山あり谷ありの波乱万丈の温泉旅行から数日。
と言っても実際には、谷もないし山もない。波乱万丈かもしれないが、それでもあったのはおちだけだと思ってる。
温泉旅行から帰ってきて待ち受けていたのは、今までの日常だった。
あの初日の夜からはどうも考えられないが、それはもうごく普通の日常。
なのはもアリサとすずかと和解したので、むしろ魔法と出会う前より仲がよくなっているぐらいだった。
しかし、違う点もあった。
「えへへ、竜也君今日も一緒に帰ろう」
「まぁいいけどさ。どうせいつものことだし」
なぜかなのはに前以上に懐かれた。
おかしいな、こんなはずじゃなかったのに。
前回の最後で、俺の哀愁漂う背中をよそに、なのはたち3人娘は新たな友情を育み、俺は蚊帳の外。
これからはしょうがないから、はやてとフェイトにでも慰めてもらおうと思っていたのに、
このベタつきようだった。
俺がこの異常に気づいたのはその日の夜からだった。
あまりにも気まずすぎて部屋に入って寝ることは出来なかったので、夜の温泉にもう一回浸かっていた。
ここの温泉は、夜中──といっても、実際には12時を過ぎればさすがに閉まっているのだが、それ以前までは開いていると言う実に素晴らしい温泉だった。
しかし、こんな時間の利用者はまず考えて少ない。
そのため、男湯と女湯は普段は別れているのだが、夜遅いこの時間は都合上混浴となる。
普通なら混浴なんて入るのに戸惑い躊躇するのが、それが男の普通の感情だとは思うが、俺は気にせず入った。
混浴になる理由どおり、人が少ないだろうと予測した上で、こんな時間にさすがに女の人は旅館内とはいえ、うろつきはしないだろうと思ったからである。
案の定、予測どおりにお風呂には誰もいなかった。
「こんな時間に一人で入るのはさすがに優越感を感じるね」
今日の昼は、時間帯も時間帯。
人がいてもおかしくないのに一人と言うその状況に絶望し、涙し、世界を恨んだのだが、この時間帯ならむしろいないほうが好都合。
というよりは、いて欲しくなかった。
男の人はいいが、女の人がいたら気まずいと言うものだろう。
何はともわれ、本日二回目のお風呂だ。
だが、先ほどの魔法のことで体はかなり疲れている。
もっと正確には、精神的にかなり辛い、何が辛いってそりゃあ……
「俺が目の前にいるのに除け者にしないでくれよ」
仲間はずれにされたことである。
さらに言うなら、あの忌々しき……。
糞フェレットめ、俺と同類にしやがって恥を知れってんだ!
怒り心頭なのだ。
ただでさえ、一人と言う寂しさを実感しているときにあのものの言い様。
まぁそれでも、猫姉妹の餌になったからいいか。
二匹とも喜んで引き受けてたしなぁ。おなかでも減ってたのかな。
そんなわけで、猫姉妹に食ってよしの許可を出した後に、ここに向かってきたわけだが、
そもそも俺は眠いんだよな。
今更だけど結局寝るタイミングを逃したな。
本当に今更ながら自分の心情を理解する。
「ああ、なのはたちは今頃暖かいお布団の中ですやすやだったもんな」
あんな寝顔を見ちゃったらな。戻れないよ。
邪魔する気にもなれないしな。
「なのははここにいるよ?」
気のせいだろうか? はたまた幻聴だろうか?
なのはらしき声が聞こえた。
本当に非常になのはに似ている声なのだが。
そんなのはありえないことだった。
だって、あいつは、
「いやいや、なのははお布団の中でアリサとすずかに抱かれて気持ちよさそうに寝てるから」
「ううん、その後竜也君追いかけて、お風呂に一緒に入ってるよ?」
「んな、あほ……な」
ここでようやく声の主を見る。
そこには本物の高町なのはがいた。
ええっと、これはあれだよね?
幻術魔法って奴だっけ? 最近母さんに習ったなぁ。
幻術でしゃべることまで出来るんだ、魔法ってすごいな。俺も練習しようかな幻術。
それともこれは、幻覚幻聴で、俺は夢の中とか……ああ、それならありえるかも。
夢の中って基本的に何でもありの世界だしね、それだったらなのはがでてきても、おかしくないよね。
「本物だよ?」
そう言って、抱きついてくるなのは……って、え?
なんなんだこの温もり?
あれ? おかしいなここは夢だよね? なんで触覚が敏感に。
俺の頭がおかしいのかな? 感覚機能が狂ってるのかな?
妙に暖かくてぷにぷにしてすべすべして、ようするに気持ちよくて……はれ?
「にゃはー、竜也君暖かいなぁ」
暖かいのはお風呂、だよね?
そうだよね。
俺と体が密接して温かいんじゃないよね? そうだよね?
これは、夢で理想で、幻想で、幻覚で、幻聴で、錯覚で、アルバトロスで、ホールインワンで、温泉で、ちょーきもちぃで……。
ふはっ!
ふはははははははは、どうにでもなれー!
結局これは現実で、本当のことだった。
なのはは俺の横で気持ちよさそうに、俺に身体を預け、気付いたら寝てました。
その後はどうなったか覚えてない。
錯乱状態だったからね。
と言うことが、温泉初日にあり。
そのあと、俺となのはの関係はさらに親密に!?
その先は想像にお任せするよ。
そういうわけで、なのはと一緒に帰宅。本来ならその後は剣術の鍛練が待つのだが今日無いので、はやての家に予定通り訪問。
「ということなんだ、はやて」
「えらく長い回想やったな」
だってしょうがないじゃん、尺の問題があるんだよ。
本来なら前回に入れるべきだったけど、今回思いついたんだからいいじゃないか。
「っで、どこまでが本当のことや?」
「え?」
「えって、魔法とかなのはちゃんいうん子とかと一緒に入ったんとか、土産話やろ?」
「まぁそうだけど」
「なら、どこから大げさに言ったんやと言うことや」
一応はやてには包み隠さず話してみた。
もちろん、こういうふうに冗談だと思われて、まともに信用されないと思ったからだよ?
下手に嘘をつくよりも嘘のような現実は実際に言った方が真実味が薄れるからね。
「どれくらいかというと……」
「……」
「ほぼ全──」
「なんでやねん」
ハリセンで叩かれた。
パシーンと言う軽快な音とは裏腹に案外痛いぞこのやろう!
「はやて、痛い」
「嘘言う方がいけないんや! それは土産話や無いやんか! でっち上げやん!」
本当は全部本当のことで、見事な土産話なんだけどね。
本人はそうは思ってないみたいだけどさ。
まぁ信じられても困るからいいんだけどさ。
「まぁいいじゃないか、写真だって送ったし、お土産だって持ってきただろ」
「フェレットやん! しかも、動いてないし! 死にかけやん」
それはしらないよ。
猫姉妹たちが勝手に持ってきたんだから。初日襲わせた後、ずっと口にくわえてたからね。
「じゃあ、こっちの温泉饅頭とどっちがいい?」
「ちゃんとあるやん……でも、温泉饅頭ってありきたりやなぁ。なんか竜也君らしくないと言うか」
「え? じゃあ、木刀とか?」
「どこの修学旅行やねん」
いるよねー、修学旅行で木刀買う人。
5兄弟の長男のお兄さんが、自慢げに木刀を振り回してたのを思い出したよ。
「これが、日光の徳川秘蔵の……」
とかいいながら、振り回してたなぁ。
弟が無駄に白刃取りをしてみろとか言われて、必死に練習してたのをかわいそうに思ったなぁ。
「それじゃあ、温泉の素とか?」
「あるんか!?」
「まぁ一応、ね」
はやてを怒らすと怖いと言う経験上から、いくつかお土産を買ってきておいたのだ。
その中の一つがありきたりの温泉饅頭であり。温泉の素であり、木刀であり。フェレットである。
結局木刀も買ったのかよと言う突っ込みは無しの方向で。
「ふふん、じゃあ今夜はこれで竜也君と入れるなぁ」
「は?」
「は? やないで。そのなのはちゃんいうん子とは入ったんやろ? 一人も二人も変わらんって」
都合のいいところだけ利用しようとするのね、はやては。
迂闊だったな。
これならそこの話だけはしなければ良かった。
それに、この場合の一人と二人は大きく異なると思うぞ?
まぁ前にはやてと入ったから本当に今更だけどね。
「今夜は泊まっていくんやろ?」
「ん、まぁね」
今日はもとよりはやての家に泊まることになっていた。
母さんを含め、なのはたちははやてのことを知らないので、とりあえず5兄弟の家に、という嘘をついてここに来た。
母さんなんかは調べればばれそうだが、まぁそんな野暮なこともしないだろう。
そう思っての判断である。
そんなわけで、今日ははやての家でお泊まり会である。
こういうふうに定期的に会わないと何が起こるかわからないからね、明日は血の雨が……なんてこともありえそうだし。
「じゃあ、さっそくご飯の準備を始めるなぁ」
「いや、今夜は──え?」
「ん? 今夜はどないしたんか?」
魔力反応。
相も変わらずいきなりやってくる、ジュエルシードめ! 空気を読めよ!
俺がせっかくはやてに手料理を振舞おうと思ったのによ!
「すまん、はやて、少し出かけてくる」
「ってどこにや? もう結構外は暗いで?」
「うん、だけど、ちょっちね」
「そか……ちゃんと……ちゃんと帰ってきてなぁ」
「もちろん」
俺の大切な時間を妨害しやがって、どうなるか分かってるんだろうな!ジュエルシードよ!
もし、これで俺がはやての下に帰れなくなったら、明日は血の雨が降るんだぞ!
誰の血かはわからねぇよ。
もしかしたら、なのはかもしれなし、手始めに俺かもしれないんだから!
俺はまだ、まだ死にたくないんだよ!
「にゃー!」
「にゃにゃ」
「お前達もまた手伝ってくれるのか?」
「にゃ!」
うん、心強い味方だ。
なんとか、なんとか平和的解決をしなくちゃな!
ジュエルシード発生の現地に到着すると、また殺伐とした雰囲気だった。
今にもフェイトとなのはは激突しそうな空気。
そして、何か言い合ってる様子だった。
俺がいなければすぐにこれだよ。
なんで、じゃんけんで解決しようとしないかな!
でも……怪我をする前で間に合った。
心の底からホッとした。
でも、まだ終わりじゃない。
二人の喧嘩の原因は、あのジュエルシード……だもんな。
それなら、その原因を!
「ロッテ、あの石を頼む!」
「にゃー!」
「え? 竜也!?」
「竜也君!?」
猫の登場で俺に気付くってどうなのよ?
俺は悲しくなるよ? こんなにも堂々と現れたのにさ。
誰一人として気付いてなかったっていうのはよ。
「はい、没収です。ご苦労さんロッテ」
俺の指示通りに言う事を聞いたロッテを褒めて撫でてあげる。
本当に良くできた猫だよ。毎回思うけどさ。
なんで、こんな猫が使い魔じゃないんだろうね。
「お前ら学習しないな。いい加減に戦闘は止めろってい──」
「時空管理局のクロノ・ハラオウンだ! 今行っている戦闘を中止しろ!」
俺が仲裁に入ろうとしたところに、黒い男の子──たぶん俺より年上であろう魔導師がいきなり入ってきた。
誰だこいつ?
いきなり現れたかと思ったら、間に入ってきて、偉そうに。
って、え? 時空管理局だって? 何で今頃になってこんなところに?
ということは、俺は魔導師だから、管理局に束縛される!?
い、いやだ! 俺は誰よりも自由を愛するんだよ!
「ちっ! 時空管理局か! フェイト逃げるよ!」
「え……あ、うん」
「俺も逃げるぞ!」
「竜也君!?」
「え……わかったよ!」
さっきまで管理局の登場で驚いているなのはが、俺の発言に気付き驚いている。
アルフはそういうと俺とフェイトを手に取り、転移魔法でその場から逃げようとした。
したんだけど……、
<<時空管理局はそんなところじゃないよ?>>
<<たぶん、話をすれば融通利くと思う。クロすけだし>>
<<そもそも呼んだのは私達だしね>>
という、悪魔のささやき、もとい猫のささやきが聞こえた。
クロすけとか、呼んだとかよく分からないことを言っていたが、猫たちが言う限り俺の危惧したことはないようだった。
だったら、逃げる必要ないじゃないか!
「アルフストップ!」
「え?」
「竜也?」
俺がアルフに声をかけて、止めると、俺の言ったとおりに転送をストップした。
フェイトは俺を不思議そうに見ている。
しかし、そんなことをしているとあっさり捕まりました、はい。
俺とアルフ、フェイトは逃亡未遂の疑いで、バインドをかけれてしまいました。
だって、しょうがないじゃん。
急に管理局だ! とか言って現れた逃げたくなるって。分かるよね?
家にいきなり、「警察だ! 署にきてもらおうか」なんて言われたらそりゃあ逃げるさ。
怖いもん。
「詳しい話は艦でしてもらおうか」
彼はそう言い、俺たち──なのは、フェイト、アルフ、猫姉妹そしていつの間にかいるユーノを強制転移した。
たぶん、彼の言う艦と言う場所に。
これは、やばいかもなぁ。
はやてに今日絶対に帰るって言ったのに、下手したら帰れないな……。
明日はブラッディデイになるかもなぁ。どうしよう、困ったな。死ぬかもしれない。
艦と言う場所はすごかった。
何がすごいって……俺が猫としゃべられるぐらいすごかった。
俺にとってはデフォの能力だけどね。あくまで客観的に見て、だよ。
俺たちはそんな艦の中を見て、ひたすら驚くしかなったが、その沈黙を最初に破ったのは、
「クロすけ、とりあえず竜也たちのバインドはとってあげてもいいんじゃないかな?」
「うっ……分かった。でも、僕からしてみれば何であなたたちが彼の言うことを聞いてるかを知りたいんだが?」
「いいじゃないの。気にしちゃ駄目よ? もし気にしたら……」
「分かってる。でも、後でしっかり聞くからな」
猫姉妹だった。
しかも、見た目は明らかに猫じゃなくて……人?
うん、と前々から使い魔っぽいなぁと思ってたけどまさか本当に使い魔?
「そうだよ、竜也。この姿では初めてだね」
「これからも、よろしくね」
「え……あ、はい」
改めて言われると、う~ん、今までタメ語だったけど、明らかに年上……だよね?
なんか今までの俺の行いが見られた恥ずかしさというか……若干気まずいんだけど。
「そんなに硬くならなくてもいいんだよ?」
「まだ、しばらくは竜也の下にいるからね」
そう言われても、ね。
でも、本人達がそれでいいって言ってるんだから問題はないか。
どんな事情があるにしろ、しばらくは俺のペット扱いでいいってことだよね?
となれば、俺からすれば願ってもいないことだ。
「まぁいい。着いたよ、ここが艦長室だ」
クロノ・ハラオ──
「クロノでいい」
いちいち心の声に突っ込みを入れないでくれないかな?
クロノに促され、艦長室に入る、俺たち。
その中は……
「ほぇ~」
「ええっと……」
「純和風って感じ?」
なのはが驚きの声を、フェイトは困惑を俺が突っ込みをした。
つまりは、その艦長室が異質だったということだ。俺の言葉で分かるとおり、純和風と言った感じ。
「紹介する、この艦の艦長のリンディ・ハラオウン提督だ」
「初めまして、みなさん。私がそこのクロノの母で艦長のリンディよ」
「ええっと、俺はあ──」
「あら? 楽しいことをしてるわね」
相手に見習い、俺も挨拶しようとしたところ、妨害の──いや、空気を切り裂く人物からの映像が現れた。
そして、その人物とは……、
「あ……アイコ……」
「お久しぶりね、ハラオウン」
母さんだった。
ただでさえ事態を把握し切れていないのに、状況はさらに混沌。
カオスと成り果てた瞬間だった。
「‘お話’は私の家で聞きましょうか」
だから、こう思ったのさ。
もうどうにでもなれ、と。
そんなことを思っていると、クロノから一言。
「そうか、君も……大変だな」
なぜか、クロノに同情された瞬間だった。
そして、なのはは事態に追いついていけずにぽかーんとし、
フェイトはなぜか、「竜也のお母さん、竜也のお母さん」と繰り返し、緊張している感じだった。
もしかして、フェイトって俺の母さん知ってる?
あとがき
2話連続投稿です。物語は加速します。
作者のタピです。
前半はサービス・ギャグパート。
後半は物語を加速させました。
読者の方でも急展開を分かるように書いたつもりですが、分からない人もいるかもしれないので最後に補足しますね。
ここまでは作者の最初に思い描いたシナリオどおり。
下手したら、唯一初期の形が残ってるシナリオかもしれませんけどね。
もはや、原作崩壊ですが、まぁそんなのは今更ですね。
この先もアニメとは違うシナリオと思いますので、ご理解くださいね。
──以下補足──
・竜也の状況→はやての家でのんびりから、アースラ連行。
・フェイト→竜也のせいでアースラ連行。
・なのは→訳も分からないままアースラ連行。
・猫姉妹→とある思惑、理由から一緒にアースラまで行く。その後も竜也の付き添い、ペット扱い。
ネタ明かしは、A’s編の終盤になる予定。なので、それまでは謎。
・愛子→リンディと知り合い? そして、アースラで行われるはずのお話が相沢家へ。
っとこんな感じです。