俺にとって八神はやてとは、ちょっと怖い姉御肌の人物である。
最初の出会いのときから、彼女とのトークは突っ走りぱなしだが、その過激なお話が実は好きだったりする。
何より、彼女との一時は平穏とは遠いものの好きな時間ではあるからだ。
しかし、そんなはやては独り、いや、正確には俺が付き添ったりはしているから独りにはさせているつもりは無いのだが、
世間体的に言えば、また現実的に客観的に見るならば、彼女は天涯孤独だった。
いかに、不自由ないお金を与えられようとも、不自由ながらも生きていようとも、その実、居心地は非常に悪いと思う。
生きているのに、死んでいるのに近い常態。
その状態を強いて表すならば、生きていること自体が無意味、と言うのかもしれない。
その理由は、先ほども言ったように、天涯孤独であるが故である。
ならば、逆に考えよう。
天涯孤独とはどんな理由に出来上がるのか。
また、なぜ天涯孤独と言うのかを。
それを単純に言うならば、家族がいない、身寄りがいない、親族がいないといった、
血縁関係からの、また親戚その他からの援助──というと、おかしな響きだが、生きるのにはお金が単純に必要なので、援助と言っても差し支えはないとは思う。
なら、お金をもらえれば天涯孤独ではないのか?
それも、また違う。
そもそも、それについてはすでに上で否定している。
…………。
いや、もうやめよう。
こんな遠まわしな言い方が、そもそも俺らしくない。
事実を単純に、ありのままに言えばいいではないか。
つまりは、
「はやてが俺の家族になる、ということだ」
「……よう聞こえんかったわ、もう一回説明してくれへん?」
「いや、もう3回目だろ。天丼でもないよ」
「うぅ……それを言われると弱いんやけど、でも、もう一回や。な? ほんまに頼む」
「だ・か・ら」
今日4回目の『はやてが俺の家族になる』と言う言葉をはやてに言い渡す。
そうすると、はやてはまた難しそうな顔をして悩み、言った、
「ええっとな、もう1──」
「はやて!!!」
「うっ、で……でもなぁ、竜也君」
「もう遅いよ、届出も出しちゃったし」
俺のその言葉に、そなあほな、と小さく呟く。でも、そうやったなと自ら確認する。
その言葉には呆れと言う感情が大多数含まれているように思えるが、どこか嬉しそうなのはどうしてだろう。
そもそも、聞き返すときも思い悩んでいるように思えたが、時折、笑顔にもなっていたところから不思議ではあった。
何を悩んで、何に喜んだんだ?
喜びたいんなら素直に喜べばいいのに……はやてのダークな部分もそれなりに惹かれる所はあるけど、
それ以上に笑顔の方が俺は好きなんだけどなぁ。
そうそう、今みたいな感じ。
はやては俺に言われた言葉繰り返し呟くと、ぱぁっと笑顔になったり、「でも……」と言った感じに悩んだりを繰り返す。
思い悩む理由はなんとなく想像できる。
この間──と言っても、大分前のような気がするけど温泉のときも、自分の足が原因で行かないと言い張ったし、
たぶん、遠慮がちな、はやてのことだ、今回もそこらへんで悩んでいるんだろうなぁ。
というか、そもそも家が引き取るのは決まってるし、すでにはやては‘八神’はやてじゃなくて、‘相沢’なんだよな。
母さんが出しにいっちゃったから。
余談ではあるが、もちろん本人の許可なしではない。
直接、本人の家に出向き(もちろん当然のことだ)本人に了承を得た。
そのときのはやては、喜びいっぱいって感じで、ずっとニコニコしてて、
「ふふふ、今度から竜也君と一緒の苗字かぁ。嬉しいなぁ。ふふふ……うふふふ」
と、あまりにも壊れていた。
ああ、傍にずっといた俺は、背筋に凍るものがあったというのは、語らぬも当然のことである。
しかし、その後すぐ……と言うほどでもないが、母さんが届出に出しに行って30分ぐらいのころだろうか。
急になにか思いついたかと言うと、ぶつぶつ言い出し、この状態だ。
全く、何が気に入らないんだよ?
さっきまではあんなに喜んでて今だって喜んだり嬉しがったりしてるのに……。
これはあれなのか? 乙女心ってやつか!?
…………。
違うか。
「そうやで」
「そうきたか!」
久々に炸裂ー!はやての読心術!!
俺には効果が抜群以上に、心を読まれると言う恐怖でここしばらく寝れなさそうだー!
だって、これから同じ家だもん……。おーあーるぜっと。
「はぁ。っで、何を悩んでたんだ」
もし、仮に今までの悩みが乙女心とかいうやつなら、俺の今までの心配はなんだったんだろう。
これが本当の気苦労? それとも思い過ごし?
どっちにしろ、俺の大切な! 大切な時間が無意味に使われたことになるけどな。
「うん、それなんやけど……兄妹で結婚ってできるんやっけ?」
「…………悪いはやて、よく聞こえなかった」
今、結婚って言った? 言ってないですよね? 言うわけないじゃないですか!
俺の耳がおかしんだよな。そうだよね、そうなんだよね。
これは一回耳鼻科かな? ああ、もしかしたら精神科も脳外科も必要かもしれないな。
でも、いいや、うん。
とりあえず病院行こうかな。はやてと一緒に。
「いや、ええんや。自分で調べるから」
「…………」
何を調べるつもりなんだろうねー。
出来れば、俺には関係ないことだといいなぁ。例えば、法律とか結婚とかいう単語も遠慮したいな。
そんな時だった、陽気な声と共に母さんが帰ってきた。
今回の‘八神はやて相沢家引取り企画’に賛成するものは一人だけだった。
というよりは、反対する者もいない状況ではやて本人の了承を得た為に通った企画であった。
この企画に対し、関係者は語る。
フェイトは、家族が増えるのは純粋に嬉しい……でも、また竜也の知り合いの女の子? と首を捻った。
そのフェイトの妹であり、最近では俺に餌付けされつつあるアリシアは、妹猫が欲しいと一言。しかし、同時に拒みもしないし、家族が増えるのは嬉しいと答えた。
竜也の直属のペットであり、竜也の一番の親友である、なのははと言うと、
「また、なの? また、竜也君に女の子の知り合い……が? ははは」
「いや、待て落ち着くんだ! なのは」
「あははは。何を言ってるのかな、竜也君。なのははこれ以上ないほどにオチツイテルヨ?」
「語尾が! 語尾が正しい日本語の発音をしてない!」
かつての闇はやてを連想される……否! それ以上の危険度を肌からひしひしと感じる。
な、なんだっていうんだよ……。
俺は何もしてないし、いや、今回の件に関しては本当に何にもしてない。
全部母さんが仕組んだことなのに!
「竜也君?」
「は、はい。なんでしょうか?」
「私の怒っている意味が分かるかな?」
い、一人称まで変わってるよ?
怒っている意味だと?
全くもって想像もつかないです。いや、まて。さっきの言葉の中にヒントがあったはずだ!
落ち着け、俺。落ち着くんだ!
さっきの言葉を思い返す……。
「また、なの?」
また、とはなんのことだろう。それは、俺がかつて犯した過ちがあると言うことだ。つまりは、これは二度目のことだからいい加減に堪忍袋の緒が切れた、ということなのか?
なるほど、確かに二度目なら怒られても仕方がないかもしれない。
しかし、だ。それは内容によるのではないのだろうか?
もし、どうしようもなく。それが必然であった場合など、逆に完全に偶然であった場合は理不尽な怒りだろう。
となれば、これだけでは判断がつかない。なら他のヒントはどうだ。
「新しい女の子」と言う言葉……ん? これには思い当たる節が……。
「なのは?」
「…………」
「もしかして、はやてに嫉妬?」
「にゃ!? そ、そんなわけないヨ? なのはは竜也君なんかには嫉妬しないヨ」
明らかに、動揺して慌てて見繕ったのがもろばれだぞ?
はぁ、そうか……猫って嫉妬しやすいんだっけ?
そういえば、猫姉妹に初めて会ったときは威嚇していたような……そうだったのか。
「悪かったな、なのは」
「にゃ、にゃんのことかにゃ?」
「最近構ってあげてなかったからなぁ」
「へ?」
そうだよな。
俺は最近家のことで忙しくて、フェイトとアリシアと定期的にはやてと絡んでばっかしで。
なのはとは登下校を一緒にするだけだったもんなぁ
「よし、今日は存分に遊んでやる! だから、嫉妬するなよ」
「だ~か~ら~! なのははし──」
「よし、お手だ!」
「にゃにゃ!? にゃん」
お手を通して、なのは猫の手の温かみを感じる。
そして、なのは猫も自然と笑顔になっていくようだ。
うん、その顔。その「にゃはぁ~」顔が大好きなんだよ!
たまらないじゃないか、そんなかわいい顔してるとついつい、
「撫で回したくなるじゃないかぁ、ははは」
「にゃ……にゃぁ~ん。にゃふぅ」
俺となのははしばらく、「ははは」「にゃははは」と言いながら市内を駆け回った。
もちろん、なのはがスリスリしながら、俺がお手をさせながらだ。自分で言うのもなんだが器用なものだと思う。
そんな、なのはと俺の姿を微笑ましそうに眺める人もたくさんいれば、後方から必死に木刀を持って追いかけてくる人もいたようだが、おそらく気のせいだっただろう。
閑話休題。
つまり、このはやて相(以下略)は、俺のなのはの懐柔により反対するものはいなかった。
しかし、問題は山済みである。
そしてこの問題の一つと言うのがこの世界に生きる、いや、ありとあらゆる次元世界における最も難しくシビアな問題が残っている。
そう、それは……お金だ。
今、世間では政治とお金の問題などと言ってるが、一庶民的にはそんな政治のお金の問題に付き合うより、家の家計の問題に付き合えって感じだろう。
もちろん、それは相沢家においても例外ではない。
むしろ、相沢家にはいつもこの問題が壁となって現れると言えるだろう。
もともと俺と母さん二人を食って生かすのにもかなり厳しいのに、母さんはフェイトとアリシアまで家に招きいれた。
もちろん、そんなのはアリシアのせいでもなければフェイトのせいでもない、母さんが何とかしなければならない問題である。
今は、幸いというかギリギリのラインで食って生きているが、未来的に将来的に考えれば決してそれは長く続くものではない。
その上にだ、はやてもとなると……家計は火の車だろ。まぁこの場合は車は車でも車椅子なのだ。
火の車椅子……というか、闇の車椅子使いがやってくると言う感じか。
そんなわけで、今すぐにでも解決が必要となったわけである。
「で、どうするの母さん。これから先」
「ふふん、実はすでに対策は考えてあるのよ!」
自信満々にそう答える母さん。
この母がこうやって高らかになっているときはろくなことにならないと言うか、いや、おそらくはいいアイディアではあるのだろうが、
そのアイディアには問題点があると言った方が正確か。
「はやてちゃんは、料理得意よね?」
「え、はい。一応一人暮らしだったので一通りは」
「固いわね、もっと柔らかくていいのよ。家族なんだから」
「か……家族」
「そうよ、家族」
「そうかぁ……家族、家族なんやなぁ」
はやては何度も『家族』と言う単語を繰り返しいい、その度に頭を頷かせる。
俺はてっきりこの場で泣いて、俺に抱きついてくる──と言えば、自意識過剰かもしれないが、泣くとは思ったのだが、
以外にも、はやては泣かなかった。
気丈に振舞っているのか、それとも強い子なのか……、それは俺には分からなかった。
「うんうん。じゃあ、デザートは出来るかしら?」
「何でも来いって感じやで」
「うん、そう。竜也も出来るのよね?」
「まぁ作ったことはあるね」
かつて、クリスマスでなのはたちに作ったのを思い出し、またはやてにも作ってあげたのを思い出す。
そう言えば、結構評判だったような。
でも、今それとどう関係あるのだろうか?
そんなことを考えていると母さんは、大きく息を吸い言った。
「翠屋に対抗して蒼屋を開きます」
「「「「え?」」」」
予想だにしない言葉でその場は凍りついた。
「それで、我々にも声がかかったと?」
「ありがたき幸せ」
「すごい働いちゃいますよ!」
「閣下と働けるのならどこへでも!」
「いつかはこの店も……」
母の突拍子もない発言と行動により開店した、蒼屋。
まず、蒼と言う店の名前の由来だが、まぁ大体の人が想像はつくと思うが、翠に対応してとのこと。
そもそも、このお店蒼屋は翠屋の姉妹店と言う公約を下に翠屋のオーナー兼店長である、士郎さん、桃子さんが許可を出した。
もとより、この二人は、愛子……つまりは、母がもし自立(と言うと幼いイメージが付きまとうが)が出来た際は積極的に協力するつもりだったらしい。
そりゃあ、いつまでも翠屋で世話を焼いてもらうわけにはいかないから仕方ないとして、それが喫茶店運営と言うのはどうかと思う。
だがしかし、かの二人は「ちょうど二号店を出そうと思ってたところ」と言い、むしろ感謝していた。
感謝はこちらがしたいところなのだけど……。
そんな、翠屋二号店兼姉妹店の蒼屋だが、場所は海鳴市ではなく、近くの遠見市に開店した。
もちろん、店長は母だが、なんとパティシエには、その母を含む俺とはやてだった。
その上、ウェイトレスにはアリシア、フェイトという相沢家がそうメンバーに、プラス5兄弟といった感じになった。
正式に働いているのは、上のメンバーなのだが、何が起こったのか本家のマスコット的存在であるなのはまでこちらに通いつめることになった。
もちろん、ボランティアである。頼んでもいないのにきたんだからな。
それを本人に言うと、
「うん、お金は要らないよ。なのはは竜也君と一緒に働けるだけで嬉しいから」
と言いながら、腕にしがみつく始末。
もうどうとでもなれと思った瞬間でもある。
いや、確かに他人を雇えばお金がかかるのでコスト削減と言う意味ではいいかもしれないが、世間体的には問題ではないのかと思った。
この問題と言うのは、なのはにお金を払わないことではなく、従業員がほぼ小学生。
さすがに、俺たちが学校に言ってる時間とかはアルバイトの人を雇ったが、基本的にこの面子だった。
しかし、問題であることは変わらない。
はてさて、この先どんな苦行が待っているのやらと思っていたのだが……。
なんというか、捨てる神あれば拾う神ありと言うのか。
この蒼屋は、地元でかなり有名だった翠屋の二号店と言うことで話題性を作り、その上従業員のほとんどが、小学生というのがさらに噂に上り、
一度は見に行ってみようとお客さんが大量に訪れたのだ。
もちろん、作っているのは翠屋で働いていた母さんだから味に問題もあるわけが無く、
その上、はやては料理がうまいからあっという間に、ケーキやらデザートやらをマスターし、なぜか俺のケーキが、蒼屋の味、ということで看板メニューになったり……。
蒼屋の姉妹店である、翠屋がさらに注目されたり……。
とにかく大繁盛だった。
翠屋は隣の町なので経理に問題も出ず、お互いに美味しい思いをすることになった。
人生は七転び八起きというか、何が起こるかわからないものだな。
そんな忙しい日中を終えた日の店。
母さんは下準備のタメに、奥のキッチンに。なので、店掃除の当番でホールに残っているのは俺となのは二人だけだった。
「えへへ、久しぶりだね。こうやって、竜也君と二人きりなの」
なのはが、しんみりとした口調で、しかし顔はこの上なく笑顔で俺の話しかける。
久しぶり……確かにこのお店を開店して以来バタバタとしていたタメに、そもそも誰かと二人と言う状況がなかった。
なのははもとより、アリシア、フェイト、はやてもだ。
この仕事、というより、半分(少なくとも俺にとって)は料理の練習のつもりでやっているこの喫茶店は楽しいものではある。
なので、忙しくても非常に充実している日々だったのには間違いない。
「まぁ楽しいからいいんじゃない? なのはも楽しいでしょ?」
「うん! 竜也君と一緒に働くのは楽しいよ。でも……」
言葉を濁す。
どこか、なのはらしくないなと思う。
なのはは意外と自分の言いたいことは言うタイプだ。少なくとも俺に対しては、という言葉がつくが。
「俺もなのはと……みんなとこうやってわいわいやりながら働くのは楽しいよ」
この町の質自体がいいのか、小学生が相手だからなのか、それでも、来るお客さんの一人一人がすごく良い人であるのは目に見えて分かる。
それは、開店から今までに問題が起きていないことでも分かるだろう。
そして、この反響振り……どちらも嬉しい限りではある。
ただ、まぁ確かに、なのはに言われて見れば、個人の時間と言うのは極端に少なくなったような気がする。
料理を担当する、俺は余計にだ。
こんな状況でもしっかり剣術の鍛錬も魔法の練習も欠かさないのが理由だろう。
しかし、この蒼屋という場所は以外にもみんな──と言っても従業員である、なのはたちだが、このメンバーとは逆に接する時間は増えたとは思う。
「それはなのはもだよ。でも……ね」
「はぁ、ハッキリしないなぁ」
「にゃはは、ごめんね。心の整理が、ね」
苦笑をする、なのは。
心の整理?
よく分からないことを言うな。
この状況で何でそんなことを考える必要があるんだ。
そう思いながらも、あれ? この状況ってっと考える。
俺となのはのふたりだけ……。
まさか、これが関係してるとも?
ふむ、確かに最初に「二人」というのを強調してた気がするな。
「うん! たぶん、この先にいう機会はそうそう無いと思うの。だから……ね。た、竜也君に言うね」
なのはの顔は結構真っ赤だったりするんだが、それを突っ込んだら、空気が読めてない気がする。
それ以上に、この間で俺が話すこと自体が、かな?
そう思ったので、なのはの次の発言を待つ。
そして、なのは意を決して言った。
「なのはは、竜也くんのことが──」