幕間13・霞の夢と、それぞれの日々“今”の全てが“未来”に繋がるなら。今、何をすべきなのか。何をすべきじゃないのか。分かっているから苦労はしないハズ。だったのに。病室の白い天井を見上げ、小さく呻く。最近、“私”の眠りが浅い。先行きの不安からか、単純に寝苦しいだけなのか。しかしそれは、“俺”の覚醒時間に直結していた。意識が、思考が、続かない。“あの場面”へ至ってしまう詳細を読もうとしても、頭より身体が言うことを聞いてくれない。目覚めても、頭痛と眠気と眩暈に耐え切れず、ベッドでこうして呻いていることしかできない。今が、本当のターニング・ポイントだというのに。目指す幸福に、少しだけ欲を出してしまった蝶の羽ばたきは、知らない場所で嵐になり、ついにその蝶を巻き込んだ。風に呑まれて行き着く先は、暖かな南国か、冷たい雪の世界か。自ら飛ぶのを諦めた蝶は今、当初思い描いたものとは違えど、確かに南国へと押し流されている。でも、本人はそれに気付かない。描いたプランと記憶したストーリーが崩れた絶望で、希望などないと心を閉ざしてしまっている。流れるままになっている。だから。“俺”は頭痛と眠気の中、拳を握り締める。―――― どうか、“何もしないで”くれ。そうすれば、“あんな”未来でなく、それなりに幸福な道を進めるはずだから。朦朧と歪む世界で、改変された“暫定未来”が…“ゼロの使い魔5巻”が目に映る。憂いを含んだ笑顔で、控えめに手を振る“私”。その副題は、<トリステインの涕哭>。内容は、読まなくても分かる気がする。この“暫定未来”を迎えてはいけない。まだ、間に合うか…ら。どうか、ばかなせんた、くは、く…そ、ラリ……カ………※※※※※※※※「あーたーらしいー朝がきた~、きーぼ~おは、なーい~よっと」…あ゛~、実に清々しくない朝だな。いや、昼?あんまぐっすり眠れた気がしない。浅い眠りと半覚醒を繰り返した気がする。やっぱり暑いからか?でも別に汗かいてるわけでもないし。何だろう一体?単純に疲れか?いろいろあったしなー、昨日は。タバ子&才人でバーベキュー行ったり、戻ったら戻ったでギーシュに呼び出されて要領を得ない話されるし(途中でギーシュは才人に連れ去られ、その後は不明)、キュルケにはやたらとニヤニヤされるし。夜は夜で、『今度は私の番よ!』とか意味不明に息巻くルイズが押し掛けてきた。で、この暑いのに泊まろうとするから説得して、でもダメだったんで寝かし付けてから部屋に輸送。ようやく眠れるかと思ったら、モンモンさんが“痩せ薬”どーとかで、材料になるモノがないかとか部屋を物色に来た。あんたが持ってない材料を、格下秘薬しか作れない私が持ってるわけないでしょーに。“痩せ薬”、乙女にとっては本当に“魔法のクスリ”だ。街の店も材料は品薄だったっぽいけど、私に愚痴るな私に。てか、そんな親しくもないでしょーに。結局帰ったのは、やたらスポーティーな格好のミスタ・グランドプレが『メニューをこなしてきたよ!』とか彼女によく分からん報告をしてきてからだった。…うん、疲れだな。これだけあったなら、疲れが溜まっても仕方ない。じゃあ今日はもう一眠りして…いや、寝るのはいいや。近いうちに永遠の眠りが来るだろうし、転生したらしばらくはベイビータイム。寝て泣いてお漏らしするインターバルな作業が待っている。睡眠を貪るのはその時で十分だ。さて。今日は、何をしますかねぇ。………てかさ、なぜ~に扉が全開なのでせうか?寝惚けて徘徊でもしたのか?私。<Side Other①>「いつまで不貞腐れてるんだよ。いい加減シャキっとしろって」いつもの服とは全く違う、地味な服を着たルイズに言う。「だって今日から“任務”なのよ?しばらく街の宿に泊まる事になるし…だから昨晩は一緒にって思ったのに………」「寝るまではいたんだからいいじゃねえか。それで、ちゃんとこの事は言ったのか?」「言ってないわよ。ホントはもう少し夜更かしして話すつもりだったの!でも仕方ないじゃない!?ベッドでラリカが折れるまで寝転がって頑張ってたら、アタマ撫でられて背中ぽんぽん叩かれて、気付いたら寝てたのよ!!」「子供じゃねえんだから…寝かし付けられるなよ…」やや呆れ気味に言いながらも、才人の頭には昨日の光景が映し出される。あのタバサをルイズに置き換えて…なるほど、と一人頷いた。「いいわよ、ラリカなんて私が見当たらなくて寂しい思いをすればいいのよ。もう知らないんだから」「普通にキュルケやタバサと遊ぶんじゃねえか?休暇の終わり頃には、あいつらむちゃくちゃ仲良くなってたりして」「………」才人は笑いながら、黙ったルイズの前に出ると、さっさと行くぞと促す。「もしかしたらギーシュとも遊ぶかもね」「………」才人の足が止まった。「…夏期休暇、長いわよね。無駄に長いわ」「…なあ、別に宿屋に泊まる必要ってなくねえか?ココア使って夜は学院に戻ればいいんだしさ。その方が節約になるし」「あんた、たまにはいいこと言うじゃない」「お前だって変な宿には泊まりたくないだろ?なに、寝てる間はどうせ情報収集なんて無理なんだし、宿で寝たって学院で寝たって変わらねえよ。姫様だって、学生のお前に危険な夜中に出歩いて情報を集めろ、なんて言ってないんだろ?」「ええ、むしろ危険な事はなるべく避けるように仰ってたわ」「決まりだな。よし、じゃあまずはどこで情報収集するか決めないとな。酒場かなんかで働いてみるか?」そう言いながら、改めて自分が選んで身に付けさせたルイズの格好を見た。平民に混じって、という事なので格好だけは田舎娘のようだ。しかし、顔立ちや雰囲気でどこか芝居の中の“田舎娘”といった印象を受ける。「酒場ねえ。確かに噂話には事欠かないかもしれないわね。で、どこで働くの?」「適当に従業員募集してる店を探すしかねえだろ」「でもあんまりいかがわしい店は嫌よ。前にギーシュが言ってたのよね、何でも妙なサービスがある“噂の店”とかなんとか」「んなところでお前を働かせるかよ。まともな酒場だよ、それともカフェにするか?客層は違うだろうけど噂話ならそれなりに聞けそうだけど」酒場の給仕をするルイズは想像できないが、カフェなら絵になりそうだ。「カフェ?ああ、最近流行の“お茶”を出す“カッフェ”の事?いいわね、そっちにしましょ。酒場は客として夕方からでも行けばいいわよね。姫様から頂いた活動費でお酒を飲むのは気がひけるけど…」「んなこと言ったら活動費は何に使うんだよ。宿代もいらなくなったんだし、別に贅沢、」才人の台詞が不自然に途切れ、何かを目で追った。ルイズは、不思議そうに小首を傾げて眉を顰める。「…どうしたのよ?ぼーっとして。あ!女でも、」「ちげーよ!俺にはもう、…じゃなくて。この世界にもオカマっているんだなーって思っただけだよ」「オカマ?」「さっきそこをくねくねしながら通って行ったんだ。あれは絶対オカマだな。なあ、もしかしてギーシュが言ってた“噂の店”って、オカマバーじゃねえのか?」オカマバーなら“噂の店”になりそうだ。珍しいし、何より特殊だし。まあ、興味はないが。「知らないわよ。興味もないわ。それより、酒場の話は後で考えるとして、さっさと雇ってくれそうなお店を探さなきゃ」「だな。でも、いきなり雇ってくれるもんなのかなぁ、履歴書…なんてねえし、やっぱ面接くらいはあるのかな」「面接?」「ああ、俺の世界でもバイトとして働く時には、―――――」<Side Other②>「…というわけさ。まったく、サイトも少しは空気を読む力を身に付ければいいのに。僕の感覚が正しければあと少しでラリカを落とせ…、というかだね、君も僕の話を聞いてるのかい?」「180っ!181!182!!ああ、聞いて、るよ!!186!187ッ!!」中庭、愚痴をこぼすギーシュの前ではマリコルヌが汗を迸らせながら腹筋に勤しんでいた。「それで、君は何をやってるんだ?僕の記憶が確かなら君はそんなに運動好きじゃなかったはずだが」「200ッ!!…ふぅ、いい汗かいたよ。で、何だったっけ?」「君がそんなことをやってる理由だよ」「ああ、モンモランシーになぜか運動するように言われたんだ。で、仕方なくやってみたら…その、目覚めたんだよ。自分の身体と心を限界まで追い込む快感にね。筋肉が悲鳴をあげても、苛めて苛めて、苛め抜くんだ。最初は苦痛だったけど、日に日に筋肉がついていく実感が沸いてきてね。今では苦痛は最高のご褒美さ!」「身体を鍛えるのが楽しくなったって事なんだね。でもなぜだかアブノーマルな感じがするんだ。どうしてだろう?」「そうかな?ぼくは別に変な事を言ったつもりはないけど…」2人はううん、と首を傾げて考え込む。10分ほど悩んだが、答えは出なかった。「まあ、これは置いとこう。それよりギーシュ、きみもこんなところにいないで、ミス・メイルスティアを誘って出掛ければいいじゃないか。邪魔しそうなサイトは、朝早くからルイズとどこかに出掛けたみたいだし」「…そういえば、そうだね。何が楽しくて汗だくの君と喋ってるんだろう…」「恋は戦いなんだよギーシュ。モンモランシーが形振り構わずぼくを手に入れようと企んだみたいに、積極的な者が最後には勝つのさ!さあ友よ、押して押して押しまくるんだ!」マリコルヌが熱く語る。ギーシュは一瞬呆けたが、やがてふっと微笑んだ。「まさかきみに恋愛を教わる日が来るとはね。やはりモンモンを任せられるのは君だけだったみたいだ。これは…僕も頑張らないとね!」2人は頷き合う。そこには男同士の、言葉には言い表せない何かがあった。「…ところで、例の水兵服。まだきみが持ってるよね?モンモランシーに着せたいから譲ってくれないかな」「ああ、進呈するよ。…着てもらう時は是非、僕も呼んでくれ」2人は頷き合う。そこには男同士の、言葉では言い表せないナニかがあった。<Side Other③>「ここよ、ここ。前に通りかかったとき、ちょっと気になってたのよね」キュルケは楽しそうに、隣にいるタバサに言う。最近、流行り始めたカッフェなる店。前回、ラリカやギーシュと街へ遊びに行った時はオープン前だったが、今はもう開店し多くの女性客で賑わっていた。「やっぱり連れて来ればよかった」「でもあの子、全然起きなかったじゃない。寝言かもしれないけど“何もしないで”とか何とか呟いてたし、無理に叩き起こすのも可哀想だしね。また今度連れて来ればいいわよ」そう言ってタバサの頭を軽く撫でる。店内に入ってすぐ、ウェイターが席の案内にやって来た。「いらっしゃいま…ってキュルケ?タバサも」その声に2人が顔を向ける。「え?ダーリン。こんな所で何やってるの?」ウェイター、才人は一瞬だけ『しまった』という表情を見せたが、すぐに諦めたような笑みを浮かべた。「あー、その、バイトだよ。バイト。とりあえず、席に案内するよ」「朝から見かけないと思ったら、アルバイトなんて始めてたのね。ウェイター姿も素敵よダーリン?」「からかうなって。それよか、ラリカは一緒じゃないのか?ギーシュの野郎の姿も見えないし…まさか!!」「ラリカは何だか寝不足みたいで、しばらくは起きないんじゃないかしら。それと、ギーシュがどうしたの?“まさか”、何かしらね?」言いながらキュルケはにやにやと笑う。「…ぐっ、な、何でもねえよ」「素直じゃないわねぇ。ま、多分大丈夫よ。ギーシュには可哀想だけど、何ていうかあれね。そういう対象に見られてなさそうだし。あたしが言うんだから間違いないわ」「その言葉、信じるからな?気休めとかだったら、」「注文」タバサが服の裾をくいくい引っ張る。才人は、小さくやべっ、と呟き伝票を取り出した。「仕事中だった。店長に怒られちまう」「けっこう忙しそうだものね。じゃあその話はまた後でねダーリン。ちなみにここのお勧めって何かしら?」「飲み物は普通にお茶だな。食べ物だと、特製のサンドイッチが一番売れてる」「じゃあそれをお願いするわ」「6個」普通に6人前を注文するタバサに、才人は聞き返した。「6人前って。そんなに食うのか?けっこうでかいぞ?」「1個はラリカにおみやげ」「それでも5人前…」「大丈夫よ、この子がたくさん食べるの知ってるでしょ?あ、それと支払いはルイズのツケでお願いね」事も無げに言う。「…やっぱ気付いてたか」「さっきから視界の端にピンクいのがちらちら見えてるから。……ルイズ、こっちこっち」ひらひらと手を振る。柱の陰に隠れていたルイズは一瞬固まったが、すぐに顔を赤くして早足でやって来た。「何であんたが来るのよ!」「来ちゃ悪かったかしら?というか、あたしはお客よ。給仕さん?」「うぐ。…なんの用、……御用でしょうかお客様」「いえ、ご好意のお礼を言おうと思いまして。奢ってくれて感謝いたしますわ、ラ・ヴァリエールさん」「はぁ?寝言言わないでよ!何であんたに、」「ラリカに言うわよ?」「勝手にすれば?ラリカはこんな事で私をバカになんてしないんだから」ふん、と鼻を鳴らしてルイズは断言する。「いえ、立派な貴族になるために庶民の生活を理解すべく、一生懸命頑張ってたって」「サンドイッチ、1個はおみやげ。ルイズから」「仕方ないわね。特別に奢ってあげる。…店長に給料から差し引くよう言ってくるわ」ルイズはそう言うと、なぜか嬉しそうに、やたら軽い足取りで厨房へと消えていった。「何ていうか、扱いに慣れてるな」やれやれと、首を振りながら才人が呟く。溜息の理由はキュルケに半分、単純なルイズに半分だ。「あの子が単純なのよ。それに入学以来の付き合いだしね。…それより、後でルイズにも聞かないと。こんな所で働いてる理由」楽しそうに言うキュルケに、才人は再び…しかし笑いながら溜息をついた。<Side Other④>トリステイン王宮の石床を、かつこつと長靴の響きを鳴らし、女騎士…アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランはアンリエッタの執務室に向かう。途中、行き交う貴族たちはすれ違いざまに立ち止まり、この“メイジでないシュヴァリエ”のいでだちに眉を顰めた。「ふん!平民出の女の分際で!」「“粉挽き屋”風情にシュヴァリエの称号を与えるなど、陛下も何をお考え、」「少なくとも、タルブ戦で“それ”に見合う戦果をあげたんだ。それが認められないのなら、貴族以前に人としての器が知れるぞ」わざわざ彼女に聞こえるように囁かれていた中傷は、突然会話に割り込んできた声に黙らされる。「っ、エルデマウアー殿!?それはどういう、」そのメイジの質問には答えず、エルデマウアー…あの夜、生き残った衛士は自分に気付いて立ち止まったアニエスに笑みを向けた。「ミラン。あんたも報告に行くんだろう?同行させてくれ。…こちらも、有力な情報を手に入れたんだ」通路に2人分の足音が響く。「…先程は、ありがとうございました」視線は真っ直ぐ前に向けたまま、アニエスが口を開く。「?礼を言われる覚えは…ああ、さっきの連中の事か。なら、逆に申し訳ないくらいだ。この国の貴族は未だ、ああいった連中が大多数を占めているからな。俺も、少し前までは同じだった」「…」「あんたも俺を含め、貴族など信用できないと思っているかもしれないが…一応、そんな貴族ばかりじゃないとだけは弁解させておいてくれ」「仰られずとも分かっています。私も人を見る目はそれなりにありますので。それより、良かったのですか?私を庇うような発言をしては…」「好きに言わせておけばいい。誰に何を言われようが、俺は自分がすべき事をこなすまでだからな。それはあんたも同じだろう?」「…はい」そして小さく、アニエスは呟いた。「………同じですね。私たちは」