幕間5・知らないトコロで話は進むそれではみなさんさようなら。 なんて。ね。<Side 才人>俺は、ミョズ…何とかってふざけた野郎が見せた一瞬の隙を見逃さなかった。もうガンダールヴの力は殆ど残ってない。でも、奴への怒りが、ラリカを救いたい想いが俺を奮い立たせた。後腰に差したもう1つの武器。俺の最初の武器にして、ラリカがくれた勝利の剣。デルフを使うようになっても、こいつは手放さなかった。手放す気にはならなかった。暇さえあれば“固定化”や“硬化”をかけてもらい、毎日磨いた俺の小さな相棒。『斬伐刀』が“ユンユーンの呪縛”を断った。悲鳴をあげ、倒れ込むミョズ…何とか。いや、ラリカ。抱きとめようとするも、ガンダールヴの力は完全に切れ、俺も膝を付く。これ以上は動けそうにない。でも…これでラリカは戻ってくる。ルイズがラリカを抱き起こそうとする。悪夢は終わったんだ。後は早いとこ脱出しないと。何やってんだよ。どうして泣いてんだよ。嬉しいのは分かってるって。でも今はそんな事してる場合じゃないだろ、ルイズ。早く、ラリカを起こせよ。なあ。頼むから、早く。<Side ルイズ>“ユンユーンの呪縛”とかいうマジックアイテムが真っ二つになる。これで、これでラリカが戻ってくる…!!無意識のまま駆け出す。がくりと膝を付き、しかしほっとしたような表情のサイト。ご主人様をハラハラさせるなんて!後でお仕置き…いや、今回は素直に労おう。倒れ込むラリカ。表情はさっきまでの禍々しいものでなく、いつもの、穏やかな彼女のものだ。ラリカ。もう大丈夫。もう絶対、こんな目に遭わせたりしないから。さっさとこんな所を脱出して、トリステインに…学院に戻ろう?だから、ラリカ?どうして息をしていないの?…え?ええと。ラリカ?あ、あはは、冗談。ラリカ?…ラリカ?<Side Other>ガタンと大きな音が響き、天井の破片がパラパラと落ちてくる。柱の一つが土に変わっており、そこから亀裂が、綻びが広がっていた。「あ、相棒!!まずいぜ、ミョズニトニルンの奴が最後の最後に“錬金”しやがった!この礼拝堂を崩壊させて全員生き埋めにするつもりだ!!」デルフリンガーが叫ぶ。しかし、ルイズも才人も動かない。「何やってんだ相棒!!早くしねえと全員、」「ラリカが!…ラリカが、息をしてないの!!」ルイズの悲鳴にも似た答えに、デルフリンガーは言葉を失う。「嘘だろ…、そんな、“ユンユーンの呪縛”は解けたんじゃ…」才人の手から斬伐刀が零れ落ちる。「…相手は未知の呪いだ。どんな事態が起こっても不思議じゃねえ。ミョズニトニルンが言った解呪の方法だって真偽は分かんなかったんだ。だから…、」誰も何も答えない。壁の一部が崩れ落る。亀裂はもう天井まで達し、いつ崩壊するかも知れない。「だから…、相棒。今は、今は脱出することだけを考えろ。このままじゃ全員助からねぇ。ラリカ嬢ちゃんも、それを望んでるはずだ」答えは返ってこない。ルイズはラリカを抱き締めたまま動かず、才人もその様子を呆然と見詰めている。爆音もすぐ近くまで迫ってきている。時間がない。でも、誰も動かない。「相棒…娘っ子…、くそっ…」デルフリンガーの声だけが虚しく響いた。奇跡は、起きない。親友の死を乗り越え、少年と少女は強くなるはずだった。やがて来るだろう友の迎え。2人は2つの亡骸に別れを告げて、崩れゆく礼拝堂を後にする。瓦礫が亡国の皇子と心優しい少女の上に降り注ぎ、1つの物語が幕を閉じるのだ。…そのはず、だった。奇跡は起きない。( だって、“わたし”は、まけないから )起きるのは、ただの誤算。( へいおんを…てに、 )「………けほっ」小さな咳嗽と共に。終わるはずだった運命が、再び動き始めた。※※※※※※※※<2日後 Side ワルド>「“虚無の茶番劇”か。確かに茶番だな」クロムウェルの行って見せた“奇跡”。死体を修復し、意のままに操る“虚無”。それを見せ付けられたのは昨日の事だ。あれは“虚無”ではない。ミョズニトニルンが言っていた指輪の力なのだ。まだ“アンドバリの指輪”を調べたわけではないが、恐らく真実だろう。予備知識なしであれを見れば、自分も信じたかもしれない。真実には程遠い茶番を。ウェールズをなるべく傷付けずに始末しろという依頼は、彼の死体をクロムウェルが利用するためなのだろう。確かに強力な呪文でバラバラにしてしまっては修復できない恐れもあるし、戦場に行かせてしまったら死体の発見すら難しくなる。王の最期は火の秘薬での自爆だったと聞いたが、ウェールズもいざとなればそうしたかも知れない。…死体を操る、か。ミョズニトニルンらしい下種な手段だ。しかもその役をクロムウェルという傀儡にやらせ、自らは安全な場所で高見の見物というわけか。崩れた礼拝堂の前で足を止める。小さな竜巻を起こし、瓦礫を吹き飛ばす。多少汚れはしていたが、ウェールズの遺体が姿を現した。最期の最期に一矢報い、ガンダールヴに腕を切断される切欠を作った男。死に顔が穏やかに見えるのは気のせいではないだろう。彼は、自分にとっての『大切』を貫けたのだ。…。ルイズとガンダールヴ、そして彼女の遺体は見当たらない。ミョズニトニルンはあの後どうなった?恐らく、奴からの連絡はしばらくないだろう。レコン・キスタがハルケギニアを統一しなければ、奴とその主の計画とやらは動かないのだ。ミス・メイルスティアの身体を操り、ガンダールヴらとどこかに?しかし、それは考えにくい。奴が評価したように、ミス・メイルスティアはただの学生メイジ。使えるかといえばそうではないのだ。ならば、3人の行方は…。再び竜巻を起こし、瓦礫を飛ばす。…なるほど、そういう事か。直径1メイルほどの穴。誰かが穴を掘ってきて、彼らを逃がしたのだろう。思わず口元に笑みが浮かぶ。ならば、と地面を見回す。…やはり、綺麗に切断された“ユンユーンの呪縛”が転がっていた。もう魔力は消えてしまっているが、間違いない。ガンダールヴを甘く見たか、ミョズニトニルンよ。「そうか…、生きているのか」ルイズを手に入れるのはもう無理だろう。既に興味もない。敵として会えば杖を向けることになるだろうが、邪魔しない限りはもうどうでもいい。ガンダールヴと再戦するとしたら。やはりルイズ関係だろう。こちらも同じだ。敵として向かってくるなら容赦しない。そして、ミス・メイルスティア。彼女はルイズを、トリステインを裏切った自分を、他とは違った目で見据えていた、“誰の『大切』も、私は否定しないです”“子爵様…、それが貴方の選択なんですね”誰のどんな『大切』も否定しないと言った彼女。あの不思議な少女と会うことは、これから先あるのだろうか?小さく笑い、“ユンユーンの呪縛”を魔法で消し飛ばす。再びウェールズに視線を向け、呟いた。「殿下。貴方の『大切』だったものを、僕は否定しないですよ」死を悼むつもりはない。殺した後悔もない。だからこそ、その死を否定しない。その選択を否定しないのだ。踵を返し、礼拝堂を後にする。それでもう、振り返らなかった。