第六十二話・夜空そらごと、絵空事明かされない嘘は、真実と変わらない。だから私のこの“嘘”は、誰にも決して解けはしない。……おそらく多分、いや!絶対に!!無言。話し終わってどれくらい経っただろうか。多分2、3分だろうけど、沈黙が痛い。…よし、“溜め”はコレくらいでいいか。「とまあ、そーいう具合でして!いやーラリカおねーさん困っちゃうぜー。なんて」さっきとは打って変わって“普段通り”の明るい口調で沈黙を破る。もちろん、意味があっての切り替えだ。このままシリアスモードを続けるのと、こうして露骨に普段通りに戻るのでは効果が全く違う。全て予定通り。このままタバ子を“陥落”させる。「どうして、」沈黙ブレイクからまたしばらくして、タバ子がようやく口を開く。出てきたのは予定通り“疑問”のセリフだった。この衝撃(私にとっては笑撃)の事実を聞かされて出る疑問。そのうちの1つをタバ子の口から言わせなくてはならない。あくまで私は答える立場。そしてそこから私の望む展開へ導いてゆくのだ。「どうして、ラリカがしなくちゃいけないの」ん?違うな、コレじゃーない。テキトーに答えて、次だ。「言ったとおり、私にしかできないからかな?わたくしご存知の通り、色んな意味でダメダメ人間ですから。やれることはやっとかないと、結局なーんもできないってコトになっちゃうのですよ」……。「どうして、ラリカなの」コレでもない。ま、私みたいな取り得ゼロのモブ子が、こんな大事の中心にいるってのは尤もな疑問だけど。はい次。「それは始祖のみぞ知る?もしくは『絶望』の二つ名は伊達じゃなかった!ということで」……。「どうして、そこまでしてくれるの」私の幸せのために!とか答えるのはマズいので、とりあえず誤魔化しとこう。とゆーか、なかなか望んでる言葉が出てこないなぁ。「う~ん、とりあえずタバサがいい子だから、とかじゃダメ?」ヘラヘラ笑いながら頭を撫でる。かなりバカにしてるっぽい行為だけど、セーフなはずだ。今の私は完全に優位に立ってるし。「……」あ、無言になった。もしかして疑問打ち止め?望んでる疑問もかなり鉄板だったと思ったけど…仕方ない。強引だけど、こっちからそれとなーく誘導してみるか?「どうして、そんなふうにしていられるの」とか思ってたら来たッ!!!コレですよコレ!この質問!!こいつを待ってました!!『死ぬ』言っといて、ヘラヘラしてりゃー当然浮かぶだろう疑問!わざわざシリアスモードから、通常(といってもニセモノだけど)モードに切り替えた理由!心の中でほくそ笑み、あえて“何でもないふうに”答える。「ん?そりゃ~死なないで済む解決策があるからねー」答えた瞬間タバ子がいきなり立ち上がり、こっちに向き直る。ちょっとびびった。てか若干お目々が赤いぞタバ子。もうおねむの時間なんだから仕方ないか。「話して」「オケーイ。…まず、言ったと思うけど、私のナカにはミョズニトニルンの知識があるんですよ。ま、大半は使えもしない無駄な知識だけどね。でも、使える知識も充分にある。その1つが“ユンユーンの呪縛”の知識」自分の頭を指でトントンとつつき、不敵に笑ってみせる。「私が死ぬ要因は、容量以上に詰め込まされた“記憶と知識”。てコトは、つまつまつまーり、ソレを取り除けば助かるってコト。でわでわここで問題!」「アルビオンの……新女王…」はい、よくできました☆こーいうのはやっぱり、相手に答えを出させないとね?私が言うより効果的なハズだ。しかも問題を言う前のスピード解答。自ら導き出した答えなら、納得も何もないだろう。「大正解!さっきお話しした“忘却の虚無”ね。猛乳の美少女テファ陛下。彼女のチカラならこんな呪い、恐るるに足らぬのだー!でも逆に彼女のチカラがなかったら100%詰むっていう極悪仕様だったり。いやはや、運命ってのはよくできたものですな」私をじっと見詰め、話に耳を傾けるタバ子。彼女は“原作”で才人に救われ、お礼に命を捧げるとさえ言った実に漢気溢れる少女だ。大嫌いな叔父さんを懲らしめてママンを助け出せるのなら、私みたいな怪しい奴にでもキッチリ“借り”を返してくれるだろう。この、“貸し”を作るのが重要なのだ。2人の間に麗しき友情とかあればそんなの無くても大丈夫なんだろうケド、私とタバ子の間にあるのはルイズ達とのエセ友情の間で生まれた副産物的な間接友情。我が策をパ~フェクトにするにはそんな不確定な状態には頼れない。欲しいのは一か八かじゃなく、“確実”なのだ。「とゆ~コトで、タバサにはちょろっと協力して欲しいかなーってね。私も自分カワイイ凡人ゆえ、死んじゃうのはちょっとゴメンなワケですよ」「何をすればいい?」「コトが済んだらまたアルビオンに送ってぷりーずお頼みもーす。お願いできるかなかーな?」にっこり笑ってお願いする。タバ子にとってはこれ以上に無い破格の申し出だろう。そして、まだ教えないがもっと素晴らしい特典も付いてるし。予想通り一瞬の逡巡もなく頷くタバ子。まさに入れ食い状態ですな。実に計画通り。今のところ、我が策に綻びゼロ。不安要素皆無。「ありがとう。ま、解決策はあっても、間に合わなきゃーイミがない。急かしはしないけど、時間は無限じゃないですので。そこんトコロだけよろしゅーに」ほい“陥落”。ふぅ、あまりにチョロすぎて逆に泣きたくなるぜー。自分が今までやってきたヘマと無駄努力を思うと。だがしかし、余裕はあっても油断はしない。つまり今の私は無敵。最強。まさにチート!!王族を、虚無たちを、そして世界すら騙し切ってやるのです。うふふのふ。……うん、まだ酔い醒めてないな自分。※※※※※※※※まあ、流石にミョズミョズの記憶云々は嘘だけど、学生寮の件だけはガチで嘘。でも私がトリステインを脱出しようとした理由は本当に嘘。ただ呪いの影響で私の命がヤバいってのはマジで嘘。“忘却”で解決するのは本当。というわけで、無事タバ子は私の“協力者”となりました。今はまだガリアタクシーの運転手だけど、無能陛下を死なせた後は正統なガリア王家の後継者。そのチカラを使えば後処理なんて楽勝過ぎるだろう。頬を撫でる風が心地よい。ほろ酔い加減と計画が順調な満足感がハンパない。「話の続き」相変わらず背もたれ抱っこ状態のタバ子が急かしてきた。もうかなり夜も更けてるのに、まだ喋り足りないのか。居眠り運転防止のために起きてなきゃーいけないワケでもないだろーに。「ん、どこまで話したっけ」「森の中に行ったところ」「ああそうそう。で、新たなる食材を求めて&暇潰しのために森への突入を決意したラリカ隊長とティファニア副隊長の前には、避けては通れない問題があったのです。そう、ティファニア副隊長の激しい露出ね」あれから。真っ直ぐに飛び始めたシルフィードの背の上で、私たちは無駄トークに勤しんでいる。まあ、今が日中ならいつものように置物状態で本を読むだろうタバ子だけど、夜じゃ~それも無理。魔法で灯を点すのも魔力の無駄ってもんだ。結果、『らりかおねーちゃんおはなしして~』となったのだろう。「邪魔な枝とか下草は斬伐用の狩猟刀で切ったり払ったりして進むんだけど、それでも全て刈れるワケじゃーない。いいとこ獣道程度の道になるだけで、やっぱりお肌が植物のトゲやかぶれる葉っぱで危険に晒されるのは変わりない。下手したら、ティファニアの玉のお肌がえらいことに!」「ラリカは大丈夫なの?」「私は別に慣れてるから問題なっしんぐ。それに、多少の傷やらお肌のアウチはいいのですよ。某みなさんのよーな美少女とは違って気を使うような容姿じゃないしね」お子様時代(狩猟時代)は生傷絶えなかったし。ずっと残るレベルの傷を負わなかったのは運勢最悪な私にとっては素晴らしい幸運だろう。……まあ、別にそういう傷があろーがなかろーが、あんま変わらない気もするけど。「ラリカは、きれい」「ありがと~。お世辞でもそこはかとなく嬉しいかもかーも」でも、あまりにもミエミエのは惨めさ割増されるので勘弁かもです。特にタバ子含めた原作レギュラー連中は揃いも揃って美少女揃いなので。そんな彼女らで(原作では)ハーレム築いてた才人ってやっぱり流石は主人公か。佐々木良夫的に『おのれガンダールヴ!』とでも言っておこう。どーでもいいけど。「ああ、ちなみに狩猟刀は前のを才人君にあげちゃってたので自作したんだよー。ティファニアとで1本ずつね。屋敷には私たちの細腕じゃ扱えないような斧しかなかったし。…まあ、出来は想像にお任せするけど」その狩猟刀、私作の斬伐刀のうちの1本は今、私の後腰に差してある。才人にあげたのより若干長くて細身な、波状刃の斬伐刀。刃が変則の波状になっているのは仕様でない。我がお粗末な錬金による軟い刃が、硬い枝を断った時に無様にヘコんだためだ。名付けて斬伐刀“廃刃”。おマチさんが(気紛れか何かで)再錬金で硬化してくれたから今こうして持ってるけど、そうじゃなかったら今頃とっくに廃棄処分だっただろう。正直、こんなのを再錬金してくれるくらいならALLおマチさん製のを創って欲しかった。贅沢言えない&多分作ってくれないだろうけど。ま、でも重宝することは重宝する。狩猟刀も買うと結構するだろうし、トライアングルメイジの錬金した刃物はそれだけでも使える品だし。「それは、後腰の?」「おぅいえーす。斬伐刀“廃刃”、水のドットが錬金した至高の狩猟刀。その価値は、1エキューにも満たないとか何とか。ちなみにティファニアにあげたのはコレよりもっと小振りで細身なやつね。多分もう捨てちゃってるだろうけど」女王になった彼女が山へ入ったりする事はもうないだろうし。アレは一応包丁としても使えるけど、その料理だって彼女がやる事はない。料理は座ってるだけでプロの料理人が作ったごちそうが出てくるわけだし。ちくせう。マルトーの作った学院定食が懐かしい&食べたい。もう二度と無理だが。「私も欲しい」「んー、普通のメイジはこんなの持たないんだぜー。私はまあ、ご覧のとおりアレだからね」現在の我が装備。後腰に斬伐刀“廃刃”と折り畳み式のギミック小型弓を×状に差している。明らかにメイジの装備じゃないだろう。加えて現在、私は貴族というかメイジの証であるマントを付けていない。てか、学院の自室から持ってきてもないし。だから知らない人が見たら私は、………そう、普通のメイジには見えない。メイジに見えないどころか、タバ子が私の腕から出て、半身だけ振り向く。そしてじっと全身くまなく見詰められた。「確かに、不思議な格好」「はっはっは、反論の余地もございませんですな」私の格好、ガリアに赴くにあたって用意したこの一張羅。そう、以前アホの才人に(シエスタの代役で)プレゼントされた改造水兵服…いわゆる“セーラー服”。私がやる、全ての行動には意味がある。それはもちろん“この格好”にも当てはまるのだ。似合う似合わないはさて置いて、“この格好”はとにかく目立つ。才人はアレなんで参考にならないけど、ギーシュやミスタ・グランドプレの反応からしてもそれは実証済みだ。アルビオン城内でも何度か実験的に着てみたけど、チラチラ見られる頻度が普段着よりも多かった。そんな目立つ格好に、私の十人並み以下だろう容姿。両者が合わさった時に導き出される答えは1つだろう。そう。私に初めて会った人の印象は、セーラー服 >>(越えられない壁)>>> 私本体。この世界では異色のセーラー服ばかりが印象に残り、平々凡々かつ面白みもない私の顔なんぞ記憶には残らないってワケだ。全てが終わった後、平民用の服に着替えて髪でも切ってしまえばもう誰も私だとは認識できないだろう。敵を作りにいくわけじゃーないが、念には念を入れて。それが本当の石橋なら、いくら叩いたところで崩れることはないはずだし。ちなみに元ネタは佐々木良夫が見たニュース、女装の銀行強盗だ。印象操作ってスゴいよね☆また、会う人にだけでなく、この格好は“世界”に対しても有効だろう。いわゆるファンタジー世界。魔法学院の制服を着て杖を手にした魔法少女がうじゃうじゃ闊歩する世界に、現実世界っぽいセーラー服姿で弓と短刀を携えた少女。加えてオッドアイ。それが主要人物と行動を共にする。もうそれだけで『ああ、』って感じだ。『こいつも主要人物なんだろうな』って思うのが自然な発想だ。私が今回騙す相手はテキトーな数人じゃなく、ある意味この世界そのものなのだ。わーるどいず、まいん。あらゆる全ては現在私の掌の上。私の描いたシナリオ通り。「でも、似合うと思う」そう言い、タバ子は再び私の腕の中にぽすっと納まった。私を背もたれに、後ろから抱っこモード。謹製ラリカ印のチャイルド(?)シートは、腕という名のシートベルトをまわしてやる。「ありがと。一応コレ、私が今まででヒトに褒めてもらえた唯一の服だったりもするから。フツ~に嬉しかったり」……まあ、どーでもいい事実かもだけれど、それも事実だ。ヤツは恐らくそういうフェチで、着ているのが誰だろ~とそれなりの反応をしたんだろうけど。私以外でも、むしろ私以外の誰かの方がきっと良かったんだろうけど。それでも。我ながら馬鹿でアホで単純だとは思いつつ、…それでも。“最高”とまで言われて、あんな満面の笑顔で喜んでもらえて。嬉しくない理由は、ない。この作戦が終わったらもう二度と着ないし、……着れないけれどね。「……」何となく、タバ子をきゅっと抱き締める。……。あー、ホント抱き心地はいいな~。ルイズとどっちを選べ言われたら迷う。あっちは体温若干高めだから秋冬用か?てことは現在、才人は暑苦しさ満喫中?アツアツだということで我慢したまえ青少年。相も変わらず、私は未だにほろ酔い気分だ。目を閉じ、タバ子の頭に頬を預ける。そして、「…~~~♪」我ながらあんまり上手くもない鼻歌で歌うのは、いつか聴いた我がダメマザー(ラリカ母の方。良夫お袋はマトモでした)の子守唄。聴いたのはハイハイもできないベイベー時代で、一度目の人生じゃほぼ記憶になかった。でも二度目の“私”はちゃんとリスニング。細部はアレだが、メロディくらいなら憶えている。酔いを醒ますには、些かぬるい夏の夜の風。なぜだか少しスピードを落としたシルフィードの背の上で、ゆったりとしたその歌は夜空へと溶けていった。……。………。「~~~♪……っと、タバサ?」へんじがない、ただのおねむさんのようだ。やはり無理して起きていたっぽい。お子様はもう完全に寝ている時間なんだし。それとも任務でお疲れだったのか。後はシルフィードの自動操縦にお任せすればいい。心配なのは寝相が悪くて落っこちることくらいだが、そんなヘマはしないだろう。「こうやって見るぶんには、普通の女の子なのにね~。それがまあ、頑張っちゃってますなー。まったく」そっと髪を撫でてみる。サラサラで実に羨ましい髪質だ。あどけなさが残る…というより寝てると大人っぽさとかが完全に消え、まさにお子様。知ってなきゃ到底コイツがキケン人物とは思えない。…さて。今後の事を考えると私もそろそろ眠るべきだけど、その前にちょっと“仕込んで”おくか。現在、この場には眠ったタバ子しか主要人物がいない…ように見える。でも、実は原作知識を持っているからこそ見える、もう1人の主要登場人物がいるのだ。正確には人物じゃーないが。「………死なないで済む解決策、ね。嘘じゃーないな、一応」独りごちる…ふうに“聞かせる”。ちゃんと聞いてもらえるように、私の手は“彼女”の背を撫でる。あくまで自然に、言葉の通じないペットとかに向かって、無駄な独り言を呟くみたいに。「“ユンユーンの呪縛”は思想兵器。徐々に心に根付き、想いに取り憑き癒着する。ゆえに、呪縛を取り除くには侵された記憶“そのもの”を根本から除去しなくてはならない……か」溜息混じりに笑う。タバ子には“まだ”話していない設定。私の計画した、ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアのエンディング。「だいたい今のところ、3年分くらいかな。記憶全部を消さなきゃいけなくなる前に、どーにか決着を付けなきゃね」この計画を為すには、実際にティファニアの“忘却”を受ける必要がある。“ユンユーンの呪縛”。トリステイン出奔からジョゼフ打倒までの全てがその呪縛を理由として成り立っている以上、“忘却”による解呪イベントは必要不可欠なのだ。しかし、ありもしないミョズニトニルンの記憶、初めからないものを消すことなんてできない。ティファニアが消す記憶をサーチできるかどうかは知らないが、その時になって消すべきモノが見当たらないなんてことになったらオシマイだ。“忘却”を拒否したとしても、また逃亡したとしても、その先に待つのは平穏とは程遠いダイハードな人生。選択の余地はなく、そして選択できる答え<モノ>もない。だからこの計画は本来、最後の最後で破綻する、エンディングには辿り着けない欠陥品の策なのだ。本来ならば。そう、あくまで本来ならば。私という例外を除いては。もちろん、いくら私でも“忘却”で消す用のフェイクな記憶を捏造とかできるわけじゃない。消させるのは、正真正銘“私の記憶”だ。それは記憶箇所サーチが可能だった場合に『呪いは記憶に癒着してるから外部からの判別不能だった』っていう言い訳にできるってのもあるが、それ以上に『まさかそんな嘘はつかないだろう』と思わせる心理的な効果がある。超ハイリスクで見返り皆無な嘘なんてどんなアホでもつきはしない。よって、私の証言だけでカタチある証拠は何一つないのに、それが真実だと思わせられる。例えば15年生きた人間が10年分の記憶を消したらどうなるかなんて想像するにも及ばないように、見た目は子供で頭脳は大人なのは成り立っても、その逆は無理なのだ。でも私の場合限定で、わけが違う。この世界で唯一“その方法”をリスクなしで使うことができる。たとえラリカ一生分の記憶を消したって、消えるのは“2回目のラリカの記憶”のみ。1回目のラリカはもちろん、佐々木良夫の記憶も失われない。つまり、2回目ラリカに再転生したところまで“戻る”だけなのだ。まあ、記憶の全消去は極論だけど。選択肢にないわけじゃーないというワケだ。ちなみに今のところ、最低でも学院入学前までは消してもらう予定でいる。私をリセットするために、失敗してしまった人間関係はもとより、今の“私”という人格そのものを消す。学院に入学し、ルイズらに近付くために造り上げた嘘の私。薄っぺらい笑顔に、明るいのかバカなのかよく分からない無理矢理感漂う冗談じみた口調。最初の私が根暗無口なアレで、佐々木良夫はオトコ(しかもあんまり女縁のない)だったから随分と不自然な“明るい少女”になってしまったと今更ながらに思う。思うけど、それが定着しちゃったのかどーだか、今ではコレが地になりつつさえある。思考も既に“最初のラリカ”とは似ても似つかないだろうし。だから、消すのだ。これを機に。今の私を、この“嘘の自分”と決別する。そう、ある意味でこのラリカには“死んでもらう”。膨れ上がった嘘と、真実を道連れに。ある意味、それは最大級の証拠隠滅だろう。息を吐くようについてきた嘘たちを、永遠に葬るれるのだから。“虚無”により記憶を消される私。ティファニア&ロン毛は、自らが掛けた魔法だから疑うべくもないだろう。秘密を知る微妙に厄介な小娘、でも多少の借りはあるめんどくさい相手は、そいつの望み通りに記憶を失う。優しいテファは命は救えたんだから罪悪感を感じずに済むし、ロン毛らは厄介払いが理想的な形で完了する。タバ子は一国の女王が施した魔法を疑いはしないだろう。この解決策はさっき自分が導き出した答えでもあるし尚更だ。叔父さん討伐とママン救出の借りがある女、性格的に借りは返すタバ子だけど、借りの大きさがそれなりだからデカい借りってのは王族的に好ましくない。ドラマとかであるように、将来的にはそれをネタにたかられると思うかもしれない。彼女がそう思わなくても、周りが進言する可能性もある。でも、その心配も記憶消滅なら万事解決だ。一応、アルビオン送迎で借りは返していることになり、筋は通しているから後味も悪くないだろう。後に残るのは記憶を失った、ただの貴族崩れ。ミョズニトニルンの知識もない、無価値な女。共有していた秘密を失った、単なる一般人。知り合う前の、出会う前の、もはや友人の友人ですらない少女。帰る家もない、知り合いもいない、自分が誰かさえおぼろげな、ヒトの抜け殻。ラリカ・ラウクルルゥ・ド・ラ・メイルスティアは生きながらにして死と同義の終わりを迎える。そんな色んな意味で終わった人間をそれ以上どうこうする理由なんてないはず。さらに追撃でいじめるような性格はしていないはずだ。後は記憶消去前にラリカが言い遺す『記憶を失った私はガリアの小さな町にでも放っぽっておいてプリーズ。そこで静かにひっそり慎ましく余生を過ごします』の通りに、最後の情けをかけてやって終了。タバ子から聞き出した学院状況から、ルイズら主役連中は完全に私のことなんて忘れ去ってるみたいだし、ヤツらに関してはこっちが下手を打たない限り問題ないだろう。とにかく、「きゅい?」シルフィードがその巨体に似合わない…けど顔は妙に可愛いから似合うのか?…可愛らしい声で鳴いた。いきなり黙り込んだ私に問いかけたのか。スマンスマン、ちょ~っと考え事…というか我が策の完璧っぷりを反芻して悦っていたのだよ。「ん、きゅいきゅーい。きゅきゅきゅーい?」「??」テキトーなきゅいきゅい語(?)で応えてみると、不思議そうな顔をしてこっちを見てきた。うむ、きゅいちゃんよ。そんな顔で見ないでおくれ。言った私でさえ今のセリフは何言ってんだか分からんのだよ。逆に通じたらスゴい。小さく笑いかけ、今度はヒトの言葉で言う。追撃の“仕込み”はもうこれくらいでいいだろう。ラリカはすでに手遅れ状態ってフラグになる発言はしといたし。流石にもう私も寝ないと。明日いきなり謁見かもだし。「ま、どーしようもないコトは考えたって仕方ないよね。私は私にできることをやるだけなんだし。とりあえずは、他の誰も不幸にならない結末でも目指しときましょーかね」ルイズらにとっては、もう私の事など記憶の彼方。でも“原作”ルートの邪魔をしたイレギュラーが知らないうちに退場して間接ハッピー。タバ子は長年の願いが叶う。めんどい女王ルートが確定するけど、それでもハッピー。ジョゼフも欲しがってた感情をGETし、満たされて死ねるハッピー。ついでにその愛人の何とか夫人も、間に合えばジョゼフに殺されずに済むかもしれないハッピー。テファも一時は悲しい思いをさせるかもだけど、結果的には腹黒で屑な私と決別できるハッピー。ロン毛&おマチさんも厄介者がいなくなってせいせいハッピー。私のこの策は、誰も不幸にはならない。むしろ幸せにして、後腐れなく恨みを買ったりすることもなく(ここ重要)終わることができる。アンアンからだけはただ逃げ切る形になるけど…テファかタバ子に『ラリカは死よりも悲惨な最後を迎えました』って王家の集まりか何かの時に説明してもらえば気を晴らしてくれるだろう。「そういうわけで、英気を養うためにわたくしも寝るでありまーす。目的地までヨロシク&オヤスミきゅいちゃん。途中で落っことさないよう切実プリーズお願いね☆」そして数々の失敗で学んだ、もう1つの真実。私みたいなのが、単純に幸せを手にできると思うこと自体がやはりおこがましかったのだ。運命は常に理想を下方修正し、現実はいつもバッドエンドな方向へ進められる。だから私は逆に考えた。バッドエンドを目指せば、運命にも邪魔されないだろうと。その時、周りが幸福ばかりなら、相対的に不幸はより不幸に見えるはずだと。誰もが幸せな結末を迎える中、ただ1人全てを失い“原作”の舞台から消えていく。だから運命は、今の“世界”は、バッドエンドに向かう私にとても優しい。予想通りに、ご覧の通りに、全てが計画通りに綻びなしに動いていく。小さな寝息を立てて眠っているタバ子を抱き枕に、目を閉じた。途端に意識が一気に遠退いていく。シルフィードの鳴き声が聞こえたような気がしたけど、夢なのか現実なのか、もうよく分からなかった。ぐっどないと。“余命”いくばくもない“私”。求め続けた平穏な幸福。当初の予定とは全然全くチガウけれど、何だかいろいろ遠回りしすぎたけれど。手が届くまで、あと少し。※※※※※※※※とか思ってたんだけどね。……まあ、うん。確かに私の計画は完璧だ。でもまあ、それでもあらゆる事態を100%余すところなく完全予測はちょっと言い過ぎだったかも知れない。謙虚な気持ちは大切だ。いや、でもまあ、大丈夫だけどね。“こういう展開”も、まあ、ええと、予想の展開の延長線上にあるといえばあるから、全くハズレではないし、対処法も同じくいろいろその、アレだ。OK、大丈夫。まだ慌てるような時間じゃない。今、私の目の前にはおヒゲが素敵なジョゼフ国王陛下がいる。凄く楽しそうに、私に笑みを向けている。それはいいんだ、問題ない。興味を持ってくれてたし、話も聞いてくれた。それでいい、問題ない。「楽しみだ。こうまでそう強く感じたことなど、一体いつ以来なのか。きみは本当に最高の客人だ」問題ない。まだあわてるようなじかんじゃない。「“絶望”の二つ名を冠する少女よ。“4人の虚無”が集うだろうその場で、チェスの敗者だというおれに、一体何を見せてくれるのだ?」策はあるさ。うん。まだ、まだあわわてるようなじかんじゃない。「その名に恥じぬほどの“絶望”か、それともおれの絶望さえも奪い取り……闇色の“希望”を、おれの望みを叶えてくれるのか」だ、大丈夫。OK、私ならできる。まだ、まだ、まだあわわわてるようなかんじかんじゃ―――― 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