「んで、盗賊退治に行くから、武器がいるのは分かった。だがよ、小僧。何で俺を持っていくんだ。実戦用の剣買ったばかりじゃねえか」馬車に乗る俺の背中で喋る剣が愚痴る。「武器なら何でも良かった。今では反省している」「何処の非行少年だお前は!?」「未熟者に刃物を持たせたら危ないと思わんかね」「俺も一応剣なんだがね」喋る剣・・・デルフリンガーの言うことは最もであるが、俺としてはコイツの知恵が欲しいと思う事態がありそうだからこのマダオソードを持ってきたのだ。俺に本格的な戦闘経験などほぼ0に近い。ギーシュのあれは喧嘩のようなものだ。この喋る剣がどれほどの修羅場を経験したかは知らないが、いないよりはましである。錆びの多さは生きた年数だと思うし。「ところで」ギーシュが口を開いた。「ルイズはどうしてこの泥棒退治に志願したんだい?」「決まってるでしょ。あのゴーレム、私の失敗した魔法でついたヒビを狙って攻撃してたわ。それってつまり、ヒビが無ければあの壁を破る方法がなかったって事でしょ」「罪滅ぼしのつもり?きっかけを作っちゃったから~とか?」「自分の不始末は自分で何とかするわ。私はね。あんた達だって何で志願したのよ」「現場にいて、犯行を見て、何もしない訳にはいかないだろう?貴族として」「同じような理由よ。昨日はビビっちゃったけど、手札が分かれば大体戦い方は分かるわ。タバサは?」「心配」「あんたって娘は・・・その友情におねーさん感動したわ」微笑ましい友情を見てミス・ロングビルは微笑んでいる。その手は手綱を握っている。オスマン氏の秘書でもある彼女の過去は先程キュルケが尋ねたが、ルイズが淑女のすることじゃないと嗜め、俺やギーシュが、女性は秘密を重ねる事で美しくなるみたいな事を言えば、彼女はなるほどと言って、ロングビルに対する過去の詮索をやめた。このようなにぎやかな馬車内でタバサはずっと本を読んでいるだけで、会話にはあまり参加しなかった。馬車が深い森に入ると、ロングビルの指示でここからは歩きに。小道を歩いていくと、開けた場所に出た。魔法学院の中庭程度の広さの場所には廃屋があった。朽ちた窯と、壁板が外れた物置が佇んでいるのが印象的だった。俺たちは小屋からは見えないように、森の茂みに身を隠したまま廃屋を見つめた。「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいると言う話です」ロングビルが廃屋を指差して言った。人の気配は無い。普通に考えて、あの中にフーケがいるのなら奇襲が一番である。「まずは偵察が必要よね。中にフーケがいれば・・・」「これを挑発して外におびき出す。そして出た瞬間・・・」「皆で一気に攻撃という訳ね」「・・・で、偵察兼囮は誰がやるんだ?」「すばしっこいのが望ましい」俺の疑問にタバサが答える。全員の視線が交差する。俺とルイズはギーシュに。ギーシュとキュルケとタバサの視線は俺に。「さあ、一緒に行こう、ギーシュ君」「多数決じゃないのか!?」俺はデルフリンガーを鞘から抜き、両手で持った。その瞬間またあの例の怪電波が脳内を駆け巡った。『【デルフリンガー】:昔はすごかったし、凄い人も使っていたけど、今は錆びまみれのまるでダメなオンボロ剣としての剣生を送る喋る剣。こいつに輝いていたあの頃を思い出させるのは今後のあなた次第。でも長く生きてきた分知識はあるので、戦術の師匠としても使えないことも無い。最近物忘れも激しいが』良いのか悪いのか判断に困る評価である。昔は凄くても今がダメならどうしようもないのでは?でも、輝いていたあの頃って何?思い出したら何か良い事でもあるのだろうか?そういえば、今気づいたが俺の左手のルーンがやたら光っている。怪電波はコイツのせいか?「そろそろ中が見える位置だ」ギーシュの声で気を引き締める。「しかし、ギーシュ。これじゃ夜這い同然だな」フーケが女である事は分かっている。年齢はどうかなんて二の次だが、老婆があんな可愛らしい白のパンティを履いていたら俺は自殺する。「夜這いではない。これは犯罪者の動向を調べる気高い捜査なのだよ」と、言っているが、口元がにやけているのはもはやご愛嬌か。婦女子がいるかもしれない部屋を覗くのはなんだかんだでドキドキするのだ。俺たちは気合を入れ、淡い期待を持って窓から顔を覗かせた。結論から言えば部屋の中には人の気配もないし、人が隠れる場所も無かった。「「俺(僕)たちのときめきを返せ・・・・・・」」しばらく悲しみをギーシュと共有した後、俺は皆に「誰もいなかった」場合のサインを送る。隠れていた全員が近寄ってきた。「人の気配は無いな」俺がそう言うと、タバサは自分の身長より高い杖をドアに向けて振った。「罠はないみたい」そう言って、ドアを開けて中に入っていく。・・・・・・と、そこで固まる。「どうしたの?タバサ?」キュルケの問いにタバサは壊れたブリキ人形みたいな動きで、ある一点を指差す。タバサが指差す先には・・・一匹見つけたら三十匹はいると考えたほうが良い奴がいた。「ゴキブリだな」「ゴキブリだな」俺はともかく、ギーシュもゴキブリは平気なようだ。「人間の宿敵ね」「タバサ・・・まさか・・・」「ゴキブリ・・・生理的に嫌」あの反応が薄い人形のようなタバサが今はゴキブリ一匹に冷や汗だらだらである。かといって、魔法で殺すわけにはいかない。仕方がない。これは仕方がないのだ。「せいっ!!!」「ちょ、待て小僧ッ!?」喋る剣が何かいったような気がするが無視だ。女の子の脅威は速やかに取り去る・・・紳士とはそうあるべきである。「結構長く生きてきたけどよ・・・まさかゴキブリを叩き殺す身になるとは思わなかったぜ」「よかったな。貴重な体験が出来て」「ありがとよ!死んでしまえ、畜生!」「老衰で死んでやる」喋る剣とのアホな漫才はこの辺にして、小屋の中を探す事にした。ギーシュは外を見張る役になった。ミス・ロングビルは辺りを偵察すると言って、森の中に消えている。そして間もなく、タバサがチェストの中から、破壊の玉を見つけ出した。「破壊の玉」タバサは無造作に拾い上げ、皆に見せた。「あっけないわねー」とキュルケが言うが、俺はそれを見た瞬間驚いた。何で異世界にM26手榴弾があるんだ?それ、対人用兵器だぞ?下手に扱ったら大怪我どころじゃないぞ?俺たちの世界ではベトナム戦争でも使われたこともある兵器の登場に俺は戦慄する。いや、俺もたまたまテレビで見たことあるから知ってるだけだけどね。使ったことは勿論無い。使いたくも無い。「皆!外に出ろぉ!!」突然ギーシュの叫びが聞こえたので、俺たちが一斉に外に出ようとすると、ばこーん!と小気味良い音を立てて、小屋の屋根が吹っ飛んだ。屋根が無くなった後の俺たちの視界には、青空をバックに、フーケの巨大ゴーレムがこんにちはである。タバサが真っ先に反応し、杖を振って呪文を唱えた。同時にキュルケも呪文を唱える。巨大な竜巻と火炎が合わさり、まさに炎の渦状態だが、「まあ、あのくらいのデカイ『土』のゴーレムには効果ないわよね」と、ルイズが言うとおり、ゴーレムには全く効いていないようだった。「わかってるわよ!」キュルケが怒鳴る。「一時退却」キュルケとタバサは一目散に逃げ出した。逃げ足は凄く速いな。「俺たちも安全なところに行くぞ!」「でも、あいつを捕まえれば・・・」「目先の欲にくらんでどうする!」「ギーシュ、それは先程までワクワクしていた俺たちが言えることじゃない」「いや、ごもっともだね」「要は相手は土なんだから、結構脆かったりするのよ」「しかし、相手は土くれのゴーレムだぞ?」ゴーレムは俺たちを狙っている。俺たちは逃げながら作戦を考えている状態だ。「脆い土ならなんで魔法学院の壁を破壊できるんだ?」俺の疑問にルイズはハッとした。「それよ!フーケのゴーレムはおそらく攻撃の瞬間にゴーレムの手を鉄のような堅いものに錬金しているのよ!」「だから、学院の壁を破壊できたのか・・・成る程、錬金のエキスパートのフーケなら普通に可能だね」「錬金か・・・ギーシュ、お前今、ワルキューレを何体出せる?」「8、9体がおそらく今の僕の限界だろうけど・・・それがどうかしたのかい?」「向こうが錬金で戦うなら、こっちも錬金で戦うまでさ!全力でな!」俺はルイズやギーシュに今考えた作戦を教えた。巨大ゴーレムはでかいが動きは速くない。動きだけなら、ギーシュのゴーレムの方が格段に速い。攻撃を避けるだけなら、出来る!と、俺は判断した。「出ろ!我が青銅の戦乙女たち!」ギーシュが薔薇を振ると、一挙九体の青銅のゴーレム、『ワルキューレ』が俺の前に現れた。今度は味方同士だ、よろしくな。「行け!」ギーシュの号令と共に走り出す俺と戦乙女たち。目標は巨大ゴーレムである。瞬間、攻撃が来ると感じた。とっさに左に避ける。直後、先程まで俺がいた場所にゴーレムの大きな拳が落ちる。「やるじゃねえか、小僧!ま、遅い攻撃だしな」喋る剣が俺を誉める。どういたしまして。実際ゴーレムの攻撃は遅いため、避けるのは楽である。しかし、どういうわけか、ゴーレムは俺ばかり狙っているように見える。ワルキューレを指揮しているのは俺ではなくギーシュだ。ギーシュを狙えよと思う。だが、まあ作戦的には俺を狙った方がいいんだよね。動きの速いワルキューレたちは、すでに巨大ゴーレムの足や下腹部辺りにまとわり付いている。その度に振り払われ、またまとわり付く。怪力のゴーレムの足止めにもならない行動であるが、それの繰り返し。ゴーレムもしばらくするとワルキューレ達を振り切ろうともせず、ひたすら俺を狙い始める。土のゴーレム相手に健気に手刀を突き刺すワルキューレたち。そんな攻撃がワルキューレに効くはずも無い。そんなことはいくら俺でもわかるし、ギーシュもわかっている。ギーシュの錬金だけでは、このゴーレムは倒せない。1人の力で足りないのなら、もう1人を追加すれば良い。その瞬間、青銅のワルキューレたちは大爆発した。ゴーレムの身体中を這い回っていた戦乙女達の強烈な捨て身の一撃は、ゴーレムの右腕をもぎ取り、胸の辺りを大きくえぐれさせ、下半身を完全に吹き飛ばすほどの威力だった。下半身を失ったゴーレムは左手をしばらく動かしていたが、やがて動かなくなった。そして、ゴーレムはただの土の塊に戻っていった。後に残ったのは疲労困憊した俺とギーシュ。「はぁ・・・はぁ・・・流石に・・・キツイわね・・・」そしてワルキューレたちに錬金の魔法を施した我が主、ルイズのみであった。ゴーレムはひとまず何とかなった。だが、操ってるはずのフーケは・・・?そう思っていたら、「お疲れ様・・・そして・・・」茂みの中から今まで偵察に行っていたはずのミス・ロングビルが現れた。ロングビルは杖を俺たち三人に向けて、その優しそうだった目を猛禽類のような目つきに変えて、「さようならね」と、言った。ルイズが震える声でロングビルに聞く。「・・・どういうことです?」「まず、私のゴーレムを破壊した事は誉めてあげる。でもね、それじゃあ合格点はやれないのよ・・・」「私の・・・ゴーレム・・・?・・・はっ!まさかとは思ったけど、貴女が土くれのフーケだったんですね・・・!ミス・ロングビル!」ミス・ロングビルは眼鏡を外し、にやりと笑う。其処にはもう理知的な女性の雰囲気は皆無だった。美人の女盗賊ね・・・漫画とかではよく見るけど実際いるとはね。ま、俺にとってもここは漫画みたいな世界だが。「そうよ、ミス・ヴァリエール。私はね、破壊の玉を盗んだはいいけど使い方が分からなかったのよ。だから私はあなたたちに使わせて、使い方を知ろうと思ったんだけど・・・どうやら誰も知らなかったみたいだから、踏み潰して、次の連中を連れてこようと思ったんだけど・・・まさかゴーレムを破壊するなんてねェ」くっくっくと哂うフーケ。ルイズとギーシュはそんなフーケをキっと睨む。「でも、ゴーレムはまだ作れるわ。残念だったわね。あなた達を踏み潰した後、残りの逃げた二人も始末して、学院に命からがら帰ったふりでもして、また破壊の玉の使い方を探るとするわ。じゃ、さよなら。短い間だったけど、楽しかった」フーケが杖を振ろうとしたその時、フーケに炎が伸びてきた。「!!?・・・しまった!?隠れていたの・・・!?」「私たちが素直に逃げるわけ無いでしょう?ミス・ロングビル?いえ、『土くれ』のフーケ」「喋りすぎ」杖を構えるタバサとキュルケ。彼女たちの一挙一動に気を配るフーケ。普通にやれば自分は負けない。しかし、このタバサという少女がどうも読めない。若くしてシュヴァリエになった実力は侮っていけない。ピリピリとした緊張感が三人の間を駆け巡る。何とか隙を見つけなければ・・・!ところで、人はあまりにも一つのことに集中すると、周囲の雑音もあまり気にならなくなる。それどころか雑音があった方が集中力が上がる場合もあるのだ。現在のフーケ、キュルケ、そしてタバサが正に今この状態である。この三人は目の前の敵の事で頭が一杯である。フーケの不注意は、キュルケたちの奇襲を学んでないまま、キュルケたちに集中したことだった。結果、疲労状態から回復した達也が自然体で近づいたのにも全く気づかずに、背後よりの一撃であっけなく昏倒してしまったのは誠に残念な限りである。なお、フーケを昏倒させることに成功した達也はというと、「俺って影が薄いんだろうか・・・」と、若干傷ついていた。こうして、貴族たちを震撼させた『土くれ』のフーケは四人の貴族の少年少女と一人の平民の使い魔によってわりとあっけなく捕まってしまった。まあ、物事の終わりなんてものは豪華な方が珍しい方であるから、こんなものなのかもしれない。「・・・まさか、ミス・ロングビルが土くれじゃったとは・・・結構有能だったから惜しいのぉ・・・」「普通ならすでにセクハラやらなにかで王室にとっくに報告されていますものね」学院長室で俺たちの報告を聞いていたオスマン氏が、残念そうに言うと、コルベールが冷たい目でオスマン氏に言った。それを聞いたらなんだかフーケが気の毒になった。「そうじゃろ?結局王室に報告せず、尻を撫でても怒らない。胸を揉んでも三回位は許してくれる。どう考えても惚れてるんじゃないのこの人って思うじゃろ」「おめでたい考えですね」コルベールはあくまで冷たい返答である。女性陣や俺やギーシュでさえもこの学院長には呆れている。学院長はそんな俺たちの視線を見て、「あんまり熱っぽい目で見んといて」とのたまった。凄い殴りたい。オスマン氏は咳払いをして、厳しい顔つきで俺達にフーケの捕縛と、破壊の玉の奪還の礼をした。オスマン氏の話によると、フーケは城の衛士に引き渡され、破壊の玉は宝物庫に戻ったものらしい。そしてオスマン氏はルイズとキュルケとギーシュにシュヴァリエの爵位申請を、すでにシュヴァリエのタバサには精霊勲章の授与を宮廷に申請したらしい。それを聞いた俺を除く四人はぱぁっと顔を輝かせていた。ルイズなんか泣きそうである。貴族ではない俺には何も無かった。泣きそうになった。今日の夜は『フリッグの舞踏会』という催し物があるらしい。破壊の玉が戻ってきたので予定通り執り行うらしいが、俺は踊る気分ではなかった。舞踏会の主役はルイズ、キュルケ、タバサ、そしてギーシュの四人。俺はその中には入れない。貴族じゃないし。四人は礼をすると、ドアに向かったが、俺はドアには向かわない。まだ、用事があるのだ。「・・・タツヤ?」「いってらっしゃーい」ルイズが心配そうに俺を呼ぶが、俺は気の抜けた風にルイズを見送った。ルイズはそんな俺にふっと微笑むと、部屋を出て行った。俺はオスマン氏に向き直った。「・・・何かいいたいことがあるようじゃの。言ってみなさい。ミスタ・コルベール、席を外してくれんか」「えー」「えー、じゃない」コルベールはしぶしぶと、名残惜しそうに部屋から出て行った。その後、俺は口を開いた。「あの『破壊の玉』は、俺が元々いた世界の兵器です」「元々いた世界・・・とな?それに兵器とは穏やかじゃないの」「俺はこの世界、ハルケギニアの人間じゃありません」「ほう?」オスマン氏はこれは面白い事になりそうだといった雰囲気である。「あのルイズが『召喚』で、どうやら別世界の俺を呼んじゃったらしいんです。俺としては帰りたいんですけど、ルイズは帰る方法は現状分からないと言うんです。探すとは言ってくれてるんですが」「・・・・・・・・」「あの『破壊の玉』は、俺の世界の戦争でも実際に使われた兵器です。この世界にはアレを持ってきた人が居るはずです」「実際には・・・いた・・・と言うべきじゃな・・・アレをワシにくれたのは、ワシの命の恩人じゃが、彼も三十年以上前に亡くなってしまった」「命の恩人?」「三十年以上前、ワシがワイバーンに襲われたとき、そこを救ってくれたのじゃ。彼は『破壊の玉』をもってワイバーンを退けると、ばったり倒れた。怪我をしていてな・・・どう見ても手遅れの状態じゃった・・・ワシは、彼の持っていたもう一つの『破壊の玉』を形見として、宝物庫にしまいこんだのじゃ。彼は死ぬ直前言っていた。『ここは一体何処だ・・・帰りたい・・・妻や子の居る故郷に帰りたい・・・』とな。きっと、彼は君と同じ世界から来たんじゃろうな」同じ世界だとしても、その人は俺と違う時代の人だ。「誰がその人をこっちの世界に呼んだんでしょうか?」「それはわからんかった・・・」「・・・そうですか・・・」少なくとも俺の世界出身の人がハルケギニアに飛ばされてきたという前例を知ったのは収穫だが、帰る方法はそう簡単に分からないのか。「力になれなくて申し訳ないの。ただこれだけは言っておこう。ワシは君の味方じゃ。よくぞ、恩人の形見を取り戻してくれた。改めて例を言うぞ」オスマン氏が俺を抱きしめた。加齢臭がする。「君がどういう理屈で、こちらの世界にやってきたのかは、ワシも調査する。ただ、何も分からんでも恨んじゃ嫌よ?」「七代先まで恨みます」「ほっほっほ!なーに!こちらの世界も住めば都!嫁さんも紹介してやるぞ!」「俺には元の世界に好きな女が居るわけですが」「現地妻と考えればいいじゃない」「その発想は無かった」「ほっほっほ!君はまだ若いんだから、たくさん恋しなさい!」大笑いするオスマン氏に呆れつつ、俺はまだ帰れない事実に溜息をつくのだった。アルヴィーズの食堂の上の階は、大きなホールになっている。舞踏会はそこで行われているらしい。「なのにお前さんはどうしてここでメシ食ってんだ」マルトーさんの呆れたような声がする。俺は厨房にあるテーブルで夕食を摂っていた。「いや、何かここにいると凄い落ち着くんですよね」「そう言ってもらうのは嬉しいんだけどよ、踊らないのかい?」「俺は紳士ですが、踊りは苦手なんだ。フォークダンスで相手の足を踏んでビンタされたのは懐かしい思い出だよ」「そりゃとんでもねーな」マルトーさんと一緒に喋る剣が笑う。喋る剣をマルトーさんが見たとき、マルトーさんは「お前の剣は喋るのか、とことん変わってるな」と言う反応だった。遠くでかすかに、「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおあな~~り~~~」という声が聞こえた。マルトーさんたちにも聴こえていたようだ。すぐにおこったざわめきも俺たちには聴こえた。そしてその後、ダンスの曲と思われる音楽が流れ始める。今頃ホールでは貴族たちが優雅にダンスを踊っているんだろう。勿論主役の四人もだ。「小僧、世間はあの四人を英雄扱いだな。いいのかい?」「そうだぜ、坊主。正直俺は悔しくてよぉ」デルフリンガーやマルトーさんが俺に尋ねる。世間的にはフーケの逮捕には貴族の四人が捕まえたと知られている。使い魔でしかない俺の存在は初めから無かったように扱われている。腹も立つが、残念ながら俺は英雄志向ではない。貴族でもない。メイジでもない。これが現実なのだ。「誰も知る事の無い英雄か・・・」「知ってる人ゼロの英雄か!こりゃいいな小僧!『ゼロの英雄』の称号貰っちまいなよ!」「貰ってもいいけど、名乗らんぞ?恥ずかしいから」「「ですよねー」」俺たちは笑いあう。豪華な舞踏会より、質素でもこうやって笑い合う場に居る方が俺はいい。英雄ではなく紳士を目指す俺はそう、思った。「ねぇ、ギーシュ。タツヤ知らない?」「いないのか?」「探してるけどいないのよね」「ふむ・・・ならば厨房を探してみたらどうだい?」「えー・・・流石にいないんじゃ・・・」「そもそも、君は彼に舞踏会に来いと言ったのかね?」「・・・あ」自分のミスに気づいたルイズは急いで厨房に向かった。パーティドレス姿で。その結果、あまりの場違いさに大爆笑されてしまい、「うわあああああ~!!着替えてくればよかったあああああ!!!」と大後悔するのであった。今日も私は待っている。公園のベンチで貴方が来るのを待っている。そりゃあ、あの時来なかった時は流石に怒ったけれど。貴方が消えたようにいなくなったと聞いてからも私は待っている。妙に紳士ぶった態度が懐かしく感じる。貴方の間の抜けた声が懐かしく感じる。時々貴方の笑顔が夢に出てくる。思えば貴方の姿は浮かぶけど、現実の貴方は何処に居るの?貴方は私たちの前にいない。それが、今の私たちの現実。だけど、それでも私は待つ。(第一章:『本来の主人公のいない世界で』 完)続く【後書きのような反省】フーケさんが小悪党のようになってしまった・・・