『小僧、オメェの身体は剣を振るには貧弱すぎる。何事も基礎体力ってのは大事だ。剣を振って戦うなら、まず基礎からだな』・・・と、喋る剣、マダオソードことデルフリンガーに指摘され、只今俺は腹筋、背筋、腕立て、ランニング、ダッシュ、柔軟運動などをやっている。これですぐ基礎体力が向上するとは流石に思えないが、やらないよりはマシである。マシであるとは理解はしている。だが、身体が反抗している。「休んでくれよ、相棒」と弱音を吐いている。すまない、俺の肉体。この世界、どうやらある程度鍛えないと即死なシビアな世界なんだ。俺もお前も死にたくないだろ?だから我慢しろ。「ふ、ふふふ・・・そ、そろそろバテて来たのではないかね・・・?」「お前こそ、腕が震えているなぁ?無理はいかんぜ?ギーシュ君?」「な、何のこれしき・・・これは震えじゃない、痙攣だ」「もっとヤバイじゃねえか」何だか知らんが、ギーシュまで俺のトレーニングに参加してきた。ルイズいわく、魔力はその人の体力にも影響する事もあるらしい。自分の体力を高める事で、自分の体内にある魔力を使える量が増える・・・という説もあるらしい。中庭で男二人腕立て。なんともシュールな光景である。ルイズはルイズで、未だ錬金の呪文の練習中である。しかし練習といっても、まだ何を錬金しようか考えている段階であるのだが。できれば、簡単なのにしてくれ。と俺は思う。「ところで、前々から思っていたんだが・・・」「な、なんだい?」「ルイズとあの・・・キュルケだっけ?あんまり仲良くないよな」ギーシュはああ、といってから震えながら答えた。「彼女たちというか彼女たちの家系はね、先祖代々仲が悪いのさ。彼女たちの実家は国境を挟んで隣同士なんだが・・・トリステイン・ゲルマニア両国の戦争ではしばしば杖を交えた間柄である上、ヴァリエール家の恋人を先祖代々奪ってきたという因縁がある」「うわ、痴話喧嘩で殺し合いかよ」「戦争なんて切欠は些細なものだよ」「まぁな・・・」俺の世界の世界大戦なんかは切欠は些細なものからだったと記憶している。後の悲劇も始まりは案外馬鹿馬鹿しかったりするのだ。それこそ、俺とギーシュの決闘も始まりはルイズが小壜を拾った事から始まったのだから。そのような事を考えていると、俺たちはいきなり背後から声を掛けられた。「あら、あなた達、こんな場所で何やっているの?」噂をすれば影というべきか、キュルケが不思議そうな視線で俺たちを見ていた。そのやや後ろには、眼鏡をかけた少女が人形のような青い瞳で俺たちを眺めていた。「見ての通り、鍛錬中さ。君こそ、このような時間に中庭にいるなんて珍しいじゃないか」「私だって散歩ぐらいするわよ」「後ろの子は?」「私の友達、タバサよ」キュルケに紹介されても表情一つ変えないタバサ。本当に人形のようだ。「ふむ、そうか。目立たないので知らなかった。ならば僕も名乗ろう。ギーシュ・ド・グラモンだ」「俺は因幡達也。こっち風に名乗ると、タツヤ=イナバだ。よろしく。というかギーシュひでえなお前」「・・・・・・・・・」俺たちの挨拶に、タバサは無反応である。俺に対してはともかく、ギーシュに対しては一応反応するべきでは?一応貴族だろ、コイツは。「へんじがない、ただのしかばねのようだ」「生きてる」俺の発言に抗議するかのように口を開くタバサ。生きているなら、ちゃんと反応しなさい。でないと、こっちも対応に困るんです。頷くだけでもいいからさ。「よし!決まった!」今まで本塔の壁に向かってうんうん唸っていたルイズが、大声を出した。ルイズは俺たちのほうを見てから、はじめてキュルケたちの存在に気づき、嫌そうな顔をした。「・・・キュルケ?なんでアンタがいるのよ」「たまには静かに散歩もしたい気分にもなるのよ。良い女というものはね」「ふーん、男に手が回らなくなっただけじゃないの?」「言ってなさい」「・・・そっちの子は?」「私の友達のタバサよ」「・・・ふーん」「何処かで聞いた名前のような・・・」とルイズは呟くが、「気のせいか」と言って、納得したようである。「ところでルイズ?貴女は何をしているの?」「錬金の魔法の練習よ。この前は失敗しちゃったし」「・・・で、何を錬金するか決まったのか?」「ええ。今に見てなさい。今度は成功する気がするから」「そのセリフ、今まで何十回聞いたか・・・」キュルケの呆れたような皮肉も聞かずに、ルイズは杖を振り下ろした。が、あまり狙いを定めずに振り下ろしたのがいけなかったのか、本来の目標の小石には何の変化もなかったが、何故か本塔の壁が爆発した。「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」後に残ったのはヒビがはいった本塔の壁のみだった。キュルケはからかってやろうと思ったが・・・・・・ルイズが半泣きでこちらを振り向いたため、気の毒で何もいえなかった。「いつも通りの光景だったな」ただ、彼女の使い魔である達也だけが、そう言った。その瞬間、大地が震撼した。そして、急に辺りが暗くなった、と思った。ルイズがあんぐりと口を開けて、達也たちの後方を見ていた。達也たちもルイズの見ている方向を見た。何か、とてつもなくでかいやつがこちらに向かって歩いてきた。「な、何よあれーーー!?」「あれは・・・ゴーレム!?ルイズ!?君か?」「そんな訳ないでしょ!」「そもそも何を錬金しようとしたんだお前は!?」「ゴールド」「ゴーしか共通点がない!?」「とにかくここは危ない!安全なところへ!」ギーシュの指示で俺たちは逃げ惑う。巨大なゴーレムは本塔の前で停止後、その壁に向かって、巨大な拳を打ちつけた。轟音が鳴り響く。何度かゴーレムが塔を殴りつけると、鈍い音がして、壁が崩れる。その時、達也は見た。ゴーレムの腕の上から何者かが、崩れた塔の内部へ入っていくのを。「い、一体何なのよ・・・」「土の巨大ゴーレム・・・」「いや、それは見たら分かるけど、何でそんなモンが本塔を襲うのよ!?」キュルケの呟きにタバサが答えるが、キュルケはその答えは分かっているようで、それが何故こんなところにいるのかが疑問でパニックになっていた。「あのゴーレムが大穴をあけた場所って・・・」「宝物庫」ルイズの疑問にタバサが答えた。「盗人か。豪快だな」「巨大なゴーレムによっての破壊・・・そしてそこは宝物庫・・・」ルイズは考え込んでいる。そしてハッとしたように顔を上げた。「『土くれのフーケ』の犯行にそっくりだわ!」キュルケとギーシュがぎょっとした表情でルイズを見る。タバサは相変わらず反応はなかったが。「なんだそいつ?」「トリステインの貴族でその名を知らない者は皆無の・・・メイジの盗賊よ。普通は泥棒みたいに屋敷に忍び込んで静かに目標の物を盗んでいくんだけど、警備が凄く厳重な時は、あんな大きなゴーレムを使って衛兵を蹴散らし、城壁を破壊して盗んでいくのよ・・・!」「性別は分かっていないが、分かっている事はおそらくトライアングルクラスの『土』系統のメイジであること、そして、犯行現場に『お宝は頂戴しました』という旨のサインを残していくこと」「そして、マジックアイテムのような強力な魔法が付与された数々の高名なお宝ばっかり盗んでいくということよ」ルイズ、ギーシュ、キュルケの説明に礼を言った上で、俺はゴーレムを見やった。そして、皆と共に、せめてフーケの顔ぐらいは見てやろうと、目を凝らしていた。まあ、辺りが暗く、また、距離も離れているので見れるとは思わないが。「出てきた!」ルイズが小声で言う。一斉にゴーレムの腕辺りを見る俺たち。フーケらしい奴は、ゴーレムの肩に移動した。そうすると、ゴーレムは歩き出し、魔法学院の城壁を一跨ぎして乗り越え、去っていった。「あいつ、何を盗んだのかしら・・・?」「盗人の目的なんて知りたくもないが、何分相手はあのフーケだしね」「ゴーレムは!?どっちへ向かったの!?」「もう、土に還った」タバサが上空を見ながらそう言った。上空には何かが旋回するように動いていた。キュルケが舌打ちしていた。「暗くてあまり見えなかったわね・・・どんな顔してるか見たかったのに・・・」「皆」フーケの顔は見えなかった。しかし、俺は『見えた』ものがある。「フーケは女だ」「え」「ど、どうしてそう思うの!?」俺の発言に反応するギーシュとルイズ。「白だった・・・」「何がよ」要領を得ない表情のルイズとキュルケ。だが、ギーシュは衝撃を受けたかのような表情だった。風にはためくフーケのローブが一瞬めくれ上がったその隙間からの桃源郷。『土くれ』のフーケは純白のパンティを履いていた。何で見えたのかは知らない。そんな事はどうでもいい。ただ分かるのは、あんな可愛らしいパンティを男が履いているならば、そいつはただの変態である。盗人とはいえ、変態的行為は慎むべきである。「君もそう思うか・・・」ギーシュが俺の意見に同調するように言う。「ギーシュ!?アンタ見えたの?」「顔は見えなかった。だが、フーケの胸の付近に自己主張する二つのふくらみがあった」キュルケが微妙な顔をして、あーと言った。ルイズは自分の胸を見ると、「引っ込み思案なだけ、引っ込み思案なだけ・・・」と、自分に言い聞かせていた。翌朝、トリステイン魔法学院は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。『破壊の玉』盗まれる。しかも、盗んだのは『土くれ』のフーケ。この大事件に、宝物庫に集まった教師たちは好き勝手な事を喚いていたが、それを止めたのは、学院長のオスマン氏だった。「平和ボケしていて、当直をサボっていたツケが今来たわけじゃ」自分にも言い聞かせるようにオスマン氏は言う。たしかに、昨日の当直どころか、普段から、メイジの教師は当直を平民の衛兵に任せきりになっている。このような緊急事態など全然起こってないからだ。「メイジばかりだから安全と言う訳ではないということがこれで分かったな。それが分かっただけでもフーケに感謝せねばな」ふっと、笑うオスマン氏に異議を唱えるものは誰もいない。「・・・で、犯行現場を目撃したのは誰かね?」「この四名です」オスマン氏が尋ねると、コルベールが進み出て、その後ろに控えていた四人を指差した。ルイズ、ギーシュ、キュルケ、タバサの四人である。使い魔の達也は数には入っていない。「ほう・・・君たちか・・・」何故か目の前の学院長は俺を見て楽しそうな感じだった。理由なんて人間の使い魔が珍しいんだろうとしか思えない。「詳しく説明してくれまいか?」ルイズが前に進み出て、見たままを述べた。「大きなゴーレムが突如現れて、ここの壁を何度も殴りつけて破壊しました。肩に乗ってたメイジが宝物庫から・・・たぶん『破壊の玉』だと思いますけど・・・それを盗んだ後、またゴーレムの肩に乗りました。ゴーレムは城壁を越えて歩き出して・・・」「土に還った。メイジの姿はなかった」タバサがルイズの証言を補足する。「後を追うにもてがかりはないのか・・・」「その事ですが・・・」ギーシュは手を上げる。一同の注目がギーシュに注がれる。「おそらく、フーケは女性です」「何じゃと?・・・その理由は?」「胸に二つの丘があって、女物の下着を履いている男なんていますか?」「・・・ただの変態じゃな」コルベールはあんたが言うなと思った。「しかし・・・見えたのかね」「女性の特徴はよく見えるんですよ、僕は」気障っぽく言うが、別にかっこよくないぞ、ギーシュ。「失礼します、申し訳ありません、遅れました」「ミス・ロングビル?何をしていたんじゃ?」「宝物庫がこの通りで、さらにフーケのサインを見つけたので、すぐに調査をいたしました」「ほう、流石に仕事が早いのぉ。で、何か分かったかの?」「はい。フーケの居所が分かりました」ロングビルという女性の発言にざわめく宝物庫内。「ほほう、誰に聞いたんじゃね?」「はい。近在の農民に聞き及んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒いローブ姿の怪しい人影を見たそうです。おそらく、それがフーケである可能性が高く、廃屋がフーケの隠れ家ではないかと」「・・・そこは近いのですか?」コルベールが尋ねる。「はい。徒歩で半日。馬車で四時間といったところでしょうか」なるほど。とオスマン氏は呟き、「すぐにでも王室に報告・・・と言いたいが、その前にフーケは逃げるかもしれん。こういうのは迅速な対応が必要じゃ。学院の宝が奪われたのなら、それはワシらが奪い返さなければのぉ。そうじゃろ?」オスマン氏はニヤリと笑って、皆を見回す。「では、捜索隊を編成する。我こそはと思う者は、杖を掲げよ。名声を得るチャンスじゃぞ?ほっほっほ」オスマン氏が煽るように言ったが、誰も杖を挙げようとしなかった。ただ一人を除いて。「ミ、ミス・ヴァリエール!?」ミセス・シュヴルーズが、驚いたように声を上げる。俺としては「やっぱりな」としか思えない。くっくっく、とギーシュとキュルケも笑って、ルイズと同じように杖を掲げた。タバサもその後、杖を掲げた。「あなた達は生徒じゃありませんか!」と、コルベールは言う。「関係ありませんわ。やれると思ったから立候補したまでです。コルベール先生」「ヴァリエールには負けられませんので」「・・・・・・・」「女性だけを行かせる訳にはいかないでしょう?」ルイズが、キュルケが、ギーシュが立候補の理由を言う。なんだ、結局お前ら仲いいじゃん。「ミス・ヴァリエールにミスタ・グラモンにミス・ツェルプストーにミス・タバサか・・・これは面白い面々じゃの。ヴァリエール家の娘、グラモン元帥の息子、ツェルスブトーの娘、そして若くしてシュヴァリエの称号を持った騎士・・・」グラモン氏がそう言ってタバサを見る。タバサは相変わらず無反応である。「本当なの?タバサ?」「だから聞いたことある名前だと思った・・・」ルイズとキュルケが思い思いの反応をしている。「ギーシュ、シュヴァリエって何?」「普通爵位というものは、男爵や子爵程度なら、領地を買えば手に入れる事が出来るけど、シュヴァリエは純粋に業績に対しての爵位なんだ。ぶっちゃけて言えば、平民でもそれに値する業績を上げて認められればシュヴァリエの爵位を貰う事ができる。つまりは貴族になれるんだ。とはいえ、僕らぐらいの年の人がそんな称号をもらうなんてあまり無いんだけど・・・」「よくわからんが、あの子は凄いんだな」「そうだね」タバサは凄いらしい。「それに、ミス・ヴァリエールの使い魔はミスタ・グラモンと決闘して引き分けたという噂じゃ」いつの間にか俺も行く事になってるんですが。「魔法学院は諸君らの努力と貴族の義務に期待する。一応聞くけど、異議のあるものはおらんね?」誰もいなかった。多分俺が異議を唱えてもスルーされるだけだろう。ルイズたちの「杖にかけて!」などという宣言など、俺には空しく響くだけである。「そうと決まれば、馬車を用意しよう。それで現場に向かいたまえ。ミス・ロングビル。彼女たちを手伝って欲しい」「もとよりそのつもりですわ」美人が同行するのは嬉しいが、正直行きたくない。剣はまだ振るってもないし、鍛錬は始めたばっかりだ。何も起こらなければいいのだが、起こってしまったらどうするんだ。たぶん、ルイズは「なんとかなるんじゃない?」みたいなノリだろう。俺としてはまだ実力が分からないキュルケとタバサに期待している。まあ、ギーシュにも囮として期待しているが。「ところで、てっきりアンタなら「行きたくない」ってごねるかと思ったんだけど?」「え、ごねてよかったの?」「うん。黙ってるからてっきり行く気満々だと思ったわ」「ぐわーーー!!?空気を読み違えたーーーー!!!」たまには自分の意見を言おう。俺はこの日ほどそう思ったことは無かった。 (続く)