下・・・」ルイズは肩を落とす。いきなり亡命を求める事を言ったのは驚いたが、ウェールズの意思は固い様だった。「君のその正直なところは美徳だが、大使にはむかないね。まあ、亡国の大使ならばいいがね」微笑むウェールズ。ワルドがルイズの肩に手を置く。ルイズは唇を噛み締めている。「王子様、俺からもいいですか?」「なんだい?・・・そういえば君の名前は知らなかったね。使い魔君」「因幡達也です。タツヤとでも呼んで下さい」「分かったよ、タツヤ。それで、私に何が聞きたいんだい?」「貴方は姫殿下を泣かせてまで死ぬほど自分の名誉が大事なんですか?」「・・・・・・確かに、彼女を・・・アンリエッタを泣かせてしまうだろうね、私は。彼女の泣き顔を想像すると、私は・・・死ぬのが怖いよ。だがねタツヤ。私はアルビオンの皇太子。その誇りと名誉を捨てて、彼女に会いに行けば、成る程彼女は喜ぶが、結果もっと多くの人々が傷つき、死んでいく。そうなれば彼女の愛するトリステインまで死んでしまうのだ。そうなれば彼女は私が死んだ場合以上に涙を流す事になる。ならば僕が選ぶ道は、戦って雄雄しく死ぬ事だけだ。例え彼女を悲しませてもね。名誉とかそう言う次元じゃないのさ」愛するがゆえに死を選ぶか・・・それも一つの愛の形か・・・「さあ、そろそろパーティの時間だ。君たちは我らが王国が迎える最後の客。ぜひとも出席してくれ」俺たちは部屋の外に出たが、ワルドだけは一人残って、何事か話していたようだった。パーティは随分と華やかであった。貴族たちは園遊会のように着飾り、テーブルの上には様々なご馳走が並んでいる。ウェールズがそこに現れると、貴婦人たちの間から歓声が飛ぶ。嫉妬する気にもならない。ウェールズの晴れ晴れとした顔が悲しい。彼は玉座に座る自分の父、ジェームス一世と談笑している。「最後の晩餐ってやつですか」「ああ、最後だからこそ、ああして明るく振舞っているのかもね」会場の隅に立っていた俺とワルドはパーティを遠巻きに眺めていた。どいつもこいつも死に急いでいる。人生をもう諦めている。それでも明るく努めている。笑い声が俺には無理しているようにしか聞こえない。ルイズはその場に耐え切れずに、外に飛び出した。ワルドがそれを追いかけていった。俺が一人でいるのを見たウェールズが近寄って声を掛けた。「しかし、人の使い魔なんて珍しいな」「トリステインでも珍しいらしいですよ。ルイズや色んな人が言ってました」「すまないね。楽しませるつもりが、気分を害させたみたいだ」「ルイズのことですか?まぁ、気にしないでくださいよ。第三者からすれば、どう見てもこの場の全員無理して笑ってるようにしかみえませんし」「そうか・・・なぁ、タツヤ。君には愛する人はいるかい?」「今は離れ離れですけど、いますよ」「・・・おや?私はラ・ヴァリエール嬢と思っていたんだが」「良く言って友人止まりですよ、アイツは」「召喚者を友人扱いか・・・面白い関係性のようだね。・・・それで、その愛する女性とは上手く行っていたのかい?」「これから上手く行く予定だったのにそんな時に召喚されてしまいました」「・・・・・・・・・・君の無念はよく分かるよ・・・」ウェールズは持っているグラスの中のワインに口をつける。「私たちの敵の貴族派・・・『レコン・キスタ』はハルケギニアを統一しようとしている。それはいいが、奴らはそれによって傷つく民草のことを考えていない。荒廃する国土のことを考えず、利権と欲望しか頭にない。そんな奴らにこの世界は任せられない。たとえ負け戦だろうと、せめて勇気や名誉と執念の片鱗を見せつけ、ハルケギニアの王家は弱敵ではないことを教えてやらねばならない。奴らがそれで野望を捨てるとは思えんが、それでも私たちは勇気を示さなければならないんだ。それが、我ら王家に生まれた者の義務であり、内憂を払えなかった王家に最後に課せられた使命なんだ・・・・例え愛する人を泣かせる羽目になろうと、後の世界の為に僕はこの身を犠牲に出来る」「貴方の決意は分かりましたよ。王子様」俺がそう言うとウェールズは微笑む。「ありがとう。そうだ、タツヤ。カッコいい事言った後でなんだが、姫に伝言を頼めるかい?」「やっぱり未練があるんですか」ウェールズは、はははと笑って言う。「そりゃそうだよ。どうせなら童貞を捨てて死にたかったし、そう考えたら物凄く未練がある。でもねぇ、私が死んでも、姫にはいつまでも悲しんでもらいたくはないんだ。女性の涙は苦手だからね、私は」「女性は笑顔が一番ですしね」「話せるじゃないか、タツヤ。そうさ、私はアンリエッタの笑顔が好きなんだ。その笑顔の下、彼女はトリステインを治めてくれると私は信じている。何せ私が惚れた女性だからね」「・・・そうですね。で、伝言は?」「ああ、そうだ。いいかい・・・?」俺はウェールズの紡ぐ言葉を一字一句聞き逃さず聞いた。「・・・分かりました。確かにお伝えします」「有難う、タツヤ。私は人生の最後にかけがえのない友と出会えたようだ」「一国の皇太子殿下の友人になれて光栄ですね」「・・・そうか。・・・ところで、子爵から聞いたかい?明日、ここで子爵とラ・ヴァリエール嬢が結婚式を挙げる」俺はその単語に耳を疑う。結婚式!?「こんなときにこんなところでですか!?」「まぁ、死地への旅立ちのときに新たな人生の旅立ちの儀を執り行うのも何とも変な話だがね。めでたい事だし、私は了承したよ。君は参加するのかい?」「人の幸せはぶち壊したいお年頃です」「あははは!その気持ち分かるよ!」ウェールズは大笑いして、それから俺を見ていった。「ならば、君は明日の朝、ここを出発したまえ。そして、今の伝言をアンリエッタに伝えてくれ。頼むぞ」「はい」しかし結婚ねぇ・・・戻ってからすればいいのに気が早いな。あの二人。俺は明日に向けて休むため、真っ暗な廊下を、蝋燭を持って歩いていた。廊下の途中に窓が開いていた。夜空を見上げている人物がいる。ルイズだ。その横顔は物憂げだった。ルイズは俺の存在に気づくと、少し微笑んだように見えた。「よぉ、明日結婚式らしいな。独身生活最後の夜、いかがお過ごし?タツヤお兄さんだよ」「なーによ、それ」「パーティの空気はあわなかったようだな」「残される人の事も考えないで、簡単に・・・いやそんな事はないとしても、死を選んでああやって笑えるのが私は信じられないわ」「本当は皆叫びたいんだと思うけどな。だけどこの世界の未来のためなら死ねるって王子様が言ってた。愛する女性が悲しむのは辛いけど、彼女が愛する世界を守るためなら・・てさ」「愛する人が愛する世界を守る・・・わかんないわ。待ってる身からすれば、愛する人がいない世界なんて地獄じゃない」「地獄のままでいないように、人は悲しみを背負って生きなきゃならないんじゃないの?何も忘れろとは言わんだろ。それこそ地獄じゃん」「・・・・・・私、嫌だわ。早くトリステインに帰りたい。この国には死が充満してる。そして人々はすでに受け入れてる。人が生きている感じがしないもの」「・・・ルイズ、俺は明日の結婚式には来ないからな」「ん?どうして?」「いや、喧嘩売ってるようにしか思えないしな。この状況で結婚とか。一人身的に考えて。俺は王子様に姫様への伝言・・・遺言になるかもしれないが、それを受け取ってる。それを伝えなきゃならない」「後でいいじゃない。結婚式の後でも」「・・・なんだい、お前、俺に結婚式見せて、結婚はいいぞ!とでもぬかしやがる気か。上等だ馬鹿者!祝福のパイをお前の顔にぶつけてやる!!」「・・・悩んでるの」「あ?隊長さんとの結婚をか?前に言ってた違和感って奴か?俺からすればかなりの上玉なんだがな、あの人。どんだけ男に贅沢言ってんだお前」「ワルド様は素敵なお方よ。それはいつまでも変わらないんだけど・・・」「ルイズ」俺は俯くルイズに言った。「全てを決めるのはお前だ。俺はお前のその決定を尊重する。それが紳士である俺から言えることさ」ルイズはしばらく俺の顔を見て、頷いた。「分かったわ。独身最後の夜に貴方と話せてよかったわ、タツヤ」そう言うとルイズは微笑んで、くるりと踵を返すと、そのまま暗い廊下を駆けて行った。俺はそんな迷える主人の後姿を見送るのだった。「ま、後悔だけはするなよ・・・」俺は寝るため自分の部屋に向かった。歩いてる途中で二つある月を眺める。「何処の世界でも恋愛ってのはなかなか上手く行かないもんだな」月は何も答えてくれなかった。・・・・少し恥ずかしくなった。(続く)【後書きのような反省】どう考えてもあの場で結婚式は喧嘩売ってるだろうと考える。受けたウェールズ殿下は心の広い方なんでしょう。