さて、出発の朝である。俺とルイズとギーシュは、馬に鞍を付けていた。俺の背中には喋る剣もある。このマダオソードは無駄に長い剣なので、腰に付けて歩くと凄まじく歩きにくいからだ。「そんなんだったらもう一本の方を持っていけばいいじゃねえか」「アレは実戦用だ」「それでいいじゃん」「人を斬るなんて俺にはできない!殴り倒すのは可能だが」「俺は一応剣であって、鈍器じゃねえんだが」「無駄に頑丈な己の身を呪うがいい!」俺たちが向かうところはけして安全な場所ではないらしい。活人剣を謳う程、俺の剣術は磨かれてはいないが、人を斬るのは抵抗がある。革命なんてしてる場所ということは人がたくさん傷ついて死んでいってるはずの危険すぎる場所だ。それを止めようぜ!なんてヒーローかぶれの任務ではないが、戦地の中心に行く事は間違いないのだ。「所で、君たちに僕の使い魔を紹介したいんだが」と、ギーシュが俺達に唐突に言った。しかし、彼の使い魔らしき影は見当たらない。だが、ギーシュが口笛を吹くと、モコモコと地面が盛り上がり、茶色の巨大モグラが現れた。「僕の使い魔のジャイアントモールのヴェルダンデだ」「肉の焼き方のような名前だな」「ウエルダンではない!僕の使い魔をこんがり焼かないでくれたまえ」「ギーシュ、そのこんがりモグラは地中を進んでいくのよね」「そりゃ、モグラだからね。しかし、地中を進む速さは馬の速さにも劣らないよ」「そのモグラはなんの役に立つんだ?」「そうだね、まず地中にある貴重な鉱石や宝石を見つけることが出来る。青銅以外のゴーレムもそろそろ研究したい僕にとっては助かる能力をもっている。次に、偵察にも便利だね。流石に空を飛ぶ使い魔には一歩譲るが」「偵察要員にしては目立つんじゃないのか?」俺とギーシュが話していると、ヴェルダンデは鼻をすぴすぴとひくつかせ、ルイズに擦り寄っていた。「ちょ、ちょっと・・・」ルイズはドン引きしているが、ヴェルダンデは更にルイズに鼻を近づかせ、今にも押し倒しそうな勢いである。見様によっては少女に巨大モグラが懐いているようにも見えるし、場合によっては少女の貞操の危機にも見える。「おそらくヴェルダンデは君の持つその指輪に興味を示しているようだね」「いいから、この子をどうにかしなさいよ。アンタの使い魔でしょう?」巨大モグラの顔を抑えてこれ以上近づかせないようにしているルイズだが、その細い腕はプルプル震えていた。そろそろ止めろよ、と俺がギーシュに進言しようとしたその時だった。一陣の風が舞い上がり、ルイズに抱きつこうとしていた巨大モグラを吹き飛ばした。「ヴェルダンデ!?誰だ!僕のヴェルダンデを吹き飛ばしたのは!」ギーシュが無様に吹き飛ばされる巨大モグラを見て、涙目でわめいた。朝もやの中から、長身の貴族らしき男が一人、姿を現した。それを見たギーシュは薔薇の造花を掲げようとしたが、貴族の男はすっと杖を引き抜き、薔薇を吹き飛ばした。「おいおい、僕は敵じゃない。姫殿下より、君たちに同行することを命じられてね。女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」その名を聞いた瞬間、ギーシュは驚愕の表情で固まった。しかし俺はそう言われてもピンとこない。正直アンタ誰である。魔法衛士隊って何だろう?ギーシュの表情から考えるにとても凄そうとしか分からん。まあ、王女お付きの部隊の隊長だから実力者であるということは分かる。ま、俺なんぞ足元にも及ばんほどの強さなんでしょうな。という事は生存率が格段に上がる?「すまないね。婚約者がモグラに襲われそうになっているのを見て見ぬふりはできなくてね」ギーシュを見ながらそのイケメン貴族はそのような戯言を言った。こん・・・やく・・・しゃ?OK、状況を整理しよう。この貴族はルイズにまとわり付いていた巨大モグラを魔法で吹き飛ばした。吹き飛ばした理由をこの貴族は「婚約者がモグラに襲われそうになっていたから」と言った。・・・人違いじゃないんでしょうか?髪の色及び長さ、或いは体形が似てたとか。「ワルドさま・・・?」「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」「お、お久しぶりでございます!ワルドさま!」ワルドはルイズに駆け寄り、抱えあげた。その表情は満面の笑みである。ルイズはといえば、頬を染めて、借りてきた猫のように大人しくワルドに抱きかかえられていた。どうやら人違いの類じゃないようだ。まあ、貴族の娘だしな、ルイズは。婚約者ぐらいいても可笑しくないよな。何かラブコメチックな雰囲気をかもし出しているのは腹が立つが。「ふふ、君は相変わらず軽いな。まるで羽のようだよ」「そ、そんな・・・恥ずかしい・・・」甘い。甘すぎる。糖分高の吐瀉物を垂れ流す事が出来そうなほど甘い雰囲気だ。今のルイズは確実に恋する乙女って感じだ。普段のあの凛々しい馬鹿っぷりは微塵もない。ギーシュも微妙な顔でそのいちゃつきぶりを眺めている。泣かせた女の子と仲直りしたとはいえ、現状のギーシュはフリーである。勿論俺も現状彼女いない歴=年齢の漢である。その歴史にピリオドを打つチャンスを今目の前でいちゃついてる娘によって破壊されてしまったことは忘れも出来ない事である。そんな寂しき漢たちにこのような光景を見せるなど、この二人は命が惜しくないのだろうか。そう思っていたら、ワルドがルイズを地面に下ろし、俺たちのほうを見ながら言った。「ルイズ、彼らを紹介してくれたまえ」「は、はは、はい!あ、あの・・・金髪の方がギーシュ・ド・グラモン、黒い髪の方が、私の使い魔のタツヤです」ルイズが交互に指差して言う。ギーシュと俺は深々と頭を下げた。俺はとりあえずギーシュに倣った形だが。ワルドは俺に近寄ってきた。「君がルイズの使い魔か。人とは思わなかったな。僕の婚約者がお世話になっているよ」「いーえ、俺の方こそルイズ『さん』にはお世話になりっぱなしですよ」実際世話になってるしな。厨房の人々と親しくなれたのも、ギーシュと普通に話したりできるのもルイズの力が大きい。何だかんだでルイズには感謝ぐらいはしてます。忠誠を誓う気はないが。目の前のワルドからは、男らしさと気品さが溢れ出ている。今まで見たメイジとは違い、身体も逞しい。十人が見れば十人がカッコいいと認めるんじゃないか?「アルビオンは今大変な事になっているが、何、心配する事はない。君たちはあの『土くれ』のフーケを捕まえたんだ。その勇気があれば、何だって出来るさ」そう言ってワルドは、あっはっはっは!と笑った。自分たちの不安を和らげようとしているのか。周囲の気配りも欠かさないとは流石は隊長を張る男は違うね。今のところ、この男に欠点らしきものは見当たらない。ルイズはいい人と一緒になれるようだな。まあ、しかし、勇気だけじゃ何も出来ないというのはフーケとの戦いで分かっているんだよね。勇気なんてものはただの行動のきっかけでしかない。それすら出来ない人間も結構いるけど。ワルドが口笛を吹くと、靄の中から鷲の頭にライオンの胴体をもった幻獣グリフォンが現れた。ワルドはひらりとグリフォンに跨ると、ルイズに対して手招きした。もう、その仕草が自然でギーシュのように気障っぽくない。ルイズは少し躊躇う素振りをみせたが、ワルドの手を取った。ワルドはルイズを抱きかかえた。そしてワルドはグリフォンの手綱を握り、杖を掲げて叫ぶ。「では諸君、出撃だ!」グリフォンが駆け出す。俺たちもすぐに自分たちの馬に跨り、その後に続いた。俺は前を行くバカップルに対して冷たい視線を浴びせるしかない。ギーシュがこの任務に志願したのは、この任務が成功すれば、アンリエッタ王女に声を掛けて貰えるかもしれないからという理由と、家の名を上げることが出来るかららしい。が、それを説明しているギーシュの表情は終始にやけていたため、多分理由の大部分は前者だろう。どいつもこいつも色ボケばかり。それは依頼した王女もである。ルイズは依頼を受けたときはワルドが同行するなんて知らなかったろうから、単純に家や自分の名を上げるためか、友人の王女のため、あるいは世界のため~とか考えてたのかもしれない。しかし今は完全に恋する乙女モードに突入している。場所が場所なら微笑ましいのだが、マジで場所を考えろよ。何で俺が昨晩ルイズに「俺も行かなきゃ行けないの?」と確認したと思ってんだよ。遊びに行くわけじゃないって事ぐらい昨日の姫さんの話を聞けば俺にだってわかるさ。どう考えても『土くれ』のフーケの件とは危険度はまるで違う。敵ははっきりしていないのだ。場合によってはウェールズ皇太子側と事を構えることもありうる。ワルドはおそらくルイズを守るだろう。ギーシュも自らのゴーレムでなんとか身を守る事も出来るだろう。だが、俺は?魔法は使えんぞ?攻撃が避けやすくなったといっても人間の体力には限界があるんですが。要はワルドが来ようが、俺の生存確率はこのメンバー中で一番低いという訳だ。悲壮感纏ってるの俺だけかよ!チクショー!色ボケは死ね!あ、でもこいつら死んだら俺も死ぬな。やっぱ生きろ。学院長室の窓から、アンリエッタは出発する一行を見送り、その無事を祈った。その隣ではオスマン氏が鼻毛を抜きすぎて鼻血を出している。オスマン氏は少し慌てて鼻血の止血を行った。そのとき、扉が乱暴にノックされた。オスマン氏が「入りなさい」と言うと、慌てた様子のコルベールが入ってきた。「オールド・オスマン!大変です!」「ふむ、どうしたね。ついに君の頭髪に効く魔法でも見つかったのかね?それならばワシに報告せずさっさと試せばよい」「そんなの見つかったら即、試しています!そうではなく、城からの連絡です!フーケが脱獄しました!」「ほう?どうやって?」「門番の話では、さる貴族を名乗る者に『風』の魔法で気絶させられたようなのです。魔法衛士隊が王女のお供で出払っている隙に、何者かが脱獄の手引きをしたのですぞ!」「ほう、それはつまり?」「高い確率で、いえ、まず間違いなく、城下に裏切り者が存在します」「そんな!城下に裏切り者が・・・!?・・・これは間違いなくアルビオンの貴族の暗躍ですわ!」「さて、とはいえワシらに出来るのは今は待つことだけ。すでに杖は振られております。ジタバタしても意味がありませんよ。今は彼らを信じましょう」「何を悠長な事を・・・」「我々が下手に騒げば、今しがた出発した彼らにいらぬ被害を与えかねません。今は信じて吉報を待ちましょう」「ですが・・・」「信じましょう、姫様」オスマン氏がアンリエッタに言い聞かせるように言う。アンリエッタは窓の方に向き直り、遠くを見るような目をして、自分の友人のルイズ達の無事な帰還を祈るのだった。さーて、魔法学院を出発して結構な時間が過ぎた。俺とギーシュは道中、途中の駅で二回ほど馬を交換したが、ワルドのグリフォンはタフなもので全く疲れを見せる様子もなく走っている。「まさかここまでとは思わなかったよ・・・これが魔法衛士隊か」「しかしこの分だとまだ馬を替えなきゃいけなくなるな」「あのグリフォンもよく鍛えられている。息を全然切らせていないし・・・」「まぁ、王女様を守る部隊の隊長が騎乗するんだ。ちょっとやそっとでへばったら決まらないしなぁ~」「今のペースは幾らなんでも速すぎる。僕は少し疲れたよ・・・」「そもそも目的地の港町までどのくらいかかるんだ?」「普通は馬で二日はかかる。だが、今のペースはそのペースを明らかに凌駕してるよ。婚約者にいい所を見せようと張り切るのはいいが、こっちの事も考えて欲しいな・・・」「婚約者ねぇ。そう聞くと本当に貴族なんだーって気がするな」「悪かったね、婚約者がいない貴族で」「お前はいてもどうせ女の子に声かけまくって婚約者に愛想付かされるタイプだな」「恋愛はやはり自由恋愛に限るね。そう思わないか?」その自由恋愛による厄介ごとに巻き込まれてるんだけどね、俺たち。恋愛は自由だが、極力他人に迷惑をかけないで欲しい。恋は盲目なんて言うが、そんな時でも大局的に物を見れる奴が恋愛上手になれるのではないのか?「それより、タツヤ、君は疲れていないようだね・・・」「は?俺は馬を信用してるから。人馬一体というやつだ。体力的にはまだ元気だ。問題は精神的疲労だ。帰っていいか?」「すでに白旗宣言じゃないか!?」前を走るグリフォンからはワルドとルイズの話す声が風に乗って聞こえてくる。主にワルドがルイズに対して愛を囁いている。肩も抱いている。それに対してルイズは照れているのか終始顔が真っ赤だ。どの位会ってなかったんだろうな、あの二人。会えない日が長ければ長いほど再会した時の感情は爆発するものだ。・・・仮に五年位会ってないと仮定すると、何だか危険な香りもするが、それは俺の世界の常識では異常なことだが、こっちではそんなに珍しい事ではないのだろう。安易にこのロリコン貴族が!とは言えないな。そもそもこの世界で『ロリコン』という単語があるとは思えんが。「やはり気になるのかい?ルイズが」ギーシュが何やらニヤニヤしながら聞いてくる。「ギーシュ、前にも言ったよな俺。俺は苦労して漕ぎ着けたデートの当日にルイズに召喚されたと」「・・・すまない、妙な勘繰りをしてしまったようだ」「普通さ、デートをすっぽかした挙句、それからまったく音沙汰無しの男を、別に恋人でもない女が待ってると思うか?」「普通は・・・怒るよ」「ああ、愛想もつかれるな。そして相手にもされなくなる。いつまでも恋人でもない男を待ってくれるような、そんな男に都合の良い女性なんていないよ・・・でもさ、せめて俺は謝りたいんだよ。そいつに。待ちぼうけをさせてしまった事、約束を違えたこと、裏切ってしまった事・・・許されなくても謝りたいんだ。帰れる可能性は低いらしいけどさ」「まあ・・・基本的に使い魔は主の側にいるものだからね・・・」「もし召喚されていなかったら、あの二人のような状態になっていた可能性があったかもと思うと、何とも複雑・・・いやはっきり言って腹立ってくる」「ま、まあ、当事者だからね、彼女は・・・」「あっさり振られでもすれば面白いんだが、あの貴族さんはルイズにぞっこんみたいだし、ルイズもまんざらでもなさそうだ。両思いの奴らの不幸を心底願うのは紳士的じゃない・・・が、感情は許すなと言ってる」「あまり早まった真似はしないでくれよ・・・?」「それは心配するな。あの貴族さんに何かあれば俺が危ない。ルイズに何かあっても俺が危ない。したがって奴らを手にかけることはイコール自殺行為でしかないんだ。それが分かってるから余計にムカつくんだよ。ちょっと殴っていいですか?」「その理屈はおかしい!?」ギーシュを殴ることはしないが、ともすれば、この俺の悲しみにも似た怒りは何処に向ければいいのか。ムシャクシャしたからアルビオンの奴らを適当にぶった斬るほどの腕があるとは俺には思えない。ふと気づくと、グリフォンに乗るルイズと目が合った。その目は勝ち誇ったような目である。何だその目は!ギーシュもそれに気づいたようで、死ねばいいのにとか物騒な事を言っていたが、すぐに正気に戻っていた。あいつら死んだら、俺たち生き残れる確立限りなくゼロだもんな。泣けるな。それから俺たちの予想通り、馬を何回も替えて飛ばした結果、その日の夜のうちに俺たちは第一の目的としたラ・ロシェール入りを果たした。(続く)【後書きのような反省】ラブコメ的空気を目の前で見せられたら殺意も沸きますよ。それが人情ですよ多分。