お風呂に入るにはかなり早い時間帯。
しかし、温泉旅館に来たわけだし、早い時間帯に入ることも、何回もお風呂に入ることも別段問題ではない。
むしろ、お風呂に入ることに意義があるので、大いに結構と言うところであるだろう。
そんなわけで、お風呂を入りに来たわけだが、素晴らしいことに誰もいない、独占状態である。
女湯では、なのはたちが入ってるわけだが、男湯には俺しかいなかった。
もとより、男女の比率が圧倒的に女のほうが高いのだ。
男は俺を含めて、恭也さんと士郎さんだけだ。
まぁここは温泉旅館であるので、男湯に誰もいない理由にはならないが、しかし現実は誰もいないのである。
俺はみんな一緒に入ると思ったのだが、それはどうやら女子面子だけだったようだ。
士郎さんと、桃子さんはいつの間にかいなくなってるし、恭也さんは……まぁ山が目の前にあるから、サバイバルでもしてるんじゃないかな?
知らないけどさ。
でも、あの人は鍛錬好きというか、練習好きというか……そういう努力家の一面──というのかは微妙だけど、
情熱はすごい人だと俺は思っている。
なので、一緒に来た男勢は全滅。
また、時間が早いせいなのか、俺たち以外のお客さんがいないのかは分からないが、先ほども行ったとおり、
男湯には誰もいないのが現状。
「大きなお風呂を独占できる優越感はあるけど、大きな風呂を一人で使えてしまうと言う現実に、寂しさも覚えるよ」
そんなに大きな声を出して独り言を呟いたわけではないけど、他に音もなくとても静かなので、風呂場には俺の声だけが響いた。
余計に寂しく感じる光景だった。
こんなことなら、5兄弟も誘えばよかったなと思う。
本当に今更になって存在を思い出したのだが、時すでに遅し、彼らはここにはいないのだ。
もしかしたら、今から電話やら、メールやらで呼び出せば来てくれるかもしれないが、それではいくらなんでも、都合がよすぎる。
傲慢と言うものであろう。
学校では閣下などと呼ばれる身であるなら、そんな傲慢なことをすれば、民はついてこない、
傲慢な王様、はたまた傲慢な皇帝となってしまうだろう。
まぁそんなの気にしてもしょうがないけどね。
もとより勝手につけられたあだ名だし、未練も何もないけどさ。
なんと言われようとも気にするわけでもないし。
とは思うものの、慕ってくる相手に愛想を尽かれてしまう姿を想像するとちょっと悲しくなってしまうあたり、
俺も大分感染、もとい染められてるなと思う。
よくよく考えれば、あの面子ともそこそこ長い付き合いだ。
「始まりはドッチボールだったけな」
あの時はまだ4兄弟と名乗っていたなぁ。
今でこそ5兄弟だが、あの時はまだ普通だった気がするし。
逆に言えば、今が異常なのかもしれないな。俺も人のことは言えない気がするけど……。
あの後から、ドンドン力をつけて今では、俺と遜色のないほどの運動神経を誇る。
最も5人揃っての話ではある。だが、5人揃ったときの破壊力やチームワークは目を見張るものがある。
今なら言える。あいつらが宇宙人、未来人、異世界人、超能力者だったとしても驚かないと。
さすがは海鳴市の一員と言う感じなのかな。
全員が全員、人外と言うわけではないのだろうけど。
海鳴市、いや、もっと掘り下げるなら俺の周りが異常なだけかもしれない。
母を筆頭とし、高町家一同もそうなら、アリサやすずかの家だって異常なほど金持ちだと思う。
少なくとも、一貧乏庶民の俺にはそう思えるわけだ。
風呂場で独りでお風呂に入ってるせいか余計に考え深く、感傷的になってしまう。
それも全て、話し合う相手がいないということから、頭の中で考えるしかないからである。
例えば、誰もいない風呂場で独りブツブツ呟いてる人がいたとする。
そこにお風呂に入ろうと名も知らない人が来たとするなら、呟いてた人はどう考えても変人である。
少なくとも入ってきた人にはそう見えると思う。俺ならそう思う。
なので、独り言はもし誰か入ってきたら、と考えると自重せざるを得ないのだ。
「でも、考えすぎるのもよくないよな」
とか、考えたにもかかわらず独り言を呟く。
だって、寂しいじゃないか! この状況!
絵にしたら大分哀愁あると思うよ。
せっかく温泉旅行に来ているのに、一人ブルーになっている状況など空しすぎる。
そう思ったので、風呂場から見える外の景色を眺め心を落ち着かせることにした。
シンプルな造りの大きいお風呂に入りながら、外の景色を壮大に眺めることができるのがこの旅館の特色だと思う。
実際に、俺が見ているこの景色は緑豊かで、窓を通してでも小鳥のさえずりが聞こえるようだった。
夜にはライトアップできるようになっているのか、窓の外側には小さいライトがついている。
これは夜も期待できそうだな。
日中は日の光で、まさに大自然と言うのを感じさせ、夜はライトアップでシンミリさせてくれそうだね。
太陽が出ていない、雨の日でも逆にそれが風流に見えそうだし……年がら年中楽しめそうなお風呂だね。
とは言うものの、男のお風呂はせいぜい長くても30分程度だろう。
俺も入ってからすでに結構経っていると思われるので、そろそろ出ることにする。
確かに飽きない景色ではあるかもしれないけど、所詮はお風呂。
疲れが取れて癒されれば、お役ご免という考えがどこか頭の隅にある。
お風呂を出て身体を拭き、着替えながらこの後どうするかを考える。
なのはたちはまだ入ってると思うし、部屋に戻って一人でいてもしょうがないしなぁ。
そういえば、士郎さんたちはどうしたんだろう……。
桃子さんもいないことから二人でいるのは分かるけどね。
万年新婚夫婦とはまさにあの二人のことを言うんだろうな。
もし、父さんが生きてたら母さんも、そうだったと思うし……。
ああ、駄目だな。こんなこと、もしなんて考えたら、後悔とか悲しみばかりでちゃうよ。
後悔先に立たずとは言うけど、こういうことを言うんだろうな。
よし!切り替えよう。
気分転換で、外でもほっつき歩くかな。
せっかくいい自然が目の前にあるんだし、散歩しない手はないだろうな。
恭也さんじゃないけど、サバイバルしたくなる気持ちも多少は分かる。
あくまで、多少だけどね。
思い立ったら吉日とは言うけれど、俺はその後すぐに動きやすい服に着替えた。
そして、外に向かう為に玄関に向かった。
そのときだった、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれ? 竜也かい?」
声の主を確認しようと後ろを振り向くと、そこには懐かしの顔がいた。
「お、アルフじゃん。どうしたのこんなところで」
「……それはあたしのセリフだよ」
アルフ──フェイトの狼が元の使い魔だ。
どうやらこの旅館に泊まっているのは俺たちだけじゃなさそうだ。
一安心である……って、フェイトもアルフも入っても女湯じゃないか!
結局俺は……やはり、5兄弟を呼ぶべきかな。
「やっぱりあんたもジュエルシードかい?」
「ジュエルシード? ああ、関係ない関係ない。ただの温泉旅行だよ」
「ならいいんだけどさ。もし、あんたもジュエルシードを狙ってるって言ったら、戦わなくちゃいけないからね」
ジュエルシード、この間フェイトが封印してた奴だっけ?
ユーノとなのはが探してるのも一緒のものだっけ?
だから、この間二人が戦ってしまったわけだし……。
なのはがジュエルシーを集める理由は、ユーノの手伝いだって言ってたな。
とすると、フェイトは一体どんな理由で……。
まぁあまり深く聞くのはフェイトのためにも悪いと思うから、話してくれるまでは聞かないけどさ。
俺からすれば、仲のいい二人には戦って欲しくはない。例え、そこにどんな理由があろうともだ。
でも、どうしても戦わなければならない。ぶつかり合わざるを得ないと分かりあうこともあると思う。
まぁこれはなのはの受け売りだけどさ。
なのはが言うには、アリサとすずかのとの出会いがまさにそうだった、と。
「フェイトがさ」
「ん? フェイトがどうした?」
「最近ちょっと元気がないんだよねぇ。時間があるなら会ってくれるかい?」
主が元気ないのを心配する……いい使い魔じゃないか。お兄さん泣いちゃうよ。
俺もこんな使い魔が欲しいよ。
そんなこと思っていると、旅館に連れてきていた猫姉妹がいつのまにか足元に来ていて、
にゃーにゃー鳴いて慰めてくれた。
お前らは慰めてくれるのか? 猫姉妹は優しいな。おもわず抱きしめちゃうぜ。
ぎゅうっと結構強く抱きしめると、なぁ~と言って、若干苦しそうにしたが、すぐに落ち着いて、気持ちよさそうになる。
こいつらが使い魔ならなぁ。結構な魔力ももってるし、きっといい使い魔になるだろな。主思いの。
「そうか……それでどこにいる?」
「森の方に歩いていったのは見たけど……」
つまり今は分からないんだな。
なんだ? 主の場所は分からないのに、自分は温泉に入るのか、アルフよ?
もしそうなら、少し失望しちゃうぞ?
まぁフェイトのことだから、アルフが一生懸命誘ったのに、心ここにあらずと言う感じで、断られたと言うのが妥当だろうけど。
「うん、俺も少し散歩しようと思ってたから、見つけたら声かけてみるよ」
「ああ、頼むね」
アルフはそう言うと、俺に期待の眼差しを送ってから、廊下を俺とは逆方向のほうに歩き出す。
つまりは、温泉のある場所だ。
もし、このままアルフが温泉に向かえば、下手したらなのはたちに遭遇するんじゃないか?
とっさにそう考えて、アルフに一言なのはのことを言っておこうと思う。
「アルフ!」
「なんだい?」
「もし、金髪の少女と一緒にいる、栗色の髪の子で魔力を感じたら、俺の使い魔みたいなものだから、
あまり苛めないでれよ。例えそれが、敵であっても」
たぶん、フェイトからなのはの話は聞いてるだろうし、もしそうなら、主人思いのアルフのことだ。
フェイトに敵対しているなのはに、何か言いかねないからね。
そして、なのはのことだ、そんなことを言われれば余計に背負い込みかねないし、先手を売っておいて問題ないだろう。
ただでさえ、やっとこさ家族や魔法のことで一息ついたのに、今度はフェイトのことをどうすればいいか思い悩んでるなのはだ。
今でこそ、俺に多少は相談してくれるけど、自分の悩みを全部打ち明けているとは思えないしね。
何より、俺も有効なアドバイスをできていない。
俺自身がハッキリしていないのに、出来るわけがないんだ。なのはには悪いが俺が相談したいぐらいである。
「わかったよ、だからそっちも任せたよ」
「あいよ」
今度こそ、この言葉を最後に俺とアルフは別れた。
なのはもなのはでフェイトのことを考えて。
フェイトはフェイトでなのはのことを考えてくれてるのかな?
出来ればそうであって欲しい。
もし、そうなら、今は食い違っていても、いつかはきっと……とそう思える。
でも、俺は俺で二人のこと考えてるんだけどなぁ。
出来れば俺の努力も報われればいいな。
そう思いながらも、森の中を歩く。
森の中は以外に、整備されていはいたが、しょせんは獣道に多少は人も通れるようにしました、と言う程度。
逆に言えば、自然がそのままの形を保てるようにしているとも言える。
むしろ、そうなるように仕向けて作られたのかもしれない。
日もまだ高く、木々が生い茂る森の中は、葉っぱが日の光を受け緑色に光っているように見える。
そして、葉と葉の間から、道に日が射しているこの情景は、博物館の絵の中にいるような気分にさせてくれる。
そんな中、結構高い木の上に、一人金髪の少女がたぶんデバイスを抱くように眠っているのを見つけた。
あとがき
あれ? ユーノが空気だ。
作者のタピです。
ということで、第41話。竜也回です。
ほとんど思考です。途中途中のネタに気付いてもらえたら嬉しいですw
アルフと遭遇、そして次回は……