ルイズの部屋にお忍びで現れたトリステインの王女アンリエッタは、俺の幼馴染にそっくりの少女でした。そんでもってその王女様はルイズの幼馴染的存在だったんですよ奥様!幼い頃の二人は蝶を追いかけ池に落ち、ドレスの嗜好が被ったからといって殴りあいの喧嘩をやったり、そんな幼少時代を共に過ごした仲らしい。なんという血生臭い関係だろうか。「しかし、姫様。そのような昔のことをまさか覚えていらしたなんて・・・」「後にも先にもわたくしに踵落としを決めたのは貴女だけよ、ルイズ」どんな幼児だお前ら。「あの頃は、毎日が刺激的で楽しかった。何も考えず、毎日笑っていられたわ・・・。わたくしは貴女がうらやましいわルイズ。王国に生まれた姫なんて自由も何もないただの籠の中の鳥も同然。飼い主の機嫌であっちへ行ったり、こっちへ行ったり・・・」アンリエッタは窓の外の月を眺めて、悲しそうに言った。籠の中の鳥は自由に大空を羽ばたきたいはずだ。と何かの話で聞いたことがあるが、よくよく考えてみれば籠の中は外に比べ格段に安全である。自由自由と言うが本当に自由になった場合、かなりの行動力がないと生きていく事すら難しい。大抵の場合、自由になったは良いが何をすればいいのかわからん状態になるのだ。そもそも、この姫様はルイズが自由とでも考えているのだろうか。俺としてはお忍びとはいえ、一国の姫が一生徒でしかないルイズの部屋にやってくる方がフリーダムだと思うのだが。お付きの人とか今凄い探してるんじゃないのか?そんなフリーダム王女のアンリエッタは、ルイズに対してにっこりと笑って言った。どう見ても、心からの笑顔ではなく、明らかに無理をしている様子に見えた。「結婚するのよ、わたくし」「それは・・・おめでたい事ではないですか」ルイズもアンリエッタの様子には当然気づいている。その声が若干沈んでいる事も分かっているのだろう。何せ姫をはじめて見た俺でさえ気づくのだ、付き合いがあるルイズが気づかないはずがない。「そう、思う?」そんな死にそうな顔で言われたら「思う」と言えるわけがない。実際ルイズは黙り込んでいる。黙り込むルイズを悲しそうに見つめるアンリエッタ。ふと、彼女と目が合う。ここで彼女はやっと俺の存在に気づいたらしい。「ゴメンなさい、ルイズ。もしかしてお邪魔だったかしら?」ルイズは俺を見ると「ああ」という表情をした。「姫様、彼は私の使い魔です。姫様が考えてらっしゃるような関係ではありません」「使い魔?」アンリエッタが目を何度か擦りつつ俺を見た。「どう見ても人にしか見えませんが」「ええ、人ですわ」「またまたご冗談を。人間が使い魔だなんて聞いたことありません」「ええ、それは私も彼を召喚し、使い魔とするまでは」じぃ~っと俺を見つめるアンリエッタ。どうも信じられないらしい。「・・・はぁ・・・ルイズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね」何処の世界に王族の娘に対して踵落としを決める普通の幼女がいるか。こいつしかいないだろう。「まあ、好きで彼を召喚したわけじゃないんですけどね。・・・予想以上に使えることもありますけど。・・・それより姫様。ただご結婚の報告をするためだけに私を訪ねた訳ではないでしょう?」「やはり分かりますか。ルイズ」「姫様はいつも私に頼みごとをするときは芝居染みた態度をとっていますから。それは昔と全然変わりません」ルイズは微笑んでアンリエッタに言う。「芝居染みている・・・か。敵いませんね。昔から私の嘘はいつも貴女には通用しなかったものね」「お話ください。私に出来る事ならば、私の力が及ぶ範囲でやらせていただきます。それが貴族として、ヴァリエール家の三女として、そして姫、貴女の友人として私が出来る事です」「わたくしを友人と呼んでくれるのね、ルイズ。嬉しいわ。では、今から話すことは、誰にも話してはいけませんよ?」アンリエッタはそう言うと、俺のほうをチラリと見た。「込み入った話になりそうだな。出ようか?」「その必要はありません。メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す理由などありません」「一心・・・同体?」「何事にも例外と言うものはあるわよね」「常識をことごとく打ち破る存在が主なんて凄いやー」「遠まわしに私を非常識扱いしてるわよね、それ」「違うのか?」「否定が出来ない!」「うふふ、仲が良いのね、ルイズ」「お陰で退屈はしませんよ」「それは良い事です。それはいいとして、わたくしの嫁ぎ先はゲルマニアなのですが・・・」「ゲルマニアですか・・・」ゲルマニア人であるキュルケの実家とルイズの実家は今まで色々あった為か、ルイズとしてはゲルマニアに良い感情を持っていない。「そう、でも仕方ないのよ。同盟のためですから。今のハルケギニアの情勢は良いものと言えないわ。アルビオンの貴族が反乱を起こし、現王室は今にも倒れそうなの。反乱軍がアルビオンを陥落させたら・・・次に攻めてくるのはおそらくトリステインだわ」「成る程、それに対抗するため、軍事力豊かなゲルマニアとの同盟が必要だ・・・という訳ですか」「ええ、両国の同盟は反乱軍が最も望まないことでしょうから。したがって、この婚姻を妨げるための材料を今、アルビオンの貴族連中は探しているでしょうね」「破談に出来ればゲルマニアを取り込めるかもしれないしな。アルビオンの貴族とやらは」「そうなるとトリステインを陥落させるのも容易いと考えてるんでしょう。随分舐められたものね」「とはいえ戦も喧嘩も基本的に数の差が勝負の決め手になるからな。そのゲルマニアの豊かな軍事力は両軍の生命線ともいえる存在だろうなぁ。まあ、他の国の軍事力を共に当てにしてるってのがなんとも情けないんだが。しかし、それも妨げるための材料がなければ無用の心配だろ」俺はそう言って気づいた。ルイズも察したようだ。なんとも言えない表情でアンリエッタを見て、「ま、まさか、姫様の婚姻を妨げるような材料が存在するのですか?」気まずい沈黙が俺たちを包む。「だって、こんな反乱が起こるとは思わなかったんだもの!私に落ち度はないはずよ!?」「「あるのかよ!?」」俺とルイズは同時に突っ込んだ。「姫様!一体何なんですかそれは!言ってください!」「・・・・・・わたくしが以前したためた一通の手紙です」「手紙?」「そうです。それがアルビオンの貴族たちの手に渡れば、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」「それはどんな内容の手紙ですか?」「言えません。ただ、それを読めばゲルマニアの皇室はわたくしを許しはしないでしょう」「若気の至りで書いた凄いゲルマニアの悪口を散々書きなぐったメモとか?」「書きません!」「タツヤ、メモは手紙とは言わないわ」「ああ、うっかりしてたぜ」「突っ込みどころがおかしいのではありませんか・・・?」「では、その手紙は今何処にあるのですか?」ルイズが尋ねると、アンリエッタはばつが悪そうに言った。「それが・・・私の手元にはないのです。実は・・・手紙はアルビオンに・・・」「敵地じゃないですか!!!」「い、いえ、手紙を持っているのはアルビオンの貴族ではなく、反乱軍と戦っている王家のウェールズ皇太子が・・・」「プリンス・オブ・ウェールズ?あの凛々しい王子様に何故手紙を・・・」「そりゃルイズお前、可憐な姫様の手紙をその凛々しき王子が持っていて、その手紙の内容は姫様が嫁ぐゲルマニアが見れば怒りを買うのは確実とくれば普通分かるだろ」「ま、まさか・・・」「ラブレター、所謂恋文だろ?」俺の導いた答えにアンリエッタの顔が真っ赤になる。ルイズが全身の力が抜けたようにがくっと肩を落とす。「何だか馬鹿馬鹿しくなってきたわ・・・」「戦争の火種は一通の恋文。ロマンチックだが、後に残るのは悲惨な結果だと思ったら笑えないなおい」ルイズはアンリエッタに対して疲れた様子で言った。「それで・・・姫様。私に何をさせようと考えていたのですか?」「もう、ごまかすつもりはありません・・・ルイズ、貴女にはアルビオンに赴いてもらい、ウェールズ皇太子にこの手紙を渡していただきたいのです」「姫様・・・あの、アルビオンは現在革命の真っ最中ですよね?」「そうですね」「この手紙は何でしょう?」「私の想いを込めた手紙です」「開き直りましたね、姫様」「自分の気持ちには嘘は付けません。やはり、人は正直に生きるべきです」「正直行きたくありません」「ルイズ」「はい」「わたくし達、友達ですよね?そう言いましたよね?貴女は先程」「う・・・」にっこりとしながらルイズを追い詰めるアンリエッタ。鬼である。ルイズも反論する時なのに、何か弱みでも握られているのだろうか?なんにせよ、たいした友情である。だが、すぐにアンリエッタは真剣な表情になる。「ルイズ、この任務にはトリステインの未来がかかっています。私は貴女ならばこの任務必ず果たしてくれると思って頼みに来ました」「姫様・・・」「土くれのフーケを捕まえた貴女なら、きっとこの困難な任務もやり遂げてくれると信じています」それは心底ルイズを信じている表情だった。ルイズも渋々といった表情で、「分かりました。その任務、お受けいたします」と答えた。アンリエッタは微笑んだ。「では早速明日の朝にでも、ここを出発いたします」早速明日出発かよ!?心の準備とか一晩でやれと言うのか!・・・ん?「ルイズ、やっぱり俺も行かなきゃいけないのか?」「この話の流れでアンタが行かないと言う選択肢なんてないんだけど」「だよねー」やっぱり俺も付いていかなければならないようである。そりゃそうだ、使い魔と主は一心同体らしいし。「使い魔さん、わたくしの大切なおともだちをどうぞこれからもよろしくお願いします」俺としてはこれからもよろしくされては少し困るのだが。この顔と声で頼まれると断るのは少し躊躇われる。そうすると、アンリエッタはすっと左手を差し出した。何だ?お手?犬扱い?泣くぞオイ。何のサインだ?「姫様・・・」「いいのですよルイズ。この方はわたくしのために働いてくださるのです。忠誠には報いるところがなければ」別に姫様のために働くつもりは全くないし、そもそも他人のラブレターを届けるメッセンジャーみたいな役割なんぞ馬鹿馬鹿しくてやってられんのが本心である。しかも届け先は現在戦いの真っ最中とかヤバイ匂いがプンプンする。一歩間違えば死ぬわ!それよりも、アンリエッタは左手を差し出して何がしたいんだろう。ダンスでもするのか?そんな悠長な。「タツヤ、姫様はアンタにお手を許して下さっているの。お手を許すってのは、砕けた言い方をすればキスしていいって事よ」「マジか!?キスってお前、王家ってそんなに奔放なのか!?」「何をウキウキしてるか予想はつくけど、キスって言っても唇じゃないから!手の甲にするのよ!」「現実なんてそんなモンだよねー」「しようと思ってたのかよアンタは・・・」「いや、もしかしたらそういう意味かなーと思っただけだ。ウキウキしたのは否定せんが」「正直なのは美徳といえるけど、何か違う気がするわ。ほら、折角姫様がお手を許してるんだから・・・こんな事は貴族ですらめったにないことなのよ?」「うん、折角だけどキスしない」「は?何言ってんのよアンタ。」「想い人がいる女性に対して、手の甲とはいえ口付けするのは紳士的じゃないしな」「うわ、出たよエセ紳士発言。言ってて恥ずかしくないの?」「恥ずかしくないね。こればっかりは」「無駄に爽やかに言ってるのが腹立つわね~・・・申し訳ありません姫様、こんな馬鹿な使い魔で」「いいのですよ、ルイズ。彼の言っている事は間違ってはいませんから」アンリエッタはそう言うと、右手の薬指から指輪を引き抜き、ルイズに手渡した。「『水のルビー』。母君から頂いたものですが、せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払っても構いませんから・・・」「絶対売りません。約束します」ルイズはそう言うと、深々と頭を下げた。「ところで姫様、お忍びの格好で来たと言うことは、お付きの方に黙ってきたんですよね」「忘れようとしていたのに・・・貴方は意地悪なのですね、使い魔さん・・・どうしましょうか?」「全くその辺は考えてなかったのか・・・」「泊まるというのは困るんですが」「そんなひどい!ルイズ、私たち友達でしょう!?」「私の首が飛びます!!」何か口論を始めた。ここは幼馴染同士、二人きりにしてやろう。俺は部屋を一旦出ることにした。「・・・・・・で、お前はなんでいるんだ」部屋から出ると、虫の息のギーシュがいた。「ハァッ・・・!ハァッ・・・!姫様の行方を追っていたらここに辿りついたんだ・・・み、水をくれ・・・」「今まで何やってたんだお前は」虫の息のギーシュに肩を貸し、厨房に向かった。幸いまだ人がおり、ギーシュが乾きにより若い命を散らす事は避けられた。本当に今までどこで何をしてたんだこいつは?ギーシュがアンリエッタからの任務に同行すると言い出したのはそれからすぐの事だった。【続く】【後書きのような反省】ルイズさんもアンリエッタ姫もまだ未熟なのです。勿論オリ主は言うまでもなく。まあ、一番の未熟者は私なのですが。