第四十二話・思考の渦と、ターニング・ポイント2世界が上辺を“語る”間に、私は何を“騙ろう”か。誰が何を思い、何が誰を動かすのか。知らない間にナニかは進む。はてさて。<Side アンリエッタ>どこまでも、孤独だった。愛しい人を失い、悲しみに臥す時間もなければ、それを分かってくれる人もいなかった。枢機卿をはじめとする城の者たちは口うるさく自覚を求め、飾りの王は決断を迫られる。責任と重圧だけが日に日に膨らみ、心の休まる暇などない。自由な時間は王女の時より格段に減った。誰も、自分を分かってくれない。幼き日の大切な友人、ルイズでさえも昔とは違ってしまった。友情は確かに感じる。でも、何か変わってしまっている。タルブでの“奇跡”を問うた時、はっきりと感じた。今のルイズは、何でも私の言う事を聞いてくれた、昔のルイズじゃない。時間が彼女を変えてしまったのか。違う、アルビオンに行ってもらう前までは変わらぬ彼女だった。愛しい人を失った悲しみで気付けなかったが、確かにあの時からルイズは変わった。“おともだち”なのに、どこか枢機卿たちのように、私に“女王の自覚”を求めているような。そんな、胸が痛くなる感覚。愛する人を永遠に失い、友人も変わってしまった。何も遺されず、残されない。ただ、喪失と孤独。“奇跡の勝利”をおさめても、“聖女”と言われようとも、心は沈んだままだった。誰も理解してくれようとしない。本音を語り合える相手がいない。孤独は心を蝕み、眠れない夜が続いた。だから、彼が私の部屋に訪れた時。それが“違っている”のを理解しながらも身を委ねてしまった。彼が囁く言葉に、自分を何も知らない少女へ戻してしまった。そして、何を捨ててでもついて行くと決意した。後悔はなかった。たとえ相手がルイズでも、邪魔をするなら戦うつもりだった。結局、ルイズが“虚無”かどうかまでははっきり語ってはもらえなかったが、たとえ“虚無”でもウェールズと一緒なら怖くはなかった。迷いなんてなかった。………はずだったのに。衝撃と痛みは全ての感情を塗り潰し、彼女の叫んだ言葉が、頭の中を駆け巡る。女王に文字通り“弓を引いた”彼女の意思と、自分の選択。僅かに残っていた冷静な部分が、“少女”を“女王”へ戻していく。私は何をしていて、何をされたのか。何を憎み、何を選ぼうとしていたのか。感情に任せ、何を言ってしまったのか。愛しい人は、彼女の言葉で死を決意した?なら憎んで当然のはずだ。だって、彼女のせいで彼は死んだのだから。彼だってはっきりと言った。彼女の言葉が背中を押したと。『王家の誇りを示す討死』でなく、『大切な誰かのために殉ずる道』などと唆して。………たいせつなだれかのために?え?彼が死を受け容れた理由がそれなら。“だから”亡命しなかったのだとしたら、私の嘆きは、怒りは、悲しみは。褐色の女生徒が放つ炎によって、傷付いても死なないはずの騎士が少しずつ斃れていく。ルイズたちは彼女のサポートにまわり、その連携は素人目で見ても息を呑むほどだ。爆発と矢が牽制に飛び交い、風に雨から守られた炎が襲いかかる。放たれる魔法は土壁と使い魔の剣が悉く防いだ。ウェールズとその部下たちも統一のとれた動きはする。でも、彼女らとは根本が違う気がする。言葉なくとも交わされる意思、繋がった心。互いが互いを想わないと叶わないだろう動き。うらやましいな、と、場違いなことを思うほどに。杖を握ることができれば水の鎧で炎を無力化できたかもしれない。そうすれば戦況は一気に変わる。ウェールズたちの勝利は揺るがなくなる。でも、動くはずの左手は右肩を押さえたままで、自由なはずの足は立ち上がれなくて。戦場に、ただ呆然としているだけ。杖が、遠い。<Side 生き残りの衛士>『もし彼女が陛下だったとしたら…私たちは、ここで彼女を倒さないといけない!!』その言葉を思い出し、戦いの最中にも関わらず口元が緩む。なるほど、この国もまだまだ捨てたものじゃない。女王陛下が自分の意思で国を捨てるなどと仰った時、目の前が暗くなった。そんな主のために我が隊は犠牲になったのか、と叫びたくなった。今まで自分たちが命を、そして誇りをかけてやってきた事を否定されたようで、絶望に杖を落としてしまいそうになった。しかし、あの少女はやってくれた。折れかかっていた自分の心を奮い立たせてくれた。そうだ、自分が忠誠を誓い、命を捧げたのは“聖女”でも“アンリエッタ様”でもない。この、トリステインという国だ。女王陛下が国を捨てるのなら、それはもう、ただの“敵”。自分は“敵”からトリステインを守る為に戦うだけだ。そんな簡単な事を、まさか学生に教わるとは。女王陛下に弓を引くなど、並大抵の覚悟ではできない。それも“聖女”とまで謳われた今のアンリエッタ女王陛下に、一介の学生が。傍目で分かる、少女の強張った表情と決意の眼差し。あんな少女が、これほどの覚悟を持って王を諌めようとしている。ひとつ間違えば自分の命などなくなるというのに。…これは、死なせるわけにはいかないだろう。誇り高き者に、大人も子供も関係ない。あんな者たちにこそトリステインの未来を担う資格があるのだ。少女に放たれた風の刃を土壁で遮る。叩き伏せても押し潰しても再生する、人ならざる化け物ども。だが、少女の仲間が放つ炎で着実にその数を減らしている。4人の女学生に、1人の少年剣士。魔法衛士隊の自分が遅れを取っていては、死んだ仲間に何を言われるか分からない。「化け物どもめ。“トリステイン”を、舐めるな!」<Side フーケ>「は、ははっ、やってくれるじゃないのさ!」思わず乾いた笑いが漏れた。まさか、女王を射るとは。予想だにしなかった展開。あのメイルスティアが、アンリエッタ女王に先制攻撃。寝惚けた事を言う相手に痛い思いをさせて叩き起こすのは分かる。でも、相手は一国の主だ。それを普通に射抜いてしまった。掠らせるなどという生易しいものではなく、肉を抉り骨まで貫く重傷を負わせて。すぐ傍には魔法衛士隊の隊員までいるっていうのに。ウェールズの死体を使った策に、例の“聖女”がどう動くのか。それを確認するため、ゾンビ連中を尾けてきた。トリステインという国にも、“聖女”とやらにも興味はない。クロムウェルの傀儡になったゾンビウェールズでさえ、最早どうでもいい存在だ。ただワルドにどうしてもと言われたし、今後の対応のためには確かに把握しておきたい情報なので、結末を見届けるだけの傍観者に徹していた。それが、こんな面白い展開になるなんて。それもこれも、全部あの娘のお陰だ。ロングビルとして学院にいた頃、彼女はただの成績不振な少女でしかなかった。“破壊の杖”の時もなぜ捜索隊に加わったのか理解できなかったし、戦いでも正直なところ、何の役にも立ってなかった気がする。………あの忌まわしい使い魔は別として。使い魔、いないわよね?どこかに隠れてて、ラ・ロシェールの時みたく、いきなり巻きついて来ないわよね?あのわさわさ蠢く脚で…、あしで、あし…あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!よ、よし、大丈夫。落ち着くのよ私。こんな時はテファの顔を思い出して…。ふぅ。落ち着いた。もう忘れよう。忘れた、忘れたから。…しかし、まさかこんな場所まで出張り、あんな事までやらかしてしまうとは。一体何を考えているのか。もちろん、やろうとした事は分かる。あの場では誰かがやらねばならなかった事かもしれない。でも、それにしたって。「まあ、どうなるにせよ、後で大変そうだねぇ」女王を殺す気なんてさらさらないだろう。それはそれとしても、彼女は(事情は知らないが)女王に相当恨まれているらしい。加えてこの行動はどう影響するか。見かけによらず直情型だったのか、ただオツムが足らないだけなのか。どちらにせよ、この顛末は見届けなければ。…面白い、土産話ができた。ワルドには、せいぜい面白おかしく話してやろうか。