第三十話・はぐ“そんな”わけないって。おぉぅ、才人って結構力強いね~。鍛錬の成果か、なかなかに逞しいじゃーないですか。包容力は同年代の貴族なんかより、ずっとありそう。パーカーの上からじゃ分かんなかったな。ちょっと汗の匂いがするけど、どーいうわけか不快ってワケでもない。いわゆるひとつのフェロモン効果?浅学だから詳しくないけど。いやー、でもまさか肉親以外の男性に抱き締められるとは思ってもみなかったなー。肉親だって幼児時代くらいまでだし。“前回の私”じゃ考えられないかも。かもかーも。あはははは、…あ~、ええと、そうじゃないだろ。現実逃避してないで考えろ私!!どうする?どうする?どうする?いや、マズいだろコレ。森の中で抱き合う(一方的に才人からだが)男女って時点で色々アウトだ。見られたら確実に誤解される。よし、順を追って状況を整理しよう!① 逆切れしたのを謝り&フォローに行った。② 抱き締められた。以上。…ダメだ、改めて意味不明だ。それがどーしてこの結果に至る?いやそれより今は、ひあっ!?抱擁パワーが上がっただと!?これがガンダールヴの力か!?多分関係ないけど!ちょ、待って、苦し…くはないけど、何かダメだ、ダメな気がする!放せ!!「さ、才人…君?」はーなーせー!人質を解放しろ!「ラリカ、俺っ………」ヒィィ!?耳元で呟くな!何かぞわぞわするぅぅぅ!!ち、力が抜け…、「あの、ちょっと、苦しい…かも」お願いします解放して下さい!ぅあ、頭がぼうっと…、「あ…、ご、ごめん!!」はっとしたように声をあげ、才人は慌てて私を放す。ずいぶんとあっさり…いや、助かった。「あ、あはは…、びっく~りしちゃったぜぃ」いやマジで。心臓止まるかと…逆に心拍数凄いや。深呼吸。ひっひふー。冷静になれ、冷静に。冷静になるんだラリカ。平常心だ平常心。「ホントごめん!!思わずその、つい!」頭を下げる才人。OK、OK、大丈夫。正直に謝った“友”に対してハグする事なんて、テキサスじゃ日常茶飯事さ!テキサスどころかアメリカさえも、この世界にはないけど。でも感激の余り抱き締めることなら普通にある。はず。そうに違いない。違いない。いやー、友情が厚いとこういう事もあるのですなー。うんうん。うん。「ん、い、いいよいいよ。ちょっと驚いたけどね。友情確認だと思、」「でも俺、決めたから。迷ってたけど、もう決心付いたから」顔を上げ、私を真っ直ぐ見詰める。な、何だその決意に満ちた瞳は?ものすごーく嫌な予感がするんだが。そんなわけない、そんなわけないよね?「許してくれなくてもいい。それで嫌われたって構うもんか。俺は、」や、やめ、「ルイズも、ラリカも守る!!」…え?あ。そっか。あー、うん。いや、助かった?とゆーか、一瞬でも“そうなのか?”とか思った自分に嫌悪だ。“そう”なワケないのに。自分の事は自分が一番知ってるのに。うん、何かちょっとムカつくような気が。自己嫌悪でムカムカしてるのだろう。「…才人君」「また“でもルイズ最優先で”とか言うんだろ?…もういいんだ。俺、勝手にラリカの事も守るから。2人に優先順位なんて付けられねえよ」何か以前ルイズが言ったのと同じような台詞だな、それ。主従は似るのか?飼い主とペットみたく?じゃあ私とココアもいずれ…考えたくない。よし、でも何だかようやく落ち着いてきた。冷静な私がアイルビーバックだぜー。「分かったよ、才人君。キミが結構ガンコってのは知ってるし、意味のない言い合いを続ける気はないゆえに。でもしか~し、1つだけ約束を」ここはやはり、前回のルイズと同じような言葉でいいだろう。さっさと済まして帰ろう。何か、そんな気分だ。『いつか私はいなくなるから、その時はルイズを大切にしてあげて』って。最終的にはそうなるんだし、そうなるべきだ。しかもこの場面では最高に適切っぽい。「ああ、分かってる」真面目な顔で才人が頷く。まだ言ってないんだけど…雰囲気で通じたのか。さすが主人公!「うん」とりあえず、笑顔で私も頷く。「いつかちゃんと、ケジメを付けるよ」うん?ああ、最終的には結婚も視野に入れるとかそういう話ね。気が早いなー。でも、その時はせいぜい祝福しよーじゃありませんか。「才人君の選択なら、間違いはないと思うよ。きっと納得の答えなんだと思う」そう言うと、才人は申し訳なさそうに笑った。「ごめん、優柔不断で。でも俺、後悔のないように、後悔させないように、真剣に考えたいんだ」「うん、分かってるって。答えなんてじっくりゆっくり考えて、それから出せばい~のです。急かしはしないから、才人君の正しいと思う道を進むのだよ」やはり、ルイズ×才人の公式は揺るがないか。原作という運命の前に、多少のズレなんか関係ないようだ。実に素晴らしい。どうやら才人も元に戻ったようだし、フォロー作戦は成功と見てよさそうだ。「よーし、じゃあ私は部屋に撤退しましょうか。と言っても、ルイズに招待されてるから夜になったらお邪魔するんだけどね~。でわでわ、剣の練習ガンバッテくれぃ」笑顔でひらひらと手を振り、“フライ”を使う。さて、一旦部屋に戻ってワインでも飲みますか。何か、無性に飲みたい気分。アル中じゃーないと思うんだけど。…それにしても、ビックリしたな。思い出すと、あばばばば。ヒロインの皆さんは凄いですなぁ。あーいうの、日常茶飯事なんだろうし。うん。ホント、凄いや。※※※※※※※※部屋に戻ったらタバ子がドアの前で待っていた。待ち合わせた記憶はもちろんない。てか、タバ子に用なんぞない。向こうだって私になんて用はないはず。「はしばみ?」とりあえず訊いてみる。タバ子は不思議そうに小首を傾げた。やはりダメか。“はしばみ”だけで通じるかと思ったんだけど。「弓」弓?…ああ、そーいや約束した覚えが。「教えて欲しい」どうしようか。正直メンドい。ワイン飲もうと思ってたところだし。危険度A級なタバ子とは仲良くなる気はないし。でもまあ、約束だしな。それに、気晴らしになるかも。「じゃあ、今日は座学で教えましょーか。部屋にどーぞ」頭を撫でる。夜までちょっとだけ、ラリカ先生の弓教室でも開催しますか。生徒は1人のマンツーマン指導。どっかの学習塾みたいだ。そういやタルブ空中戦はキュルケ&タバ子も用がなかったような。まあ、2人ともトリステイン人じゃないから余計に関係ないかもだけど。「頑張ろうねー、タバサ」何となく言ってみる。幸福は目前。多少のイレギュラーはあるものの、あと少しで計画は完成だ。この先、運命は加速する。“虚無”の覚醒に始まり、王家との親密な繋がり、本格的になる戦争。無能王やら教皇、エルフだって出てくる。ヒロイン候補も姫様参戦に加え、ティファニアとかいうハーフエルフまで現れるのだ。もう、放っといても私の存在なんて限りな~く希薄になっていくに違いない。もう少しなのだ。もう少しだけ頑張って立ち回ろう。小さく頷くタバ子に微笑みかけ、私たちは部屋へ入っていった。<Side 才人>気が付いたら、思わず抱き締めていた。いつもどこか余裕があるラリカの、あんな表情とか仕草とか、反則だ。それ以上にラリカの事が少しだけ分かったんだと思ったら、止まらなかった。「さ、才人…君?」戸惑うような彼女の声。…ラリカの身体、柔らかい。何かいい匂いもする。こんなに華奢で小さいのに。誰よりも思いやりがあって、なのに自分は蔑ろにして。感情が津波のように押し寄せ、抱き締める腕に力がこもる。アルビオンで泣いたルイズに抱きつかれた事はあった。でもあの時は彼女を慰めるのに精一杯で、それに自分からじゃなくて。「ラリカ、俺っ………」口が勝手に動く。自分が何を言おうとしてるのか分からないけど、それに任せてしまっても、「あの、ちょっと、苦しい…かも」!!「あ…、ご、ごめん!!」我に返り、慌ててラリカを放す。俺、何をしようとしてたんだ!? 「あ、あはは…、びっく~りしちゃったぜぃ」「ホントごめん!!思わずその、つい!」正直に謝る。そして、顔を上げると同時に、自分の中にあった決意を口にした。「でも俺、決めたから。迷ってたけど、もう決心付いたから」以前、言えなかった言葉。言わせてもらえなかった言葉を。「許してくれなくてもいい。それで嫌われたって構うもんか。俺は…ルイズも、ラリカも守る!!」※※※※※※※※「相棒、ホント優柔不断だな。何だよあの台詞。ラリカ嬢ちゃんじゃなかったら完全に愛想尽かされてるぜ?」デルフが呆れたように言う。「ならどう言やよかったんだよ」「そりゃ“俺はラリカを守る”だろ。てかよお、ああいう場面じゃそう言うもんだろ。他の娘の名前を出すか、普通?」尤も過ぎる意見だ。剣のくせに。「俺だって言いそうになったよ、でもまだ分かんねえんだよ」「ラリカ嬢ちゃんの事は一時の気の迷いかも、って意味か?」「ちげえよ!…そんなんじゃねえ」ルイズとラリカ、自分にとってどちらが“そう”なのか。まだ自分でも分からない。だからこそ、一時の感情じゃなく、真剣に考えて答えを出したいんだ。「ふぅん、まあどうでもいいんだけどな。俺ぁただの剣だし。ただ、投げっぱなしは後々面倒になるから気を付けろよ」「だからケジメはつけるって言っただろ?」「まぁ、ラリカ嬢ちゃんは相棒がどっちを選んでも納得してくれそうだけど。娘っ子の方は知らねえぞ。何でもいいけど、使い魔が痴情の縺れで主人に殺されるのなんて見たかねぇからな」そう言ってデルフは笑う。他人事だと思いやがって。「…ケジメは付けるさ」「で、結局どっちなんだ?とりあえず俺にだけ教えろって」「だから!まだ悩んでるって言っただろ?どうでもいいんじゃなかったのかよ!?」「いや、相棒の反応があんまり面白れえんでつい、」無言でデルフを鞘に収める。「だから、まだ分かんねえんだよ」溜息をつき、見上げた空には2つの月。どちらも綺麗で、どちらかを選べと言われても選べそうにない。「………分かんねえんだよ」