かつて貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたといわれている錬兵場。そこは今やただの物置と化しており、いまや樽や空き箱が乱雑に積まれていた。俺とワルドはそんな場所で向かい合っていた。「昔・・・といっても君には分からないだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここではよく貴族が決闘したものさ」今はただの物置だろう。ここで腕試しするのはいいが、そこら中に樽やら空き箱やらが放置されていて危ない。とりあえず最初は片付けるか?「王がまだ力を持ち、貴族がそれに従っていた時代・・・貴族が貴族らしかった時代・・・、名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。でも実際は結構下らない事で杖を抜きあったものさ、たとえば女を取り合ったりとか、どっちの魔法が優れているとかね。・・・・・・聞いてる?」そこら辺に落ちてる樽や空き箱ははっきり言って邪魔なので、隅のほうに置くようにして片付けている俺だが、そんな状態でもちゃんとワルドの話ぐらいは話半分で聞いている。人は試験前などに限って掃除をしたくなる。それは心理的にやや追い詰められたのを少しでも解すための儀式のようなものではないか?と俺は考える。俺の負った怪我は動きに支障は無いとは言え、戦いに支障はないといえない。痛みに集中力が切れるかもしれないのだ。まあ、仮に全開だったとしても、一部隊の隊長にちょっと変な能力が開花したばっかの坊やが勝てるわけないだろう。隊長になるぐらいの腕なのだ。かなりの努力と経験を積んでいるはずだからな。せめて一撃当たればこっちは万々歳なわけで。「さて・・・立会いにはそれなりの作法がある。介添え人がいなくてはね。すでにもう呼んではいる」ワルドがそう言うと、物陰からルイズが現れた。ルイズは俺たちを見て怪訝な様子でワルドに尋ねた。「ワルド様、呼ばれてきたのはいいのですが、こちらでなにをなさる気ですの?」「何、君の婚約者として、使い魔の彼の実力を試したくなってね」「そんな!タツヤは怪我をしているんですよ!?そもそも今はそんな事をしている場合じゃないでしょう?」「そうだね。見方によっては僕は最低な行為をしているのかもね。だがね、貴族と言うものは厄介なもので、強いか弱いか、それが気になると止まらないのさ」この世界の貴族ははた迷惑な性癖の持ち主らしい。この立会いによって俺がまた怪我を増やしたり、万一死ぬ事もあり得る。それが分かっているのだろうか?分かった上でやってるんだろうな、この人は。どうせ婚約者のルイズの前で俺を軽くボコボコにして、『君ではルイズを守れない(キリッ』とでも言って、暗に足手まといとして俺を帰らせるつもりなんだろう。・・・あれ?それって良くないか?少なくとも戦地にはいかなくても済むんだ。死ぬ確率減らないか?そもそもこのワルドはルイズの婚約者なんだからルイズは何があっても守るだろう。ギーシュもキュルケもタバサも自分の身を守る程度の魔法の能力はあるだろうし。・・・完全に足手まといだね俺。マジ帰りたいんですが。「タツヤ、悪い事は言わないわ。やめなさい。これは命令よ」「命令なら仕方ないなぁ・・・と言いたい所だけどさ、そんなことしてもあの人、俺にいつまでも付きまといそうだからな。俺は男に何時までも付きまとわれるのを喜ぶ趣味は無いんだよ」「我慢してればいいじゃないのよ・・・」「介添え人も来た様だし、始めるか」ワルドが腰から杖を引き抜くのを見て、俺も背中から喋る剣を引き抜き構えた。ワルドの構えは杖を前方に突き出すようなフェンシングのような構えだった。俺の左手のルーンが輝きだす。妙な電波もいつも通り・・・の筈だった。いつも通りのデルフリンガーの説明になってない説明が流れた後、こんな文が俺の頭の中に流れ込むように付け加えられた。『剣術レベルがアップしていた!力と速さと攻撃速度が気持ち的に上がった!この調子でどんどん戦え!やりすぎると死ぬけど』気持ち的に上がったって何だよ!?俺としてはそんなに戦いに巻き込まれたくは無いわ!しかもしていたってなんだ!?『なお、次のレベルまでもう少しです。新しい能力を取得できる可能性があります。だからと言って凄い剣術は覚えません。それは自分で編み出せよ』剣術は覚えれんのか。ちっ。やっぱり漫画のような必殺技とかはただの人間+αの俺には夢物語でしかないのね。まあ、本来の達人も雷出したり空間ごと斬ったりとかできないし。薙ぐ、斬る、突くが効果的にできればそこそこ強い剣士なのだろうが、俺はまだそこまでの境地に至っていない。身体作りと剣をひたすら振りまくっている段階なのだ。今の俺は。「すみませんが、手加減できるほどの実力じゃないんで」「よい。全力で来い」俺は別に残像が見えるほど速く動ける訳じゃないし、一撃必殺の必殺技を持っているわけじゃない。だから先手必勝タイプじゃない。しかも相手はどう考えても突きを得意としている。魔法も使う。不必要に警戒して距離をとってもダメそうだ。「杖を剣としても使うか・・・ま、流石軍人ってことだね。どうする小僧?素人に毛が生えた程度のお前にあの男の肝を冷やす事は出来そうかい?」「戦いのプロ相手に勝とうだなんて思っちゃいねえよ。だけど肝を冷やすか・・・出来るかなぁ」「その前にすでにお前の肝が冷えてるな」「だな。全く、物事にすぐ優劣をつけたがる奴は好きじゃないな」どう見てもただの剣を持ってみた一般人でしかない俺の実力を測るとかじゃなくて、ルイズにいいとこ見せたいだけだろアンタは。俺はその人柱になるわけだ。まったく迷惑な話でしかない。「どうした、来ないのか?ではこっちから行くぞ!」ワルドが動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、風のような速さで俺との距離を詰め、その杖を突いてきた。その杖の攻撃もかなりの速さである。だが・・・受け止められない速さじゃないということは手加減されているのか?一応殺しちゃ不味いとは思っているのか。何となくだが、ワルドの突きは受け止めやすいようにわざと単調に突いてるのではないのか?単調に突いてるとはいえ、隙を作らないのは流石であるとしかいえない。避けてもすぐ次の突きが来るので受けるしかない。しばらくワルドの攻撃を凌いでると、ワルドが突如後ろに下がった。何となく狙いが分かった。そして、その予想通りの動きをしたので避けるのは簡単だった。避けられてもワルド程の腕ならばまた攻撃に移るはずだ。どうすれば一撃を与えられるかな?考えてみる。相手に攻撃を避けられたら、その後大抵は相手が避けた方向に視線を向ける筈だ。ワルドクラスになると視線より先に攻撃あるいは防御に移るだろうと予想するだろうが、では相手が避けた方向にもういなかったら?それってかなり避けられた方は隙だらけじゃないのか?でも普通それは攻撃のチャンスを逃す所謂舐めた立ち回りだ。普通は避けたらすぐに反撃をする。そもそも回避してすぐまた回避なんてよほど相手の動きを読んでないと出来はしない。そう、読んでないと出来はしないから俺はやった。そして読みどおりワルドはすでに誰もいない場所に突きをかました。当然誰もいない。回避した直後に前転した俺はワルドの振り向いた方向の逆位置という位置に移動していた。前転便利だ。だが、このまま剣を振れば剣の重さで動きが鈍り、攻撃が当たらないと思った。という訳で、俺は無防備なワルドの股を蹴り上げた。だって蹴りのほうが速いもん。声にならない叫びと共にワルドは悶絶している。そこは鍛えれないしな。ルイズは「ワルド様!?」と悲鳴を上げている。しまった、もしワルドのアレがつぶれでもしていたら、あの二人が結婚しても、ルイズが世継ぎを産めなくなってしまうではないか!軽率だったとは思うが、とりあえず目標の「一撃入れる」は達成した。・・・もしかしたらこのまま勝ってしまうかもしれないが。しかしワルドは立ち上がった。その根性には敬服するしかあるまい。「ふ、ふふふ・・・一見隙だらけに見えるのに、この僕にここまでのダメージを与えるとは、やはり君はただの平民でも、ただの使い魔でもないようだね」微妙に内股になっているワルド。そりゃまだ痛いだろう。「その回避と剣裁き、素人とは思えんね」「過大評価するのはいいけど、俺はホントに素人に毛が生えた程度だぜ?ちょっと注意深いだけだ」「しかしまだそれだけでは、君は本物のメイジには勝てない」ワルドは杖の構えを変えて俺に言い放つ。「今の君では、ルイズは守れない!」「今のアンタは自分の息子を守れてないけどな」「ごもっとも・・・だ!」ワルドが閃光のような速さの突きを何度も繰り出してくる。しかしながら速さが上がっただけで、そのリズムはやっぱり単調なもので、受ける事は出来た。まあ、たまに掠りはするが。傷を癒す日にしたかったのにまた傷が増えてしまった。ワルドは突きを繰り出しながら、何事か呟いている。「!・・・小僧!魔法が来るぞ!」デルフリンガーが叫ぶ。瞬間、空気が撥ねた。それは目には見えなかったが鈍器のような衝撃が横殴りに俺を襲った。とっさに右腕でかばおうとしたが、『ボキリ』という嫌な音がした。そして俺は吹き飛ばされて、積み上げていた樽と空き箱の山に激突した。その衝撃で俺の手から喋る剣が離れていくのがわかった。樽と空き箱が次々と降ってくる。俺はその山に埋もれるような状態になってしまった。体中が凄く痛い。色んなところを打ちつけてしまったのだ。右腕を動かすとかなりの痛みが襲う。ああ、骨が折れちまったのかよ・・・「勝負あり、だな。これで分かったね、ルイズ。彼はこの任務では足手まといでしかない。彼では君を守れない」ワルドはそう言って踵を返すと、ルイズに歩み寄ってきた。「ワルド様は魔法衛士隊の隊長じゃないですか・・・勝って当然です」「そうだよ。でもアルビオンには僕でも手こずる敵がいるんだ。そんな敵たちに囲まれたときに、君は弱いから、攻撃しないでくださいとでも言うのか?そんな甘いところじゃないのは君にも分かっている筈だろう?」ルイズはそれに反論が出来ない。確かに達也の無事を優先するならば、この先は連れて行かないほうが良いと言うのはわかる。だが、その達也は最初自分に付いていかなければならないのかと確認していた。自分はそれに対して「ついて行かない」という選択肢はないと言ったのだ。達也を同行させた責任は自分にある。達也の姿は見えない。あの樽と空き箱の山の中にいるのは想像できる。やっぱり無理にでも止めるべきだった。「小僧!生きてるか!小僧!」デルフリンガーの声が空しく響く。ルイズは申し訳なさに俯いてしまう。ワルドはそんなルイズの腕を掴んで言った。「行こう、ルイズ」と、言った瞬間、ワルドの意識はそこで途切れる事になった。大きな音がした。とルイズがそう思ったその時、崩れ落ちるワルドの姿の先にルイズが見たのは、破壊された樽の姿と、樽の山に下半身が埋もれている達也の姿だった。樽には何も入っていなかったように見えるが、ワルドの意識を刈るのには充分だった。そもそも達也は意識は普通にあったし、左腕は動いた。脱出しようともがいて、樽を掴んだら、『【空の樽】:重そうに見えるけど、実は片手で投げれる程度の重さ。でも当たればかなり痛い。特に鉄の部分とか。ま、仮に当たっても一度限りの武器だが』という御馴染みの電波が流れた。その説明に従って、達也は脱出と同時に樽を放り投げた。その瞬間、ルイズは達也を見てなかったし、ワルドはルイズを見ていた。デルフリンガーの声に反応をあまりしていなかったのがワルドの失態だった。勘違いしてもらっては困るのだが、達也はワルドを狙って樽を投げたのではなく、脱出の際邪魔だったから投げたに過ぎない。すでにワルドは自分の勝利として手合わせを終えたように振舞っていた。成る程、手合わせならば誰が見ても達也の負けだろう。だが、戦場では倒したと思われる敵に背を向ける事はあまり誉められた行為ではないのである。「おう、小僧。生きてやがったか」「右腕が折れてるんだが・・・イテテ・・・」「そりゃあ、風の鎚を右腕でモロに受ければそうなるさね」「あの隊長さんは?勝利宣言してたけどもう帰った?」「疲れたんだろ。寝てるぜ」デルフリンガーは一部始終を見ていたが、流石に今の一撃を達也の勝利の一撃とは言えなかった。「寝たいほど疲れてんなら休んどけよな全く・・・余計な怪我が増えたよ」「とりあえず、治療だな」「怒られそうだ・・・」「事情を話せば何とかなるだろ?」「・・・そうかな~?」「骨折は魔法で何とかなるだろうよ」「とことん便利だな」「た、タツヤ!」「お?なんだルイズ。婚約者が寝てるのになんで膝枕をしていないんだ?してたらしてたで死んで欲しいが」「それは暗に膝枕するなって言ってるようなモンじゃない・・・所でアンタ、いつの間にそんなに強くなってんの?ワルド様の杖の攻撃全部受けてたし・・・」「いや、あれ手加減してたろ」「そ、そうなの?」「本気だされてたら瞬殺だろ。実際魔法使われてあっさり負けとるがな、俺」実際、軍人というものはそう簡単に相手の攻撃は受けないと思う。あの金的攻撃は虚を突いたのもあるし、ワルドがこっちを甘く見ていたということで成功したのだ。戦っている最中終始余裕そうな表情だったしな。あ~でもやっぱり何時までも回避に頼った戦いじゃ身を守りきれないな。剣術ももっと磨かないといけないだろうし。俺の世界では殆ど無用な技術もこっちでは持ってないと生き残れないから困る。ワルドとの戦いでそう思えたことは彼に感謝しないといけないな。俺はデルフリンガーを拾い上げた。その時、何故かルーンが光った。そしてやっぱり謎の剣の解説と共に、またこんな文が頭の中に流れた。『剣術と投擲のレベルがあがったようです。力と素早さがちょっと上がった。剣術のレベルが一定値に達したので『前転Lv1』を覚えました。攻撃の直後に前転することが出来ます。その後即座に動く事も鍛えれば可能』・・・なにその謎スキル。Lv1ってなんだ。剣術関係あるのかそれ。「小僧、ボーっとしている暇があったら、早く腕の治療をするべきだぜ」「あ、ああ」喋る剣の言葉に正気に戻った俺は、ルイズをワルドの元にいるように言い聞かせて、ひとまず自分の部屋に戻った。・・・当然といえば当然なのだが、ギーシュたちに盛大に怒られた。治療してくれるのはありがたかったが。安静にしていろと皆に言われ、俺は一人、部屋のベランダで夜空を眺めていた。幸い、骨は魔法薬の効果によりくっ付いたが、一応一晩は安静にしろとタバサに言われた。今頃下の酒場では、ワルドが怒られているんだろう。たまにキュルケやギーシュの声がここまで聞こえてくる。ふと、月が一つしか見えない地球の夜空が懐かしくなった。そしてその空の下にいる家族や友人たち、そして三国はどうしてるだろうと思った。帰りたいけど帰る方法がない。すでにこの世界に来て怖い思いを沢山した。故郷を思って泣く事などはしない。そうすると思いが激流のように流れて自分が壊れてしまいそうだからだ。「安静って言われたでしょ?タツヤ。寝てなきゃダメじゃない」声に振り向く。ルイズだった。「夜空を見てるの?」「ああ、改めて月が二つ見える光景は凄いなって思えるよ」「私からすれば月が一つしかないほうが信じられないわよ」ルイズが俺の横まで歩いてくる。夜空を見るルイズの表情は冴えない。月明かりが優しくルイズの顔を照らしている。「あの手合いを止めれなかった自分が情けないわ・・・私。結局アンタはまた怪我しちゃったし・・・使い魔を管理する者として失格ね」「自分で失格と思うなら、まだいい方だ。世の中には自分の失敗を認めようとしない奴もいるしな」「何かそれ、アンタにも当てはまってない?」「俺はとりあえずその場のノリで受けて後で反省してる」「ノリで受ける前に冷静になりなさいよ・・・」くすくす笑うルイズ。昨日のようなデレデレの顔や昨夜のようなしょんぼりとした顔より、こうやって笑ってるルイズが一番いい表情をしていると思う。やはり女性の最大の武器は笑顔なのだ。「アンタに聞きたかったことがあるんだけど・・・いい?」「ある程度は質問に答えます」「もし、もしもよ?その・・・アンタの世界へ戻る方法が見つからなかったらどうするの?アンタ」「どうするって、いきなり重い話だな。そりゃあ、まあ色々気持ちの整理をつけてから行動するとして、今の時点で考えられるのは、お前の使い魔を続けるか、あるいはそこで愛する人を見つけて結婚してパン屋を営みつつ、子どもを作って、パンもついでに作って、子どもの成長を見守って、パンを作って、子どもの反抗期に泣いて、パンを作って、息子の場合はパン作りを継ぐように働きかけて断られ、娘の場合はどこぞの男を連れてきていつの間にか孫が出来ているのを知ってショックを受けつつもパンを作って、孫を可愛がりながらパンを作って、そしてパンを作りながら死んでいく・・・そう言う人生を送れる人間に私はなりたい。さて問題です。今、俺は何回『パン』と言ったでしょう」「八回じゃない?」「バカめ!問題にもパンが入っていたから九回だ!」「そんなのアリ!?というか何で問題形式になってるのよ」「日常会話に遊び心を入れてみた結果がこれだよ。まあ、俺も何も考えてないわけじゃないさ。帰れないという場合もひょっとしたらあるとは思ってる」「もし、そうなっても、ちゃんと面倒は見てあげるわ。呼び出したのは私だから」「そりゃ心強いね。俺はいい奴に召喚されたみたいだ」「まあ一応使い魔だし働いては貰うわよ」「楽して養ってもらおうとは思ってませんよ・・・ちっ」「舌打ちしたわよねアンタ今」「幻聴だろう?疲れてるんだよ。それよりどうだよ?婚約者さんとは仲良くやってるか?」「昨日、プロポーズされたわ」「おいおい、展開速すぎて流石の俺もビックリだぞ。まあ、あの人はかなり強いし、絶対守ってもらえるだろ」「その辺は間違いないわね。でもね・・・何だか少し違和感があるのよ・・・」「久々に会ったんだろ?そりゃ違和感の一つや二つあるさ。今になって結婚が怖くなったのか?」「そういう訳じゃないけど・・・」「俺から言えることは・・・悲しい顔で結婚はするなよ、ルイズ。結婚てのは本来嬉しい事らしいからな。まあ、地獄の片道切符と言う奴もいるがな」「地獄って・・・あら?急に暗くなったわね」ルイズの言うとおり、月明かりが何かに遮られているかのように突如辺りが暗くなった。月があった方向を見ると、巨大な影が見えた。よく見ると、その巨大な影は岩で出来たゴーレムだった。その肩には誰かが乗っている。二人いる。一人は白い仮面を被っているので分からないが、もう一人は知ってる顔だった。「フーケ!!」ルイズが叫ぶ。「感激だわ、貴族のお嬢様。覚えててくれたのね」「アンタ、牢屋に入ってたんじゃないの!?」「親切な人がいてねェ。わたしのような美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って出してくれたのよ」「物好きな奴が居たものね。それで?何しに来たのかしら?」「脱獄してみて、世の中の役に立つ事をしようと決心したのはいいが、何をしようか分からずその仮面野郎と一緒に路頭に迷っていたのか?」「浮浪者扱いするな!?」「あるいは自分を倒した男に惚れて求婚しに来たのか?もっともその場合、お前はパン屋の初代看板娘(笑)になり、子どもを二人ぐらい授かるかもしれない人生を送ることになるんだが?」「求婚って何!?パン屋って何!?看板娘(笑)って馬鹿にするんじゃないわよ!子どもはもっと欲しいわよ!」「マジか!?」「喜んでどうすんのよ」「路頭に迷ってたわけでも求婚しに来たわけでもないわ。ただお礼を言いに来たのよ。素敵なバカンスを有難うってね!」その瞬間、フーケの巨大ゴーレムの拳がうなり、ベランダの手すりを破壊した。俺とルイズは破壊される直前に部屋を抜けて、一階へと駆け下りた。下りた先も、戦場だった。突如現れた傭兵の一団が、ワルドたちを襲ったらしい。ギーシュたちが魔法で応戦しているものの、明らかに数に押されている。また、傭兵たちもメイジとの戦いになれた様子で、魔法射程外から矢を射かけている。テーブルを盾に応戦しているギーシュたちに俺たちは駆け寄った。「フーケがいる」俺が言った瞬間、皆の表情がああ、やっぱりという感じになった。「フーケがいるって事は、アルビオン貴族が後ろにいるな」「この前の連中はただの物取りじゃなかったわね、これは」「こんな数じゃ、僕のワルキューレも数に押し潰されてしまうよ」「・・・諸君」ワルドが口を開いた。「このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ成功とされる」「つまり誰かが囮になれと?」俺の言葉にワルドが頷く。タバサが本を閉じて、杖でキュルケとギーシュと自分を指し、「囮」と呟く。キュルケは頷くが、ギーシュは頭を抱えていた。「あなた達は桟橋へ。今すぐ」タバサが俺とワルドとルイズを指して言った。「聞いての通りだ。裏口へ行こう。今からここで彼女たちが敵をひきつける。せいぜい派手に暴れて、目立ってもらう。その間に、僕らは裏口から出て桟橋に向かう。以上だ」ワルドはあくまで簡潔に言う。まるで囮の三人が死んでも仕方ないかのように。ルイズもその言い草には少し引いている。「三人とも」だから、俺が言うしかないのだ。囮の三人が俺を見る。「死ぬなよ。俺は一気に三人も友人を失うのはゴメンだからな」三人はきょとんとした顔になる。そりゃあ、こんなクサイセリフ言ってる方も恥ずかしい。「大丈夫」とタバサが言った。何故か左手はピースサインである。これから戦うのにそれはないんじゃないのか。「そうねェ、こんな魅力的な女性を残して行くんだから、再会したら何かやってもらおうかしら?」キュルケが肩を竦めながら言う。その表情には笑みさえこぼれていた。「そうだな。死んだら姫殿下や仲直りした女の子たちを悲しませてしまうものな」ギーシュの表情はまだ固いが、その瞳は燃えるものがあるような気がした。「みんな・・・ありがとう」ルイズがそう言って涙目で三人に頭を下げる。そして俺たちは低い姿勢で歩き出し、酒場から厨房に出て、通用口から出ようとすると、酒場のほうから爆発音がした。「始まったようね」「・・・外には誰もいないようだ。行こう」ワルドが先頭で俺が殿。ルイズはその間を歩く。俺たちは桟橋を目指し、夜のラ・ロシェールの街を走り出した。大丈夫、あの三人なら多分大丈夫。そう思わないと、今にも俺は引き返しそうな思いだった。(続く)【後書きのような反省】ワルドとの手合いはオリ主の負けです。