朝である。朝食を終えて教室に入った俺達にクラスメイトたちはややざわめく。何せルイズはフーケを捕まえた捜索隊のメンバーである。貴族を恐怖させていた土くれのフーケを捕まえた貴族の少年少女・・・それは大変な騒ぎだった。ルイズを取り巻く周りの視線も変わった。侮蔑と嘲笑の視線もまだなくなったという訳ではないが、憧れや憧憬の視線がちらほら見受けられるようになった。初めは何だか照れていたルイズだったが、今は、『やっと時代が私の偉大さに気づいたようね』などといった意味不明な供述などをして、完全に調子に乗っていた。彼女の話によると、彼女の実家からもルイズの偉業を喜ぶ連絡があった様で、ルイズは結構感動したそうだ。つまり、ルイズはフーケを捕まえたことにより、周囲に一目置かれる存在になったのだ。一方の俺の評価だが、微妙である。とりあえずフーケの捜索隊に参加したことは知られているのだが、目に見える褒美がないせいか、たいした活躍をしていないのではないかと思われているらしい。よくよく考えたら、あの場で俺がやったのって主に囮ばっかりだしな・・・フーケを昏倒させる一撃を喰らわせたのは俺だが、アレはキュルケやタバサがフーケの注意を引いてくれてたからだし。まあ、あの場にいた皆は、『アンタがいなかったら私もギーシュも踏み潰されるだけだったわね』『君にゴーレムの注意が向いていたおかげでワルキューレに指示が出しやすかった』『最後に美味しい所を持っていかれたようね。抜け目ないのね、貴方って』『ゴキブリ退治・・・有難う』と、一応労ってくれたのが救いである。あの一件以来、ギーシュはともかく、キュルケは気さくに俺に話しかけてくる。タバサは相変わらずではあるが。それにこの四人には申し訳のない事をしてしまった。この四人、『フリッグの舞踏会』で俺を探していたらしいのだ。そうとも知らず、俺は厨房でマルトーさん達と談笑していた。もう謝ったが。ちなみにルイズがドレス姿で厨房にやってきた話をしたらギーシュとキュルケは腹を抱えて笑っていた。タバサは相変わらず本を読んでいた。まあ、とりあえずこの四人やマルトーさん達厨房の人々、それに学院長は俺を評価してくれているのでこれ以上を望むのは贅沢だろう。「で、ギーシュ、どうしたその顔。蜂にでも刺されたか」「そんなに腫れているのか・・・僕の顔は・・・」フーケ逮捕の英雄の一人でもあるギーシュ・ド・グラモンの顔は某アンパン(つぶあん)ヒーローの顔の如く丸々と腫れていた。かつて自らを薔薇のようと評したその小奇麗な顔には引っかき傷やら痣やらが見受けられる。いや、それほどの傷、魔法で治せるだろう?「ようやく、仲直りしたんだ。モンモランシーとね」「その結果がそれか」「随分と泣かれてしまったよ・・・この顔は彼女が負った心の傷だ。魔法で治せなどはしない」「顔に一生傷が残ったらどうする」「それは魔法で消すに決まっているだろう」「随分と安い心の傷だな」「聞こえんね。今の僕はもう恐怖に怯えて部屋に帰らなくていいから、都合の悪い言葉は聞こえないんだ」なんとも調子のいい男である。そう思っていたら、教室の扉がガラッと開き、長い長髪に漆黒のマントをまとった若い男の先生が現れた。生徒達は一斉に席に着いた。あ、やべ。思わずギーシュの隣に座ってしまった。まあ、ルイズは見えるところにいるからいいか。「では授業をはじめよう。諸君も知っての通り、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ。諸君、最強の系統とは何だと思うかね?」「虚無、じゃないんですか?」生徒の一人が答える。ギトーは「伝承ではそうだな」と答えた上で、「伝説上の話は確かにロマン溢れるが、ここでは現実的なものを答えて欲しかったな。では、ミス・ツェルスプトー。君はどう思うかね?」「『火』に決まっていますわ。ミスタ・ギトー」「ほほう、それは何故かね?」「全てを燃やし尽くすのは、炎と情熱ですわ」キュルケは違いますか?とでも言いたげにギトーを不敵に見る。ギトーは「君らしい意見だね」と言って、「では、この私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてみなさい」と、あっけらかんと言った。ざわつく教室内。俺とギーシュは『火』が最強であるというキュルケの説の考察(?)をしてみた。「火かぁ・・・とりあえず水かけたら消えるよな」「強い風が吹けば消えるんじゃないのかい?」「いや、消える事もあるけど、燃え広がることもある。そういや、火に大量の砂を被せたら消えるな」「そもそも最強が何なのか論議するのが馬鹿馬鹿しい事かもね。メイジなら自分の扱う属性が最強と信じてるからね」「とりあえず、最強は何だということは置いといて、人体の構成成分の大半が水だから水は大事ってことで」「そうだね、水は大事だね・・・治癒魔法は水系統だからね。そう考えれば水は大事だね」最強が何なのかは各メイジの判断として、とりあえず水は一番大事で、次点は土であるという結論に行き着いた。俺たちが系統の重要度をランク付けしている間、キュルケはギトーに確認するように言った。「火傷じゃすみませんわよ?ミスタ・ギトー」「構わんよ。全力できたまえ」キュルケは胸の谷間から杖を抜く。その豊満な胸が杖を抜いた拍子にぷるんとゆれる。グレイト。キュルケの炎のような赤毛が、ぶわっとざわめき、逆立つ。何だか炎のようだった。杖を振れば、キュルケが目の前に差し出した右手の上に、小さな炎の玉が現れる。彼女が呪文を唱え続けると、その玉はどんどん大きくなった。生徒達が慌てて机の下に隠れる。ただ、ルイズやタバサなど、一部の避難していない例外はいたが。「君は避難しないのかい?タツヤ」机の下に隠れたギーシュが俺に聞く。「どうなるのか見たいんだよ。隠れてちゃよく見えないだろ?」ギーシュはしばらく考え、机の下からモゾモゾ出てきた。「うむ、平民である君が堂々としているのに、貴族である僕が隠れるわけにはいかんな」と、自分に言い聞かせるように呟いていた。嫌なら隠れてればいいのに・・・キュルケは手首を回転させた後、右手を胸元に引きつけ、炎の玉を押し出した。炎の玉が自分めがけて飛んでくるというのに、ミスタ・ギトーは全く落ち着いた様子で、腰に差した杖を引き抜き、そのまま薙ぎ払うかのごとく振った。その瞬間、まさに烈風というにふさわしい風が舞い上がる。「あ、しまった、少しやりすぎたか」おい、やりすぎたって何だ。成る程、ギトーのおこした風はキュルケの炎の玉はかき消した。それは良い。問題はその向こうにいたキュルケが俺やギーシュのほうに吹っ飛んできたということである。「メイジバリア!」「僕を盾にするな・・・ってがふっ!」「ごふ!?」「きゃ!?」よくよく考えたらギーシュを盾にしたことでギーシュの重さ+吹っ飛んできたキュルケの衝撃がモロに俺に伝わる。結局一番ダメージを受けるのは俺だった。うめき声をあげる俺やギーシュに対して、キュルケは、「あ、ありがとう・・・」何故かしおらしかった。いえいえ、困ったときはお互い様だ。困ってるのは俺だが。早くどけお前ら!重い!「な、なにやら大惨事になってしまったな、すまない」と、ギトーは俺達に謝る。そしてキュルケが自分の席に戻ったのを確認して、「まあ、このように炎は風で薙ぎ払う事が出来る。逆に炎が風を飲み込むこともあるがな。まあ、その場合は大抵実力差がありすぎるときだな。もはや御伽噺の中の存在の『虚無』は語るだけ無駄として、一応私は風使いのメイジの視点から『風』の強さを語らせてもらう。風が最強と言うと煩い方々がいるからね。『風』系統の強みは、まず、見えないということだ。まず、これが「火」「水」「土」と違う点だな。見えないということは「風」の攻撃は何処から来るのか分からない、つまり避けにくいということだ。これは戦いにおいて結構有利な事だ。また、防御の面でも、見えない盾として役立つ。相手の意表もつくことが出来るしな。奇襲対策にはもってこいの属性といえるだろう」一見何の装備もしてないからといって、襲い掛かってみたら、実は風の盾を展開していて、返り討ちにあった盗賊やらはこの世界には多いらしい。「また、風の魔法はとにかく速さが特徴だ。これも他の属性とは違う点だな」まあ、イメージ的にも風は速いという印象があるし、実際そうなのだろう。「ただまあ、一般的に風の魔法は炎の魔法に比べて攻撃の威力は乏しいし、防御面でも土には劣る面が結構ある。水のように回復や補助も豊富という訳でないしな。だが、前衛や後衛両方こなせる万能な属性ではある。まあ、あまりに強力なメイジの場合、そんなの関係はないのだろうが、そんな存在は本当に一握りだ。まあ、極めればこの上なく便利な属性だよ、風属性は。モンスターなどの討伐などで討伐隊を組むときは必ずいる存在だからね。水と同じく」見えない攻撃、見えない防御は確かに厄介である。炎ほど威力はないといったが、それは手数で何とかするタイプの魔法なのだろう。風体系の魔法というものは。暗い感じの先生だったが、言ってる事はなかなか興味深いものがあった。それぞれ長所があり、短所がある。なかなか奥深いものである。俺が授業に感心していると、教室の扉がガラッと開き、緊張した面持ちのミスタ・コルベールが現れた・・・のだが、どうにも様子が変であった。彼のさびしかったその頭は、今はロールした金髪姿。だが、何故かずれていた。服装は何故か煌びやかで、妙にめかし込んでいた。その滑稽な姿を見たギトーは、「一体何の冗談だ?」とばかりに眉をひそめた。「授業中に仮装姿で乗り込んでくるとは感心しませんな、ミスタ・コルベール」「仮装じゃありません!」「服装は百歩譲って良しとしますが、その頭部はどう見ても真実の貴方の姿ではないでしょう?」「見栄を張ったっていいじゃないですか!?」くすくす笑いが教室を包む。ギトーはもう完全に呆れている。「それで、ミスタ・コルベール、用件は何でしょうか?」「そうでした、皆さんお伝えしなければならないことがあります。まず、今日の授業はすべて中止であります!」コルベールがそう言うと教室中が歓声に沸く。その歓声に対してコルベールは「まあまあ」と両手で鎮めるような仕草をして続ける。「本日は、始祖ブリミルの降臨祭にならぶ良き日となります。なぜなら、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされるからです」コルベールの発言に教室がざわめいた。あのルイズでさえ驚愕に目を見開いている。ふ~ん、姫が来るってやっぱり珍しいし、本来ありえないことなんだなぁ。姫が来るから学院生徒総力を挙げて歓迎しろと。「あのさ、ギーシュ」「なんだい?」「もしその姫さんが、ここの授業風景を見学するためにこの学院に来たとしたらさ、俺らが今からしようとしてる事って逆効果じゃないのか?」「その発想はなかったな。ふむ、姫殿下の目的がそうなら君の言うとおり生徒全員が門に整列しに行くのはおかしいかもな」「舞い上がってるのよ、皆」ルイズがいつの間にか俺たちの会話に入ってきた。その表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。「こんな事ないからね。それこそ人間が使い魔として召喚されるぐらいに」「成る程、つまりお前は俺の存在はまさに奇跡の様なものだと言いたいのか」「そしてその奇跡を起こした私は正に奇跡の女として後世に語り継がれるのよ」「君たち、自分で言ってて悲しくないのかい?」「「自分を薔薇と言う奴に言われたくない」」「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」数分後、忘れ物をとりに教室に戻って来たモンモランシーが見たものは、頭を抱えて唸るルイズと達也とギーシュの姿だった。モンモランシーは少し考えた後、口を開いた。「あなたたち、遊んでないで早く正門に行くわよ」「「「はい」」」四人は、アンリエッタ姫を出迎えるために、急いで魔法学院の正門に向かうのであった。 (続く)【後書きのような反省】ルイズさんの出番が少ない話になってしまった・・・ギーシュ君はルイズさんとは違う男性としての説明ポジションかと思ったけどそんな事は全然なかった。