第三十二話・虚無の告白、閃光の叛意無能(ゼロ)は、虚無(ゼロ)になって還ってきた。栄光と波乱に満ちた未来を背負って。凡人はそろそろ退場していいよね?数日後、ブルドンネ街では戦勝記念のパレードが行われるなど、トリステインは奇跡の戦勝に沸いていた。“聖女”アンリエッタ姫の戴冠も後に控え…何ていうかアレだ。勝ったぜヒャホウって感じになってる。ルイズ&才人はあの日の夜には帰ってきた。原作通りなら、タルブで歓迎を受けたりするはずなんだけど、無人の村じゃどーしようもない。最初はどっかに隠れてるかと探したが、広場に刺さっていた看板と、黒コゲのオーク鬼死体を見て理解したという。『討伐隊の皆様、ご苦労様です。オーク鬼は石造りの建物にいます。退治が終わった○×村にご連絡下さい。 村長』かわいそーに、それを読み上げたルイズは一気に緊張感が解け、ぶっ倒れたらしい。シエスタはかなり感謝(オーク鬼自体を倒したのはアルビオン軍なんだけど)してたから、好感度は若干アップしただろう。それがいつか才人への恋になると信じたい。ちなみに彼女はタルブが解放されたから、再び里帰り&村のみんなにも知らせるとか言って帰っていった。よって手作りマフラーイベントは消し飛んだっぽい。まあ、そんな感じで仮初の平和が訪れた。そして。私の部屋にはルイズが訪れていた。学院は街と違ってそんな雰囲気的に変化はないのだ。流石は一応学び舎。食事がワンランク豪華になるとかくらいはして欲しかった。「でもホント良かったわ。これで姫様もゲルマニアに嫁がなくて済むし。あ、もうすぐ姫様じゃなくて女王陛下とお呼びしなくちゃいけないわね」クロスボウをいじりながらベッドに寝転がったルイズが言う。どうでもいいけど、それって部屋に飾るとか言ってなかったっけ?「よ~やく空席のままだったトリステイン王座がどーにかなるね。うんうん、戦況も落ち着いたようだし、良かった良かった」「ラリカ」ルイズはクロスボウを置き、じ~っとこっちを見る。何だどうした?「聞かないの?」「何を?」「私とサイトがどうやってアルビオン艦隊をやっつけたかって事」「“竜の羽衣”の銃が凄かったって話は才人君から聞いたよ」「違うわよ。“奇跡の光”の方」それは超絶シークレット情報だろう。姫様以外には秘密にしといてもらわないと。まあ、少ししたら公然みたいになるだろうけど、最初に打ち明ける相手は姫様であるべきだ。てか、私にそんなコト話すな。「ん~、奇跡が起こったってコトにしとけばいいんじゃないかな。正直、私の理解を超えた事態っぽいし。そのうち公式発表があるよ」「実はね、」って!せっかく興味ない雰囲気を出してやったのに!?自慢したいの?でも簡単に話していいような問題じゃないだろ?「ルイズ、」「あれは私がやったのよ!ラリカ!信じられる!?私、虚無の担い手だったの!!」言わなくていいよって言う前に、満面の笑顔になったルイズが抱き付いてきた。「ル、ルイズ?」「やったわ!私、“ゼロ”じゃなかったの!!それに、コモン・マジックなら成功するようにもなったの!成長してるのよ、私!」「ええと、」ふいにルイズの目に涙が浮かぶ。「………だから、ラリカを守れるわ。約束、守れる。私、強くなったんだからね」えへへ、と笑い、涙を隠すように私の胸に顔を押し付ける。…あー、何だ。それを言いたくて“虚無”を明かしたのか。そっか。う~ん、実に迷惑だ。虚無に重要視されてるザコ学生なんて、各方面から格好の的にされるに決まってるし。迷惑だけど…。まあ、今回だけ。今回だけは気持ちだけ受け取っておきましょーか。いずれ考え直してもらうにしても今回だけね。うん。「だーから、ルイズは初めから強いよって前々から言ってるでしょーに。虚無でも、虚無じゃなくたって。ヒトの話は聞くように。…でも、アリガトね」背中をポンポンと優しく叩き、髪を撫でる。でもこのまま放っておくのは危険かも。そろそろ例のカードを使うかな。面と向かって『オマエに重要視されてると逆に危険なんです勘弁して下さい』とか言うわけにはいかないし。少しずつ距離を離していくのが一番だろう。ノックもなしにドアが開く。才人…と思ったらモンモンさんだった。手にはワインの瓶。まーた酔っ払って私の部屋に?今度は戦勝で浮かれて飲んだのか?「お邪魔、…あっ」で、固まる。デジャヴどころの騒ぎじゃないくらい、前回と同じだ。「ほ、本当にお邪魔だったみたいね。失礼するわ」私が何か言う前にそれだけ言い残して出て行った。イミワカラン。…まあいいや。酔っ払いは放っとこう。「でもルイズ、“虚無”の事はもう話しちゃダメだよ~?みんなに言えないのは辛いかもだけど、ちょ~っと言いふらせるような問題じゃないからね」ルイズをやんわり離し、笑顔で言う。私に話したって事は、キュルケとかにも自慢しかねない。さっき去っていったミス・モンモランシにも。それはマズすぎる。「もちろんよ、サイトとも話し合ったもの。この事はラリカにしか言わないって。それに、虚無を話せなくたってコモン・マジックは成功するようになったから、“ゼロ”の不名誉は払拭できるわ」一応考えてくれてた、じゃなくて。なぜに私オンリーに。しかも才人公認て。「でも、ラリカがいてくれて良かった。虚無のこと相談できるもの。サイトはもちろん分かってるけど、ほら、異世界から来たから重大さがいまいち分からないと思うのよ。もしラリカがいなかったら不安で押し潰されてたかもね」ルイズは笑って言う。笑い事じゃないんだけどね。「いやー、過大評価かもかーも。わたくしルイズが思うほど頼りになる人間じゃ~ないですよ?私にできるアドバイスっていえば、無闇やたらに使っちゃダメかもってコトくらいで」「充分よ。ラリカに聞いてもらうだけで不安とか、吹き飛ぶもん」うん。やっぱり放っとくのは危険だな。まあ、姫様には既にバレてるだろうし、これで城に呼び出された時に“姫様と祖国のために虚無を捧げます宣言”&直属の女官就任イベントをこなせば何とかなりそうだけど。いくら私に友情っぽいのを感じていても、姫様との本当の友情には敵わないだろう。幼馴染パワーは凄まじいって聞くし。「ま、お話聞くくらいだったら力になりましょ~。へっぽこドットメイジだけど、それでもいいならね」頷くルイズに、私も微笑んだ。翌々日。才人が水兵服を持ってきた。凄い笑顔で。うん、何となく予想はしてたけどね。シエスタならともかく、私じゃ魅力ないでしょーに。何だ、もうね。アホかと。<Side Other>「一兵士の君たちの責任は問わんよ。ゆっくりと傷を癒したまえ、ワルド君」「閣下の慈悲のお心に感謝します」クロムウェルの言葉に、ワルドはベッドに座ったまま恭しく頭を下げた。体中に巻いた包帯が痛々しい。「それにしても、“聖女”か。ただの世間知らずのお姫様と思っていたが、“始祖の祈祷書”を使い、王室の秘密を嗅ぎ当てたのかもしれぬな」「王室の秘密?」「3つの王室に始祖が分けた秘密だよ。ミス・シェフィールド」クロムウェルが傍らの女性を促す。「はい。トリステインは“水のルビー”と“始祖の祈祷書”。アルビオンはこの“風のルビー”ともうひとつ、まだ調査中の秘宝ですわ」そう言って指に嵌められた透明な宝石の指輪を見せる。確か、ウェールズが嵌めていた指輪だ。「まあ、それはじきに見付かるだろう。それより、“聖女”どのに戴冠のお祝いを言上しなければね。…ウェールズ君」廊下から、甦ったウェールズが部屋に入ってくる。「お呼びですか。閣下」「君の恋人“聖女”どのに、我がロンディニウム城までお越し願いたくてね。お迎えにあがってくれないか?君がいれば道中の退屈も紛れるだろう」「かしこまりました」傀儡と化した皇子の死体は、抑揚のない声で答える。「ではワルド君。“聖女”を晩餐会に招待できたら、君にも出席願おう。まあ、それまでゆっくりと養生することだ」クロムウェルたちが退室し、それまで黙っていたフーケが溜息をつく。「死んだ恋人を餌に、残された恋人を釣る…ねぇ。ま、下種の小物らしいっちゃあらしいけど。似非貴族としても、司教としてもなっちゃいないね」「だから傀儡に甘んじるしか道がないのだろう。所詮はその程度の器だ」身体に巻いた包帯を剥ぎ取る。包帯の下は全くの無傷だった。「あんたも役者だね、子爵サマ。これでしばらくの間は“養生”できるじゃないのさ。閣下のお墨付きまでもらっちゃって」楽しそうに言うフーケ。「斥候の君の協力あってこそだ。ところで、あの村の連中はどうなった?」「タルブのかい?さあ。村もほぼ無傷で済んだし、そのうち戻ってくるんじゃないかね。けしかけといたオーク鬼は竜騎士が始末したんだろ?」「そうか。その件も含め、改めて感謝するよ」「そう難しくもなかったからね、別にいいよ。でも何だってあんな村を?国は裏切ったのに。あんな小さな村は守るとか…さっぱり分からないよ」ワルドは小さく笑い、軽く溜息をつく。「イレギュラーだ。僕とて、初めは放っておくつもりだったんだがな。あの夜、会わなければ村などどうでも良かったかもしれない」「あの夜?偵察に行った日に誰かと?」「あの村にルイズやガンダールヴがいたと言ったろう?怒りは人を強くする。現に、僕の“偏在”は例の飛行機械に敗れた。もしあの村に奴らの大切な者がいたとして、殺してしまえば後々面倒なことになりかねんからな」…それに、“彼女”の『大切』があったとしたら。聡い“彼女”の事だ、村に現れた自分と、今回の侵攻を結び付けるに違いない。だが、それはフーケには言わなかった。「ふぅん。まあいいさ。で、これからどうする?」「君は、あの秘書をどう見る」クロムウェルの秘書、シェフィールド。メイジではないようだが、ただの秘書とは思えない。秘宝とまで言った“風のルビー”を所持していたことからも、クロムウェルから並々ならぬ信頼…もしくは彼の重大な何かを握っているのだろう。「思いっきり怪しいね。盗賊の勘、女の勘、全部が怪しいって言ってるよ。それにこれまでに得た情報を併せると…もう、怪しむなって方が無理ね」「懐柔できそうに、もしくは口を割りそうに見えるか?」フーケは考える素振りも見せず、かぶりを振る。即答だった。「僕の見立てでは、奴は“かの国”に、もしくは直接ミョズニトニルンに繋がっていると考える。利用できるなら、これ以上の駒はないだろう」「ゾンビ君たちも生前の記憶は無くさないみたいだしね。どうせやる事に変わりはないんだ、試す価値は充分ってわけか」ワルドがベッドから立ち上がる。「そろそろ、傀儡の茶番は終いにしよう。これからは僕が奴らを利用する番だ」口元に笑みを浮かべ、腰に差した杖を抜く。「機を見てクロムウェル、そしてシェフィールドを ―――― 始末する」