シャトルを支ええている発射台は、余りにもお粗末なものだった。たしか普段は気象観測用や通信衛星用の無人ロケットを打ち上げるのにしか使われてないのだから仕方ないか。備え付けの階段を駆け登り、シャトルの唯一の入り口にたどり着いた。コンテナの横っ腹にあるそれは、これからの打ち上げに耐えられるのか多少の不安が残るが、今はそれどころではない。
私は、ポケットに突っ込んであった掌サイズの携帯端末に、開錠コードを打ち込むと、鈍い音と共にドアが横にスライドする。この携帯端末は、ゲシュペンストのメインコンピューターと繋がっている特別製で、一見すると大き目のコンパクトにしか見えない。一昔前のスパイ映画の小道具みたいだが、これはゲシュペンストの設計開発者である、私の父の趣味だ。
シャトルの中には、積み荷であるゲシュペンストが、様々な予備パーツの小コンテナに挟まれながら、窮屈そうに収納されている。
私の接近を感じ取り、腹部のコックピットのハッチが開く。乗降用のケーブルが降ろされた。私がそれを掴むと、自動で巻き上げが始まる。
ゲシュペンストのコックピット、連邦軍にもDCにも、これと同じタイプのはないだろう。
標準より二回りはでかいリニアシートに左右のことなる操縦レバーと、両足を置くペダルがついているだけなのだ。かなりあっさりしている。
私はシートにヒップアタックを食らわせるかの勢いで、ゲシュペンストに乗り込んだ。シートは衝撃を柔らかく受け止め、私の体を固定していく。こいつにシートベルトはない。
左右異なる(簡単に言うと、右が横棒、左がボール型)レバーに手を置くと、二重ハッチが閉まり、一瞬の暗闇、そして前、横、後ろと360度外部映像が映し出される。そして、ここからがゲシュペンストならではだ。
「レナン! タケダ司令と通信を開いて!それとこの基地で行われている戦闘の情報を、シャトルから近い順に出して!」
すると、私の前に四十cm位の正方形が出現した。それがさらに小さい正方形に別れ、四種類の異なる映像が映る。
空間映像投射システムによって造られた、情報表示ディスプレイ。宙に浮いているので、フライウィンドウ=FWと名づけられた、ややこしいシステムだ。音声入力によって命じられた事を、ゲシュペンストのコンピューターが最適と思われる大きさのFWを浮かび上がらせて答えていくのだ。これも父が考え出したものだが慣れるまではこのFW、えらく鬱陶しい。
ちなみに『レナン』は私がコンピューターにつけた名前だ。誰からとったなんて言わなくてもわかるだろう。
左上にタケダ司令が映っている。どうやら司令室で無事らしい。だが忙しそうだ。
「司令、Gに乗り込みました! 」
敬礼もせずに怒鳴るように状況報告、ナイメーヘンの実習でこんなことやったら即減点だろう。
それを聞いて、タケダ司令は破顔一笑、声も弾んで簡潔な指示を出す。
「よーし、カウント150で行くぞ!よろしく!」
そして、不器用なウインク一つして、
「幸運を祈る」
と通信がきれた。ふふ、何故か格好よかった。
「レナン、シャトル発射準備、カウントは150で」
すると、さっき通信に使っていたFWに『了解、マスター』と文字が出て、それが数字の150にかわり149、148と減っていく。この即席シャトルの操縦は、このコックピットからやることになっているのだ。といってもやるのはレナンだけど。
やることがなくなった私は、外の戦場の様子に目をやる。ジェスは大丈夫だろうか・・・やはり、心配だ。
シャトルの外部に取り付けられたカメラから、はっきりと映っている映像は一つだ。あとはぼやけて解りづらい。
その一つに、ハイゴックのモノアイに、ビームサーベルを突き刺しているネモが映っていた。これがジェスだ、絶対! 格好いいっ!!
「これを全面投影、後はカット!」
これ、と目当ての画像に触れると、その画像がコックピットのメインスクリーンに映し出され、他のFWが消える。大迫力だ、うん。
ジェスのネモは、ハイゴックを蹴飛ばし、ビームサーベルを引き抜いた。そして青く塗られたズゴックと対峙する。レナンのカメラワークは絶品だ。戦場の緊張感が上手く出ている。
よく見ると、ジェスのネモはシールドは欠けてるし、至る所に引っ掻き傷がある。けど、動きには支障は無さそうだ。
対するズゴック、こちらは無傷だ。今、この場に着いた所なのだろうか?
間合いは・・・ジェスに不利だ。ネモの武器はビームサーベルのみだが、ズゴックは両腕のビーム砲、頭部ミサイル、それに主武器の鋭い鉄爪、全て健在。
先に動くのは、ズゴックの方だろうか?ジェスがやっているのは、基本的に時間稼ぎなのだから、セオリーとしては・・・ん?
私の分析はあっさり覆された。ジェスが斬りかかってしまった。
バーニア全開の直線一本突き。ジェスの得意技だ。私はシュミレーションでこれで三回やられている。回避がしづらい、単純にして豪快な攻撃だ。
!? 躱された!!
戦慄と驚愕が私を貫く。ズゴックは直線突きを地面に這いつくばるようにして伏せて躱した。そして・・・左の鉄爪を下から突き上げた、危ない!
ネモの右腕が肩から千切れた!しかしジェスはまだ諦めてない。左腕がもう一本のビームサーベルを抜いていた!
よし、いける!・・・しかし私の期待は裏切られた。
ズゴックは右腕と、自らが起き上がる力を利用して、ネモを投げ飛ばした!何てことするんだ貴様!
ジェスのネモは、地面を転がっていく・・・信じられない、ジェスがあっさりやられてしまうなんて・・・
もし・・・もし、ジェスが死んだら、殺されたら・・・
私は、私は・・・
ピーピー!! 警告アラームと共に、FWが眼前に出る。私は空ろな目でそれを見た。
ズゴックのビーム砲がこの発射台を狙っている、脱出しろ、打ち上げを中止しろ、そんな事が書いてあったが・・・私はショックで思考が麻痺している、何の指示も出せない・・・
!! ズゴックが弾き飛ばされた!後ろに見えるのは、ネモ・・・ ネモだ!
ジェスが生きていた!
でも、ジェスのネモは、満身創痍、ボロボロだ・・・右腕に続いて、今のタックルで左腕も外れかかっている、もう左腕も動かないだろう・・・
それでも、ジェスは立っている。私と敵の間に。
まだ、私を護ってくれている。
「ジェスに! あのネモに通信つないで!」
私はどうすればいいんだ!! ゲシュペンストを出してジェスを助けに行きたい!しかし、そうすればこの基地の人たちの努力が、全て水泡に帰してしまう!
「ん、なんだ・・・ 」
ジェスと、通信が繋がった。あ、あぁ・・・
ジェスは、額から物凄い血を流している・・・そうだ、ジェスはノーマルスーツを着てない。あの衝撃を生身で受けていたんだ・・・
「ジェス、大丈夫か!?」
愚問だ、でも問わずにはいられない。それほどの出血なのだ。
「あんまり、だ。しかしまいったぜ、初陣の相手が、ランバ=ラルだとよ・・・」
ランバ=ラル・・・ 青い巨星。ジオンDCのスーパーエースじゃないか・・・
それなら、さっきのジェスの先制攻撃も理解できる。あれはいちかばちかの勝負に出たんだ・・・
『ひけぃ、小僧!!』
ジェスのネモに、通信が入った。野太い声だ。わかる、これがランバ=ラルの声だ。
『もう勝負はついた! 命を無駄に散らすな!』
降伏をジェスにすすめているようだ。
そうだ、そうしてくれ!でも、言葉に出来ない、ジェスの顔を見ていると、そんなこと言えるわけがない。
「嫌だ」
今にも壊れそうな、もう武器のないMSに乗っているのに、ジェスはそう言った。
『無駄死にしたいのか!』
その問いに、ジェスは笑って答えた。
「あれにゃ、大好きな女の子が乗ってるんでね」
大好きな女の子、ジェスは私をそう言った・・・
「だから、嫌だ」
私の心は、決まった。
・・・わかった、ジェス。でも、もしあなたが死んだら、仇をとって私も死にます。だからだから、頑張って、ジェス・・・
『ハッハッハ! 気に入ったぞ、若造! 名を教えてくれ!』
豪快な笑い声、青い巨星もジェスを認めたのだ。
「レナンジェス=スターロード少尉」
静かに答えるジェス、出血の為か息が荒い。けど、双眸は獣のようにギラギラしている。
私は、覚悟を決めた。そして、絶対に目を逸らさない。見届ける、この戦いを。
『行くぞ、レナンジェス!』
ズゴックが、突っ込んでくる。手加減なし、全力でジェスを仕留める気だ。
ミサイルが連射された! 四発!
ジェスは最低限の動きで躱しながら、前に出る。体ごとぶつかるつもり気?それとも自爆?いや、それはない、ジェスの瞳は死に逝く者のそれではない。
左腕から、レーザーが放たれた。避けるジェス、でも左腕を持ってかれた。
間合いが狭まった、ズゴックの右爪が唸る。狙いは、コックピット。
「ジェス!!」
ジェスは、バーニアを噴かして飛んでいた。間一髪躱した!鉄爪がコックピットを貫く寸前に!
そして、低空でバーニアと姿勢制御アポジモーターを全開にして、クルッと回って・・・これは・・・
「いけぇー!!」
ジェスの絶叫、その瞬間ネモの右脚の踵が、ズゴックの頭部に突き刺さった!
MSで踵落とし! 凄い、無茶苦茶だ!
二機のMSは崩れるように倒れていく。
ネモに至っては、右脚も壊れてしまった。あぁ、頭ももげて落ちた。
ジェスとの通信が切れてしまった、ネモの通信機が壊れたみたいだ。
『 打ち上げ二十秒前』
アラームと共に小さいFWが出現、カウントは続行されていたみたいだ。ロケットのエンジンが点火した。小刻みにシートが揺れる。
十五秒前。あ、ネモから何か転げ落ちた。これは・・・ジェスだ!
十秒前。小さくて見えないけど、間違いない、よかった生きていた・・・
五秒前。元気に両手を振っている、何か叫んでるけど聞こえない、でもいい。今度は私が頑張る番だ、そうだよね、ジェス。
0、発進、離床。
Gが急速にかかる、北極ベースがあっという間に小さくなる。
もう、ジェスは見えない。
「私は・・・ 宇宙にあがる・・・」
そうだ、一人で・・・ あの広大な宇宙に・・・
皆が護ってくれた、このゲシュペンストと一緒に・・・
-幕間へ-
-後書き-
スパロボSSで、まず最初に主人公が戦わないSSを書いたのは、多分自分だけじゃないだろうか……?
ランバ=ラルを書くために『哀 戦士たち』を見直したのも、いい思い出です。
しかし、今、読み返しますと、ゲシュペンストのOSの『レナン』、これはOSと言うよりAIですね(汗